第15話 露天風呂のカオスと悠菜の告白


 俺が水着に着替えて大浴場へ戻ると、何やら大声で叫ぶ声が聞こえた。


 セレスとイーリスか?


 しかし賑やかだなー。


 だが次の瞬間、その異様な騒ぎに目を疑った。



「おおおおおおー! いっくぞーぉ! わ~れ~ら~っ!」


「うっ! はっ! うっ! はっ! おぅいえーいっ!」 



 露天風呂の中では、裸のセレスが同じく素っ裸のイーリスと肩を組み、何やら大声を上げていた。


 セレスって下の毛もツートンなのか!


 いや、そうじゃない!


 イーリスはどうでもいいけど、どうしてセレスが裸なのっ⁉



 セレスの大きな胸がゆさゆさと揺れ動き、イーリスはピンク色の髪を振り乱して踊っている。


 イーリスには揺れ動くモノが髪の毛しか無いからな……。


 いや、手にした赤いブラを振り回していた。



「ちょ、ちょっと! おいーっ! 何やってんのーっ⁉」



 俺が叫ぶがまるで聞こえてはいない。


 そんな二人を未来が必死に抑え込もうとしているが、形の良い胸が丸見えになっている。


 ぬお⁉


 未来までもがトップレスかよっ!


 上の水着は剥ぎ取られてしまった様だ。


 イーリスが振り回しているのが未来の水着だったのだ。


 未来が必死にイーリスから水着を取り返そうとしているが、彼女が到底あの二人にかなう筈もなく、後ろに回り込んだセレスに今度は水着の下を掴まれた。



「ろっく、おーん!!」


「おおー!!」


「いやーっ! それは駄目ーっ!」



 セレスにずらされた水着の下を両手で抑えているが、こっちからは桃尻が殆ど見えてしまっている。



「な、何が起きてんだっ⁉」



 そう叫んだ瞬間、未来の最後の水着が奪われた様だ。


 ああ、やっぱり紐で結ぶ水着って脆いんですね。


 イーリスとセレスが大声を上げたその時、未来はその場へしゃがみ込んだ。



「いやーあああーっ!」


「完全制覇ー!」


「おおおー!!」



 しゃがみ込んだ未来の姿が実に悩ましい。


 俺は目のやり場に困りながらも、バーベキューのある方を覗き込むと、流石の沙織さんもその様子を困惑した表情で見ていた。



「あらあら~困ったわねぇ~」


「あ、お兄ちゃんっ! まだ来ちゃダメー! 見ちゃダメーぇ!」



 その向こうにいた愛美が、俺を見つけるや否や大声でそう言うと、こちらへ走りながら俺の浴場への侵入を阻止しようとしていた。 


 だが、上の水着は着けておらず、片手で胸を隠しながら駆け寄ってくる。


 ま、愛美も裸⁉


 お前までどうして⁉



「みかんーっ! セレスから未来さんの水着奪ってーっ!」


「ら、らじゃーっ!」


「イーリスのはあたしが!」



 そんな大騒ぎの中でも、友香さんだけはゆったりとお湯に浸かって、幸せそうな表情でまったりしている。



「ど、どうなってんだよ、愛美! 悠菜は⁉」



 なるべく裸の二人を見ない様にしながらも、悠菜を探した。



「お姉ちゃん⁉ 下へレモン取りに行った!」



 レモン⁉


 これを放って置いて⁉


 悠菜がこの状況を放って置いて、レモンを取りに行く何て事があるであろうか。


 いくら本格的にカクテルを作っていたとしても、この状況だぞ?


 そんなの取り行ってる場合かっ⁉


 もしかしたら、悠菜が下へ行った後にこの惨状になったのかも知れない。


 その時だった。



「ちょっと後でね」



 急に背後に悠菜の声が聞こえた。


 俺は直ぐに振り返るが、既にスッと俺の脇を通り抜けて、狂喜乱舞する裸の二人に立ち向かって行く。



「おおー⁉ ユーナも脱げ、脱げーっ!」


「おおー! おうっ! ぬげー!」



 セレスとイーリスは、近寄って来た悠菜に掴みかかると、今度は二人がかりで悠菜の水着を剥ぎ取ろうとしている。


 それを悠菜は交わしてはいるが、簡単に上半身の水着を奪われてしまった。



「ゲッツ! ゲッツ! ゲーッツ!!」


「キャッホー!」



 その瞬間、イーリスとセレスが雄たけびを上げた。


 だが悠菜は怯むことなく、スライスされた果物を必死に二人の口へ入れようとしている。


 なっ⁉


 あいつこの状況で何故レモンスライスっ⁉



「おっ? 何だ! 抵抗するのか、アトラスの姉ちゃん!」


「――っ!」


「ふっふっふっー! いつまでかわせるかなっ!」



 イーリスは悠菜の下の水着にロックオンした様だ。



「そうですよ、ユーナ! 貴女は私のモノですよ! あ、ミカンも来たぞ!」


「おおおー! ミカンも剥いちゃえーぃ!」


「お姉ちゃん! それを口へ入れたらいいの⁉」



 蜜柑はこちらへ向かう途中、悠菜からスライスされたレモンを受け取るが、イーリスに足を掴まれ、そこへセリスが素早く水着の下に手を掛けた。



「いやあああああー! それは駄目ぇー!」


「みかんーっ! 今行くーっ!」



 蜜柑の悲鳴に愛美が即座に反応して助けに向かう。


 な、何やってんだっ⁉


 こいつらは!


 脱衣合戦?



「ちょ、沙織さん! どうなってんのー⁉」



 すると、未来がやっと俺に気付き、その場から逃げる様に走って来た。



「はぁはぁ、もう大変っ! セレスティアさんが、ね……」



 息も切れ切れにそう話しかけて来たが、未来は素っ裸である。



「ちょ、ちょっと! 見えてるってばばば!」



 俺は動揺しながら下を向いてそう言うと、彼女はそれに気が付き、声を上げてまたその場にしゃがみ込んだ。



「きゃっ! いやーっ! 見ちゃだめぇえええー!」



 その声に瞬時に反応した愛美が、叫びながら暴れる二人の攻撃を振りほどくと、同時に下の水着を剥ぎ取られてしまう。


 愛美も遂に全裸になりながらも、なりふり構わずこっちへ走って来る。



「とったどーぉおおお!」


「おぉおおおおおー!」



 イーリスが雄たけびを上げると、負けじとセレスも叫ぶ。


 そして、二人は肩を組んで雄叫びを上げた。



「あっ! みかんが逃げるぞっ!」


「おっ! よしっ! ミカン確保ーっ!」


「駄目ーっ!!」



 ちょ、蜜柑も丸見えですけどっ⁉



「未来さんにまで何してんのーっ! エロ馬鹿アニキーっ!!」



 な、なにっ?


 その声とほぼ同時に愛美を見た直後、彼女のドロップキックが俺の顔面にクリーンヒットした。


 ぐおっ!


