第25話 略奪者が送り込んだリムーバーの卵
結局、今夜から当分の間、友香さんが
必然的に朝比奈さんと夜露さんもだろう。
西園寺会長夫妻に頼み込まれた俺は、取り敢えずは了承せざるを得なかったのだ。
愛美と蜜柑は何だか嬉しそうに部屋へ上がっちゃったけどさ。
俺にしたら、友香さんにもあんな事言われたら断れないでしょ?
まあ、昨日から暫く泊るとは言っていたが、お爺さんとお婆さん公認となり、その状況は昨日とかなり変わって来た。
公認ってか、半ば強制じゃん?
あ、いや、友香さんに告白っぽい事も言われたんだけどね。
初めて告白って言うか、あんな事言われたし?
そりゃあ、友香さんにあんな事言われたら天にも昇る気持ちだけどさ!
勿論、嬉しいよ?
問題はお爺さんだよ……。
仕舞にゃ年寄を虐めるなとか言い出すし、やっぱりしたたかな爺さんだよ……。
友香さんと暮らせるだなんて、本来なら嬉しくて近所を走り回ってるだろうよ?
でもさ、何だか付き合うとかそう言うのじゃ無いっぽくね?
友香さんに見極められるって事は、俺の審査って事じゃない?
あ、でも、途中から俺に友香さんを見極めろとか言って無かった?
てことは、友香さんのお試し期間って事?
まさかね……。
あーもう、今はどっちでもいいや!
お爺さんは四年間の猶予とか言ってたけど、来週には異星人が強奪に来るんですけど?
今の内にイーリスやウルドと打ち合わせて置きたいんですけど⁉
だから昨日から焦ってたんだけどな……。
取り敢えずは二人にも緊急事態だという事を、やっぱ話して置かなきゃいけないよね?
「実は西園寺会長。来週末の話なんですが……」
「ん? 来週末?」
「はい、異星人が地球へ攻めて来るんです」
「ああ、来週じゃったか?」
この反応は……知ってるという事かな?
「あ、聞いてましたか?」
「ああ、勿論じゃ。他国の組織もそろそろ動き出すじゃろう」
「そうなんですか?」
「じゃがな、君らのJIAでもどうにもならんよ? 元々、あそこは軍隊とは繋がっておらんからな」
「そ、そうですか……」
「CIAかMITならば政府に要請して軍が動くじゃろう。若しくはロシアの組織が、それ相応の接触を試みるかも知れん……。じゃが、日本の自衛隊は防衛庁直轄じゃからな」
「でも、今の軍隊では対応出来ないと、セレス将軍が予測しているらしくて」
「うむ、沙織さんと悠菜さんのご友人じゃな?」
「あ、はい。地球の軍隊では到底太刀打ち出来ないと……」
「しかしあの二人は、君に任せておけば大丈夫じゃと、わしらに言っておったが?」
「あ……」
そう言えば夕方、メアリーさんもそんな事を言ってたっけ……。
俺だってさ、沙織さんにそう言われたら何とかするしか無いんだけどさ。
てか、沙織さんが俺を信じてくれるから、何とかしなきゃと思うんだけどね。
あ、いや沙織さんだけじゃない。
悠菜だってセレスだって、両親だって愛美達だって俺を信じてくれてるから……。
俺は絶対に護らなきゃいけないんだ。
その為にここに残ったんだから……。
その為にも早くイーリスと相談しなきゃな。
「僕一人の力じゃ不安なんです。それでイーリスと言う名の、異世界の人に助けて貰うんですけど……」
「ふむ」
「それでもまだ不安なんです……どんな異星人が、どの位の戦力で強奪に来るのか、殆ど想像も出来なくて」
「あらゆる分野で、情報を制する者が勝利するとも言われておるからのお。情報が乏しいのは不安じゃろう」
「情報を制する……ですか……」
確かにあちらの情報が無い事には戦略も立て難い。
やつらはこっちの情報をある程度は知った上で、この強奪計画を立てた訳だよね?
てことは、かなり不利じゃね?
俺には脳内センサーがあるけどさ、一度会った人の情報程度じゃ、とても奴らの事なんて把握出来ないし……。
あ、一度触れたら把握出来るかも?
いやいや、どうやって奴らを触るんだよ……。
触れる事が出来そうな距離だと既にヤバいじゃん?
ん……ちょっと待てよ?
盾があるじゃん!
ウルドと疑似冥界へ行った時、かなり広範囲でバリアみたいなの張れたよね⁉
ウルドは浄化とか言ってたけど、広範囲に拡げた俺の盾に奴らが触れたら、そこから奴らの情報摂れない?
盾のバリアの仕組みはよく分かんないけどさ、奴らが来週末にこっちへ到着するなら、今現在かなりな距離まで近付いて来てない?
そこまでバリアが拡がれば、奴らに触れる事が出来るかも知れない!
やるだけやってみないと分かんないけどさ、このまま来るのを待ってるのも不安過ぎるし。
「西園寺さん、僕、やってみます」
「おお?」
「西園寺さんのお話のお陰で、一つ策を思いつきました」
「そうなのか⁉」
「はい、ありがとうございます。イーリスとウルドさんに相談してからと思いましたが、結局は僕がやることなので……」
「ウルドさんとやらはわしは知らんが……」
「あ、そうでしたね……異世界の人なんです」
お爺さんにそう言って、ゆっくり立つと皆を見回した。
友香さんとお婆さんが不思議そうな表情で俺を見上げている。
「そこの庭でやってみます……」
メアリーさんは不安そうな表情で見ているが、その後ろでは朝比奈さんと夜露さんが顔を見合わせていた。
「この世界で試した事無いんで、リハ無しですけどやってみます!」
俺は靴を履いてそのまま広い庭へ回り込んだ。
みんながぞろぞろと俺の後をついて来ている。
疑似冥界でバリアを張った時は、みんなを護るつもりで意識を集中した。
だが今回は違う。
奴らの位置や存在を認識する為に、レーダーらしき何かを拡げるんだ。
バリアよりももっと広く展開出来る筈!
