第28話 異世界とファーストコンタクト


 俺は噴水のある部屋を飛び出ると、そのまま三階の長い廊下を走る。


 すると、思いもよらず一瞬でロビーへ着いてしまった。


 ぬおっ⁉


 俺の中の幾つかのリミッターが解除されているのだ。



「あぶねーっ! 階段から落ちると思ったし!」



 俺はスーパーハイブリッドに覚醒した能力を、普段は地球人の平均値に自動制御している。


 気を付けながらも階段を駆け下りると、一つ下の階の一室の前で立ち止まった。



「ここだったよな?」



 俺は扉のノブを握ると意を決して開いた。



「あ、あれ⁉」



 家具も何もない部屋を見廻して愕然とした。



「な、何故……」



 予想が外れて焦りながらも部屋の中央まで進み、膝をついて床のあちこちを目を凝らして見るが、やはり部屋の床には何も無い。



「跡形も無いじゃん……」



 えーと、この部屋に家具が何も無い事は、最初から分かってるんですよ。


 無いと言うのは、この部屋の床にあった模様なんです。


 前に来た時、確かに部屋の床に魔方陣の様な模様があった。


 俺と沙織さんはその魔方陣の中央に立って、一瞬で異世界へと行く事が出来たのだ。


 あの時は沙織さんが、俺の生れた所だと言って連れて行ってくれたんだけどね。


 エランドールと言う異世界で、母さんとルーナとユーナ、そして将軍セレスティア、その四人の混合種として生まれたのがこの俺、霧島悠斗。


 こう見えても実は俺、ハイブリッドなんです。

 

 数日前、ここにあった魔方陣を使って三人が異世界へ帰ったのだ。



 ところが今は、床にあった筈のその模様が綺麗サッパリ、跡形も無く消えている。



「そっか……消しちゃったのか……」



 これは想定して無かった。


 当てにしていた異世界へ行く手段を失って、俺はその場で暫し立ち竦んで考える。



「何か手段がある筈……」



 俺はそう呟きながら首にかけたネックレスを掴むと、無意識にルーナへ祈りを捧げた。


 このネックレスは沙織さんが俺にくれたものだ。


 俺の初恋で初キス相手の沙織さん……。


 その途端、パーッと全身が眩く光り輝いた。


 既に俺の脳内では目まぐるしく対処案を模索している。


 実は、俺の脳には別の思考回路があると言うか、意識しなくても勝手に色々と考える事が出来る。


 その他にも覚醒した特殊な能力によって、様々な事が出来る様になっているのだが、実際の所この俺にも良く分かっていない。


 俺の覚醒した能力、思考の加護によって異世界へ行く手段を検索しているのだ。


 あ、何も初恋の人を追って異世界へ行こうとしている訳じゃ無いってば。


 イーリスと言う名の漂泊者を追っているんですよ。


 だけど厄介な事に、彼女は時空を移動すると言うか、別次元を自由に移動出来る感じ。


 その能力は俺には理解し難いが、与えられた加護と指輪に付加されたイーリスの時空スキルによって、彼女の捜索を脳内でおこなっている。


 イーリスが異世界に居るのは分かっているのだが、そこへ行く手段を模索している訳よ。


 すると、脳内のリストに手段が二つ三つと幾つかリストアップされた。



「お、これか……」



 経験上、一番最初にリストアップされたものが、今の俺に一番効率と成功率が高い事は理解している。


 一つ目を見ると、守護の盾に付加された時空スキルに加護の能力を追加発動して、尚且つ守護の剣を発動する……か。


 そして、守護の剣へと守護の盾に付加された、イーリスの時空スキルを流し込みつつ、時空の狭間を作って移動……?



