第21話 疑似冥界での戦闘訓練


 急に緊張して来た俺は、右腕辺りを手探りで見えない剣を探す。


 今度は直ぐにその剣をこの手に触れる事が出来た。


 剣を両手で握るとブレスレットに何かを感じたが、これはさっきも感じた感覚だった。


 何と無くだがこの剣とブレスレットが共鳴した様な、はっきりとは分からないがそんな感覚だ。



「ちょっと、あんた! あそこのロックベアに攻撃してみ?」



 不意に上からウルドにそう言われハッとそちらを見ると、かなり向うからさっきの奴が向かって来ている。



「えっ! さっきの奴だっ!」



 かなりまだ向うの方だが、俺はその場で剣を構えて身構える。



「は? あんた何やってんの? 攻撃してって言ったの!」


「え? あ、はい!」



 俺は戸惑いながらも、向かって来るロックベアに向かって走り出した。



「ちょ、ちょっと! あんた、馬鹿なの⁉ 相撲でもしようっての⁉」


「え? だ、だって攻撃って!」


「そこから攻撃すんのよっ!」


「ハルト! その剣で斬る様に意識してみー?」



 ウルドに抱えられたイーリスがそう言うが、まだ理解出来ない。



「え、この場で⁉」


「そうだよ! その剣でそこから斬るんだよっ!」



 今度はウルドに叫ばれ、慌てて俺は向かって来るロックベアに向き直る。


 よ、よし。


 何だか分かんないけど、やってみるか!


 俺はその場で剣を構えて、スッと切り込んで見た。


 だが、剣は重さを感じないし、標的はまだあんなに向こうだし、まるでエアーな居合切りだった。


 案の定、剣はその場で音も無く振り下ろされただけだ。


 見ると、奴は元気にこっちに向かって走って来てる。



「ちょ、あんたっ! 素振り何かしてないで真剣にやりなさいよっ!」


「え……?」


「ハルト! 斬るイメージが出来てない! もっと集中しろー!」


「そうよっ! 真面目に全集中しろー!」



 全集中って……どうしてそんな台詞知ってんだか。


 その一言で、ウルドこそ真面目じゃないんじゃないかと思った。


 イメージったって……。


 だが、既にロックベアは五十メートル程迄迫って来ている。


 やはり図体はかなり大きい。


 ヤバいっ!


 迫り来るロックベアに更なる脅威を感じた瞬間、俺は剣を握る手に力を籠め、それを奴に向かって振り下ろした。


アポリティブロディー絶対雷撃


 その瞬間、頭に聞き覚えのあるフレーズが響いたと同時に、腕のブレスレットに違和感を感じた。


 だが、相手が目の前まで来ているというのに、俺は思わず目を瞑ってしまった。


 眩い光が辺りを照らしたのだ。


 しかし、そのすぐ直後に激しい轟音が鳴り響く。



『ドンッ! バリバリバリーッ!』



 なっ、なんだ⁉


 轟音に驚いて目を開けると、天から無数の稲妻の様な物が剣先に伸びており、そのまま剣の先からロックベアが居た辺りに、太い束になって向かって伸びていた。


 次の瞬間にはその稲妻は消えてしまったが、確かに天から集まった無数の稲妻が、剣先から束になって噴き出していた様に見えたのだ。


 まだ残像としてこの目に焼き付いている感じもしている。


 何だっ⁉


 何が起きた⁉



 だが、そこにロックベアの姿が無い。


 ヤバいっ!


 避けられたかっ!


 俺は焦って辺りをキョロキョロと見回す。


 だが、奴の姿が見つからない。



 全身に嫌な汗が噴き出る様な、ゾクッとしたそんな感覚に襲われる。


 更に振り返って奴の姿を探すが、見つける事が出来ない。


 ど、何処行きやがった⁉


 慌てて脳内レーダーに奴の位置情報を探す。


 だが、それらしい情報は無かった。


 瞬時に逃げちゃった?



「な、何なの……これ……」



 不意に上から声が聞こえ、ハッと見上げるとウルドが驚いた表情で俺を見降ろしていた。


 彼女達は無事だった様だ。


 ロックベアは何処に行ったんだろうと、またキョロキョロと探すが、やはりその姿が無い。



「あんた……何探してんの?」


「ロ、ロックベアは⁉」


「はぁー?」


「え?」



 上から俺を見降ろしたまま、ウルドは呆れた様子で見ていた。


 だが、抱かれて居るイーリスは特に驚いてはいない。


 ロックベアが見当たらないが既に逃げたのか。



「まあ、剣の人あいつから与えられた守護だしな。こんなもんだろ」



 あいつって、セレスの事だよな?



「ね、ねえ。もしかして、あの剣……ラムウの剣?」


「んー、似てるけど違うねぇ……」


「だ、だよね? 見た目は全然違うからさ、でもびっくりした!」



 頭の遥か上でウルドとイーリスが話している。


 ラムウって……確かセレスの王様じゃない?



「ところであんたさ、加減って分かんないの?」


「無理だな~ハルトは不器用だもん」



 ウルドが俺を見降ろしてそう言うと、抱かれたままのイーリスは冷めた目をして、独り言を言う様に呟いた。


 加減と言われても、どの様にしたら良いのかさっぱり分からない。


 俺は集中して奴を斬ろうと、思い切り剣を振り下ろしただけだ。


 そもそも、包丁で何かを斬るのと訳が違う。


 こんな長剣であんな奴を斬ろうとするのに、加減など出来る筈も無い。


 こっちがやられると思っていたしな。



「加減って言っても……」


「あっ! そうか!」



 俺の意を理解したのか、ウルドが何かを閃いた様なそんな明るい表情になった。



「あんたさ! その剣を意識して持とうとしてるでしょ⁉」


「え? ああ、まあ……」



 だって、剣を使うってそう言う事でしょ?