「皆さんは近寄らずに、その辺りのテラスで見ていて下さい」
「は、はい」
「うむ」
広い庭の中程に立つと盾をイメージする。
左手の指輪と俺の身体が共鳴し、脳内ではブンッと盾が装備されたとログが流れた。
間違いない、前よりも容易に盾を認識出来ている。
よし、この前と違って護る為じゃ無く、察知する為のいわゆるサーチだ。
頭に意識を集中させ、盾が広がって行くイメージをする。
グンッと脳内に大量の情報が入って来ると、瞬時にそれを処理しようとしているのだろう、目の前が真っ白になった。
うっ!
ヤバいっ!
数千万の人間だけでは無く、その数百倍のあらゆる動植物を解析している様だった。
ま、マズい……。
処理しきれないんじゃね⁉
体中に何かが盛んに危険信号を発しているが、意識的にはどうしようもなく、ただそれを耐えていた。
ヤバいかも……?
目の前はまだ真っ白だ。
自分が何処に立っているかも分からなくなって来た……。
目を瞑っても目の前に何があるのかを、今は認識出来る様になっていた筈だが、今はそれも出来ない。
脳内センサーと言うか脳内レーダーと言うか、意識しなくても瞬時に認識出来ていた物が、今は他の処理をしていて追いつかないのだ。
イーリスだけでも呼んだ方が良かったか……。
気が遠くなりそうだ……。
イーリス……呼んだら起きて来るかな……。
そんな事を思い始めた時だった。
「馬鹿ハルトーっ! お前、何始めたんだよっ!」
急にイーリスの声が聞こえた。
よ、良かった……。
不意に安心感が俺の中にどっと押し寄せる。
イーリスと出逢ってまだ数日だが、これほどまでに彼女の出現を嬉しく感じた事は無かった。
ちっ、あの野郎……いい時に来てくれたよ……。
「イルちゃんっ⁉」
「なぬっ⁉」
五十嵐さんと、爺さんの驚いた声も聞こえた。
「何処から現れおった⁉」
「イルちゃん、また変な所からっ⁉」
イーリスが突然現れた様だ。
前みたいに時空の歪の様な空間から姿を現したんだろう。
すると、やっと真っ白な目の前が、フッと見覚えのある景色に戻った。
「おい! お前、何してんのっ!」
「ああ、イーリス……」
「な、何してんだって聞いてんのっ!」
「あ、奴らの情報を知っときたくて……」
ようやく頭のふらつきが治って来た。
「情報?」
「ああ、もうかなり奴らが近づいて来てる筈だから、それを察知出来ないかなーって」
「な、何だよそれっ! そんな事出来ると思ってんのかよっ!」
「ああ、今だって、かなりな情報入って来たぞ?」
「はあー? どうやって?」
「こうして、盾をアンテナ代わりに広げたイメージつーか、盾に触れたモノを全て把握する感じつーか……」
「あ……えーっ⁉ そんな事出来るのかっ⁉」
「いや、そんな感じで出来ないかなーって試してた」
「ぶっつけかよっ! でもまあ、それが出来たらめっちゃ凄いじゃんか!」
何だかこいつがこの分野で驚いているのが意外だけど?
もしかして俺って凄いの⁉
「だろだろー?」
「で、何処まで分かった⁉」
「んーそれがな、人間は五十億ちょい?」
「ここの人間ってそん位?」
「あ、いや、もうちょっとてか、倍近く……」
「何だよそれーっ! 半分かよ!」
「しょうがないだろー? 途中でビビっちゃったんだから」
「んだよ、ビビりハルトだなー」
「そう言うなよ……」
「でも、あたし来た時、お前、ルーナの加護発動して無かったぞ?」
「あっ! それだっ!」
ルーナの加護を同時に発動したら行けるかも?
前にも加護の発動をしてから出来たしな。
「加護発動するの忘れてたわ!」
「やっぱ馬鹿ハルトだな」
「うっせーよ!」
意識を集中する……。
そう言えば、医務室に居た時に、宇宙空間に浮かぶ地球が見えたっけな。
あれって、どう考えてもネットで見た感じだったんだけど、あれをイメージして拡げて行けばいいのか?
でも、拡げる事が出来たって、さっきみたいに目の前真っ白になったらヤバくね?
俺の頭が処理出来無くてフリーズしちゃうんじゃね?
ヤダよ?
PCみたいに固まったら……。
何とかルーナの加護で自己防衛をしつつ、情報収集をしないと俺が倒れる……。
再度俺は意識を集中した。
沙織さんを思い浮かべながら、盾を薄く広げていくイメージで……。
それがどんどんと広がって行き、地球をすっぽり包み込み、さらには太陽系をすっぽりと……。
そんな事をイメージしながら集中する。
怖いけど、沙織さん俺を護って!
すると、突然身体が火照った感覚がした。
同時に辺りが明るく光り出した。
「霧島君っ⁉」
友香さんが俺を呼んだ声が聞こえた。
どうやら俺の身体が発光している様だ。
俺は無意識に、聞き覚えの無い言語で祝詞を唱え始めた。
すると、突然頭の中にさっきの様な情報が一気に流れて来る。
だが、明らかにさっきとは処理速度が違う。
いけるっ!
