第26話 全てを護る為に出来る事を
夜露さんと話し終え、部屋に戻った俺はベッドに横になると天井を見ていた。
深夜二時を過ぎている為、勿論部屋の電気は全て消した。
愛美の部屋とは大きな穴が開いているだけで、扉も敷居も無いからね。
明かりが漏れて愛美が文句言って来るかも知れないしさ。
あ、あそこにカーテンでも在ったらいいんじゃね?
そんな事を思いながら穴の方を見た。
暗闇でもこんなに見えるのか……。
目に見えるという事は、光がそのものを反射している訳だ。
その光とは太陽光であったり、人工的な明かりだったりする。
光に照らされた物体は、そのものの色として光の波長がそれぞれ違う訳だが、それが影なり色なりとして見える訳だ。
だが暗闇の中での俺は、別の能力でそれらを認識する。
目を瞑っていても辺りの様子が脳内に見える感じ。
そして殆どの場合、意識しなくてもそれらを認識し対処している。
こればかりは説明がしにくい。
俺の中に別の何かが対処している様な感覚なんだ。
フードコートで奴らを意識せずに避けた様に、目で見て避けるのでは無くて、自然と自分を保護する能力何だろうな。
何だか凄いよ、ハイブリッドって。
隣の部屋で寝ている愛美だけじゃ無く、その横に寝ているイーリスと蜜柑も確認出来る。
つーか、あいつら三人で寝てるのかよ!
蜜柑は自分の部屋あるじゃん。
そして、反対の部屋には友香さんと未来が眠ってる。
ああ、皆の精神状態も分かるからさ、寝てるか起きてるか分かるんですよ。
友香さんの部屋の向う側、その部屋に夜露さんが寝ている様だ。
朝比奈さんは一階の玄関ホールに一番近い部屋だ。
彼女も今は睡眠状態か。
皆が一斉に睡眠状態って、今まで意識した事無かったけど、何だか凄くね?
妙にワクワクしちゃってるよ俺。
いや、夜這いとかする訳無いじゃん!
でも、何かわくわくしちゃうのよ。
こんな時に温泉入っちゃう?
ガバッと起き上がると、さっき使ったバスタオルを手にしてそっと部屋を出た。
俺は脱衣場で服を脱ぐと、足早に露天風呂に入った。
「くぅううううー! 気持ちいいー!」
思わず零れた声が妙に反響して聞こえた。
だが、少し違和感を感じる。
お湯がいつもと違う?
まとわりつく様な、いつものお湯じゃない様な感じがして、そっと湯を手にすくった。
しかし、目を凝らして見てみてもその違いが分からない。
気のせいか?
だが、やはり全身で感じるお湯の感覚が明らかに違う。
すると、脳内ではリラックスを表す表記と、体内の状態が再構築される様な感じに気づいた。
更に自分のステータスを見てみると、間違いなく何かを補填と言うか充填している。
しかも、スキルらしき項目がやたらと増えている。
何だこりゃーっ!
沙織さんと最後にここで見た時より、明らかに増えている。
つーか、別物の様な変化じゃん!
これが覚醒したって事?
そして、能力を発揮する為の……なんつーか、プログラムが再構築されて簡略化までされて行く様だ。
癒しだけじゃ無くこんな効能まであるのっ⁉
もしかして、これの為に沙織さんがこれを用意してあったのか⁉
朝比奈さんや夜露さんが特別なモノだって言ってたけど、本当にそうだったのか!
愛美もそんな事言ってたよね⁉
皆がそれに気づいてたのに、俺だけ気付かなかったって訳っ⁉
……やっぱ俺って鈍感なの?
しかしそうか……この温泉って俺にとってはかなり有効なものじゃんね。
こうして浸かってるだけで、全身に活力が漲って来るような感じだ。
疲れたらここで癒されよう!
待てよ?
部屋のシャワーじゃこんな感じにならなかったけど?
下の風呂は温泉使ってるって言ってたけど、部屋のは違うのかもね。
身も心も癒された俺は、脱衣場に入ると例の冷蔵庫を見た。
そう言えばフルーツ牛乳があった!
この前はコーヒー牛乳飲んだから今回はフルーツ牛乳だ!
愛美に教えて貰ったピックで難なく蓋を開けると、腰に手をやり一気に飲み干す。
うん!
初めて飲んだけどこれは美味い!
