第31話 異世界の街でもカミングアウト
キャロル達と食事をしていると、一人の女性が挨拶に来た。
店の人では無さそうだが……俺の母さん位の年齢じゃ無いか?
「キャロル様、失礼致します」
「あ、メルド! ごめんなさいね、遅くなってしまって」
「いえいえ、ですが中々お見えにならないので、それはそれは心配しましたよ?」
心から心配していたのが、彼女のその表情からも伺えられる。
「そうですよね。あ、ハルト様! これは上の宿の支配人、メルドです」
「あ、どうも初めまして、こんばんわ」
「これはこれは、ハルト様! この度はお助け頂き、本当にありがとうございました」
メルドはテーブルの横で深々と頭を下げた。
「いえいえ、気にしないで下さい」
俺が座ったまま頭を下げると、キャロルがメルドに話しかけた。
「それでメルド。ハルト様へは、極上のお部屋を用意してくれた⁉」
「はい、最上階にお部屋をご用意しております」
そう言ってメルドが頭を下げると、キャロルは満足そうに頷いたが、最上階ってどんな部屋よ!
「さ、最上階ですか?」
俺が慌てて訊き返すと、メルドは当然だと言わんばかりに胸を張った。
「ええ、勿論でございます」
「ハルト様。ご宿泊のお代金もお食事も、この先この街でのご滞在費は全て私共に支払わせて下さい!」
「そ、そうなんですか⁉ 何だか、どうもすみません」
「そんな事ありません! この命を救って戴いて、これは当然ですわ!」
お金も何も持ってないのに、こっちとしたらめっちゃラッキーじゃん!
『ホント、手ぶらで来ちゃったものね~』
うっ……。
「ハルト様、こちらがその部屋の鍵でございます。いつでもお休みくださいませ」
そう言うと、立派なカギを俺に手渡して来た。
「あ、どうもありがとうございます!」
「ですが、お嬢様。本当に驚きましたよ? お嬢様がお見えにならないまま、夜になってしまって……気が気ではなかったです」
「そうですよね……心配かけたわね」
「そんな時、お嬢様が勇者様に助けて戴いたと、街で大騒ぎが起こったじゃないですか」
「そうですの! ハルト様が剣を持った盗賊五人を、素手で倒してしまわれたの!」
「まあ! 素手で⁉」
メルドが驚いた表情で俺を見る。
「お嬢様、素手と言うより素っ裸です!」
きゃーっ! モーリスの馬鹿ーっ!
『あら、この人ツッコミの才能あるんだ! 意外だわ~』
うっさいよ、アニマ。
「す、素っ裸ですかっ⁉」
すると、メルドは更に驚いた表情で、俺の全身を舐める様に見た。
やめてメルドさん……想像しないで。
「あら? ハルト様、お履物は……?」
「あ、そうそう! メルド、ハルト様に着て頂く服を用意して頂戴!」
「は、はい! すぐにご用意しますが、どの様なものを?」
「そうね……ハルト様はどんな服がご希望かしら? いつまでもその皮服ですと重いし暑いでしょう?」
「え、いえ。でも、良いんですか⁉」
「ご恩人ですもの、勿論ですわ!」
「でしたら、下はトランクスとジーンズが……上にはTシャツみたいなのが欲しいです」
俺がそう言うと、キャロルとメルドが顔を見合わせた。
『それで通じるかな~?』
あ、そうか……ここは異世界じゃんね。
「下着とジーンズは分かりますが……上は綿のシャツだけで良いのですか?」
な、何だと⁉ ジーンズ分かるの⁉
『言語変換で何と無く通じたみたいね~』
な、なるほど……。
「では、ハルト様、お手数ですが少々お立ち願いますか?」
「あ、はい!」
メルドに言われてその場に立つと、彼女は失礼しますと言いながら、手にした紐で俺の身体を計り始めた。
彼女が俺に触れたその時、アニマがステータスを読み取った様だ。
メルド・ウエスヒル・ルビエンド、年齢は二十八歳。
この人も侯爵家の使用人か。
『あら、彼女も魔法使いね!』
えっ⁉ マジか!
『うん、スキルを見る限り火の魔法ね』
火の魔法⁉ 凄いじゃん!
