第18話:勇者の調査
特定の食べ物を食べることで死ぬかもしれないという不安はおおむね解消され、人々の顔には笑顔が戻りつつある。
それもブッカーさんが用意してくれた台本のおかげだろう。
「原因になった魔王の力は勇者の力で退けた。もしかしたらまた魔王が何かしてくるかもしれないが、必ず俺がなんとかしてみせる。だから、皆も協力してほしい」
そう言って、俺が問題になっていた野菜をその場で食べてみせることで安全性を証明してみせた。
あとは悪い噂が立ち消えれば元通りになると思っていたのだが、そう簡単に話は終わらなかった。
今、俺たちはある街に来ている。
酒の飲みすぎで人が死んだようなのだが、その死体の近くに件の食べ物が落ちていたのだ。
あのような発表をした後にこんな事件が起きてしまったのでは、また人々が不安がる。
なので、死因の調査と事件の処理をどうするかを決めるために、俺とブッカーさん、そしてメイアが街に来ているのだ。
「終わったよ、原因も分かった」
街の中央にある砦に運ばれた死体を安置している部屋からブッカーさんが出てきた。
「直接の死因は窒息死だね、顔色とかで分かったよ」
窒息死ということは、食べた物に毒が入っていたということではなさそうだ。
これなら公表したとしても、パニックになることはないだろう。
「窒息死ってことは、他殺か事故かってことですよね」
「さて…………あれをその区分で判断してことにしていいのかっていうと、どうかと思うがね」
ブッカーさんが煮え切らないような、はっきりしないような態度と回答をする。
事故ではないとしたら、どういったものだろうか。
「先ず、窒息死なのに首を絞められた痕がなかった」
つまり、何かを喉に詰まらせて死んでしまったということか。
自分がいた世界でもモチを喉に詰まらせて死んだ人がいる以上、なくはない死因である。
「じゃあ喉に何かが詰まっていたのかと思ったのだが、何も無かった」
「どういうことですか、ブッカー様?」
メイアが尋ねるように、俺も疑問が出てきた。
窒息ということは呼吸ができなくなったということだ。だというのに、誰かに首を絞められたわけでも、何かを喉に詰まらせたわけでもないという。
「あたしもそれが気になった。だから……体を切り開いてみた」
「な……なんてことを……!」
ブッカーさんの言葉から死体を解剖したと把握できたのだが、メイアはその言葉に驚き慄いている。
「死者の体を、弄んだというのですか!」
普段は大人しいメイアが、大きな声を張り上げている。
その様子から察するに、この世界ではそれだけ死体に刃物を入れる行為が禁忌であるということか。
「あたしもそのつもりはなかったんだが……どこかの誰かさんがそういった方法もあると教えてくれたからな」
ブッカーさんがニヤリと笑ってこちらに視線を送ったため、今度はこちらにメイアが詰め寄ってきた。
「勇者様! 死者は安らかなる眠りにて守られなければならない者なのです! だというのに、その体を傷つけるということは、その平穏を乱す行為であり、大いなる罰が……」
「だが、そのおかげで分かったことがあった」
メイアが俺に向かって押し倒すかのように詰め寄っているのを止めるかのように、ブッカーさんが発言する。
「首を絞められたわけでもない、喉に何かが詰まったわけでもない。ただ、彼は……呼吸そのものができなくなっていた」
そう言ってブッカーさんがローブの内側から小さな小瓶を取り出した。
中のものをじっくりと見てみたのだが、ただのカビのようなものにしか見えなかった。
「腐肺の胞子……こいつが肺の中にたんまりあったよ」
つまり……このカビのようなものが原因で死んでしまったということか。
「一番の問題は、こいつがそこまで危険なものじゃないはずってことさ」
「危険じゃない? 人が死んでるんですよ!」
ついブッカーさんに食って掛かるような形になってしまったが、人が死んでしまうはずのものが危ないわけがない。
「この腐肺の胞子は、吸い込んだところでちょいと息苦しくなるくらいさ。しばらく健康的に暮らしてれば、すぐに胞子は死滅しちまうからね」
だが、実際には人の肺を埋め尽くすほど繁殖してそれで人が死んでしまっている。
「つまり……胞子が進化しているってことですか?」
「分からん。だからこれから調査するんだよ」
そう言ってブッカーさんが俺の横を通り過ぎようとするが、それをメイアが止めた。
「それならば、犠牲になられた方の埋葬をされてもいいですよね?」
神官としての義務感だろうか、メイアとしては死んだ人をそのままにしておくのは気が咎めるようだ。
「好きにしな。一応、切った場所は縫っておいてあるから服さえ脱がさなきゃ家族にゃバレないよ」
そう言ってブッカーさんは今度こその場から去り、メイアは遺体の置いてある部屋に入っていった。
俺はメイアの後に続いて部屋に入り、彼女の作業を見学させてもらった。
作業台のような場所で寝かされている遺体に祈りを捧げながら《浄化》の魔法をかける。
その後もしばらく祈り続け、顔などをタオルで拭いて綺麗にする。
自分も見ているだけではなく手伝うと分かったのだが、遺体というのは見ているだけで心に何とも言えないような気持ちが沸きあがってくる。
今までも、《魔の草原》でも死体は見てきたのだが、こうやって落ち着いて見ていると前とは違った感じがする。
それでもメイアは嫌な顔をせずに体を清めていき、その作業を終えた。
あとは棺桶に入れて埋葬するのだが、メイアの力では遺体を動かせないので俺が遺体を運ぶことにした。
砦の外に用意された棺桶に遺体をゆっくりと入れて、蓋を閉める。
最後に棺桶を街外れの墓地に埋めればいいのだが、家族の人達だけでは運べそうもなかったので俺が手伝うことにした。
「勇者様のお手を煩わせるわけには!」
ご家族の方はそう言っていたが、ここまで運んだのだから最後まで手伝わせてほしいということでちょっと強引に棺を持たせてもらった。
「勇者様に運んでもらえるとは、あの人もあの世で自慢するでしょう……」
そう言いながら、泣いている奥さんや自分よりも年上の息子さんと一緒に墓地までの道のりを歩いた。
メイアも一緒に持って手伝おうとしてくれたのだが、彼女の腕力では少しも軽くならなかった。
それでも、死者のために何かしようとするその行動は尊敬できるものであった。
墓場に到着すると、既に墓穴は掘られていたらしく、そこに棺桶を入れて皆で土を戻して穴を埋めた。
急なことで墓石はないものの、この男性がこのまま安らかに眠れるようにと祈った。
数日後、ブッカーさんからの呼び出しがあったので俺とメイアの二人で彼女の部屋に向かう。
部屋の中には色々な洋紙に書きなぐられたメモのようなものが散在していた。
「来たか。まぁ座れ」
座れといわれてもイスは一つしかないので、それをメイアに譲って自分は床に座る。
メイアは申し訳ないから自分が地面に座ると言い張っていたが、女の子を地面に座らせたくないので無理やりメイアをイスに座らせた。
「先ず、あの胞子について分かった」
それはとてもいい情報かもしれない。
何も分からなければどうすることもできないけれど、何かが分かったのならその手掛かりから答えを導き出すことができる。
「結論から言おう……あの胞子は、我々の知るモノと全く同じものであった」
それはつまり、対策などもいつもと同じで大丈夫ということだ。
これが突然変異などで凶悪なものに変貌していたものであったら大変なことになっていたけれど、これならばそこまで大きな騒ぎにはならないだろう。
だというのに、ブッカーさんの顔は晴れないままである。
「あの、まだ何かあるんですか?」
彼女が何に対して不安を感じているのか分からないので聞いてみると、意を決したように顔を振りかぶってそれを教えてくれた。
「致死性の低いはずの胞子で、普通に暮らしていれば問題のないもので、どうして彼は死んだのだ?」
言われてみればそうだ。あの人は死ぬはずのないもので死んだ、何故だ?
「彼が死んだ場所に置いてあったもの、それは食べ物以外にもあった」
そういってブッカーさんはグラスに何かの液体を入れる。
匂いから察するに、お酒だろうか?
ブッカーさんはそのグラスの中にある液体に指を浸し、すぐに指を持ち上げた。
しばらくすると、その指におびただしくカビのようなものが生えてきた。
「ブッカー様! すぐに指を浄化しないと!」
「安心しな。知っててやったんだから、剥がし薬くらい用意してあるよ」
そう言って懐から取り出した小瓶をカビの生えた指にかけると、シュワシュワという音と共にカビが溶けていき、指は元通りとなった。
「これが原因だろう、酒に混ぜられていたせいで気付かずに飲んでしまったようだ」
「つまり……毒殺、ですか?」
飲めばカビが急激に生えてしまうものが混入されていたということは、犯人は街の人なのかもしれない。
「それなら犯人を捕まえればいいわけですね」
「彼はこの酒を飲んで毒殺された。だから私も酒場の店主を引っ張って色々と聞いたり店内の酒も調べさせてもらった。だが、怪しいものは何一つ見つからなかった」
「それじゃあ、彼に恨みを持っていた人がやったとか……?」
「それも含めて周辺の住民を調べてさせてみたが、結果は無しだ」
「それじゃあ、犯人が分からないままなんですか……」
「安心しろ、この街をしばらく封鎖するよう命令が出ている。犯人は逃げられんよ」
ならばあとは犯人を見つけるだけなのだが、そのための手段はどうするつもりなのだろうか。
「それについても目処がついている。あんたにも協力してもらうよ」
犯人を捕まえるために協力するのはいいが、自分は何をすればいいのだろう。
「あの……俺、そんなに頭はよくないんですけど」
「あんたにそんなこと期待してないさ。けど、あんたの肩書きはとっても役に立つんだよ」
肩書きというと、勇者であることが関係しているということだろうか?
今回の事件でどうして勇者が関係しているのかは分からないが、犯人が捕まるのであればそれに越したことは無い。
「分かりました。協力して犯人を捕まえましょう!」
「本当に犯人なら、いいんだけどね」
ブッカーさんは意味深な発言をしたのだが、彼女には何が見えているのだろうか。
ただの勇者でしかない俺には、何もわからなかった。
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