「出来るのかよ、そんな事っ!」



 思わず声を上げて突っ込んでしまったが、冷静に考えれば出来ない事は表示されないと思う。


 前も最初は無理だと感じたが、このリストにあるって事は今の俺に出来る事だろう。


 何もやらないでウジウジと悩むより、やって見なけりゃ始まらない。


 やって失敗したとしても、それが解決への道を指し示す筈だ。


 そう俺の中の何かが心を奮い立たせる。


 俺の頭の中にはこうして、俺の意思とは別に思考する何かを感じている。


 これに気付き始めたのは、沙織さん達がエランドールへ帰ってしまってからなのだが……。



「やって見るっきゃないか……」



 左手の指輪を見ながらグッと手を握り絞めた。


 すると、そこに盾を感じる。


 皆には見えないだろうが、確かに守護の盾が俺の横にある。


 この盾はユーナが俺に与えてくれたものだ。


 そして、この盾には特殊なスキルも付加してある。


 それはイーリスが俺に与えてくれた。


 俺が右手のブレスレットを見ると、即座に指輪と共鳴を始めた。


 同時に見えない剣の存在を感じる。


 この剣はセレスが俺に与えてくれたもの。


 右手をそっと握ると、全身に加護の能力が流れ渡る。


 すると俺の身体に、光る入れ墨の様な幾何学模様が現れ、そこから徐々に発光を始めた。


 光が全身に行き渡ると、新たな力が漲って来たのが分かった。


 その時、脳内では次元を超える準備が出来た事を知らせていた。



「よし、やってみるか!」



 俺は右手に左手を添えると、目の前の空間を思いっきり切り裂いた。


 傍から見れば、盾も剣も見えない筈だ。


 その姿はかなり滑稽に見えるだろう。


 だけどね、確かに俺は空間を切り裂いたんですよ?


 目の前にはグニャと捻じれた空間があるのだ。


 その切り裂かれた真っ暗な空間へ身体をねじり込むと、一瞬ヒヤッとした冷たい感じがしたが、すぐに俺の身体は順応した様だ。


 その空間には足元の地面も、空も重力も空気も無い。


 間もなく、空間の切れ込みが閉じてしまうと真っ暗になり、音も何も聞こえ無くなった。


 あ、俺は大気が無くても暫くは対応可能だ。


 それは前に大気圏外へ飛んだから経験済みである。


 しかし入ってはみたものの、脳内レーダーにはイーリスの気配が無い。

 

 あいつ、ここじゃ無いのか?


 しかも脳内サーチしても、ここが何処なのかを把握出来ない。


 俺は再度、加護と盾を遣ってイーリスをサーチする。


 すぐに彼女の居場所が表示されたが、そこはこことは別の次元の様だ。


 マジかよっ!


 更にここから空間を切り裂いて行かなければいけない様だ。


 俺はまた剣を構えて狙いをつける。


 勿論、目の前は真っ暗だが、頭の中にはイーリスの居場所を特定した次元が表示されている。


 そこへルーナの加護を同時発動した守護の剣で、ここに時空の切れ目を入れるのだ。


 俺の意識とは別の潜在意識が、ここを斬り込めば後は加護が導くと教えている。



「よし……こうかっ⁉」



 すると、暗闇にパッと明るい光が差し込んだ。


 切れ目の向うに明るくグニャッとした景色も見える。



「おっ! 行けるか⁉」



 俺は音も無く切り裂かれたその切れ目に飛び込んだ。


 瞬時に俺の脳と全身が、その空間に対応しようとしたのだろう。


 目の前が真っ白になる。


 前にも経験したフリーズした様な感じ……。


 だが、以前のそれよりもかなり重度の様だ。


 俺は目を瞑っていても辺りの状況は分かる筈なのだが、今はそれが出来ないのだ。


 歩こうとしても足元がおぼつかない。


 飛び込んだのは早まったか⁉


 準備運動とか必要だった?


 しかも俺、靴履いて無いじゃん!


