第29話 それぞれのインシデント


 ここは街からは少し離れた廃村にある薄暗い小屋。


 ベンチの様な木の長椅子に若い男が座り、テーブルの上に置かれた服やアクセサリーを手に取って眺めている。


 テーブルの脇では大男が腕組みをして、若い男の様子を見ていた。



「どうすか、ボス! かなり珍しいモノでしょう⁉」



 森で四人の男達に兄貴と呼ばれていた男が、若い男と大男の顔色を伺いながら話しかけた。


 その後ろには子分の四人が目を輝かせて、誇らしげに自分達の兄貴を見守っている。



「ああ、そうですねぇ……」



 しかし、若い男がそう言って再度ネックレスを手にした時、ボロっとネックレスのチェーンが砕け落ちた。


 そして、砂か灰の様に細かくなるとそのまま消えてしまった。



「なっ⁉」



 ボスと呼ばれた若い男と大男が、目の前で起きたその現象に目を奪われた。


 勿論、兄貴や子分達も驚いた表情で見ている。


 テーブルの上、服の横に置かれていた指輪と腕輪も、今は跡形も無く消えてしまっているのだ。



「何故っ! 壊れそうも無かったのに……」



 兄貴と子分たちは思わずテーブルに駆け寄って、消えたアクセサリーの行方を追うが当然見当たらない。


 長椅子に座ってその様子を見ていたボスと大男も、目の前で消えた装飾品を改めて思い起こすが、消えてしまった以上どうする事も出来ないと言う様子で、二人は顔を見合わせてしまった。



「あ、ああ、それは私も見ましたよ。でも、たった今、砂の様に砕けて消えちゃいましたね」


「え、ええ! 手にしてた時は鉄よりも硬そうで、こんな簡単に壊れるとは思えませんでした……」



 ボスに弁解を始めた兄貴を横目に、大男がテーブルに手を伸ばした。



「まあいい。今はそれが無いって事は、この服だけが戦利品か?」



 大男はそう言って、テーブルに置かれた靴下を摘まみ上げる。


 すると、慌てた様子で兄貴と呼ばれていた男が、テーブルに置かれた他の服を指差した。



「ボ、ボス! その服も……」


「私にこんな小汚い服を献上するつもりですか?」



 ボスと呼ばれた若い男はギロリと男を睨んだ。



「あ、い、いえっ! ですが、珍しいモノかと……」



 とは言え、珍しい服であっても所詮は生地、売り捌いたら高が知れる。



「まあ、珍しいモノかとは思いますけどね。これがあなた達五人分の稼ぎだと?」



 ボスと呼ばれた男がぐるっと男達を見回すと、彼らは背筋を伸ばして震えあがった。


 ボスの傍で大男もこちらを見ていたが、その男の目がまるで獲物を見つけた時の獣の目だったからだ。



「い、いえ! すぐに成果を持って来ます! お前ら、急ぐぞっ!」


「へ、へい!」



 兄貴と呼ばれていた男はそう言うと、見守っていた子分達を引き連れて小屋を飛び出して行った。


 男達五人が出て行ったのを見届けた後、ボスと呼ばれた若い男がテーブルの上に置かれた見慣れない服を改めて眺める。


 そして、後ろに立っている大男へ振り返った。



「これ、どう思う?」


「異国の服に間違いはないでしょうね」


「でしょう? これは面白くなりそうだ」



 ボスと呼ばれた若い男は大男を見てニヤッと笑った。



「他国とのいくさでしょうか?」


いくさ? 国同士の侵略戦となれば、そんな可愛いもんじゃないですよ」


「見た事も無い他国との戦ですね?」


「そうなれば、これまで以上に稼ぎが期待出来そうです」



  ♢



 その頃の俺はと言うと、裸のままトボトボと街へ向かって歩いていた。


 いつの間にか日は沈み、辺りは薄暗くなっている。



「どっぷり日が暮れちゃったなー」


『でも、好都合じゃない!』



 アニマが沙織さんの声で明るく言って来た。



「まあねー」



 暗くなれば裸でも目立たない。


 これは好都合だ。


 しかも、俺は真っ暗闇でも辺りの様子が良く分かる。


 実は目を瞑っていてもそうなのだ。


 どっちかと言えば、目で見ると錯覚や錯視もあるけど、目を瞑ったらそのモノの本質が見えるのだ。


 脳内レーダーには、さっきの馬車に女性が二人と手綱を持った男、そして馬らしき動物が表記されている。



「あーあ、もうあんな離れちゃったかー」



 ここからはかなり離れた場所を、今もどんどんと離れて行っている。


 実は俺には一度会った人を、無意識に脳内へ記憶する能力があるのだ。


 まあ、アニマが処理してくれていた訳だけどね。



「しかし、どうしたもんかな……裸で街に入れないだろうなぁ……」


『獣を狩ってその毛皮を身に着けるとか?』


「マジすか⁉ 狩りなんて……やだなー」


『……』



 アニマは何も言ってこないが、例え獣でも狩りして毛皮を剥ぐなんて気が進まない。


 街はそう離れていないが、このまま入る訳にもいかず、俺はその場で立ち竦んでしまった。


 そして自分の身体を見回したその時、ふと左手の指輪に気付いた。



「あれ?」



 すると、首にネックレスと右手に腕輪もしているではないか!



「いつの間にっ⁉」


『あら、戻って来たね!』



 無くなったのは気のせい?


 いやいや、そんな筈は無い。


 あの時はショックだったし、何度も確かめたからね?


 もしかしたら、盾や剣みたいに消えたりするの?


 でもまあ理由は分からないが、戻って来たなら全然オッケー!