段違いのスピードで、目まぐるしく解析をおこなっているのだ。
しかも、同時に数千万、いや数億の処理を行っている感じがする。
これがルーナの加護を同時発動した能力……。
頭のどこかでそう思いながらも、その処理は進んでいる。
やっぱスゲーよ沙織さんの加護!
五千を超える人工衛星を瞬時に確認出来た事に驚いたが、今も惑星や衛星の情報が大まかではあるがアップデートされている。
ちょ、ちょっと凄過ぎですけど……。
どうやら、前にバリアを張った時と違って、瞬時にかなり広範囲に広がった様だ。
準惑星となった冥王星の情報もあったのだ。
な、何だとっ!
月に生物反応がっ⁉
これって新発見じゃない?
だが、今はそれよりも見つけなきゃいけない奴らがいる!
そしてついに、頭の情報の中に宇宙空間をこちらへ向かっている、二十数個の物体を捕捉した。
「見つけたーっ!」
「おーっ!」
イーリスが目を輝かせて俺を見上げた。
「おおっ!」
爺さんもテラスの椅子から立ち上がった。
正確には二十二隻の宇宙船だが、それはかなり大きく、どうやら輸送船の様だ。
そして各船に一体の生命反応がある。
そいつは、硬そうな殻に覆われている様だけど……。
つーか、何だか玉子っぽいけど?
しかし、一隻に一体ってどういう事だ?
あれ? まだ産まれてない⁉
運転してる奴居ないって事?
「なあ、イーリス、変だぞ?」
「どしたっ! 情報摂れたのか?」
「ああ、こっちに向かってるのは二十二隻なんだけど、生物反応が無いんだよ。一隻に一つ玉子があるだけだぞ?」
「た、玉子ー?」
「うん、操縦してる奴は居ない。玉子があるだけ。勿論、そいつの生物反応はあるけどさ」
すると、イーリスの表情が明らかに変わった。
「ヤバい! そいつら本当に略奪者だぞ!」
「玉子が?」
「そいつがこっちへ着いた時に、その卵が孵るんだよ!」
玉子が孵るって?
「え? ヒナ?」
「ひよこじゃねーよ! それってリムーバーの卵じゃ無いか⁉」
「リムーバー? 何それ?」
「ああ、そう呼ばれる生き物なんだけどな。前に奴らを見た事ある」
「そうなんだ?」
どんな生き物なんだ?
あ、これこそ地球外生命体って奴じゃん?
宇宙人の存在を肯定してる人が大騒ぎするぞ?
「奴らリムーバーを放ってから略奪をしてくんだよ」
「え……」
放つってどういう事?
放牧するの?
「それがリムーバーの卵だとしたら、卵から孵っても最終的にリムーバーは自滅するんだけどな」
「え、そうなの? だったら、ほっとけばいいじゃん!」
「リムーバーが自滅する前に、お前らは全滅するだろうよ」
「なっ……」
どういう事っ⁉
人間を襲うって事か⁉
「リムーバーは食べられるモノは全て捕食して、動くものを全て攻撃するんだよ」
「あ……だから一隻に卵が一個か……」
「ああ、そいつら共食いするから一個なんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「成長した奴らはどんどん増えるしなー」
「マジか……」
「辺りに餌が無くなると、奴らは死ぬ間際に卵を産むのさ」
「それじゃ、卵だらけなるじゃんか!」
「言ったろー? 奴らは卵も食べるからな? 最終的には最後に生き残った奴が、死ぬ前に一つ卵を生むのさ」
それが強い子孫を残す意味なのか?
でも、共食いしてたら種の保存もへったくれもないよな?
「生き物が居なくなったら強い奴の卵だけが残る訳か……」
「ああ、ここの生き物をリムーバーに片付けさせてから、後で略奪者が来るんだよ」
「後でって……」
「ここでの数年後か、数十年後か知らないけどさ。リムーバーが絶滅した後な」
「そうやって増えたリムーバー同士が共食いして、生き物が居なくなってからそいつらが来るのか……」
「ああ、だから先にリムーバーを送るんだよ」
「しかも、卵だったら宇宙船の中で長期間飲み食いしなくても良い訳か」
「卵から孵っても、リムーバーは餌が無いと卵を生んで死んじゃうからな」
「何だか、凄い生き物も居るんだな……」
「でもなハルト。これ、略奪者の常とう手段だぞ?」
「そうなのか……」
だが、取り敢えずの敵は二十二体だという事か。
今の内にリムーバーの卵、二十二個だけ壊せばいいんじゃね?
でもそれを壊すのが問題かーっ!
宇宙船にあるからな……。
どうしたもんかね……。
来週末に地球圏に到着予定の宇宙運搬船二十二隻と、その中にあるとんでもない生物の卵か。
俺はテラスの皆を見回した。
「霧島君!」
「悠斗くん、何とか出来そう⁉」
「あ、うん……」
友香さんとメアリーさんが声を掛けて来たが、何と言って良いものか……。
「どうじゃ悠斗くん、攻めて来ると言う敵の情報は」
「ええ、それがですね」
俺は見守ってくれていた皆に、イーリスの知識を加えて、確認出来た事全てを話した。
信じられないだろうが、奴らがこっちへ向かっている事は事実だった。
俺でさえ今夜、自分で索敵する迄は疑心暗鬼な所も少しだけあった。
だが、今も俺の脳内データにはそいつらの情報がある。
DNAや染色体など細かな事は不明だが、宇宙船の卵は確かに生きている様だ。
「取り敢えずは、敵の状態が分かったのは思いがけない成果でした」
「そうか! 頼もしいのお」
「そ、そんな……でも早めに相談して対策を立てようと思います」
「うんうん」
しかし、夜も遅くなったし西園寺さんには帰って貰った方がいいかな?