 自動防御反射が正常に働かなかったのは、全裸の愛美を庇っての事だろうと思う。


 あそこで瞬時に避ける事は可能だったが、その場合、全裸の愛美が硬い床へ叩きつけられてしまうからだ。


 俺の顔面に両足ドロップキックを決めた愛美を、そのまま抱きとめてそっと床へ下した後、俺はその場へ崩れ落ちた。


 しかし、顔面にキックがヒットする瞬間、愛美の秘部が見えたと思うが、声にならずに発した断末魔と共に、目の前がフッと真っ白になる。


 その状態であっても、直ぐに脳内では自身の状態確認をしており、この場全員のステータスを確認した。


 やはりイーリスとセレスに身体異常と精神異常が確認された。


 他の皆は特に問題は無いが、友香さんだけは異常な程高いアルファ波が出ている。


 完璧にリラックスしてますね、貴女だけは。


 程なくして視界が元に戻ると同時に、悠菜が何をしようとしていたのかが理解出来た。


 あのレモンスライスをイーリスとセレスの口へ入れたら良いのか!


 急いで悠菜の手助けを……。


 と、そう思った瞬間、俺は瞬時に悠菜が持っているレモンスライスを数枚掴み取り、イーリスとセレスの口へねじ込んでいた。



「――っ!」


「ん……?」



 無意識とは言え、自分でもかなり素早く動いたと思う。


 そして露天風呂の外へ出ると、愛美の傍でフッと立ち眩みの様な感じに見舞われた。


 な、なんだ……眩暈が。


 そして俺はその場でゆっくりと横になった。



 その後気が付いた時、俺はその場に寝かされていた。



「あ、気が付いた?」



 愛美が手で仰ぎながら、俺の顔を覗き込んだ。



「ごめ~ん、勘違いしちゃったぁ」



 すまなそうにしながら苦笑いする愛美の顔に、段々と焦点があって来ると、次第にハッキリと見える様になった。



「いっ、痛っ――全くもう」



 俺は苦笑いして見ている愛美の頭に、優しくポンと手を置いた。


 気付くと、あの騒ぎは嘘の様に静まり返っている。



「霧島君、大丈夫?」



 五十嵐さんも心配そうに傍らで見ている。



「あ、もう大丈夫だよ! 全然平気!」



 そう言って立ち上がってみせた。



「俺、どん位気を失ってた?」


「あ、ホントに平気? ちょっとだよ、一、二分位」



 愛美は俺の腕を掴んで心配そうに見上げている。



「結構寝てた気がする……」



 心配そうな愛美を見て微笑むが、さっきの大騒ぎが何だったのか気になった。



「さっきの騒ぎは何だったんだ?」


「あー、ハルトー起きたかーお前、良く寝るんだなー」



 そう言いながら、イーリスは片手にチョコアイスを持ち、ペロペロ舐めながら歩いて来た。  



「あのなぁ、お前、何を騒いでたんだよー」



 呆れながらイーリスに言うが、何か違和感を感じていた。


 脅威となるステータス異常は見受けられないが、若干精神状態が弱く思える。


 イーリス自体は涼しい顔してペロペロとアイスを舐めているんだけど。



「んー? よく分かんない」



 そう言いながらもイーリスはポーっとしたまま、手にしたアイスを舐め上げている。


 はぁ?


 こいつ、どうなってんだ?


 どことなく目が虚ろだし。


 だが、イーリスは何処か変だ。


 何かもっと――何かが足りないが、良く分からない。



「コーラを飲んだから」



 後ろで悠菜が無表情のままポツンとそう言った。


 コーラ?



「あ、何かね、お姉ちゃんが言うには、セレスさんが風呂上りにコーラを一気飲みしちゃったらしいよ?」



 はぁ?


 それでどうしてあんな騒ぎに?



「意味が分からん」


「セレスにはコーラは駄目。イーリスもダメだったとは知らなかった」



 見ると、イーリスは露天風呂のふちに腰掛けて、ポーっとしたままチョコアイスを舐めている。


 そしてまた、何か変だと感じていた。


 明らかに何かが変だ――。


 あ、そう言えば前に悠菜が言ってたな!


 セレスにコーラは駄目だって!



「コーラ飲むと暴れるのか⁉」


「幻覚や幻聴等の覚醒作用が現れたらしい」



 冷静に悠菜がそう言った。


 マジかよ!


 サラッと言ってるけど、危ないじゃんか!



「びっくりしたよぉ。急にセレスさんが脱ぎ始めて、あたしまで脱がすんだもん」



 な、何と言う事だ!


 何てタイミングが悪い!


 俺は着替えに行った事を悔やんでいた。


 そんなチャンスに着替えに行っていた何て、どうしてこんなに間が悪いんだ!



「お風呂から上がった二人が、コーラを一気に飲んだ後に、急だったよね?」



 五十嵐さんも苦笑いでそう言った。



「うん、次はこれの早飲み勝負だーって」



 蜜柑がそう言って空のコーラボトルを片付けている。



「で、セレスは何処へ?」



 見回しても姿が見えない。



「ル、沙織さんが医務室へ連れて行った」


「あ、そうか」



 無表情で悠菜がそう言って、俺に冷たいおしぼりを差し出す。


 こいつ、ルーナって言うところだったな?


 こう見えても動揺してるのか?



「それから、さっき手伝ってくれてありがとう」


「ん? さっき?」


「レモン」


「あ、ああ! いやいや」



 俺が悠菜からおしぼりを受け取った時、急に未来が驚いて聞いて来た。



「ちょっと、ねえ! このお家、医務室があるの?」


「あ、うん。あるんですよ医務室が」



 あ、そこだよね。


 驚くよね、ふつー。


 やれやれと見回すと、露天風呂には幸せそうに友香さんが入っている。



「ま、まだ入ってたの? 友香さん」


「あ、ホントだ! 友香さん凄いね!」



 愛美もその姿を見てびっくりしている。


 露天風呂のふちに腰掛けて、虚ろな目をしてアイスを舐めているイーリスの向こうに、幸せそうな友香さんの姿があった。



「あの子、前に温泉旅行した時、露天風呂で一晩明かしたんだよ?」



 まじすかっ⁉


 未来は苦笑いで友香さんを眺めていて、ハッと声を上げた。



「ちょ、友香ちゃん⁉ 水着……着て無くない?」



 えっ⁉


 確認しようとそっちを見るが、俺の目を即座に遮る愛美の両手があった。


 ぬぁ!


 こいつ!



「お兄ちゃんは見ないのっ! みかん!」


「らじゃ!」



 未来と蜜柑が友香さんに近寄って確認している様だ。



「上部は甚大な被害を受けています!」


「やっぱり! 二人にいつの間にか脱がされてたんだ! で、下は⁉」



 ぬぉ!


 下も⁉


 見えてはいないが、今まさに二人が友香さんの装備確認をしている筈だ。


 ちっ!


 この手さえ無ければ!


 心で舌打ちをしたが、愛美が何かを察した。



「おい! エロ兄貴! 何か言った?」



 えっ⁉



「い、いえ! 何も⁉」



 こいつ……ニュータイプか?



「あ、未来さん! あそこに上が落ちてる!」

 


 俺には見えていなかったが、愛美は水着の上を発見したのだろう。


 愛美が俺の目を両手でふさぎながら、見つけた先を顎で示した様だ。

 


「あ、ほんとだ! あんなところに!」



 上って、水着の上って事だな?


