第20話 ヴェルダンディの姉妹、スクルドとウルド
突然目の前の空間に現れた、透明なグニャッとしたもの。
そこから確かに声が聞こえたのだ。
「いやー! ホンマ、びっくりやわ~こんなレアキャラ見っけるとは!」
すると、その歪んだ空間から赤い髪の女の子が顔を出した。
「う、うわっ!」
「くそー、ハルトのせいだからな!」
「えっ? 何で⁉」
「何でもムカデも無いわ! お前が急に守護を試そうとしたからだぞ!」
「いやー! ホンマお久ですな~、イーリスはん!」
「あ、ああ……」
「で、こっちのあんさんは、イーリスはんの……これか?」
そう言って、赤い髪の女の子は小指を立てた。
いや、それやるならここは親指でしょ?
「ば、ばっかじゃねーの⁉ そんな訳ねーし!」
「あ、慌ててるー」
「あ、慌ててねーし!」
こんな感じでイーリスが赤い髪の女の子とじゃれ合っているが、これではいつまでも状況が掴めそうも無い。
「あの~。お嬢様はどちら様でしょう?」
「あーこりゃ、失敬! うちはスクルド。時空管理局のもんや!」
「時空管理局? あ、ヴェルダンディさんの?」
「おー!
そう言ってこちらに駆け寄ると俺の両手を握り、嬉しそうな表情をして俺を見上げた。
てか、この子があの人の妹っ⁉
ぜ、全然似てねーっ!
歳は高校生くらい?
しかも、何故に関西弁?
「い、いや、知り合いって言うか、一度会っただけで……」
「何や、そやったんかぁ~。で、姉貴どやったん?」
「ど、どやったん?」
「いい女やろ? 今はひとりもんやで?」
「ひとりも……ん?」
「彼氏おれへん」
「彼氏? おれへん……? は、はぁー⁉」
「んー?」
真っ赤なツインテールの女の子が、何だか妙な事言ってますけど?
見た目は鈴木の部屋にあったフィギュアに似てる。
てか、あんな綺麗な人が彼氏居ないのか……。
何歳かな……あの人。
「そ、そりゃ、綺麗な人だったけど……」
「あー、ええねん、ええねん! みなまでゆーな! そんな無粋な事言わへんて~」
「は、はぁ?」
「兄さんの恋路は邪魔せーへんて!」
「こ、恋路ーっ⁉ そんな事は考えて無いって!」
「まあええわ。で、イーリスはん。ここで何やってんの~?」
そう言うとスクルドは悪戯っ子の様な表情になると、今度はイーリスに詰め寄った。
何なのこの子……。
「な、何って……あれだよ、特訓! そう、特訓だよ!」
「特訓やて?」
「こいつに戦いの特訓しないといけないんだよ! うん!」
イーリスは俺をビシッと指差してそう言うと、わざとらしく腕を組んで頷いてみせた。
「この
「そ、それはこいつが……。あ、そうだ! ルーナにどうしてもって頼まれたんだよ!」
「え? ルーナって……うちらのルーナ?」
「うんうん! なっ? ハルト!」
「あ? ああ」
「って、ホンマかっ⁉ ルーナはんにっ⁉」
そう言うとスクルドは、また目を輝かせて俺に訊いてきた。
「ま、まあ別れ際
「ホンマかいなっ! ルーナはん、ここにおったんか⁉ で、何処におるん⁉」
驚いた様子で今度は俺に詰め寄る。
「あ、もう帰ったよ。エランドールへ」
「あちゃ~入れ違いか~」
スクルドはがっくりと肩を落として、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
しかし、すぐに何かを思い出した様に顔を上げた。
「あ……思い出した!」
そして急に立ち上がるとイーリスを指差した。
「イーリス! あんさん、次元狭間にこっちの人巻き込んだやろっ!」
「あ……」
「うちがちゃんと送り届けたからええけどな、あまり巻き込んだらあかんやないか~」
「あ、ああ……それは……ごめんよ」
「まあ、すぐに気づいたからええけどな、危ないとこやったで?」
スクルドは腰に手を当てると、やれやれといった表情でイーリスを見た。
「ああ、悪かったよ。てか、そっちも知らない人いたよな?」
「ん? 知らない人? そっちって何処に?」
「あんたの横に、知らない男」
「えっ⁉ 男? あーっ! せやせや! あれは新人の局員やで!」
「新人? そんな事あるんだ? ずっと三人でやってたじゃん」
「ま、まあ、最近は色々仕事も増えてやな……って、あんたみたいなのが仕事増やしてんやないか!」
「うっ……ごめんよぉ」
「何や、ごめんて! えらい素直になってからに……。まあ、ええわ。それより、新人紹介しとこかー?」
何だかスクルドって子、殆ど一方的に話してるけど……。
何だか関西弁って圧倒されるよね?