甘過ぎず喉越しがいいじゃないか!
コーヒー牛乳は飲んだ後、口の中にねっとりとした何かを感じるが、これはそれが無い様に思う。
まあ、好き好きなのかな?
脱衣場の壁時計は午前三時を回った所だが、今の俺は眠くは無い。
あ、風呂に入ったから?
寝なくてもいい身体になったかとちょっと思ったし。
覚醒した俺の身体でも、やはり睡眠は必要な筈だ。
それでも温泉効果でかなり回復してるのかも知れないけどね。
眠る事は脳にも大切な筈だ。
その後三階へ降りた俺は、部屋の前まで来ると中にイーリスの気配を察知した。
あいつ、もう起きたのか?
扉をそっと開けて中へ入ると、イーリスが噴水の前でしゃがんでいた。
「あ、ハルト何処行ってたんだよー!」
「ああ、寝られなくて上の温泉入って来た」
「そうだったのか⁉ どうして誘わないんだよ!」
「誘うかっ!」
何だよこいつ、自分の性別分かってんのか?
まあ、こんな幼児体型じゃ何とも思わないだろうけどさ。
「む……意地悪だなー」
「そうじゃない!」
「んじゃあたしも入って来るかな~」
頭をポリポリかきながらそう言った。
「お前、もう起きるの?」
「ああ、ここの連中は寝すぎなんだよ」
「いや、普通は朝まで寝るんだけど?」
「ここの連中は、だろー?」
「あ、ああ、まあな」
そう言えばこいつ、ここへ来た頃は寝る時間短かったよな。
夜中に突然起こされたし。
でも、夕方には眠そうになったり、訳分かんねー。
「そもそも、お前もそんなに寝なくてもいいんじゃね?」
「え?」
そうなの?
覚醒したらやっぱそうなの?
「だって、寝られなかったんだろ?」
「いや、それは色々考えちゃってたからだな……」
「そーなのか?」
「ああ、マジで……」
だって、あの友香さんが俺の許婚みたいになってんだよ?
寝られなくて当然でしょ?
「エランドールではそこまで寝てる奴、滅多に居ないと思うんだけどな~」
「そうなのかっ⁉」
エランドールで暮らす人たちってあんまり知らないけど、あっちの人は余り寝ないのかな⁉
あっちの一日が、地球と同じ二十四時間とは限らないよね?
「あー、よく知らないけどなー」
「な、何だよそれ……」
こいつと話してるとどうも揶揄われてる感じがする。
「エランドールに行った事も無いしなー」
「無いのかよっ!」
「覗いた事はあるけどさーあそこの奴ら、波長が合う奴が少ないからなー」
「何だそれ……」
波長が合わないって、そりが合わないとか?
要は性格が合わないって事?
まあ、こいつの性格に合う奴って少ないとは思うけど……。
やたら上からモノ言うし?
でも、愛美とか未来はイーリスを可愛がってるからなぁ。
それって母性本能って奴なの?
「んじゃ、お風呂行って来るー」
「あー、はいよー」
そう言うとイーリスはトコトコと部屋を出て行った。
その後、俺の脳内センサーではイーリスがそのまま露天風呂へ上がって行くのを示していた。
何だか凄く察知能力にも長けて来たな俺。
そしてベッドに横になってまた天井を見た。
しかし、あいつ妙にここの生活に馴染んでない?
沙織さん達は、あいつが一か所に留まる事は無いとか言ってたけど、今のあいつはどうなの?
すっかり溶け込んでますけど?
かと言って、あいつが去る事になったとしたら、めっちゃ皆悲しむぞ?
愛美だって未来だって、勿論俺だって寂しく思うだろうな。
だけど、そもそもあいつを召喚したのは俺らしいし、異星人の襲来が無かったらあいつはここに来なかったんだろうな。
来週末、略奪者を追い払った後はどうなるんだろうか。
あいつ、何処かへ行っちゃうんだろうか……。
何とかあいつ自身が気の済むまで、此処にいてくれる様には出来ないか?
そもそも、あいつって妹の妬みだか何だかで、ずっと次元を彷徨ってるんじゃ無かった?
それって解決出来ないもんかね?
他の家族の姉妹事情にあれこれ言う気も無いけど、あいつは今じゃ俺達の家族だしな……。
うん、来週末に略奪者の件を片付けたら、今度はあいつの助けをしてあげたいな。
イーリスは何て言うかな……。
余計なお世話とか言うのかも知れないけどさ。
あいつ、妹に会えないから寂しいんじゃないって言ってたじゃん?