 友香さんの大きな胸、しかも生乳を見損なうとは――。


 この事は後々、いや一生後悔するだろう。



「ほら、これつけて! ちょ、ちょっとこの水着、友香ちゃんには小さくない?」



 そ、そうなのか?


 友香さんって、そんなにきょぬーなのか⁉



「こら、エロ兄貴ー!」



 ちょっとした心の変化を、愛美こいつは察する能力がある様だ。


 うかつに想像も出来ないな。



「まあ、これで何とかなったかな? 愛美ちゃん、もういいよー」


「は~い!」



 やっと俺の目が解放された。


 行き成り視界が明るくなって眩しいが、目の前に光るイーリスの姿が見えた。

 

 その時不意に、違和感の現況に俺は気付いてしまった。


 ぶっ!


 おい、真っ裸かよ!



 間違いなくイーリスは素っ裸だ。


 さっき、イーリスを眺めていた時に、何かが足りないと思っていたのはこれだ。


 胸は少年の様に平べったいし、見た目は小学生。


 それで俺の視界に入らなかったのだろうか。


 いやいや、何たって全キャラ全裸で狂喜乱舞だった訳だからな。


 その情景に比べたら、イーリスの裸は気にもならなかったのだろう。


 下の毛も生えて無いんじゃないか?


 名誉の為にあえて言おう。


 俺はロリでは無い。


 

「なあ、愛美。イーリスに何か着せろよ」



 俺は出来る限り、落ち着いて言う。


 愛美が咄嗟的に、俺に危害を加えない為だ。



「きゃぁあああー! みかんっ! イーリスに何か着せてー!」


「ら、らじゃ?」



 その叫び声に一瞬ビクッと身構える。


 が、意外にも離れて行こうとした愛美が再度、俺の顔を手で覆うだけで済んだ様だ。


 危なかった。


 だが、こうして俺の目は又、愛美の手によって暗闇に戻された。



「イーリスは医務室へ連れて行く」



 悠菜の声が聞こえた。



「やっぱり? あいつ何か朦朧もうろうとしてたよな」



 イーリスが医務室へ連れていかれると、二度目の暗闇から俺は解放された。



 その後の俺は、ゆっくりと露天風呂に浸かっていた。


 やっと落ち着いたな。



「ふぃ~やっぱ、露天風呂はいいなぁ~」


「お兄ちゃん、何か飲む~?」



 愛美がワゴンに数種類の飲み物を載せて、風呂のふちまでやって来た。  



「お? いいねぇ~至れり尽くせりじゃないかぁ?」



 俺は風呂のふちへ肘を載せ、ワゴンの上を覗き込む。



「だって、さっきは跳び蹴りしちゃったしね~サービスだよ」



 確かに、あれは効いたぞ。



「あ~! 私も何か頂けます~?」


「え?」



 不意に後ろから西園寺さんが覗き込んできた。


 わっ!


 本当に友香さんの胸、巨というより爆じゃね⁉


 大きな胸を締め付ける様に、水着が胸に食い込んでいた。



「あ、友香さん、お腹空いてませんかー? 何も食べてませんよね?」



 愛美が友香さんにそう尋ねた。


 そうだったな、友香さんずっと風呂に入っていた様な……。



「そう言えば、空きましたぁ~」



 何この人、ちょっと天然?



「じゃ、ちょっと何か焼いて持って来ますね! お兄ちゃんは友香さんを見過ぎ!」


「な、何言ってんの⁉ おまぃは!」



 愛美はそう言うと、ワゴンをそのままそこへ置き、焼き場へ向かった。



「霧島くーん、愛美ちゃんホント可愛いね~みかんちゃんもシャープで可愛いし」



 声の方を見ると、五十嵐さんが腕組みしながら愛美と蜜柑を見ている。



「そ、そうか?」


「あたしさ、上は男ばっかで下にいないじゃん? 妹か弟が欲しかったなー」



 未来は羨ましそうに二人を目で追っている。


 そこへ、愛美と蜜柑が焼けた肉などが載せられたワゴンを運んで来た。



「あ、未来さんも食べますー?」


「うんうん! 食べちゃう! あーもう、食べちゃいたい!」


「え? どうぞ? 食べて?」



 いや、愛美。


 未来はお前を食べるつもりだぞ?


 湯の中に入ったままの俺と友香さんは、愛美から程よく焼けた肉を渡されていた。


 未来は手渡されたそのお肉を、美味しそうに食べている。


 幸せそうだなぁ、友香さんも。


 美味しそうに食べている友香さんを見ていると、俺も自然に手にした肉を食べていた。



「ねえ、愛美ちゃん! 蜜柑ちゃん! あたし達も一緒に入ろうよー」



 そう言うと、未来も串に刺さった肉を持ち、そのまま湯に入って来た。



「あ、そうですねーあたし、炭酸が飲みたいかも! ちょっと持って来ますね」



 愛美がそう言うと、ビクッと未来が反応したが、俺にはそれが理解出来た。



「大丈夫だろ? 多分」



 コーラ飲んでも、愛美は大丈夫な筈だよ?


 さっきの大騒ぎを見た後では、少し過敏になってしまう。

 


「どうしてこれでセレスさん、暴れちゃったんだろうね~」



 そう言うと愛美は湯に浸かったが、手にはコーラを持っていた。


 未来と俺は食べる手を休めて、その様子をジッと見てしまっていた。



「な、何見てんの、お兄ちゃん!」



 照れた様に一瞬で顔が赤くなったが、それはコーラの覚醒作用ではない筈だ。



「あ、いや、つい」



 未来も気まずそうに目を逸らす。



「あ、あたしは飲んだって荒れないってばぁ」



 ちょっとだけ身構えてしまった。



「でもさ、皆脱がされちゃったね~」



 コーラを飲みながら愛美が未来にそう言った。



「うんうん、ホントに」


「お兄ちゃんが居なければ問題無いけどさ~」


「あ、まあ、そうだよね~」



 そう言いながら三人が俺を見る。


 まあ、そうだよな。



「霧島君も脱いじゃえば気にしないけどね~」


「ちょ、ちょっと、それは……」


「お兄ちゃん、本気にしないの!」


「あ、はい」


「あははは! 霧島くんも可愛いね~」



 未来はそう言うと、露天風呂へ肩まで浸かった。



「そうそう、夏休みのプライベートビーチの話だけどさ。何処なの?」



 俺は湯の中でくつろいでいる友香さんに聞いてみた。


 が、返事がない。



「あ、今年は何処なの? 友香ちゃん」



 今年は何処なのって……。


 プライベートビーチって、そんなにあちこちにあるのかよ。


 未来は友香さんを見て聞いていたが、彼女は既に幸せそうな温泉モードになっていた。


 その時の俺は、何処かで見たカピバラさんの入浴シーンを思い出していた。



「今年の海は何処なの~?」


「え~? なんて~?」



 もう一度未来が訊いたが、ほわーっとした表情でその目は虚ろだった。



「あーダメかなもう」



 何たって、水着剥がされても動じない位だからな。


 未来は苦笑いをしながら、両手でバツ印の合図をした。



「もうちょっとしたら帰って来るかもだけど、今はお腹に入れたばかりだから駄目かもね」



 そう言うと、未来は冷たそうなグラスを傾け、その喉を潤している。


 まあ温泉とは、ゆったりと現実逃避できる場所でもある。


 そう思うと、穏やかではあるがしっかりとした性格の友香さんには、唯一気の抜ける絶好のオアシスなのだろう。



 ♢   



 露天風呂に浸かりながら、俺は素晴らしい光景に目を奪われていた。


 友香さんと未来、女子大生二人の水着姿が今この目の前にあるのだ。


 友香さんはあれからずっと温泉モードに入っており、殆ど反応がホワンとしていて、オブジェの様に湯に浸かっているだけだけどさ。


 その上半身の小さめのビキニは、大きな膨らみを押さえつける様に、ぴっちりと張り付いている。


 たまに動くと、たゆんとそれも動いて見せた。


 ……あれがたゆんか!