「おーい、おっちゃーん! 顔出せへんかー?」
不意にスクルドが歪んだ空間へ声を掛けた。
『あ、はい! 何でしょう?』
「レアキャラ見せとくわ! もう二度と見れへんかも知れへんし!」
『あ、はい!』
そう言って顔を出したのは、近所に居そうなごく普通のおじさんだった。
「あ、あの皆さん、初めまして」
「え……?」
どう見ても普通のおじさん。
だが、よくよく見ると、俺の父さんに何だか似ている。
「まだまだ新人ですが、スクルドさんの所で局員をやらせて頂いてます」
「あ、そ、そうですか。それはどーも」
何だか妙に低姿勢な人で、つい釣られて深々と頭を下げてしまった。
「あ、悠斗です。霧島悠斗、大学一年です」
「えっ? きりしま?」
急におじさんは驚いた様子で俺を見つめた。
「な、なにか?」
「お、お父さんのお名前は……?」
「あ、圭吾ですけど? 今は海外へ行ってますが……」
「なっ⁉ けいご⁉」
「お母さんの名前は⁉」
「え、啓子ですけど……」
「けいこ……そ、そんな……」
おじさんは更に驚いた様子で、その場で固まってしまった。
「何や、おっちゃん知っとるんか?」
「いや、そんな筈は……だけど、名前は間違いない……」
スクルドが不思議そうにおじさんの顔を覗き込む。
「て、あんた、泣いてんのんか⁉ ど、どないしたん⁉」
「あ、いえ……こんな事って……でも、こんなに大きくなっているなんて……」
おじさんは顔をくしゃくしゃにして、鼻水を垂らしながら泣いていた。
ひょっとしたらこのおじさん、父さんの良く知る、いや、血縁関係があるのかも知れない。
脳内に表示されたこの人のログが、初めての人とは違っているのだ。
いつ会ったのかは不明だが、確かに俺はこの人と会っている。
「も、もしかしたら、父さんの……?」
そう言うと、おじさんは涙をとめども無く流しながらも、俺の顔を見てうんうんと頷く。
「ああ……でもついこの間生まれたばかりな筈……」
「え? 誰がです?」
「君だよ……悠斗……君」
「え? 俺? えーっ⁉」
「お爺ちゃんだよ……間違いない……」
「え? 父さんの?」
「い、いやいや、君のお爺ちゃんだよぉぉぉ」
「え……俺の?」
そう言って俺の手を握ると、更に声を出してその人は泣き出してしまった。
そして、そのまま崩れる様にその場に座り込む。
てか、俺に肉親であるお爺ちゃんが居るとは思わなかった。
それもその筈、俺は異世界で生まれたんだからな。
爺ちゃんが居る訳無い。
いや、待てよ?
俺の爺ちゃんって、父さんの父さんって事か!
俺は意識して脳内のステータス情報を見た。
霧島圭一……。
やはりこの人は父さんの父親だ。
だが、人間では無い。
その魂は元は人間だったが、その思念体を使用して今は間に合わせの様な身体を使用している。
身体組織などが地球の人間のものとは大きく違っているのだ。
「って、ホンマかいな! 凄い偶然もあるんやな! うち、こんなんよー知らんわ!」
「この人、ハルトのお爺さん?」
スクルドがかなり驚いた表情で俺達を見ているが、イーリスはキョトンとした顔つきで俺を見上げた。
「俺は会った事無い筈だけど……いや、一度人間だった時に逢ってます? でも、父さんに良く似てる」
「兄ちゃんとは似てへんな~母ちゃん似か?」
「あ、俺は父さんとは似てる筈無いんだよ」
「え? なんでや?」
「ああ、俺はエランドールで産まれたんだ」
「な、何やてっ! ホンマかっ!」
「あ、ああ。沙織さんからそう聞いてる」
スクルドはガバッと俺に近寄って来るが、傍で座り込んでいたおじさんも俺を見上げると弱々しく口を開いた。
「え……?」
スクルドは俺の両肩をガシッと掴んでいたが、急にハッとした表情をした。
「つーか沙織さんって? 誰やそれ」
「ああ、ルーナさんだよ」
「なっ……ホンマかいな……」
座り込んでいたおじさんが、困惑した表情で俺に訊いてきた。
「ど、どう言う事だ……?」
「ああ、二つ下の妹が居るんですけど、そっちは父さんたちの本当の子供で、俺は異世界から連れて来られたんです」
「妹……そうだったのか」
「な、何か、すみません」
何だか、喜ばせておいて後から嘘だと騙した様な、感激させてから叩き落したような、そんな気持ちになって思わず謝ってしまう。
静岡の方言では、これをくれだましと言うらしい。
兎に角、本当の孫だと思わせておいて、実は異世界の人間だった訳だからな。
申し訳ない。
「いや、その妹さんは知らなかったが、生まれたばかりの君とは会っているんだよ」
「やっぱりそうなんですか?」
「ああ、君のお母さんが抱いて、私に会わせてくれたんだ。君が生まれてすぐにね」
「と、言う事は、沙織さんが俺を連れて来て直ぐって事ですね」
「ああ、そう言えばあの時、もう一人女の子を連れて来て居たが……」
「え? あ、もしかしたら、それ悠菜かな⁉」
「名前は憶えていないが、大人しい不思議な女の子だった」
「そうでしたか。その子も実は異世界の人なんです」
「そ、そうだったのか……」
「小さな子供の姿になって、ずっと俺を護ってくれていたんです」
「な……そんなことが……それにしても、俺が死んでからもうそんなに経っていたのか……」
その時の俺は、イーリスとスクルドの存在を忘れておじさんと話し込んでいた。
いや、おじさんは無いだろう。
俺のお爺さんにあたる人だ。
「あの~お二人さん? ちょっとええかー?」
「あ、はい」
「まあ、積もる話もあるんやろうけどなー」
そう言って、スクルドは俺と彼の間に割って入って来た。
「そうだな、早めに軟弱ハルトを鍛えなきゃだな!」
イーリスも腕を組んで頷いている。
「いやいや、そうやない! ここやとええ加減、姉さんたちが感づくで?」
「うっ……ヴェルは良いとして、ウルドか?」
「そうや~? ウルド姉さんに知れたら、えらいこっちゃやで?」
「それはヤバいな……」
イーリスとスクルドが妙に深刻な表情で向かい合っている。
やはりこの二人に神妙な顔は似合わない。
それだけでも何だか嫌な予感がしてきた。
まさにその時だった。
『だ~れに知られたらヤバいの~?』
急に歪んだ空間から声がしたのだ。
俺達は一斉にその声のした方へ振り向いた。
と、同時にイーリスが叫び声をあげる。
「ぎゃああああああー!」
「あちゃ~! ちゃうねん、ちゃうねん! これはイルはんがやな!」
スクルドも慌ててイーリスの後ろへ隠れながらそう言った。
『イルはん~? 誰とこんな歪に……て、えっ⁉ イーリス⁉』
「あ、あたしじゃないじゃん! こ、こいつじゃん!」
イーリスは俺を指差すと、背中でスクルドを押しながら後ずさる。
が、二人は足を縺らせてしまい、折り重なる様にその場に倒れ込んでしまった。
そしてそのまま、二人は歪んだ空間を凝視していた。
その歪んだ空間からゆっくりと姿を現したのは、綺麗に日焼けした肌を露わにした女の人だった。
まるで水着の様な服を着ている。
いや、水着って服じゃ無いだろ?
