第16話:勇者の仕事
最近、この首都でも悪い噂がよく流れてくる。
呪われた土地で出来た作物を食べて死んだ者がいる、それを食べた者はゾンビになったり解けたりする、本当に色々な悪い噂が流れている。
国の偉い人がデマカセか何かだと思って調査したらしいのだが、色々な街で似たような報告があり、実際に見た人もいたようだ。
そのせいか、最近は俺が何かを食べようとすると必ずメイアが毒見してくる。
別に一口くらいならいいのだが、温かい料理が冷めてしまうのはいただけない。
そこで、なんとかならないかとこの国で一番の知識を持つブッカーさんに聞いてみることにした。
あの人とはあの《黒煙の森》での冒険以来、色々と話をしていたりする。
最初は冷たい人だと思っていたけれど、俺の意見を聞いたうえでそれを叶えるために動いてくれたことが分かったので、本当はとても良い人なんだと思っている。
それでもメイアがつっかかったりしているのだが、きっといつか仲良しになってくれるだろう。
「調査中だ、報告できることは何もないよ」
部屋に入るなり、ブッカーさんからいきなり言葉を浴びせられて困惑している。
「おっと、勇者か。悪いね、お偉いさんから噂の調査ばかり催促されてね」
「そうなんですか。実は、俺もそれについて聞こうと思ってて……」
「あんたもか。どいつもこいつも、同じことばっかり聞いてきてイヤになるよ」
そう言って、彼女は辟易とした顔でイスにもたれかかる。
「先ず、あたしが漁った文献には毒のある植物は載っていたが、土地そのもので栽培された作物が毒を持つというものは何処にもなかった」
確かに毒のある植物というものはいくらでもある。
ジャガイモだって芽が有毒だということは俺でも分かることだ。
でも、育てた場所によって毒性を持つというのは聞いた事が無い。
土地そのものに踏み入ったら死ぬというのであれば、毒ガスや放射能汚染が思い浮かぶが、そういうものではなさそうだ。
「次に、噂の中心になっている野菜を地下牢にいる極悪犯に食わせた」
「じ……人体実験ですか? そんなことして、本当にいいんですか!」
「じゃあ、代わりにアンタが食うかい?」
そう言われてしまうと、言葉に詰まってしまう。
誰かがやらなきゃいけないことだと頭では理解していても、実験的に誰かを危険にさせるのは非人道的だと感情が訴えかけている。
「……ちなみに、犬や猫に食わせても大丈夫だったものを人に食べさせてるぞ」
僕の頭の中を覗いたかのように、ブッカーさんが補足してくれた。
それもそうだ、いきなり人に食べさせる必要なんてないんだから。
まぁ実験に使われた犬や猫も可哀想だとは思うけど、人と比べればまだ幾分かはマシだ。
「ちなみに、この実験でどれだけの死人が出たと思う?」
「そうですね……十人くらい?」
専門的なことは分からないので、あてずっぽうに答えた。
「ゼロだ」
ゼロ? つまり、誰も死ななかったということか。
「じゃあ、致死率が低いってことですか?」
「残念ながら、全員がピンピンしてるよ」
それはおかしい、街であれだけ噂になっているというのに何の症状も出ていないということか。
「あたしも何かおかしいと思って色々と実験してみたよ。特定の食べ物と合わせてみたり、水に溶かしてみたり……だけど、死ぬどころか体調を崩す奴も居なかった。せいぜい不味いって言われたくらいだよ」
「じゃあ、噂はあくまで噂でしかないと?」
「あたしもそう思ったんだけど、目撃者が多すぎる。各地で実際に人が死んだって見てる奴がいるんだよ」
「えっと、死体を調べたりはしなかったんですか?」
そう言うと、ブッカーさんはおかしなものを見るような目でこちらを睨んできた。
「……人を実験に使うのはイヤで、死体を弄るのはいいのかい?」
「あー……その、俺の元いた国だと死因を調べるためにそうするのが当たり前だったんで」
「よく分からないねぇ、あんたの国は」
そう言われても、それが当たり前だったんだし、それで色々なことが分かるのだ。
少なくとも、必要なことだということは理解できている。
「その死体も問題でね……見つからないんだよ」
死体が見つからないというのは、どういうことだろうか。
まさか、勝手に歩いて逃げたというわけでも……まさか、ゾンビ化!