 友香さん!


 ありがとうございますっ!


 そして未来は、最初に着ていた赤いビキニが上部損傷の為、既に白い水着になっていた。


 さっきの赤い水着よりも生地は大きめではあるが、足の付け根にあるビキニカットはかなり鋭角になっている。


 勿論、湯に浸かっている時は下半身ゾーンは見えないが、たまに飲み物をワゴンから取る時に見え隠れするそれは、俺の視線を釘づけにしていた。


 たまに下が透けて見える気がする……。


 それが見える度に、何か熱いモノが込み上げて来ていた。


 この二人の水着姿は、当然俺にとって初物ではある。


 それゆえに新鮮な感動を与えてくれていた。



 この露天風呂の奥には、岩肌をショロショロとお湯が流れ落ちる様になっているのだが、その横に俺と友香さんは座っている。


 そして前の方に未来と愛美、蜜柑が三人で楽しそうにお喋りしていた。


 未来は本当に妹が欲しかったんだな。



 そういや、愛美も今日はかなり艶やかに見える。


 あいつ、あんなに色っぽかったっけ?


 鮮やかなショッキングピンクのその水着は、ビキニと違って複雑に紐で編んだ様な形状をしている。


 あれ、着るの大変そうだなー。


 そんな事を思いながら、どうやって着るのだろうと、俺は頭の中でシミュレートしていた。


 肩からこうだろ?


 それで、あれがこっちへ来てるなぁ。


 バシャーッ!



「わっ!」



 気付くと真っ赤になった愛美が、両手にすくったお湯をかけて来た。



「お兄ちゃんっ! 見過ぎだってば! えっち!」


「あははは! 霧島君、愛美ちゃんに見とれてたのー?」



 いや、見入っていたのは貴女の股間ですっ!


 未来は笑いながら俺を見ている。



「いや、違うってば! 愛美おまえのその水着、どうやって着てるんだろう、って思っただけだってば!」



 愛美はもう一度お湯をかけようとして、その手を止めた。



「あ、これー? いいでしょー? 沙織お姉ちゃんに選んで貰ったの!」



 沙織さんか!


 確かにあの人が着たら、滅茶苦茶似合いそうだな!



「へ、へぇ~中々いいじゃんか」


「そぉ? 可愛い?」


「うんうん」



 あんなに際どくて色っぽい水着でも、あいつって可愛い? って聞くんだよな。

 

 自然な流れで、色っぽい? って聞かれた方が、肯定しやすいと思う。



「あたしもそれ、可愛いと思う! 愛美ちゃん、スタイル良いからね~」


「え? そ、そんな事無いです! 未来さんの方がすっごく綺麗です!」


「私も未来さんのスタイルが羨ましいですっ!」


「そ、そんなー。二人の方が若くて羨ましいよー!」


「みかんもそう思うでしょ⁉ 未来さんってモデルみたいよね⁉」


「うんうん!」


「そ、そう? そんな事ないよー愛美ちゃんの方が――」



 はいはい、やっててくれ。


 俺は両手にお湯をすくい、顔にザバッとかける。



「胸だって未来さん素敵ー!」


「うん! 私もその位は欲しい!」


「うんん! 愛美ちゃんの胸だって形がいい!」



 ――ん?


 どうしても反応して見てしまう。


 男のさがだな。



「大きさは友香ちゃんだよね~」


「ですよね~」


「ですよね~」



 決着がついた様だ。


 すると、脱衣場のドアが開いて沙織さんが顔を出した。



「どお~? 楽しんでる~?」


「あ、どうですか? セリスさんとイーリスは?」



 沙織さんはシャワーヘッドを掴むと、出て来るお湯加減を探りながらこちらを振り返った。


 未来と同じ真っ白な水着だが、その生地の面積が明らかに小さい。


 大きな胸をやっと支えているが、今にもその先端の近くが見えそうになる。


 あっ♡


 しかも下が濡れたら未来みたいに透けるかも!


 俺は顔を覆い隠すようにしてその指を広げ、考える振りをしながら指の間から集中して見ていた。


 だ、駄目みたい……。


 シャワーのお湯に濡れていく小さな下の生地は、濡れてはいるが残念ながらそれを確認出来なかった。



「あの二人はぐっすり眠ってますよ~もう安定してるから来ちゃった~」



 沙織さんは、シャワーのお湯を全身に浴びながらそう言った。


 愛美が露天風呂の縁に座ると、シャワーを浴びる沙織さんに向き直る。



「そうなんだ~」 


「ごめんね~未来さんもびっくりしましたね~」



 そう言うと、ゆっくりお湯へ入って来た。



「あ、いえいえ! 驚きましたけど、今となったら楽しかったですね」



 そう言って笑い出すと、釣られて愛美と蜜柑も笑い出す。



「あははは! もう、凄かったもんね!」


「セレスさんとか行き成り脱ぎだしてさ、あたしもあっという間に脱がされたし」


「うんうん!」


「何か、イーリスちゃんは想像出来るけど、セレスさんはびっくり! あたし、裸なの忘れて霧島君の所まで走ったしね」


「そうだったよね~」



 そうだろうけど、驚いたのは俺の方だと思う。



「あたし、お兄ちゃんにこの辺から、裸のままドロップキックしちゃった~!」



 愛美の言う通り、かなりの距離からのドロップキックだった。


 ドラゴン愛美と呼んでも良い位だ。



「悠斗、今は何ともない?」



 急にかけられた声の方を見ると、悠菜がグラスを持って俺のすぐ後ろに入っていた。


 こ、こいつ、いつの間に!


 忍者かよ!



「ああ、もう平気」


「あ、お姉ちゃん! お疲れ様~!」


「お姉ちゃん!」



 愛美と蜜柑が悠菜の傍へ寄ってくると、未来も一緒に近寄って来た。  



「悠菜ちゃん、大丈夫だった?」



 悠菜はこくんと頷くと手にしたジュースを一口飲んだ。



「さっきも思ったけど、霧島君ってホントに凄い環境だよね!」


「ま、まあね」



 改めて言われると、やはり本当に凄い環境だとは思う。


 まあ、さっきみたいな大混乱カオスは初めてではあるが。



「こんなに凄いお家、中々無いと思う! 家に露天風呂、しかもこの大きさ!」



 え?


 そこ?



「友香ちゃんの家も広いけど、こんな露天風呂は無いよ~しかも源泉かけ流し!」



 未来が興奮気味に愛美と俺の顔を交互に見てから大きく頷く。



「源泉かけ流しは、沙織さんのこだわり」



 悠菜がボソッと言った。


 すると、未来と愛美と蜜柑が、同時に沙織さんを振り返る。


 釣られて俺も見た。


 何か、ちょっと似てる?