飾り物を外したサンバのお姉様ですか?
「あら! 本当にイーリスじゃない! こんな所で何してるの⁉」
「な、何にもしてないよ! ホントだからな!」
「ふ~ん、で、この子がヴェルダンディが話してた子かな?」
そう言うと、その女の人は顎に手を当て、ゆっくりと俺に歩み寄って来る。
「え? ヴェル姉さんから⁉」
イーリスの背中に隠れたスクルドがそう聞くと、自慢げな表情でスクルドの方を振り返る。
「そりゃそーよー? あの子は何でもあたしには話してくれるからね~」
そう言うと、ウルドは自慢げにスクルドを見下ろした。
「な、何言うてんの! うちにかてヴェル姉さんは何でも話してくれるんやで⁉」
「あら、そーおー?」
床に座ったままのイーリスと抱き合ったままのスクルドは、ウルドに食いつくようにそう言うが、どう見てもウルドの貫禄勝ちの様に見える。
「そ、そやで! 何やの一体! どうして出て来たんや!」
「どうしてって、あたしは非番だからね~何しようと自由でしょ~?」
「うぅ……ウルドのアホー!」
まさに姉妹喧嘩だな。
俺は愛美と喧嘩になった事無いけど、これはこれで何か羨ましい。
こう見えて実は仲が良いんだろうな、きっと。
「で? あんた達、何してたの?」
「う、ウルドに関係ないやん!」
「そりゃ、そうでしょうけど~? さっきその子を鍛えるとか言って無かった~?」
「きいてたんか⁉ てか、どうして非番のウルドが神殿に来てんのや!」
「そりゃ、ルーナがあんたを探してたから、わざわざ呼びに来てやったんじゃない~そしたら、あんたの大声が歪から聞こえたから覗いてみただけ~」
「う……ルーナが探してたん? そらすぐ戻らんと……」
「でしょ~? 早く行った方がいいんじゃな~い?」
「せ、せやな……じゃ、イーリス、うちら行くわ……おっちゃん、話は又時間作るさかい、堪忍な?」
「え、ええ。すみません」
「あ、ハルトはんも、よろしゅうな! ほな、急ぐでおっちゃん!」
そう言うと、スクルドはおじさんの手を引くと、そのまま歪に飛び込んだ。
するとその後、歪んだ空間はフッと音も無く消えてしまった。
「さーてと。あんた、イーリスを召喚して何しようっての?」
ウルドは腕を組んで俺に近寄って来る。
「しょ、召喚って……」
「ヴェルダンディから聞いてるわよー? あんたが召喚したって」
「あ、あの……ですね。異星人の襲来に備えて……」
「はぁ? 異星人の襲来?」
「ええ、まあ」
「ここに? そんなのどうこう出来る訳無いじゃない」
「え、ええ、まあ、そう思います……けど、何とかしなくちゃダメなんです」
「何とかって……はぁ~イーリスも飽きれた奴に巻き込まれてるんだね~」
「まあな」
「で、その為に鍛えるとか言ってる訳~?」
「ああ」
そう返事をすると、イーリスはバツが悪そうにそっぽを向いた。
その様子を見ていたウルドは、今度は俺に向かって指を指した。
「元老院の話だと、あんたがエランドールに来るとか言ってたけど?」
「あ、それは出来ないんです。ここの皆を残してエランドールには行けないって言うか、行きたくなくて……」
「ふ~ん。あ、育てて貰った恩とか義理とか?」
「勿論それもありますけど、家族だけじゃ無くて、知り合った人や、知らない人でも何と無く……」
すると、ウルドはやれやれと言った表情で手を振った。
「無理無理~あのさぁ~ここは何度もこう言う事があったんだよ?」
「え? ここで?」
「そうよ~? そうして何度もここは滅亡したの。あー何度目かなこれで……」
そう言いながら指を折って数え始めた。
「そ、そうなんですか……」
「大体にして、ここはまだまだ未発達でしょうに。戦える訳無いじゃない」
「それでも……」
「無駄死によ? 跡形も無く消えるわよ?」
「え……」
「あんたみたいなのが
「でも……俺だけが助かるのは嫌だ……」
確かに戦える術は無い。
それでも皆を放って置けない。
「へ~。変わってるね、あんた」
「そ、そうですか? でも、ここの人達皆を置いて行けないってか、この先に起きる事を知っておきながら、放って置けないでしょ……」
「ふーん」
そう言うとウルドは、俺の足元から頭の先までまじまじと眺めた。
「で、イーリスに次元操作させて、その隙に叩こうとしてる訳?」
イーリスに次元操作?