そんなメルドが今は俺の足の大きさを計っている。
火の魔法師様にそんな事させてごめんなさい。
「では、ハルト様、すぐにご用意しますので、暫くお待ちくださいませ」
「あ、はい! ありがとうございます」
そう言って頭を下げたメルドは足早に去って行った。
そうそう、アニマ。
『んー? なあに?』
魔法使いってこの人達に聞いても良いのかな?
『あー大丈夫じゃない? それを生業にしてるみたいだし?』
そうなの⁉ んじゃ、聞いてみるよ?
「あ、あの、ミランダさん」
「は、はい!」
行き成り俺に名前を呼ばれて動揺したのか、背筋をピンと伸ばしたミランダは若干顔が赤くなった。
精神ステータスを見ると、気分の高揚が見られる。
「あ、突然ごめんね?」
「あ、いえ! ハルト様」
「えと、ミランダさんは魔法使いなんですね?」
「え? ええ。ですが、どうしてそれを?」
「え……あ、それは」
あ、早くも行き詰ったじゃん!
『そんなの適当に誤魔化しちゃえば?』
アニマ……お前な……。
すると、メリルが自慢げに言った。
「ミランダさん、ハルト様はね、私達の年齢も当てちゃうのよ⁉」
「え?」
ミランダはキョトンとしてメリルを見るが、横に座るキャロルも悪戯っぽくミランダを見ていた。
「ねえ、ハルト様! ミランダさんの歳は幾つだと思いますか?」
メリルがそう言って俺に聞いて来た。
その表情は期待に満ちている。
「そ、そうですね……メリルさんと同じ位……かな?」
「大正解です! ね⁉」
「え、ええ! 驚きました! メリルさんとは同じ年の生まれなのです!」
な、ナイスですよ、メリルさん!
ミランダさんの俺への疑心暗鬼な精神状態が、今は驚愕と尊敬へと変化している。
「あ、当ててしまって……何かすみません」
女性の年齢だからな……本当は一つでも下に言った方が良いのだろうけど……。
「そうなんです、ハルト様。私は光魔法を少しですが遣う事が出来ます」
「凄いですね! 光魔法とか、ファンタジーです!」
つい興奮して身を乗り出してしまうが、これは仕方ないよね⁉
「ファンタジー……ですか? この街には私の他に、数名の魔法師がおります」
「おお! 例えばどの様な魔法を?」
「そうですね、水と火の魔法師はこの宿にも……」
「水と火ですか⁉」
「ええ、宿の支配人であるメルドさんは火の魔法師で、このお店のアイカさんは水の魔法師です」
「アイカさんも⁉」
『あの人も魔法使いだったの⁉ 後でアイカの手も握ってみて!』
おいアニマ、簡単に言うなよ。
『何よ、おばさんの手を握る位。どーって事無いでしょ?』
あのなあ……。おばさんって言うなよ。
「ハルト様、実はこのメリルも魔法師の一人ですよ?」
キャロルがそう言ってメリルを指差した。
「えっ⁉ メリルさんも⁉」
「はい、私は聖魔術師です」
「聖魔術師?」
『あーこのスキルがそうだったのね』
何だよアニマ、気付いたら教えてくれよ。
『特殊なスキル持ちって言ったけど、それをスルーしたのはハルトだよ?』
え……そうだった?
『ええ、言いました~』
で、どんな魔法なんだ?
『んースキルを見る限りは、恐らく治癒魔法の一種ね』
「ち、治癒魔法ーっ⁉」
『声出てるよ……』
あ……。
思わず声を上げてしまった。
そっと見回すが、やっぱりここに居る全員が俺の顔を凝視している。
「そうなんですっ! ハルト様はやっぱり凄いです!」
「全てお見通しなんですね!」
メリルとキャロルがそう言って顔を見合わせると、モーリスもそれを見てうんうんと何度も頷いた。
しかし、そうか治癒魔法か!