それって、寂しいってのは間違いないんだよね!
妹に妬まれたりしてるから寂しいのかも?
俺に何が出来るか分かんないけど、来週末に宇宙船追い払ったら、時間作って愛美や皆と話し合ってみるか。
てか、今何時だよ。
午前三時半過ぎか……全く眠く無いんですけどっ⁉
興奮してるって事?
脳内で自分の状態を探ってみるが、精神状態も身体も問題は見当たらない。
睡眠の必要性が温泉効果と相まって薄れたとか?
目を瞑ってみるが、然程変化はない。
これって疲れてもいないのに、目を休めている感じなのかな?
あ、もしかしたら脳を休めるって事が出来ないかな?
何かの本で見た事がある。
寝ていても脳は動いてる時があるって?
人体は睡眠によって脳の情報整理を行うとも書いてあった。
睡眠にも数種類あって、身体を休めるだけでなく、脳を休めたり臓器を休めたりするらしい。
俺の脳は意識しなくても目まぐるしく活動している。
それを休めないとどっかでしわ寄せが来るかも?
そう思うと、何だか不安になって来る。
意識して脳を休めようとしてみる。
フッと何かが消えた様な感覚が襲った。
な、なにっ⁉
すると、直ぐに感覚が消えてしまった。
もしかしたら今の要領かな⁉
でも、俺は意識しなきゃ寝る事も出来なくなったの⁉
その後、ベッドであれこれ試す内に要領が掴めてきた。
意識して脳の処理を切っても、すぐに何かを察知した場合は自動的に覚醒するって事だ。
これは人間の条件反射と似ている。
頭に何かが落ちて来た時、無意識にそれを避けるよね?
そんな感じと似てる。
大きな違いは、目で見たり耳で聞こえた情報だけじゃ無く、それとは違う何かを察知する能力は、常に働いている事が多い様だ。
五感の他に幾つかの感覚が発達したんだろう。
空中高く跳んだ時も、その感覚が幾つかの対処方法を探りだしたしな。
それを意識しなくても最善の方法を、身体が無意識におこなっている様だ。
瞬間的に反重力とか異常でしょ?
やっぱ、俺って凄くね?
もしかしたら空も飛べるんじゃ無いの⁉
俺はガバッとベッドを飛び起きた。
や、やってみちゃう?
バスローブじゃヤバいな。
俺はクローゼットからジーンズを引っ張り出して履いた。
そしてTシャツを着るとふと考えた。
前に空を飛んだ時、めっちゃ寒く感じたからだ。
パーカーだと風圧凄そうだから、フードは無い方が良いかな?
トレーナーを着こむと部屋の中じゃ流石に暑い。
だが、俺の身体はそれに瞬時に適応した様だ。
今は暑さも感じない。
んー、これって日本の四季を感じれなくなったのか?
冬は寒くて夏は暑い。
そんな風流的な何かを失った?
でも、まあいいや。
俺はそっとベランダへ出て夜空を見上げた。
先ずは高くジャンプ……。
あ、でも上の屋根に当たらない様に……。
そう思って思い切り前方へ跳んだ。
ブワッと身体が夜空へ飛び出すと、俺は既に家の敷地を飛び出していた。
下には他の家の屋根が見える。
上空二十メートル程だ。
そこで反重力を働かせ、その場停止した。
空飛ぶって難しいぞ!
運動エネルギーをどうやって作るかが問題だった。
空中停止は出来てもこれからどうすんだ?
暫く考えたがいい案が浮かばない。
あ、加護を遣って考えてみる⁉
俺は無意識にネックレスを触ると沙織さんを思い浮かべた。
フッと脳内に幾つかの手段が浮かび上がった。
その内の一つは重力変換があった。
要は地球の重力を運動エネルギーに変換するらしい。
更に見てみると、大気圧を変換するものもあった。
い、色々あるみたいですよ?
それらのリストを見ていると、不意に左手の指輪が共鳴した。
何だ?
見た目は変化は無いが、ステータスログが上書きされていた。
能力リミッターの幾つかの項目は既に外れているが、新たに何かのリミッターが外れた様だ。
取り敢えずは空を飛ぶ手段を、俺の脳内では幾つかリストアップした様だ。
こうなった俺の能力は計り知れない。
俺ですら分からないんだもん。
意識して空中を移動しようとすると、無意識に何かの能力を発揮した様だ。
身体がグンッと移動を始めた。
うわっ!