 その場に俺は倒れてしまい、仰向けに寝返るのが精一杯だった。


 うわっ……駄目だ……気が遠く……なる……。


 俺はそのまま気を失ってしまったのだ。



  ♢



 木々の生い茂った森林の中に、舗装はされてないが程よく広い道がある。


 その道の脇――。


 身なりは猟師に見えるが、腰には剣を下げた数人の男達の姿があった。


 その内の一人が道の真ん中に立ち、道の彼方を背伸びをして見ている。



「しかし、兄貴。今日は誰も通りませんね」



 すると、道の脇の木の下に座っていた男が、座ったまま背伸びをして答えた。



「そうだな。昼過ぎてから随分経つって言うのに……これじゃボスに顔合わせられねえぞ」


「ヤバいっすね!」


「これじゃ、今日はここらで野宿かよ」


「そうなりやすね……」



 見張り役の男は更に道の彼方を見ようと、つま先立ちで背を伸ばした。


 奴らはこの道で通行人を襲う盗賊なのだ。


 すると、その様子を見ていた別の男が一人、気怠そうにやれやれと立ち上がる。



「兄貴、暗くなる前に兎でも狩って来やしょうか?」



 兄貴と呼ばれる男にそう提案する。



「ああ、仕方ねえな。野宿は気が進まねえが腹も減るしな。おい、ジョルノ! お前もベックと一緒に行って来い」



 その提案を渋々承諾した兄貴に、名指しで指名されたもう一人の男は、のそのそと立ち上がりながら返事をした。



「へい!」


「んじゃ、二、三匹狩って来るか」


「ああ、行くか」



 そう言うと、二人は道の脇の草木をかき分け、道も無い深い森を進んで行く。


 暫く二人が森を進むと、木々が少ない少し開けた場所に出た。


 すると、ベックが何かを見つけて立ち止まった。



「おい、止まれ」


「お? 何だ?」


「わかんねぇ、熊じゃ無さそうだが……」



 二人は肩を寄せあってそれを見る。



「あれ、人じゃねえか?」


「そうみたいだな、死んでるのか?」


「見てみるか」


「ああ」



 そう言いながら、男達はゆっくりと近づいた。



「何だこの男……」


「寝てるのか?」



 一人が剣の鞘で仰向けに倒れている男を軽く突く。



「ああ、気絶してるみたいだな」


「お! こいつ指輪してるぞ!」


「マジかよ! 首輪もしてやがる!」


「貴族か⁉ 腕輪もあるぞ!」


「いや、貴族はこんな服着てねえだろ?」


「何でもいいや! 貰っちまおう!」


「ああ!」



 男達は気絶している男から首輪や指輪を奪ってしまった。



「これを兄貴に渡せば、うちの兄貴もボスに顔が立つんじゃねぇか⁉」


「ああ、売り捌けばかなり金になりそうだしな!」



 男達はそう言いながら、奪った指輪や首輪を陽の光に翳している。


 そして倒れている男を見下ろした。



「でもよ、こいつの服どうなってんだ?」


「見かけない格好だけどよ、どこから来たんだ?」



 不思議そうな表情で男を見ていたが、一人がふと何かに気付いて辺りを見廻した。



「それにしちゃ荷物が見当たらねえぞ?」



 そう男の一人が言うと、もう一人も辺りを見廻した。



「そうだな……荷物も無いって事は、何かに襲われてここまで来たのか?」


「ああ、この辺りじゃ熊か大トカゲだろうな」


「まあいいや、身包み剥がして持ってこうぜ」


「おうよ、命を盗らないだけマシだと思ってくれや」


「だなーっ、くっくっくっ」



 そう言うと、男二人は倒れていた男の服を奪ってしまった。


 服だけじゃ無く靴下もだ。



「こいつ、靴履いてねえぞ?」


「ああ、逃げてる時に脱げたんだろうな」


「そうか、何だかこうなると哀れだな」


「知ったこっちゃねーよ、くくくっ」


「ちげぇねえ、くっくっくっ」



 男は顔を見合わせると声を殺して笑った。



「おい、この下着はどうする?」


「何だか変な柄だな」


「ああ、見た事ねぇ柄だな……ま、こいつも戴いてくか」


「おう、珍しいもんは金になるからな」



 遂に、倒れていた男は素っ裸にされてしまった。


 ええ、ご想像通りです。


 はい、気絶してた俺ですよ。



「よし、これで暫くは楽が出来るぞ!」


「兎なんて狩ってる場合じゃねえ、早く戻ろうぜ!」


「ああ!」



 意気揚々と男達が兄貴の元へ戻ると、早速それらを見せて話した。



「おお! 何だこりゃ!」


「凄い品でしょ⁉」


「ああ、見た事もねえ! この指輪なんて、金でも銀でも無さそうだ!」


「しかも、この服見て下さいよ!」



 そう言って服を見せると、残っていた奴らは更に驚いた。



「何だこりゃ……この生地、何処の国のだ……わかんねぇ」


「でしょう?」


「それにしてもでかした! おめえら、急いで帰るぞ!」


「へい!」


「ボスに見せたら褒美をたんまり貰える筈だ!」


「でも、兄貴……」


「ん、どうした?」


「ボスに渡したらそれっきりなんじゃ……」



 男の一人がそう言うと、もう一人もそれに同意した。



「お、俺もそう思う」


「お、俺もだ! あんな若造に兄貴が遜る事はねえっす!」



 すると、兄貴と呼ばれる男が呆れた表情で子分達を見る。



「おめえらな、ボスの恐ろしさ知らねえから、そんな事言えんだよ」


「そうなんですか?」


「ああ、俺は絶対にボスには歯向かわねえし、裏切らねえ……そう決めてんだよ」


「そ、そうっすか」


「兄貴がそう言うなら、俺らは兄貴を裏切りませんよ!」


「そうしてくれると嬉しいが、そんな可愛いお前らにこれだけは言っておく」



 そう言われた四人の子分たちは、息を呑んで兄貴の言葉の続きを待った。



「俺をいつか裏切る事があっても、生きてく為ならそれは仕方ねえ。だけどよ、生きたかったら、あのボスを裏切る事だけはすんな。これはお前らの事を想っての忠告だ」



 そう言って四人を見渡した。



「へ、へい」


「兄貴がそう言うなら……」


「ああ、俺もっす」


「分かりゃそれでいい。急いで戻るぞ!」


「へい!」



 男達は街へ向かって足早に去って行った。

 


 ♢



 どの位気を失っていたのかは分からないが、その時の俺は夢を見ていた。


 冷えた身体を温めようと露天風呂に入ったら、それが冷たい水だったというおぞましい夢……。


 だが夢を見るって事は、脳内の処理が終わり、通常の働きをし始めたという事だ。


 この辺りは温暖な気候の様だが、それでも素っ裸は色々と支障がある。


 俺の身体は状況に合わせて、瞬時に適応能力を発揮するのだが、それでもそよ風が当るだけで体温の変化を感じるのだ。


 しかも、小さな虫が身体を這うだけでくすぐったい。


 ハッと目を開けると青い空が広がっていた。



「ヤバい! 寝ちゃったのか⁉ って……ここは?」



 上半身を起こして辺りを見廻すと、見た事も無い木々が生い茂っている。


 だが既に脳内へこの世界の情報が、幾つもダウンロードされている様だ。 


 木々や大気の成分などを脳内では理解している。


 きっとこれまでの世界とかけ離れていた為に、その情報量が多過ぎて一時的に脳がシャットダウンされた様だ。


 そして、地面に手をついて立ち上がる時に、身体の異常にハッと気づいた。



「な、何でっ⁉」



 裸だ。


 すっぽんぽんだ。


 そう言えば、イーリスと初めて会った時も、あいつ殆ど裸だったよな!


 そうか……異世界転移って、服とかは消えちゃうのか⁉


 しかも、沙織さんに貰ったネックレスや、悠菜の指輪もセレスの腕輪も無い!


 服だけじゃ無くて、身に着けてたものが全て消えちゃうのか!


 俺は何も身に着けていない身体を見回すと、その場で呆然と立ち尽くしてしまった。



「うわぁ……あれを失ったのはショックだわ……」



 例えようも無い喪失感が襲って来た。


 あれを失くしちゃうとは……。


 沙織さん達の事を思い出すと、じわっと涙が溢れて来る。


 ホントにこれが最善の選択肢だった訳っ⁉


 あれを失くしちゃったら帰れないじゃん⁉



「ま、マジかよ……」



 こうなったら、ここで絶対にイーリスを探さないと、俺は永遠にこの世界から出られないって事か?


 しかも、イーリスって一か所に留まる事が無い、漂泊者って伝説があるんだよね⁉


 このままこの異世界で生きてかなきゃいけないのかっ⁉



「ヤバいじゃん……」



 そう思って呆然と立ち尽くした時、ふと頭の中に聞き覚えのある声が響いた。


 

『それは無いから』


「えっ⁉」



 半ば呆れた様に呟いた声が確かに聞こえた。


 そしてその声は沙織さんに似ている。


 慌てて辺りを見廻すがやはり人の気配は無い。


 明らかに頭の中に直接声が聴こえたのだ。



『あーっ! やっと聞こえたーっ!』


「な、なにーっ⁉」



 脳内レーダーで辺りをサーチしようとすると、また頭の中に声が響いた。



『ちょっと待って、今投影してみるから』


「え? 投影?」



 俺がそう訊き返した時、目の前にパッと沙織さんが現れた。


 しかも、今の俺と同じく素っ裸だ!



「さ、沙織さんっ⁉」


『ざんねーん、ルーナじゃないよー?』


「え……?」


『この姿が一番好きでしょ?』


「は?」


『だからこれにしたー』



 こ、こいつは何を……。


 だが、裸の沙織さんは嬉しい!



『あーそうそう、元の世界には普通に帰られるけど?』


「え?」



 そう目の前の沙織さんはそう言うが、何だか雰囲気は彼女と違う。


 それどころか、明らかに俺の中に何かが居るっ⁉


 脳内のレーダーにはこいつの存在が表示されていないのだ。



「なっ⁉ 誰っ⁉」


『誰って……今更?』



 今更って言われても、思い当たる節が……あった!


 俺の意識とは別に色々と模索したり計算したり、瞬発的に身体を動かしたり?



「もしかして、俺の中で色々してた⁉」


『色々してたって……それじゃ変な人みたいでしょ』



 そいつが呆れてそう言うが、俺は得体の知れない存在に恐怖を感じていた。



「だ、誰なんだよっ⁉」


『誰って……本気で訊いてるんだ?』


「うんうん、真面目に訊いてる!」



 すると、一瞬、間を置いてから声が響いた。



『んー、元の世界ではアニマって呼ばれてるみたい』


「アニマ? それがどうして俺の中に居るのっ⁉ いつから居るのっ⁉」


『いつからって……生まれてからずっとですけど?』



 いつの間に俺の中に入ったのか、さっぱり見当がつかない。


 生まれてから入ったって事は、異世界のパラサイトとかっ⁉


 や、ヤバくね⁉



「う、生まれてからって……あんたが?」


『あんたがって、それは無いでしょー? しかも、パラサイトって酷くなーい? 生まれてから、私もずっと一緒に居たんだけど?』


「え……俺が生まれてからずっと?」


『そうだよ? 私はハルトの一部なんだもん』


「一部って、やっぱ寄生してるのかっ⁉」


『寄生って! 何を馬鹿な事言ってんの⁉』



 そいつは分かりやすく声を荒げた。



「あ、違った?」


『違うよっ! 簡単に言うと、私はハルトの神経組織でもあるんだから!』


「神経組織⁉」


『それだけじゃ無いんだよ⁉ 魂の一部だし!』


「た、魂の一部って……」



 神経組織とか魂とか……こいつ何言ってんの?



『でも、ここまで覚醒出来たのは最近だけどね~』


「覚醒って……あ、俺の覚醒?」


『最初からそう言ってるじゃない。私はハルトの一部なんだから』


「そ、そうなんだ……」



 そう言われても、アニマってのが分からないし。


 でも、俺の一部だって事は間違い無いのか?



『でも、私の声がやっと聞こえたみたいね。昔から毎日話しかけてたんだけどね』


「そうだったんだ⁉ な、なんかごめん!」


『あ、謝らないでよ! 私はハルトの一部なんだってば!』


「そ、そっか……」


『それに、いちいち声に出さなくても、自分の頭に直接語り掛けたら良いんだし』


「あ、そうなんだ?」


『そりゃそうでしょ、てゆーか、一心同体って奴?』



 そうか、声に出さなくても俺の意識の一部であれば、頭の中で会話も出来る筈だ。



「そう言えば、アニマの姿や声って沙織さんに似てるよね?」


『あーだって、ハルトが好きな人だし? だからルーナの声と見た目を使ってるんだけど?』


「そ、そうだったのか!」



 確かにこの声は大好きだ。


 ただ、話し方は沙織さんとはかなり違う。


 見た目は沙織さんなんだけどな……素っ裸の。



「でも、何も裸で出て来る事無いじゃん」


『何よ、ハルトの好きな姿でしょ? 私には隠す事出来ないんだよ?』



 そうか、こいつは俺の一部だから気持ちすら隠せないのか。



「そ、そうかもだけど、目のやり場に困るから何か着てくれ」


『分かったよー。全く、いつになったらチェリーを卒業するのかしら』


「う、うっせーよ」



 アニマはいつの間にか、沙織さんが良く着ていたタンクトップと短パンを身に着けていた。



「その服……沙織さんが着てた奴だ」


『そうだね~、この姿も好きでしょ?』


「ま、まあ……」



 その服装に限らず、俺は沙織さんが何を着ていても好きだけど。



『で、推測だけどー。ハルトが裸なのはこの世界の人間に奪われたからだよ』


「マジでかっ!」


『うん、多分ね~。ネックレスもリングもブレスレットもー』


「くっそーっ!」


『どうする? 奪い返す?』


「そ、そりゃ返して貰いたいさ!」


『あーまあね。思い出の品だからねー』


「あ、ああ」



 やっぱり一心同体だけあってその辺は理解しているのか。


 だが、取り返しに行くにしても、素っ裸なのは色々と問題が多い。



「でも、裸なのもヤバいよな……」


『奪った人は二人。今はちょっと離れた街の方に居るみたいよ』


「そんな事も分かるのか⁉」


『ちゃんと二人のステータスは保存してあるから』


「いつの間にっ⁉」


『あの時はハルトが寝てても、私の方で何とか記憶は出来てた』


「そうか、ありがとう!」


『容姿は確認出来て無いけど、ログは残してあるから』


「で、そいつらは街の方か……でも、素っ裸じゃどうしようもないな」


『問題はあるね』



 改めて見回すと、辺りは日も傾き、空は夕焼け色に染まって来ている。


 こんな場所で夜になるとかなりヤバいだろう。



「こんな状態で夜になるとか……俺、終るんじゃね?」


『まあ、その気になれば一度元の世界へ帰ればいいし』


「いや、ネックレスも無いし奪われた物を取り返さないと!」


『街へ行くんだ?』


「ああ、先ずは人を探すか」



 こんな森に人なんて居る?



『道を検索してみるよ』


「そうか! 道は街に続いている筈だ! 頼む、アニマ!」


『はいはーい。ハルトにも見易い様に、サーチ画像を目の前に広げるよー』


「ああ!」



 全ての道はローマに通ず――だっけか?


 勿論ローマは無いだろうが、何処かに街はある筈だ。



『展開したからハルトも見てみて』


「あ、サンキュー!」



 俺は脳内サーチ画面で辺りを検索してみる。


 サーチ画面は前よりも見やすく、少しバージョンアップされている様だ。


 そしてその画面の中程、すぐ近くに道らしきモノがあった。



「おお! こっちか!」



 俺は木々を避けながら急いで道へ出て来た。



「おおーっ! アニマ、道だ!」


『あー、うんうん』



 だが、これはかなりの田舎道だ。


 舗装がされている訳でも無く、所々が窪んでいたりと酷いものだ。


 それでもよく見ると、車が走った後の様なわだちがある。


 タイヤでは無く、もっと細い車輪……恐らく荷車の様な物が走った後だろう。


 それでもこの跡は人が居るって証だ。


 取り敢えずは着る物を何とかしないとな。


 脳内サーチして見ると、辺りの地形マップに建造物が幾つもある場所がある。


 距離にして七キロ程か?



『その街にほら、二人のログがあるよ』


「このログが奪った奴らか……よし!」



 その方向を見て走ろうとした時、脳内レーダーが何かを察知した。



『待ってハルト、何か来る』



 何かがこちらへ向かっているのだ。



「何だ?」



 速度からして、普通の人が歩いている訳では無さそうだ。



『車にしては遅いと思うけど……』



 向かって来る方向を見て暫くすると、大きな動物が荷車を引いてこちらへと向かって来ている。


 ガラガラと音を立てながらこっちへ来るモノを見て、俺は一瞬固まった。



「あれって、馬?」


『この世界では馬車馬って呼ばれてるみたい』


「それって、地球でも同じじゃん?」



 頭部は見覚えのある馬の様だが、その体型はずんぐりとしていて随分と大きい。


 すると、手綱を握っていた男が俺に気付いた。



「な、何だっ⁉ 人か⁉」



 そう言って男が手綱を引くと、馬車が速度を落として停まった。


 男が発した言語は日本語とは程遠いが、俺の脳は彼の話す言葉が理解出来る。


 恐らく、ここへ来た時に脳内へとインストールされたのだろう。


 便利な身体じゃん!


 やっぱハイブリッドって凄いぞ!



『あたしがやったんですけど?』


「あ、そうなの?」


『そーよ』



 アニマがやれやれと頭を傾げる。


 すると、馬車の上から男が叫んだ。



「何だお前っ!」



 男が身を乗り出して、驚いた表情で俺を見ている。



『この人、かなり驚いてるみたいよ?』


「アニマが美人だからじゃん⁉」


『私は他の人に見えないの! ハルトが裸だからでしょ!』


「あ……」



 アニマがそう言って彼のステータスを俺の脳内に表示した。


 あー、この精神異常って、マジで俺に驚いてるんだよね?



「あ、ちょっとすみません!」



 人と会えた嬉しさに思わず声を掛けてしまったが、今の俺って真っ裸じゃんね?


 しかも、俺が話したのは日本語だ。


 この人に理解出来る筈無いじゃん!



「な、何語だ⁉ それは何処の言葉だ⁉」



 やっぱりこの人には理解出来ないかーっ!



『ちょっと待って、直ぐにこの言語を発音習得するから』



 アニマが脳内で目まぐるしく何かを構築し、直ぐにその男の言語を習得した様だ。


 言語理解させた時に話せる様にして置けば良かったのに。



『何か?』


「あ、いえ! これでいいの? 僕の話してる言葉、分かります?」



 そう言って恐る恐る男を見るが、彼は不安そうな表情で俺を見ている。


 慣れるまでは発音が難しそうな言語だ。



「言葉? お前、何言ってんだ?」


「おおーっ!」



 どうやら通じたみたいじゃん!


 俺、やりましたよ!


 異世界の人に話しかけられましたよ⁉



『私の働きでしょ……』



 アニマが呆れた表情でそう呟いた。



「お、お前、盗賊にやられたのか⁉」


「え? 盗賊? いえ、服が消えちゃって……」


「はぁ? お前、何言ってんだ?」


「ですからね、目が覚めたら、服もネックレスも消えちゃってですね」


「目が覚めたって……そりゃ、ここらで寝てたら服も持ち物も、賊の奴らに盗られるだろうよ!」


「あ……やっぱそうなの?」


「まあ、あんた、命があるだけ幸運だったな!」



 すると、馬車の中から若い女性が一人、顔を出した。



「ちょっと、モーリス? 誰と話してるの?」



 怪訝そうな表情をして、手綱を引いていた男に声を掛けると、チラッとこちらを見た。


 あ、薄暗くなっているから俺の裸も分かりにくい?



「あ、メリルさん! すみません、突然道に出て来た奴が居まして!」


「こんな所で?」


「はい、そうなんです!」


「って、その人、服着て無いじゃない!」



 メリルと呼ばれたその女性は慌てて顔を背けると、隠れる様に馬車の中へ戻ってしまった。


 やっぱ気づいちゃいました?


 そして、馬車の中で話す声が聞こえる。



「えっ、裸だって⁉ それって、盗賊にやられたんじゃない?」


「あっ! じゃあ、この近くにまだ居るかも⁉」


「そ、そうよっ!」



 馬車の中で女性二人がそう話していたが、馬車の中から外の男に叫んだ。



「モーリス! すぐに馬車出してっ! お嬢様は顔を出しちゃダメです!」


「あ、はい!」



 モーリスと呼ばれた男が慌てて馬に鞭を入れると、馬は驚いて真っ直ぐ俺に向かって来る。



「あ、ちょっと待って!」



 俺も慌てて声を掛けたが、彼は聞いてはくれなそうだ。



「モーリス、停めちゃダメーっ!」


「はいーっ!」


「きゃーっ!」


「お嬢様は声も出しちゃダメですっ!」



『ハルト、避けるよ!』


 そのまま馬車が俺に向かって来るが、無理に停める訳にもいかず、俺は素早く脇へ避けた。



「うわ、マジかっ!」



 裸で動くと何かと不便だ。


 女子には分からないだろうが、男子にはよく分かるよね?


 フル〇ンだとペタペタと太ももに当たるんですよ。



「もっと早くーっ!」


「はいーっ!」



 そんな声を上げながら、馬車は街の方向へと行ってしまった。



「行っちまった……」



 折角人と会えたと言うのに、こっちが裸だとコミュニケーションもとれないのか。


 モーリスって男の人とメリルって女性か……それと、お嬢様と呼ばれる人が居た様だが……。



『馬車の中に女性が二人居たね』


「そっか……」



 既に俺の脳内には、三人のステータス情報が記憶されていた。


 こうして異世界人とのファーストコンタクトは失敗に終わった。

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