だからメリルとキャロルの身体の傷が治っていたのか。
「ハルト様……実は……」
すると、何だか気まずそうにキャロルが話しかけて来た。
「はい? どうしたんです?」
俺がそう聞いても、彼女はメリルをチラッと見たが、どういう訳か下を向いて黙ってしまった。
「んー、なんでしょう?」
すると、意を決した様に顔を上げたキャロルが話し始めた。
「実は、ハルト様。ハルト様が盗賊をあんなに簡単に倒してしまって……私達、その……とても怖くなって……」
今度はメリルも謝りながら話し始めた。
「ごめんなさい! あの時はハルト様が凄く怖くて、何とか街に着くまでは逆らわない様にしていたのです……本当にごめんなさい!」
「あーそうだったの?」
「どうも、すみません!」
「本当にごめんなさい!」
「わ、私もです! ハルト様、申し訳ございませんっ!」
モーリスまでもがそう言うと頭を下げて来た。
「いえいえ、そんな事は気にしないで下さいよ」
「街に着いてからも、どうやってハルト様から逃れようかと、そう考えていたのです……」
「ああ、そうでしたか」
「ですが、ハルト様と接している内にその……」
キャロルが言い難そうに言葉に詰まると、代わりにメリルが話し始めた。
「あれだけお強いのに、その力で他の者を抑え込む方では無いと、お嬢様も私もハッキリと分かったのです」
「あ、まあ、俺はそんな事はしませんって」
「あの、ハルト様。失礼を承知でお伺いしますが……」
「あ、はい?」
「旅の途中だと仰ってましたが、お荷物は……」
ぎゃーっ! そうだよね⁉ そうなるよね⁉
「あ、えと……」
『ハルト、ちょっと私と代わってー!』
は? アニマ、何を言ってんの?
『そのまま黙って見てたら? 私が話すから』
そ、そんな事も出来るの⁉
『何言ってんの? これまでだって私が回避したりしてたでしょ?』
あ、そう言われてみたらそうか……。
『分かったら、そのまま動こうとしないでね~』
分かった、頼むよアニマ。
『おっけー!』
俺は彼女達への対応をアニマに任せて傍観を決めた。
「理解出来無いかもだけど、良く聞いて?」
そう言って、俺に代わったアニマが皆に話し始めた。
「は、はい!」
「実は時空を超えて、この世界へイーリスを連れ戻しに来たの」
ぎゃーっ! お前、そのままカミングアウトかよ!
『気が散るから黙ってて』
あ、はい。
しかし、ここに居る皆が理解出来ていない。
皆の表情を見れば、脳内サーチする迄も無くそれは分かる。
「じ、時空を?」
「うん、簡単に言うと、こことは別の世界」
「別の世界?」
キャロルが不思議そうな表情をして、俺を遣って話しているアニマに聞き返す。
すると、メリルが真剣な表情で話し始めた。
「私、故郷の村で聞いた事がある……こことは別の世界の話」
「実は、私の生れた故郷でもそんな逸話があります」
ミランダもそう言ってメリルと顔を見合わせた。
「そうなんだ? 僕はこの世界へは初めて来たんだけど、荷物も何も持たないで来ちゃって……靴も履き忘れてこの世界へ飛び込んで来ちゃったんだ」
おい! 余計な事言うなよ! しかも、僕って言った!
「そうだったんですね……そんなに慌ててイーリスさんを追いかけて」
「うん、イーリスは異次元を自由に移動しちゃうから、慌てて追いかけて来たんだよ」
「で、この世界にイーリスさんが居る事は確かなのです?」
「うん、この世界に居る事は間違い無いんだけど、今はその気配が薄くて何処に居るのかまでは分からないんだ」
「気配?」
「あ、イーリスの気配は、僕には良く分かるの」
あ、また! 僕って言うなよ、ハズイから……。
「そうなのですか?」
「うん、こう見えても僕、異世界から来てるから」
「あ、そうですよね」
何だか普通に話がまとまりつつあるけど……。
やっぱアニマって凄いじゃん……。
『ふふん♪』
このやろ……調子に乗ってボロ出すなよ?
「お話は良く分かりました」
「ええ、異世界とは驚きましたが……」
「でも、ハルト様の身のこなしは人並外れたものですしね」
「そうでしたね! あの盗賊達を倒したのも、見た事も無い魔術でしたし!」
どうやら皆はアニマの話をそのまま信じてくれた様だ。
「あ、あれは魔術とは違うんですよ? 僕の中にある、桁外れの身体能力です」
あ、こら、調子に乗るなって!