あのセピア色の世界って奴かな?
あ、あの世界に侵略者を閉じこめる訳か⁉
「そうか……そう言う事か!」
「はぁ? あんた、何も考えも無しにイーリス召喚したの?」
「ウルド、こいつは鈍感なんだよ」
呆れるウルドにイーリスがボソッと呟くように言った。
「つくづく貧乏くじを引いたもんだね、イーリスも」
「そう言うなよ……」
「イーリスあなた、これまで誰かに召喚された事ってあったの?」
「ない」
「でしょうね~あたしでもそんな話、聞いた事ないもの」
「でもウルド、あたしはハルトを助けたいんだよ」
「へー! イーリスってそう言う所もあるんだ⁉」
「なっ! 違うっ! 一風呂一飯のだなっ!」
「ふーん。あたし何だか思い違いをしてたみたいね」
驚いた表情でイーリスを見たが、すぐに俺の方を向き直る。
「何だかあたしも興味が出て来た……」
「そ、そう?」
「あんた、漂泊者にこれだけ言わせるんだからね。それに、ヴェルダンディーといいスクルドといい、何だか皆があんた寄りじゃない?」
「そ、そうかな?」
「それに……それ、よく見たらルーナの加護じゃない? そんなの初めて見たよ」
ウルドは俺のネックレスを指差しながらそう言った。
「あ、これね……うん、ルーナさんに付けて貰った」
俺は首から下げたネックレスを持って見せた。
「は? あたしが言ったのはそれじゃないんだけどな」
「え?」
「だから、言ったじゃん。ハルトは鈍感だって」
「そっか~」
え?
やっぱ加護って、この首輪じゃないの?
「やれやれ……こりゃ、一から教えないと……」
「そうなんだよ」
「あーははは! 大変だ~」
呆れた感じでイーリスにそう言うウルドだったが、何だか少し楽しそうに笑った。
「でも、ここじゃ何かと具合が悪くない?」
そう言ってウルドが辺りを見廻すと、イーリスも頷いて同意した。
「それは知ってるけどさ。ハルトが行き成り試そうとするから、仕方なくここに居るんだってば」
「ふーん。で、何処で特訓するつもりー?」
「そうだな~あたしは何処でもいいけど、ハルトがな~」
そう言ってイーリスは腕を組んで考え込んだ。
「じゃあさ、ここはお姉さんに任せなさいよ! いい所案内してあげるから!」
「えーっ⁉ ウルドがーっ⁉ 大丈夫かなぁ……」
「何よそれー! スクルド何かよりずっと頼りになるわよ⁉」
そう言ってウルドはイーリスに詰め寄った。
「まあ、ここみたいな時空歪じゃ無ければ、取り敢えずはいいけどさ」
「そうよ~ここじゃその内、エランドールに特定されるかもよ~?」
「そ、そうだよな! すぐ移動しないと!」
イーリスにとってはスクルドを介して、エランドールに居場所が特定されるのは、かなり都合が悪い様だ。
「んじゃ、決定ね? 陣を描くからちょっと待ってよー?」
ウルドはそう言って、床に幾つも不可解な図形を描き始めた。
何だか沙織さんの部屋にあった奴に似てはいるが……。
それを線で繋ぎ始めると、辺りの雰囲気が変わり始める。
「これでよし! さー行くわよー? こっち来て、お坊ちゃん!」
「え? あ、はい!」
そう言われて俺がその陣の端まで来ると、ウルドが俺の手を引っ張る。
その途端、俺の脳内にあるウルドのステータス情報に、幾つかの項目が上書きされた。
ひょっとしたら、接触する事によって更に詳しくステータスが読み取れるのかも?
「こっちだってば! ちゃんと入らなきゃ弾かれるでしょ?!」
「あーハルト、今はウルドに従った方が良いぞー」
そう言いながら、イーリスも陣の真ん中に入り込んだ。
「よーし、レッツゴー!」
次の瞬間、グワンと耳鳴りがして、俺は思わず目を強く瞑ってしまった。
同時に平衡感覚を失い、自分の足元にある筈の床の感触が消えた。
ハッと目を開けると、グニャっとした空間の中に俺は浮かんでいる。
俺の手を握っていたウルドを見た時、フッと新鮮な空気が顔に当たるのを感じた。
「さー着いたわよ! ここでどう?」
「ここかー」
ウルドが自信満々に言う。
しかし、見回してみても薄暗くて、俺には周りが良く見えない。
だが、イーリスにはここが何処なのか見当がついた様だ。
「だけど、ウルド。ここって、疑似冥界じゃん?」
「そうよー? あそこじゃ何かと面倒じゃないのー?」
「まあ、そりゃそうだろうけど……」
そう言ってイーリスが頭を掻いた。
待てよ?
イーリスは疑似冥界と言ってたよな?