俺、飛べそうだぞ⁉
そのまま更に上空へ移動しながら前方へ飛んでみる。
おおーっ!
飛んでるー!
うっひょーっ!
脳内のログでは大気圧と重力を利用している様だが、その仕組みなど分かる訳無い。
だがこうして思い通りに飛んでるじゃん!
これだけでテレビ出ちゃえない?
あ、いや、そんな気も無いけどさ。
ちょっとは自慢したくもなるでしょ?
沙織さん連れて来たら喜んでくれるかな?
世間にバレたら大騒ぎになる事位分かってますってば。
そんな事を考えながら自由に空を飛んでいた。
かなり慣れたぞ。
飛行機と違って加速Gとかは無意識に相殺している。
いや、加速Gも変換して運動エネルギーにしている様だった。
あちゃー、めっちゃ便利な身体になっちゃって……。
調子にのって色々試してみると、かなりな速度で飛べる事が分かった。
そして、大気が薄くなると重力任せの飛行能力になる様だ。
何処まで上がれるか試してみると、上空百キロメートルに達する頃に、地球の大気が無くなったのだ。
その時はかなり焦った。
服は凍って硬くなるし、目は開けてられなかった。
調子に乗ってしまった事をヤバいと後悔した時、思いがけない収穫を得た。
大気が無くなった事に、俺の身体が対応しようとしたのだ。
俺自身は焦っていたが、俺の能力はその対処方法を、即座に弾き出していたのだ。
重力も極端に少なくなって、既にここに大気も無い。
その時の運動エネルギーは、何と太陽エネルギーを使用していたのだ。
ソーラー対応ですか⁉
いや、どうやら太陽光ではないっぽい。
しかもね、大気が無くて呼吸が出来ないじゃん?
高く飛んでる内に、俺ったら呼吸するの忘れてたんだよ。
踏ん張って飛んでたせいか息を止めてたんだけどね、そのまま呼吸しなくてもいいかなーって。
苦しくないんだもん。
体内では呼吸の代わりに、何か別の能力を代用していた様だけど、これも凄い発見じゃんね?
もしかしたら海の底まで泳げるかも?
もしかしたら水圧を変換して潜って行くとか?
夢があるなー、俺の身体。
そして、地球は丸いです。
そして、青いです。
見上げると月が見える。
そう言えば、あそこに生物反応あったんだ!
でも、行ける訳無いし……今日の所はほっとこう……。
行ける日が来るとは思えないけどさ。
何が居るんだろうね。
そしてゆっくりと降下を始めた。
めっちゃ綺麗だ。
沙織さんにも見せてあげたい。
でも、俺には友香さんが居るのか……。
友香さんを連れて来たら喜んでくれるかな?
寒さに耐えられないかもなー。
まだトレーナーの表面が凍っている。
ここまで下がっても氷点下かよっ!
やっぱ、地上が過ごしやすいって事かー。
下を見ると光り輝く日本列島が見える。
あの形……光る龍みたいじゃん!
そして地表へ向けて更に降下すると、見覚えのある地形が拡がって来た。
勿論実際には真っ暗な街並みではあるが、俺の能力はそれらを視力だけじゃ無く、脳内センサーで感知している。
そんな感じで暫く上空を飛んだ後、俺達の家の真上まで戻って来た。
そして、生垣の上にある幾つもの機械に気付いた。
あれは俺の家にもある機械だよな?
生垣の上まで来ると空中停止してよく見てみる。
あーなるほど!
詳しい仕組みは分からないが、やっぱりこれはある種のセンサーだ。
そしてこいつは磁場も流している。
全てが連動して働いている様だった。
やっぱ凄いよ、エランドールの技術って。
前に見た時は想像も出来なかったが、俺の脳内ではこれらの機械を理解している様だ。
これが覚醒か……。
空飛べるとか皆びっくりだぞ⁉
愛美を連れて行ってやっても喜ぶだろうな。
まあ、飛行テストは無事終了!
思いがけない発見もあったし、成果は絶大だったな。
俺はベランダへそっと降り立った。
ベランダからそっと部屋に入ると、噴水前にイーリスがしゃがんでいた。
「お、イーリス風呂あがったのかー?」
そう声を掛けると、彼女はビクッとして俺を見てすぐに立ち上がった。
「あーっ! お前何処行ってたんだよ!」
あ、もしかして俺を待ってた?