「例えば、そうですね……」
そう言ってアニマは店内を見回してすくっと立ち上がった。
「この中で、力自慢の冒険者はいますかー?」
こ、こいつ、何を始める気だ⁉
すると、酒場の方から見るからにゴツイ大男が手を上げた。
「英雄様ー! それは冒険者限定ですかい?」
「あ、いえいえ! どなたでも構いませんよー?」
「この街で力自慢だったら、この俺か衛兵のダンケだろうよ?」
「そうなんですね? では、僕と腕相撲しませんか?」
ちょ、アニマ! やめろって!
「おお! 俺がダンケを腕相撲で負かしてからは、めっきり勝負を挑む奴も居なくて退屈してたんだ! 英雄様と勝負が出来るなんて、光栄ですよ!」
そう言って大男がのそのそと歩いて来た。
それを見た多くの人がわらわらと集まって来る。
その大男が目の前に立つと、見るからに腕も太く身体も大きい。
身長は二メートルを優に超えている。
「では、そこのテーブルで」
そう言ってアニマが小さなテーブルを指差した。
すると、ミランダが大男に声を掛ける。
「グレン、キャロル様をお救いになられた方だぞ? 程々にな」
「ああ、お若い隊長さん。しかし、英雄様だからって手加減は出来ないですよ?」
大男はミランダへニヤリと不敵な笑みを見せた。
「勿論手加減は無しで。では勝負です」
そう言うとアニマはテーブルに肘をついて構えた。
テーブルの周りには店内に居た全ての人が分厚い輪を作り、固唾を飲んでこちらを見守っている。
「英雄様、思った以上に細い腕だな……いいのかい?」
「ええ、どうぞ宜しくお願い致します」
「分かった! こちらこそ、よろしくだ!」
そう言って大男が俺の腕をぐっと掴む。
だが、俺の腕はビクともしない。
その間にも俺の脳内ではグレンのステータスが記憶された。
グレン・エルグランド、年齢二十二歳。
元は鉱夫の様だが……今はこの街の自衛団か?
そして、身体強化のレアスキル持ちじゃ無いか!
だ、大丈夫か⁉
「さあ、グレンさんと言いましたね? 思い切り力を入れて下さい」
「な、何だとっ⁉」
グレンの顔が見る見る真っ赤に染まっていく。
大きな体がブルブルと震えているが、俺の腕はピクリとも動かない。
「では、こうしましょう。グレンさんは両手でも構いませんよ? 僕の腕をそちらへ倒してみてください」
「なっ、何だとっ⁉」
彼にとって今までこんな経験は無かったのだろう。
頑なに片手で俺の腕を握っているが、どんなに力を込めても俺の腕は微動だにしない。
「さあ、どうか両手で試してみて下さい」
グレンにしてみたらとんでもない屈辱だろうが、片手では到底勝てそうも無い事を悟ったのだろう。
目を白黒させながらも、グレンは太い両手で俺の片腕を掴んで全体重をかけ始めた。
だが、大地に根を張る大樹の様に、俺の腕は全く動く気配は無い。
それでもグレンは顔を真っ赤にして、何とか動かそうと俺の腕に両手でしがみ付いている。
すると、アニマの操る俺は涼しい顔をして周りを見回した。
「皆さん、これが僕の力です! 偶然とはいえご縁もあり、今はこうしてルビエンド侯爵令嬢、キャロル様にお世話になっています! 暫くこの街にお世話になりますが、皆さんどうぞよろしくお願い致します!」
すると、店内がドッと拍手と歓声で沸きあがった。
「それと、ピンク色の髪の毛をした少女を見かけたら教えて下さい! 名前はイーリスと言います!」
「ああ、門でそんな話を聞いたっけな」
「そうなのか? ピンク色の髪か……知らねえな」
集まった人はひそひそと横の人と話し始めた。
「で、グレンさん、どうです?」
アニマはグレンにそっと語り掛けた。
「だ、駄目だっ! 両手でも到底敵いそうもない! 完全に俺の負けだ!」
「そうですか、ではこれはサービスです」
事もあろうか、アニマは大男のグレンをひょいと担ぎ上げて、そのままお姫様抱っこをしてしまった。