冥界って⁉
何それーっ⁉
「あたし、この辺りはハルトに向かない気がするんだけどなー」
「そー? 思いっきり暴れられるわよ?」
あ、暴れる⁉
誰が⁉
「ちょ、暴れるって誰が?」
「は? 勿論、あんたでしょ……」
「え……そうなの?」
「あんたの特訓の為にここへ来たのよ?」
「あ、はい」
呆れた表情でウルドに見られて、何だか逆に惨めな気分になった。
まあ、いずれ戦い方を教わらなければならないと思っていた。
だがそれが今で、しかも冥界とは心の準備が出来ていない。
「それと、ここに存在している物は、基本倒していいからね?」
「え?」
「てか、倒さないとあんたが倒されるよ?」
「なっ、何でっ⁉」
そう言われて見回すと、薄暗さに目が慣れて来たのか、辺りが見えて来ていた。
ごつごつとした地面に、向こうには渓谷の様な場所もある。
植物は見当たらない。
まるでネットで見た火星の表面の様だ。
こんな場所に生き物など居るのだろうか。
「ここって……生き物居るんですか?」
「はー? 生き物何て居ないわよ?」
「へ?」
そう言われて俺はかなりホッとした。
行き成り何かと戦えと言われても、とても戦い方など分からない。
イカレた奴らを車ごと放り投げた位だ。
これまで取っ組み合いの喧嘩などもした事が無い。
倒さないとあんたが倒されるとか、そんな風にウルドが言うから身構えてしまった。
ましてや、敵を倒せと言われても、その倒し方が分からないからな。
しかも生き物が居ないって言ってたけど?
それじゃ、何を倒すのさ!
「あー生き物ならまだマシって、言う方が正しいのかな」
「ど、どゆこと?」
「今ね、生き物の定義を訊いてる余裕は、あんたに無いと思うけど?」
そう言ってウルドが指を指した方を見ると、何やらうごめくものがこちらへ向かって来るのが目視で確認出来た。
既に脳内レーダーには危険察知を知らせるアラームが表示されているでは無いか!
何か居るじゃん!
嘘つきーっ!
距離は五百メートル程先ではあるが、明らかにこちらへ向かって来ている。
ここから見てもそいつはかなり大きそうだ。
横幅は一般的な自家用車の大きさに見えた。
背の高さは家より低い位。
一般的な平屋の屋根より、少し低い位だろうか。
それでも俺の身長の倍近くはあるだろう。
「な、何か来る!」
「さ、ハルト! あれを倒して! 倒さないと、あんたが倒されるよ?」
「えーっ⁉」
そう言われても、どうやって倒せばいいの⁉
そう思いながら向うを見ると、見る見るこちらへ迫って来る。
ヤバい!
そうだ!
剣がある筈だ!
俺は見えない剣を掴もうと、俺の右側辺りを手探りで探すが、その手には何も触れない。
な、何でだ!
どうやって出すんだ⁉
焦りながら向うを見ると、更にあれが近づいて来ている。
ドカドカと足音を響かせ、岩の塊の様な熊……?
ヤバい!
剣を出さないとやられる!
あの時、俺はどうやって剣を掴んだ⁉
あの時は――右手に持った剣が、左指のリングを触ろうとして、見えない盾に当たって気付いた。
だが、今はその剣が見当たらない。
そうしている間に、あいつの足音が接近して来る。
同時にうめき声も聞こえ、思わず見ると既に間近に迫っている。
そいつは更に唸り声を上げると、片腕を振り上げて向かって来ていた。
マズい!
早くしないと!
俺は思わず左手を硬く握り絞め、ふと中指にはめたリングを見た。
剣だけでは無く、これも守護だと言うのは間違い無い。
盾も!
盾のたっちゃん!
≪レフコクリソスアスピダ≫
ふと、頭の中に浮かんだ言葉。
だが正にその時、そいつが目の前で飛び掛かって来た。
ヤバいっ!
もう間に合わない!
俺は思わず頭を下げ、強く握った何も持たない左腕で咄嗟に自分の頭を庇った。
『グァッシャーン!』
辺りにもの凄い破壊音が響いた。
同時に、俺の周りに何かの破片がバラバラと散らばる。
だが、俺には何にも衝撃は無い。
な、何が起きた⁉
誰がやったんだ⁉
慌てて頭を上げて状況を確認した。
だが、この目に映ったのは、片腕を失った岩の熊が次の攻撃をしようと、もう一方の腕を振り下ろす所だった。
ぎゃあああー!
声も出せずに今度は両手で頭を庇った。
『グァッシャーン!』
さっきと同様、もの凄い音がしたが、まるで衝撃は無い。
しかし今度は、降りかかるその破片が何なのかは理解出来た。
奴の砕けた腕だった。
振り下ろした腕が、何者かに破壊され砕け散ったのだ。
前を見ると、両腕を失った岩の熊がよろよろと後ずさる。
ウルドがやったのか!
辺りを見廻すが、ウルドとイーリスの姿が見えない。
え?
何処行った⁉
ウルドがやったんじゃないのか⁉
二人が何処へ消えたのか分からないが、目の前には両腕を失った岩の熊が居る。
そいつは後ずさるのを止めると、今度は頭突きでもするかのように頭を下げた。
そして、そのまま突進して来た。
ヤバい!
今度こそやられる!
だが、俺を護ってくれる二人も消えた今、何とか対処しなければいけない。
今度はそいつをよく見て、突進して来た所を紙一重で右へ避けた。
よし、かわせるぞ!
ドカドカと足音を立てて、そいつは暫く突っ込んで行ったが、俺が避けた事に気付いてその場に止まった。
そして向きを変え、再度突進してくるつもりだ。
よく見れば大丈夫だ!