「後は何とか対策を立てますので、僕に任せて下さい」
「うむ……それじゃ、わしらは帰るとするか」
「ええ、そうですね~」
「お爺様、お婆様お迎えのお車は?」
夫妻が立ち上がると友香さんが二人に聞いた。
「ああ、外に待たせておるからの」
「じゃあ、悠斗くん。友香をしっかりと見極めておくれ」
「え?」
はい?
やっぱり俺が友香さんを見極める事になったの?
「あれ?」
俺が戸惑いながら爺さんを見ると、不意に慌てた様子で友香さんを見た。
「あ、いや、友香もしっかりと悠斗くんを見極めるのじゃよ?」
「はい、お爺様」
「悠斗さんに気に入って頂けるといいですね~」
「お婆様……はい!」
友香さんは嬉しそうにお婆さんに微笑んだ。
何だか、やっぱりくっつけようとしてない?
「では、悠斗くんお邪魔したね」
「いえ! お話をありがとうございました」
「悠斗さん、友香を宜しくお願い致しますね~」
「あ、はい……」
そう言うと、会長夫妻は帰って行った。
その後、夫妻を見送った友香さんと未来が、メイドの二人と庭まで戻って来た。
「お爺様とお婆様のお望み通り、霧島君が許婚になったね~」
「あ、うん……」
「でも、友香ちゃん良かったじゃない。霧島君の事気になってたんでしょ?」
「もう、未来ちゃんたら」
「あたしもちょっと気になってるんだけどね~」
「あ、未来ちゃん……」
そんな話が聞こえてしまった。
夫妻を送って行った皆を意識してたら、例え内緒話でも聞こえちゃうんですよ……。
「あ、霧島くん、大丈夫?」
「何とか出来そうですか?」
友香さんと未来が心配そうに俺を見た。
「あ、うん、何とか対策を考えるから」
「そう……」
そう言うと、心配そうに友香さんは未来と顔を見合わせた。
「それよりもさ」
「なに?」
未来がイーリスを見た。
「あたしはイルちゃんがまた変な所から現れてびっくりしたけど」
「あ、それか……」
イーリスの能力は俺にもよく分かって無いんだけどね。
するとイーリスがムッとした表情で未来を見上げた。
「だって、寝てたら急にハルトに呼ばれたからだぞ⁉」
「俺が呼んだ?」
「お前が呼んだじゃんか! 慌てて飛び起きてここまで来たんだぞ!」
「そ、そうか? だけどホントに助かったよ! ありがとな!」
「な、なんだよ……別に暇だったら来てやるけどさ」
そう言うとイーリスは、照れ臭そうにそっぽを向いてしまった。
こいつ、こういうとこあるんだよな。
これもツンデレとか言っちゃうの?
だが本当にあの時は、イーリスが来てくれた事でめっちゃ安心出来たわ。
「まあ、これであいつらの事が少し分かったけどさ」
「それで、霧島君どうするの?」
友香さんが心配そうに聞いた。
「うん、ウルドって言う人にも聞いてみたいんだけどね」
「ウルドさん?」
時空管理してるとか言ってたけど、あの人色々詳しそうだしな。
「待てよ、ハルト。あいつはやる事が大雑把だから当てにならないぞ?」
そう言ってイーリスが考え始めた。
「そうなんだ? だけど、他に誰かいる?」
「てか、お前ちゃんと考えてみたか?」
「は? そりゃ、考えてるさ」
「それ遣って?」
「それって何だよ……?」
イーリスは俺の胸辺りを指差している。
沙織さんから貰ったネックレス?
「って、これ?」
「それじゃねーよ! 加護だよ、馬鹿ハルト!」
「え……考えるのにも加護遣えるの⁉」
「はぁー? やっぱ馬鹿で鈍感で変態か!」
「なっ、変態は関係無いだろ!」
しかし、どういう事?
考える時にって……あっ!
「そうか! 加護発動したら、俺の脳内処理が早くなったっけ!」
「お前の何処が変化するとか、そんな事は知らないけどさー」
「あ、ああ」
「前も言ったけど、それルーナの加護だぜ~?」
「それは知ってるけど……」
「まあいいや、加護遣って考えてみろよ。話はそれからだ」
「ああ、分かった!」
俺は何気なくネックレスを握ると、沙織さんを思い浮かべる。
沙織さんの計り知れない程の加護が俺にはある。
絶対に出来る筈だ。
とは言っても自信は無いけどさ、俺に出来る事は沙織さんを信じる事しか無い!
するとすぐに、ポッと身体が熱を帯びた様な感覚がしたが、そんな変化にも身を任せ意識を集中させた。
沙織さんと抱き合った時の事を思い出しながら、俺はそっと目を閉じた。
目を瞑っていても脳内レーダーによって、周りに居る皆が何処に居るのか分かる。
そしてその精神状態から、皆が心配そうに息を殺して俺を見ている様だ。
メアリーさんと朝比奈さん、夜露さんも心配そうだ。
異星人が略奪に来る事を、友香さん達二人よりも先にJIAから聞いていたからだろう。
友香さんと未来よりも、三人の精神状態がかなり不安定なのだ。
イーリスだけは涼しい顔をしてる様だが……。
その時の俺は、自分の脳内で目まぐるしく何かを計算している様な、そんな感じがしていた。
意識しなくてもこんな事が出来るなんて……。
もしかしたら、大学のテストとか無敵じゃね⁉
すると脳内リストにフッと対策案が浮かんだ。
こ、これか?