そして、片腕でバスケットボールを投げる様に、その場でポンポンと大男を投げ始めた。
これに似た事を俺もやった記憶がある。
あの時は四人が乗った乗用車だったけどね。
「う、うわっ! こ、降参だっ! やめてくれーっ!」
子供の様にポンポンと上に投げられて、大男のグレンが声を上げた。
「お、おい! あのグレンが子供扱いされてるぞ⁉」
「本当かよ! 勇者様のあの身体の何処にそんな力が⁉」
「どうですグレン、楽しいでしょう? まるで子供に戻った気がしませんか?」
おいおい、アニマやり過ぎだろ……。
だが、アニマが扱う俺はグレンをポンポンと投げながら、皆を見回して楽しそうに笑っている。
「た、確かに……こんなのは俺がまだガキの頃、親父に抱かれた以来だ……あははは!」
次第に慣れて来たのか、グレンは投げられながらも笑い始めた。
すると、アニマはそっとグレンを床に降ろすと手を差し伸べた。
「ごめんね、グレン。この店に入った時から皆の視線が気になって、ついついこんな事をしちゃったよ。でも、少し調子に乗ってしまった。申し訳なかった、謝るよ」
そう言ってアニマが扱う俺はグレンへ頭を下げた。
「いやいや、こんな楽しい気分は初めてだ! 頭を上げてくれ!」
そう言ってグレンは俺と握手を交わした。
な、何事も起きなくて良かった。
「全く……こんな細い腕で……。人は見かけで判断出来ないって事だな」
グレンは握手をしている間、俺の腕を確かめる様に見てそう言った。
「そうかな? グレンは見かけ通り、心の広い良い男だよ」
「な、何だよ英雄さん! そんなに煽てないでくれよ!」
「だって、持ってるスキルを発動しなかったでしょ」
「な、何故分かった⁉」
「だってこう見えても僕、異世界から来たんだもん」
「そ、そうか……」
すると、暫く俺を見ていたグレンが笑い出した。
「ふぁははは! そうだったのか! そりゃあ、俺なんかに敵うわきゃねーわな! わはははーっ! よーし、皆、余興は終わりだ! 今夜は英雄さんにゆっくり食事をして貰おうか!」
そんなやり取りを見ていた人達も、声を上げて楽しそうに笑い出した。
「こりゃあ、良いもんを見れた!」
「ホントだよな!」
「それにしても、エルの街にこんな笑いが溢れたのはいつ以来だ⁉」
「そうだな……こんな日が来るとは、まだまだ捨てたもんじゃ無いよな!」
「全くだ!」
集まっていた人達は口々にそう言いながら、自分のテーブルへと戻り始めた。
「ねえ! それって、どういう事ー?」
帰りがけている人にアニマが声を掛けた。
「あ、ああ英雄様……。実はこの数年、質の悪い集団が近くの村に居付いてしまって……」
「しかも、南の森には見た事も無い魔物が出たって話もあるしな」
「ああ、街の外は大人でも一人じゃ危なくて……」
「本当にな……」
数人が足を止めてそう話したが、やれやれと言う表情を見せて席へ戻って行った。
「そうなんだ……。ねえ、キャロル」
去って行く人達を見ながらアニマがそう言うと、キャロルが慌てて俺の背中を見て返事をした。
「は、はい!」
「この街、僕が護るよ」
は、はい? アニマさん?
「え?」
キョトンとした表情で聞き返したキャロルを横目に、ミランダとメリルが驚いてガタッと立ち上がった。
「ハルト様っ!」
すると、アニマが操る俺は皆の方へくるっと向き直ると、行き成りサムズアップして見せた。
な、なんだそれはーっ!
「任せといて!」
「この街を救って頂けるのですかっ⁉」
「聞いちゃったからには放って置けないし?」
「そ、そんな……何と……」
「私達、まだ何もハルト様へお返しも出来ずに……」
「いえいえ、それに一宿一飯の恩義と言う言葉もありますしね」
彼女達は言葉を失って俺を見つめた。
お、お前何て事をっ!
『うっさいなーこのままほっとけるわきゃ無いでしょ』
ま、まあそうだけどさ!