「ああ、ちょっと飛行訓練?」
「は? 飛行ってお前、ここの空飛べるのかっ⁉」
イーリスは驚いた表情で俺に駆け寄って来た。
「まあね~試してみたら飛べた!」
「何だそれっ! 凄いじゃんか、このやろー!」
「だろだろー?」
やっぱりイーリスでも驚くんだ?
でも、こいつがこんなに驚くとは意外だな。
「でもさ、空は目立つから気を付けろよー?」
「え? どういう事?」
「どう言う事って……お前なぁ」
「何だよ」
「空飛んでたら、誰かが見上げたら丸見えじゃんか」
「あ……? でも確かにそうかも」
さっきは夜空だったから目撃者は居ない筈だが、昼間だと注目の的だろうな。
今度からは注意しよう。
だがこいつ、着眼点が違うと言うか何と言うか……。
「ま、撃ち落されない様にするんだな」
「そんな事する奴いねーだろ!」
「そうかー?」
こいつは何処まで本気で言ってるのかが未だに分からん。
「それにしても随分成長したなー」
そう言いながらイーリスが俺をまじまじと眺めている。
イーリスにも俺の変化が分かるのかー。
まあ、俺が一番驚いてるんだけどね。
「やっぱそう思う?」
「うん、最初に会った時と比べたら別物だぞ?」
「そっかぁ」
何だかイーリスにそう言われても、あまり実感が沸かないけどね。
「無事に覚醒したお前に、あたしの特殊スキル授けてやるか」
「は? 特殊スキル?」
「ああ。だけどこれ、単独では発動出来ないから、お前の盾に付加してやる」
「これに?」
俺は左手の指輪を触った。
「ちょっとこっち来い」
そう言うとイーリスが俺の手を引いて、ベッドの横まで歩いて行く。
「何するんだ?」
「黙って目を瞑ってろよ」
「あ、ああ」
言われた様に目を瞑るが、俺にはイーリスの姿も部屋の中も把握出来ている。
だが、今は大人しくイーリスに従ってみよう。
彼女はそのまま俺の手を握っている。
だが、ふと気づくとイーリスの姿が、いつもの姿とはかけ離れた、綺麗な大人の女性の姿をしている。
慌てて目を開けるが、目で見た感じはいつものイーリスだ。
「あ、こら、目を開けるな!」
「あ、うん」
また目を瞑ってイーリスを感じ取ると、やはり別人なのだ!
その人のオーラは七色に光り輝き、まるで光り輝くビーナスの様だ。
な、何だこいつ!
これが本当のイーリスの姿なのかっ⁉
すると、ゆっくり俺の手を自分の胸に当てた。
急に俺の中にイーリスが入って来るような感覚になる。
これって、沙織さんや悠菜がした様な事?
手に触れている触覚ではイーリスの胸はぺったんこなのだが、俺の中にある別の感覚では、確かに膨らみと温かみを感じている。
何だろ、これは……。
すると、イーリスが祝詞を唱え始めた。
その言語は今まで聞いた事も無く、新たに俺の中にインストールされている感じがした。
「暫くしたらハルトにも理解出来る祝詞だから心配するな」
「そ、そうなんだ?」
「ああ。あ、まだ目は開いちゃダメ!」
「え、あ、うん」
すると、唇にその人の唇が重なって来た。
な、何だとーっ⁉
間違いなくイーリスな筈だが、目で見てたあの姿では無い。
そしてその人の唾液から採取したのだろう。
俺の中のイーリスの情報が目まぐるしく変化していく。
同時に俺のスキルにも変化が起こった。
盾の能力が格段にアップデートされたのだ。
「これでオッケー!」
そう言われて目を開けるが、声にならずにイーリスを見る。
やはり見覚えのあるいつもの姿だ。
「これでハルトの盾にあたしのスキル付加出来たぞ!」
「お、お前……あの姿……」
するとイーリスが驚いた様に俺を見上げた。
「な、お前っ! 何を見た!」
「何をって、七色に光る女の人……」
「あちゃぁ……お前そんな事も分かるのか⁉」
「それじゃ、あれはお前の姿かっ⁉」
「あー、まあな」
あんな容姿じゃ妹に妬まれるのも納得出来る気がする。
「めっちゃ綺麗じゃん!」
「うっせーんだよ、馬鹿ハルト! そんなの何の意味も無いんだよ」
「そ、そんな事……」
だが、イーリスはその自分の容姿を恨んでいるのかもな。
俺はそれ以上何も言えないでいた。
「まあ、あたしのその姿を見たのは、エランドールじゃ……ルーナだけかな?」
「そうだったんだ……」
「ま、この姿気に入ってるからこれでいいじゃん!」
そう言ってクルッと回って見せた。
やっぱりこいつの悩みを早く何とかしたい。
妹とのしがらみだか何だかを解決してやりたいな……。
「それよりも、ハルト」
「あ、なに?」
「昨日の夜に対策案とか言って、あたしに話してたじゃん?」
「ああ、あれな」
「その時に、今渡したスキルがめっちゃ遣えるぞ」
「そうなのかっ⁉」
「ああ、盾にあいつらが触れる瞬間に、あたしのピーンが欲しいんだろ?」
「その、ピーンってのがよく分かんないけど?」
「時空の歪を展開するんだよ!」
「ああ、それそれ!」
「だろー? 盾に付加してあるから、発動がめっちゃ楽だぞ?」
「そう言う事?」
「そう言う事ー」
そうか!