 持たないと剣を扱えない訳だしな。



「そもそも、そこが間違ってるんだよ! あのさ、最初にロックベアが来た時、盾持って無かったでしょ?」


「え?」



 そう言えばあの時、何も手に持てないままだった。


 だが、自然に盾が俺を護って居た。


 盾を手にしないでも俺が自然に身構えた時、見えない盾が攻撃を防いでいたのだ。



「そうか! そうだった!」


「でしょう? 剣も同じだよ? 手にする事は特に必要じゃ無いの」


「え、そうなの?」


「そうよ? 例えばそのまま剣を放して、攻撃してご覧?」


「え? このまま?」



 そう言われて、俺は握っていた剣を手放す。


 すると、その場に剣は浮いていたが、すぐにフッと消えてしまった。


 消えちゃうと、どうも現実感がないな……。



「で、このまま攻撃?」


「うん、そう」



 俺はその場で剣を持った仕草で、さっきよりも更にエアー居合切りを試してみる。


 が、まるで変化はない。



「だから、真面目にやんなさいよ! 全集中だって言ってんでしょ!」



 あ、また全集中って言った……。



「そう言われても……」



 この人達がやれと言うからには、どうも俺は逆らえない。


 仕方なく色々疑問に感じながらも、一応集中してみる。


 目を瞑ってイメージしてみた。


 俺は剣を握っている……そして振りかぶる。


 そしてそっと目を開けると、目の前に居るとイメージしたロックベアに、剣を握ったつもりで振り下ろす。


 その直後、パッと明るくなったかと思うと、辺りから稲妻が目の前に集まって来た。


 と同時に、もの凄い轟音が鳴り響く。



『バリバリバリーッ!』


 えっ⁉


『ドンッ!』



 次の瞬間、目を向けたその方向へ稲妻の束が、凄い衝撃音と共に放出された。


 目の前の地面には、深く抉れた太い痕が一直線に、かなり向こうまで伸びていた。


 その時、ブレスレットに何かを感じてふと見ると、俺の手には光り輝く剣が握られている。


 握っている感触はまるで無い。


 うぉ! いつの間に!



「おぉ……出来たじゃん……」



 イーリスがそう呟くと、ウルドが自慢げに声を上げた。



「でしょー? 私が教えれば同然よ!」



 かなり乱雑な教え方だと思うけどな……。


 だが、結果的に剣を持たなくとも攻撃は出来た。


 これはかなり進歩じゃないか。



「まあ、剣はいいでしょ。次は盾ね」


「あ、はい」


「そもそも、その盾はあんたを完全守護してる訳。だから、あんたを護る事は勿論、あんたが護ろうとする全てのモノを守護するのよ」


「そうなんだ……」



 だが、そう言われてもどうもピンと来ない。


 いや、待てよ……俺が護ろうとする全てと言ったよね?



「え……どういう事?」


「あんたの盾って事だよ。あんた、盾を持っていると想像してご覧?」


「え? 盾を持っていると?」



 さっきの剣の様にエアーで想像するって事?


 俺は意識を集中して、手に盾を持っている想像をしてみる。



「で、自分が攻撃されたらどうする?」


「え、えと……こう?」



 手で盾を持っている感じで、自分を護ろうと構えてみた。



「それじゃ、そのままあたしを護ろうとしてご覧」


「え?」



 そう言われてウルドを見上げるが、到底手が届く所に彼女たちは居ない。


 頭の上、六、七メートル程上に居るのだ。



「ど、どうやって?」


「どうって、少しは考えてみなさいよ!」



 そう言われるが、何も反論できないまま手を伸ばす。


 しかし、やはり到底届く筈も無い。


 彼女に抱かれたイーリスは黙って見降ろしている。



「ちゃんとイメージしなさいよ? あたし達を護るイメージだよ?」


「う……うん……」



 俺は何とかイメージしてみるが、どうも上手く出来ていない。


 あそこの彼女達を護るって言っても、中々イメージが纏まらない。


 空中に浮かんでいる彼女たちの危機……それを護るイメージ……?


 そんな事を思いながら、更に目を瞑って集中してみる……。


 そこに浮いてるって事は、前や後ろだけじゃない。


 下からも上からも……。


 あの彼女達を全方向からの攻撃から、ちゃんと護らなければいけないのだ。



 その時、ふとガチャガチャのカプセルが頭に浮かんだ。


 そうか!


 囲っちゃえばいいんじゃね?


 そう閃いた時、不意に左手の指輪に何かを感じた。


 お?


 何だか出来そうな気配!


 そして、イメージした全方向からの攻撃から護る感じで集中する。



「おおおー! これはっ!」



 急にウルドが声を上げた。


 それに釣られてふと見上げると、彼女達はカプセルの様な光る透明なモノに包まれていた。


 な、なんだあれ!


 シャボン玉っぽいけど?



「まさか、こんな……あんた、中々じゃない!」


「え? そ、そうなの⁉」



 あまりにも嬉しそうな表情でウルドが言うから、つい俺も嬉しくなった。


 俺って、魔法使える様になったの⁉



「ねえ、これって魔法⁉」


「はぁ? あんた馬鹿なの?」



 そう言ってウルドは、サーッと呆れた表情になってしまった。



「そうだよ、ハルトは馬鹿なんだよ」



 ウルドに後ろから抱かれて浮いているイーリスは、俺を冷めた目で見てそう言った。



「な……何だよ……だって、こんな事出来たから」



 一気に鼻をへし折られた感があるが、そう言われてもこのシャボン玉は俺がやった事だし、魔法じゃなくても凄い事だと思う。


 間違いなく、これは俺がやったんでしょ?


 じゃあ、超魔術なのか?



「これは盾の守護でしょうがっ!」


「あ……そうか……」



 そうだった。


 これは悠菜がくれた守護の力だった。


 そりゃそうだ。


 俺自身が魔法など使える訳は無いのだ。



「でもまあ、あんたがやった事には違いないけどね」


「だな。ハルトが守護を遣った訳だし」



 ウルドがそう言うと、イーリスもそこは認めてくれた様だ。



「まあ、あんたじゃなきゃこうは出来ないとは思うけど、これは魔法じゃないから」



 少しは俺を認めてくれたようだが、再度ウルドに魔法だけは否定された。



「はい……分かりました」


「分かればよろしい。じゃあ、あっち行くよ」


「あ、はい」



 ウルドはそう言うと、イーリスを抱えたまま渓谷の方へスーッと移動して行く。


 俺はその姿を見上げて目で追うが、見ていても仕方ない。


 意を決して彼女たちの後を追う。



 だが、こっちには何があるんだろうか。


 彼女達はさっき、あそこじゃ訓練にならない様な事を言っていた。


 それは、ロックベアでは俺の相手にならないと言う事なのだろう。


 正確には俺では無く、俺の強烈な守護のお陰なのだが。



 さっきのロックベアも居なくなったし、逃げたかも知れない。


 だとしたら、こっちにはそれに見合う相手が居るという事だろう。


 そう気づくと、急に緊張感が襲って来る。


 さっきより強い奴って、どんなのだ?


