第12話 セピア色の空間と歪んだ空間


 イーリスを拾ったその夜、俺は半分ふて腐ってリビングのソファーに座っていた。



「全くさー、あそこで俺が矢面になるかー?」


「あははは! お兄ちゃんセレスさんに真顔で弁解してたよね~」



 そう言って俺の横へ愛美が座る。



「ま、まあ私はお兄ちゃんを信じてますけど」



 そう言いながら愛美の横へ蜜柑が座る。



「そうかー? みかんも結構怖い顔で睨んでたぞ?」


「そ、そうでしたか⁉」


「こいつの普段の行いが分かる気がするな」



 そう言いながら、ソファーの後ろにイーリスが立つ。


 俺は仰向けになりながら、そう言うイーリスを呆れて見た。



「あのなぁ、あの場合、お前だけは俺の味方にならなきゃダメじゃんかぁ。俺は本気で、倒れてるお前を心配したんだぞー?」



 そう言うと、意外にもイーリスはシュンとした。



「わ、分かってるぞ。そんな事ぐらい」


「さ、もういいから、イルちゃんこっちに来て?」



 愛美がイーリスを膝の上へ抱っこした。



「で、お前。何て名前だ?」



 愛美に抱き抱えられたイーリスが聞いてきた。



「ああ、悠斗。よろしくな、イーリス」


「ハルト? 勿体無い位良い名前だな」


「何だよそれは」



 その内、沙織さんとセレスもリビングに入って来ると、ソファーの空いている場所へ座った。



「ユーナちゃーん? こっち来てー」



 沙織さんに呼ばれ、悠菜も座る。



「でね~? もうセリカちゃんに聞いた? エランドールあっちの話」



 俺は頷いた。

 


「夕飯の前にセレスから聞いたよ」


「そう言う事なのよね~まあ、時間はあるけどねぇ」



 俺たちは顔を見合わせて、どうしたものかと考える。



「あ、イルちゃんお菓子食べよ!」


「お菓子? 今食べたばかりで、もう何か食べるのか?」


「お菓子は別腹なの♡」


「べつばら? お前、お腹二つあるのか?」


「そんなに無いわよっ!」



 愛美とイーリスだけはじゃれ合っているが。



「我々が先に行動出来ないのは困ったな」



 セレスはそう言うと、難しい表情をして腕を組む。



「これはっ! 甘くて美味しいぞっ! ハルトも食べるか⁉ まずは食べてみろ!」



 空気を読ま無いイーリスが、手にしたチョコレートを一欠片差し出す。



「ん? ああ、チョコレートって言うんだ」


「ふーん。ここは色々あるんだなー」


「あ、イルちゃん、少しだけ皆でお話させてね?」


「ん? うんうん。話しだろ? しようじゃないか、話って奴を」



 感心した顔でキョロキョロしていたが、愛美に抱かれながらそう言った。


 話が通じて無いのか?


 お子様は大人しくして下さいって事だよ。


 たった今、愛美に皆でお話させてねと言われたばかりだろーがっ!



「で、ハルトは何を困ってるんだ?」



 イーリスは口をモグモグさせながら皆を見回した。


 こっちの気も知らないでこいつは……。


 だがまあ、今日来たばかりで邪険にするのは、何と無く気が引けるな。


 こんな子供が一人で他人の家に居るんだし。



「ああ、えとね。ここに宇宙人が攻めて来るんだ」



 そう言っては見たが、ふと思う。


 こいつに分かる様に話すのは難しいかもな。



「うちゅーじん? 何だそれ。攻めて来るって事は、それは破壊者か?」


「そうそう、そんな奴だな」


「何だとー! おい、ハルト! それで、困ってるのか? すべがないのか?」



 急に声を荒らげて俺を見た。



「な、何だよ急に。それで皆で相談してるんだよ?」



 俺がイーリスにそう言うと、急に勝ち誇った顔で俺に指を立てた。



「へへん! そんなに頼まれたら仕方ないな! あたしが何とかしてやる!」



 なーに言ってんだか、こいつは。


 お前に誰も頼んじゃ居ねえよ。



「えー? イーリス、そんな事言っていいのぉ?」



 驚いた様子で沙織さんが声を上げる。


 ちょ、沙織さん、子供の言う事だからさ。



「ふんっ! 仕方ないだろ! 一風呂一飯の恩だ!」



 それを言うなら一宿一飯だよ。


 つーか、良く知ってるなそんな台詞。



「本当に~? 珍しい事もあるのね~意外だわ~?」



 沙織さんはこんな子供に合わせてる。


 これが大人の対応?


 まあ、昔に会ったとか言っていたしね。


 セレスと悠菜を見るが、悠菜はジッと様子を伺っているだけだ。


 だがセレスは俺と目が合うと、その首を傾げた。



「まあまあ、沙織さん。本当にどうしますか?」



 俺はいつまでも子供の話に合わせてないで、早々に本題に入りたかった。



「おい、ハルト! お前、本気にして無いな? ハルトのくせに!」



 全く、何なんだよ。



「あーごめんごめん。でもな、本気で困ってるんだよ」



 そう言うと、膨れっ面をしていたイーリスは、急に笑顔になると俺に言う。



「そーかそーか! 分かった! まかせろ!」



 そして又、チョコレートを口へ頬張った。



「あ、イルちゃん! 食べ過ぎたらダメ、鼻血出ちゃうんだからー」



 愛美にそう言われ、ビクッと手を止めるとチョコの入った口も止めた。

 


「あーそれは食べちゃっていいよ? それでチョコは休憩ね?」



 イーリスはこくんと頷いて、ゆっくり味わう様に口を動かしている。

 


「イーリスがこういうのは珍しい事よ? 本当に気に入られたみたいね~」



 沙織さんが笑顔で俺にそう言う。



「だ、だから! どうしてもって言うから!」



 すると、動揺しながらイーリスが沙織さんに食いつく。



「はいは~い。イーリス、私からもお願いね? 悠斗くんを助けてあげてね?」



 そう言われてイーリスは満足気に頷く。



「まあ、ルーナにそこまで頼まれたら仕方ないな! 本当に仕方なくだからな!」



 そう言いながらニコニコしてる。



「イルちゃん、ありがとー!」



 愛美は頭を撫でながらそう言った。



「お、おう! 任せとけって!」



 イーリスがそう言い、愛美を見上げた。


 そろそろ本題に戻そうよ……皆で考えようよぉ。


 俺はまたセレスを見るが、困惑した表情だ。


 悠菜は沙織さんを見ていた。



「で? 破壊者はどこだ?」



 イーリスが愛美にそう聞いた。



「ん~あたしはよく分からないの。ごめんねぇ」


「そうなのか? じゃあ、そっちの剣の人! 何処に居るんだ? 破壊者は?」



 は?


 剣の人って?


 セレスの事?



「な、何故私の剣を⁉」



 明らかに動揺したセレスが聞く。



「あたしが聞いてんの! 破壊者は何処?」



 動揺を隠せないままセレスは唖然としている。


 どうしたんだ?


 この空気……何だか変だよ?



「宇宙空間を使用し、こちらへ向かっている。ここへの到着予想はおよそ六百時間後」



 そう悠菜が言うと、イーリスは彼女を見た後に俺に訊いて来た。



「ふーん。六百時間ってよく分かんないけど……。あ、うちゅーじんだったっけ?」


「ああ、そうだよ?」


「うちゅーじんての、破壊者なんだよな?」


「あ、いや、宇宙人ってのは、何と言うか、あの」



 俺はしどろもどろになる。


 何て言ったらわかるんだ?



「何だよーハッキリしろよ、男だろー? こっちのアトラスの姉ちゃんの方がハッキリしてるぞ?」



 話を急に振られた悠菜が、その時微かにビクッとした様に思えた。


 え?


 アトラスの姉ちゃん?


 こいつ、何で知ってるの⁉



「ま、いっか。六百時間とかってどの位?」


「えっと、二十五日かな?」


「そう言われても良く分かんないや、取り敢えず明日はまだ平気?」


「あ、ああ」


「なーんだ、あたしもう眠くなっちゃった」



 そう言って愛美に顔を埋めた。


 は、はぁ?


 でも、まだ十歳程度の女の子だしな。


 一人で知らない人達に囲まれて、ああ見えて緊張もあったのかも知れない。



「あーそろそろ寝なきゃね~あたしのベッドで寝ちゃうかぁ」



 そう言いながら、愛美は沙織さんを見た。



「そうね~今夜はイーリス、愛美ちゃんと寝たら~?」



 沙織さんにそう言われたが、既にイーリスはその気らしい。



「うん。そうする。何だか疲れちゃった」



 まあ、色々あったしな。



「じゃあ、イーリス、ゆっくりおやすみ」



 俺がそう言うと、イーリスは片手を上げて反応する。


 そして、愛美に手を引かれリビングを出て行った。


 その様子を沙織さんは、いつもの様に微笑みながら見ていた。



「さてと、悠斗くん? 頭ぶつけたのね~?」



 沙織さんが心配そうに俺を見たが、気付くと悠菜も俺を見ている。


 え?


 あ、忘れてた。


 それを聞いていたセレスも、俺を覗き込みながら聞いてきた。



「そうなのか?」


「コンビニで滑って転んだけど、どうしてわかったの⁉」



 そう言うと、沙織さんは悪戯っぽく笑う。



「じゃあさ~、一つ約束してくれる?」



 そう言って、目の前に人差し指を顔の前で立てる。



「い、いいですよ? 何です?」



 少し気になるが仕方ない。



「あのね~その、沙織さんって言うのやめようか~? な~んか、距離を感じちゃうのよね~」



 え?


 そうなの?



「じゃあ、何て呼べばいいんです?」

「お姉ちゃんがいいかな~」


「は、はい?」


「お姉ちゃんね」


「は、はい……お姉ちゃん」


「はーい♡」



 な、何をこの人は言ってんだ?


 それを聞いていたセレスも驚いている。


 で、約束って何だろうか。



「で、お姉ちゃん、約束って?」



 そう言うと、嬉しそうにしている。



「えー? 約束? これが約束よ~?」



 へ?


 お姉ちゃんて呼ぶのが?



「これが約束⁉ まあ、沙織さんはこれまでもお姉さんって感じだし、いいけどさ」



 俺は悠菜を見た。


 少しだけ悠菜の表情が困ってる感じに見えたのは、俺の気のせいだろうか。



「あら~? そうなの~? じゃあ、約束ですよ~?」


「は、はい」



 沙織さんとセレスが、顔を見合わせて笑っている。


 もしかして、俺、揶揄からかわれてる?



「何だよー遊んでるの?」



 俺は少し膨れてセレスに言った。



「いやいや、そうじゃないぞ!」



 慌ててセレスがそう言うが、満面の笑みじゃないか。



「で、ぶつけた所はどうなの? まだ痛い~?」



 沙織さんに言われて、コンビニで転んでぶつけた後頭部を触ってみた。

 


「うーん、こうやって押すと痛いかも?」


「どれどれ~?」



 沙織さんが俺の後頭部を見る。



「ちょっと待ってね? 今診てみるね~」



 そう言うと、沙織さんがリビングを出て行くが、セレスは「どれどれ」と、俺の後頭部の髪をかき分け見始めた。


 悠菜は俺に近寄ると、そっと自分の手を俺の手に添える。


 な、何だよ皆して。


 ドキドキするぞ?



「押すと痛むのか? 気分はどうだ?」



 心配そうにセレスが聞く。



「ああ、大丈夫だと思うよ?」



 その時に悠菜が触れていた手を放した。


 こいつ度々手を握るけど、その度に意識しちゃうじゃんか。


 それより、さっきのイーリスの言葉が気になった。



「なあ、セレス。さっきイーリスが言った剣の人って何?」



 俺がそう聞くと、セレスはハッと思い出した様な表情になった。



「ああ! あれには私も驚いた……やはり本物のイーリスだろうな」



 本物のイーリスって何だ?



「ユーナにもアトラスと言ってたな!」



 セレスはそう言って悠菜を見ると、その問いに彼女は黙って頷いた。



「最初にイーリスを見た時はまさかとは思ったが、以前話に聞いていたその方だろうな」



 そう言いながらセレスは立ち上がる。


 そして、両手を目の前で合わせるとその手が光り輝く。


 すると、次第に両手の中に光り輝く剣が現れた。



「な、なんだ⁉ 手品かよ⁉」



 俺は思わず仰け反った。



「これは我が守護剣。これを見抜いていたとしか思えぬ」


「す、すげぇ……」


「別次元空間に常備しているのだが、それを見抜けるのはやはり……」



 その剣は所々が黄金に光り輝き、その長さはセレスよりもある様に思えた。


 これがイーリスには見えていたのか⁉



「あいつ、只者じゃないな……」



 俺が思わずそう呟くとセレスも頷いた。



「お待たせ~悠斗くん、ちょっと立って見て?」



 そこへ沙織さんが、銀色の棒を持って戻って来た。


 医務室で見たあの棒だ。



「あ、はい。これでいい?」


「うん、いいよー? 少しじっとしてね~」



 そう言いながら棒をかざし始めたが、頭を念入りに診てくれている様だ。



「うんうん~もういいかな~?」



 そう言って棒を下した。



「でも、どうして俺が転んで頭打ったの分かったの?」



 俺は棒を持ったまま立っていた沙織さんに聞いた。



「ああ~ご飯食べている時にイーリスが、怪我してるのは悠斗くんて言ってたしね~」



 そう言えば……あれ、そのままの意味だったのか⁉



「でね、多分だけど、悠斗くんが転んで頭をぶつけた拍子に、イーリスがここへ来たと思うな」



 沙織さんがそう言って考え始めた。


 俺が頭をぶつけると、あいつが?


 さっぱりわからん。



「ユーナちゃんが居なくて、不安だったでしょ?」



 沙織さんにそう言われ、俺は悠菜を見る。


 最初は解放感があったけど……確かに悠菜こいつが居ないと不安だった。



「ま、まあ、少し」


「きっと、色々不安とか、ぶつけた痛みとかが原因かもね~」



 沙織さんはそう言う。


 それとあいつとの関係性がわからんけど?



「なるほど! そう言う事か!」



 セレスは座りながらそう言った。


 え?


 セレスには分かったの?


 何処へ消えたのか、セレスの長い剣は見当たらない。



「でしょ~?」



 沙織さんはセレスが納得すると、自分の予想が確信に変わった様だ。



「そ、そうなの?」



 俺にはさっぱり理解出来ませんが?



「悠斗の不安感と生命の危機感が、異次元を彷徨うイーリスを引き留めた訳だ!」



 セレスが声を上げた。



「まあ、真意は分からないけどね~」



 沙織さんはセレスを見てそう言った後、今度は俺を見て話し始めた。



「イーリスが一か所に定着するのは、誰も聞いた事がないの~」

 


 そうなのか?


 あんなにチョコを嬉しそうに食べる子が?



「きっと、エランドールの元老院でさえ、イーリスを目にした人は少ないと思うわ~」


「えー⁉ そんなにレアキャラなのか⁉」



 思わず声を上げてしまった。



「もしかしたら誰も居ないかも? ユーナちゃんもセリカちゃんも、今日初めてお会いしたんじゃない~?」



 そう言われたセレスは深く頷く。



「そうなのか」



 俺が呟くと悠菜も頷いた。


 イーリスの存在に、少し脅威を感じてきた。



「そ、それが、どうしてうちで寝てるんだ?」



 素直な疑問だ。


 そんなレアキャラが家で風呂入って飯食って、今は愛美と寝てるぞ?



「よっぽど気に入ったんでしょうね~」



 沙織さんは笑顔で俺を見るが、俺は不思議で仕方がない。


 セレスは何とも言えぬ顔で俺を見ている。


 そして悠菜の表情も、いつになく緊張している様に見えた。



  ♢



「おい、ハルト。お前いつまで寝るんだ?」



 突然のその声に、俺は眠りから一気に呼び戻された。


 そして、大きなベッドに横になったまま、声がした方にハッと目を向ける。



「な、何だ⁉」



 そこには、ベッドに横になっている俺を、怪訝そうに覗き込む少女が居た。


 ピンク色した髪のイーリスだ。



「何だ、イーリスかよ。今何時だ?」


「何だとは何だ! あたしが聞いてんの! い・つ・ま・で・寝るんだ⁉」



 彼女は腕組みをして俺を見降ろしている。


 何なんだよ、まったく。



「はいはい、起きますよ」



 そう言いながら窓の方を見ると、まだ真っ暗だ。



「ちょ、まだ真っ暗じゃんか!」



 しかし、イーリスはかわらず腕組みをしたまま俺を睨む。



「何言ってるんだ、ハルト。いつまで寝るんだと聞いてんだよ!」



 はぁ?


 こいつ何言ってんだ?



「いつまでって、明日は日曜だから八時頃だよ」


「八時ごろっていつだ?」


「いつだって……陽が昇って明るくなってからだよ」



 そう言うと、イーリスはびっくりして腕組みを解く。



「そ、そんなに寝るのか⁉」



 ベッドに両手をつくと、今度は心配そうに覗き込んだ。



「ハルト、具合悪いのか? 頭が痛むのか?」



 は?


 こいつ、マジで言ってんの?



「どこも悪くないよ。普通は朝までは寝るものなんだ」



 込み上げる欠伸あくびを堪えながらそう言い終わると、思い切り欠伸をした。



「そうなのかぁ。何か変なところだなここ……ニホンとか言ってたな」



 そう言うと、ベッドの横へちょこんと座った。


 やれやれ、寝る気ないのか? こいつは。


 そして彼女は部屋の中程にある噴水を興味深げに眺めている。



「あれ、ハルトにしてはいい趣味だな!」



 そう言って噴水を指差した。


 いい趣味と言われて嫌な気はしないが、俺のチョイスでは無い。


 愛美が沙織さんに頼んだ……加湿器だ。



「ああ、あれな。金魚もいるぞ?」


「きんぎょ⁉」



 俺がベッドから起き上がり噴水へ近寄ると、その後をイーリスもついて来る。


 そして噴水の下を覗き込むと声を上げる。



「おおおー! 小さい魚がいるな! でも、こいつ赤いぞ? 金色じゃないじゃん」


「ああ、金魚って呼ぶのに赤いよな~」


「どうしてだ?」


「しらねぇよ」



 俺はため息交じりに、横にあるワゴンから餌の入ったケースを手に取ると、それをイーリスに差し出した。



「これが餌。チョットだけあげてくれ」



 イーリスはケースを受け取ると、しゃがみ込みゆっくり餌を落とす。



「お、食べてるぞ⁉ 元気良いなぁ」



 ニコニコしながら見入っている。


 こうやって見てると、ホント子供だよな。



「なあ、イーリス。今日、どうしてあそこに倒れてたんだ?」


「んー? ああ、何か知らないけどあそこに出ちゃったな。そもそもハルトだろ? 呼び止めたのは」



 そう言いながら、金魚を楽しそうに見ている。



「え? 俺が呼び止めた?」



 こいつ、何言ってんだ?


 倒れてたから俺が声かけたんだろうが!


 いや待てよ?


 沙織さん達が言ってたな。


 俺がこいつを呼び止めたとか何とか。



「そうか。俺が呼び止めたのか」



 思わず独り言の様に呟いていた。



「んーまあ、話は分かったから。気にすんな!」



 片手を上げ降りながらそう言うが、金魚からは目を離さない。


 こいつ、一体何が分かったって言うんだ?



「分かった? 何が?」


「何がって、ハルト、お馬鹿なの?」



 そう言いながら俺を見上げた。



「な、なんでだよ」


「あのなぁ~」



 イーリスは、ため息をつきながら立ち上がり、腰に手をやるが直ぐに驚いた表情になり、再度俺を見上げる。



「あ、お前! もしかして本気で分かってないのか?」



 そして怪訝そうな顔でそう言った。



「あ、ああ。俺、分かってないと思う。多分」



 一体、何が分かって無いのかが分からないぞ?


 イーリスは噴水の元へ、又しゃがみ込んだ。



「なーんだ。分かってなかったのか。無意識に呼び止めたって訳か」



 そして金魚を見ながらそう言った。


 あ、何かがっかりさせちゃった?



「まあ、ご飯食べてて、何と無くそうかとは思ったけどな」



 しゃがんだまま俺を見上げ、笑顔でそう言った。 



「そ、そっか」



 そうとしか俺は言えなかった。



「黄金の剣の人とかアトラスの姉ちゃんとか、あいつらの居場所じゃない筈だけどなーここは」



 イーリスは金魚に目を戻すと、独り言の様に呟いた。



「なあ、悠菜の事アトラスの姉ちゃんて? どうしてだ?」



 イーリスの隣にしゃがみ込み、顔を覗き込んでそう聞くと、彼女は呆れた表情で俺を見た。



「ん? アトラスの人だからじゃん? ハルト、お前やっぱりお馬鹿なの?」



 先祖がアトラスかも知れないけど、悠菜はエランドールじゃないのか?



「あー! 分かった! さてはお前が呼びつけてるんだな⁉ あんなに女ばっか呼びつけて! 何企んでるんだよ! まるでゼウスみたいだな」


「ゼ、ウス?」



 ゼウスって神様の名前じゃん⁉


 イーリスは急に立ち上がって声を上げた。


 圧倒された俺は後ろに手をついて、尻餅をついてしまった。



「ここはお前のハーレム屋敷だったのか⁉」


「いやいやいや! 違うから! あれはだな、その」



 イーリスに上から睨まれながらも弁明する。


 ハーレムって、何でそんな単語知ってるんだか。



「何だよ! 言い訳してみろよ! この変態っ!」



 イーリスは俺の脇腹を蹴りながら怒鳴りつけた。



「ちょ、お兄ちゃん⁉ 何してるのーっ!」



 隣の部屋で寝ていた筈の愛美と蜜柑が、 声を上げながらそこまで駆け寄って来ている。


 ヤバい!


 二人を起こしちゃったよ!



「いやいや、違うんだって!」



 必死にそう言うが、愛美はイーリスを庇う様に抱き寄せる。



「イルちゃん、どーしたの⁉」


「おいっ! こいつは変態だったのか⁉」



 愛美に抱かれたイーリスは愛美を見上げ、俺を指差しながら言い放った。

 

 あ、そんな火に油を注いじゃダメ!



「な、なんで⁉ 何かされたの⁉ 大丈夫⁉」



 愛美は動揺しながら涙目でイーリスに聞いている。



「お兄ちゃん⁉」



 蜜柑も驚愕した表情で俺を見てる。


 ああ、なんだこれは。


 何かが壊れてゆく。



「何にもしてないってば……」



 俺はため息交じりにそう言う。



「ほんとー? まだこんなに小さいんだからね? 変な事しちゃダメだよ?」



 愛美は苦笑いで俺を見た。


 何だよ……冗談かよ。



「する訳ないだろ! はあ~今、何時だよ」



 俺は壁の時計を見てため息をついた。



「まだ二時だぞぉ? 明日は日曜だからゆっくり寝たいのにぃ」



 俺は頭を掻きながらベッドへ向かう。



「でも、どうしてイルちゃん、ここに居るの?」



 愛美はしゃがんでイーリスの顔を覗き込み、頭を撫でながら聞いた。



「ん? 起きたからハルトの所へ来た」



 キョトンとして愛美に答える。



「そっか~でも、まだ夜だから寝なきゃね~?」



 愛美はそう言ってイーリスを抱き上げる。



「お前もまだ寝るのか? 普通は朝まで寝るのか?」


「そうだよー? みんな朝まで寝るの~」


「そうなのかー分かった」


「さ、行こうね」



 そんな事を話しながら部屋へ戻って行った。


 俺はその二人を目で見送りながら、ベッドに座った。


 何気なく窓の外を見ると、悠菜がベランダに立っている。



「あ、起こしちゃったか?」



 そう言ってベッドからベランダへ向かう。


 悠菜は首を横へ振っていたが、俺が来るのを待っていた。



「よお、どした?」



 月明かりに悠菜の銀色の髪が光っている。



「悠斗がイーリスを召喚した?」



 え?


 召喚?



「召喚ってどういう事? そんな記憶ないよ?」



 悠菜は俺をジッと見つめながら話した。



「私が居ない不安感と、転ぶと思った時の危機感が重なって、異次元を彷徨っていたイーリスを呼び出した……と思う」



 そんな事を沙織さんとセレスが言ってたな。



「やっぱりそうなんだ?」



 悠菜は深く頷いた。


 大変な事をしでかしたんだろうな、俺。



「それは偶然とはいえ、凄い奇跡を起こした」


「え? そうなの?」



 悠菜はまた大きく頷く。


 奇跡って……あ、まあ、普通は召喚なんて出来ないしな。



「でも、帰し方は分かんないよ。どうしたらいいんだろう。悠菜おまえ分かる?」



 そう聞くと、悠菜は意外にも驚いた表情になった。



「なっ! 何を言ってるの⁉」


「え? 何か不味い事言った?」



 悠菜はすぐにいつもの表情になったが、少し動揺している様にも見える。


 こんな悠菜を見るのは初めてだった。



「イーリスがここに居るのは彼女の意志。誰もそれを変えられない。例えルーナでも」


「そ、そうなのか?」



 家へ帰れって言えば済むんじゃないか?


 頷きながら悠菜が話す。



「イーリスが留まる事は無い。何か目的が無ければここには居ない筈」


「え? 留まる事が無い?」



 家が無いって事か⁉


 悠菜は一瞬寂しそうな表情になる。



「伝説でしか聞いた事は無いから」



 そう言って珍しく俺から目を逸らした。

 

 伝説って、あいつまだ十歳かそこらだぞ?


 そう思ったが、目を逸らした悠菜に聞けないでいた。



「イーリスは漂白者だから。自らそれを選んだと言われている」



 そう言いながら悠菜はゆっくり俺を見た。



「私が生まれた時には、既にイーリスは漂泊者となっていた」


「え? マジか⁉ てことは俺より年上⁉」



 悠菜は頷いた。


 悪い冗談としか思えない。



「状況を詳しく知りたい」



 そう言ってベランダの椅子へ座ると、俺へ座れと手招きした。

 


「私が居ない時の悠斗の行動が知りたい。そこからどうしてイーリスを召喚出来たのかを探りたい」



 そう言うと俺をジッと見た。



「そ、そうだな。先ずは愛美と蜜柑とで家へ帰って、戸締り確認したな。その後は、昼飯を三人で食って、夕方になって俺は一人でコンビニ行ったんだ」



 悠菜はジッと聞き入っている。



「向かっている最中に、夕立にあってコンビニへ駈け込んでー、あ、入った時に滑って転びそうなお婆さんを抱えて、俺は後頭部ぶつけた。そして、その帰り道だな。あいつが居たのは。普通に歩道に倒れてた。ボロ布纏って……殆ど裸だったよ」



 悠菜は黙って聞き入っている。



「ま、最初は悠菜が居ないのは、少し解放感みたいなのがあったけどさ。何だかすぐに不安な気持ちにもなったよ? だって、今までずっと一緒だったからな」



 何だか照れくさくなって弁解した。


 悠菜は頷くともういいと、手を上げた。



「大体の予想通りだけど、イーリスの召喚については不明」



 そうかぁ。


 これと言って他に何か変わった事あったっけかな?


 そう思っていると、少し何かが引っかかる。



「あ、待てよ? いつもと違う違和感があったっけ」



 そう言うと悠菜は俺をハッと見た。



「コンビニに向かっている時、雷でも来そうなそんな感じ」


「雷?」


「うん、雷と夕立が来そうだなって……そしたら急に雷と雨が凄くなって、コンビニに駆け込んだんだけど……」


「夕立が来る前をもう少し思い出せる?」


「んーあの時は……まあ、色々俺なりに考えてたっけ、何か出来る事をしないとって」



 すると、暫く考えていた様子だった悠菜は小さく頷いた。




「大気が不安定になったのは、時空歪が起きた為だと仮説を立てていた」


「時空歪?」


「悠斗が転びそうになって、自分の力では対処出来ないと判断して、意識せずに次元移動していたイーリスを引き出した」


「え……そうなんだ?」



 ひ、引き出したのかよ、俺があいつを?



「恐らく、夕立自体は偶然だと思うけれど、そこにイーリスを呼び止めたのは、無意識であっても悠斗」


「え……あ、でも、そう言えば、イーリスは俺が引き留めたって言ってた」



 悠菜は頷くと立ち上がった。



「今夜はもういい。わかった」



 そう言うと、悠菜は部屋へ戻ろうとした。



「そ、そうか? 何か、大変な事しちゃってごめんな」



 俺は悠菜の背中越しにそう言うと、自分も部屋へ戻ろうと立ち上がった。



「いや、謝る事はない!」



 急に悠菜がいつになく大きく否定した。


 びっくりして悠菜を見ると、少し動揺した様子で俺を見ていた。



「悠斗のお陰でイーリスと逢えた。これこそが奇跡だから謝らなくていい」



 そう言われて俺は少しホッとした。



「そうか? ならいいんだけどな」


「おやすみ」



 悠菜の姿が見えなくなり、俺も部屋へ戻りベッドへ向かう。


 が、噴水の所に戻った筈のイーリスが座っている。


 しゃがんで金魚を見ている様だ。



「うわっ! また来たのか⁉」



 俺がびっくりしてそう言うと、真剣な表情でこっちを振り返る。


 そして俺と目が合うと立ち上がった。

 


「あたしの考えをハルトに伝えよう!」



 暗闇の中、少女はニヤッと笑うと部屋の中を見回して呟いた。



「ここは落ちつかないなー」



 ベランダの方を見ていたかと思うと、俺の方へぴょんと跳び寄り、俺の腕を掴んだ。


 な、なに⁉


 その時、バチッと目の前で音がした感じがする。


 俺は突然の事でびっくりしたが、すぐに辺りの変化に気が付いた。


 ――噴水の音がしない。



「なっ! 何をした⁉」



 そう言っているのだが、実際に口から声が発している感じがしない。


 そして、イーリスの姿を除いて、周りが薄いセピア色に見える。


 さらに、噴水の水が……止まっている。



「えっー⁉ 何だこれっ!」



 下から上に上がった水が、そのままの形で静止している。



「へへん! これでどんだけ騒いでも奴らは気付かないぞ」



 イーリスは自慢げにそう言って腕組みをした。



「どうなってんだ⁉ 俺は大丈夫なのか⁉」



 すると、イーリスは呆れた顔で俺を見た。



「あのなぁ~お前、気付くんだろー?」


「は? 気付くって、何を?」



 イーリスを見てそう言うが、彼女は相変わらず呆れ顔で見ている。


 そんな事言われても……。


 そう思ったが、何を言っているのか少し心当たりがあった。


 もしかして、状態変化を見てみろって事か?



 俺は頭の中で自分の位置情報を見るが、明らかにいつもの場所では無い。


 座標がまるで見た事のない場所なのだ。


 これは違和感どころの騒ぎじゃない。


 噴水の水が止まってたりと辺りが異常なのだ。


 時空歪間による次元転移……不意にそんなイメージが頭の中に浮かんだ。



「時空の歪みの中? 次元転移中だって事⁉」



 イメージをそのまま解釈して驚いた。



「んーまあ正解だな! でも、転移中じゃないんだなー」



 イーリスは微笑んでそう言った。



「あ、待てよ? 思い出した! 夕飯食ってる時、怪我と言えばこいつって言って、俺を指差したよな⁉ あれって、俺が転んで頭をぶつけた事を言ってたのか⁉」


「ん? ああ、そうだけど? どうしたんだ? ハルト?」



 そうだったのか。


 てっきり揶揄われたのかと思ってた。



「で、ルーナに診て貰ったんだろ?」



 俺は頷く。



「なら大丈夫じゃん? メングロズじゃ無くても、あのルーナが診たんなら平気だろ~」


「メングロズ? 誰それ?」


「あー駄目だあの人、女しか治さないんだっけ?」


「いや、俺に訊かれても……そうだ! ここへ来た時、何か張ってあるって言ってたのは⁉」



 この家へ来た時に、確かにイーリスは変な事を言っていた。



「はぁ? ハルト知らなかったのか? ここには強い空間領域あるぞ?」



 呆れ顔でイーリスが言う。



「マジか……知らなかった」



 でも、空間領域って……そのものが分からないけど……。


 やれやれと言う表情でイーリスは腕を組む。



「あ、もしかして、小さな四角い金属かな?」



 ハッと思い出してイーリスに聞くが、イーリスは首を傾げてる。



「そんなの知らないよ? だた、強烈な空間領域があっただけ」


「じゃあさ、セレスが持ってる剣を、どうして分かったんだ?」


「はぁ~? 持ってるって? あいつの守護が剣だろ? そんくらいわかれよな!」



 守護?


 そんくらいわかれって言われてもなぁ。



「じゃ、じゃあさ! 悠菜をアトラスって言うのは⁉」


「お前さぁ、あいつらといつから一緒に居るんだか知らないけど、ほんと、なーんも知らないのな」



 イーリスは頭を抱えて落胆している。



「なあ、教えてくれよ。頼む!」 


「あたしは、ハルトに考えを伝えるって言ったんだけど?」


「あ、ああ」


「これじゃ、ハルトの質問ばっかり答えなきゃなんないじゃんか!」


「ま、まあそうなんだけどさ……俺、何にも知らないから……」


「まあ、しょうがない。あいつはアトラスの奴だよ、因みに守護は盾」


「え? エランドールじゃないのか?」



 俺がそう言うとイーリスは意外そうな顔になる。  



「お? 難しい事は知ってるな? 中々エランドールを知る奴は居ないぞ?」


「それは沙織さんに聞いたから……」


「サオリ? あ、そうか! ルーナが居たっけなー」



 急にイーリスは、なーんだと言う表情に戻った。



「まあ、ルーナがここに居るって事は、ハルトに関係があるって事だろ? ここでは表立って動けないルーナの代わりに、あのアトラスの姉ちゃんが動いてる訳だな」



 こいつ、やっぱ凄いかも!



「それに、あの剣の姉ちゃんもな。あれ、ラ・ムウの子孫だろ?」



 そう言って、俺に指を立てた。


 こ、こいつやっぱすげぇぞ!


 俺は驚きながらも頷き、呟いた。



「お前、凄いな……」



 すると、ハッとしてこっちを見る。



「ば、バッカじゃねーの!? そんくらい鳥でもわかるっつーの!」



 何照れてんだ?



「まあ、あれだ! その破壊者っての、どっちから来るって?」



 後ろを向いて照れながら聞いてきたが、そう言われてもよく覚えて無い。



「オリオンのゼータ? とか?」


「何だよそれ、何処だか分かって無いのか⁉」



 振り向きざまに聞いてきたが、俺は気まずそうに頷く。



「おいおい、何だって言うんだよー、結局ルーナに聞かなきゃ分かんないのか?」


「んー沙織さんよりも、セレスかな? 彼女の方が詳しいと思う」


「あの剣の人か。まだ先だとか言ってたなぁ」



 イーリスは考え始めた。 


 一か月位だっけか?


 いや、もう少し短いか?


 どうすんだよ。



「要は破壊者を追っ払えばいい訳だろー? それとも跡形も残さず消し去る?」



 は?


 こいつ、サラッと凄い事言って無いか?



「お前、簡単に言うけどさ、相手がどんな者かも知らないし」


「あのさぁ、ハルトはどうしたいんだ?」



 そう言われて考えながら答えた。



「みんなの話だと、その異星人は地球に、海の水を強奪しに来るって言うんだ。そして、その異星人はこれまでも、あちこちで強奪を繰り返して来たらしい」



 ふむふむとイーリスは聞いている。



「俺としてはそれを許す訳にはいかないけど、どうしたらいいのかが分か――」



 そこまで言った所でイーリスに話を遮られた。

 


「それは分かってるってば! 許す訳にはいかないって事が分かればいい。あたしはハルトがどうしたいのかって聞いたんだ!」 


「だけどさ、相手がどんな奴かも分からないのに、ただ追っ払えってのもどうなの? 向こうも困って強奪してるのかも知れないし」



 すると、呆れた顔でイーリスが俺を見た。 



「あのさーハルトがルーナをどこまで分かってるかなんて、あたしには興味ないけどさ。あんたの知ってるルーナは、そいつらをどう言ってるんだ?」



 あ、そうだった。



「とんでもない略奪者だと言ってた」


「で? ハルトはどうすんだって事」


「そ、そうだな。いつまでも、うじうじ思ってた……」



 だが、俺には何も出来る事が無くて、ただあたふたしていた。


 暫く俺を見ていたイーリスは、大きく頷くと俺をポンポンと叩いた。



「よしよし」



 中身は年上だとしても、こんな子供に諭されてるぞ?



「あたしの考えた作戦は、だな……こうだ! 奴らがこっちへ来たと同時に、あたしがピーン! とやって、ハルトがバーン! だ。な? 凄いだろ⁉ な⁉」



 え?


 自慢げに両手でジェスチャーしているが、さっぱりわからん。



「何だよ! 張り合いがないな」



 俺の反応を見てふて腐った。



「いや、さっぱり分かりませんが?」


「ダメかー凡人で変人には無理か~変態だし」


「おいおい! 変人と変態は余計だろ!」


「まあ、破壊者がこっち来てからが勝負だな。あたし、宇宙には行きたくないもん!」



 いや、行けるもんじゃないでしょ⁉



「で、それまではどうする?」



 そう聞いた俺を、キョトンとした表情で見た。



「どうするって言われてもな~あ、チョコ食べるか⁉」



 そう言ってキラキラした目で俺を見上げた。


 ダメだなこいつ……。



「朝になったら愛美に貰えよ」


「マナミって、妹か。あいつ、いい奴だな!」



 どういう訳か、ガッツポーズしている。



「ああ、俺の自慢の妹だからな」


「妹か……」


「もう一人は蜜柑って言って、愛美と同じ年の妹だよ」


「そうか……二人の妹か」



 急にイーリスが寂しそうな表情になる。



「ん? どうした? ホームシックか?」


「何だそれ? 妹な、あたしにも二人居るんだけどな。ずっと会ってない」


「そうなんだ? それは寂しいな」


「会ってないから寂しいんじゃない……」


「どういう事だ?」


「もう、いいだろー別に。あまり詮索するなよな! プライバシー侵害だぞ!」



 イーリスはそう言って後ろを向いた。



「む、難しい言葉知ってるんだな」



 何だか訳ありなんだな。


 聞かないでやるか。

 


「まあ、破壊者の件はあたしが協力を約束する! 大船を漕いでみやがれ!」



 それを言うなら、大船に乗るだよ。



「それまではここに居てやるからな! ハルト、有難く思えよな!」



 イーリスはそう言って俺を指差した。



「それはそれは」



 何だかなぁ。



「今は変な奴がウロウロしてるからな、あんまりこうしちゃ居られないな」


「変な奴?」


「ああーっ! ほら気付かれた! あれはヴェルか? スクルドよりまだマシか」



 何やら独り言を言っている。


 と、その時、目の前のセピア色した空間が、グニャーっと歪みだした。

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