 あの二人。


 沙織さんはいつの間にか、友香さんの隣まで移動していた。


 そこがきっとこの露天風呂のベストポジションなのだろうか。


 一般人には分からない、何か特別なスポットなのかも知れない。



「何だか、凄く幸せそうだね、あの二人……」



 愛美がそう呟くと、俺達は揃って頷いた。



「未来、実は話があってここへ呼んだ」

  


 え?


 不意に悠菜がそう言った時、絶対に俺が一番驚いていたと思う。


 未来はキョトンとして、その言葉の先を待っていた。



 あまり自分から話があるとは、改まって言う奴ではない。


 愛美にしても、そこまでずっと悠菜と一緒に居た訳では無い。


 俺が一番悠菜こいつを知っている。


 第一、悠菜が友達を連れて来るなんて、これまでに一度も無かった。


 そんな事はあり得なかった。


 それが、今、悠菜が話があって未来を呼んだという。


 妙な胸騒ぎしかしない。



「え? 何々?」



 未来は新しい友人の話を、興味を持って聞こうとしている。


 それは、まだ慣れていない仲良くなる前の友人に、気を遣っている訳でもない。


 きっと、本心からそう思っているのだろう。


 それでも俺には嫌な予感しかしなかった。



「さっき、夏休みに私達を誘ってくれたけれど、それが理由では無く、その以前からこれは決まっていた事」



 ――っ!


 恐らく俺の嫌な予感は的中している。



「私達は最悪の場合、来月はここに居ない」


「え?」



 言っちまった――。


 愛美は呆然としている。


 未来はまだ事態が掴めていない。



「間際になって突然言うより、早く伝えて置きたかった」



 そうか。


 こいつなりの優しさか……。



「ど、何処か行っちゃうの? 大学やめちゃうの?」



 まあ、そう聞きたくなるよね。


 暫く悠菜に任せて、俺は沈黙を続けていた。



「悠菜お姉ちゃん――。それって、あたしも?」



 そう言われると、悠菜は愛美を見てゆっくり頷く。


 あぁ。


 そうなのか。



「私と沙織さん、そして悠斗。最悪の場合この三人がここに居なくなる」



 そうだった。


 悠菜の真意は、異星人襲来の件にあった。


 地球の存亡にかかわると言っていた。


 そうなると、俺はエランドールへ連れて行かれる訳だ。


 俺という実験体を護る為に、沙織さんと悠菜は俺を異世界へ連れて行くのだろう。



 だが、それでいいのか?


 この皆を見殺しにして異世界へ行き、そこで生きていくと言うのか?


 きっと、沙織さんと悠菜はそれでも俺を生かすだろう。


 何としても俺を護ると思う。


 だが、俺は愛美も母親も父親も、目の前の五十嵐さんだって守りたい。


 向こうで幸せそうな西園寺さんだってそうだ。


 出来る限りの人と、幸せに生きていきたい。


 俺だけが生きていたって、全く意味が無いようにも思えた。


 でも、俺の命はユーナやセレスの、種の存続と言う意味もあった。


 だが、それでも俺は、この場を放ってはおけない。


 きっと沙織さんと悠菜に、皆も助けて欲しいと俺は訴えるだろう。


 だとしたら、何処までの人達を助けてくれと頼むんだろう。


 あの悪友鈴木か?


 あいつであっても、死なす訳にはいかない。


 だとしたら、その境界線って何処だ?


 そんなの引けるか?


 前にセレスの祖先の話を聞いた。


 ラムウ王は地球の未来に悲観して、異世界のエランドールへ大陸ごと移住した、と。


 じゃあ、日本列島をそのまま移住か?



「待ってくれ――」



 悠菜が話をしようと、音も無く息を吸い込んだのが、初めて分かった。


 それを自然に止めていた。


 悠菜は吸った息を止め、ゆっくり吐いた。



「俺が何とかする。だから、俺は何処へも行かない。来月だって来年だってここに居る」



 悠菜はジッと俺の話を聞いている。


 愛美と蜜柑、未来達のその目には、いつの間にか涙が溢れていた。


 そして間もなく、溢れる涙は頬を伝い床へ落ちた。



「この先、悠斗に何が出来るか、私には分からない。だけど、今の悠斗には出来ないから」



 うっ……。


 確かに俺に出来る事など無い。


 悠菜はいつも冷静に、そして正しく分析する。



「だ、だけどな。俺は皆を置いて、逃げるのは嫌だ!」



 未来と愛美が悲しみの表情から、困惑した表情に変わり始めた。


 地球の存亡に、俺だけが逃げるのは嫌だ。



「なあ、悠菜」


「なに?」


「ラムウ王は大陸ごと移動させて貰ったって言ったよな?」


「うん」


「地球ごと移動できない?」


「エランドールでは無理」



 ですよねー。


 だが、エランドールでは無理って言ったよな?



「何処なら無理じゃない?」


「分からない」



 そうですか。


 沙織さんなら答えを出せるのかな。


 俺はゆっくり沙織さんを見たが、友香さんとダブって見える。


 という事は、温泉モードか?


 未来と愛美、蜜柑は困惑した表情で俺を見ているが、一番困惑しているのは俺だ。


 その後、暫く沈黙が続くと、俺は露天風呂の湯にそっと浸かった。




 気付くとショロショロと露天風呂の岩から、お湯が流れ落ちる音がしている。


 その下には沙織さんと友香さんが気持ち良さ気のままにオブジェ化していた。


 俺はその二人から少し離れて湯に浸かっていたが、露天風呂の縁まで移動しそこに腰掛けた。


 目の前の悠菜がその場で立ち上がると、湯から出て近くのビーチチェアーに腰を下ろす。


 愛美と蜜柑がその後を追う様に、悠菜が座る隣のビーチチェアーに座った。

 


「なあ、悠菜。沙織さんでも無理かな?」



 その問いに悠菜はゆっくり頷いた。


 そうだよな。


 こっちの世界と関わるのでさえ、本来は禁止されていた筈だ。


 セレスとユーナの存続の為の生体実験として、俺に関わっている訳だからな。



「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」



 愛美が心配そうな、困惑した表情のまま俺を見ている。


 未来も心配した表情をしてその横に座った



「あたし、来月も来年もお兄ちゃんが居るって思うよ?」



 え?



「今はこうしてみかんが護ってくれてるけどさ」



 何言ってる?



「結局は、お兄ちゃんが絶対にあたしとみかんを守ってくれると思う」



 ――っ!



「何と無くだけど、そう思う」



 愛美……俺だって、お前だけでも守りたいよ。


 俺はそう言う愛美を見ていたが、傍にいる悠菜の表情が少し変わったのを、何故か直感的に感じた。

 


「悠斗。私にもルーナにも出来ない事がある。でも、貴方なら出来る事もある」



 え?


 あえてルーナと呼んだのか?