『それとも、イーリスを連れ戻す方が先?』
う……そんな訳無いだろ。
『大丈夫よ私が居るじゃん』
そ、そうだな……確かに知った以上何とかしてあげたいよな。
『うんうん、じゃ後はよろしこー』
あ、ああ。
アニマ、やっぱお前凄いわ……。
『何言ってんの? 私はハルトの一部だってば』
そう言われてもな……。
しかし、何とかすると言っても、先ずは情報収集だろう。
「ミランダさん、先ずはこの街に脅威を及ぼす集団ってのを教えて下さい」
「え、ええ! その者達のアジトは街の外にあるのですが……」
俺はミランダから、近くに住み着いたと言う奴らの情報を、出来るだけ細かく聞いた。
話によるとその集団は、俺達が来た方向の反対側、二キロ程先にある森に住み着いているらしい。
その森の手前に、十二年前までは五十人程が住む小さな村があったそうだが、その村の住人を虐殺して彼らの拠点にしてしまったのだ。
そして、この街へ訪れる人達から金品を奪っているらしい。
勿論、この街の住人も数多く被害にあっており、これまで何度も街の衛兵隊が村へ出向いたが、奴らは村の先にある森へと姿を隠してしまうそうだ。
他にも南の森に姿を現した大きな獣って話も聞いたが、見た人が大騒ぎをしているだけで、実際の被害は報告されていないらしい。
「分かりました。先ずは村の奴らか……」
俺がそう呟くと、丁度そこへメルドが若い女性と現れた。
「失礼致します。ハルト様のお召し物をお持ちしました」
「おお! どうもありがとうございます!」
そう言って渡された衣服は、やはり俺のリクエストとは少し違っている。
手にして見ると生地はシルクの様に軽く、それでいて綿よりも丈夫に思える。
これは下着か?
履いてみるとシルクの様にサラサラとしていた。
そして俺はTシャツを希望したが、首元はヘンリーネックだな、ボタンが付いている。
ズボンはジーンズよりも生地は厚く、履いて見るとしっかりとした縫製だった。
そして頑丈そうな靴を手にして見ると、それは案外軽く永く履いていても気にならなそうだ。
靴を履いていると、キャロルがこうして生地を入れてから足を入れるのと教えてくれた。
どうやら靴下の代わりに素足を包む生地を入れるらしい。
「おお、どれもサイズはピッタリだ! 着心地も良いですね!」
「左様でございますか? それはそれは」
笑みを浮かべてメルドがそう言うと、見ていたミランダ達も目を輝かせて見ていた。
「ハルト様、とてもお似合いです!」
「そう? ありがとう!」
「ですが、ご入浴を済ませてからお着替えになられた方がよろしいかと……」
そう言って、メリルが気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「あ、どうせ汚れちゃうかもだから、帰って来てからお風呂を頂きます」
「え?」
「ど、どちらかへ行かれるのですか?」
「こんな夜更けに⁉」
皆が驚いて俺を見た。
まあ、俺には暗闇だろうが関係ない。
むしろ、奴らに不利な暗闇こそがこっちのチャンスだしね。
「ああ、夜の方が良いんですよ」
そう言うとモーリスがニヤっと笑った。
「ハルト様、この街は初めてですものね! 私がご案内致しましょう」
「ああ、そう?」
「ええ、とっておきへお連れしますよ!」
「とっておき?」
「ええ、ええ! ただし、ここの女性方には内緒ですよ?」
そう言ってモーリスが席を立つと、女性たちが顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
「も、もう! モーリスったら!」
「あ、余り遅くまでハルト様を連れまわしたらいけませんよ⁉」
「分かってますって、お嬢様! さ、ハルト様、行きましょう!」
「あ、ああ。んじゃミランダさん、皆さん、行って来ます!」
「え、ええ……」
「もう、ハルト様ったら! 知りませんっ!」
キャロルがそう言ってそっぽを向いてしまった。
何だよミランダは下を向いたままだし、キャロルもメリルもあんなに顔を真っ赤にして。
この街の脅威なんでしょ?
何か失礼な事した?
あ、夜は出歩いちゃいけないとか?