「良かったぁーっ!」


『うんうん、戻って来たのは良かった!』



 今度は嬉しくて涙が溢れて来る!


 俺はネックレスに頬刷りしながら腕輪を触って、暫くその感触を味わった。


 何だかこれがあるだけで凄く安心するよ!


 あ、いや、全裸なのは変わりないけどさ。



「取り敢えず、もうちょっと街の傍まで行ってみるか」


『そうしよっか~』



 アクセサリーが戻って来ただけでかなり気分的にアゲアゲになった俺は、街へ向かって元気よく歩き出した。


 いや、走ればあっという間だろうけど、裸のまま街へ突っ込む気にもなれないから、仕方なく歩いてるんですよ。


 太ももにぺちぺちと当たるしね。


 見上げた夜空には星がチラチラ見えている。


 見覚えのある星座はやっぱり見当たらないが、溺れる程に沢山の星がきらめいていた。



「しかし、本当にここ、異世界なんだな~」


『うん、そうだね』



 辺りを見廻しながら歩いていると、不意に先の方で新たな人の気配を察知した。


 レーダーにさっきの三人の表示があるのだが、その他に五人の生命体表記があるのだ。


 しかも五人の内の二人は、俺の記憶ログにある人と同じだ。



「あれ、俺を素っ裸にした奴ら?」


『確証は無いけど、あの二人がハルトに触れた事は間違いないね』


「そっか!」



 俺はフ〇チンのままダッシュするとぺちぺちとあれが脚に当たるが、つい全速力で走ってしまった。


 あっという間に馬車が目視出来る所まで来ると、少し気配が違う事に気付いた。


 さっきから脳内では彼ら八人の精神状態もサーチしているのだが、その明暗がハッキリと分かれているのだ。


 男五人の精神状態は焦りから歓喜へ、女を含む三人の精神状態は戸惑いから、恐怖と絶望へと移り変わる。



「何だか穏やかじゃ無いんですけどっ⁉」


『さっきの馬車が襲われてる!』


「マジかよ!」



 見ると、男二人がモーリスと呼ばれていた男を、長い紐でぐるぐると縛っているのだ。


 そして二人の女性は男達に髪を持たれて、ニヤニヤと笑みを浮かべる男の方へズルズルと引きずられていた。



『ちょ、ちょっと酷くない?』


「あ、ああ……」



 こんな光景……胸糞が悪い。


 もやもやとした感情が、俺の胸に湧き上がって来る。


 咄嗟に俺は馬車の横へ放置されているモーリスの元へ駆け寄っていた。



「あのー、さっきの馬主さん?」


「ん、んんーっ!」



 モーリスは俺に気付くと更に目を見開き、声にならない悲鳴を上げた。


 彼は両手足を紐で縛られ、口には布切れが巻かれているが、その縛られた身体を釣り上げられた魚の様に、その場でバタバタと暴れた。


 いや、脅かす気は無いんですけど?



「あ、ちょっと! 暴れないでよ」



 すると、モーリスの異変に気付いた男が振り返り、手にしたランタンでこちらを照らした。



「あっ! もう一人居やがった!」


「こいつ裸なのか⁉ あ、さっきの⁉」


「本当だ! さっきの奴じゃんか!」


「何っ⁉」



 やはりこの二人は俺に見覚えがある様だ。


 しかし、俺には全く覚えがない。



「あのー、何処かでお会いしました?」



 そう声を掛けるが、柄の悪そうな男は俺を無視して振り向きざまに叫んだ。



「兄貴ーっ! さっきの奴です!」


「何だとっ⁉」



 兄貴と呼ばれた男は、女性二人に鎖を巻き付けていたが、二人を道端の木に括り付けると、ランタンを手にして足早にこちらへと向かって来た。


 あれは、メリルって女性と……お嬢様?



『間違いなく馬車の女性二人だよ』


「そうか……」



 アニマにそう言われて確信した時、他の男達も俺に近寄って来た。



「あっ! こいつあの首輪つけてますぜっ⁉」


「お前っ! どうやってそれを!」



 こいつらが何を言ってるんだか分からないが、女性を鎖に繋いで木に括り付けるなんて、どう考えたって酷くない?


 ここが異世界だからと言っても、人は家畜じゃないでしょ?



「おい、お前っ!」


「その首輪どうした!」


「おい、見てみろ! 腕輪もしてやがる!」


「その首輪はさっき、確かにボロボロになって消えた奴だ!」



 男達は一方的に口々にそう言いながら、更にじりじりと俺に近寄って来た。


 しかも、唐突に首輪がどうとか一体何なの?



「はい? この首輪? これは貰ったもんだけど?」



 俺は首に掛かったネックレスを指差して言った。



「誰からだっ!」



 すると、男の一人が怖い顔をして俺の顔にランタンの明かりを向けた。



「誰からだって……あんたは知らない人だと思うけど?」


「それは俺らが奪った奴だろっ⁉」


「はぁ? 何言ってんの? 何かあんた達すっげー横柄な奴だなー!」


「どうしててめえが持ってんだよっ!」


「どうしてって、あのねーっ! これはすっごく大切な人に貰ったの! この俺がっ!」



 そう言ってネックレスを握ると、真っ暗闇に俺の身体がパーッと光った。


 あ、光ったら素っ裸が強調されちゃう!