 ロックベアでも普通に街中に出て来たとしたら、かなりなパニックになる筈だ。


 いや、それどころじゃない。


 奴は街中のあらゆる建物を、手当たり次第に破壊し尽くすだろう。


 そう考えると急に不安になって来た。


 あいつよりももっと強い奴と、果たして俺は戦えるんだろうか。



 間もなく、かなり遠くに見えていた渓谷がある程度近くに見えて来た時、左指にはめた指輪が何だかジーンとした感じがした。


 同時に、右腕にしている腕輪もジンジンとして来ると、脳内レーダーは数多くの危険を知らせている。



「あ、いたいた! ハルト、あそこにクロムスコーピオンが居るけど見える?」



 ウルドがそう言い、俺を振り返って見降ろすが、肉眼ではまだそいつが見えないでいた。



「えっ? クロムスコーピ……って、サソリ⁉」



 上からは見えるのだろうが、俺の位置からはまだそれが見えないのかも知れない。



「ど、どこ⁉ それって、地べたを這いつくばる奴でしょ?」



 しかも、俺の認識ではサソリはそんなに大きなものでは無い。


 地面にジッとしていて、敵が来ると鋏の様な両腕と、尻尾の様なカギ爪で攻撃するのだろう。



「んー地べたって言うの? あれ」



 ウルドはそう言って、前に抱えたイーリスに訊いている。



「言わないんじゃないか?」



 そう言う二人の視線を辿って見ると、どうも地面を見ている訳では無さそうだ。


 何処だ?


 脳内レーダーにそれらしき位置情報を探してみる。


 と、かなりな数のターゲットが固まって確認出来た。


 ハッとして肉眼で見たその時、そこに何か違和感を感じた。


 渓谷の岩肌に何やら光るモノがいる様だ。


 しかも、かなり大きい。


 大きさはロックベアの軽く五倍はありそうだ。


 国道を走る大型トラックかトレーラー位はある。


 そして、一体じゃない。


 渓谷の岩肌にわさわさと、無数に張り付いているでは無いか。


 うわっ!


 何だ、あの大きさ!


 しかも凄い数!


 まさに渓谷全体そのものが、何か別の大きな生き物に思えた。



「さーハルトくん、あなたならどーする?」



 そう言ってウルドは、妙に嬉しそうに俺を見降ろしている。



「どうするって言っても! ど、どうする⁉」



 幸いにも、あいつらはまだ俺には気づいていない。


 気づかれる前に倒せるものなら倒したいが、なんせ数が多すぎる。


 ここから確認出来るだけでも、正確な数は分からない程だ。


 恐らく渓谷一帯、数多くのこいつらが待ち構えているんだろう。


 あいつらが一斉に向かって来たら、到底全てに対処出来ないだろう。


 どうするか……?



 剣の稲妻はかなり強烈ではあったが、あの一撃で全てを倒す事など到底出来るとは思えない。


 あの時は単体のロックベアだから、あれで何とかなったに違いないのだ。


 だが、今はあいつらを全て倒さないと、間違いなく俺がやられる……。


 やられない迄も、あいつらが一斉に向かってくれば、それこそカオスな状況になる事は、俺でも容易に予想出来る。


 その時、右腕のブレスレットがジンジンと共鳴するのが更に強くなった。


≪フリサフィサイフォス・カイ・スリーアンヴォスポース≫


 頭にそう響いた時、自然に俺は剣を握っていた。


 特に剣を探して握ろうとはして無かった。


 だが、気づいたら俺の右手に剣を握っている。


 ふと右手を見ると、見覚えのあるあの剣の形では無い。


 な、なんだこれっ!


 さっき手にした剣は細身の長剣だったのだが、今の俺が手にしているのは、もっと大きな幅広い大剣なのだ。


 だが勿論、その重さは感じない。


 俺はその剣を両手で握り直すと、更に体中から力が漲って来る。


 脚の腿辺りから、更に全身からも熱い何かが込み上げる。


 特に胸の辺りが光り輝くような、そんな感覚がした。


 そして、それは必ず倒せると言う確信へと変わる。


 何故だか分からない。


 不思議と負ける気がしない。


 気付くと、その大剣は真っ白に光り輝き、ゆらゆらとオーラが出ている様に見えた。


 今ならロックベアを倒した長剣よりも、間違いなく強烈な攻撃が出来そうな気がした。



 よ、よし……やるしかない……。


 そうなのだ。


 やらなきゃやられる。


 先にやらなきゃこの後、間違いなく俺は大変な目にあうのだ。


 攻撃を逃れた奴らがこっちに気付き、一斉に反撃に来る筈だ。


 一撃で出来る限り、一体でも多く奴らを倒さなきゃいけないのだ。


 俺は意を決して大剣を振りかぶり、しっかりと狙いを定める。


 行くぞっ!


 出来るだけ多く倒す!



「うおぉぉぉー!」



 そして、思い切り渓谷に向けて、大剣を思い切り振り下ろす。


 渓谷の両サイドに張り付く、大きな無数の奴らに向けて、遂に俺は先制攻撃を仕掛けたのだ。



『グワーッ! グォオオオオオーッ‼』



 眩い光と激しい衝撃波が辺りに響き渡ると、もの凄い轟音と共に目の前にあった渓谷が、一瞬で跡形も無く消し飛んだのだ。



 うわっ!


 な、なんだ⁉


 既に渓谷のあった辺りがボコッと大きく抉れ、まるで水の無いナイアガラの滝の様だ。


 既にそこには何も無かった。


 渓谷に張り付いていた、無数の大型トラック並みの奴らは勿論、渓谷すら跡形も無く消えていた。



「あちゃー! あんたさ、本当に加減出来ないんだね……」



 急にウルドがそう言いながら、頭の上から降りて来た。


 そして、その胸にイーリスを抱えたまま、俺をしみじみと眺める。



「不器用だな、ホントに」



 ウルドに抱かれたイーリスがそう呟くと、そのままそっと下に降ろされた。



「まあ、戦える様になったのは間違いないけどさ……危なっかしいわね」


「ああ、マズいな」



 そして俺を眺めたまま彼女たちは話しているが、俺は意気揚々と渓谷跡を眺めていた。


 何だか、俺って凄いんじゃない⁉


 少し俺は調子にのってしまった。


 が、こんな事が出来た後であれば、恐らく誰でもそう思うんじゃないだろうか。


 例えこれが悠菜達から授かったものだとしても、俺の戦闘力が上がったのは間違いない。


 初めて先制攻撃を仕掛けた俺は、その攻撃力に有頂天となっていた。


 嬉しさを隠しきれない表情のまま、ウルドとイーリスに向き直った。



「ねえ! これなら相手が宇宙船だとしても、俺ってかなり戦えない⁉」



 彼女達は同時に俺を呆れた表情で見たが、そのまま二人は顔を見合わせてしまった。


 遂に俺は盾と剣を使いこなした。


 そう思っていた。



「で、ウルド! 次の相手は⁉」



 俺が自信満々でそう言うと、彼女は神妙な表情で俺の顔を見た。



「あのさ、あんたの攻撃は良く分かったよ」


「でしょでしょー? 中々凄いでしょ⁈」



 だが、ウルドとスクルドの表情は険しい。


 そして二人は顔を合わせてしまったが、その後ウルドが呆れた表情をして俺に言った。



「あんたさ、例えその攻撃で相手を倒してもさ、それ以外の被害が多過ぎるとは感じない訳?」


「え?」



 それ以外の被害?


 そんな事、考えても居なかった……。


 確かにあいつらを倒す事だけ、それだけを思って力任せに攻撃していた。


 でも、それじゃ無きゃ、こっちがやられると思っての事だ。



「でも、そうしないとこっちが……」


「ああ、そうだよね……」



 そこには反論しないまま、ウルドは横に立つイーリスとまた顔を合わせた。


 すると、今度はイーリスが俺に言う。



「なあ、ハルト。あたしが動きを止めて、あんたがそれやれば確かに倒せるけどさ。それじゃあ、辺り一面何も無くなるよ?」


「あ……そうか……」



 そう言われて、やっと二人が険しい表情の意味に気が付いた。


 例え倒せたとしても、その他の被害が尋常では無いのだ。


 ここはやはり対策を考えざるを得ない。


 確かにそうだ。


 あれじゃ駄目なんだ……。


 ウルドとイーリスは腕を組んで顔を見合わせている。


 俺は辺りを見廻しながら、何とか攻撃がコントロール出来ないかを考えていた。


 例え攻撃を抑えてしたとしても、敵の反撃が来る筈だ。


 そうなると、略奪者はそれ以上の攻撃をこちらに仕掛ける事だろう。


 恐らく奴らの攻撃は、こちらの攻撃に反撃する訳だから、かなり強烈なものである事が想定出来る。


 迚もじゃないが、それを被害無く交わす事など出来ないだろう。



 あの時――。


 セレスが、相手は大型の宇宙船だと言っていた。


 恐らくその全てを、イーリスは時空間に停止させる事だろう。


 そして、俺が倒す訳だろうけど、その攻撃は威力が大き過ぎるって事だ。


 どうしたら敵だけを倒す事が出来るのだろうか。


 あれ?


 ちょっと待てよ……あれは?


 空中に居たウルドとイーリスを護った時だ。


 あの時、俺の盾が離れた二人に、シャボン玉の様なバリアを張った。


 あれを出来る限り大きくしたらどうだろうか。


 どこまで大きく出来るか試す価値はある。



「ねえ! ウルド! ここの広さはどの位?」


「え? どの位って、どういう事?」


「盾で何処までバリア出来るか試したいんだけど!」


「えっ? さっきのあれで?」


「うん」



 明るい表情で俺の考えを聞いてくれたウルドだったが、すぐにがっかりした様子になると軽くため息をついた。



「あのさぁ~どんなにその盾が有能だって言ってもさ、それは無理なんじゃない?」


「そ、そうか……」



 呆れ顔になったウルドを見て、俺は落胆してしまった。


 下手の考え休むに似たりだっけ?


 そんなことわざが頭に過った。



「あ!」



 不意にイーリスがそう言って俺を見た。



「ちょっと待てよ?」


「なに? 何かいい案あった⁉」


「さっきさ、あいつらを消し飛ばした時、加護使ったじゃん?」


「え? 加護? そうなの?」



 イーリスがそう言うが、俺には加護を使った記憶がない。


 ただ集中して剣で攻撃をしただけだ。


 確かにいつもの剣では無かったが、それはこっちの意識で変化しただけじゃ無いのか?



「ハルト、意識しないであんな事したのか⁉ どんだけ危ないんだよ……」


「え……そりゃ、意識を集中してデカい攻撃をしようと思ったけど……」



 イーリスが珍しく驚いた表情で俺を見た。



「でもあんた、加護の印しるし出てたよ?」


「え? しるし?」



 ウルドにそう言われても記憶がない。


 印って何っ⁉

 


「まあ、いいや。今度は盾に加護を賦与してみ?」


「え? 盾にふよ?」


「うん。さっきは剣に加護の力が加わってああなったんだから、今度は盾に賦与するのさ」



 イーリスがそう言って、親指を立てた。


 だが、俺にはその方法が見当も付かない。



「どうやって?」


「全集中だ!」


「は、はい!」



 急にウルドに怒鳴られてつい返事をしてしまったが、どうやって賦与ってするのか分からない。


 しかも、また全集中とか言ったし。


 ウルドのブームなのか?


 盾に賦与……。


 剣の時は、全ての敵を倒そうと全力で攻撃のイメージした訳だ。


 今度は、全力で護るイメージって事だろうか。


 その時、イーリスは両手の拳を硬く握りしめ、俺に向かってガッツポーズを見せた。



「いいか、ハルト。おまえ、皆を護るんだろ? マナミや友達皆を護るんだろ?」


「あ……ああ。皆を護りたい」


「護りたいじゃ弱いよ。護るんだよ」


「うん、護る!」


「じゃ、やってみ」



 あのシャボン玉か?


 あれを大きくするのか?


 俺はさっき出来たバリアをイメージして集中する。


 あの時は上に居た二人を護るイメージだった。


 だが、今度はもっと大きくしなきゃいけないのだ。


 更にイメージを強くしていくと、指輪が共鳴する様にジンジンして来る。


 よし、出来る⁉


 音も無く、辺りを透明なバリアがスーッと広がっていくのがイメージで来た。


 そのバリアは辺り一面を、間違いなくあらゆる攻撃から護ってくれる筈だ。


 その大きさは目視では確認出来ないが、かなり広範囲に広がっている様だ。



「出来た! 出来たよ!」



 俺は思わず声を上げて二人を見たが、ウルドは腕を組んだまま表情を変えない。


 イーリスは落胆の表情で、力なく握った拳をゆっくり下した。



「は? 何が出来たよ! あんたね、こんなので護れるの?!」


「え……だめ?」



 呆れ顔のウルドに怒鳴られ呆気にとられた。


 自分では完璧に広範囲に渡ってバリアを張れた感覚があったのだ。



「ちょっとその目で見てみなさいよ!」



 そう言うと、俺にツカツカと詰め寄り、グッと後ろから抱き上げられた。


 うわっ!


 凄い力!


 そのまま、俺の身体を持ち上げる様に空中高く飛び上がったのだ。



「うわああああああああー!」


「うるさいわね! 大人しくしなさいよ!」


「だ、だって!」



 自分でジャンプしたのと、誰かに抱かれて空へ上がったのでは感覚が大きく違った。


 股間が縮み上がる思いを堪えながらも、更にどんどんと俺は空高く上げられる。


 すると、次第に下の地面が遥か下の方へ見えて来た。


 思わず目を瞑ってしまう。


 実はこう見えて結構な高所恐怖症なのだ。



「ほら、見なさいよ」


「え……」



 そう言われ、目を開ける。


 だが、その高さに脅威を感じ、グルンと目が回る様な眩暈が襲って来る。



「ぎゃあああああああああ!」


「うるさいって言ってんの! よく見なさいよ! 手を放すわよ!?」


「ひぃいいいい!」



 ウルドに言われて恐る恐る見るが、バリアは真下の辺りから広がっており、その端は見えない。



「け、結構大きく広がってるじゃん!」


「あんたねー言ってる意味が分からないの? これじゃ駄目なの!」


「え……何で?」


「これ、あんたを中心に広がってるでしょ! これでみんなを護れるっての⁉」


「あ……そ、そうか」



 俺が理解したと思ったウルドは、俺を抱えてそのままスーッと下へ降りていく。



「これじゃ駄目なのよ。マナミだか友達だか知らないけど、あんた結局は地球の全てを護りたいんでしょ?」



 俺を下へ下すと、ウルドは優しくそう言った。


 だが、俺は何も言えないままウルドを見ていた。


 自分に何が出来るか、もうその術が思いつかないのだ。



「だから、もうちょっと真剣にやりなさいよ!」


「え……」



 そう言われても、あれ以上大きくすること等出来る筈無い。


 俺が放心状態にも似た表情でウルドを見ていると、イーリスが背中をポンと叩いた。



「あのさ、ちゃんと加護を賦与してみなよ」


「え? 賦与出来て無かった?」


「は? 出来て無いけど? だからウルドは真剣にやりなって言ってんだよ?」



 俺はちゃんと加護の力を出せていたと思っていた。


 だが実際には加護の賦与をせずに、盾の力だけであんな大きなバリアが張れたという事だったのだ。


 だとしたら、まだあれ以上のバリアを出せる可能性はある。


 よ、よし。


 加護……どうやるんだか今一つ分からないけど。



 そう言えば――。


 剣が変化した時、何か頭の中に聴こえたその後、剣の形が変化して現れた。


 という事は、盾に加護を賦与する時はあの声が聞こえる筈だ。


 イーリス達なら何か分るかも知れない。



「あの時さ、剣が変化した時ね、頭に声が聞こえたんだよ」


「ん? 声?」


「うん、それが聞こえてから剣が変化して現れたんだ」


「ああ、祝詞かな?」


「え? 祝詞? 誰が祝詞を言ったの?」


「誰がって、基本は使用者でしょ」



 そう言われて考えてしまう。


 俺は祝詞など知らないし、俺が唱えた記憶も無い。



「使用者って俺だよね?」


「そう言う事だね」


「でも、俺じゃ無くて、知らない言葉が頭に響いたんだよ?」


「ああ、それは守護と加護の祝詞だね」


「え?」


「守護も加護も賦与された時に、予め対応した祝詞が唱えられているものだよ」


「そうなんだ……」



 そう言えば、沙織さんや悠菜とキスしたあの時――。


 何か聞き慣れない言葉が聞こえた。


 今思えば、あれが祝詞だったのかも知れない。



「ハルトが盾に加護を賦与しようとしたら、祝詞を唱えればいいんだろうけどね」


「そんな事言っても俺、祝詞なんて知らないよ?」


「まあ、そうだろうね」


「な、なんだよ……」


「だから、イメージしろとしか言って無いじゃん」


「イメージか……」


「祝詞が唱えられないんじゃ、イメージするしか方法が無いもん」


「そうなのか」


「この際、あの地球全体を護るバリアを張るイメージしてみ?」


「え⁉ ち、地球全体にっ⁉」



 イーリスがそう言うと、すかさずウルドが止めに入る。



「ちょ、いくら何でもこいつに出来ないでしょ!」


「まあ、試すだけ試してみよう」


「はぁ? 無理だと思うけど?」



 イーリスがそう言うが、ウルドは呆れ果てた表情でそっぽを向いてしまった。



「ハルト、ここの地球が大きいのは理解してるよな? それを全て護るんだよ」


「な、なんと……」


「一瞬でいい。そしたらすかさずバーンだ!」



 バーンは出来そうな気分だけど、バリアか……。



「いいか? 地球全てをイメージして護るんだ!」


「す、全てを?」


「ハルトの守護であるその盾は、全てから護るからな!」


「わ、わかった……」



 少し離れてウルドが呆れた様子のまま見ているが、今は止める気も無さそうだ。


 特に口出しはして来なかった。


 イメージ……。


 この地球を全て包み込む様に護る。


 そうしなければ、愛美だけじゃなく、メイドさん達も未来も、外国に居る父さんや母さんも護れないのだ。


 絶対に護りたい。


 護らなきゃいけないのだ。


 この先ずっと皆と楽しく暮らして行くんだ。


 そうだ!


 友香さんのプライベートビーチ!


 これが出来ないと、友香さんとの水着イベントも在り得なくなるのだ。


 聞いた事はあるけど、俺には初体験のプライベートビーチ。


 この夏、人生最大のイベントが待っているのだ。


 ぜ、絶対に護る!


 そう思った瞬間、不意に指輪が共鳴して来た。


 更にそれが強くなると全身がジンジンと熱くなる。


≪レフコクリソスアスピダ・カイ・スリーアンヴォスポース≫


 フッと頭の中に響いたその言葉。


 これは!


 沙織さんと悠菜の祝詞に違いない!


 この俺に加護を授け、守護してくれていたんだ。


 そして今、みんなの事を護る為、この地球全てを護るのだ。


 そう思うと、自然に沙織さんと悠菜の姿を思い浮かべていた。


 内から湧き上がる莫大なパワーを感じつつも、俺は全てを護る事に集中していた。



「うおおおおー!」



 そう腹の底から叫び声を絞り出した時だった。


 ふと違和感を感じて、辺りを見回す。


 すると、ここへ来た時から薄暗かったこの世界が辺り一面、薄い緑の光で包まれていた。



「おおー! ハルト!」



 イーリスが声を上げたのに気付いてそちらを見ると、嬉しそうな表情で俺にガッツポーズをして見せた。


 その向こうではウルドも驚愕の表情で見ている。



「あ、あんたもしかして……」



 ウルドは声も上げない迄も、驚きの表情は隠さないまま俺を見つめていた。



「え? 俺、出来てる⁉」


「うんうん、その紋章は間違いない!」



 そう言ってイーリスが俺を指差した。



「え? 紋章?」



 俺が自分の手を見ると、腕に模様が浮かび上がっているのに気付いた。



「な、何だこれ!」



 その模様は腕だけでなく、肌が見える範囲、俺の全身にある様だ。


 特に目立ったのは、首の廻りに描かれた、幾何学模様の様な模様だった。


 これは……いつの間に……?



「それが加護の印だよ」



 イーリスがそう言うと、ウルドがそろそろと近寄って来た。



「初めて見たよそんなの……これがルーナのご加護か」



 ウルドはそう言って俺の全身を見廻している。


 そうか、ネックレスじゃなくて、これの事を彼女たちは言っていたのか。



「その加護はね、ハルトの全ての災いから護る為に印されているんだよ」


「そうなのか……」


「その加護をどう遣うかはハルト次第。この世界では在り得ない力となるよ」


「そんなものを俺に……」


「そ、そうだよ! あんた、凄いんだから!」



 急にウルドが目を輝かせて俺の手を握った。



「それこそあんたの思い通りに、そう! 全てを支配だって出来るよ!」


「え? 支配ぃー⁉ し、しねえよ!」


「は? あんた、馬鹿? あんたの居る世界位、何でも思い通りになるんだよ⁉」


「思い通りって……」


「地位も名誉も思いのまま! あんたの世界の絶対的な支配者よ⁉ もしかしたらエランドールだって!」


「エランドールも思いのまま? 支配者?」


「うんうん! 今すぐにでも!」


「いや、今は地球を護る! そして、プライべ……いや、兎に角地球を護るんだよ! それが俺の野望だ!」



 すると、フッと辺りから薄い緑の光が消え、ここへ来た時と同じ薄暗い世界になる。


 さっきまでバリア的な何かが発動してたって事なのだろうか。


 だが、最初にここへ来た時と雰囲気が違う。


 確か疑似冥界だと言っていたが、俺の脳内には何処にも脅威となる目標物が見当たらない。


 更に広範囲に拡げてみても、やはりここには何も無い様だ。


 そして気付くと、俺の身体に描かれていた模様もいつの間にか消えていた。



「な、なんだかあんたが良く分かんないわ……」



 ウルドはそう言うと頭を抱えてしまったが、イーリスは笑いながら彼女の背中を、軽くポンポンと叩いた。



「まあ、ハルトはこういう奴だよ」


「でも、これって宝の持ち腐れだよ⁉」


「ハルトはそんな宝だとは思って無いのさ。それか、ルーナに貰った宝だと分かっているからこそ、大事にするんだろうな。だとしたら尚更、支配にとかそんな理由で使う筈が無い」


「何て奴なの……」



 二人がそう言って俺を眺めているが、俺は貶されて居るのか?


 それとも褒められているのだろうか。



「まあ、この疑似冥界を全て浄化させたしね……凄い力だわ」


「その、疑似冥界って何?」



 ウルドがそう言って俺を見つめるが、疑似冥界と言う所に聞き覚えが無い。


 ここも異世界の一つなのだろうか。



「ああ、ここは冥界を疑似的に展開した、言わば空想の世界。さっきのロックベアもそう。冥界に居るモノを模造してあるのよ」


「あ、だから生き物は居ないって……」


「あんたに生き物を殺させる事なんて強要出来ないじゃない? だからよ」


「そうだったんですか」


「しかも、ここの物理的な広さは……そうね、太陽を回る地球の軌道程なのよ」


「え……」


「それなのに、盾はしっかりとここの中心から、すっぽりと包んだ様ね」


「そ、そうなの⁉」


「ええ、間違いないわ」



 それって、滅茶苦茶凄い広さじゃない⁉


 最初から生き物は居ないって言ってたけど、ロックベアやサソリの化け物が俺に襲って来なければ、ここまで必死に出来なかったかも知れない。


 恐れくそれはウルドの考えがあってのものだろう。


 俺に世界を支配しろとか言って来たけど、そこまで悪い人では無さそうに思えた。



 ふと薄暗い異世界の空を俺は見上げた。


 この疑似冥界って、太陽を回る地球の軌道程だって言ってたよね?


 そんな広さをあんな一瞬でバリアみたいなの張れた訳っ?


 それを思い出すと、ふつふつと嬉しさが込み上げて来る。


 これで地球を護れるかも知れない!



「あんた、何をそんなにりきんでるのよ」


「あ……」



 知らぬ間に俺はガッツポーズを決めていた。


 イーリスとウルドが呆れて見ている。



「まあ、一度戻った方が良いな」


「あ……」



 イーリスにそう言われて、時空の歪からこっちへ来て、随分と時間がかかっている事に気付いた。



「そうだよ! 愛美やメイドさんが心配してるよ!」



 俺がイーリスにそう言うが、彼女は特に慌てた様子が無い。



「あーそれは心配じゃないんだけどね。まあ、戻ろうか」


「うん、戻ろう!」


「オッケー! じゃあ、ちょっと描くから待ってね~」



 そう言うと、ウルドは地面に来た時同様、変な模様をいくつか描くと、それを線で繋ぎ合わせる。



「はい、こっち来てーいくよー」



 陣の中へ入るとウルドに手を握られた。


 急にグワンと辺りの景色が乱れて消える。


 同時に足場を無くした俺は、平衡感覚だけで無く、上下の間隔さえも分からなくなった。


 うわっ!


 ヤバいと感じた瞬間、急に全身に重力を感じた。


 特に背中全体にその重力と言うか、床の感触を感じた。


 俺は寝っ転がった状態でここへ転送された様だ。


 目を開けると、目の前に噴水が見える。


 間違いなく俺の部屋だ。


 普通は部屋に噴水など在る筈が無い。


 そして、まだこっちは朝の様だ。


 時間が止まってたって事⁉



「さあ、着いたわよー」


「は、はい!」


「て、あんた何で寝っ転がってんのよ……。良く分かんない奴だねやっぱり」


「あ、すみません」



 ウルドが呆れた表情で俺を見降ろした。



「マナミ起きたかなー、チョコくれないかなー」



 そう言ってイーリスが愛美の部屋へ向かうのを見て、ウルドが俺に耳打ちをする。



「ねえ、マナミってだれ?」


「ああ、俺の妹ですよ」



 すると、ウルドは驚いて声を上げた。



「あんた、妹も居るの⁉」


「いや、妹しか居ませんよ? 妹が一人だけ。あ、蜜柑も居るけど」


「いやいや、そうじゃなくて、妹もエランドールで生まれたのっ⁉」


「あ、妹はちゃんとした地球人ですよ、エランドールで産まれたのは俺だけ」


「あ、そうなの? 地球人?」


「ええ、そうですよ」


「で、ミカンってのは?」


「あー妹のボディーガードなんですけど、俺にしたら蜜柑も妹みたいなものです」


「それならいいけど、びっくりしたわ」


「エランドールで生まれてこっちに来てるのは俺だけですよー」


「あんたみたいなのが、あちこちにそう何人も居てたまるものですか!」



 そう言いながらウルドは部屋を見廻していたが、不意に怪訝そうな表情で俺を見た。



「それにしても、あんた」


「はい?」


「何だか、随分良い暮らししてんじゃないの」


「あ、そうですよね。全部、沙織さんのお陰ですけど」


「沙織って?」


「あ、ルーナさんです」


「え? ルーナって、あのルーナっ⁉」


「ええ、エランドールのね。成人祝いとかで戴いたんです」


「あー、ルーナなら……まあ納得」



 ウルドはそう言うと、イーリスが向かった部屋へ視線をやった。



「で、あっちが妹の部屋?」


「ええ、そうなんです」


「て、あそこ⁉ 壁に大穴開けただけじゃないっ!」


「ああ、悠菜に頼んで穴開けたんですよ」


「て、あんた! 妹の部屋に何て事すんのよ!」



 ウルドは目の色を変えて俺に食い付いた。



「いやいやいや! あれは妹が頼んだんですよ! 俺だってびっくりしたし!」


「えーっ⁉ あんたの妹がユーナに頼んだって事⁉ あの穴を⁉」


「そ、そうですよ!」


「な、何でよ⁉」


「い、行き来するのが面倒だからって言ってたけどっ⁉」



 驚いた表情で俺を見ていたウルドだったが、何かを察した様にその目の色が変わった。



「あんた達兄妹って……そう言う関係?」


「ち、違いますって!」



 そう反論したのだが、実際の所、愛美とそう言う関係になっても問題無いと、沙織さんは言っていた。


 その事が一瞬頭を過ったが、やはり兄妹ともなると社会的に問題は大有りだ。


 そう言う関係にはなってはいけない気がする。



「ちょ、ちょっとお兄ちゃんっ!」


「はいっ!」



 急に愛美に怒鳴られて、思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。


 見ると、部屋の大きな穴からイーリスを連れて、怒った表情をした愛美が向かって来た。


 その後ろからは蜜柑も入って来る。



「友香さんも泊りに来てるのにっ! どうしてそんな……し、下着の人を連れ込んでるのよ!」


「え?」


「嫌ねぇ。これ、下着じゃ無いわよ?」


「待て愛美、連れ込んでって……あ……」



 俺はハッと気付いてウルドを見る。


 改めて見るとかなり露出の多い姿の、こんがり日焼けしたウルドが居るのだ。


 しかも何を考えているのか、ウルドはニヤニヤしている。



「あら~? 別にあたしは連れ込まれてここに来た訳じゃ無いのよ~?」


「え?」


「あたしの意志でこっちへ来たんだけど?」


「なっ! 何ですってー⁉ こ、ここはお兄ちゃんの部屋です!」


「知ってるけど~?」



 愛美はイーリスの手を引っ張ったまま、ツカツカとウルドの前まで来ると彼女を睨みつけた。


 即座に蜜柑が愛美の前に立つが、彼女もウルドを睨みつけている。


 こいつら、行き成りウルドとバトルーっ⁉


 ヤバいってばっ!


 俺は慌てて愛美と蜜柑を宥めた。



「う、うわっ! 待て愛美! 落ち着け、蜜柑!」



 愛美と蜜柑に詰め寄られたウルドだったが、全く動揺した様子も無く、面倒くさそうに頭を掻いた。



「あー、あんたらが妹ね。さっき聞いた」


「こんな朝早くからお兄ちゃんの部屋で、貴女は何してるんですかっ⁉」



 そう言われたウルドはニヤッとする。



「何って、もうして来たとこだけど?」


「えっ?」


「とっても激しくね~」



 そう言って、俺の腕に絡みついた。


 ウルドの大きな胸の感触が俺の腕に伝わると、どうしてもドキッとしてしまう。



「なっ⁉」


「し、し、し、して来たー⁉ な、何をですか⁉」



 あ、絶対勘違いした。



「えー? そんな事、妹の貴女に言わなきゃ駄目~?」


「い、妹だから良いんです! 何してたんですか⁉」



 これは、絶対にウルドは愛美を揶揄っている。



「何をしたかなんて、女の口から言わなきゃいけないの~?」


「なっ! ちょ、ちょっとお兄ちゃんっ!」



 ウルドに向けられていた愛美の矛先が、突然俺に向けられた。



「うわっ! 変な事じゃないってば!」


「じゃ、じゃあ、なによ!」


「く、訓練だよ!」


「訓練⁉ て……なによっ⁉」


「ほら、異星人が来るだろ? それを倒す特訓だってば」


「え? そうなの?」



 意表をつかれた表情で、愛美はウルドと俺をまじまじと見た。



「まあね~。あんたの兄貴さ、中々……ってか、かなり凄いじゃない」


「え……そ、そうなの⁉ ま、まあ訓練ならしょうがないけど……」



 ウルドにそう言われた愛美は、慌てて彼女から視線を逸らしたが、その表情がだらしなくにやけ顔に砕けた所は、しっかりとウルドに見られていた。


 だがすぐに愛美はイーリスに耳打ちをする。



「ねえ、イルちゃん。あの人、どちら様なの?」



 愛美にそう訊かれたイーリスは、お前が言えと俺に目配せしている。



「ああ、こちらは……ウルドさん。なんつーか、エランドールの人?」



 俺の腕を自分の胸に押し当てていたウルドが、スッと俺から離れるとそのまま愛美に近づいて行く。



「ええ、私はウルド。エランドールでは時空管理に携わっているわ……あら?」



 そう言った後、愛美の左手を凝視した。



「あら? 貴女、その指輪……」


「あ、これ? 悠菜お姉ちゃんに貰ったの」



 そう言うと、愛美は指輪を愛おしそうに摩った。



「ゆうなお姉ちゃん? って、もしかしてユーナに?」


「ええ、別れる時にね……」



 今まで気づかなかったが、愛美も俺と似た様な指輪をしていたのだ。


 こいつも貰っていたのか!



「ねえ、あんた。妹は地球人だと言って無かった?」



 俺に振り返ったウルドが、疑う様な表情でそう訊くが、確かに愛美は地球人だ。


 そう認識している。


 うん、間違いない。



「え? 言ったよ? 愛美は地球で生まれたんだよ」


「そう? 何だか違和感があるけど……」



 何だかウルドが腑に落ちない様子で居ると、愛美と手を繋いだままのイーリスが、ウルドに向かって言う。



「だろ? ハルトが召喚したと思ったんだけどな、あたしは」



 前にもイーリスがそう言った時があったが、正真正銘、愛美は母さんと父さんの子だ。


 勿論出産に立ち会った訳では無いが。



「愛美は間違いなく父さんと母さんの子だってば。沙織さんだって特に何も言って無かったし」


「そ、そうよ? 私は地球人だってば」



 俺がそう言うと、愛美も若干動揺しながらも頷いた。


 だが、沙織さんが露天風呂で俺に言った言葉を思い出した。


 あの時、母さんに俺が愛美を授けたとか言っていた。


 あの言葉はどうも引っかかるが。



「まあ、その辺はどっちでも問題では無いけどね」



 ウルドはそう言ってイーリスを見てから、今度は愛美に視線を向けた。



「な、何ですか?」


「妹の貴女が、その指輪をちゃんと遣えるかって事が問題なのよね~」


「え? 遣う?」



 愛美は意味が分からず、ウルドに訊き返しているが仕方ない。


 ついさっきまで俺だってそうだった。



「でも、ハルトのと少し違う守護だぞ?」



 イーリスが愛美の指を見ながらそう言うと、ウルドも頷いて言った。



「まあ、ここまでの上位守護ともなると、同じ物は二つとして存在しないだろうしね」


「そう言う事かな?」


「どっちにしろ、遣えなきゃ意味無いだろうし。ねえ、もう少し良く見せてくれる?」


「え? これを?」



 そう言うと、ウルドは愛美の手を握った。


 そして、指にはめられたリングに顔を近づけると、それをまじまじと見る。



「ふむ……神器に見えたが、そんな筈無いか……だけどこれは珍しい品だね」



 ウルドがそう言いながら見ているのが気になるのか、イーリスも身を乗り出して見ている。



「ふーん」


「盾の守護には違いない様だけど、特殊な付加が施してあるわね」


「うん……そうかも」



 リングを見ていたウルドがそう言うと、イーリスも頷いて同意していた。


 その様子を怪訝そうな表情で見ていた愛美が二人に尋ねた。



「ねえ、盾の守護って何?」


「ああ、このリングはあんたに恵与された守護を、容易に共鳴させ易くする為のアイテムって事」


「え? そうなの?」



 愛美は驚いた様子で自分の指輪を見た。



「さっきまで、あいつのそれを引き出すための特訓をしてたのよ」



 そう言ってウルドが俺を指差すと、こっちを見た愛美は納得した表情を見せた。



「そうなんだ……。で、お兄ちゃんは引き出せたの?」


「ああ、何とかね」



 俺が愛美に苦笑いを見せると、目を輝かせて訊いてきた。



「あたしにも出来る?」


「出来るさ、お前なら大丈夫だ」


「そ、そうかな⁉」



 愛美はそう言うが、その表情は期待に満ちている。



「まあ、鈍感なハルトが出来たんだから、マナミにも出来るんじゃね?」


「そっか~お兄ちゃん鈍感だもんね~」



 そんな愛美を見てイーリスがそう言うと、二人は顔を合わせて笑い出した。



「そ、そこまで鈍感じゃねーよ!」


「いや、あんたは鈍感だよ?」


「何だよ、ウルドまで!」



 だが、愛美なら何と無く出来る気がする。


 地球人とは言え、沙織さんと悠菜が育ての親だしな。


 俺と同様、悠菜と沙織さんといつも一緒に居た訳だし……。


 いやいやいや、一緒に居たから出来るって、そんなの理由になら無くね⁉



「まあ、あたしがちゃんと教えるから大丈夫!」


「あ、ホント? ありがとね、イルちゃん!」



 そう言って愛美がイーリスを抱きしめた。


 まあ、仲が良い事は良い事だ。



「あー! 今何時⁉ そろそろ朝ご飯の支度しなきゃ!」



 急に愛美が声を上げて、俺の部屋の壁掛け時計を探した。



「ちょ、時計無いじゃん、この部屋! ね、今何時⁉」


「え? あ、何時かな? そこに携帯あるけど……」



 そう言って俺がベッドを指差すと、愛美はベッドに駆け寄って俺の携帯を見る。



「きゃああああああ! もう、七時! ヤバいヤバいヤバい! みかん!」


「らじゃ!」


「ああ、そんな時間か」



 まあ、俺が慌てる時間では無いが、そろそろ大学へ行く支度をした方が良い時間だ。



「ねえ、お兄ちゃん! 朝ご飯、適当に食べてくれない⁉ あたし、すぐシャワー浴びて、急いで学校行かなきゃだから!」


「はいよー! 大丈夫だよ」



 愛美がバタバタと自分の部屋に向かうと、その様子を見ていたイーリスが、愛美の後を追いかけながらボソッと言う。



「マナミ、昨日みたいに一緒に行けば? すぐあっちに着くのに……」


「あー! それだイルちゃん! 今日もお願い!」


「チョコは?」


「買ってあげる!」


「やたっ!」



 そんなやり取りが隣の部屋から聞こえている。



「何だか、忙しない奴だね。あんたの妹って」



 その様子を目で追っていたウルドが、俺に向かってそう言った。



「まあ、今日も学校だからね。あいつは高二だし、色々あるんだよ」


「ふーん」


「まあ、俺も大学行くけどね。友香さんも一緒に行くだろうし……」



 そうだった!


 友香さんと一緒に行くんだ!


 何だか嬉しいぞ!



「友香さん?」


「ああ、同期生が泊りに来てるんだよ」


「ふーん、そうなんだ。男の子?」



 う、気まずい……絶対に何か言われそう。



「あ、いや、女の子……」


「えええええー⁉ あんた、どんだけ女を連れ込んでるの⁉ だからさっき妹があんな怒ってたんだ!」


「いやいやいや! あれは、ウルドの恰好がそんなだから!」


「あたしの恰好がそんなって、どんなよ!」



 ウルドは自分の恰好に問題が無いと思っているらしい。


 ほとんど下着と変わらない生地面積ですけど?


 これが地球とエランドールとの、ファッション性の相違って奴ですか?



「あのね、地球の普段着はそういうのは着ませんよ」


「しょうがないじゃない、あたしは地球人じゃないもの~」


「で、ですからね、そう言うのも友香さんには内密に……」


「ふーん。あんた、意外と秘密主義?」


「そんな事無いですけど、普通だとパニックになるんですよ!」


「分かってるわよ、そんくらい。揶揄っただけよ」



 つかみどころが無い人だ。



「お兄ちゃん! まだいる?」



 突然、愛美がそう言いながら部屋へ飛び込んで来た。



「ああ、今から下へ行くとこ」


「そう? ごめんね~夕飯はちゃんと作るから!」


「まあ、気にするなよ。協力してやってこうぜー」


「うん、ありがとー! じゃ、イルちゃんと学校行って来る!」


「はいよ、行ってらっしゃい」


「行ってきまーす!」



 そう言って愛美とイーリスは、俺の部屋から飛び出して行った。


 イーリスと一緒なら、あんなに慌てなくても良いだろうに……。



「ふーん」


「な、何でしょうか? ウルドさん」


「あんた、妹に優しいんだね」


「そう? 普通じゃないの?」



 でもまあ、そうは言っても、俺の妹への溺愛ぶりは自覚がある。



「あたしにも妹が居るんだけどね~」


「ああ、スクルドさんとヴェルダンディさんですね」


「そう。ヴェルとは喧嘩なんて滅多にないんだけどさ、スクルドとは相性が悪いのかな~」



 そう言うと、ウルドは苦笑いで自分の長い髪を触った。



「そうなんですか? 仲良さそうだったけど」


「あんたにはそう見えたんだ?」


「ええ、あんなに言い合えるのは、逆に仲が良いと思いますけど?」


「そうか……」



 何だかその時のウルドが、少し寂しそうな表情を見せたのが、俺には印象的だった。

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