盾に触れたと同時に、イーリスのスキルで時空歪に一旦奴らを停めて、すぐに盾の裁きを発動して反作用させる……のかな?
これで良いのなら、何も来週末まで待つ必要も無いじゃん⁉
いや待て、加護を遣ってもう一度対策案をリストアップしてみるか!
「イーリス、もう一回加護を遣って対策案考えてみる」
「ああ、あたしのスキル付加がどう遣われるのか見てみろ」
「ああ」
何だかんだ言ってこいつはすぐ理解出来たようだ。
やっぱ、実際は凄い奴なんだろうな。
見た目がこんなだから惑わされちまう。
そんな事を思いながらも、ネックレスに触れながら意識を集中する。
すると、簡単に対策案がリストアップされた。
一度やった事だからか、かなり時短になっている様だ。
リストを確認すると、最初に出て来たのはやはり昨日の夜に見た奴の進化版だ。
アップデートされた盾の守護と加護だけで事足りる。
何だか急に簡単になって無いか?
「あのさ、イーリス」
「ん? どした? 変化あったのか?」
「サクッと済まして来ていい?」
「は?」
「いや、何だか今すぐに出来そうなんだけど?」
「今すぐって、あたしはどうしたらいい⁉ ピーンは?」
「あ、それなんだけど、俺が試してみて駄目だったら助けてくれる?」
「え……一人でやるっての⁉」
「うん、やってみる」
「お前……まあ、分かった。やってみ?」
「よし!」
俺はベランダへ出ると、躊躇なく飛び降りた。
「うわっ、ハルト!」
自由落下に身を任せ、地表寸前で無意識に重力を相殺すると、フッとその場で静止した。
そして、そっと庭へ降り立つ。
直ぐにイーリスが庭へ降りて来たが、こいつは捻じれた空間から姿を現した。
「お前なー、唐突過ぎるんだよー」
お前に言われるとは……。
「あ、ああ。まあ、見ててくれ」
「分かった!」
よし、やってみるぞ。
目標は二十二隻の大型宇宙船。
俺はネックレスに触れながら、無意識に沙織さんに祈りを捧げる。
あの人のお陰で俺はここに居る。
そして、今こそその恩を胸にみんなを護るんだ。
次第に全身にジンジンと何かが巡る感覚がして来る。
そして俺の身体には、フッと幾何学模様が浮かび上がった。
さらに指輪が共鳴し出すと、全身で沙織さんと悠菜の存在を感じた。
二人がいつも俺の中に居る……。
≪レフコクリソスアスピダ・カイ・スリーアンヴォスポース≫
この祝詞の意味をいつの間にか俺は理解している。
守護の盾にルーナの加護を付加して、状況に応じて能力を変化させる祝詞だ。
その防御能力や盾の裁きを数百、数千万倍にまで上昇させる。
左手のリングと首のネックレスが共鳴する中で、俺の身体全身がそれに併せて光を放った。
その瞬間、ブワッと俺の盾が地球を中心に広がったのを感じた。
俺の盾には攻撃して来たモノに、相応の裁きを与える能力がある。
それを利用して、当たった瞬間にイーリスのスキルで時空に一時停止させ、その運動エネルギーを反転させる。
要は、向かって来たその速度でそのまま返すのだ。
いずれ宇宙船は発射した所へ帰るだろう。
間もなく、時間を超越した速さで広がった盾が、遠い宇宙空間をこちらへ向かっている宇宙船隊を捕らえた。
最初に触れた宇宙船が音も無く静止した次の瞬間、弾かれた様に反対方向へ移動を始めた。
やったかっ⁉
俺、やれたのかっ⁉
その後から向かっていた二隻目も同様、止まってすぐに弾かれた様に来た方向へ移動する。
そうして次々と大きな宇宙船が帰って行く。
おおおおーぉ!