 思わず股間を隠した。



「な、何だこいつ! 光りやがったっ!」



 兄貴と呼ばれた男が怯んだ様子で一歩下がる。



「魔法師かっ⁉」


「でも兄貴、こいつ裸だし何も持って無いですよ⁉」


「あ、ああ! そうだな。こいつをとっ捕まえろ!」


「へい!」


「抵抗したら斬ってもいい! 首輪と指輪を奪え! あ、腕輪もだ!」


「へいっ!」


「えーっ⁉」



 斬ってもいいって何だよっ!



『回避は任せて』


「あ、ああ!」



 アニマがそう言ってくれると心強いが、取っ捕まえろって何さ!


 人を泥棒呼ばわりするなよな、全く!


 冤罪にも程がある!


 ここは無実を証明したいが、今はそれどころではない。



「あのさっ!」



 一番前に出て来ていた奴に向かって俺が声を掛けると、そいつが少しだけ動揺した。



「な、なんだ!」


「あんただけじゃない! 全員に問う!」



 そして、他の四人を見廻して聞いた。



「な、何だっ!」


「ピンク色の髪した少女を見なかった? こん位の女の子なんだけどさ。あ、もうちょっと小さかったかな?」



 俺は自分の胸からウエスト辺りまで手を下げると、自分の股間に目が行ってしまった。


 しまったーっ!


 俺ってすっぽんぽんだったじゃんねっ⁉


 つい隠してた股間から手を外してしまったーっ!



「はぁー?」


「ピンク色の髪だぁ?」


「知らねえよっ!」



 そう言いながら、一人の男が俺に剣を振り下ろした。



『任せてくれたら大丈夫』


「わ、わかった!」



 男の攻撃をアニマに任せて避けると、剣を持った男は前のめりによろめいた。



「あ、そこ、ぬかるんでるから気を付けて?」



 道のくぼみに雨水が溜まって、それがまだ乾いて無いのだ。


 俺は目で見なくても、自分の足元ぐらいは脳内で既に察知している。



「うわっ!」



 案の定、男はぬかるみに足をとられて転んでしまった。



「言ったじゃーん。だいじぶ?」


「てめぇーっ! やりやがったなーっ!」



 すると、転んだ男は真っ赤な顔をして俺を睨みつけて来た。



「え? 俺ーっ⁉ 今の俺のせいっ⁉」



 明らかに自分で転んだでしょ!


 どんだけ冤罪を擦り付けたら気が済むのーっ⁉


 とことん陥れるつもりっ⁉


 これがお前らのやり方かーっ!


 あ、何だか聞き覚えのあるフレーズ……。



「て、てめえ! このやろぉ……」



 他の男達がじりじりと間合いを詰めて来る。



「あのさー、ピンク髪の子を知らないなら、話しかえるけどっ!」


「な、何だっ!」


「その人達をどうするつもり⁉」



 俺は鎖に繋がれた女性二人と、縛られたモーリスを指差した。


 そして、女性二人の姿を二度見して、俺は思わず声を上げた。



「いや、ちょっと待てっ!」


「な、何だっ!」



 女の人の服がビリビリに破けてますけどっ⁉


 あんなに肌が露わになって!


 目のやり場に困って男達を見ると、俺はそのまま睨んだ。


 こりゃあ、どうするつもりか聞くまでも無さそうだ。



「あんなに女の人の服を破くなんてっ!」


「てめえの知ったこっちゃねーだろっ!」



 そう言って別の男が剣を振りかざすと、そいつは俺の胴体を狙って横へ払って来た。


 だが、俺が意識せずともアニマがスッと避ける。



「うわっ! 危ないじゃんかっ!」


「おめえ、何言ってやがる!」



 再度切り込んで来るそいつの目を、俺はふと見てしまった。


 目が血走ってるし!



「もしかして、殺そうとしてるっ⁉」



 そう聞くと、その男は更に剣を振り回して来る。



「てめえ、なめてんのかっ!」


「俺らは野賊じゃい!」



 他の奴らも切り込んで来るが、俺は無意識にアニマがそれを避けている。


 そして避ける度に内ももに当たって、ぺチンぺチンと情けない音がしている。


 今は何が当るの? とか、そんな事は聞かないで……。


 でも、もう……これは仕方ないよね?


 いい加減、反撃しても良いよね?


 女の人があんな酷い目にあってるんですよ?



『やっつけて良いと思う!』


「だよな⁉」



 俺は盾を構えて攻撃を受けると、見えない盾が奴らの剣を弾いた。


 一人の剣がガキーンという音と共に弾け飛び、そのままシュルシュルと風切り音を立てて、遠くへ飛んで行ってしまった。



「なっ、何だっ⁉」



 男が自分の手を見るが、既にその手に剣は無い。


 剣だったら、あっちへ飛んで行きましたけど?


 俺は黙ったまま、剣が飛んで行った方向を指差した。


 すると、男が慌てて俺を凝視する。


 一気にそいつの精神状態は、現実を認識出来ない程に不安定となった。


 目を白黒させている。


 こうなると人は脆い。 



「このやろーっ!」



 今度はさっき転んだ奴が俺に切りかかるが、敢えてそれを盾で弾くと、バキッと大きな音を立てて剣が折れ、その剣先が遠くへ弾き飛んだ。



「ぐっ!」



 しかし、男はその衝撃に耐えた様だ。


 やっぱり盗賊やってるだけあって、腕っぷしは強い様だ。


 あ、野族だっけ?


