第19話:勇者と魔女狩り

 それから数日後、俺はただただ街を散歩している。

 護衛の人やメイアもおらず、ただ一人で散歩しているだけなので寂しい。

 せめて一緒に話をしてくれる人がいればいいのだが、ブッカーさんはそれを許可しなかった。


 けれども、そんな俺にも新しい友達が出来た。

 小さな広場でたそがれていた時に話しかけてくれた子供達だ。


 他の大人の人達はどうしても畏れ多いという意識があるせいで、あまりコミュニケーションをとることができなかったのだが、子供達は俺が勇者だと知っていても物怖じせずに話したり遊びに誘ってくれるので、日中はずっと子供と遊んでいたりする。


 自分の世界についての話をしたり、新しい遊びを試してみたり、これまでずっと戦っていたせいかとても心が休まる日常を満喫できていた。

 けれど、そんな平穏な日常を崩すかのような大声が広場に響いた。


「逃げてください、勇者様!」


 そう叫んだ男の人は腕を怪我しているようで、腕に巻いてある包帯から赤い血が染み出ていた。


 何か争いごとでも起きたのかと思い、近くにいた子供達に自分から離れるようにジェスチャーをする。


「違います、勇者様! その子が危険なのです!」


 咄嗟に後ろを振り向くと、小さな男の子がナイフをこちらに向けて振り下ろそうとしていた。

 必死で身体をひねって回避しようとしたのだが、その瞬間に物凄い衝撃がこちらに叩きつけられた。


「よくやったね、勇者様。おかげで犯人が釣れたよ」


 どうやらブッカーさんが魔法で俺ごと犯人を吹き飛ばしたようだ。

 そして周囲には異常を察知した兵が集まってきており、瞬く間に広場を包囲した。


「ブッカー様、どうして勇者様と一緒に犯人を攻撃したんですか」


「あいつには《打開》で手に入れた力で魔法の攻撃は効かないんだろう? なら、問題ないじゃないか」


 いやまぁ、確かに効かないけれども……それでもちょっと痛いよ。

 先ほどまで俺を攻撃してきた子供は地面に倒れており、必死に立とうとしているが、足が折れているせいで上手く起き上がることもできない様子であった。


「この子が、犯人……?」


 こんな小さな子が人を殺すような真似をしていたとは信じられなかった。

 けれども、そんな思いを打ち砕くかのような台詞が聞こえてきた。


「それは偽物です、魔王の手先なのです! 私の子供に化けていたのです!」


 先ほど大声でこちらに呼びかけてきた人の言うことが本当なら、この子供は闇の生き物が変装しているということになる。

 子供達と遊ぶために武器を持ってきていなかったが、メイアが気を利かせてくれて俺の武器を持ってこちらに駆け寄ってきた。


「さぁ、正体を見せたらどうだい?」


 ブッカーさんの言葉を聞き、その子供は地面からこちらに顔を向けてきた。


「ヒッ……!」


 その顔を見て、メイアは思わず声をあげてしまった。

 子供の顔が半分しかないのだ。本来あるべき場所に目と口がなく、出来の悪い福笑いのような顔をしていた。


「ドッペルゲンガーか……確か、人間に化けることができるんだったね。あたしも実物を見るまで本当に存在しているとは思わなかったよ」


 周囲の兵士の人達は他の子供や大人をその場から遠ざけて、俺は剣を構えて慎重にドッペルゲンガーに近づいていく。


「殺すなよ、勇者。そいつには聞きたいことが山ほどあるんだ」


 そうなると剣を使うのはまずい、剣を鞘に入れてそのまま殴るのがいいかもしれない。


「フッ……ハハ……ハハハハハ!」


 最後に何か悪あがきをするのか、突如ドッペルゲンガーが笑い出した。


「すでに、我々はお前達の中に潜んでいる……魔王様に栄光あれ!」


 ドッペルゲンガーがそう叫ぶと、手に持っていたナイフを自分の喉に突き刺して地面に倒れてしまった。

 青い血が広場の地面に広がり、本当に死んでしまったのか近づいてみたが、完全に動かなくなっていた。


「よし、《浄化》を掛けたらまたあそこに運んでおいてくれ」


「ブッカー様、《浄化》でゾンビ化を防ぐのは構いませんけど……また身体を切り開くおつもりですか?」


 メイアが嫌そうな顔でブッカーさんに遠まわしな抗議をする。

 けれど、それを意に介さないように淡々とした口調でブッカーさんも言う。


「好き好んでやってるわけじゃないよ。誰かが調べなきゃいけないから、あたしがやってやってるだけさ。それとも、あんたがやってくれるのかい?」


 メイアは不満げな顔をしながらも、ドッペルゲンガーの死体に《浄化》をかける。

 その間にブッカーさんと俺は先ほど大声をあげていた男性に話を聞くことにした。


「おぉ、イド……どうして…………いつからドッペルゲンガーに……」


 男性はまだ混乱しているらしく、目の焦点が定まっていないように思えた。


「えぇと、インサだったか。あんた、どうしてアレがドッペルゲンガーだと分かったんだ?」


「実は、息子の様子が少し前からおかしかったのです。最初は他の子にイジメられてるのかと思って相談にのろうとしたのですが、あの子は何も喋ってくれませんでした。それでもいつかは我々に悩みを打ち明けてくれると思っていたのですが、今日家の地下室から妻の叫び声が聞こえたのです。私はすぐに妻のもとに向かったのですが、その時にナイフをもったあの子が飛び出てきて、私を殺そうとしてきました。咄嗟にあの子を突き飛ばしたのですが、そのまま走り去ってしまい、後を追いかけていたら勇者様が見えましたので、大声で叫んだのであります」


 この人の言う事が本当ならば、ドッペルゲンガーはこの父親の子供として過ごしていたようだ。

 父親をも騙せるとは、なんて恐ろしい変化能力だろうか。



 その後、皆でインサさんの家に向かった。

 地下室は血の臭いで充満しており、地下室へ降りる階段にはインサさんの奥さんが血を流して倒れていた。


「旦那の方を置いてきて正解だったな」


 ブッカーさんは倒れている女性に近づいて呼吸をしているかを確認し、メイアを呼んだ。

 それで全てを悟ったのか、メイアは女性に《浄化》の魔法を使い、終わったら兵士の人達がシーツでその体を包んでゆっくりと外へ運び出した。


 地下室には大小様々な荷物が置かれていたが、子供一人なら通れるくらいの隙間がある場所を見つけた。


 荷物を運び出してその隙間の奥を調べてみると、薄暗いその隙間の奥に小さな木製の檻があるのが見えた。

 そして、檻の中にあるものが見えてしまったので咄嗟にメイアから隠すように体で塞ぐ。


「……大丈夫です、勇者様。これも、我ら神官の務めですので」


 メイアは俺の体を優しく押して、その檻へと向かう。

 ランタンで照らされたその檻の中には、子供ような形をしたカビが横たわっていた。


 それを見てメイアはわずかに体を震わせながらも、《浄化》の魔法を唱える。

 ブッカーさんは懐から前に使った剥がし薬をカビの生えた子供にふりかけてカビを駆除し、兵士の人達が武器を使って木製の檻を破壊した。


 《浄化》の魔法も掛け終わり、子供も同じようにシーツに包んで外へと運び出される。

 外では、自分の家族を失くしたインサさんの悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 こういう時、自分は本当に何もできないという無力感に襲われてしまう。

 敵がいなければ戦うこともできない、自分の弱さが悔しくてたまらない。


 インサさんの家族の葬儀も終えて、これで事件は終わったと思っていた。けれども、事態はさらにおかしな方向へと進んでいたのだ。


「ドッペルゲンガーを殺せ!」


「調べろ! まだいるはずだ!」


 あのドッペルゲンガーが最後に発した「我々はお前達の中に潜んでいる」という言葉を聞いた人々が、他のドッペルゲンガーを探しているのだ。


 ドッペルゲンガーの血は青い。だから、人々は武器を片手に他の人々を傷つけて街に潜んでいるドッペルゲンガーを見つけ出そうとしていた。


「まるで中世の魔女狩りみたいだ……」


 彼らの姿を見ていて、思わずそう呟いてしまった。


「なんだ、あんたの世界でもああいうのがあったのかい?」


「昔の話、ですけどね」


 教科書でその歴史を見たときはなんてバカなことだと思っていたのだが、実際にその光景を見せ付けられると人の恐ろしさというものが実感できてしまう。


「勇者様、そちらの世界ではどうやってその事件を解決されたのですか?」


「解決……してないんじゃないかな……」


 どういう経緯で魔女狩りだなんてものが生まれたのかは習った気がする。

 だけど、それがどうやって終わったのかは習っていなかった。


 いや、もしかしたらまだずっと続いているのかもしれない。

 魔女と裁きの形を変えて、現代でも魔女狩りは続いているのかもしれない。

 それでも海外で流行した魔女狩りはある程度の落ち着きを見せたはずだが、そのとき歴史はどう動いていただろうか。


「中世から近世……様々な神秘否定論によって魔法や呪いが存在しないことが証明されて、それを基に法律が整備されて、魔女という超常現象は存在しないという考えが広まったからだと思います」


「魔法が存在しないねぇ……」


 そう、この世界には魔法も祝福も存在しているのだ。

 だから超常現象を否定するという方法はとれない。


「ブッカー様の知識で、ドッペルゲンガーだけを見分ける方法があったりはしませんでしょうか?」


「あったとしても、血を出させれば簡単に見つかるんだ。別の方法が見つかったとしても、意味がないと思うよ」


 そうなると、合法的に……少なくとも私刑ような方法で判別することだけは止めなければならない。

 それなら、国が……兵士がその判別する役目を担うしかないのだろうか。

 いや、もっと穏便な方法が自分の世界にあった。


「血液検査って、この世界にあったりしませんか? あれなら血を見れますし、検査にも使えるので嫌悪感も少ないと思いますが」


 あれなら医療目的として血を採取するので、今よりも平和的になるはずだ。


「申し訳ありません、勇者様。血で何かを検査するという概念が、まずこの世界にはございませんので難しいかと……」


「そっか……国が主導してそういうことができればいいと思ったけど、無理そうか」


「……まぁ、似たようなことはできるけどね。要は血を証明すればいいんだろう? なら、王国が国民の血を調べて国民をドッペルゲンガーではないことを証明したのなら、その証明になるものをそいつに渡す。もしも誰かが勝手に私刑で人を傷つけたのなら、そいつは法律に則って捕まえればいい」


 手間が掛かる方法ではあるが、疑心暗鬼になって人同士で傷つけ合う今のような状況を解決するには、それだけの労力が必要なんだろう。


「他の街にはドッペルゲンガーのことは伏せて……まぁいずれは漏れるんだろうけど、それでもパニックが起きない内に証明書か何かを用意して私刑にされるやつを減らさないとね」


 辟易とした顔でブッカーさんがやるべきことのリストを紙に書き出している。

 自分も何か出来ることはないかと考えていると、ブッカーさんが面倒くさそうな顔でこちらを追い出すかのようなジェスチャーをした。


「あんたのやるべきことは、人が人を憎まないように説得することだ。悪いのはドッペルゲンガーと魔王であるってことを演説して、恨みの方向性を誘導するんだね」


 確かに、今この街は人同士の争いで大変なことが起きている。

 ドッペルゲンガーを調べるためという理由で、街の人同士の殺人すら起きているのだ。

 勇者である自分が皆を止めなければならない……ならないのだが……。


「その……俺、演説って苦手でして……」


 ブッカーさんは、そんな俺を心底見下したかのような顔をして睨みつけてきた。

けど、俺を守るようにメイアが目の前に立って励ましてくれる。


「私も演説の練習をお手伝いいたします、一緒に頑張りましょう!」


 年下の子にこう言われては、男として頑張らなければならない。一生懸命に練習して、失敗しないように喋る内容を考えなければ。


「まぁそっちは任せるよ。演説は今日中にやっておきなよ」


「今日? 急すぎませんか!」


 すでに昼を越えており、今からスピーチ内容を考えて練習していたら夜になってしまう。

 せめてもう少し余裕をもって本番に挑みたい。


「あんたが遅れた分だけ、人が死ぬ。それでもいいなら、好きなだけ練習してな」


 ブッカーさんの鋭い言葉が心に突き刺さり、一瞬呼吸が止まってしまった

 そうだ、今こうしている間にも街は不安と疑いで大変なことになっているのだ。

 なら、これ以上の犠牲者が出る前になんとかしなければならないのだ。


「すいません、ブッカーさん! ちょっと紙とペンを借ります! メイアも手伝って!」


「はい、勇者様! こちらをどうぞ!」


 そう言ってそこら辺にあった紙とペンをこちらに渡してくれたので、それを握って演説する内容を紙に書き始める。

 自分ひとりじゃ無理だけど、メイアが手伝ってくれるなら百人力だ。


「自分の部屋でやれってんだよ……」


 ぶつくさと文句を言いながらも、自分達が演説の練習をしている時に何度もダメなところを指摘してくれた。

 人と人は傷つけあうだけじゃない、こうして手を取り合えるのだ。自分がすべきことは、この思いを街の人に届けることである。

 願わくば、この想いが世界中の人達に届くことを。

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