やれてるじゃん、俺ーっ!
脳内センサーでは盾に触れた奴らの状態が、今回は手に取る様に分かった。
昨日の夜に索敵した時は、盾を展開ってよりレーダー的に遣ったからな。
だが、今回は遠隔された盾とは言え、ある意味物理的に接触した訳だ。
前回よりも更に詳しく奴らの船や卵が把握できた。
宇宙船の大きさは全長が凡そ一キロメートル。
想像よりもデカいけど、これで海の水とか大気を積み込む訳では無さそうだ。
船体には特殊な装置や機械類が装備しており、恐らく海水や大気を成分分析して必要な物質を積み込むのだろう。
そしてリムーバーの卵だが、高さが凡そ二十五センチと思ったよりも小さかった。
これが孵ると成長するのに必要なモノを捕食し、状況に応じて脱皮を繰り返す様だ。
奴らが何処へ帰るのか等は分からないが、来た方向へそのまま戻って行くだろう。
送り主へ返すだけだ。
受け取り拒否ですよ。
討伐とはいかなかったけど、これでも問題は無いよね?
倒す訳じゃ無いけど、他の星へ擦り付ける訳じゃ無いし?
そうして二十二隻、全部の宇宙船を送り返した俺は、念の為にもう一回索敵を始めた。
何だか、呆気なくて心配だし。
だが、今も間違いなく奴らは遠い宇宙へ帰っている。
今夜にも太陽系を離れて去っていくだろう。
索敵が終ってフッと意識を戻すと、イーリスが傍で目を輝かせて見ていた。
「もしかして、終わったのかっ⁉」
「ああ、終わった……」
「撃退したのか⁉」
「ああ!」
「ホントに⁉」
「ああ!」
「マジか……ちゃんと確認したか⁉」
「したってば!」
「お、お……おおーっ! ハルトォおおおおーぉ!」
喜んで俺に飛びついて来た。
「うわっ!」
「凄い凄い凄いーっ!」
「ああ、イーリスのお陰だ! ありがとな!」
「あたしは
そう言うイーリスは本当に嬉しそうに、俺に抱きついたまま見上げている。
こいつ、初めてチョコアイスを口にしたみたいな表情だな。
でもイーリスが居なかったら、俺はこんな事はとても出来なかっただろう。
「いや、イーリスやルーナや、ユーナも居てくれたからだよな」
「ああ、あいつらの申し子だからなお前は!」
そう言って俺からそっと離れた。
あれ?
最初からイーリスは、俺が沙織さんに創られたって分かってたのか?
いや、最初は沙織さんの存在にびっくりしてたし、それは無いよな?
「まあ、そうか……ルーナとユーナ、セレスと母さんの子供なんだよな、俺って……」
「お前、何を今更言ってんだよー」
「ああ、そっか」
「これでアトラスの姉ちゃんや、剣の人の気もちょっとは晴れたかもな」
「そうなの?」
「前に言ったろー?」
「え?」
「アトラスの先祖は、略奪者に送り込まれたリムーバーにやられたんだって」
そんな事言ってたっけ?
何か、バーベキューの時にそれらしき話をしてたけど、あれの事なの?
「あれの事か?」
「あれって言われても知らないけどさ、まあ、二人にしたらいい気味だろうよ」
「そっか? それなら良かった」
悠菜とセレスの先祖の敵討ちとはいかないだろうけど、少しは気が晴れたかもって言うのなら、それはそれで良かったのかも知れない。
まあ、気が晴れたかもって言うのはイーリスの見解だけどさ。
俺に出来る事の一つは出来たって事だろうしね。
二人が少しでも喜んでくれたらいいけど。
それに、メアリーさん達も気になってるだろうし、愛美や蜜柑も心配してたよね。
早く安心させてあげたくなって来たじゃん!