 どっちでもいいや。



「こ、こいつどうしてっ⁉」



 剣を弾かれた奴が驚いた表情で、自分が手にした折れた剣を見ると、後ろの男が声を上げた。



「あいつ、何かで剣を弾きやがった!」



 やっぱり異世界人でも、こいつらには見えないか。


 イーリスはこの剣を直ぐに見えたし、やっぱあいつはすげえよ。



「あのさ、敢えてもう一度聞くけどさ。あの人達どうするつもり?」



 俺が女性二人を指差してそう言うと、男が二人俺の前へ出て来た。



「あぁん?」


「女は使い物にならなきゃ売り叩く、男は奴隷市場で売れなきゃ豚の餌、それが何だっ!」



 そう言うと、また一人の男が俺に切りかかって来た。



『何ですってーっ⁉』



 頭の中でアニマが叫んだ。


 しかし、豚の餌って……えーっ⁉


 男は俺を切り刻もうと闇雲に剣を振り回しているが、当然アニマが難なく躱す。



「お、おいーっ! に、人間を豚の餌って⁉」



 しかも俺は問答無用で斬られるって訳?


 こいつらの攻撃はアニマが難なく躱せるが、それでも何だかムカついて来た。


 躱す度にさっきから、内ももにぺチンぺチンと一物いちもつが当る音がする。


 あ、また一物いちもつって言っちゃった!


 それはいいとして、その馬車の人達はこっちの人でしょ?


 同じ人間同士で、そんなことしちゃうのかよ……。


 ここが異世界だから⁉


 別の世界から飛び込んで来た俺になら、百歩譲ってあるかも知れない……でも、その人達をそんな風に傷付けるのは許せない。


 それに豚の餌って何だよ!



『こんなの見逃せない……』



 アニマがそう呟くが勿論俺も同意見だ。


 一心同体だからな。


 気付くと俺の身体が怒りで小さく震えてた。



「ああ……分かった」



 俺が震えた声でそう言うと、男達は勝機が見えたと勘違いをして虚勢を張る。



「あーっ? こいつ震えてやがる!」


「あははは! 何が分かったんってんだぁー?」


「なんだこいつ! 言ってみろこの野郎っ!」



 男達は手を止めて俺を見た。


 小刻みに震えていた身体も今は微動だにしない。


 アニマが一気に上がった血圧を調整したのだろう。



「あんたらは分かんないけど、状況は分かった……」


「だったら何だってんだよっ!」



 そう言いながら男が剣を振り下ろすが、それをアニマが素早く躱すと、俺は左手の盾をそいつの顔へ力任せに思い切りぶち当てた。


『あ……』


 アニマが声を出したと同時に、ベキッと何かが割れる大きな音がした。


 その直後に内ももにぺチンという音もした。


 何とも情けない音……。


 だが、その男の身体は弾かれた様にゴロゴロと転がって行った。


 顔面は無残に砕け、明らかに顔の半分が陥没している。



「――っ⁉」



 声にならず息を呑んだ四人が、その状況を理解する迄、少しの沈黙があった。



「……お前、今何をっ!」



 兄貴と呼ばれていた男が声を絞り出すと、ようやく他の三人が我に返る。



「こ、こいつっ!」


「てめぇ!」



 もう一人が剣を振り下ろした瞬間、その間合いを一気に詰めた俺は、スッとそいつの首元に盾を当てた。


『あ、駄目』


 あ、うん、加減する。



「動いたら切れるかもよ?」


「何言ってや……」



『あ……』


 男が何かを話し始めた時アニマの声が聞こえたが、同時に男が動いた瞬間そいつの首に亀裂が走り、そこから鮮血が脈打つように迸った。



「うわっ! だから言ったじゃん!」



 き、斬れちゃったよっ⁉


 あ、そうか!


 こいつには俺の盾が見えないんだっけーっ⁉



「あわわわっ!」



 俺が慌ててその男から離れると、男は操り糸の切れた人形の様にその場へ崩れ倒れた。


『仕方ないよ……』


 しかし、もう一人の男はそれを見て何も動じないのか、倒れた男が落とした剣を拾うと、そのまま素早く俺に振り上げて来た。


 この状況で動じないって、流石あんた盗賊ですねっ!


 そう思いながらも、アニマが剣を躱すと俺は間合いを広げ、腕輪のある右手に剣を構えた。



「あんたもその人達を解放する気は無いんだなっ⁉」


「何言ってやがるっ!」



 俺は剣を両手で掴み直すと、その男に向けその場で剣を振り下ろした。


『あ! また……』


 しかし、その男との距離は四、五メートルはあった為、否、それ以前に男には俺の持った剣が見えないのだ。


 あ、裸の男がエアー斬りをした訳ですよね……。


 太もも辺りでぺチンと音がした。


 恥ずかしいから深く想像はしないで。


 すると、その男が一瞬唖然とした表情をする。


 そして本来であれば、呆れた表情に変わって笑い出すだろう。



「おぃ――」



 だが、男が口を開いた直後、その男の肩から腰へ斜めに大きな亀裂が一瞬で出来た。


 男が声も出せずにドサッとうつ伏せに倒れると、身体の下に真っ黒な染みが広がる。


 それを残りの二人が唖然とした表情で見ていた。


 ふと気付くと、辺りは錆びた鉄の匂いが立ち込めている。


 これは……血の匂い?



『そうみたい。血液は地球人と酷似してるね』



 アニマが匂いから分析した様だ。



「い、痛そうだけど、仕方ないじゃん⁉」



『しょうがないなぁ……』


 そうですよねっ⁉


 これこそが正当防衛って奴ですよね⁉



「てめえ……何をしたっ!」


「こいつ、やっぱり魔法師じゃ……」


「バカやろっ! こんな格好の魔法師が居てたまるか!」



 こんな格好って……そうか、真っ裸かーっ!


 ちょいちょいそれを忘れちゃうし!


 仕方ないでしょ、こいつらが剣を振り回して来るんだから!


 でも、こいつら魔法師とか言って無い?



「そ、そうですよね⁉ こいつは男ですし!」



 あ、今あんた俺の股間見て言ったよねっ⁉


 俺は慌てて股間を隠した。



「ああ、男の魔法師がこんな所に居るわきゃねぇ!」



 さっきからこいつら何言ってんの?


 女だったら魔法師が居るっての⁉



『ここは異世界だよ』



 ふと頭の中でアニマがボソッと呟いた。


 あ、そうかっ!


 ここは異世界かーっ!


 固定概念を払拭しないと!



「おい、お前! 何処から来た!」



 そう言って、兄貴と呼ばれてた男が剣先を俺に向ける。



「え、あ、何処って言われても……」


「兄貴が聞いてんだろ! 言えっ!」



 子分の様な奴は兄貴の真似をしようとして、自分の剣が無い事に気付いた様だ。


 そいつは慌てて辺りを見回すと、倒れた奴の剣を拾い上げた。


 そして、慌てた様子で俺に剣先を向ける。


 しかし、何処って言われてもなぁ……。



「異世界から来たんだけど……信じる?」


「異世界だぁー?」


「ふざけんな! この野郎っ!」



 逆上した子分が俺に斬りかかって来るが、俺はそれを無意識に躱す。


 アニマが回避してるんだけどね。


 しかし、やっぱり信じないかー。


 だけど、こいつらを倒さないとあの人達がヤバいよね?


 女の人は服があんなだし、モーリスさんはガタガタ震えてるし。


 何度か斬りかかって来ている子分をアニマが難なく躱していたが、鬱陶しくなって来た俺は煩いハエを叩くかのように、持っていた盾でそいつを思い切り地面へ叩きつけた。


『え? また?』


 ぐしゃっと鈍い音がしたが、そのまま男は動かない。



『あらま……』


「あちゃ、悪い! 俺、加減が分かんないからっ!」



 その時ふと、ウルドとイーリスと行った疑似冥界での特訓を思い出した。


 あの二人が呆れた顔で見てたっけな……加減する事を覚えないと!


『やっと気づいた?』


 あ、うん……。


 兄貴は地面に叩きつけられて微動だにしない子分を見下ろすと、その精神状態が驚愕から憤怒へと変化している。


 子分達を倒されて怒ったっての……?


 盗賊でも兄貴はやっぱ兄貴か……。


 俺にも妹が居るからその気持ちは良く分かる。



「てめえ……よくも……」



 じりじりと間合いを詰めて来る兄貴に、少し冷静になった俺は忠告する事にした。 



「あのさ、あんたが倒れたら、そこの子分たちの介抱とか誰がするの?」


「なにぃ⁉ てめえに聞かれる筋合いはねぇ!」



 兄貴は真っ赤な顔になり、更に逆上してしまった様だ。



「まあ、そうだけど……。ただあんたにも冷静になって欲しかっただけ」


「うるせえんだよっ! てめえの心配だけしとけ!」



 そう言うと、兄貴は大剣で斬りかかって来た。


 そして、子分達とは違って剣筋ってのが鋭い。


 こりゃアニマに任せて避けてるだけじゃ埒が明かない。


 俺は盾で敢えて大剣を受け止めると、ほぼ同時にガシャーンと大きな音が響いた。


 俺のこの盾は攻撃をして来たモノに、それ相応の裁きを同時発動するのだ。


 大きな音は、兄貴の振り下ろした大剣が盾に弾かれ、その手を離れてそのまま地面へ叩きつけられた音だったのだ。



「な、何だっ!」


「まだやる?」


「こ、この野郎ーっ!」



 兄貴は大剣を拾い上げると、俺に向かって切り込んで来る。


 そうか、武器を使えなくしたらいいか?


 振り下ろされた大剣を、俺は見えない剣を遣ってそれを斬った。


 すると、大剣が一瞬で消える。


 一拍置いてまたガシャっと何かが落ちた音がした。


 大剣の大きな刃だ。


 大剣が消えた様に見えたが、実際は握っていた柄の部分だけを残して、そこから上が地面に落ちたのだ。


 落ちた大剣をチラッと見た兄貴は、一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに俺を睨みつけた。



「ぐっ、ぐおおおおおーっ!」



 男が大剣の柄を持ったまま、俺に向かって殴り掛かって来るが、アニマがそれを避けると、俺は手にした盾で男の背中を叩きつける。



「ぐはっ!」



 兄貴は膝から崩れ落ち、顔から地面へ倒れた。


 その後、暫く呻いていたが、暫くするとその声も聞こえなくなる。



「あ……」



 脳内サーチで五人の生命反応を見るが、全員はまだ生きている様だ。



『二名は助からないかな。後、もう一人も致命傷』


「あ、そう……」



 二名は瀕死だった……。


 だから兄貴に聞いたのにな。



「でもまあ……最後は一応手加減は出来たのかな?」


『殺さないまでも戦意は削げたけど、これはこれで仕方ないわね』


「そ、そっか……」



 アニマが今になってそう言うが、先に教えてくれたらよかったじゃん。


 俺、殺しちゃったのか……。


『仕方ないよ』


 アニマはそう言うが、虫も殺せなかったこの俺が……。


 今は何とも思わない?


 悪魔の心になった?


 これが覚醒した代償?


『精神状態もあたしが調整してるから』


 そ、そうなのか……。


 俺は何だか気まずい気持ちで振り返ると、縛られた女性二人とモーリスを見た。


 三人の口には布が巻かれているけど、これが猿ぐつわって奴?


 リアルで見るのは初めてだ。


 モーリスの両手足はロープで縛りつけられている。


 脳内サーチして見ると、三人は少しだけ安堵の感情が出て来た様だが、俺に対する恐怖は拭えない様だ。


 そりゃ、そうでしょ……素っ裸だもん、俺。


 素っ裸にネックレスして……見た目は変態だよね。


 股間を隠しながらモーリスに近づいた。



「あのー、モーリスさん?」


「ん、んんーっ!」


「あ、いや、そんなに引かないでよ……」



 馬の手綱を握っていたモーリスは、これ以上俺が声を掛けたら失禁しそうな程、精神的にやられている様だ。


 目を見開いて腰を抜かしている。


 そうだよね、俺が奴らを殺しちゃった所を見てたんだもんな。


 脳内サーチで男のステータスを見ると、名はモーリス・サウスエドガー・ルビエンドで三十五歳……御者って?



『馬車の手綱を持つ人ね』


 アニマが教えてくれる。


 あー、そうなのね。


 しかし、精神状態が良くない……少しだけ今はそっとして置くか。



 仕方なく女性二人に目をやると、重そうな鎖が身体にがっちりと食い込んでいた。


 二人の精神状態を探ると、今もかなり恐怖感が強く出ている。


 しかも、徐々に絶望感も湧き上がって来てますけどっ⁉


 どうして⁉


 奴らは倒したじゃん!


 そっか、殺人犯だもんな俺。


 あー、こっちの人はメリルだっけ?


 二人は俺を凝視しているが、まるで化け物を見ているかのような表情で、鎖に繋がれたままガタガタと震えている。


 二人が震えるその振動で、締め上げた鎖がカチャカチャと音を立てていた。


 生まれてこの方、誰かがこんな状況なのを見た事も、聞いた事も無い。


 信じられない状況に、俺の心がズキンと痛んだ。


 こんな状態だったとは……。


 この人達を解放してから、あいつらを倒す事も出来た筈だ。



「ご、ごめんね⁉ もっと早く気がついたら、すぐに外してあげたのに!」



 鎖に締め上げられた柔らかそうな素肌は、紫色に変色しうっ血している。



「痛かったでしょっ⁉ 今外すけど、俺が素っ裸だからって声を上げないでね?」



 そう言って鎖に手をやると、二人は更にガタガタと震え出した。


 二人は痛々しくも悩ましい女性的な身体つきで、沙織さん達の裸をついつい思い出してしまった。


『こらこら!』


 そうだよ! 


 今はそんな事を思い出している場合じゃない!



「わ、分かってるってば!」


「――っ⁉」



 アニマに突っ込まれて慌てて声に出してしまった。


 目の前の女性がビクッと身を強張らせた。



「あ、大丈夫⁉ い、怖いよね? でもこれ外すだけだから」



 俺は彼女達の鎖を解いてから、そっと口の猿ぐつわを外した。


 彼女達に触れた時、二人のステータスが細かく表示された。


 メリル・ノースレイク・ルビエンド、十八歳で女中……見た目より若いんだ……って、この歳でお手伝いさん?


『この人、何だか特殊なスキル持ちね』


 あ、そうなの?


 てか、こっちのお嬢様ってのはキャロル・ルビエンド、歳は十四歳……って、まだ子供なのかっ!


 これでも愛美より年下だってーっ⁉


 こっちの世界の子って発育が早いの⁉


 俺、こんな子供の目の前で人殺ししちゃったのか……。



「だ、大丈夫⁉ 痛いでしょ⁉」



 二人の顔を覗き込んでそう訊くが、彼女達は俺の目を凝視したまま動かない。



「あ、ごめん! 俺の服、何故か消えちゃってさ! 裸族とかじゃ無いんですよ⁉」



 裸族とか言う冗談が通じるのかは分からないが、何とかこの場を和やかにしたい。



「襲って来たから倒しちゃったけど……殺すつもりはなかったんだ、ホントに……」


「あ、あの……」



 メリルが恐る恐る俺に声を掛けてきた。



「あ、はいはい⁉」


「助けてくれるのですか?」


「え?」



 メリルさんあんた、見てたんじゃ無いの?


 どう見ても、俺はあいつらからあなた達を助けてましたよね?


 やっぱりやり過ぎちゃったから⁉



「そのつもりでしたけど……やり過ぎました……すみません」



 若干戸惑いながら俺がそう言うと、ハッと二人は顔を見合わせた。



「そ、そうなのですかっ⁉ ありがとうございます!」



 メリルさん、今、気づいたのっ⁉


 マジで⁉



「ど、どうもありがとうございます!」



 すると、お嬢様と呼ばれたキャロルも、慌てて頭を下げて礼を言った。



「あ、いえ、いえっ!」



 やっと状況を理解して貰えたようだ。


 しかし、異世界ってやっぱ色々と感性が違うのか?


 ようやく二人に安堵の表情が溢れた。


 まあ、あんな状況だったし仕方ないよね。


 何とかコミュニケーションはとれたと思っていい?



  ♢



 女性二人が馬車の中で破れた衣服を着替えている間、辺りを見廻していた俺は、倒れている奴に手を合わせて暫く目を閉じた。


 そいつは瀕死だった内の一人だったが、たった今息絶えたのだった。



「その上着、暫く貸してくれ……後で必ず返すから」



 そう言ってから、そいつのハーフコートの様な上着を脱がすと、俺は自分の腰へそれを捲いた。


 例え胸糞悪い奴だからと言っても、死者から服を奪う事は少々気が引けたのだ。


 後で服を手に入れたら返すつもりだ。


 そしてイーリスを脳内サーチしてみると、彼女は今もこの世界の何処かに居る様だが、彼女の居場所は特定出来ないのだ。


 これじゃあ、闇雲に探しても無理だろうな……。


 そう考えながら何気なく馬車の方を見ると、三人が黙ったまま俺の様子を伺っていた。



「あ、ごめん! 考え事してた!」



 慌てて三人のステータスを見ると、女性二人とモーリスの精神状態は比較的穏やかな状態になっていた。



「皆さん、身体の傷はどうです? まだ痛みますか?」


「あ、いえ、痛みはもう何も……」



 そう言ってキャロルが腕を摩っていたが、さっきまで変色していた傷も見当たらなかった。


 メリルの脇腹にもミミズ腫れがあったようだが、今は服を着替えた後で伺うことは出来ない。


『うん、三人に外傷は見当たらないよ? 精神的に少し不安定なだけ』


 そっか……。


 彼女達にイーリスを見た事があるのか聞きたいけど、先ずはこんな俺の状況を説明した方が、三人も話を受け入れやすいかも知れない。


 そこで俺は、自分が何の為にここへ来たのかを三人に話す事にした。


 だけど異世界から来た事は、今の所内緒にして置いた方が良いと思わない?



「ちょっと、三人に聞いて欲しいんですけど……」



 遠い国からイーリスと言う少女を探しに来たが、途中で気分が悪くなってあの森で寝てしまったという事にして置いた。


 とは言え、何処の国から来たとか突っ込まれたら、絶対にボロが出そうな作り話ではあるが、それを三人は疑いもせず、ただ頷いて聞いてくれた。

 

 だがそれは、俺があの盗賊達を圧倒的な強さで倒したからで、所謂恐怖からの服従だった。


 俺はそんな事とは露知らず、俺の話を信じてくれた三人に、心なしか親近感を感じていた。



「いやー、分かって貰えて助かりますよ!」



 俺がホッとした表情でそう言うと、三人は顔を強張らせたがすぐに笑顔を見せた。



「そ、そんな、信じてますからっ! ですよね、キャロルお嬢様!」


「え、ええ! メリル、勿論ですわ⁉」


「助けて戴いた事をすぐに街へご報告致しませんと!」


「そうですわね! それに、お母様からもお礼をして頂かなくてはなりませんね⁉」



 メリルとキャロルが俺をチラチラと見ながらそう話すと、それまで黙っていたモーリスも俺に向かって頷いた。



「そのイーリスさんって方の行方も、領主さまはきっと協力してくれますよ!」



 酷く脅えていたモーリスでさえ、今は笑顔でそう言った。



「それよりもモーリス、何か大き目の服を馬車の荷物から出して下さる?」


「はい、お嬢様!」



 そう言われたモーリスは、慌てた様子で馬車の荷台を覗き込んだが、暫くしてその手に服を持ってお嬢様へ広げて見せた。



「これならば大きめなので着られるかと」


「そう? では、宜しければこれを……」



 お嬢様はそう言って、モーリスの持って来た服を俺に勧めてくれた。



「あ、すみません、お借りします!」



 俺はそれを受け取ると本革のしっかりとした生地で、首からすっぽりと被って着る様だ。


 丈も長いしこれなら股間が隠せる!


 早速、俺はその服を頭から被って着ると、横たわる男に借りていた服をそっとかけた。



「借りた服、返すよ。ありがとう」



 呟くようにそう言うと、もう一度手を合わせて暫く黙とうする。


 その後、彼女達へ振り向いた。



「そうそう、キャロルさんはお嬢様なんですか?」


「あ! 申し遅れました! すみません! 私はキャロル・ルビエンド。侯爵の爵位を与えられた、誇り高きルビエンド家の次女です」



 キャロルはそう言うと、貴族らしく優雅にお辞儀をした。



「こうしゃく?」



 こうしゃくって言われても誰だか分かんないし。


『侯爵は貴族に与えられた爵位の一つ。一般的には伯爵の上だよ?』


 アニマの言葉に驚いた。


 伯爵ってかなり偉いっぽいけど、その上だってっ⁉


 マジかよ!



「それって、かなり上位貴族じゃん⁉」


「ええ……一応は……」



 キャロルが歯切れの悪い返事をすると、メリルが慌ててキャロルの前に出て来た。



「私はキャロルお嬢様の女中、メリル・ノースレイク・ルビエンドと申します!」


「あ、そうなんですね」



 すると、自己紹介の場だと勘違いしたのか、モーリスが頭を下げた。



「私は二十五年間、旦那様の馬引きをやっているモーリスでさあ!」


「え? あ、はあ……」



 二十五年間って、あなた三十五歳でしょ⁉


『ふ、老け顔ね……』


 アニマもつい言ってしまった。


 しかし、見た目は四、五十歳に見えるけど、この人十歳から馬引きやってるつーの⁉


 苦労して来たからそんなに老け顔なんだね……。



「それで……貴方様の……」


「え?」



 俺が何とも言えない気持ちのままモーリスを見ていると、キャロルとメリルが俺の顔色を伺っていた。



「あ、名乗ってませんでした! すみません! 霧島悠斗って名前です」


「キリシマ?」


「あ、悠斗って呼んでください」


「ハルト様……ハルト様ですね⁉」


「ハルト様! 改めて助けて頂き、ありがとうございます!」


「ハルト様、ありがとうございます!」



 三人が深々と頭を下げてしまった。



「あ、いえいえ、こちらこそ裸ですみません!」


「ハルト様、お目覚めになられた時に裸でおられたのは、きっとこの盗賊に奪われたのですよ!」


「やっぱり、そうなんですか?」


「ええ。恐らくこの者達は、あの森を縄張りにしている盗賊の一味でしょう」


「そうだったのか……」



 そう言われて俺は辺りの様子を脳内サーチする。


 生命反応は三つ……あれからもう一人が逝った様だ。


 その時、兄貴と言われていた奴の指先が、ほんの少し動いたのをアニマが察知した。


『あ、目を覚ますかも』



「マジか! あ、あいつ目を覚ましそうだ!」



 俺はそう言って、彼女達が縛られていた鎖を拾い上げると、急いで倒れている兄貴の所へ向かった。



「えっ⁉」



 三人には俺の動いた速さが信じられない様子で、その場で立ち竦んでいる。


 

「モーリスさん、そのロープで他の二人をしっかりと縛って下さい」


「は、はい!」


  

 俺は兄貴を鎖で縛り終わると、モーリスの方を振り返った。


 だが彼は、既に息絶えた奴を縛ろうとあたふたしている。



「あ、その人は死んでますから他の人を……」


「ひ、ひぃーっ!」



 モーリスはロープを投げ出して、そのまま後ろへと尻餅をついてしまった。



「あ、私がやります!」


「メリル、私も手伝う!」



 すると二人がそう言って、モーリスが手放したロープを拾うと、手際よく男達を縛り上げた。



「モーリス、街から衛兵さんを三人程呼んで来て!」


「は、はい、メリルさん!」



 モーリスは足早に街へ向かって走って行った。


 脳内サーチすると、街までの距離は凡そ二キロ。


 モーリスの足で走っても、二十分もすれば街へ着くだろう。


 それから衛兵を連れて来るとなると、往復で四十分程か。


 衛兵が馬か何かで来たらもう少し早いかも知れないが。



「んじゃ、暫く待ちますか?」



 俺はやれやれと馬車に寄り掛かった。



「ええ、このままにしておく訳にもいきませんので……」



 メリルはそう言ってキャロルと顔を見合わせた。



「そうですね……衛兵さんが来てくれたら、お母様へ伝言を頼めるでしょうし」


「ええ」



 二人はそう言って馬車の横まで歩いて来る。



「だけど、二人はそんな歳で偉いな」


「え?」


「あ、いや、まだキャロルは十四歳でしょ? メリルは十八歳だしさ」


『あ、言っちゃった……』



 アニマがそう呟いたが、俺には何の事だか分からない。



「ど、どうして私の歳をっ⁉」


「どうして知ってるのっ⁉」



 その時、急に二人がビクッと驚いて俺を見た。


 アニマの言った意味が分かったが、これはマズい!


 この人達に脳内サーチまで理解させるのは無理でしょ⁉



「あ、ごめん! その位かな~って!」


「え……そう……ですか?」


「え、ええ! 俺って歳当てるの得意なの! 当たってました⁉」


「はい……びっくりしました」


「私も驚きました! ハルト様、凄いですね!」



 何とか誤魔化せた⁉


『気を付けてよね~』


 はい……。


 すると、予想に反して十分程でモーリスが衛兵を三人連れて来た。



「モーリス! 早かったわね!」


「はい! 衛兵さんが四人、丁度こっちへ向かって来ていたので!」


「そうだったの? で、もう一人は?」


「はい! 一人は街の衛兵隊長へ報告へ行ってます!」


「そうですか。ご苦労様でした、モーリス」



 すると、衛兵達がキャロルの前まで来ると困った様な表情を見せた。



「それにしても、お嬢様。こんな時間にお越しになるのは……」


「そうですよ、ミランダ隊長が馬車のランタンの明かりを見つけて、我々にすぐに迎えに行く様にとご指示なさったのですよ?」


「しかも、紋章も無いこんな馬車で……」


「ごめんなさい、昼間の内に着ける予定でしたけれど、仕方なかったのよ」



 キャロルが衛兵に小言を言われていると、メリルが見兼ねて擁護した。



「お嬢様を責めないで衛兵さん、来る途中に見た事も無い大きな獣が道の傍に居たので、暫く身を隠していたの」


「そうでしたか! それはご無事で何よりです!」



 その後、キャロルとメリルが事の経緯を衛兵らに細かく説明してくれた。


 衛兵達は素足の俺を見て不信感を抱いた様だが、メリルとキャロルが命を救ってくれた恩人だと言うと、俺に不信感を抱いてしまった事に謝罪をして来た。


 その後聞いた衛兵達の話では、俺を襲った五人組は彼女達から聞いていた通り、ここらで強奪や殺人を繰り返している、悪名高い盗賊の一味だと言う。



「それにしても、あなたがお一人でこいつらを倒したとは……」


「あ、まあ、必死でしたよ?」


「そりゃそうでしょう! こいつ、かなりの腕っぷしらしいですよ?」



 そう言って衛兵が指したのは、最後に相手をした兄貴と呼ばれていた男だ。



「なるほどー! そうだったんですね! あ、それよりも!」


「はい、何か?」


「この位の女の子なんですけど、髪の毛がピンク色で……見ませんでした?」



 そう言って俺は胸の辺りに手を翳した。



「髪がピンク色ですか? 見た事は無いですが……お前は?」


「私も聞いた事が無いですが……」



 衛兵たちはそう言って首を傾げた。



「そうですか……。どうもすみません」



 衛兵が知らないという事はこの街じゃ無いか。



「ハルト様、取り敢えず街へ行きませんか?」


「あ、はい」


「お母様に頼めば、探して下さると思いますから!」


「そうですか⁉」



 事後処理を衛兵達に任せた俺達は、キャロルの馬車で街へ向かった。

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