 未来は悠菜の言うルーナが誰なのかは、当然知らないが故にスルーしている。



 悠菜と沙織さんに出来ない事と、俺になら出来る事……。


 二人はエランドールの決まりで、こっちの世界での行動は制限されている。


 だから、この後の異星人襲来に対しても、俺だけを避難させる事しか出来ないでいる。


 この世界、地球全てを救う事は、その制限から出来ないという事だ。


 だが、俺にはそのエランドールの決まり事を守る義理は無い。


 だから、迫りくる異星人に対しても好きに出来る訳だ。



 だが、俺に何が出来る?


 この俺に、異星人に対して戦う力などあるのか?


 悠菜はフォークで垣根を消す。


 沙織さんは異世界へ自由に行ける。


 セレスはその手に光る剣を出せる。



 俺には何が出来るって言うんだ?


 ダメじゃん? 


 俺に出来る事……。


 どうしたらいいんだ。


 あ、めちゃ高くジャンプ⁉


 して、どうするの?


 ダメじゃん……。



 よく考えろ――。


 悠菜を見るがいつもの無表情では無かった。


 戸惑いを隠さないその表情が、更に俺を余計に混乱させた。



 どうしてそんなに悲しそうな目で……。


 悠菜の瞳は銀色に潤み悲しそうに見える。


 勿論、未来や愛美に比べれば、かなりその表情は抑えて見える。


 むしろ、知らない人が見たら、無表情と言われても仕方が無いだろう。


 だが、俺にはその違いがハッキリと分かる。


 これまでずっと一緒に居たから……。



「悠菜にも……いい案は無い訳か……」



 呟くように俺の口から零れたその一言に、悠菜は静かに小さく頷いた。


 それに気づいた愛美と蜜柑が、ゆっくりと顔を見合わせた。


 その時だった。


 俺の脳内センサーが時空の歪を感知した。


 何だっ⁉


 これは?


 行き成り目の前に音も無く、ぐにゃりと歪んだ空間が出現したのだ。


 突然目の前に現れた妙な空間。


 その向こうは透けて見えるが、グニャっと気味悪くよじれている。


 何事かと思った瞬間、その中に光り輝くピンクやみどり色の何かが見えた。



「あーここか! よお、ハルト! お腹空いたぞ!」



 不意にそこから聞き覚えのある声がした。


 へ?



「えっ⁉ イルちゃん⁉」



 事もあろうに、光るピンク髪のイーリスがその歪んだ空間に現れたのだ。


 だが、俺達が間違いなくイーリスだと認識した時には、既にあの歪んだ空間はもう無かった。


 見間違いだったのだろうかと思うほど、今は他に何も変化はない。


 ただ目の前に、薄いみどり色のバスローブを着たイーリスが立っている。


 未来は呆気にとられた表情で、彼女のその口が変に曲がっている。


 その表情を見て、やはりあの空間が現実だったと再認識出来た。


 美形でもこうなるのか……。


 少し見てはいけないものを見てしまった罪悪感があるが、たった今、歪んだ空間から光と共にイーリスが出現したのは間違いない。


 顔を見せる前に俺の名を呼び、しかも腹が減ったとのたまいやがった。


 俺にはそれが何故か、神の降臨とはこういう感じなのかとも思えていた。



「なんだよ~あたし、アイスしか食べてないからお腹空いたよ~しかもさ、隣に剣の人が寝てるし! しかも、起こしても起きないし! それってどーなの⁉ それに、何? あの部屋、一体何⁉ 薬臭いし、叫んでも誰も居ないし! 飛び出してみたけど、この家デカ過ぎて迷子になっちゃうし! 馬鹿ハルト! 変態ハルトー!」



 一気にまくし立てる。


 さっきまで独りだった寂しさを、訴えるかのように激しくぶつけて来た。


 ついさっき、神の降臨だとか思ってしまったのが、我ながらかなり残念に思えた。



「わ、分かった! 分かったってば! 落ち着けよ! そして少し黙れよ」



 しかも、こいつ、変態ハルトって言ったよねっ⁉



「お、あっちにいい匂いがする!」



 急にピンと背筋を伸ばし、つま先立ちでスンスンと匂いをかいでいる。


 ふらふらとバーベキューの鉄板へ近寄ったイーリスは、鉄板の端っこにある焼け焦げた物を指先で摘まみ上げた。


 そして、イーリスはそれに鼻を近づけた。


 彼女につままれたそれは、しなしなになってもその匂いから強烈な存在感を出していた。



「何だよこれー! 焦げてるの苦手なんだけどな……」



 そう言いながら目を強く瞑ると、意を決した様に口へ入れた。



「あちっ、あちーっ! はふっ」


「あ、イルちゃん! 偉いっ! ピーマン食べれるんだ!」


「は、はい? そこ⁉」



 おい、愛美おまえ滅茶苦茶切り替え早くね⁉



「あ、あったり前だろっ! どんだけお腹空いてると思ってんだ? 焦げたってピーマン全部食べちゃうんだから!」



 そう言うと、もう一つ焼けたピーマンを口へ放り込む。



「あちっ! はふ、はふっ」



 おだてられて伸びるタイプなんだな、こいつは。


 だがイーリスの目には、うっすらと涙がにじんで来ている。


 そんなに無理しなくても……。



「イルちゃん、お肉も食べる?」



 見るに見かねた愛美がイーリスに駆け寄り、彼女の目線まで屈みこむとそう尋ねた。



「おにくっ⁉ あ……鳥?」



 一瞬その表情が明るくなったが、すぐにサーッと暗くなる。


 そういやあいつ、鶏のから揚げで涙浮かべたっけな。


 愛美がその表情に気付いたようで、さっきの鶏もも肉は見えないふりを決めた様だ。



「ん~今日は牛さんと豚さんかな? あ、ソーセージもあるよ? これにしよう!」



 愛美はそう言って、移動型の冷蔵庫からソーセージを数本取り出すと、焼けた網にのせた。



「なんだこれ、初めて見たかも……」



 イーリスは目をキラキラさせて、ソーセージを人差し指で転がしている。



「あ、もしかして、この形……ちん〇ん?」


「こらっ‼ イルちゃんっ‼」


「ひぃいいー⁉」


「ひき肉の腸詰よ!」


「はいーっ!」



 不思議そうに見ているイーリスを、さっきまで驚愕の表情で見ていた未来も近寄って行く。



「イーリスちゃん! あなたどうやって来たの⁉ ここまで――」



 あ、マズい!


 そうだった!


 普通はそこだよね……。



「ん~? いーじゃん、そんなのどーでも」



 一瞬だけ五十嵐さんを見上げたイーリスはそう言うと、すぐにその視線はソーセージに戻っていた。


 そして指でソーセージを転がしている。


 あ、ああ、イーリス……。


 もうちょっと五十嵐さんに優しく言ってあげて……。


 お前の事が大好きなんだよ……未来は。



「お前、もう食べられる?」



 未来に全く興味を示さずに、人差し指で転がすソーセージに対してなのか、その首を傾げながら聞いている。


 その姿を見ていた未来が、不意にハッとした表情になった。


 傷つけちゃったよな……。



「あ、もう大丈夫だよ⁉ 熱いから気を付けてね?」



 未来が網に屈み込み、ソーセージの焼き具合を確認しながらそう言った。


 あ、あら?


 もう立ち直った?