店を出ようと出入口へ向かうと、多くの人達から声を掛けられた。
「あ、英雄様お帰りですか⁉」
「あ、いえ?」
「どうも、英雄様! おやすみなさいませ!」
「え? まだ寝ませんよ?」
「ばっきゃろー英雄様がこんな時間に帰る訳ねーだろ?」
「あ、あははは……」
「あ、もしかして?」
「え、ええまあ」
「おおぉーっ! 英雄様も男ですねっ!」
掛けられた言葉に一々対応するのも面倒になっていると、酒場の方から大男のダンケがどたどたと駆け寄って来た。
「英雄さん! あんた、もしかして……行くのかい?」
「え? ええ、まあ」
「そ、そうなのか⁉ 何だか意外だな……」
「そうですか?」
「あ、ああ。お前さんは……いや、何でもねえ。気にしないで楽しんで来てくれ」
楽しむって……。
どんだけ力勝負が好きなんだよ、このおっさん。
「ああ、まあ。では皆さん、ちょっと行って来ますね!」
「英雄様ーっ! しっかりーっ!」
しっかりーって、何なの? あ、負けるなーって事?
『何だか、空気が変だね~』
アニマと首を傾げながらも店の外へ出ると、モーリスが嬉しそうに話しかけて来た。
「では、ハルト様。こちらです!」
「あ、はい」
モーリスに案内されてついて行くと、こぢんまりとした入口の店に着いた。
「ハルト様こちらです!」
「え?」
モーリスが扉を開けると、若い女性が数名嬉しそうに出迎えて来た。
「あら、モーリスさん、お久しぶり~」
「え? モーリスさん? ご無沙汰でしたね~」
そう言ってモーリスの腕を両脇から絡めている。
なにここ……飲み屋?
『分からないけど、何だか妖しくない?』
「モーリスさん、ここは?」
「ハルト様、ここがお薦めの遊女屋ですよ」
遊女屋って?
『ブロッセルだったの? あー、売春宿だね』
売春宿だとーっ⁉
「な、何でこんな所へ⁉」
「え? 何でって……」
「俺はこれから街の外へ出たいんですけど⁉」
「え⁉ ハルト様、遊びに出ようとしていたのでは?」
「遊びに出て来た訳じゃ無いんですよ、盗賊の村へ行くんです」
すると、モーリスは目を丸くして彼女達を振り払った。
「え……えーっ⁉ こ、これからですかっ⁉」
「ええ、これからです」
「そ、そんな、こんな夜中に⁉」
「ええ、こんな夜中だからです」
「外は真っ暗で、何も見えませんよ⁉」
「あー大丈夫、俺は夜目が利くんです」
「そ、そんな……いくらハルト様でも、あいつらには……」
しどろもどろになったモーリスは、絶望した表情になって俺を見ている。
「大丈夫ですって、俺は……」
異世界から来たと言おうとしたその時、奥の方から女性が怒鳴る声が聞こえて来た。
「こらこらこらーっ! 何を店ん中で騒いでんだい!」
見た感じは七十か八十過ぎのお婆さんだが、凄い剣幕で怒鳴っている。
「あ、すみません」
「ここは夢を見て貰う所なんだよ! それを何だい! ガヤガヤ騒ぎ立てて! 夢から醒めちまうじゃないか!」
そういう貴女の方が騒いでません?
しかし、元気なお婆さんだな。
「どうもすみません」
すると、お婆さんの騒ぎ立てたその声で、奥から若い女性が数名出て来た。
「大ママ、そんなに大声上げて、どーしたのー?」
「大ママの声って寝てても響くのよね~。あら、モーリスさんじゃな~い?」
「何だい、モーリスの連れかい! 領主の使用人だからって、あたしゃ容赦しないよ⁉」
「すいません、フライさん! 俺の勘違いでこちらの方をお連れしたんです」
「勘違いだぁ? どういう事だい!」
「フライさん、あんたも聞いてないかい? キャロルお嬢様をお救いになられた英雄様を!」
「ああ、店の娘が騒いでたね。それがどうし……って、もしかしてこの方かい⁉」
「ああ! 英雄ハルト様だ!」
「な、何だってーっ⁉ こ、これは英雄様ーっ! ははーっ!」
バタバタと慌てて土下座をした。
若い女性も釣られたのか、一緒にひれ伏してしまった……。
何この状況……。
『何この人、面白ーい!』
おい、アニマ揶揄うなよ?
「まあ、間違えて来たのは俺達だし、顔を上げて下さいよ」
「い、いえ! あたしゃ、英雄様に何て事を……」
「ですから、もういいんですって」
「何と、心の広いお方! これは私が直接お相手をするしか……」
「け、結構です!」
「あら、いけずやわぁ~」
な、何なの、この婆さん!
『あははは! いっそ、この人で童貞卒業しちゃえば?』
し、しねえよっ!
「で、モーリス。どうしてうちへ来たんだい?」
「あ、ああ。ハルト様が店の外へ出るって言うから、俺はてっきり……」
「ああ、女を買いに出るかと思った訳かい」
「そうなんだよ! そしたらハルト様が、これから村に居付いた盗賊を退治に行くって……」
「えーっ! これからかいっ⁉」
「ああ、フライさんも言ってやってくれよ、こんな夜更けに自殺行為だって」
「夜更けどころか、真昼間だって自殺行為だよ! 英雄さん、悪い事は言わねぇ、やめときな」
「あー、いえ、夜の方が俺には都合が良いんですって」
「どうしてだい?」
「んー、真っ暗でも良く見えるって言うか……」
「英雄さん、あんたもしかして男の魔法師かい⁉」
「いえいえ! 魔法は使えませんよ!」
「ならどうして……」
「俺はこう見えて、異世界から来たんですよ」
すると、婆さんを含め、女性達皆が息を呑んだ。
「どっから来ようがあたしゃ関係ないよ! こんな若い男をみすみす死なせに行かせる訳にはいかないね!」
「あ、あれ?」
「あれ? じゃ無いよ! あたしのこの目の黒い内は絶対に行かせないよ!」
すると突然、カーンと大きな音が辺りに響いた。
「――っ⁉」
誰かが大きなフライパンでフライ婆さんの後頭部を、思い切り引っ叩いたのだ。
不意打ちを食らったフライ婆さんは、白目をむいて引っくり返った。
ちょ、何すんだこいつ!
フライ婆さんを引っ叩いた奴は俺には分かっている。
あの人だ。
婆さんが怒鳴っている隙に、あの女性がそっと奥へ行ったかと思ったら、戻って来るなり大きなフライパンで、この婆さんの後頭部を思いっきり引っ叩いたのだ。
「あんた、何て事するんだよ!」
すると、その女性は悪びれる様子も無く、ひっくり返ったフライ婆さんを指差した。
「あ、大ママが白目むいたー」
「ホントだー」
「じゃあ、行っても良いって事だねー?」
「そうだねー、黒目じゃないしー?」
え? 何言ってんの? この人達。
女性達はニコニコしながら俺に手を振った。
「気を付けてね、英雄様!」
すると、フライパンで婆さんを叩いた女性が俺の前に立った。
「あの村は私の両親も住んでたの……」
「そ、そうだったんだ……でも、フライ婆さんを……」
「あ、大ママは魔法師だから、あの位は何でも無いの」
「え? そうなの?」
「うん、すぐに目を覚ますから早く行って!」
「あ、ああ」
「ねえ、英雄様! あいつら絶対にやっつけて!」
「ああ! 任せとけ!」
「お願いっ!」
俺が店を飛び出すと、モーリスが慌てて追いかけて来た。
「でもハルト様、どうやって盗賊を?」
「んー、取り敢えずは行ってみる」
「そ、そんな行き当たりばったりな……」
「俺、そういう感じに慣れてるから」
「それに、門は衛兵が……」
「あ、そっか……」
「そうですよ! 絶対に出してくれませんよ!」
「んじゃ、飛ぶか!」
「は、はい?」
「モーリスさんは宿へ戻って! サクッと行って来るから!」
「え? えーっ⁉」
その場で思い切り飛び上がりると、俺の身体は一気に街の上空百メートル程に達した。
街では真っ暗な空を見上げてモーリスが驚いているだろうが、この暗闇では俺の姿が見える筈も無いだろう。
でもね、俺にしてみたら目の前でフライ婆さんが引っ叩かれた方がびっくりだったよ。
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