ところが、対策案は一つだけでは無い様だ。
最初に表記された対策案の下に、更に次々とピックアップされて行く。
てか、対策案多くねっ⁉
問題に対しての対策案がずらっと並んでいるのだ。
こんなに対処方法があるのか⁉
結果的に三十を超えた対策案を、脳内で一つ一つ確認してみる。
パッと見、どれも俺に出来るのか不安があるけど……大丈夫なの?
これなんかどーよ!
脳内レーダーに二十二個の卵を捕捉し、ロックオン状態で剣の守護に加護を上書き発動?
要は剣の守護で遠隔攻撃して卵を割る訳か。
まあ、二十二個と数は多いけど、これなら奴らが地球に来る前に倒せるかもな。
これは何だ?
守護の盾とルーナの加護を同時発動後、アルテミスの矢を発動?
二十二隻の卵を同時に貫くとか……カッコ良過ぎるでしょ!
更に矢にイーリスの次元転移能力を付加する事で、宇宙船を次元の歪に転移させることも可能……。
スゲーじゃん⁉
でもさ、アルテミスの矢って……何だよそれ。
習ってませんけど?
今の俺に出来る事をリストアップしてるんじゃないの?
てか、最初に出て来たこれはどうかな?
一番最初に対策案として表記されたものだが、イーリスの能力発動とルーナの加護を発動が必須か……さらに盾の守護と剣の守護を併用……。
目的は奴らの地球への接近そのものを阻止ってあるけど、その最終結果が興味深い!
先ずは俺が盾を展開して、二十二隻の宇宙船が盾に当たる瞬間、イーリスに次元結界を張らせ、盾の裁きをルーナの加護によって増幅したと同時に、二十二隻の宇宙船の運動エネルギーを反転……。
これって、そっくりそのままお返ししますって事でしょ⁉
受け取り拒否する訳だよね?
詳しい仕組みは分かんないけど、結果的に来た方向へ送り返すって事で合ってるよね?
だとしたらこれがいいじゃん!
もう少しその対策案をよく見てみるが、やはりイーリスとの連携プレイの様だ。
それに、俺の加護や守護の能力に頼っただけの、単純な力押しでは無さそうだ。
だけど、今の俺にはこの方法が最善なのかも知れない。
一番最初に表示されたし、優先順位が高いと思えた。
俺は意を決してイーリスを見た。
「よし、対策案分かった!」
「おおーっ! てかお前、遅いんだよ!」
「悪い、選択肢多過ぎて色々吟味してた」
「な、何だそれ……そんなにあるのか⁉」
「ああ、だけど俺的にはこれが最善策だと思うんだよね」
「これがとか言われても分かんないんだけど?」
「まあ待て、今から話すから――」
俺はイーリスに分かり易い様に、出来るだけ詳しく説明した。
だが、一緒に聞いていたメアリーさんやメイドさん二人、恐らく友香さんと未来も理解は出来ないだろう。
皆は意味が分からずに不思議そうな顔をしている。
不安よりも今は疑問が強い様だ。
まあ、俺の特殊能力を皆は知らないし……。
とは言っても、俺自身もよく分かんないけどさ。
皆が理解出来なくても今は仕方ないが、イーリスだけは理解して貰わないと困るんだが……。
ところが、俺がイーリスを見ると彼女は目を輝かせて見上げていた。
俺の心配を他所に、イーリスには理解出来たようだ。
「おおーっ!」
「お前、理解出来たの⁉」
「なっ、馬鹿にすんなよなっ!」
「あ、いや、悪い。やっぱお前って異世界人なんだな!」
「当たり前だろっ!」
「いや、何だか見直したわ」
「う、うっせーわ!」
イーリスは照れてそっぽを向いたが、思い出した様に振り返って俺を見た。
「てかハルト! お前そんな事出来るのかっ!」
「多分? でもさ、俺が今出来るリストアップした筈なのに、出来そうも無い事までリストにあるんだよね」
「何だそりゃーお前やっぱ鈍感だからかなー」
「む……このやろ」
イーリスは最初は驚いた感じだったが、直ぐに呆れた表情になった。
「その出来そうも無い案て、例えばどんなの?」
「例えば……アルテミスの矢? そんなの知らないしさ」
「は? そのアルテミスの矢って……」
意外にもイーリスには聞き覚えがある様だ。
少し考えたがすぐに俺を見た。
「ルーナの事じゃね?」
「え? ルーナって沙織さん?」
「あーそうだったなー」
どういう事だよ!
沙織さんってルーナでしょ?
別名でアルテミスとか言うの⁉
「前にルーナは、アルテミスの矢って呼ばれた事もあったらしいぞ?」
「マジかよ!」
「まあ、正しくはアルテミスに成り代わった事があったらしいんだけどさ」
「成り代わった?」
「アルテミスのふりをして矢を射った事があったのさ。ま、聞いた話だけどなー」
「沙織さんって弓を射れるの⁉」
「らしいぞ? そうなると、ルーナの矢はある意味最強かもな」
「ど、どうして?」
あのお淑やかでおっとりした沙織さんが、弓を射るなんて想像が出来ないんですけど?