予想通り奴の動きは単調だった。
確かにパワーはもの凄そうだが機敏さは無い。
案の定、今度も難なく避ける事が出来た。
よし、大した事ないぞこいつ!
だが、こんな風に避けているだけでは駄目だな。
倒さなきゃ、こっちがいずれやられるかもしれない。
こいつのパワーは底知れないのだ。
でも、どうやって倒す?
剣が出てくればいいんだけど……。
そしてまた、あいつが突っ込んで来る。
いい加減避けるのも面倒になって来た。
こっちもコツを掴んで来て、今は余裕で避けられるがそろそろ飽きて来たし――。
そう思ったその時、何かが視界に入りそちらを見ると、新たに別の岩熊がこっちに向かって来るでは無いか。
なっ!
マジかよっ!
二体が同時に来たら、避けられる自信が無い。
いや、間違いなく避け切れない。
剣を持って倒さないと、真面目にこっちが倒される。
俺は右の腕輪を無意識に触っていた。
≪フリサフィサイフォス≫
さっきもそうだった。
分からない言葉が俺の頭に響いた。
その時、ふと右腕辺りに何かを感じた。
あ、あった!
そこにそっと手を触れると、フッとあの剣が姿を現した。
こ、これこれーっ!
探したよ、
おもむろに剣を掴むと、両手でしっかりと握りなおした。
そして、頭を下げて突進して来る岩の熊へ振りかぶる。
そして、突進して来る奴を交わしながら、俺は手にした剣をそいつの横腹に向けて思い切り振り下ろした。
あ……ミスった⁉
全く剣の重さを感じないし、何しろ当たった手ごたえが無い。
切れない迄も、当たった感触位は感じる筈だ。
やっと剣を掴んだと言うのに、俺の一撃はあっけなく奴に避けられたのだろう。
だとしたら、奴の反撃に備えなければいけない。
振り向き様に俺はすぐに身構えた。
しかし、岩が崩れる音がしている。
見ると、あの岩の熊であろう塊が二つに分かれて、向こうへ転がって行った。
だがすぐにハッと身構える。
すぐそこから二体目の奴が、今まさに飛び掛かって来る所だったのだ。
やべっ!
もう来たのかっ!
二体目のそいつはボディーアタックさながら突っ込んで来る。
咄嗟的に左手で頭を庇いながら、右手の剣を前へ突き出していた。
傍から見たら不格好な仕草に見えたに違いないが、戦い方の分からない俺にはこうするしかなかった。
『グッワッシャーン!』
だが先程同様、大きな破壊音と共に岩の塊がバラバラと降り注ぐ。
しかし、今度は俺にその様子が見えていた。
左腕で頭付近を庇いながらも、腕の隙間からそいつを見上げていたのだ。
勿論、迫り来る恐怖心から凝視しただけだ。
自分がやられる寸前まで、その目を逸らせなかっただけなのだ。
俺が突き出した右手の剣に刺さった奴が、勢いは衰えずにその後、頭を庇った俺の左腕の少し向こうで、硬い何かにぶつかった様に砕け散ったのだ。
剣が突き抜けた奴の身体は、既に脆くなっていたのだろう。
左腕の向こうで粉々に砕けて落ちたのだ。
そう、そいつのひざ下辺りだけを残し、その上は綺麗に砕け散っていた。
た、倒した……?
すぐに態勢を整える様に身構えて、キョロキョロと辺りを窺う。
今の所他に動くものは無さそうだった。
ふぅ……何とかなった。
「な? 向かないって言ったろ?」
「そうねぇ~ここじゃ駄目ねぇ」
真上からそんな話し声が聞こえて、慌てて上を見上げると、ウルドがイーリスを抱き抱えて空中に浮かんでいた。
「あっ! そんな所に! た、大変だったんだぞっ⁉」
そう言うと、呆れた顔で二人は俺を見降ろしている。
「は? あんた何言ってんの?」
そう言いながらイーリスを前に抱えたまま、ウルドはスーッと目の前に降りて来た。
そして、イーリスと何やら言い争っている。
「あのさーだから、ハルトは鈍感だって言ってんじゃん……」
「鈍感ってレベルじゃないでしょうがっ!」
俺はその間にも、さっきの奴が又来ないかと辺りを見廻すが、今は動くものが視界には無い様だ。
どうやらさっきの襲撃の時、この二人は空中へ逃げていた様だ。
「二人して上に逃げてたのかよ! ヤバかったの見てたでしょ⁉」
「見てたけど? まるで訓練になってないし」
う……確かに避けてただけだけど……。
「で、でも……何とか倒したじゃん……」
「何とかー? 全く相手にならなかったよね! あいつら、勝手に砕けちゃったよね! あんたが倒そうとしたんじゃなくて、盾に壊されたよね!」
え?
あれって、ウルドが攻撃したんじゃないのか?
「……え? 盾? 盾が出なかったんだけど?」
「あのさ~」
何処から持ち出したのか、ウルドが杖を手にして俺に近寄って来る。
「じゃあ……こ・れ・はー!」
カン! カン! カン!
「な・ん・で・す・か⁉」
カン! カン! カン! カン! カン!