「そぉ? よーし! こっちおいで~」



 そう言うとイーリスは、愛美から渡された小皿にソーセージをのせた。



「はい、これもいいよ?」



 トングを持った未来がもう一本ソーセージを載せると、イーリスは目を輝かせて未来を見上げた。



「おー⁉ これもあたしが食べていいのか⁉」


「うんうん、食べちゃってね?」


「わーい! お前、いい奴だな~」


「え⁉ そう⁉ あたし、いい奴⁉」



 未来は急に嬉しそうな表情になって、トングを使っていた手を止める。


 ホントに年下の子が好きなんだな。


 何と無く未来を応援したくなって来た。



「さ、イルちゃん、ここ座ってね?」


「うん!」



 愛美に勧められたその椅子に、イーリスは腰かけて食べ始めた。



「そ、そうかなぁ~あたし、いい奴かな~イルちゃん可愛いから~」



 未来は恍惚の表情を浮かべ、嬉しそうにイーリスの食べる姿を見ている。


 も、もしかして、イーリスからいい奴って言われた、あの言葉に酔ってるのか?



「美味しいぞ! これ、美味しいぞ! ハルトも食うか⁉」



 興奮気味に俺を見て、ソーセージを見せた。



「はいはい、俺は食べたから全部食べちゃっていいぞ?」


「そーなのか⁉ 後悔しないか? 後で泣かないか?」


「泣かない、泣かない」



 俺はその様子を暫く見ていたが、ふと気になって悠菜を目で探すと、いつの間にか彼女もこっちへ来ていて、イーリスの食べる様子をじっと見ていた。



「なあ、イーリスの妹が二人居るって知ってる?」



 俺は悠菜の傍に寄ると、そっと耳元で聞いてみた。


 すると、ハッと俺を見たがゆっくり頷く。



「でも、伝説でしか聞いた事が無い」



 え?


 伝説なの?


 イーリスはどう見ても悠菜より年下の様に見える。


 だがこの前、悠菜こいつが生まれた時には既に伝説があったと言っていたな。


 もしかしたらイーリスって、現実の人間とはかけ離れた存在なのかも知れない。


 例えば霊体とか……?



「もしかして……死んじゃってる……とか?」



 恐る恐る聞いてみるが、悠菜は表情を変えずに俺を見ている。



「それは分からない。あのイーリスも、私は伝説として聞いているだけ」



 イーリスの姿も、悠菜は見た事が無かったんだよな。


 沙織さんだけが、イーリスと面識があった。


 エランドールの元老院でさえ、見た人は居ないと言っていた。



「イーリスの妹の一人は、鳥の羽を持っていると伝説になっている」



 え?


 鳥の羽?


 も、もしかして、それで鶏の唐揚げに過敏に反応したのか⁉


 妹って鳥だったのか⁉


 だとしたら俺、凄く酷い事をした訳じゃんか!


 サーっと血の気がひいた。



「ま、マジかよ……」


「鳥の羽って言うだけで、鳥ではない筈。それも伝説だから事実は不明」



 そんなイーリスは、愛美と未来に焼かれた食べ物を色々とお皿にのせられて、満足そうにバーベキューを楽しんでいる。



「イーリスが言っていたよ。妹に会っていないから、寂しいんじゃないって」



 それは俺が、会っていないのは寂しいなって言った時だ。


 それがどういう意味だろうと考えた。


 会えない理由があるとも違う気がする。


 会えなくなるって事より、もっと違う何か理由があって寂しいんだ。

 


 俺だったらどうなんだろう。


 愛美が居なくなったら、勿論寂しいし悲しい。

 

 でも、それ以外に寂しくて悲しい事って何だ?


 愛美に彼氏が出来て離れて行った時?


 確かに俺は寂しいけど、愛美は幸せだもんな。


 だとしたら、結果的に俺だって幸せだろうな。



「何か、誤解されたままとか……」



 そう言って悠菜を見ると、彼女はゆっくり話し始めた。



「あくまでも、伝説として聞いた話だけれど。妹にその美しさを恨まれ、妬まれ、その世界を追われたと言う伝説」



 え?


 は、はぁー?


 美しさって、あれの⁉


 あの十歳前後の⁉


 どう贔屓目に見ても、イーリスは美しいとは言わないだろう。


 可愛いのは認めるが、美しいと呼ぶには未発達過ぎないだろうか。



「それからは、ずっと次元を彷徨い続けている伝説」



 美的感覚は置いておいて、それが時空を彷徨い、一か所に定住しない理由なのか。


 話が終わると悠菜と俺は、愛美や未来達と楽しそうに話すイーリスの姿を眺めていた。



「でも悠斗、いつその話をイーリスから聞いた?」


「ん? いつって……」



 あれ?


 いつだっけ? 