「ゾンビになったわけじゃない、死体が溶けて消えたって話だよ」
「そんなバカなことが……」
何かを食べて死んだというなら毒や病気だと思うのだが、それがどうして死体が溶けて消えてしまうのだろうか。
「どこかのバカが誰かを貶めるために流した噂かと思って調べてみたが、各地で多くの目撃情報があがっているせいでガセとも断言できなくてね。しかも、これで得したやつがいないから、怪しい奴に目星をつけることもできない有様さ」
特定の食べ物を食べると溶ける、だけどいくら実験しても再現されない、そのせいで何も分からない状態なのか。
「分からないってことは怖いよ。なにせ、[どうしてこうなったのか] [どうすれば防げるのか] [どうすればいいか]ってのが分からないからね。未知の脅威ってのは、身近にあるほど怖いもんだよ」
病気ならば薬を使えばいい、毒ならばその毒をどうにかすればいい、だけど何も分からないと何もできない、そのせいで感じてしまう無力感は大きなものなのだろう。
それにしても、今回の件はあまりにも不可解だ。
あまりにも分からなすぎて、悪魔か何かの仕業かと思いたくもなる。
けど、その発想のおかげで一つの答えが浮かび上がってきた。
「魔王の仕業では?」
「魔王?」
「この件で誰が一番得をしているかと考えると、魔王がしっくりしたので」
「魔王がわざわざ食べ物に毒を入れたってことかい? それにしちゃあ、あまりにもしょっぱいね。もっと大規模にやれば、人間側は食料不足になって大変なことになるってのに」
「けど、こんな都合のいい……いえ、悪いことができるとしたら魔王くらいかなって」
「まぁ確かに皆既日食が二ヶ月前にあったんだし、可能性としちゃ無くはない……ないんだけどねぇ」
魔王も勇者と同じく特殊な力があると聞いているが、確かに魔王の力にしては小規模すぎる。
「例えば魔王の力が毒殺だとして、あたしが魔王なら勇者であるあんたをターゲットにする。わざわざ首都から離れた位置にある街で力を使って警戒されるメリットはない」
「そういえば、俺に毒って効くんですかね」
わざわざ自分で試そうとは思わないけれど、《打開》の力があれば毒すらも打ち破れる気がする。
実験しようとしたら絶対にメイアは怒るだろうけど。
「ふむ……なら、魔王は人々を不安にさせることが目的なのかもしれんな」
「不安にさせて……どうするつもりでしょうか?」
「そうだな……この件で我々は魔王の領地へ踏み込むだけの余力が無くなった。つまり、時間稼ぎの可能性がある」
なるほど、それなら納得できる。
《魔の草原》で多くの犠牲者を出したのはあちらも同じなのだ、戦力を確保するための時間が少しでもほしいのだろう。
「もしかして、《黒煙の森》で妨害が無かったのは……」
「それだけ、あちらも切羽詰っているということかもしれんな」
《空を蝕む根》を守るだけの力がなくなっているということであれば、こうやって時間を稼ぐ意味も理由も充分にある。
「よし、お偉いさんのところに行くぞ」
ブッカーさんはイスから立ち上がり、ローブを羽織る。
いきなり行動に驚いて、ブッカーさんに尋ねる。
「行くって、何をしにですか?」
俺の問いに、ブッカーさんはニヤリと笑いながら答える。
「相手が嫌がることをするのが、戦いの本質だろう?」
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