第17話:ヒトゴロシ

【魔王七十五日目】


「三本目の……《復活の根》が…………破壊、されました……」


 んもー、シュラウちゃんったら冗談ばっかり。

 そんなポンポンと破壊されるわけないでしょ。


「いえ……私が魔王様を騙すことなどありえません。《遍在》で確かめられるという方法もございますが……」


 いやだなぁ、僕がシュラウちゃんを疑うわけないじゃないか。

 というか、騙される理由もないんだから信じるしかないよね。


 ……で、どうして破壊されたのだろうか。


「それはもちろん、守備隊がいないからでして……」


 そうだよね、こっちの戦力は全滅してるもんね。

 それじゃあ誰に破壊されたのかな?


「勇者が再び少数精鋭で乗り込み、破壊していったそうです」


 そんな散歩感覚で闇の種族にとって大事なものを破壊していくとか、ちょっとどうかと思う。

 いや、戦法としては正しいんだけどね?


 それにしても、野菜紛争で忙しいと思っていたのにまさかまた勇者を突っ込ませるとはどういう理由だろうか?


 あれか、勝利があれば不満は全て押さえ込めるとかそういう感じだろうか。

 なんか血反吐を吐きながら走るマラソンみたいだな。


 向こうの世界でもお互いに血を流しながら戦争し続けて止められなくて大変なことになったって歴史があったけど、まさかまだまだ優勢なはずの人間側がその戦法をとるのは予想外であった。


 確かに人々が対立して大変だろう、安全な食べ物を巡って争いも起きるだろう、それでも時間をしっかりかければ解決できる問題だ。

 だけど、無理やり勝利で押さえ込まなければならないほどの問題ではないはずだ。




 というわけで、気になった僕は調査のためにインサさん達のいる街に来ている。

 ここは首都から、そして前線からも遠いので色々と行動がとりやすいのだ。

 あと、衛兵さんとか酒場の人とかとも仲良くなったので、色々と都合がいい。


 インサさんの家に向かい、これまでにあったことの話を聞く。


「どうやら、あの食料に関する問題を解決するために勇者が《復活の根》を破壊したそうです。首都ではその演説が行われ、その内容がこちらにも伝わっております」


 はて、あの根っこは空にあるマナを吸収して地面の下で寝ている魔神様を起こすための装置だったはずなのだが、それとどう繋がるのだろうか。


「どうやら、魔王様があの根を使って一部の食料を有害なものにしており、それを解決するために根を破壊したらしいです」


『えっ……そうなの?』


「すみません、私には分かりません……ですが、人々はその話を信じております」


 なるほど、つまりレッテル張りと舞台装置としてアレを利用してきたということか。

 今回の件についてあちらは原因を特定することは不可能だ、なにせ僕にしかできない方法なのだから。

 つまり、誰にも証明できない事象なのだから……それを利用してしまえということなのだろう。

 その為に《復活の根》と魔王の仕業というレッテルを張って原因ということにし、《復活の根》を破壊することで解決したという流れを作るための舞台装置として利用されたということだ。


 まぁこんなことしても信じない人が多いのが普通なのだが、お相手様は勇者様である。


 人々のために私欲を捨てて戦うとかいう高尚な存在らしいので、人々は信じてしまう。

 その人の人間性と事件になんら関連性は無いというのに、だ。


 正確にはその人の信用を担保にしてその人の発言を信じているというものなので、ちょっとしたスキャンダルで吹き飛ぶような証明なのだが……問題は相手が勇者なのである。

 僕が野菜事件をやってる間にも、各地で被害にあった村の浄化を手伝ったり、街の治安回復運動にも勤しんでいるので人気だけはとてつもなくある。


 訂正、人気以外にも強さとか人望とか名声とかもたんまり稼いでいる。

 もう勇者そのものが全ての事象を解決する舞台装置になってる気がする。


「そのせいで、魔王様からいただいたリストも使えなくなり……」


 実はドッペルゲンガーの皆には僕からのやってほしい事や注意してもらうことを羅列した紙を渡してある。


 何故か?

 口頭で説明しても完全に記憶できるはずもなく、場合によっては勝手に脳内で補正をかけて違うことをする可能性があるからだ。

 だから僕は彼らに紙に書いたマニュアルを渡してある。


 ただし、普通に書くだけでは誰かに見られると大変なことになるので一工夫してある。

 僕が紙に日本語でもいいから意味をイメージしながら書けば、闇の種族はその意味を感じ取ることができる。


 なので、僕が書いた後に誰か違う人が適当に何かを書き足してしまえば、人間にはただの落書きにしか見えないということだ。


 まぁ真っ黒に塗りつぶしてもいいのだが、それだと「どうして真っ黒の紙なんか持っているんだ?」と思われるため、ドッペルゲンガー達のいる各家庭にいる子供達に文字を繋げて絵にしてもらっている。


 あとはこの絵を遠方にいる仲間に手紙と一緒に送れば、僕がそこに行かなくても指示や覚えておいて欲しいことを伝えることができるというわけだ。

 これならもしも中身を見られても、自分の子供が書いた絵を送っているだけだと誤解させられる。


 最初は《権能》で忘れないようにすればいいかと思ったのだが、忘れないように注力しすぎて違うところでミスをされては困るので、こういった手間のかかる方法をとっているのだ。


 だが、手間が掛かるが故にこういう不測の事態があるとまた僕が色々と書いてドッペルゲンガーの皆に配ってもらわないといけない……すごくめんどくさい。


「魔王様、どういたしましょうか……」


 相手は未知の恐怖に形を与えてコントロールしている、これを崩すのは至難の技だ。

 僕がまた死ぬ死ぬ詐欺をしてもいいのだが、顔バレする可能性がある。

というか、最近は市場に常駐している衛兵の数が増えているので、おかしなことをしたら即捕まる可能性まである。


 そもそも、ただの高校生である僕がどうこうしようというのがそもそもの間違いだ。

 だから僕ではない誰かになんとかしてもらおう。


『インサさん、ちょっとお願いがあるんですけど』


 本当はこんな手を使いたくないのだけど、相手がこっちの嫌がることをしてきたのだ、ならば仕方が無いと言えよう。


 僕は悪くないというつもりはない。

 だけど、これだけは相手にも知っておいてほしい。

 お前達も悪い。



「ウィ~……店が閉まっちまったなぁ……」


『まぁ酒ならまだあるからいいじゃないですか』


 一通りの準備を終えた僕は酒場に向かい、適当な人達と一緒に酒盛りをしていた。


 まぁ酒盛りといっても僕は未成年だし、この体じゃ飲み食いできないので愚痴や不満を聞いて頷くだけのマシーンになっていた。

 閉店時間まで粘って、一人の男性と一緒に酒瓶を持って裏路地で座り込む。


『いやぁ~、もうちょっとくらい飲ませてれてもいいのに心が狭いですよねぇ』


「まったくだ、こちとらお客様だってのに追い出しやがって」


 そして僕が持っていた酒瓶を奪い、それを一気飲みする。

 この酒瓶は酒場のものだが、中身は《渇いた薔薇》と《女神のキス》の薬を混ぜたものである。


 正確には薬用に薄めているものではなく、ほぼ原液のようなものなので致死率がとても高いことになってしまっている。


 アルコール消毒という言葉があるように、中にある腐肺の胞子が殺菌されないかと心配していたが、酒に入った程度では問題ないことはインサさんの地下室にいる人で実験済みである。

 ちょっと気の毒であったが、今ごろ死体の処理もしてくれていることだろう。


 あとはこの男の人……確かドリューさんだったか、明日になればこの人の肺が胞子で満たされて死ぬことだろう。


 確かドリューさんの家には働き盛りの子供……いやまぁ僕よりも年上の息子さんがいるので、この人が死んだとしても一家離散ということにはなるまい。

 しばらくは家族の死により悲しむだろうが、きっといつかはその悲しみを乗り越えることだろう。 

 まぁ乗り越えなくてもいいのだが、その時は悲惨なことになるだろう。



 その後、僕はドリューさんをそのままにしておいてシュラウちゃんのいる屋敷に意識を戻した。


「魔王様、大丈夫でしょうか?」


 帰って早々心配されてしまったけど、もしかして顔色が悪かったりするのだろうか。

 あぁ、そういえばずっと《遍在》を使っていたせいでこっちの体は腹ペコである。何か食べるものをもらえると嬉しい。


「はい、お食事はご用意いたしますが……その、本当に食べられるのでしょうか?」


 シュラウちゃんがしどろもどろとした態度をとっているのだが、何かあったのだろうか?

 もしかして、また勇者がやらかしたとかそういうのだろうか。


「いえ……魔王様の作戦の一部を聞かせていただきましたが、魔王様は人間であるのに……その……人を殺しましたので、お食事をとれるだけの元気はないのではないかと思いまして……」


 なるほど、同族殺しというのは基本的に生物にとっては禁忌のようなものだろう。

 確かに僕は今まで人の死に関わってきたとはいえ、それはあくまで間接的にである。

 今回は僕が自分の手でドリューさんを殺したことで、心を病んでいないかと心配してくれているようだ。


 僕はその心遣いがとても嬉しかった、やはりシュラウちゃんは守るべき対象だ。


「あの、魔王様……感謝のお言葉は嬉しいのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 うん、そうだね……元の世界じゃ殺人とは関係ない生活だったし、人の死も母さんくらいでしか味わったことがなかった。

 だから、ドリューさんの死も正直なところ悲しいかな。

 あの人って酒癖は悪いけど、息子さんの自慢話をする時は凄い楽しそうで、聞いてるこっちもなんだから楽しくなって……だけど、もうそれも聞けないんだね。


「その……魔王様……お辛いようでしたら、私が…………」


 でも、やらなきゃいけないから仕方ないよね。

 「悲しいからやらない」なんて贅沢な選択肢は、僕らには最初から用意されてないんだもの。


「…………魔王、様?」


 僕は弱いからね、だから弱い人の味方になるためならなんでもするよ。

 そんなわけで、僕はこれからもドンドン人が死ぬようなことをするよ。

 だから、シュラウちゃんは安心していいよ。


 “ぐぅ……”


「……ッ!」


 僕のお腹の音に笑ったのか、シュラウちゃんが顔を背けてしまった。

 こういう時は思いっきり笑ってくれてもいいのだけど、やはり魔王という肩書きのせいか、シュラウちゃんの態度は硬いままである。


「……失礼いたしました、すぐのお食事のご用意をいたします」


 うん、お願いね。

 だってこの世界での楽しみって、もうそれくらいしかないからさ。

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