「あー⁉ 思い出した! そうだよ、悠菜!」


「え?」


「俺は逃げないんだってばっ! イーリスと一緒に戦うんだってばっ!」



 俺はその瞬間、大事な事を思い出した。


 まあ、イーリスに任せるんだけどな。


 沙織さんと悠菜とセレスが敵だと判断している、俺のこの世界を脅かす奴ら。


 そいつらを躊躇ためらいもなく倒す。


 イーリスが倒すんだろうけど……。


 そう、イーリスと俺は時空の狭間で話したんだ。


 あの時間の止まった世界で、ヴェルダンディも現れたあの空間。


 俺を見つめる悠菜は、意味も分からずに困惑の表情をしている。


 未来と愛美達がびっくりしてこちらを振り返って見ているが、そんなのもかまっていられない。



「イーリスと話したんだよ! 時間の止まった世界で!」



 その言葉に悠菜が凍り付いた。


 そしてゆっくり俺の言葉を繰り返した。



「時間の……止まった……世界……」



 あそこは音も無く、噴水の動きも止まっていた。


 ただ、そこにヴェルダンディさんが現れたのには驚かされたが。



「ん? どした? ねぇ、喉乾いたよ?」



 突然イーリスが三人を見上げて話しかけた。


 その声に、未来と愛美達がハッと我に返って慌て出した。



「あ、あ、ちょっと待ってね?」


「あっ! それダメ! 愛美ちゃんっ!」


「え? あ、だめっだめーっ!」


「コーラを排除します!」



 三人はバタバタと飲み物を掴んでは、余ったコーラを放り投げる。



「何でその黒いの棄てたのー? シャワシャワしてるのにー!」


「イーリス! あれは絶対駄目! これからも絶対っ!」


「はっ、はいっ!」



 イーリスは怖い顔をして間近に迫る愛美に、これまで味わった事のない恐怖感を覚えた。



「絶対ダメよ⁉ 本当に駄目なんだからね⁉」


「は、はい! はい! はいーっ!」



 イーリスは目を丸くし、愛美に両手を上げて返事を繰り返した。


 その後、手渡されたジュースを美味しそうに飲むイーリスの姿を、俺達は一息ついて眺めている。



「はぁ、びっくりしたー」


「あたしもー愛美ちゃんがコーラの入ったコップ握った時は、心臓が止まるかと思ったよ~」


「あはははー! だよね~! 持ってたあたしも心臓がビクッてしたもん!」



 未来と愛美が顔を見合わせて笑っている。


 それを見ていると、やっぱりこの世界は誰にも邪魔されたくなかった。



「イーリスっ!」



 俺は美味しそうにジュースを飲んでいる、イーリスの傍へ駆け寄っていた。



「何だぁハルトぉー、ウインナーは食べちゃったぞ? あたしがウィンって事だな!」



 グラスに入ったジュースの残りを一気に流し込むと、勝ち誇った表情で俺を見上げた。


 こいつが今何を言ってるのかは理解に苦しむが……。


 俺はイーリスのその視線まで屈みこむと、咄嗟に頭を下げた。



「頼む! 俺に力を貸してくれ! 一か月後も一年後も、俺はこの世界で皆と一緒に居たいんだ!」


「はぁ~? 何言ってんの、いまさら。あ、これもっと」



 そう言うとイーリスは呆れた表情で、空いたグラスを俺に突き出す。



「あ、ああ」



 拍子抜けしながらも、目の前のテーブルの上を探すが、飲み物は見当たらない。


 呆気にとられていた愛美が、自分の手にしているジュースのボトルに気付くと、慌てて俺に駆け寄って来る。


 そして心配そうな表情をして、手にしたジュースボトルを俺に差し出して来た。


 そんな愛美に俺は、軽く大丈夫だと頷いてからそれを受け取る。



「ほら、イーリス」



 グラスにジュースを注ぎながら、俺はイーリスを見た。



「あのさーその話はもう済んでんじゃん? 忘れたの? 馬鹿ハルトだなー」



 そりゃ、あの時はそう話してたけど、詳しくは分かって無いしな。



「貴女が悠斗の力になってくれるの?」



 不意に、悠菜がイーリスの前に来てそう尋ねると、イーリスはゆっくりと悠菜を見上げた。



「ああ、アトラスの姉ちゃんか。大丈夫、アトラスの様にはさせないから」



 そしてまたグラスのジュースを少し飲んだ。


 アトラスの様には?



「そう。なら良かった。宜しくお願い致します」

 


 そう言って悠菜は頭を深く下げる。


 頭を下げる悠菜からスッと視線を外すと同時に、イーリスは一気にまくし立てる。



「あのなー、あんたがお願いしなくたって、あたしがこいつに呼ばれたからには、もう決まってる事なの! 別にあんたにお願いされたからじゃないんだからな⁉ 勘違いすんなよな⁉」



 そしてイーリスは残ったジュースを一気に飲んだ。



「あ、アトラスの様にはってどういう事だ?」



 俺は食い入る様にイーリスに聞いた。



「そんな前の事、忘れたー! あ、おかわり」



 愛美がビクッとしたが、ジュースのボトルは俺の手にある。


 俺が静かにグラスに注ぐと、意外にも悠菜が答えた。



「私の先祖は、全て異星人に滅ぼされたと聞いている」



 えっ⁉


 悠菜の先祖が……?


 その言葉にイーリスがグラスをダンッ! と、テーブルに強く置いた。


 そして、悠菜をキッと睨みつけ指差すと声を荒げた。



「おい、お前! いい加減な事言うなよな! お前の祖先は見事に戦ったんだぞ! 全ては滅んでないじゃんか! お前がいるじゃんか! 全く、どーしてここは馬鹿ばっかなんだ?」



 その言葉にビクッとした悠菜を見て、俺は固まった。


 悠菜の先祖が異星人と戦った?


 銀色に輝くその瞳が潤んで、更に輝きを増している。


 そして、雫となって頬を伝った。


 ――っ!


 俺は悠菜の涙をその時初めて見た。


 イーリスはその様子を見ていたが、すぐに俺に矛先を変えた。



「おい、ハルト。お前があたしをここに呼んだんだろ⁉ ルーナにもあんな事は出来やしないのに……」



 すると、悠菜が涙を流しながらも、ハッと顔を上げてイーリスを見る。



「私達は悠斗の力が、どんなものなのか理解してない」



 涙声でもしっかりとイーリスを見つめ、悠菜は答える。


 すると、やれやれとイーリスがテーブルの上のジュースに手をやる。



「あのなー、そんなのあたしだって分かんないよ。ただ、こいつがあたしを呼びつけたって事は、それだけの奴だって事じゃん? あたしが来たからには、こいつの思う様になるぜ? それにこいつだって、ハルトが呼んだんじゃないのかー?」



 そう言って、ジュースを飲みながら愛美を指差す。


 え?


 愛美?


 愛美は俺が呼んだんじゃなくて、母さんが産んだんだけど?


 相変わらず、こいつは訳が分からん。



「それで俺はどうしたらいい?」



 そう呟いた。



「はぁー? まだそこ? あたし、何て言ったっけー? 馬鹿ハルト?」


「何とかしてやるとか……」


「どうやって?」


「えと、こうやって、バーンとか?」


「ちがーう! ほんっとに馬鹿ハルトだな! ピーン! とやって、バーン! だろー⁉ 覚えとけよな!」


「ぴーんとやって……ばーん?」


「何かに書いとけば? ピーン! とやって、バーン!」



 はぃ?


 全く意味が分かりません。



「そ、そうだった?」


「あのね、ハルトはあたしを呼んだんだろ? そしたらあたしが手伝うに決まってんじゃん! まだ分かんないー?」


「分かった」



 悠菜が答えた。


 え?


 悠菜が分かったの?


 悠菜には理解出来た様だ。


 愛美も蜜柑も当然未来も、そのやり取りをただ呆気にとられて見ていた。



「んじゃ、話は終わりー」



 悠菜に分かったと言われ、イーリスは黒く焼かれたソーセージを指で転がす。



「あちっ! こぬやろ!」


「あ、イーリスちゃん、これ使って! あ、それは焦げちゃったから、こっちで!」



 慌てて愛美と未来がトングを渡す。



「なあ、悠菜。お前、分かった?」



 俺は悠菜の耳元でそっと聞いた。


 悠菜は頷き俺を見つめる。


 その目にはさっきの涙は無く、そっと話し始めた。



「悠斗はイーリスを召喚して、一か月後の危機に備えているという事。そして、イーリスが私に理解出来ない方法で、それを解決するという事」



 悠菜にさえ理解できない方法だと?



「私にも見えない方法で、悠斗がイーリスをここへ連れて来た、その能力はルーナでさえも不可能な事」



 沙織さんでさえも⁉


 何か、俺って凄くない⁉


 カードゲームで言えば、イーリスと言う名のオールマイティーカードを引き当てたみたいな?



「兎に角、イーリスの能力は私には未知のモノ」



 悠菜も未知の能力がイーリスにあるのか。



「私にはこうやると、悠斗の思考がある程度は分かる」



 そう言って、おもむろに俺の手を握った。


 えっ?


 えええええーっ!


 前に何度か手を握って来た事があった。


 あれは、俺の頭の中を読み解こうとしていたのか⁉



「うん」



 マジか……。


 こいつ、今俺が思った事に返事しやがった……。


 何という事だ。


 あんなことやこんなことが、頭の中をぐるぐる回る。


 学校の帰り道、悠菜の裸体を想像した時も⁉


 毛が生えてるかとか、そんな事考えて無かったっけか……俺。



「――っ!」



 パッと手を放した悠菜は困惑した表情だった。


 終わった――。


 クールでダンディーな大学生やら何やら、幾つか理想していたこれからの生活が……。


 その他、色々何かを断念した瞬間だった。


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