俺の横で杖を振り上げカンカンと音を立てる。
俺の左側に何かある様だが、今はそれが俺には見えない。
だがウルドが言っているのは、恐らくあの時に見たあの盾に違いない。
「あ、あれ? あるの? 盾のたっちゃん……」
「変な名前付けてんじゃないよ! ずっとこれに護られてたじゃないのさ!」
「な? ハルトは鈍感だろ?」
「次元が違うわよっ!」
何だか酷い言われようだが、ずっと盾に護られてたとは分からなかった。
確かにこれでは反論もできない。
そっと左側を手探りで探すと、不意に左手の指輪に感触が伝わり、フッと音も無くあの盾が現れた。
「うおっう! 出たー!」
「あのさ、出たーじゃ無いわよ! あんたがロックベアに気付いた時に、すぐにそれ出したじゃない!」
「え……? あいつに気付いた時って、最初にあいつが向かって来た時?」
「あんた、もしかして頭ぶつけた? 記憶無くしちゃってるの?」
「え? ぶつけて無い……けど?」
すると、イーリスがウルドの腕を後ろから突っついた。
「何よっ!」
「だから、何度も言ってんじゃん。ハルトは鈍感なんだよ」
「だっ、だって、こんなの信じられる⁉ 鈍感にも限度があるもんでしょ⁉」
ウルドはイーリスに向かって怒鳴りだした。
こうなると、本当に俺は鈍感なんだと思い知らされてる気分だ。
「まあ、ハルトさ。常に守護の存在は頭に入れて置けよ?」
「あ、ああ。分かった」
俺は剣と盾を両手に握ったまま、その二つをまじまじと眺めた。
「いつでもその二つの守護は、ハルトと共に存在するんだよ」
「そうなんだ……」
「ああ、そうさ。それが守護ってもんだろ?」
確かに、守護といえば常にその対象物を護る為に片時も離れないだろう。
そう思いながら剣を握った手を緩めると、フッと握られた剣は消えた。
しかし、握っている感触はまだこの手にあるのだ。
恐らく、剣は透明にその姿を消しているのだ。
試しに盾を持った左手で剣の辺りを探ると、見えないが確かにそこに剣がある。
「
「え? これ? 放すの?」
そう聞くと、イーリスはこくんと頷いた。
俺はそっと剣を握る手を開いてみるが、元々重さを感じないその剣は、俺の手を放れて見えない事もあり、今何処に行ったのかが分からない。
若干不安になって見えない空間を探ると、フッと手に剣が触れた感触がある。
そうか!
下に落ちる事無く、その場に留まっていたのか……。
「ハルト。勿論、そっちの盾もだよ?」
「あ、ああ……」
剣と同様、俺が盾を握る手を放しても、盾は下に落ちる事も無くその場に浮かんでいる。
そして、フッと見えなくなった。
でも、ここにあるって事か?
そう思い、盾の浮かんでいた辺りを手探りで探すと、やはりそこに見えない盾があった。
「なるほどね~ここから慣れさせないと駄目なのね~」
ウルドが腕を組んで、納得した様にイーリスにそう言った。
「ああ、与えられた守護を理解してないからな」
「よーし! そう言う事なら、お姉さんがちゃーんと教えてあげる!」
そう言って、ニコニコしながらウルドが俺の頭を撫でて来た。
「あ、すみません。お願いします……」
「そうね~先ずは剣からお勉強しましょうか!」
「はい」
「その剣は常にあんたの……そうね、普段は右側にあるんだね」
「そうなんですか。この腕輪に関係してるのかな?」
「そりゃそうでしょ~その腕輪が触媒の様な役割もしているからねぇ」
「触媒……ですか?」
「簡単に言えば、あんたでも安易にその剣を扱える様にしているって事」
「安易に?」
「今のあんたじゃ、その腕輪が無いとその剣を扱えないかもね~」
「そ、そうなんですか⁉」
だとしたら、無くさない様にしないとだ。
風呂に入る時もちゃんとして置かないとだな。
「腕輪をしてる事で、剣を見えやすくなったりね。そんな理由で今はその腕にしてるようだね」
「おぉ……」
「そして、そっちの盾だけど、概ね剣と同じ様に常にそこにあるね」
「盾か……」
「勿論、左側だけど……その盾、剣よりもかなり上位の部類かもね」
「そうなんだ?」
「常にあんたを護る様になってるからねぇ。ま、大抵盾の守護ってそうなんだけどさ」
「なるほど……剣は攻撃の意志がある時に使うけど、盾は常に護る必要性があるからか……」
「あら、中々感はいいじゃない! ちょっと意外だわ」
「そ、そうかな?」
少し気分が良くなった俺は、左手の指輪をまじまじと眺めた。
「だから、さっきみたいに攻撃して来たら、あんたが防ごうとした意識に反応して、自在に盾は守護するの」
「意識に? って、自在に⁉」
そう言われるが、俺にはさっぱり理解出来ない。
「あーやっぱり無意識かぁ~例えば、あんたがさっき頭を庇ったでしょ?」
「あ、はい」
「その時には盾をその手に握らなくても、この盾はあんたを庇うよ? あらゆる攻撃からもね」
「え……握らなくても?」
そうだったのか……。
俺は慌ててこの手に持とうとしていた。
だが、手に持たなくても良いと言うのか?
「そうよ? さっきもそうだったじゃない」
「あ、あれってこの盾にぶつかって、あいつが壊れたんだ……」
「まあ、それが守護ってものだけどさ」
「そうだったんですね……」
何だか凄く万能って言うか、めっちゃ有能な盾じゃないか!
「それに、盾を持って攻撃を防いだら、幾ら優秀な盾であってもそれなりの衝撃が伝わるでしょ?」
「あ、確かに」
「そんな衝撃を感じさせたら守護の意味がないじゃない」
そう言われて納得出来た。
もし、ロックベアの強烈な攻撃を盾を持って防いでいたら、俺はそれに耐えられただろうか。
それはかなり厳しい筈だ。
「でも、まさか、ここまで強烈な守護だとはねぇ」
そう言って、ウルドが盾をまじまじと眺めた。
「そうなんですか?」
「そりゃそーよ! あんた、どんな盾がロックベアが殴り掛かったその腕を、あそこまで破壊出来ると思ってるの?」
「あ、いや、その辺は全く分かりませんけど……」
「あのねぇ……例えば壁を殴って、その手が破壊される事なんてあり得ないでしょ? 大抵、その手に傷がつく程度じゃない?」
そう言われればそうだ。
どんな硬い盾でも、貫けられなければ、所詮弾き返される程度だろう。
「え、ええ、まあ」
「だけど、ロックベアの腕がどうなった? 粉々に砕けたでしょ? あれは、この盾の裁きだった訳」
「え? 裁き? ですか?」
「守護する者への攻撃に対する、その裁きが発動したんだよ」
「そ、そんなことが?」
「その盾は受けるだけじゃなく、常にその裁きを発動するものなの」
裁きとか、何なんだ?
神の裁きとか聞いた事あるけど、それとは意味が違うよな?
攻撃をして来た相手に、盾が攻撃するとでも言うのか?
「じゃあ、この盾って常に攻撃もするって事?」
「そうだよ? あんたに攻撃したその度合いに応じて発動する訳」
お、おお……何だか凄いんだ!
「だから、あんたにはその盾があれば、本来は事足りるんだろうけど、どういう訳か剣まであんたは守護に付けてるんだよね」
「あ……」
盾が攻撃する仕組みなんて、勿論俺には分からないが、盾だけじゃなく剣も持たされたその理由は何と無く分かる。
悠菜と別れる時セレスはまだそこに居なくて、もう彼女とは会えないと思ってた。
そして悠菜にしても、まさかセレスが俺に剣の守護を授けるとは思っていなかったのだろう。
悠菜が盾の守護を俺に授けてくれた後に、セレスが剣の守護を授けてくれたからだ。
「その様子じゃ、思い当たる節がありそうだね」
「え、ええ」
「まあ、それだけ愛されてるって訳だ」
愛ーっ⁉
そう言えば皆は俺にキスしてくれた!
不意に思い出して思わずニヤついてしまった。
「そ、そうなんですかぁ~?」
するとウルドは、キッと俺を睨みつけてきた。
「何ニヤついてんのよっ! 何だかムカつくわねっ!」
「ひっ! すみませんすみません!」
ウルドの殴り掛かる勢いに、思わず頭を下げて謝った。
「まあ、しかも加護を発動しないで、これだもんね……」
ウルドが感心した様に辺りを見回しながらそう言うと、俺は首に下げたネックレスを思い出し何気なく触れた。
「あ、加護?」
「だから、それじゃないって言ってんじゃない!」
「へ? そうなの?」
「何だか面倒になって来た……」
「え……そんなぁ……」
ウルドは呆れた表情で、すぐ後ろで見ていたイーリスに目で合図する。
「まあ、ハルト。ここじゃお前の相手にならないからさ。せめて加護が発動する所まで移動しないか?」
イーリスはそう言いながら俺の前まで歩いて来た。
「え? そ、そうなの⁉」
「はぁ? あんたねぇ……。さっきの奴が、何にも出来なかったの分かんないの? その加護もまるで意味が無いじゃん!」
イーリスの後ろに居るウルドがそう言うが、俺にはまだよく分かっていない。
あれは運良く守護している盾が、俺に攻撃して来た奴を倒しただけにも思えた。
「あ、まあ、倒せたし……」
「倒せたって⁉ あんた、ただ避けただけでしょうがっ! 偶然前に出した剣が、向かって来たロックベアに刺さって、盾に弾かれただけでしょ? あんたが倒したんじゃなくて、守護されただけじゃないの! ハッキリ言って、そんな強烈な守護があると、ロックベア何かじゃ全然訓練にならないって言ってんの!」
「うっ……」
ウルドに一気に捲し立てられて、俺は思い切りたじろんでしまう。
確かに俺が特に意識しなくとも、完璧なまでに守護の盾はその役割を果たしてくれた。
あの大きなロックベアでさえも、こんな俺に手も足も出せなかったのだ。
「まあまあ、ウルド。でもこれで、ハルトにも守護がどんなものか、少しは体験出来たしさ。もう少し向うへ行って試してみようか」
そう言うと、向こうに見える渓谷を指差した。
ウルドもそちらをチラッと見ると、当然だと言わんばかりに頷く。
「そうね。あたし達は少し離れて行くから、あんた向うへ行ってみなさいよ」
「え……独りで?」
「あったり前じゃない! 誰の訓練だと思ってんの!」
「ぁ……ぁぃ」
「元気よく行きなさい! そんなんじゃ着く前に倒されるわよ!」
「は、はいぃぃーっ!」
嗾けられた俺は慌てて返事をすると、渓谷の方向へトボトボと歩き出す。
そしてウルドはイーリスを抱くと、そのまま上へ浮き上がった。
彼女には大きな蝙蝠の様な羽がいつの間にか背中にある。
あんな羽、さっきまで無かったよな?
ちらっと上を見上げると、目が合ったウルドに怒鳴られる。
「余所見しないっ! すぐに来るよっ!」
「は、はいっ!」
慌てて渓谷の方へ向き直ると、歩く足を少し速めた。
だけど、向こうに何があるんだろ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます