第14話 悠菜の友達と露天風呂でBBQ
俺が皆と遅めの朝食をとった頃には、既に時計は十一時を指していた。
「もうこんな時間じゃん! ねえ、お兄ちゃん。朝に
愛美の言う未来さんとは、俺の大学の同級で、最近連絡先を交換した金持ちの友達だ。
そうそう、真っ赤なポルシェに乗っている子だ。
「え? いつ来てたんだ⁉ てか、何故お前が?」
「ごめーん! お姉ちゃんから、お兄ちゃんに伝えてって、頼まれてたんだっけ!」
愛美が両手をパンッと合わせて、片目を瞑り俺に謝って来た。
「そうなんだ? で、何だって?」
「うーん、内容は知らないけど、お兄ちゃんが朝ご飯済んだら教えてあげてって、お姉ちゃんに言われてたんだよね~」
内容を確かめようと、リビングからガーデンテラスを見渡すが悠菜の姿はない。
「あれ?
「え? お姉ちゃん? 何処だろ」
愛美も一緒になって探し始めたが、近くには見当たらない。
イーリスもセレスも姿が見えない。
しかも、沙織さんも見当たらないな。
そうだ!
こういう時こそ、あれだ!
ふふふ。
俺は学習したんだぞ!
見回して色の違う場所を探すと、明らかにそれっぽい色の違う小さなタイルがある。
「これだ! おーい! ユーナー? 居るかーぁ?」
タイルを触りながら声を張り上げた。
「お兄ちゃん、そんなに大きな声で話さなくても大丈夫だよ?」
「あ、そう?」
俺の声がキッチンで反響していた。
『ユーナちゃん? コンビニ行くって言ってたわよー?』
沙織さんの声だ。
「そうなのー? りょーかーい! ありがとー……お姉ちゃん」
思い出して付け加えた。
『あっはっはっはーっ!』
『わ~い!』
セレスの大笑いに被って沙織さんの喜ぶ声が聞こえた。
な、なんなの?
やっぱ、俺、遊ばれてる?
お姉さんと呼べと自分から強要する時点で、沙織さん歳を気にしてるのかもな。
コッソリとそんな事を思いながら、どうして悠菜がコンビニへ行ったのかを不思議に感じていた。
悠菜が一人でコンビニへ行くなんて事は、これまでにあっただろうか。
否、無かった筈だ。
「お姉ちゃんが独りで行くなんて、珍しくない? 何しに行ったんだろうね~」
愛美がアイスを食べながらそう言った。
やはり愛美も珍しいと感じた様だ。
確かに。
何の用だろうな。
『悠斗くーん! ユーナちゃん、もうすぐお友達二人連れて帰るってー!』
へ?
あいつにお友達?
そんなの居たかよ⁉
まさか、異世界の人とか⁉
もしかして、ヴェルダンディさんとか……。
いや、それだったらコンビニへ迎えに行くか?
行かないよね?
「悠菜お姉ちゃんのお友達⁉ 凄い! 男の人かな⁉ 楽しみー! あ、着替えて来よ!」
「私もーっ!」
愛美と蜜柑はアイスをくわえたまま、どたどたと部屋へ上がっていった。
改めて思えば、異世界人だとカミングアウトされてから、セレスだったりイーリスだったり色々来てるからな。
ふたり?
俺はハッとした。
おおおおー!
もしや、未来ちゃんと友香さんか⁉
それは十分考えられる!
あの二人はこの前に連絡先の交換をしていた筈だ。
だが最悪のケースは、あの鈴木がオタク友達と一緒に来るって事だな。
それだけは絶対にダメだ!
この誰もが羨むこの生活を、あいつにバラす訳にはいかない!
それに、
まさか悠菜に男友達とか?
ないない、信じられない。
だが待てよ?
未来ちゃんと友香さんなら、俺も着替えなきゃだな!
俺は光の如く自室へ向かった。
部屋であれこれ着替えていると、愛美が壁の穴から入って来る。
「何そんなにめかし込んでるの? 怪しいな……」
「あ、怪しいってなんだよ。まさかトランクスで居る訳にいかねーだろ」
「あったり前でしょー⁉ 馬鹿なの?」
こいつに浮かれてたのは見透かされてるような気がする。
するとその時、脳内レーダーに反応があった。
間違いない、これは未来と友香と悠菜だ!
おおーっ!
あの二人が来るなんて、凄いサプライズじゃないか!
ブロロードゥンドゥン!
暫くしてスポーツカー特有のエンジン音が聞こえた。
これはっ!
あのポルシェでは⁉
「あ、車が入って来た?」
「みかんどこー? お兄ちゃんも早くー!」
既に部屋を出た廊下の、向こうの方で声が聞こえる。
「はいはいはい!」
俺もすぐに後を追う。
玄関ホールまで階段を降りる所で、沙織さんとセレスと一緒になった。
「ユーナちゃんのお友達が来るなんて、とても嬉しいわ~」
本当に嬉しそうな、最高の笑顔で沙織さんが言う。
あ、何か本当の家族みたいじゃん?
沙織さんの笑顔が皆にうつった様だ。
気づくと俺も笑顔になっている。
「ユーナの友達か! 地球での友とはどんな方であろうな!」
セレスはそう言って笑顔のまま腕を組んだ。
セレスも興味がある様だな。
俺達五人は玄関ホールに横一列に並んで、扉が開くのを今か今かと待っている。
気付けば五人とも笑顔で玄関を見つめていた。
ちょ、何か可笑しくないか?
俺は、流石にこれは変だよと言おうと思った瞬間、ガチャっと玄関の扉が開く。
俺達は今まさに開き始めている扉を凝視した。
「二人とも遠慮なく入って――っ」
そう言って悠菜が扉を開いた瞬間、綺麗に玄関に並んでいる俺達に気付き、悠菜が文字通り固まった。
俺達はその時初めて、驚いた表情の悠菜を見た気がする。
「――っ!」
悠菜は少し後ずさりしたが、続けて入って来る未来に押し戻されて、その身は玄関内に入っていた。
「あー! お母様! 初めてお目にかかりますぅー!」
あ、ダメ!
お母様なんて呼んだら!
俺は沙織さんの方を見れない。
だが、即座に悠菜に耳打ちをされ、慌てて言いなおす。
「えと、初めまして沙織さん!
その後、テヘペロというお茶目な仕草を悠菜に見せた。
「ごめんね、悠菜ちゃん。さっき言われてた事、緊張して忘れちゃってた! だって、皆並んでるんだもん」
五十嵐さんがそう悠菜に耳打ちしているが、その声はこっちにも聞こえている。
案外お茶目なタイプなんだな未来って。
薄手の開襟シャツを着て、長い脚にミニスカートが良く似合っていた。
すると、続いてその後ろから友香さんが入って来た。
薄手の初夏らしい半袖ワンピースを着て、両手に大きな荷物を抱えている。
只今女神降臨しましたーっ!
神様ありがとうございますっ!
「突然お邪魔して申し訳ございません。私は
そう言うと、落ち着いて深々とお辞儀をしている。
「あらあら~ユーナちゃんのお友達なら是非、こちらこそ宜しくお願い致しますぅ~」
沙織さんがニコニコしてスリッパを差し出したのを見て、俺は一安心した。
「私もユーナの友人で、セレスティアと言います。どうぞよろしく!」
そう言ってセレスもお辞儀をしている。
「ねえ、沙織お姉ちゃん、もうあがって貰お?」
な、いつから
「そうですね~どうぞどうぞ~おあがり下さいな~」
沙織さん、超ご機嫌なんですけど!
「霧島君、妹さん方もこんにちわー! 霧島君にはラインしたのにぃー!」
そう言って未来が苦笑いする。
「あ、そうなの⁉ 見て無かった! ごめんよぉ」
「いーの、いーの! 誘ってくれたのは悠菜ちゃんだから」
そう言って悠菜を見た。
「うん」
え?
普通にうんって言った⁉
珍しい……。
ここはただ頷くだけかと思ったぞ?
愛美といい悠菜といい、何かが違うぞ?
しかも、悠菜が誘った?
「それじゃ、リビングへどうぞ~」
愛美と蜜柑に促されて、二人は彼女達の後をついてリビングへ向かう。
「愛美ちゃんと蜜柑ちゃんよね? 先日はどうも~」
そう話しながら前を歩く二人を見ながら、俺も後を追う。
やっぱ、この二人可愛いな!
しかも、友香さんてあんなに胸大きかったのかぁ。
そう思っていると、後ろから沙織さんに突っつかれた。
「ねね、どっちが悠斗くんのタイプなのぉ~?」
「な、何言ってんすか! ど、どっちも友達でちゅ」
動揺して噛んじゃったじゃんか!
「あーそうでちゅかー?」
後ろからセレスも
くそぉ!
あそこで噛むなんて!
言い返せないじゃん。
リビングへ入ると、流石に凄い面々だった。
広いリビングに大きなソファーではあるが、これだけ人が座っているのは初めてじゃないか?
銀髪の悠菜に半分金髪のセレス、沙織さんの色は金髪ってかブロンドって言うの?
未来は赤く染めたっぽい。
黒髪の友香さんと、校則に引っかからない程度に茶色い愛美と蜜柑。
髪の色だけでパレットの様だな。
壮絶な眺めだ。
「これ、つまらない物ですが、どうぞ皆様でお召し上がりください」
西園寺さんが両手に持っていた荷物を、沙織さんへ渡していた。
「あらあら~お気遣いをなさらずに~」
何だか友香さん大人の対応だな。
俺なんて鈴木の家にいつも手ぶらで行ってたぞ?
こ、高校生まではそれでオッケーだよね?
しかし、何だな。
夏はいいよな~。
女の子が薄着でっ!
この眺めでご飯三杯はおかわり出来るぞ!
日本の夏に感謝だな!
うんうん。
しかし、足やら胸元やらは余り見られず、髪形を眺めていてふと思う。
これでイーリスのピンクがあれば――。
あれ?
イーリスが居ない?
そう言えば、朝飯食ってからはイーリスの気配が無いぞ?
「イーリスは?」
そっと愛美に耳打ちをする。
「あ、大浴場に行ってる。サウナの特訓だって」
「……は?」
何をしてんだか、あいつは。
だが、あいつが居ないのは好都合かもな。
あの調子で、何を言い出すのかが心配だし。
「そう言えば、霧島くんって裏なんでしょー? お家」
「え? うん、そうだよ? どして?」
「急いで悠菜ちゃんの家に来たの?」
未来がそう言って俺を見た。
――はっ!
そりゃ、そうだ!
素朴な疑問だ!
「あ、あたしとお兄ちゃんね、沙織お姉ちゃんちに預かって貰ってるの~」
「あ、そうだったの⁉ 何だか変な事聞いちゃった? ごめんなさい」
「いえいえ、私が裏に行くのも面倒になって、二人にこちらへ越して来て頂いたの~」
そう言って沙織さんは、手渡された荷物をダイニングへ持って行く。
そして、その後を悠菜がついて行った。
な、何とか説明してくれて良かった。
「そうだったんですかぁ」
なるほどという様な表情で、未来と友香さんが聞いていた。
「さあ皆さん、冷たい物は何にしましょうかぁー?」
ダイニングから沙織さんが聞いた。
「あ、沙織さん、私お手伝い致します!」
すると、スッと友香さんがソファーを立った。
「あ、あたしも!」
同時に愛美と蜜柑、未来が立った。
この辺りはセレブの育ちの良さって奴なのか?
「では、こちらで皆さん、お好きなものをお選びくださいな~」
「わ、沙織さんのダイニング、とっても素敵ですね!」
未来は早速沙織さんの心を掴みに行ったか。
さっきのお茶目っぷりを挽回にかかったか?
「本当に広くて素敵ですね!」
うん、友香さんは本心だろうな。
「あ、良かったら未来さんと友香さん、ここへ座ってね?」
「は~い!」
未来は愛美に勧められた椅子に座りながら、ダイニングからキッチンを覗いている。
「でも、本当に素敵ですよね~うちのキッチンより使い易そう!」
やっぱり女子はキッチンに興味あるのか?
「あら、これはマンゴスチンですか?」
テーブルの上にあるフルーツを見て、西園寺さんが聞いていた。
「そうです~私が好きなの~」
沙織さんはそう言って、グラスに飲み物を注いでいる。
「そうですか! 幼い頃に食べた事があって、とても懐かしいです」
そう言って懐かしむ友香さんの横顔が、とても素敵です!
「良かったら召し上がって下さいね? 日持ちしないフルーツなので~」
赤い丈夫な殻に覆われたその実は、途中まで殻が剥かれており、実が取り出しやすくなっている。
「こうやって剥いて、実が白いのが新鮮なの~これが透明に近くなってきたら、少し古くなってきてるのよ?」
「そうなんですね~」
実を取り出しながら、沙織さんが西園寺さんに教えている。
すると、未来が俺にそっと耳打ちしてきた。
「ねね、沙織さんのお仕事、何関係なの?」
「え?」
やべっ!
その辺りの設定は聞いてないぞ⁉
「極秘事項」
急に俺と未来の間に入り、ボソッと悠菜が言い切った。
「えっ⁉」
唐突な答えにびっくりして、未来と俺が同時に声を上げた。
極秘事項って、そんなストレートでいいのか?
「先立たれた主人の、ほんのわずかな遺産で暮らしてますぅ~」
沙織さん、それは無理が無いか?
「あら、それはごめんなさい!」
でも未来さんが気にしちゃったよ?
「いえいえ~随分と昔の事ですからぁ~」
ニコニコして沙織さんがそう言うが、未来はまだぎこちない笑みを浮かべている。
「そ、そうですか?」
向こうでは愛美が友香さんと仲良く……いや、夢中でマンゴスチンを食べていた。
「で、未来さん、どうしたの? 今日は二人して」
俺はこの二人が突然来た事を、いささか疑問に感じていた。
「あ、えとねー夏休みに入る来月の話なんだけど、友香ちゃんのプライベートビーチへ行きませんかぁ? 勿論、皆さんもご一緒にどうですか?」
「あらあら~」
プライベートビーチだとっ⁉
そんなの映画の世界でしか見た事無いぞ!
「え⁉ あたしもいいの⁉」
早速愛美が食い付き、目の前で一緒にフルーツを食べている友香さんに詰め寄った。
「勿論です~是非、愛美さんと蜜柑さんも皆さんご一緒にどうぞ~」
友香さんが笑顔でそう言うと、愛美はガッツポーズを決めていた。
「よっしゃー! 水着もう一着買っておかなきゃ!」
「私も水着欲しいなー」
「みかん、一緒に見に行こうよ!」
「あたしも愛美ちゃんと蜜柑ちゃんが一緒だと嬉しい!」
そう言って未来が愛美と蜜柑に微笑みかけた。
「いいんですか~? すみません友香さん。私までお誘い頂いてしまって~」
沙織さんは恐縮気味に聞いてはいるが、絶対について来るだろうな。
海が本当に好きだと、前に聞いた事がある。
「いえいえ、いいんです。私、歳の離れた兄が一人だけでして、この様に同姓のお知り合いが沢山居てくれた方が楽しいです」
おいおいおい!
何か凄い事になって来てないか⁉
SPイベント来た⁉
「私もね、兄弟って上に兄ばかり二人だから、霧島君みたいな弟がいてくれた方が楽しいしー」
「ちょっと待て、俺は同級だぞ?」
「いいじゃーん! 霧島君、お姉さんいっぱいいるし、一人位増えたって変わらないでしょー?」
ま、まあ確かに……じゃ、ねーよっ!
無茶苦茶な事言うなぁ
「ねね、そろそろお昼だし、何にしよっかーお昼ご飯!」
愛美がそう言って沙織さんに聞いた時、玄関ロビーの方で何やら声がした。
「あ~い、あ、ま、ちゃ~ん、ぴょ~ん! あ~いむ、うぃ~な~! い、え~い!」
大きな声で妙な言葉を発しながら、イーリスが階段を下りて来たのだ。
ま、ま、まずいっ!
その声に、未来と友香さんが顔を見合わせ、不思議そうに聞き耳を立てている。
俺と愛美も咄嗟に顔を見合わせ、悠菜を見るが彼女はただ無表情で頷く。
「あ、さ、沙織さんの姪っ子かな⁉ ねっ? 沙織さん!」
俺は慌てながらもそう言って、沙織さんを見て目で合図する。
「え~? 悠斗くん、な~ん~て~?」
俺に笑顔で聞き返すが、目が笑っていない。
「あ、あー! 沙織姉さん! め、姪っ子だよね⁉ お姉さんっ!」
「うんうん~! そうなの~姪っ子のイーリスでーす!」
沙織さんは最高の笑顔になるとそう言った。
危なかった――。
こんな緊急事態でもお姉ちゃんと呼ばせるとか、やっぱ
だが、未来と友香さんはぎこちない表情のまま、ただ声のする方を凝視している。
その様子を見ていた愛美が、俺に行って来いと目だけで合図をした。
「ちょ、ちょと俺が行って来る!」
イーリスに余計な事は話さない様に、ちゃんと言っておかないと!
階段の所まで駆け寄ると、すぐそこまでイーリスが降りて来ていた。
「おっ? どした? ハルトー! チョコ食べたーい!」
階段を下りながら俺を見つけるとそう言う。
「よし、わかった! チョコを与えよう! だが、もっと凄い物もあるぞ? 興味ないか?」
「チョコよりいい物だと言うのか⁉ そんな物がここに存在するのか⁉」
その場で足を止め、イーリスは目を輝かせながら食い付いて来た。
こいつの価値観が良く分からないな。
イーリスが階下まで飛び降りて来た所で、俺は彼女の目線まで屈みながら考えた。
「アイスだ。冷たくて美味しいぞ?」
耳元でそう言うと、サッと仰け反ったイーリスの目の輝きは、既に消えている。
「はぁー? アイス? 氷が冷たいのは当たり前だろ? 確かに風呂上りには良いけどさ」
「え?」
「氷が美味しい訳ねーだろっ!」
「あ、いや、アイスって……」
「んだよ! 馬鹿にすんなよなっ! 馬鹿ハルト!」
イーリスは両手を自分の腰に置き、方足をドンっと踏みつけ仁王立ちになった。
な、なんだと⁉
「い、いや待て! チョコアイスだぞ? 知ってるの――」
そこまで言いかけた所で、イーリスは俺の話に被せて声を上げる。
「何だとーーっ! チョコの氷があるのか⁉」
「あ、ああ! そうなんだよ!」
「知らなかった……」
な、何だよ、知らなかったのかよ。
「そ、そうだろ? それを君に授けよう」
俺は内心ほっとしながら耳元で囁く。
「おおおー! ハルト、お前いい奴だな!」
だから、声が大きいんだってば!
耳元で話している俺を察してくれまいか?
「で、相談なのだが――」
更に耳元でそっと話す。
「いうてみー、いうてみー! 聞いちゃるよ?」
イーリスは腕を組んでそのまま胸を張った。
この立場、何か変じゃね?
「今な、俺の大学の知り合いが二人、ここへ遊びに来てるんだ」
「だいがく?」
「あー学校の……兎に角、俺の知り合い」
「ふむふむ」
「普通の人間だから、くれぐれもバレない様にね?」
「そうは言ってもだな、このあたしの可愛さは隠しようがないぞ?」
「なっ……」
イーリスは真剣な表情で言っている。
それも気になったが、俺はわざわざイーリスに耳打ちして、ここまで小声で話しているのに、こいつが普通のトーンで話していると、やっぱり何か不自然だ。
こいつ、マジなのか?
それとも、わざとなのか?
「内から溢れる可愛さだからなーうん」
「あ、そこは隠さなくていいです」
「そーなの?」
「そーだけど、くれぐれも異次元関係だけは極秘に――」
俺はイーリスに向かって手を合わせ、更に小声で囁く。
「わーた、わーたってば! そこまで頓着無いと思ってんのー? まっかせなさーい!」
だから、声が大きいってば!
イーリスは親指を力強く立てて俺に見せているが、俺は人差し指を口の前に立て、しーっとする仕草をとる。
もはや、不安でしかない。
「ちょこ、ちょこ、あーいすっ! ちょっこあーいすっ!」
そう言い、ダイニングへ向かいながらスキップを始めた。
だ、大丈夫か⁉
理解していると思う⁉
その後を慌てながらも、恐る恐るついて行くが不安で仕方ない。
「あ、イルちゃん! こちら悠菜お姉ちゃんのお友達だよー?」
愛美が笑顔でそう言ってから、俺には不安そうな表情を見せる。
わかんないよ、そんなの。
俺は両手のひらで、さあ? と言う仕草をして見せた。
友香さんと未来は立ち上がると、ご丁寧にイーリスに向かってお辞儀をしている。
イーリスにそう言うのしなくて良いと思うけど?
「こ、こんにちは……」
「あ、そ? さあハルト! チョコアイスだー! さあ、さあ! 授けたまえー!」
イーリスは二人に全く興味を示さず、くるっと俺を振り返った。
「あ、ダメじゃん、イルちゃん! ちゃんとご挨拶しないと!」
「え……わ、分かったよ」
思いもよらず愛美に叱られたイーリスは、シュンとなってお辞儀をした。
「こんにちわ……」
「あー! えらーい! じゃあ、お兄ちゃんにご褒美貰ってね?」
「お、おう!」
「あーはいはい。こっちだよ」
俺はイーリスの手を引き、キッチンの冷蔵庫へ向かう。
「何だよ! 行き成り手を引きやがって! お前馴れ馴れしいぞー? ハルトのくせにぃ」
そう言いながらも、大人しく手を引かれ、先を歩く俺を見上げている。
そして間もなくセレスを見つけると、空いた手で指をさして声を張り上げた。
「あー! 剣の人! ふっふっふーっ! 後で特訓の成果を見せてやる!」
「なっ……」
言われたセレスは呆気にとられて、不思議そうな表情で俺とイーリスを交互に見ている。
「覚えておくが良い! わーはっはっはっー!」
こいつ、本気でサウナの特訓してたのかよ。
友香さんと未来は立ったまま、唖然としてその顔を見合わせている。
沙織さんは涼しい顔でアイスティーを飲んでいるが、悠菜は無表情のまま俺達を目で追っていた。
「あ、チョコアイスなら地下の冷凍庫にあるよ? こっちー! あ、みかんもついて来て?」
「らじゃー!」
あ、そうなの?
「いっえーぃ! ちょっこあーいすっ! いぇい!」
イーリスはセリスに向けた手を、今度は力強いガッツポーズに変えていた。
愛美は俺からイーリスの手を優しく受け取ると、そのままキッチン横の扉から地下へ先に降りて行った。
あ、あんなところから地下へ行けるのか!
大抵は勝手口とかありそうなその場所に、この家は地下へ下がる階段があった。
「何だここは? 隠し部屋か?」
「まあそんな感じかな~」
「あ! さては秘密基地なんだな⁉ まあ、チョコアイスは希少品だろうからな!」
「うんうん~こっちにあるの」
「流石に保管は厳重なんだな! 感心、感心」
「気を付けて降りてね?」
イーリスは地下へ続く階段の辺りでそう言うと、そのまま愛美の後を追い辺りを見回しながら降りて行った。
二人の姿は見えなくなったが、まだ未来と友香さんは空け放した扉の奥を無言で見つめている。
見つめる先には地下へ続く階段があり、暫く沈黙の時間が流れた。
俺と悠菜は顔を見合わせていたが、沙織さんはニコニコしながらセレスを見ている。
そのセレスは、先程イーリスに言われた事が余程気になるのか、複雑な表情で腕組みをしていた。
「ちょ、超可愛いんですけどーっ!」
その時、急に未来が声を上げた。
「へ?」
び、びっくりした!
声に驚き彼女を見ると、興奮気味に友香さんの両手を掴み、その場に立ったままその目を輝かせている。
「あのピンクの髪も綺麗だし、沙織さんの姪っ子さんてハーフなんですかっ⁉」
未来は目を輝かせて、向かいに座る沙織さんに食い入る様に聞いた。
「ええ、とても可愛らしいですね!」
友香さんも沙織さんに向き直りそう言った。
はあ、どうしたものか……。
「あら、どうもありがと~ハーフって言うよりクオーターなのかな~?」
沙織さんは笑顔でそう言うが、この人滅多に動じない人だもんね。
「クオーターですか!」
「見た目に似合わないあの口調! ギャップあり過ぎるけど可愛いよね!」
友香さんもうんうんと頷いている。
「ま、まあ、まだこっちに慣れてないから?」
「あら、お住まいはどちらなの?」
し、しまったーぁ!
フォローするつもりが墓穴を掘ってしまったー!
「凄い田舎」
急に悠菜がそう言うと、俺は咄嗟にうんうんと頷いた。
「そうなんだ~それでチョコアイス知らなかったのかぁー」
ちょっと未来さん?
田舎だってチョコアイスくらいあるでしょ⁉
チョコアイス知らない田舎って一体何処だよ⁉
心の中で突っ込んでいたが、幸い二人は疑いも無く納得した様だ。
ま、まあ助かった。
って、さっきのイーリスとの会話、二人にもやっぱ聞こえてたのかよ!
「じゃあ、チョコアイス楽しみだね~」
友香さんと未来は下でのイーリスの反応を想像しているのか、笑顔で顔を見合わせている。
ま、まあ、座ったらどうです?
「さ、沙織姉さん! 昼飯はどうしよっか⁉」
「そうね~未来さんと友香さんは何が食べたい~?」
「そんな、お構いなく……」
「遠慮しないでね~? ある程度はリクエストにお答え出来るわよ~?」
沙織さんはそう言って、ダイニングのカウンターからキッチンを覗いた。
「ありがとうございます~じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きまーす! ね? 友香ちゃん?」
未来にそう言われて友香さんは困惑した表情で沙織さんを目で追った。
「沙織さん、本当によろしいのでしょうか? すみません、お昼時にお邪魔しまして――」
そう言うと、深々とお辞儀をしている。
この人は未来よりも数倍育ちが良いと思った。
「いーの、い~の~! うちは大家族ですから、全然かまいませ~ん」
ま、まあ、今はそうだよな。
セリスが来ていて、昨日からはイーリスも乱入したからな。
何人いるのかと数えてみると、俺を入れて今は九人居る。
俺は朝飯が遅かったから然程空腹では無いが、普通は今が昼食タイムだろう。
「まあ、二人とも座って?」
悠菜がそう言って、立ったままの二人を見上げる。
「あ、そ、そうね! 何か興奮しちゃった! ね? 友香ちゃん!」
「ええ~」
未来はまだ興奮が冷めやまぬようだが、友香さんはそう言われると、しおらしく頷き椅子に座った。
いや、未来は興奮し過ぎじゃない?
「皆さんお昼ご飯は決まった~?」
キッチンを覗いていた沙織さんが見かねて聞いてきた。
「本当にすみません。私は何でもかまいませんが――」
「あ、私も好き嫌いは特に無いので~」
未来さん、そう言うけど貴女は結構好き嫌いありそうですけど?
「じゃあ、あるもので」
そう言うと、悠菜はスッと立ち上がりキッチンへ入った。
「あ、ユーナちゃん、私がやるからお友達とゆっくりしていて~?」
沙織さんは未来と友香さんにやはり気を遣っているのだろう。
悠菜は暫くキッチンに立っていたが、沙織さんが目配せするとゆっくりリビングへ出て来た。
「ちょっこあーいすっ! いぇい! ちょっこあーいすっ! いぇい!」
急に地下へ続く階段のある扉から、元気いっぱいなイーリスの声が聞こえ始めた。
瞬時に未来の目が輝き、視線は階段のある扉の奥に釘付けになっていた。
「じゃーん! チョコアイスを手にしたあたしは無敵なのだー!」
そう言って、地下へ続く扉から飛び出して来た。
「さあ! 剣の人、勝負だー!」
そしてセレスにチョコアイスを向けたが、慌ててチョコアイスを口へ運び、反対の手でセレスを指さした。
こいつは、何言ってんだ?
セレスは事態が掴めず、困惑顔でイーリスを見ている。
「こらこら、イルちゃん! お姉ちゃん達にただいまって言えたの?」
愛美が後から地下から上がって来るとイーリスに言う。
「あ、忘れてた! ただいま! これから剣の人と勝負だから、そゆことで!」
イーリスはアイスを食べながら歩き出し、未来と友香さんをチラッと見てそう言うと、セリスの前に仁王立ちになった。
「ふっふっふっ。今朝までのあたしと思わない事だな!」
「な、なにを……」
「サウナを極めたあたしが負ける筈が無いのだ!」
やっぱりそれか⁉
「サウナー⁉」
「サウナー⁉」
見事にハモった!
セレスと未来が同時に声を上げたのだ。
そしてハモった同士、二人は顔を見合わせると軽く会釈した。
「あら、良かったら、お二人も大浴場で汗を流したらどうですか~?」
「大浴場ですか?」
「でも、初めてお邪魔して行き成りお風呂を頂くのは……」
「そんなのいいのよ~着替えも気にしないでね~?」
沙織さんがそう言うと、悠菜も頷いている。
いくら何でもお風呂ってどーなの?
「源泉かけ流し」
悠菜がボソッと言うと、意外にも友香さんの表情が変わった。
「源泉かけ流し――っ⁉」
え?
まさかこの人食い付いた⁉
「あ、友香ちゃんは大の温泉フリークなんだよね……」
苦笑いしながら未来が俺にそう言った。
「こ、ここに⁉ ここに源泉引いているのですか⁉」
「ええ! 是非、入ってらして~! 私の自慢の温泉なんです~」
「あ、でも、着替えが……」
「バスローブも沢山ある事ですし、下着も買い置きが幾つもあるから~」
この家、何でもあるな……。
「そ、そうですか⁉」
友香さんが声を上げて心の葛藤を始めた時、その様子を見ていた未来が悠菜にそっと耳打ちしていた。
「本当にいいの? 初めてお邪魔してお風呂まで――」
「うん。かまわない。こっち」
耳打ちされた悠菜はそう言うと、二人を大浴場へ案内を始めた。
「源泉かけ流しの湯がここにある――」
友香さんはうわごとに様にぶつぶつ言いながら、悠菜の後をふらふらついて行く。
げ、マジかよ!
「よーし! 話は決まったな。手加減なしだぜ、剣の人!」
「の、望むところです!」
イーリスとセレスのサウナバトルも勃発の様だ。
「お、お兄ちゃん。いいのかなぁ?」
愛美が心配そうな顔をしながら俺に近寄って来た。
「も、もう知らないよ、俺」
「ユーナちゃんが居るから大丈夫よ~」
沙織さんが涼しい顔でそう言ったが、俺と愛美は顔を見合わせていた。
「じゃあ、私はユーナちゃんのお友達に、お着替え用意しておくわね~」
「あ、は~い!」
沙織さんは普段通りのニコニコした表情で、鼻歌交じりにダイニングから出て行った。
俺はその後姿が見えなくなると、そっと愛美に近寄り耳元で囁いた。
「あのさ、愛美。思うんだけどさ、この家って普通の常識をかなり超えているよな? あちこちにインターフォンみたいなのがあったり――」
「ああ、まあそうだよね~かなり大きなお
「あの二人結構な金持ちっぽいから、この家でもさほど驚いてないけどさ、普通の感覚なら絶対大騒ぎになってるぞ?」
「ああ~そうかもね~あたしも最初は、この広さにびっくりしてたけど、大好きだよ、ここ。庭も広いしさ」
愛美は頬杖をつき、幸せそうな表情でダイニングから見える庭を眺めた。
「私もこの庭で良くトレーニングしてますよ」
「そうだったんだ」
蜜柑ってトレーニングなんてしてたのか!
そう言えば、蜜柑はかなり引き締まった体系だよな。
それにしても地下室か……。
ジメジメしてんのかな?
「それに、あんなとこに地下室があったりさ。俺、知らなかったよ」
俺は愛美を見ながら、親指を立てて後ろを指した。
「あ~お兄ちゃんはこっちの家に、あまり来なかったからね~」
「まなみは私が居たからよく来てたよね」
「うんうん~前はたまに来てたくらいかな?」
蜜柑がこっちに来てからは二人で一緒に居る事が多かったしな。
「そういやさっき、ここの大浴場が源泉かけ流しとか言ってけど?」
「あ、ここの真下から温泉引いてるんだってよ? お母さんとお父さんも、上のお風呂には何回か来てるし」
え? マジか!
俺が知らなかっただけか!
しかも俺だけ入った事が無かっただなんて。
ちょっとした疎外感に苛まれた。
てか、こんな場所で温泉とか引けちゃうの⁉
「お兄ちゃんは来てないよね~」
「どうしてだよ。何か仲間外れ感が凄いんだけど?」
「だって、小さい頃のお兄ちゃんて、高い所とか苦手だったってお母さん言ってたよ?」
あ、そう言えば、何と無くそんな記憶がある。
自分がいる場所の高低差が分かり始めた当初、かなり敏感に感じ取っていた。
きっと過剰に反応していたのだろう。
「そうだったのか」
ボソッとそう言うと、慌てて愛美が弁解を始めた。
「そんなに落ち込まないでよ~あたしはお兄ちゃんとなら行くって、凄く泣いたらしいんだからぁ~」
「そうか……俺、母さんに色々手間かけていたのかもな」
「あ、でもね。その時もお姉ちゃんだけは、ずっとお兄ちゃんと一緒に居たよ?」
そうか。
そう言えばそうだったな、俺が一人で居た記憶は殆ど無い。
いつもあいつが居たっけ。
「まあ、監視係だしな」
そう言って笑うと、愛美も釣られて笑う。
「そうそう、SPみたいって思ってた! お姉ちゃんって、いつもあたし達を護ってたんだよね~」
そうだったな。
ついこの間までは、俺に付きっ切りだったもんな。
「俺達に正体を明かす迄は、結構大変な思いだったろうなぁ」
俺達はお互いに顔を見合わせると、頷きながらしみじみとそう思った。
「ま、今のあたしにはみかんが護ってくれてるからね~ありがと、みかん」
「いいってばー」
「え? 蜜柑が?」
みかんが愛美を護る?
「え? あれ? お兄ちゃんまだ聞いてないの?」
「何を⁉」
「みかんはあたし専属SP……じゃ無くてSS何だよ?」
「へ? ど、どゆこと⁉」
「セキュリティスタッフだっけ?」
俺が蜜柑を見ると、彼女は照れる様な表情で話し出した。
「愛美が中三の春、任務で愛美の保護を始めたんです」
「中三の春って蜜柑が初めて来た時?」
「はい」
「誰かに頼まれたの?」
「はい」
「誰?」
「沙織お姉ちゃん」
「えーっ⁉ そうだったの⁉」
「はい」
しかし、蜜柑まで沙織お姉ちゃんって……。
「でも、どうして?」
「詳しい事は知らされて無いのですけど、あの頃は組織が不安定な状態でして、霧島家の皆さんにプロテクションプログラムが発動されました」
「え? 母さんや父さんにも?」
「はい、ご両親を保護する為に海外へ移動をお願いした様です」
そう言えば、蜜柑が来た頃に母さんから海外へ行く話を聞いたっけ……。
「でも、何故二人をそんな時に海外へ?」
「それはお二人の新事業の立ち上げに、あの頃は海外が最適と判断したと聞いています」
「そ、そうだったんだ?」
「はい、全て沙織お姉ちゃんの計画だと思いますけど……」
「そっか……だったら最善だったんだろうね」
沙織さんが考えてそうしたのであれば、まず間違いは無いと思う。
しかし、父さんと母さんが新事業を海外で立ち上げていただなんて、俺は思いもしなかった。
「あたしもその話はまだ聞いてなかったけど、そっか~お父さんとお母さん、一緒に仕事始めてたんだ~」
「うん、私も詳しい話は聞いてないんだけどね」
しかし、蜜柑の言う組織って何だ?
「蜜柑の組織って……」
「あーそれは秘密保持契約があるので……ごめんなさい!」
「そ、そっか……何だか大変な仕事してたんだな」
「あ、いえ!」
「俺、知らなかったからさ、いつも愛美を護ってくれてありがとうね?」
「そ、そんな! 私、嬉しかったんですよ? お兄ちゃんが最初に言ってくれた言葉」
「え?」
「お兄ちゃんて呼んでくれって」
「あ、ああ」
「この任務に就けて本当にラッキーでした!」
「そう言って貰えると嬉しいけどさ」
「これが初任務でしたし、今でも誇りに感じてます!」
「そ、そう?」
「はい!」
「そっか……」
こんな愛美と同じ年の女の子が、初任務とは言え誰かを護る仕事だなんて……。
そう思うと、今の自分が何だか情けなくも思えた。
友香さんのプライベートビーチに誘われて一喜一憂してるしさ。
その友香さんが上で露天風呂に入ってるんだよね?
未来さんはモデルの様にスタイル良いし、友香さんはグラビアアイドルの様にナイスバディーだし……。
「お兄ちゃん、もしかして、お風呂に入ってる友香さん達を想像してるんでしょ!」
「な、何を馬鹿な事を!」
「友香さん胸大きいしー?」
み、見透かされてる⁉
「そう言えば、大浴場の横にはプールもあるんだよ?」
なんだそりゃ⁉
あそこにプールだと⁉
「し、知らない!」
「だよね~ビヤガーデンとかあんな感じかな~」
「でも、屋上あるんだろ? だったらそこにガーデンテラスみたいなのがあるのか?」
「え? あたしが見た時は無かったと思うよ?」
「え? そうなの? この建物からすると、だだっ広くない? ここの屋上って」
「確か屋上には、太陽光パネルとかタンクみたいなのがあったと思うけど?」
「ほう……」
なるほどね。
自家発電してるのか。
「あーっ! そうだ! いい事思いついちゃった!」
うわっ!
何だよ突然。
「ねね、お兄ちゃん! 上でバーベキューしない⁉ ね、みかん!」
「うん! やりたい!」
「バーベキュー⁉」
いきなりそう言ってもなぁ。
「それ、いいわねぇ~」
急に沙織さんがそう言いながらダイニングへ入って来た。
「あ、沙織お姉ちゃん! 聞こえた? ねね、いいでしょー?」
「ええ、大賛成~」
愛美は沙織さんに駆け寄ると、両手で沙織さんの手を掴んでいる。
てか、沙織お姉ちゃんって……。
愛美の奴、すっかりお姉ちゃんって呼ぶようになってるし。
「地下の冷凍庫のお肉も、すぐに出して置かないとね~」
「あたしも行くー! みかんも行こー」
「らじゃー!」
二人はキッチンのドアから地下へ向かう。
いきなりバーベキューか?
だが、俺は大浴場の横にあると言うプールにも興味があった。
セレブの二人は満足するだろうか。
いや、中々じゃない?
露天風呂にプールとバーベキューよ?
ダイニングに残った俺は、少しだけ勝利の気分を味わっていた。
「お兄ちゃんも来てー!」
キッチンの階下へ下がる階段から、大きな声で愛美が叫んだ。
「あ、はいはい」
地下室か、どんなのだろうな。
俺は探検気分で地下の階段を、愛美の後ろを付いて下りていく。
下へ下がるうちに、段々と室温が下がっていく。
結構ひんやりしてるな。
見回すと照明はあちこちにあり、降りた先の廊下は向こうまでずっと続いて見える。
広くないか?
もしかして、敷地全部が地下とか⁉
そう思える程にここは広く見える。
想像していた地下室って感じではなく、普通に地下一階と言う感じだった。
あちこちにドアもあり、かなり広めの部屋もあった。
何かの研究施設ぽくね?
「ここだよー」
愛美は体育館の入口の様な、大きな扉がある部屋の前で立ち止まる。
「あ、これ持ってくれる~?」
中で沙織さんの声がした。
「は~い!」
愛美が明るく返事をしたが、その部屋の中には手で押せるカートに、沙織さんが幾つかの段ボールを載せていた。
げ、これ持って階段上がるの⁉
「これ全部⁉」
沙織さんは俺を見て笑顔で頷く。
マジか!
「もう上がる? 色々準備もあるしね~」
そう言って愛美がカートを押し始めたが、入口とは違う方向へ押し始めた。
どこ行くんだ、こいつは。
「ここから上がるの」
は?
ここ?
見ると、エレベーターのドアが開いている。
「おおー! すげー! エレベーターか!」
「そそ。階段だと大変でしょー?」
「確かに……」
愛美はエレベーターの横の操作盤を、手慣れた様子で触っている。
「お前、この家に詳しいのな」
「だって、あたし小さい頃からここで沙織お姉ちゃんに遊んで貰ってたもん」
そうだったよな。
「愛美ちゃんは、悠斗くんが学校から帰って来るまでは、大抵いつもうちに居たものね~」
後ろから沙織さんが、そう言いながら歩いて来た。
「うんうん~さ、上がるよ~」
エレベーターが止まった場所は、さほど広くは感じない部屋に思えたが、それでも十畳程はあるのだろうか。
広さの感覚が若干麻痺している。
カートをガラガラ押しながら部屋を出ると、緑に覆われたガーデンテラスが目の前に広がっている。
見上げると、ガラスの様な天井に囲まれ、太陽の日差しが射し込んでいる。
あれ?
ここって露天風呂の天井だ!
だが、愛美は屋上には太陽光パネルとかがあると言っていた。
上をよく見ると、端の方には何やら置かれているのが透けて見えた。
あれが発電機とか?
「お兄ちゃん? こっちー!」
愛美に呼ばれて声の方を見ると、ビーチパラソルとテーブルが並んでいる。
その向こうがプールの様だ。
ひょうたんの様な形をした大きなプールが見えた。
「あーはいはい」
カートを押しながらテーブルへ向かうと、後ろから沙織さんが声を掛けてきた。
「私は飲み物を用意しますね~」
振り返ると、沙織さんは観葉植物の茂みに消えた。
あそこにも何かあるのか?
「あ、お兄ちゃん、ここへ荷物置いてね~」
愛美は手際よく、テーブルカウンターへグラスやお皿を並べ始めた。
俺はテーブルの横へ段ボールを下すと、カートを端へ寄せて段ボールを開け始める。
「お、凄い量だな」
「まあね~これだけ人が集まってるんだもん」
「そうだよな、沙織さんも大変だな。色々と」
「うん、沙織さんに感謝しないとね!」
俺たちはこれまで、沙織さんに何かしてあげた事は無かったなぁ。
沙織さんにだけではない。
悠菜にも何もしてあげられていない。
これまで俺達に何かと色々してくれていたのに、俺達は何も出来ていなかった。
誕生日だってそうだ。
あ、沙織さんの誕生日知らないぞ?
「なあ、愛美。お前、沙織さんの誕生日知ってる?」
「え? 八月じゃなかった?」
悠菜の誕生会はやった記憶があるが、沙織さんのはやった記憶がない。
「悠菜は俺より一週間前だけど、沙織さんの誕生日って知らないかも」
「あ、そうだったかも? でも、十二月って記憶もあるんだよね~」
言われて見ればそうだ。
何と無く記憶があやふやだ。
二人で手を止めて考えている所に、ガラガラと沙織さんが大きな物体を押して来た。
な、なんだあれは?
「二人ともどうしたの~? 顔を見合わせて~」
そう言って沙織さんは、その物体を邪魔にならない所まで押して行くと、こちらを振り返る。
「愛美ちゃん、飲み物はここでいいかなー?」
「あ、は~い! そこでオッケーだよね」
沙織さんはその場でうんうんと頷くと、こちらへ向き直り笑顔で聞いてきた。
「で、誕生日ー?」
やっぱり、聞こえてたか?
「あ、うん! いつなのー?」
「それがね~よく分かって無いの~」
へ?
何だって?
「そうなの? 悠菜お姉ちゃんは?」
「ユーナちゃんも本当は分からないのよ~」
は?
分からないって?
「私もユーナちゃんもエランドールでの生活がながいから、誕生日という概念がないの~セリカちゃんだってないのよ~?」
「えー⁉ それって、記念日一日損してるー!」
愛美が驚いて声を上げる。
おいおい、愛美、観点が違ってないか?
「あ~そう言われてみればそうね~作っていい? 記念日」
「うん! それがいいと思う! ね? お兄ちゃん?」
「え? あ、そうですね!」
いいのか?
それで。
「でもさ、悠菜の誕生会とか、昔小さい頃やんなかったっけ?」
俺はふと疑問に思い、聞いてみた。
「ああ~あれは、悠斗くんがどうしてもユーナちゃんの誕生会やるんだーって言うから~」
「へ~そんな事あったんだー?」
愛美が驚きながらそう言うが、当然俺は覚えていない。
それで沙織さん達の誕生日の記憶があやふやだったのか。
「愛美ちゃんだって、沙織ママのお誕生会もやるーって、可愛かったわよ~?」
「えっ? そうなのっ? やだっ全然覚えてない!」
愛美はそう言って赤くなる。
そうだったのか。
それで俺達は二人の誕生会を適当な日に……。
しかも、思い付きでやっていたんだな。
何だか、俺も恥ずかしくなって来ていた。
「ユーナちゃんも私もね、こんなに優しいあなた達を、本当に愛しく思えたの~」
「思い出した……あたし、小さい頃、沙織ママって呼んでたっけ。だけど、小学校に上がって暫くしてから、お母さんに直されたんだっけな~」
そうだったんだ?
「沙織さんにママって呼んだらダメよ? って!」
そう言って愛美は笑った。
うちの母さんも沙織さんに気を遣ってたんだな。
そう思うと、俺も自然に笑みがこぼれた。
「だってぇ~ママって言われてもねぇ~困っちゃうから~」
沙織さんも笑顔で愛美を見ていた。
そこへ急に大声で叫ぶ声がした。
「だ、ダメです! それはーっ!」
え?
セレスか?
「よっしゃああああああー! あたしの勝ちー! いぇーい!」
行き成り観葉植物の向こうからイーリスの叫び声が聞こえた。
な、何してんだっ⁉
「え⁉ 何⁉」
愛美が驚く。
「あーいあま、ちゃーんぴょーん! いぇーい!」
更に叫び声は続いていた。
「あらあら~楽しそうですねぇ~」
聞き耳を立てた沙織さんは笑顔でそう言うと、声のする方へ向かって行った。
あ、ここからそのまま大浴場へ行けるんだ?
「イルちゃん、サウナ対決とか言ってたけど、勝てたのかな?」
愛美は笑顔になり俺に聞いてきたが、勿論あの喜びようは勝てたのだろう。
「そのようだな」
苦笑いでそう答えると、俺はバーベキューの網と鉄板に火を入れた。
「だからっ! もう、降参ですからっ! イーリス!」
「わはははー! そこまで言うなら許してやる!」
「今回は私の負けです……」
「あーいーむーうぃなー! あ、チョコアイス食べたい! 勝者にはチョコアイスだ!」
あいつは……ホントにガキんちょだな。
「イーリスちゃん、可愛いー!」
未来が叫ぶ声が聞こえる。
俺は温まった鉄板に食材を並べながら、そっと聞き耳を立てている。
あの声の所に、二人の裸が……たまらん!
特に友香さんの胸……この位は盛り上がってた様な……。
「ちょっと、お兄ちゃん? 乗せ過ぎだってばっ!」
見ると、鉄板に肉が山盛りに積みあがっていた。
「あ、やべっ!」
「あー! お兄ちゃん、やっぱり友香さんの裸想像してたでしょ! スケベー!」
「な、なんでだよ! しかも、どうして友香さんなんだよ!」
図星だけど……やっぱ、こいつエスパーだな!
「だって、友香さんの方が胸大きいし、おしとやかだし……馬鹿っー!」
愛美はそう言うと、俺に肉を掴むトングを投げつけた。
「うわっ! ちょ、ちょっと待て!」
愛美がもう一つのトングを投げようと振りかぶった時、急にガ~ッと音がした。
「な、なんだ?」
「何よー!」
俺は音に気付いて咄嗟に手を上げたが、愛美には気付いていない様だ。
「待て待て、何か音がする!」
そう言って、更に愛美に両手を見せて制止すると、ようやく愛美も投げようとした手を止めた。
観葉植物が音を立てていたのだ。
よく見て見ると、立ちはだかっていた観葉植物は、下の床ごとわさわさと動き始めている。
するとその向こうに、大浴場の露天風呂が段々と見えて来る。
なっ!
なんですとー⁉
友香さんの裸がががっ⁉
その時、愛美の手にあった筈のトングが、風切り音と共に俺の顔にヒットした。
いや、顔に当たる寸前で俺は無意識にトングを掴み取っていた。
「見るなぁあああああー!」
愛美の声が遠くに聞こえた気がした。
「あ、あぶねーっ⁉」
俺は咄嗟に掴んだトングを握ったまま、彼女達の裸を見たらいけないとその場にうずくまった。
「あ、あれ? なーんだ。着てるじゃーん! びっくりしたぁ~」
うずくまった俺にも、その愛美の声が聞こえた。
な・ん・だ・と?
「わ~すごーい! きゃー! 感激ー! こっちにプールもあるんだー!」
未来の声も聞こえる。
「あれ? 霧島君何してるの?」
未来にそう言われて見上げると、彼女が不思議そうな顔で見ていた。
そして目に入ったのは彼女の水着姿。
そう、彼女は赤いビキニの水着を着ていた。
水着かよっ!
愛美に投げつけられ損じゃんか!
でも、流石モデル並みの体型だ。
ビキニがめっちゃ似合ってる。
そして彼女の後ろに見える大浴場には、気持ち良く浸かっている友香さんの姿があった。
その横では、セリスとイーリスが顔を向き合って入っていた。
何やってんだ、あの二人。
顔、近くね?
「ねね、悠菜ちゃんの家って凄いね! 感激しちゃった!」
目をキラキラさせて、五十嵐さんが鉄板の前まで近寄って来た。
「ま、まあねー凄いよねー」
「何だか霧島君、凄い環境で生活してるのね……」
未来は俺の顔を見ると、しみじみとそう言った。
ええ、俺もそう思います。
「さあ、みなさ~ん! 食事にしましょー?」
沙織さんが皆に声を掛けたが、セリスとイーリスは向かい合ったままだ。
友香さんも聞こえて無いのか、気持ち良さげに湯船に浸かったままだ。
あの二人はまた何かやってるな?
「ところでその水着どうしたの?」
「ああ、悠菜ちゃんがここでバーベキューするから、好きなの着てって。変かな」
「あ、変じゃないよ! 似合ってるよ、凄く!」
そうか、沙織さんが悠菜に言ったんだな。
どうして着てたのか不思議だったわ。
悠菜もブルーの水着を着て、愛美と仲良くバーベキューの支度をしていた。
友香さんの水着は……。
そう思って大浴場を見るが、彼女の水着はお湯に浸かっていて見えない。
「おい! エロ兄貴! 肉焼けー!」
「あ、はいはい!」
愛美に
「あははは、霧島君って愛美ちゃんに弱いのね~」
そう言って、未来が焼き場を手伝ってくれた。
「まあねぇ、うちは女が多いからなー肩身狭いわ」
「でも仲良いし、いいな~お家は素敵だし~」
未来が周りを見回しながら、手にしたトングをくるくる回す。
まあ、大きな露天風呂を眺めながらのバーベキューとは、中々出来る事じゃない。
未来にそう言われたて、俺は暫し優越感に浸っていた。
「よし、焼けたぞー! イーリスとセリスもこっち来いよー!」
俺は向かい合って微動だにしない大浴場の二人に向かって叫んだ。
「い、イーリス、暫し休戦致しませんか……」
「お、お前が、どうしてもって言うなら、してやってもいいぞ?」
「――っ! わ、私はまだまだ大丈夫ですけどっ⁉」
「あ、あたしだって、ぜーんぜんっ! よ、よゆー!」
「そ、そうですかっ? 私だって! よ、よゆーですっ!」
大丈夫かよ、あの二人。
顔が引きつってるけど。
「そ、それじゃ、このままサウナへ移動だ!」
「いっ⁉ い、いいでしょう!」
二人はおぼつかない足取りでサウナへ向かう。
その向こうでは、友香さんが気持ち良さげに顔を緩ませている。
未来とは対照的だな。
「友香ちゃんね~本当に温泉が好きなの~ああやって、ずーっと入ってるよ」
呆れた表情で未来が見ている。
「そ、そうなんだ?」
「うん。前に卒業旅行でフィンランドの温泉に行った時も、まさにあんな感じだったしー」
「フィンランド? じゃあ、まあ、そっとしておくか。食べようぜ?」
「そだねーお腹すいたら来るよね」
流石だな……卒業旅行でフィンランドですか。
パラソルの下ではビーチチェアーに座った沙織さんが、トロピカルドリンクを飲んでいる。
「あー、それ美味しそう!」
愛美が沙織さんの飲み物に、興味を示した様だ。
「あーこれ~? でも、これはお酒入ってるのよね~似た様なノンアルにする~?」
そう言って立ち上がるとカウンターを指差した。
「わーい! これかな?」
「こっち」
見ていた悠菜がそう言うと、手際よくカクテルを作り始めた。
「じゃあ、私も着替えてきますね~」
そう言って沙織さんが脱衣場へ向かって行くと、悠菜が出来上がったカクテルを愛美に差し出す。
「お酒は入ってないから安心して」
「ありがと、お姉ちゃん!」
愛美が美味しそうに飲み始めると、悠菜が珍しく未来に声を掛ける。
「未来もどう?」
「あたしにも作ってくれるの? うれしー!」
「どんなのがいい?」
メニューを手にした悠菜が未来に見せている。
め、メニューかよ!
ここは飲食店かっ!
「あ、これがいい!」
未来はそのメニューを興味深げに見ていたが、その中でお気に入りを決めた様だ。
まるで海の家だな。
悠菜は頷くと手際よくボトルを探り、手にしたシェイカーは軽快な音をさせていた。
悠菜にあんな事が出来るとは……。
「おーい、肉も食えよー?」
俺は程よく焼けた肉を頬張りながら、周りに声を掛けた。
「あたしも水着に着替えて来るけど、お兄ちゃんも着替えたら?」
「あ、そうだな。何か浮いちゃうよなこのままだと」
そう言って部屋に向おうと入口を見ると、水着になった沙織さんが歩いて来た。
「部屋へ行って、俺も水着になって来るよ」
「はいは~い! 早く来てね~」
部屋に向かいながら思っていた。
しかし、何だか凄い状況だよな。
ハーレムってこんな感じ?
そこまではいかない迄も、これは一般生活を逸脱してないか?
これがハイブリッドな生活というものなのだろうか。
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