「アルテミスとヘカテーがアポロン達狩人と矢の勝負をしていた時に、偶然それを知ったルーナが、その勝負に水を差した事があったらしいよ」
「どうして沙織さんがそんな事を?」
「んー、矢の的が森の動物とか人間だったとか言われてるけど、本当の事はあたし知らなーい」
「え……人間が的って」
な、何をやってたんだよ、そいつら……。
狩人って人間も的にするのかよ!
まあ、それで沙織さんが怒ったのか?
あの沙織さんが怒る所なんて見た事無いけどさ、想像も出来ない……。
ああいう人が怒ったらめっちゃ怖いんですけど!
「前に聞いた話なんだけどさ、アルテミスやアポロン達が的に向けて射った無数の矢を、離れた所からルーナが全て射抜き落としたんだってさー」
「うわ……すげぇ」
人知を超えた人なんだなやっぱり……。
「その後はアルテミスやヘカテーだけじゃ無く、アポロン達も二度と矢の自慢をしなくなったんだってさ」
「そ、そうなんだ……」
「そんな事があった後のある時、ヘカテーから腕の怪我をしたアルテミスの代わりに、一緒に矢を射って欲しいと頼まれたんだってさ」
「へー」
「自分の代わりはルーナ以外にはあり得ないと、ヘカテーがアルテミスに言われてルーナに頼みに行ったとか?」
「いや、なぜ今、疑問形⁉」
「いや、あたしも聞いた話だからさー」
「ああ、そっか……」
しかし、という事はアルテミスの矢を使った選択肢もあるって事か……。
やっぱり今の俺に可能な対策案だった訳じゃん⁉
三十を超える選択肢全てが対策案って事か。
でも、最優先にあるこれが最善何だろうな。
俺はイーリスに説明した最初の対策案をもう一度見直した。
俺が脳内の対策案を見ていると、退屈そうにイーリスがふわぁと欠伸をした。
「さてと、んじゃあたしは寝るからー」
「あ、ああ」
「ハルトのせいで寝なおしだー」
そう言ってイーリスはリビングへ入って行く。
あんな事を言っているが、イーリスが俺のSOSを察して駆けつけてくれた事は分かっている。
「イーリス、ありがとな!」
彼女の背に向かって声を掛けると、イーリスはこっちも見ずに片手を上げて振って見せた。
照れて動揺しない所を見ると、本気で眠いらしい。
「あ、イルちゃん! 未来お姉ちゃんが一緒に行くから! 友香ちゃん、先に行くねー」
そう言うと、その後を慌てて未来が追いかけて行く。
あの人、自分の事未来姉ちゃんとか言ってたよ。
ホントに妹が欲しいんだなー。
「あ、未来ちゃん今夜はあたしと一緒かな? あのベッドとても大きいし」
その様子を見ていた友香さんが、そう言って俺に聞いて来た。
「ああ、友香さんが良ければ一緒でもいいのかな? 夜露さん、どうなの?」
「ええ、お嬢様とご一緒でも問題は無いと思います」
夜露はそう言って朝比奈さんを見ると、彼女は頷いてから俺を見た。
「そうですね、今夜はそうしましょうか? 一応、友香お嬢様の向かいにお部屋をご用意してございますが」
「あ、そうでしたか! どうもありがとうございます」
「いえ、昼間の内にそうご連絡を承っておりましたので」
流石、朝比奈さんは抜かりが無い。
「では、先にお部屋へ失礼致します」
友香さんが丁寧にお辞儀をして部屋へ向かうと、その後を夜露さんがついて行く。
あんなに頭下げられてもなぁ……何だか距離を感じちゃうよね。
ふと気づくと、その様子をメアリーさんが微笑んで見ていた。
「あ、メアリーさんはどうします?」
「私は本部へ戻って、グレイ達に今夜の事を報告するわ」
「そうですか」
「ええ、悠斗くんがイーリスに話してた事は録音してあるし、イオにも聞かせて置くね?」
「あ、そうだったんですか!」
いつの間に録音っ⁉
これが諜報員って奴っ⁉
「その辺りは抜かりは無いわよー」
「さ、流石です……」
「じゃあね、悠斗くん」
「はい、気を付けて!」
メアリーさんが帰った後、俺は残った朝比奈さんと二人、リビングのソファーに座った。
「ふー何とか対策も決めたし、来週末迄には何とかなりそうだ……」
そう、自分に言い聞かせる様に言ったつもりだったが、悪気なく向かいに座っている朝比奈さんの視線に気づいた。
彼女は不安そうに俺を見ていた様だったが、俺と目が合うとスッとその視線を落とした。
「そうでございますか……」
「あ、大丈夫ですよ! 絶対何とかしますから!」
彼女にしてみたら、意味の分からない話が進んでて、自分はただ見守るだけだなんてな。
俺にもそんな経験があったから、その不安な気持ちはよくわかる。
セレスが来てからそんな事があったっけな。
その後も沙織さんや悠菜がセレスとエランドールへ一度戻った時もだ。
あの時の俺は、何も出来る事など無いとすっぱりと諦めちゃってたけどね。
あまり心配させちゃ可哀そうだよな……。
そんな事を思いながら、もう一度朝比奈さんを見るとまた目が合った。
すると、朝比奈さんは姿勢を正して俺をジッと見つめた。
「霧島様がイーリス様と何をなさるのか、私には理解出来ていませんが、私共に何かお役に立てる事はあるのでしょうか?」
やっぱり思い詰めてるのか?
でも、あの時諦めちゃってた俺と違って、自分に出来る事を今も模索してくれている。
「あ、ありがとうございます朝比奈さん! 色々家事を手伝って貰ってるだけで、俺達随分と助かってるんですよ?」
「そう……でしょうか」
「ええ、ホントに凄く助かってます!」
そう言うと朝比奈さんは少しだけ安堵した表情になった。
朝比奈さんと夜露さんの二人には、俺達本当に助かってる。
しかも、いざと言う時には愛美や友香さん達を守ってくれる、心強いセキュリティサービスなのだ。
「さてと、朝比奈さんもたまには早く休んで下さいね?」
「はい、お心遣いありがとうございます」
「じゃ、僕も部屋のシャワー浴びて、今夜はもう寝ますよ」
「はい、おやすみなさいませ」
サッと立ち上がった朝比奈さんは、そう言って頭を深々と下げた。
やっぱりこういうの慣れないんだよな~。
♢
その後、部屋に戻った俺はシャワーを浴びてバスタオルで頭を拭いていた。
しかし、異星人襲来は何とか対策出来そうだけど、問題はあれだよな……。
友香さんの許婚問題……。
思えば、友香さんに許婚が居るとか聞いて、無性に納得いかなかったのって、つい昨日の夜じゃない?
いや、あの時は決まった許婚は居なくて、将来は許婚と結婚させられるとか言う話だったっけ?
そりゃ、結婚相手を親が決めるとかは、今でも納得出来ないけどさ。
それが、今の俺の状況どーよ!
何だか既成事実の様になってない?
このまま行ったら友香さんと俺が結婚っ⁉
マジか……。
まあ、友香さんは嫌々ここに居る訳じゃ無さそうだから、そこはまあいいとしてもさ。
俺、こんな流されていいの?
今まで女の子と付き合った事も無いし、この後どうしたらいい?
タオルを首に掛けるとそっとベランダに出た。
夜空には半月程の月が見える。
そりゃあ、あの友香さんと付き合えたら嬉しいけどさ。
何だかさ、なし崩し的に一緒に住む事になったけど、見極めるとか何なの?
あー、お嫁さんとして友香さんはどうかって事だよね?
そりゃ申し分ないだろうけど……。
父さんだったら何て言うのかな。
誰かに相談したいけど、あの鈴木に相談出来る訳ないよなー。
そんな事を考えながら部屋に戻ると、ベッドに横になって携帯を見た。
あれ?
誰かからメールが来てる?
しかも、知らない人から二件。
一つは灰原さんからだった。
おお! 灰原さん!
そう言えばメアリーさんが言ってたじゃん!
灰原さんが俺に会いたがってるって。
俺も会いたいわー!
もう一つは……オトミ・イイヅカ?
だれ?
俺は灰原さんのメールをウキウキしながら開いた。
【悠斗くん、成人&覚醒おめでとう!
君が無事に成人したと聞いて、先ずは早速メールしたよ。
悠斗くんが高校生の時に何度か会ってはいるけど、大学生になってから覚醒を済ませたんだってね。
沙織さんや悠菜さんとの別れは辛いだろうけど、俺らがいつも居るからさ。
新JIAの総力を挙げて、君らの家族を守る覚悟はとっくに出来てる。
いつでもこっちに連絡してくれよな!】
その下には直通電話番号とアドレスが書かれていた。
そのかなり下の方――。
P.S
あまり派手に暴れないでくれよ?
揉み消すだけの仕事はごめんだぜ(笑)
は、灰原さん!
メアリーさんの話通り、あいつらの処理は灰原さんがしてくれたんだ!
嬉しくて自然に涙が溢れて来る。
やっぱり俺は皆に護られているんだよな。
そして、もう一件のメールを開いた。
オトミ・イイヅカって誰だろ。
【悠斗くん! 成人おめでとー!
イオです!
ずっとモニター越しに見守らせて頂いてましたー!
グレイがメールするって言うから、あたしもアドレス聞き出して、個人的に送っちゃいました!
突然でびっくりしたでしょ?
サプライズですっ!
悠斗くんへのJIAの守秘義務は解除されたので、これからはいつでも連絡出来ますよ!
いつでもいいので連絡下さいね⁉
これがあたしの携番とアドレス♡】
下には番号とアドレスが明記してあった。
こ、この人がストーキングしてたのか!
そう言えば、メアリーさんがイオって言ってたわ。
オトミ・イイヅカ……イイヅカ・オトミ?
げっ!
頭文字だ!
やっぱコードネームって安易じゃん!
だが、本当に知らない人までが、こんな俺の事を見守ってくれてるんだな。
こりゃ、絶対に皆を護らなきゃ駄目じゃん!
今度は俺が護る番だよね?
俺しか出来ない事をやるんだ。
恩を返すとかそんな大それた事じゃ無くて、皆を護りたいだけ……。
ヤバい、興奮して眠れなくなって来た。
喉も乾いて来たけど……。
部屋をぐるっと見回すと、噴水の水に目がとまった。
いや、あれを飲むつもりないけどさ。
未来の部屋には冷蔵庫あるとか言ってたよね?
この部屋には無さそうだけど、洗面所に水道はある。
普通は自分の部屋にシャワーとか洗面台無いよねー。
勿論、噴水もね。
それで噴水に目がとまった訳よ。
そんな事を考えながらまたベランダに出ると、脳内レーダーに夜露さんが接近して来るのを確認した。
「あ、夜露さん?」
「霧島様、まだお休みにならないのですか?」
「いや、ちょっと寝られなくてねー」
暗闇でも今の俺には彼女の姿がハッキリと見える。
月明かりがあるとはいえその明るさは僅かなもので、部屋の明りの逆光で実際は見難い筈だ。
まあ、俺は目を瞑っていても脳内センサーの他に、対象物を察知する能力が発達しているんだけどね。
「そうでしたか……あの、少しだけお話を宜しいでしょうか?」
「え? ああ、うん。そこへ座ろうか?」
「はい、ありがとうございます」
俺達は部屋の外にあるベンチへ腰掛けた。
「で、お話とは?」
「はい、友香お嬢様の許婚の件です」
「ああ、妙な事になっちゃったね……」
「いえ! 実は先日、霧島様が友香お嬢様の事を想い、納得いかないと話して頂いた事です」
「あ、ああ……あれが実は僕だなんてね。間抜けな話だよね……あははは」
ホント、間抜けだよね。
笑っちゃうよ。
「いえ、あの時の霧島様は、本当にお嬢様の為を想って戴けたと、私もお嬢様も分かっております!」
「そうですかぁ? それなら少しは救われますけど……あははは」
そうは言っても間抜けでしょ?
「実は、会長ご夫妻が帰られた後、友香様が本当に嬉しそうにしていらっしゃいましたので……」
「え?」
あ、もしかして、未来と友香さんが話してた事かな?
あれは確かに、俺に聞こえる筈の無い会話だったけど、意識を研ぎ澄ました俺の聴力は、二人のその会話が聞こえちゃってたんですよ。
聞いちゃいけない会話だった気がして、改めて言われると何だかちょっと気まずいじゃん……。
でもそれを俺に教えてくれるって事は……夜露さん……。
もしかしたら、夜露さんも友香さんと俺をくっつけようとしてるのか?
「許婚の件がお嬢様に伝えられてから、お一人になられるととても寂しそうにされていたお嬢様が、あんなに嬉しそうにご結婚のお話をされる時が来るとは、私も朝比奈も思いも寄りませんでした」
「ご、ご結婚っ⁉ そんな話でしたっけっ⁉」
つい訊いてしまったが、結婚話じゃ無かったと思いますけどっ⁉
ご奉公の話だけだったと思いますけどっ⁉
あ、まあ、俺の事を気になってるって言ってくれてたけどさ……。
「はい。あの夜、霧島様はおっしゃいました」
「え?」
「結婚相手を自分が選べないなんて、と……」
「あ、ええ、まあ」
まさか許婚が自分だなんてさ、あの時は思いもよらなかったもん。
「その事はお嬢様も諦めていた様なのですが、霧島様とお知り合いになってからは、出来る事なら霧島様と少しでもご一緒出来たらと、いつもおっしゃっておりました」
「そうなんですか……」
「今、友香お嬢様がご結婚相手として思い描いているお相手は、間違いなく霧島様だと思います」
「そ、そうなんですかっ⁉」
やっぱり友香さん、俺の事そこまで気にしてくれてたんだ!
すっげー嬉しいぞ⁉
俺だって沙織さんが居なかったら、間違いなく一目惚れしてただろうよ。
どことなく沙織さんぽい所もあるからね、友香さんって。
温泉好きだし?
「ですが今夜、会長に霧島様がお話を切り出して頂けたお陰で、許婚の件は誤解だと判明し、更にはお嬢様の霧島様へのご奉公が言い渡されるとは……」
「あ、そうでした……」
「お嬢様にとってはとても喜ばしい事と、私共は存じ上げております」
「そ、そうですか」
何だか、そう言われると本気で照れ臭いけど……。
「本当に偶然が偶然を呼び込む様に、思いもよらずこの様な経緯になられている事に、お嬢様も私も本当に嬉しく思っております」
「あははは……ホントにびっくりですけどねぇ」
「どうか、幾久しく友香お嬢様を宜しくお願い申し上げます」
「そ、そんな、夜露さん……」
こりゃ、俺って友香さんとホントに結婚とかしちゃう訳っ⁉
まだ誰とも付き合った事も無いのに⁉
「私も朝比奈も霧島様と出会えた事を、本当に心から感謝しております」
「そ、それは僕もですよ? こんなに友香さん想いで優しくて、任務に忠実なメイドさん、他には居ませんよ?」
「霧島様……」
「それに、友香さんが家に来てくれたお陰で、夜露さんと朝比奈さんがいつも居てくれるしね。ホントに助かってます! ありがとうございます」
「いえ!」
それは心からそう思ってる。
こんな広い家、俺達だけじゃ掃除出来そうも無いし。
「しかも当分の間、友香さんも夜露さんも新しい家族になった訳だしね。あ、朝比奈さんもね」
「はい、霧島様」
「僕ね、本気で皆を護るからね! 戦闘訓練とかは夜露さんの方が詳しいだろうけど、今回の敵は僕の出番なんですよ」
「はい……」
奴らは今の地球の防衛力ではどうしようもない相手だ。
戦闘訓練を何年やってようが、宇宙空間を向かって来ている宇宙船では、文字通り手も足も出ないだろう。
「何てったって、宇宙空間をこっちへ向かって来てますからね。しかも二十二隻の大きな宇宙船だし、孵したら面倒な卵もあるし」
「ええ。それでも私は霧島様を信じております」
「夜露さん、ありがと!」
夜露さんがそう言って俺を見つめているが、やっぱりこういうのは照れ臭い。
彼女は暗闇に乗じて俺を見つめている。
だが、暗闇でも彼女の瞳の模様まで見える俺は、思わず夜露さんから目を逸らしてしまった。
女の人とこんなに見つめ合うのに慣れてないんですよ。
「では霧島様、おやすみなさいませ」
「うん、夜露さん。おやすみなさい」
その後、彼女は友香さんの部屋にそっと入って行った。
恐らく友香さんと未来が寝てるんだろう。
気になるけど覗ける訳ないじゃん。
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