気付くと辺りは明るくなって来ていた。
しかも、東の空は赤く染まり始めている。
もう地球の危機はなくなったんだ……。
そう思うと、沸々と嬉しさが込み上げて来る。
何だか妙に感慨深い。
赤く染まり始めた空を眺めながら俺は呟いた。
「なあ、イーリス」
「ん? どうした?」
「ホントにありがとな」
「うん……」
あれ?
こいつ、珍しくツンデレしないじゃん⁉
思わずイーリスを見てしまった。
彼女も空を見上げていたが、俺の視線に気づくと慌ててこっちを見た。
「な、何だよ! こっち見んな!」
ああ、これがイーリスだよね。
「でもさ、疑似冥界で戦いの特訓したのって、何か意味あったのか?」
「馬鹿だなー! あれが無きゃ盾も剣も、加護だって遣え熟せなかっただろー?」
「まあ、そうだけどさ」
何だか遠回りだった気がしないでもない。
だが、あれだけ地球存亡の危機とか言っていたのに、こうもあっさりと解決しちゃっうとは……。
何だか拍子抜けしたし。
「しかしお前、よくリムーバーを一人で退治出来たな!」
「でも、卵だったし? てか、退治じゃ無くて、そのまま送り返しただけだけど?」
「それだって、中々出来る事じゃ無いぞ⁉」
「そっか……。でもさ、何だかあっさり出来た気もするけど」
「お前、ちゃんと加護遣って見てみたんだろ?」
呆気なく出来ちゃって、何だか心配になって良く索敵したから間違いない。
「ああ、間違いない!」
「だったら平気じゃん? 何だか、お前を見直したよ!」
「そうか? 改まってそう言われると、何だかホントに凄いって思えて来るよ」
「ホントに凄いんだぞ? お前のやった事!」
「そっかー」
「まあ、あたしは卵があるって言うから焦っただけだけど」
そっか、こいつにはあいつらの存在は分かって無かったっけ!
沙織さんや悠菜も、略奪者の事をどっかで知ったんだよな。
一か月も前にあいつらが略奪に来るって、誰が沙織さん達に知らせたんだ?
めっちゃ凄い事じゃない?
「そっか、イーリスには分かんなかったよな」
「分かる訳無いじゃん。そいつら宇宙に居たんだろー?」
「ああ、まあね」
「ハルトから卵があるって聞いたから、あたしはそいつらが略奪者って分かっただけだよ」
「そうだったのか」
まあ、俺だってセレスに聞くまで知らなかったしな。
でも今回、俺の覚醒した能力で索敵したから、こっちに向かって来ているあいつらの存在を確認出来た訳だ。
そして奴らを無事に送り返した。
これで脅威が無くなったんだよね?
もう、ホッとしても良いんだよね?
「よし、風呂入って少しまったりして来るわ」
そう言って三階のベランダへジャンプしようとすると、イーリスが俺の手を掴んだ。
「お! あたしも行く!」
「な、何でだよっ!」
思わず中腰のまま彼女に突っ込んだ。
「何でって、何だよ」
全くこいつは……。
大体にして、セレスも沙織さんも裸のまま普通に俺に接してたけど、どうかと思うんですけど?
「あのな、普通は男と一緒に入らないんだよ」
「はぁー?」
「はぁー? じゃねーよっ!」
「そんな事位知ってるけど?」
俺の手を握ったまま呆れた表情で俺を見ている。
「あのなぁ……じゃあ、何で一緒に入ろうとするんだよ!」
何だか、突っ込むのも面倒になって来た。
「だって、お前はハルトだろ?」
「俺だって男だよっ!」
もしかして、こいつは俺を揶揄ってるのか?
「あーそう言う事? でもお前は、男ってより……ハルトだろ?」
「いやいやいや、俺は男なの!」
こいつ……完全に揶揄ってるんだな。
「でもハルトじゃん?」
「もういい。早く露天風呂に浸かりたい……」
「れっつごー!」
俺はイーリスの手を握り直すと、彼女を連れて三階のベランダへ飛び乗った。
「おーっ! 便利になったな―お前」
「はいはい」
はあ……全くこいつはどこまでが本気で、どっからが天然だか分からんわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます