第32話 奪われた村をリキャプチャー


 俺は街の上空百メートル程の高度を保ったまま、ミランダ隊長から聞いていた廃村へと向かうつもりだ。


 廃村迄は凡そ二キロ程。


 まさか奴らも空から来るとは思わないだろう。


 視界に広がった近隣マップに廃村の場所はマーキング済みなのだ。



 で、どうしてこんな高い所を飛んでるかって?


 俺が懸念しているのは弓矢だ。


 夜空だとは言え、空を飛んで廃村へ向かう俺の姿が見えたとしたら、当然奴らは攻撃してくると思う。


 そうなると飛び道具で攻撃されるに違いない。


 街の衛兵やキャロル達を襲った盗賊達も銃の所持は見受けられないが、それでも弓矢の様な物があるだろうと俺は想定しているのだ。


 ふっふっふっ、準備周到でしょ?


『それを言うなら用意周到じゃない?』


 あ……そうですか。



 え? 夜空だったら俺の姿が見えないんじゃ無いかって?


 実は前に飛んだ時は気付かなかったんだけど、空を飛ぶ俺の身体が少し発光しちゃってて、真っ暗闇にぽっと浮かび上がってるんですよ。


 こんな目立った俺が夜空に浮かんでいたら、盗賊達の絶好の的になるに違いない。


 と、言う訳でこんな高さを飛行中なんですよ。


『そのつもりだったら、もっと上がって無いとね~』


 え? そうなの?


『弓矢の矢って、三百メートル程は地表から垂直に飛ぶようよ? まあ、その前に避けるけど』


 マジかっ⁉


 弓矢ってそんな上に飛ぶのかよ……。



  ♢



 エルの街を飛び出して間もなく、頭の中にアニマの声が響いた。


『廃村内の生命反応確認出来たー。凡そ百三十』


 ま、マジかよっ! そんなに居るの⁉


『犬が三匹と猫が五匹。馬は六頭でー、鶏みたいなのが……』


 あ、アニマさんペットは良いです……人間は何人?


『あらそ? 人は六十位かな?』


 け、結構居るね……。


『居るねぇ~、加護を発動しないと流石に危ないわね』


 ルーナの加護か。


 通常は守護の盾が常時発動してるけど、その盾へ更に加護を発動させるって事ね?


『そゆことー』


 そうか……分かった。


『あーそれから、あの時は五人だったから良かったけど、今回はちょっと多そうだから事前に打ち合わせしとかない?』


 あ、ああ! そうだな! 


 で、アニマは何か案はある?


『今、この村に六十人程の人間を確認出来てるけど、流石にこの人数が全て盗賊とは思えないのよね~』


 あ、そうなの?


『第一に、家畜の存在ね。盗賊って家畜の世話とかする?』


 言われてみれば……あいつらが馬や鶏の世話をしてるのは想像出来ない。


『第二に、街の衛兵達が村の奪還を強行しないのは、恐らく人質が居るからと思えるの。衛兵達もしっかりと認識出来ていない、不特定のね』


 不特定ってどういう事?


『誰が捕まっているのかとか何人居るのか等が、恐らく盗賊達から衛兵達に何も要求が無いから、全てが不明瞭なのよ。街の人がさらわれたとか、街へ来る人をさらったかもとかね』


 なるほど……。


『まあ、村へ入った時に敵対心を露わにして来た人間こそが、盗賊の一味だと判断出来るけどさ』


 盗賊の村に入り込んで来た俺に、助けを求めて来たら人質って事だ。


 その彼らの心理状態はアニマが察知してるれる訳か?


『そうね~、回避行動がどの位シビアになるのか分かんないけど、サーチ画面に人間の心理状態を色分けでマッピングしてあげるよ』


 おお、それは見やすそうだな!


『だけど、盗賊達が戦意喪失して命乞いして来るとも想定出来るから、心理状態だけを鵜呑みには出来ないね』


 そうか……。


 じゃあ、廃村に俺が侵入したと知った時、その人が最初に感じた感情が大事って事か?


『それが全てでは無いけど、かなり重要な情報になるって事』


 ふむ。


『だから、ハルトは村の上空から助けに来た事を意思表示してくれる?』


 ああ、誰かが助けに来たと知った時の、希望の感情を感じ取る訳か。


 要は人質になっている人をあぶりだすんだな。


『うんうん、その時の人間の心理状態を色分けして置くから』


 なるほど。


『それから、守護の盾には前もって加護を展開して置いた方が無難よ?』


 ああ、そうする!


 今の内にルーナの加護を発動するか。


 俺はそっとネックレスを掴み、ルーナに祈りを捧げる。


 すると、空中停止していた俺の身体がパーッと明るく光り輝き、下の地表を明るく照らした。


 うわっ!


 その光は廃村全体を照らし出し、村の全部が見渡せる程だ。


 や、ヤバくね⁉


『あーあ、この光は何とかしたいわよね~』


 やっぱそう思うよね?


 村の犬が吠え始めると、続いて馬が暴れて騒ぎ出した。


『あら、何人か気付いた人居るし』


 マジかよっ! ヤバいじゃん!


『平気よ、こんな高さだもん。光は見えてもこっちが何かだなんて、彼らには想像もつかないでしょ』


 ホントに? 気付いてない?


『大丈夫よ~、気付いた所で下の人達に何が出来るのよ』


 そうは言ってもだなっ!


『あれ? 光が弱まった!』


 そんな嘘を……。


 だが、アニマの言う通り、次第に光は弱くなっていく。


 呆気にとられて自分の身体を見ていると、すぐに辺りの暗闇に溶け込む様に見えなくなった。


 さっき迄かなり明るかった為か、今は真っ暗闇に感じる。


『ほらね? 良かったじゃない』


 あ、ああ。


 あんな光ったままで奴らに奇襲もへったくれもないからな。


『でもそれ、服を取られちゃった時にその姿だったら、裸よりマシだったかも~』


 え? 何が?


『何がって、かなり盾が形状変化したわよ?』


 は? 盾が?


 そう言われて盾を探すが、通常は左側にある盾が見当たらない。


 あれ? どこ行った?


『今着てるのがそうよ、形状変化した守護の盾』


 は?


『もう、自分でステータス見てよ』


 アニマにそう言われて、脳内に映し出された自分のステータスを見ると、明らかにこれまでのモノとは別物だった。


 いくつかバージョンアップした能力が追加明記されていたが、今の盾は奇襲突撃仕様となっていた。


 へ? 奇襲突撃仕様? 何だこれ⁉


 左手の指輪辺りに、五百円玉程の大きさのコインが空中に浮かんでいる。


 ちっちゃ! これが盾⁉ こんな小さくなっちゃった⁉


『違うわよ! 全身をよく見てご覧なさいよ』


 え……何これっ⁉


 俺の全身に真っ黒な薄い膜の様な物が覆っているのだ。


 これって……タイツ⁉


『一応スーツじゃない?』


 着ている感じはしないが、見た目はまるで真っ黒の全身タイツだ。


 でも、確かに素っ裸にされた時にこれが出来てたら慌てなかったじゃん!


『仕方ないでしょ、こうなるとは想定外だったもの』


 ま、まあそうだけど。


『でもそのスーツ、かなり高い防御能力だから、弓矢程度じゃ何とも無さそうね』


 あ、そうなの?


『剣で斬られても何とも無いんじゃないかな? 逆に盾の裁きが見ものよ!』


 守護の盾には攻撃して来たモノに対して、その攻撃力相応の裁きを瞬時に与えるのだ。


 だがそう言われても、剣に斬られてみるとか、絶対試したくはないんですけど?


『まあ、これなら私に回避任せてくれても良いよ? 避け切れなくても大丈夫そうだし』


 おいおい、ちゃんと避けてくれよ。


『うんうん、頑張る!』


 アニマ……。


『よし、早くやっつけて宿のお風呂入ろう!』


 ……頼むよ?


『分かってるってば~』


 だが、既に準備は出来てる。


『じゃあ、助けに来た事を大声で叫びながら、廃村の少し上をぐるっと回って見て』


 お、おう……。


 俺は廃村の屋根の高さまで降りると、スーッと息を吸い込むと思い切り叫ぶ。


「エルの街から皆さんを助けに来ましたよーっ! この声が聞こえた人は、この事を近くに居る人に教えてあげて下さーい!」



 ♢



 その少し前――。


 エルの街の宿を出た悠斗がモーリスの案内で街を歩いていた頃、廃村にある一軒の小屋に数人の男達が慌ただしく入って行く。


 その小屋の中、真ん中に置かれたテーブルを囲む様に五人の男が座っていた。


 小屋に入って来た男達がテーブルの周りを取り囲む様に立つと、椅子に座っていた若い男は、ため息交じりに背もたれに寄り掛かった。


 その男の傍らには若い女が二人、生気を失った表情で床に座っており、首には金属の首輪がハメられ、その二人の首輪は太いチェーンで繋がっていた。


 その場に居た男達全てがその若い男を神妙な顔つきで見ていたが、若い男はテーブルの上の小箱を開け、葉巻を一本取り出してそれを口に咥える。


 すると、それに気づいた若い女が慌てて立ち上がり、男の葉巻に火をつけようとした時、突然バンッと小屋の扉が開く音がすると、音に驚いた女はビクッとその手を止めた。


 慌ただしく入って来た男達の一人が、葉巻を咥えた若い男に声を掛けたのだ。


「ボ、ボス! あいつらが全員捕まったってのは本当ですか?」


 すると、若い男は葉巻を咥えたまま、その男を興味無さ気に眺めた。


「いいえ、捕まっているのは二人だけですよ」



 するとその男は安堵の表情を浮かべて他の男達と顔を見合わると、他の男達も張り詰めていた緊張がとけたのか、おのおのが一気に興奮して話し出した。



「な、何だ、そうだったんですか!」


「おお! それじゃ三人は逃げてるって事ですか!」


「そうだよな⁉ 俺も変な話だと思ってたんだ!」


「ああ、素っ裸の男一人に、あいつらがやられるなんてな!」


「全くだ! しかも、まだ若い男らしいじゃんか」



 若い男の傍に座っていた他の四人の男は、その様子をため息をついて見ていた。


 そして葉巻を咥えたままの若い男が火を持った女をジロッと睨むと、彼女は彼が咥えた葉巻に火をつけようとするが、恐怖で手が震えるのか中々葉巻に火がつかない。


 すると、若い男はチッと舌打ちをしてから震える女の手を掴むと、自分が咥えた葉巻の先に自ずから火をつけた。


 そしてゆっくりと煙を口の中へ運び、満足した表情で葉巻をくゆらすと、目の前に座る大男に目配せをする。


 すると大男は、興奮して話している男達をチラッと見た後、目の前のテーブルを片手でバンっと叩いた。



「お前ら黙れ、三人は死んだ」


「え……」



 大男がそう言って腕を組むと、さっき迄興奮して話していた男達の表情が、みるみるうちに蒼ざめていく。



「な、何ですって?」


「あいつらが……?」


「どうして死んだんですかっ⁉」


「え……本当ですかっ⁉」


「黙れと言ったろ?」



 大男がそう言って立っている男達を睨むと、彼らはすぐにその口を閉じた。


 すると、椅子に座って紫煙をくゆらす若い男を横目に、その隣に座っている男が話し始めた。



「数日後に火葬したら、すぐに街外れの共同墓地へ埋葬されるそうだ」


「そうか……。しかし、あいつらがやられるとはな……ロイド、やったのはその異国野郎か?」


「ああレグル、ポンチョを羽織った異国の若い男らしい。靴も履いてない素足のな」



 ロイドは横に座るレグルに顔を向けてそう言うと、彼は驚いた表情でロイドに聞き返した。



「何だとっ⁉ 素足であいつら五人を相手したって事かっ⁉」


「ああ。三人が死んで二人が捕まったのは、俺がこの耳であいつらを連れて街に戻る途中の衛兵に聞いたから間違いない」


「あんたがそう言うならそうなんだろうよ」


「しかもだ、あいつら領主の馬車を襲ったらしい」


「な、何だとっ⁉」


「それで領主のお嬢様を救った英雄様が現れたと、あそこの街では夜通し大騒ぎだとよ」


「でも、領主の馬車を襲うだなんて! あいつら、そこまで馬鹿じゃないだろ⁉」


「それがな、御者が一人だけの紋章も無い小さな馬車だったらしい。それに次女と女中が乗ってたんだとよ」


「ちっ……お忍びだったのか」



 レグルはそう言うと頭を抱えた。


 すると、黙って聞いていた若い男が葉巻の火を、灰皿へコンコンと押し付けながらロイドを見た。



「お忍び? 警護も無しに来たって言うんですか?」


「今回はその様です、ボス。これまでそんな事は無かったんですけど……」


「ふん……紋章も警護も無けりゃ、俺だって襲うわ」



 大男の横に座っていた男がそう言って鼻で笑う。



「あんたは警護が居ても襲うだろ、ハミル」


「警護の種類によるがな」



 レグルにそう言われたハミルは、彼にそう言うとニヤッと笑った。


 すると、ロイドの正面に座っている大男が小さく頷く。



「そうか……。死んだ三人は兎も角、あいつらの頭張ってた野郎は、俺もその腕は見込んでた」


「ボンゴさん、俺もだ。だが、あいつも今は街の地下牢だ。流石に俺達でもあそこの牢屋破りは出来ねえよな」


「そりゃキツイな。あそこにゃあの街に居る四人の衛兵副隊長の内、誰かが常に居るしな……」


「そこに俺が行ってもか?」


「ボンゴさんが⁉ それならイケるかも知れねえ! だが、副隊長は四人とも魔法師らしいですぜ?」



 そこで一旦会話が途切れると、大男が若い男をチラッと見た。



「ボスはどの様にお考えで?」


「そうですねぇ……。いっその事、これを盾に交渉しましょうか」



 そう言って彼が指したのは、金属の首輪をした若い女性二人だった。



「なるほど……。流石に人質を盾にされたら、衛兵も迂闊に手出ししないでしょうね」


「領主の警護も来てない今が好都合って事か……」


「こうなったら、領主の娘が街にいる内に交渉を始めますか⁉」


「そうしますか。奴隷スレーブを全て、一つの小屋へ集めて下さい」


「お前ら聞こえたか⁉ すぐに集めろ!」



 レグルが立って見守っていた男達にそう言うと、彼らは返事と同時に小屋を飛び出して行った。


 すると、その様子を見ていたロイドがボスに尋ねる。



「ボス、街への伝言は誰に行かせましょう?」


「そうですね……私とボンゴで行きましょう」


「えっ⁉ ボスが⁉」


「大事な交渉ですからね……。領主の娘と異国の男は間違いなく街の宿に泊まるんですね?」


「ええ、この目で宿に来たのを見ましたから間違い無いかと」


「そうですか。尚更私が行きましょう。領主の娘とやらもみて見たいし、異国の男にも興味があります」


「そ、そうですか。分かりました」


「馬を用意して下さい」


「い、今からですかっ⁉」


「そうですよ? 警護兵の居ない、お忍びで来ている今の方が都合が良いんですよ」


「そ、そうですよね! 分かりました!」



 そうしてロイドが小屋の入口へ二頭の馬を引いて来ると、ボスとボンゴが馬に乗ってロイドを見下ろした。



「では、帰って来る迄奴隷スレーブを集めた小屋の警備を、あなた達三人で宜しく頼みましたよ」


「はい! お気を付けて!」



 その後、ボスと大男のボンゴを見送ったロイドが奴隷たちが集められた小屋へ向かうと、そこにレグルとハミルの姿があった。



「ロイド、ボスは街へ向かったのか?」


「ああ、ボンゴと二人でな」


「まあ、あの二人なら問題無いだろう」


「で、奴隷たちは集めたのか?」


「ああ、全員この中さ」



 ランタンを持ったレグルが小屋を指した後、三人が顔を見合わせた時だった。


 突然何かを大声で叫ぶ声が聞こえた。

 


「エルの街から皆さんを助けに来ましたよーっ! この声が聞こえた人は、この事を近くに居る人に教えてあげて下さーい!」


「な、何だっ!」


「エルから助けに来ただとっ⁉」


「何処に居やがるっ⁉」



 辺りを見廻すが、叫び声はどうやら上の方から聞こえる様だ。



「なっ⁉ う、上かっ⁉」



 三人は暗い夜空を見上げるとその目を凝らした。



 ♢



「エルの街から皆さんを助けに来ましたよーっ! この声が聞こえた人は、この事を近くに居る人に教えてあげて下さーい!」


『オッケー! 色分け済んだよー』


 アニマにそう言われて脳内マップを見ると、同じ色の人達が一か所へ纏まっている。


 最初は疎らに見えたその色も、どんどんと同じ色に変わっていく。


 な、何これ! この人達が人質?


『どうやらその様ね、これって好都合じゃない?』


 ああ、人質は一か所に集められて居るって事か。


 俺は色の集まった小屋の上まで来ると、その小屋の屋根に降り立ち更に声を上げた。



「この部屋に集まってるのは分かってますから、安心して大人しくしていて下さーい!」



 小屋の中からは何も声は聞こえないが、中の人達の精神状態は把握出来ている。


 睡眠状態の人も少数いる様だが、その他の人の精神状態が一気に期待感と安心感で溢れていくのが分かった。


 よし、この小屋以外の奴らが盗賊って事か。


 俺は小屋の屋根から飛び降りると、明らかに動揺している奴らを見た。



「な、何だお前!」


「どうしてこいつ奴隷がここだと分かったんだ⁉」


「お前、何処から来やがった!」


「お前らーっ! こっちだーっ!」



 男達がそう言って声を上げると、三人の男達の後ろに数名の男達がわらわらと集まって来た。


『ハルト気づいた?』


 え? 何を?


『宿の食堂で見たひとりが居る』


 あ、ホントだ!


 あいつ、街へ忍び込んでたのか!


 こいつらがこの村を襲って居座ってる奴らで、街の脅威になっている奴らに間違いなさそうだ。


『私が回避するけど、出来る限り殺さない様に無力化の方向で』


 あ、ああ! やってみる!


『剣に加護の展開を忘れないでね』


 そ、そうだった!


 俺はネックレスをそっと握ると同時に腕輪に意識を流す。


 すると、パッと身体が光り輝き辺りを照らすと、真っ暗闇に包まれていた村の全貌がハッキリと浮かび上がる。



「うわっ、何だっ⁉」



 眩い光に顔を照らされた男達が目を背けた隙に、俺は無意識に行動を開始していた。


 既にランタンを持った数人の盗賊のみぞおちをピンポイントに叩き回り、叩かれた男はバタバタとその場で倒れていく。


 アニマが誘導してくれている訳だが、全ての盗賊達の戦意を削ぐ事を考えて行動している様だ。


 それに、盗賊達の中でもステータスが比較的高い者を優先的に対処している。


 鎌の様な武器で斬りかかって来た奴も居たが、アニマが回避している俺に当たる訳など無い。


 無意識にアニマが攻撃を躱すと俺がみぞおちを叩き、そいつはその場でうずくまる。


 新たに現れた奴は棒きれを振り回して来たが、躱す迄も無く俺はそいつの腹を蹴り上げた。


 そして気付くと、三人の若い男が呆然とした表情で立ち竦んでいるのに気付いた。


 既にこの付近には俺に向けて敵対心を持っている奴は居ない様だ。


 三人の若い男は俺に攻撃する気は無い様だ。



「完全降伏するって事でいいなら手を上げて?」



 そう声を掛けると、三人は手を上げてうんうんと何度も頷いた。



「んじゃ、信じるけど……そこに腹ばいになったまま動くなよ?」



 すると、三人の若い男は慌ててその場で腹ばいになると、そのままジッとしていた。 


 その様子を横目で見ながら脳内サーチで辺りを探るが、やはりこの廃村内には小屋とこいつらの他に人間の生命反応は無い。


 終わったか……。


『想定外ね……』


 な、なにが?


『この手ごたえの無さよ』


 そ、そう言えば……。


 緊張感が先走って、言われるまで気付かなかったわ。


『一応広範囲をサーチしてるけど、そこにうつ伏せになっている三人以外は、そこの小屋だけ。他に人の生命反応は無いわね』


 そうか?


 それじゃ、すぐに助けてあげないと!


『うん、解放してあげて』


 俺は急いで小屋の扉を開け放した。



「皆さん! もう大丈夫です!」



 そう言いながら真っ暗な部屋に入ると、二十数人の若い女と小さな子供が身を寄せ合ってこちらを見ていた。


 暗い部屋の中で僅かに灯るロウソクの火。


 俺には真っ暗闇でも辺りを認識出来る能力があるのだが、ロウソクの火を反射した彼女達の目が、俺には異様な光景に思えた。


 しかし、ここに居るのは若い女性と幼い子供だけだ。


 そして彼女達が弱々しくも希望に満ちた表情で俺を見ている。



「ほ、本当に助けてくれるのですかっ⁉」


「勿論です!」


「あ、ありがとうございます!」



 女性達はそれぞれが安心した様子で口々に感謝を述べてはいるが、やはり女性と幼い子供ばかりで男性の姿が見当たらない。



「で、男の人達は?」



 すると、女性達は表情を曇らせて顔を見合わせたが、やがて一人の女性が子供を抱いたままゆっくりと立ち上がった。



「お、男の人達は、皆……殺されました」


「え……」



 すると、別の女性がスクッと立ち上がって前に出て来た。



「外には私の弟が居る筈なんですけどっ⁉」


「えーっ? 弟さんがっ⁉」


「はい、弟はここで生まれて、そのままあの人達の手下に……」



 え……。


 ここで生まれたって……。



「私の弟も二人居るんですっ! 見ませんでしたか⁉」



 すると、別の女性がそう声を上げた。


 あ、もしかして、あの三人?



「えっと、他には居ない?」


「三人ですっ! 三人の若い子が居た筈です!」


「あー良かった! 大丈夫、何にもして無いから! それより、エルの街まで皆さん歩けます?」


「この鎖が無ければ……」



 そう言われて彼女を見ると、足にガッチリと鎖が繋がっていた。


 他に首輪に繋がれている人も居る。


 しかも、幼い子供の腕にさえ鎖が食い込んでおり、それが何とも痛々しい。



「うわっ……」



 こんなの剣で斬っちゃえば良いじゃんね。


『待って! その鎖、外に倒れてる奴に使わないと、後で面倒な事になるわよ?』


 そ、そっか!



「それじゃ、今から鎖を外しますが、その鎖で外に倒れている奴らを縛り上げて下さい」



 こうして女性達を全て解放した後、彼女達に手伝って貰い盗賊達を鎖でしっかりと縛り上げた。


 勿論、小屋の外でうつ伏せになっていた三人の若い男にも手伝って貰った。


 やはり彼らは、無理やり盗賊の手伝いをさせられていたらしい。


 率先して盗賊の奴らを拘束していた。


 彼らはさらに念を入れて、太いロープでぐるぐる巻きにしていたのだ。



「では、皆さん。これから街へ歩きますが、途中で辛くなったら遠慮なく行ってくださいね?」


「は、はい!」


「男の人は彼女達を無事に街まで行けるよう、ちゃんと見てあげて下さい」


「はい! 必ず!」



 幼い子供を抱えた女性が八人、その他の女性が十九人と若い男が三人、暗い夜道を街へ向けて歩き出した。



 ♢



 その少し前――エルの街。


 橋の門番が馬に乗った大男に声を掛けられていた。



「領主の娘がここに居ると聞いたが間違い無いか?」


「なっ! 貴様、何者だ!」


「我が名はボンゴ。衛兵隊長と町長に、うちのボスからお話がある」


「な、何だと⁉ 要件は何だ!」


「先程捕らえられた手下二人とその他の解放、そして領主の娘との交渉だ」


「ふ、ふざけるなっ!」


「ふざけてなどいない。お前はすぐに衛兵隊長と領主の娘を連れて来い」


「なっ、何だとっ!」



 すると暗闇の中、もう一人が馬に乗ってこちらへ近寄って来た。



「ふざけてなどおりませんよ? 貴方がここで彼に首をはねられたら、町長へ話が伝わりませんが……」



 すると、大男が馬から降りて剣をかまえる。



「ふざけるなっ!」



 そう言って門番が長い槍を大男に向けると、その槍先が大男の大剣で斬り落とされ、ガシャっと音を立てて地面に落ちた。



「我に槍を向けるとは……斬られる覚悟があるのだな?」


「ぐ、ぐぬぬ……」


「彼がその槍先の様に貴方の首を落とした後、私が門を開いても良いのですよ?」


「わ、分かった。だが、ここで暫く待て! すぐに町長へ伝達する」


「よろしい。ただし、私は気が短いので急いで頂けますか?」


「分かったから、少し待ってくれ!」



 慌ててその衛兵が詰め所へ駈け込むと、新たに別の衛兵が二人飛び出て来たが、大男をチラッと見るなり逃げる様に門へ走った。


 そして、先程の衛兵は先の無い槍を握ったまま、橋の手前でボンゴたちを見ている。



「ボス、奴らを解放するでしょうか?」


「どうでしょう、罪人の解放は領主の承認が必要でしょうからねぇ」



 すると間もなく門の横の扉が開き、衛兵隊長のミランダと町長そして、お付きの衛兵達が数名出て来た。



「これはこれは、夜分にすみませんね」


「貴様は……。私が衛兵隊長のミランダだ」


「ほう、噂通り美しい女性ですね。私は近くの村で村長をやっているケスパー。彼はボンゴと言います、是非お見知りおきを」


「村長だとっ⁉ あそこの村は貴様らが襲ったのだろう⁉ ふざけるなっ!」


「先代のボスが襲った後、私が後を継いでから五年も経ちますしね。今は私が村長です」


「しかも、要求が手下二人の解放だと⁉ そんな事、出来る訳がなかろう! 領主のお嬢様を襲ったのだぞ⁉」


「頭ごなしにそう言われてもねぇ。これでは話し合いになりませんね」



 ケスパーは呆れた表情を見せた後、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。



「そ、それで……ハルト様はどうなされた⁉」


「ハルト様? 何を仰っているのか分かりませんが……?」



 ケスパーはボンゴの顔を見るが、彼は表情を変えずに首を傾げた。


 その様子を見たミランダは腰の剣を握って、今にも引き抜く素振りを見せる。



「き、貴様ーっ!」


「やれやれ、興奮なされていらっしゃる隊長さんとは話し合いになりませんね」



 すると、初老の男がミランダを制止しながら前に出て来た。



「まあ、ミランダ隊長落ち着きなさい」


「し、しかしっ!」


「私が町長のダルベルだ。どうして突然、こんな交渉に来たんだ?」


「貴方が町長さんでしたか。いやね、今夜はキャロルお嬢様がおられると聞きましてね。それと、異国の男も……是非、お二人にお会いしたい」


「な、何だと⁉ お嬢様を盗賊のお前らに会わせる訳無いだろうが!」


「町長がそんな事を言っても良いのですか? このまま私が帰る事になれば、明日から毎日この街に、女子供の生首が届く事になるのですよ?」


「な、何だとっ⁉ やはり人質にとっているのか⁉ な、何人居るんだ⁉」


「そうですねぇ、毎日首を贈り付けても三十日は贈れますが……それが何か?」


「な、何だと……」


「や、やめろっ! 貴様っ!」



 町長が絶句してしまうと、後ろに居たミランダが見兼ねて割り込んだ。



「あ、隊長さんでは話になりませんから下がってて下さい。町長さん、生首がお気に召さないのであれば、すぐに領主のお嬢さんを……あ、ついでに異国の男も連れて来なさい」


「なっ! 何だと……」



 町長とミランダが悔しさで震えると、門の扉からキャロルが飛び出て来た。



「私ならここに居ます! 領民をすぐに帰しなさい!」



 ケスパーは歓喜の表情を浮かべてキャロルを見る。



「おお! 貴女が領主の次女、キャロルさんですか」


「キャロル様っ! いけませんっ!」


「お嬢様! 来てはなりません!」



 ミランダと町長に制止されるが、キャロルは涙を浮かべて彼女に訴えた。



「お父様に危ないからと反対され……それを押し切ってまで私がこの街へ来たのは、ただ一人の領民も盗賊の犠牲にさせたくないからです!」



 すると、ケスパーがスッと手を上げた。



「そんな話はどうでも良いんですよ。で、異国の男は何処です?」



 ケスパーは面倒くさそうな表情をしてキャロルに聞いた。



「ハルト様は……まだお戻りになってません!」


「はい?」


「だから、お戻りになってません! あなた達の居る廃村へ向かって、そのまま……」


「まさか、うちの村へ向かったと言うのですか?」


「そうよ! それであなた達がここへ来たんでしょ⁉」



 涙ながらにキャロルにそう言われたケスパーは、初めて驚いた表情を見せてボンゴと顔を見合わせた。



 ♢



 街へ向かって皆と歩いていると、俺の脳内レーダーにミランダのログが見えた。


 お? ミランダか? キャロルも門に居るみたいだな。


 俺には一度記憶した人の心理状態が手に取る様に分かるのだ。


 心配してるみたいけど、もしかして二人して俺の出迎えか?


『違うでしょ……南の橋に衛兵以外の男が二人居るわね』


 え? そうなの?


『もしかしたら、この二人が盗賊のリーダーかも?』


 マジかよ! 奴らは絶対に許さん!


『間違いないと思う。先手とって二人を無力化しよう!』


 よし分かった!


 俺は街へ戻る途中、捕まっていた人達から村での出来事を聞いている内に、ムラムラと怒りが込み上げているのだ。


『んー、ここは私に任せてくれない?』


 は? どうして?


『このままじゃ殺しかねないからさ、ここはあたしに任せて!』


 そ、そうか……。


 分かった、任せる。



「皆さん! 僕は一足先に街へ行って、ここから一番近い橋の門を開いて貰う様、街の衛兵さんにお願いしてきますから! 皆さんは無理せず、ゆっくり来てくださいねー?」



 アニマが操作した俺がそう叫ぶと、皆は驚いた顔でこっちを見た。


 おい、アニマ。


 僕って言うなって……。


 誰もが頷きながら返事をしていたが、ここまで来れば街の衛兵を迎えに来させれば良いだろう。


 街までは凡そ八百メートルだが、夜に門を開くのは南にある反対側の橋だ。


 直線距離でも最短八キロ程ある。


 俺はその場で高くジャンプすると、すぐ向うに街を囲む堀が見えたがそのまま堀を越え、畑や街の上を飛んで南の門がある方へ向かう。


 そして南の橋の向うに居る怪しい男二人を上空から目視で確認すると、高度を上げながら音も無く彼らの頭上へ向かった。


 地表までは凡そ千メートル。


 だが、意識を集中した俺の耳には、彼らとやりあうミランダとキャロルの会話がハッキリと聞こえていた。


『やるよ、ハルト』


 ああ、やっちゃって!



「どういうことでしょう、ボンゴ」


「さ、さあ……。こいつら……」



 ボンゴが話していたその時、俺は千メートル上空から音も無く舞い降りる。


 そしてそのまま自由落下の勢いを乗せ、ボンゴの後頭部を見えない盾でガツッと叩き下ろした。


 そして、そのまま俺はケスパーの足元にしゃがんだのだが、彼には俺が見えていない。


 それだけ俺の動きが素早かったのだ。


 鈍い音と共に前屈みに倒れるボンゴを、横に立つケスパーが何事かと見ようとしたその時、彼は自分の腹部に強い衝撃を感じた。


 と、同時にケスパーの身体がぐんっと宙へ浮き上がる。


 アニマが操る俺は、足元にしゃがんだと同時にケスパーの腹部を盾で殴り上げたのだ。


 空中に殴り上げられたケスパーは、腹部に強烈な痛みが襲って来ると苦しみに顔を歪める。


 そして、俺が勢い良く舞い降りた風圧が来ると、辺りには物凄い砂埃が立ち上がった。


その砂埃の中に、空中に殴り上げられていたケスパーがドサッと地面に落ちた。



「ぐはっ!」



 その場に居た誰もがもの凄い風圧に顔を背けたが、地面に倒れた男二人はそのまま動く気配は無い。


 二人は瞬時に気を失った様だ。


 それを見下ろしたアニマが操る俺は、近くに居たミランダに言った。



「ミランダさん! 幼い子供が八人、女性が二十七人と若い男が三人の合計三十八名が北の門まで来ています! すぐに北の門を開き、ありったけの馬車と衛兵を連れて保護しに向かって下さい!」


「は、はい⁉」


「廃村から連れて来たんです。それから廃村には、鎖で縛り上げた男達が三十人程居ますから、後で処理して貰えますか?」


「は、はい! 分かりました! ハ、ハルト様ご無事で⁉」


「え? 僕? え、ええ! それから、この二人も縛り上げて下さいね?」


「はい! 誰かすぐに拘束具を二つ!」


「ハルト様ーっ!」


「あ、キャロルさん、ただいまーっ! お出迎えですか? ありがとうございます!」


「え? あ、はい!」


「モーリスに聞いた時は心臓が止まるかと思いましたよ!」


「え? どうして?」


「どうしてって……ハルト様が一人で飛んで行ったって聞いたから!」


「ああ、門から出られないって聞いたから飛んで行きましたよ」


「そ、そんな……」


「おおーっ! 英雄様ーっ!」


「あ、それから、ミランダ隊長」


「はい、ハルト様!」


「今夜は大変でしょうけど、皆さんで後処理をお願いしますね?」


「い、いえ! 奴らが居なくなったと言う事でしたら、街の男達総出で処理します! 例え朝になっても!」


「そ、そうですか? それは大変そうだ……」


「何を仰いますかっ⁉ こんな嬉しい事はございません! 皆聞いたかっ⁉ ハルト様が北の廃村を解放してくれた! すぐに北の門を開いて領民を保護しろ! その後、村へ向かうぞーっ!」



 ミランダはそう言うと俺に頭を下げ、他の衛兵達と慌ただしく街の中へ入って行った。


 その後、門の扉から街の男達がわらわらと出て来ると、その中に見覚えのある大男がどたどたと走って来るのが見えた。



「おおーっ! 英雄さんっ!」


「あー、あなたはグレンさんだっけ?」


「ああ、そうだ! それよりもあんた! 盗賊のアジトへ一人で乗り込んだんだって⁉」


「ええ、全員縛り上げて来ましたよ」



 そう言ってガッツポーズをして見せた。


 アニマが二人を倒してくれたとは言え、俺も何だか気が晴れたのだ。



「ほ、本当かよっ!」


「ええ、ミランダ隊長が街の男達総出で、徹夜になっても事後処理をするって……何か……ごめんね?」


「な、何を言ってるっ! こんな嬉しい事はない!」


「そう言ってくれるとこっちも嬉しいけど……」


「英雄さん、悪いがまた明日にでも話を聞かせてくれ!」


「ああ、分かった」


「おい、聞いたか⁉ すぐ向かうぞ!」


「おう!」



 グレンは近くの男に声を掛けると門へ走りだした。



「おい、男手を集めろ! 自衛団は全員召集だ! 寝てる奴は叩き起こせ! すぐに村へ行くぞ!」


「おおーっ!」



 グレンは集まって来た男達にもそう言うと、街の中へ戻りそのまま北の門へ走って行った。

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