第9話 噴水のある部屋と皆の前で全裸

 ここは噴水のある部屋。


 ベランダ側には壁一面に大きな窓があり、片隅には大きなベッドがある。


 そのベッドに俺は倒れ込んでいた。


『私は悠斗から離れないから』


 頭の中に悠菜の言葉がリピートされてか、眠りに落ちる瞬間にハッと目覚めてを繰り返していた。


 だが、それも次第にフェイドアウトしていき、いつの間にか寝ていた。



 大きな窓からは月の明かりが優しく射している。


 眠りに落ちてから、どの位の時間がたったのであろうか。


 寝返りをうったその時、俺はふと違和感を感じてそれを手探る。


 柔らかい……温かい。


 その触感が心地よく、夢の中で自然とまさぐっていた。


 その感触を更に全身で感じたくなり、無意識に顔を近づける。


 あぁ……何だか……気持ちいい。


 頬で感じるそれは、柔らかく吸い付くような、今までに感じた事のない、何とも言えぬ触感だった。


 いや、懐かしく感じていたのかも知れない。


 何よりも、気持ちが凄く落ち着く。


 やがて、頬の感触がしっとりとして来る。


 無意識に反対の頬でそれを感じると、また新鮮な感触となり、これがまた心地よい。


 次第に俺は、更に深い眠りに落ちて行った。


   ♢


(ね、寝たかな? びっくりしたぁー)


 愛美だった。


 部屋が広すぎて寝付けなかったのか、悠斗の隣で起こさぬ様に息をひそめていたのだ。


 二人が並んで寝ていても、まだもう一人は寝られる余裕があった。


(起きてないよね? 胸に顔付けられちゃった――)


 ゆっくりと、はだけた胸をしまう。


 そして、柔らかい生地のナイトガウンで、下着姿の下半身をそっと隠した。


 まだドクンドクンと心臓が、大きく脈打っている。


(あたしの心臓の音で、起きちゃうかと思った!)


 そう思いながら顔が火照り、全身がしっとりと汗ばんでいる。


(胸、吸われちゃうかと思ったし!)


 そっと悠斗を見るが、ぐっすりと寝ている。


(お兄ちゃん、今日はありがと)


 そしてその横顔に、ゆっくりと顔を近づける。


 思えば、いつも困ったらお兄ちゃんが助けてくれてた。


 今日だってそうだよね。


 駅にいた時は気にしなかったけど、帰りに思い出したよ。


 携帯忘れて、あたしが凄く落ち込んだから、お兄ちゃんが現れた事。


 悠斗の寝顔を眺めながら、そんな事を思い出していた。


(いつもありがと、お兄ちゃん)


 愛美は静かに眠るその頬に、触れそうな位になるまで、ゆっくり唇を近づけた。


 暫くそのままジッとしていたが、やがて名残惜しそうにゆっくり顔を離すと、そっと悠斗に寄り添いその目を閉じた。


 その後、程なくするとベランダのある窓の、その月明かりが音も無く揺れた。


 月に優しく照らされたベランダには、ルーナとユーナそしてセレスの姿がある。


 ユーナが立つその後ろに二人が立っていた。



「ユーナ、そっとしておきましょ~」



 ルーナが小声でそう言って、ユーナの肩にそっと手を置く。


 ユーナはただ黙って頷いた。



「本当に仲の良い兄妹だな」



 セレスは笑顔を浮かべて、そう小声で言うと、ユーナのもう片方の肩に手を置く。


 それに応える様に、ユーナは又頷いた。


 そして、ルーナとセレスはそっと離れて行く。


 一人残ったユーナは、ゆっくり空を見上げた。


 満月から少しだけ欠けた程の、優しい光を放つ月があった。


 それから更に暫くして――。


 愛美の部屋に繋がる大きな穴から、音も無く蜜柑が入って来た。


(寝た様ね……)


 悠斗のベッドに横になっている二人を息を殺して見下ろす。


 そして、そっと愛美の隣に横になった。



   ♢ 



 ショロショロと、水の流れる音が聴こえる。


 雨かな……。


 夢うつつでふと思う。



 あれ?


 雨じゃない?



 俺はハッとして目を覚ました。


 ヤバい。


 おしっこしたくなって来た。


 水の音って尿意をもよおすよな。


 そうか、噴水の音か。


 そうだった。


 噴水のあるこのだだっ広い部屋で、俺はいつの間にか寝てたわけだ。


 そして同時に、真横に何かを感じてゾクッとした。


 だっ⁉


 誰か寝てる⁉


 何で⁉


 愛美か⁉



 間違いない。


 隣に愛美が寝ている。


 更に愛美の向うには蜜柑も寝てる⁉


 そして、愛美の柔らかそうな胸の膨らみが見える。


 しかも、もう少しでその先端が見えそうじゃないか!


 胸の先端に生地が引っかかり、全てを露出するのを奇跡的に防いでいるのだ。


 鼓動はどくどくと一気に上がる。


 俺はそっと愛美の胸元を隠した。


 しかし、上の生地を引っ張った為、今度は下の白い脚が露わになり、その太ももが大胆に現れた。


 うあっ!


 俺の心臓は更に激しくなり、内側から俺の胸を激しく叩く。


 どわっ!


 それを慌てて隠そうと生地を引っ張った、丁度その時、愛美が寝返りをうったのだ。


 やべっ!


 起きたか⁉


 仰向けになったその時。


 前がすっかりはだけてしまった。


 薄い柔らかそうな生地のガウンは、するすると身体から離れ、その素肌を曝け出しているではないか。


 瞬間、息が止まる。


 心臓だけが、別の生き物かのように暴れている。


 なっ!!!


 突然現れた愛美の半裸体に、俺の鼓動はMAXを振り切りレッドゾーンに達している。


 胸の膨らみとその先端にうっすらと色づく部分。


 そして、下半身には小さな生地だけが、大切な部分を辛うじて護っていた。


『安心してください! 履いてますよ!』


 そんな声が何処かで聞こえた気がした。


 だが、そいつの場合は履いていてくれないと、放送倫理的にヤバいだけだが……。



 俺は鼓動と同時に揺れる両手で、薄く軽い羽根布団をそっと掛ける。

 

 マジかよ!


 まったく……。


 マジびっくりした。


 まだ動悸が収まらない。


 そっと俺はベッドから起き上がる。


 そして窓から外を眺めると、深く深呼吸をしてベランダへ出た。


 悠菜は起きたかな?


 そう思い、悠菜の部屋を見る。


 が、良く中の様子が見えない。


 もしかしたら、もう起きて下へ行ってるのかも?


 俺は外の方へ目を移す。


 その時、丁度遠くのビルの隙間から、上がり始めたばかりの朝日を見つけた。


 さむっ!


 朝はまだ少し肌寒く、不意に尿意が込み上げて来た。



 そうだ、おしっこ行きたかったんだっけ。


 俺は、部屋に戻りながら思った。


 待てよ?


 三階のトイレって何処だ?


 そう思うと、余計に尿意が増してくる。


 ヤバいな。


 どうしよ……。


 ベッドを見ると、愛美と蜜柑は気持ち良さ気に寝ている。


 そうだ!


 大浴場にあった!


 俺は、昨日の大浴場にあったトイレを思い出した。


 そして、階段ロビー先の大浴場へ速足で向かう。


 大浴場手前の脱衣場まで来ると、その奥のトイレへ入った。


 ふぅ……間に合った。


 危ない所だった。


 昨夜は、色々飲んだしな~。 



 トイレを出て、脱衣場へ来るとふと思った。


 朝風呂でも入るか!


 気持ち良いだろうな!



 浮き浮き気分でパンツとシャツを脱ぐと、俺は露天風呂へ向かった。


 昨日と変わらず、風呂はそこにある。


 そして、温かそうな湯気が立ち込めている。


 そこへ冷えた足を入れようとした時、俺は気づいた。



「うわっ!!!」



 思わず足を引っ込めた。


 裸の誰かが湯船に入って居るのだ。


 すぐにセレスだと分かったのだが、こっちも真っ裸だしどうしようもない。



「お? ハルトか? おはよう!」


「セレス⁉ ご、ごめん‼ 気づかなくて!」



 湯船に浸かっている為、裸の全部は当然見えていない。


 だが、金色の髪をまとめ上げたその首筋と、肩から胸にかけてのラインはハッキリとこの目に飛び込んで来た。


 湯船に光るその身体は、神話の挿絵に描かれた、まるで女神の様だった。


 俺は慌てて視線を逸らすが、光るセレスの裸の残像が、逸らした目の先に未だハッキリと映し出されている。



「いや、恥ずかしがるマナミも居ないし、今は一緒に朝湯に浸かろう! 実にこの湯は気持ちが良い!」



 そう言って、セレスは笑顔で俺に手を差し伸べた。



「あ、いや、そう言われてもっ!」



 そう言って後ろを向こうとしたが、お尻を見せる事にも躊躇していた。



「良いから入れ、ハルト。いい湯だぞ?」



 セレスは気にもせず、気持ち良さそうにくつろいでいる。


 ああにも大胆だと、恥ずかしがる俺の方が、逆に恥ずかしくなって来た。



「で、では、失礼して」



 そう言って、ゆっくり湯に浸かった。



「気持ちいいなぁ~」



 笑顔で俺に話しかけているようだが、俺はセレスの方を向けないでいた。



「そ、そうですね」



 それだけ言うと、どんどん身体が熱くなってくる。



「私は昔から、朝風呂は欠かせないのだよ。これだけは譲れないな。はぁ~気持ち良い」



 俺の動揺を知ってか知らずか、そんな事を言いながら、気持ち良さそうな声を出している。



「そ、そうですか」


「ルーナが見繕った温泉だけあるな~この地にこんな湯があるとは驚いたよ」


「そ、そうなんですね」



 参ったなぁ。


 くらくらして来たよ。



「で、ハルトは護りたい大切な人は居るのか?」


「え? 大切なって……彼女とか?」


「うん? こっちではそう言うのか? カノジョか?」


「い、居ませんよ」


「何⁉ 居ないのかっ⁉ それは意外だな……」


「え……いや、まあ……」


「少なくとも、マナミはそうだと思ったが……」


「え⁉ ま、愛美は妹ですよ⁉」


「うん、そうだな」



 この人何言ってんの?


 さらにボーっとして来た。


 ヤバいぞ。


 のぼせるってこういう事か?


 早目に出た方が良さそうだ。



「セ、セレス、俺、先に出るね」



 そう言いい湯船から立ち上がると、目の前がぐわっと回る。



「あ、ハルト?」



 あれ?


 どうなってるんだ?


 そのまま湯の中へ倒れ込む寸前、セレスに抱き抱えられた。



「おい、ハルト! しっかりしろ!」



 あ、あれ?


 景色がぐるぐる……目が回ってる?


 そんな状況であっても、セレスティアの胸が俺に触れているのは認識できた。


 少し感触の違う部分が俺の身体に当たっているのが分かると、やっぱり無性に嬉しくなった。


 これが乳首かぁ~。


 気持ちいいなぁ。


 何だかもう、どうなってもいいや。


 そして気が遠くなる。



「ああ……行く……のか……」



 このまま何処か遠くへ行ってしまうのか……。


 そんな事を思いながら、俺は意識を失ったのだった。



 ♢


 俺は何か大切な事を忘れている様な感じがした。

 

 それが何なのかを、ただぼんやりと思い出そうとしている。


 段々と意識が戻ってくる。


 そして、目が覚めた。



 ここは……何処だ?


 気づくと、額におしぼりが置いてある。


 そっと誰かがおしぼりを取る。


 そして、すぐに冷えたおしぼりが額に戻された。


 ゆっくりその手の主を見る。


 悠菜?


 間違いなく悠菜だった。


 じっとこちらを見つめていた。


 その瞳は、優しく銀色に輝いている。



「悠菜、ここは?」



 俺の問いに、悠菜はゆっくり答えた。

 


「医務室」



 へ?


 医務室?


 って、何処の?


 俺は辺りを見まわそうと身を起こすが、悠菜にそっと遮られた。



「もう少しだけ、じっとして」



 普段よりも優しい口調でそう言われ、俺はそれに従うしかなかった。


 俺、どうしたんだっけ?


 そうだ、大浴場に居たんだ。


 セレスと湯に浸かっていて、恥ずかしくて先にあがろうとして……。



 気を失った?


 そうだ!


 倒れたんだ!


 セレスティアに抱かれたのを思い出した。



「俺、気を失ってたんだな」



 そう言うと、悠菜は頷いた。



「セレスが運んでくれたのか?」



 さらに聞くと、悠菜は又頷く。



「私が悠斗の傍へ着いた時、浴槽でセレスに抱えられていた」


「そ、そうか……」



 え?


 待てよ?


 どうしてセレスが抱えている時に、悠菜こいつが来たんだ?


 どうして気を失ったのを知ったんだ?



悠菜おまえどうして風呂場に来たんだ?」



 そう聞かれて悠菜は、一瞬不思議そうな顔をしたがすぐに答える。



「悠斗が気を失ったから」



 いや、そこじゃないんだけどな。



「俺が気を失ったのを、どうして分かったんだ?」



 そう聞き直してみた。


 悠菜は額のおしぼりを取り、横にあるバケツで潤しながら答える。



「悠斗が気を失えば、分かるから」



 そう言うと、額におしぼりを置いた。



「あ、そうなの?」



 そう言う事らしい。


 あ……待てよ?


 俺の視界の隅に相手のステータスが出てたっけ!


 もしかしたら悠菜にもそれがあるのか?


 試しに今の悠菜のステータスを見る。


 勿論異常は無い。


 脳内レーダーに他の皆の位置情報を表示させて、そのステータスを並べた。


 すると、沙織さん以外の皆に若干の精神異常が確認出来た。



「――っ!」



 あ、いや待て。


 俺の心配をしての精神異常なのかも……。


 皆には身体異常は無い。


 冷静に愛美や蜜柑の精神状態を解析し始めると、やはり不安と緊張等だ。


 精神異常と言っても、頭がおかしくなった訳では無い事は明らかだ。



「悠菜も他の人の状態異常が分かるんだ?」


「いえ。私に感じられるのは悠斗だけ」


「え? そうなの?」



 悠菜はゆっくりと頷いた。



「悠斗は皆の事が分かる?」


「ああ、誰でもって訳じゃ無いんだけど……」


「そう……」



 そう呟いたままジッと俺を見ている。


 そうか……。


 悠菜には皆のは見れないのか。


 でもこいつ、俺の異常を察知して駆けつけて来たんだな。



「ありがとな」



 そう言うと、悠菜はじっと俺を見ていたがゆっくり頷いた。



「礼など……いい」



 そして、小さくそう言った。


 しかし、医務室ってどこのよ。


 そう思った時、視界に違う映像が映った。


 ――っ⁉


 どうやら沙織さんの家の間取りの様だが、それがどんどんと広がって行く。


 なっ、なになにーっ⁉


 この辺り一帯の地形や街並み、更には駅周辺まで広がりつつある。


 ぐぉっ⁉


 まるでネットで見た衛星画像の様な映像が、更にどんどんと広がって行く。


 うっ!


 その広がる映像に酔いそうな気分になりそう。


 待て、待てーっ!


 何だこりゃーっ!


 遂にグルグルアースの映像の様な、宇宙空間に浮かぶ丸い地球が見えて……止まった。


 な、なんだこりゃ……。



「悠斗?」



 悠菜がそっと俺の手を握ると、俺はハッと我に返った。



「あ、大丈夫。何だか地球が見えた」


「地球?」


「ああ、この家からどんどん広がって行って、街が見えて最後は地球が見えた」


「そ、そう……」


「しかし、医務室ってこの家にあったんだ」



 そう言うと、悠菜はゆっくりと頷いた。


 この家、医務室そんなのあるとは思わなかったわ。


 その時、小さくコンコンコンと扉を叩く音が聞こえた。


 その後ゆっくりと扉が開く。


 入って来たのは沙織さんだった。



「悠斗くーん、お目覚め~?」



 にこにこしてそう言うと、ベッド横の椅子に座った。


 何やら銀色の棒を持っている。


 その棒を俺の足元から、ゆっくり頭に向けて掲げている。



「さ、沙織さん?」



 なにしてんだろ。


 頭まで来ると、棒を引っ込めた。



「もう問題ないわね~びっくりしたわよ~?」



 そう言いながら俺に顔を寄せた。



「すみませーん」



 俺は本当に申し訳ないと思った。


 自分でもびっくりしたけど。



「セリカちゃんにのぼせちゃったのぉ~?」



 くすくす笑いながら席を立つ。



「あっ! い、いえっ!」



 何にも言えなかった。


 半分は正解だからな。



「入っていいわよー?」



 沙織さんがそう言うと、入口のドアが開きセレスと愛美、最後に蜜柑が入って来た。



「お兄ちゃん、大丈夫?」



 愛美がベッドに駆け寄る。



「ハルト、目が覚めたか?」



 続いてセレスも来る。


 二人共かなり心配そうな表情だ。



「うんうん、へーきへーき。セレスありがとね、運んでくれて」



 そう言うと、セレスは申し訳なさそうにした。



「いや、私の方こそ申し訳ない。もう少し気を遣うべきだった」



 そう言って頭を下げる。



「いえいえ、いいんですってば」


「ハルトが、行く……って意識を失った時は流石に驚いたよ」


「え? 行く? そうだったんですか⁉ すみません」



 間違いなく彼女のせいじゃない。


 俺が風呂にのぼせただけだ。



「お兄ちゃん、えっちな事考えたんでしょ」


「えっ⁉ ち、違うって!」



 愛美が困惑した顔でそう言うが、まあ、否定は出来ない。


 だが、そこまで際どい事は考えてはいない。



「まあまあ、二人とも。悠斗くんも男の子って事で~」



 沙織さんがそう言うと、二人は顔を見合わせた。



「ま、まあ、そうですね」



 セレスは気まずそうにそう言った。


 愛美は俺を見つめた。



「お兄ちゃん……」


「ん? どした?」

 


 愛美が何かを言いかけて、次の言葉に皆が自然と意識が集中した時――。



「いっちゃったの?」



 えっ⁉


 思いもよらぬ言葉に俺は思考停止してしまった。


 そして、一瞬でその場の空気が凍り付いた気がした。


 そんな雰囲気を愛美自身が瞬時に感じ取り、慌てて弁解する。



「えっ⁉ ち、ちち違うの! そうじゃなくて!」



 何を言い出すやら、愛美こいつは。



「もう、朝ごはん食べようよ!」



 そう言って愛美は逃げ出すように医務室へやを出て行った。



「お、お兄ちゃんに何とも無くて良かった!」



 蜜柑はそう言うと、愛美の後を追う様に部屋を出て行った。


 残った俺達は何と無く気まずい雰囲気になってしまった。


 居た堪れなくなったのだろう、セレスが軽く咳払いをする。



「うん、そ、そうだな。そうしましょう。では」



 セレスも医務室へやを出て行く。



「あらあら~では、支度しますね~悠斗くんも、お腹空いたでしょ~?」



 そう言いながら沙織さんが俺を見る。



「ええ、もう大丈夫です。ありがとうございました」



 俺の顔色を見て安心したのか、沙織さんは手を振りながら出て行こうとした。



「あ、沙織さん!」


「ん~? なぁに~?」


「あの、実は……」



 俺はさっき感じた映像を沙織さんに全て話した。


 皆の現在地が分かる事や、ステータス等もだ。


 少し前に男達に絡まれた時の異常な反射神経も。


 更には、愛美を探しに行った時に車より早く走れた事や、三十メートルも高くジャンプ出来た事等を包み隠さず話していた。


 沙織さんはそれを、笑顔でうんうんと頷きながらただ黙って聞いてくれた。



「そうなんだ~」


「うん、どうなっちゃったのかな……」



 沙織さんに話した事で、改めて地球人からかけ離れた自分を再確認してしまった。



「だって~悠斗くんの染色体には、私とユーナちゃん、そしてセリカちゃんの染色体が入ってるんだもの~」


「あ、ああ……」


「勿論~啓子さんの染色体も入っているけど~」


「うん……」



 それは聞いていた事だ。


 分かっていたけど本当の意味で理解はしてなかったんだ。



「それにね~悠斗くんが見たあの木、霊魂の大樹とも呼ばれているの~」


「霊魂の大樹?」


「うんうん~」



 霊魂って……?


 あれが霊魂なの?


 上が見えない程の大きな木だった。



「かなり大きな木だったよね……」


「そして悠斗くんが手を触れたあの泉は、生命の泉って呼ばれているの~」


「生命の泉……」



 あの泉に手を触れた時、全身に何かを感じたっけ……。



「悠斗くん。貴方はね、ユーナちゃんとセリカちゃんの希望なの」


「え……? 希望?」


「愛美ちゃんが啓子さんや圭吾さんの希望の様にね~」


「あ……」



 そうか……。


 前に沙織さんが俺の事を実験体とか言っていたのは、敢えて自分のした事をさげすんだ言い方をしていたのか!


 これまでずっと沙織さんからは例えようも無い愛情を感じていた。


 だからこそ俺はこんなにもこの人が好きなんだ。


 悠菜だってずっと俺を護ってくれていた。


 セレスティアも初めて会った時のあの対応……。


 やっと俺にしてあげる事が出来たと言っていた。


 そうだ、悠菜とセレスティア!


 アトラスとムー……その、種の存続が大切なんだ。


 勿論、母さんの男の子が欲しいと言う願いもあったのだが、沙織さんにしてみればそれこそ利害が一致していた訳だ。



「じゃあ、この俺の異常な能力はエランドールの力?」


「まさか~悠斗くんがこんな成長をしているだなんて、お姉さんびっくり~」


「へ?」


「確かにユーナちゃんもセリカちゃんも凄いけど~悠斗くんの能力はまだまだ伸びそうよ~?」


「そ、そうなのっ⁉」


「うんうん~だって、悠斗くんが見た地球ってここのネット回線に繋がったって事じゃ無い~?」


「え……えーっ⁉」


「まあ、実際には分からないけどね~」


「あ、ああそうですか……」



 びっくりしたわっ!


 この状況で突拍子も無い憶測を言うとは、流石に思わなかったんですけど⁉



「あくまでも仮定ですよ~仮定~」


「過程かー」


「もしかしたら見た事も無い物を見ちゃう、透視とか遠視って能力かもよ~?」


「そ、そんな事出来るんですか⁉」



 透視って凄くないっ⁉


 沙織さんの裸も見放題って事じゃん⁉



「だ~か~ら~過程ですよぉ~」


「あ、そっか……」



 仮定でしたか……。



「こればかりは悠斗くんが体験して調べないとね~」


「そうなんだ……」



 先ずは沙織さんの裸を透視体験とかしてみたいんですけど⁉



「その都度教えてくれたら、もしかしたら解析出来るかもね~」


「あ、はい。分かった、何かまた変わった経験したらすぐ言います!」


「うんうん~それじゃ、ご飯の支度しちゃいますね~」


「あ、はい!」



 新しい能力の発見か……。


 意識して出来るものなのかな。


 しかし俺、裸で倒れたんだっけ……。


 急に思い出して恥ずかしくなって来た。



「の、喉乾いたな」



 そう言って俺がベッドから身体を起こすと、そっと悠菜が支えてくれた。



「あ、ありがと」



 その優しさに心地よさを感じながら、立ち上がって悠菜を見る。


 すると悠菜は俺の手を握り、俺の目をジッと見つめている。


 一瞬ドキッとしたが、俺も悠菜の銀色の瞳を見つめた。


 銀色のその瞳は、少し潤んで見えた。


 熱いものが込み上げ、何か声に出そうと思った時――。



「もう大丈夫」



 そう言って悠菜が俺の手を放した。


 拍子抜けして、呆気にとられた。


 悠菜から放された手を、ゆっくり下げる。



「ダイニングへ」



 そう言って、悠菜が部屋の入口を指さす。



「あ、はい」



 言われるがまま、俺は部屋を出ると、ダイニングへ向かった。


 玄関ロビー迄来て立ち止まり、聞き耳をたてるがダイニングに居る筈の皆の声が聞こえない。


 この辺りで話声が聞こえる筈だけどな。


 少し戸惑った。


 気まずい。


 そりゃそうだ。


 俺は裸のまま風呂場で倒れ、同じく裸のセレスに抱き抱えられて、医務室に寝かされていたのだ。


 確かめなきゃいけない。


 俺、全裸を見られた筈だよね?


 心地よいセレスの肌の感触が、やんわりと思い出される。


 何と無くだが、恐らく乳首あそこが俺に触れていた筈だ!


 そして独り、照れ臭くなってしまった。


 鼓動が早くなってくる。


 セレスに、あそこ見られたのかな?


 そう思うと、恥ずかしくて足が重い。


 しかも、昨日の深夜、愛美が寝ていたのを今になって思い出した。


 愛美の裸も見ちゃったし!


 そうだった。


 愛美が寝返った時だ。


 下着は着けていたとはいえ、胸はバッチリと見てしまった。


 どうして俺は胸の膨らみを見ると、その先端さきっぽを探すのだろう。


 いや、これは正常な男の条件反射だ!


 ねえ、皆もそうでしょ?



 更に鼓動は早くなる。


 そしてまた妙に照れ臭くなった。


 しかし、最近こういうアクシデント多くね?


 まあ、女がこれだけいて男が一人だと、こんな事があってもおかしくないのか?


 心臓の鼓動はMAXに近いが、いつまでもこうしては居られない。


 仕方ない。


 女が多過ぎるんだよここは。


 無理やり納得して意を決する。


 早くなっている鼓動を治めようと、ゆっくり深呼吸をする。


 あそこを見られたのかを確かめなくては!


 よし、行くぞ!


 そう決心して足を一歩進めようとした時、目の前に悠菜が立っていた。



「うわぁっ!!」



 咄嗟に後ずさりした。


 悠菜がジッと俺を見ている。


 そして、ゆっくりと近づき、手を握った。


 な、何だ⁉


 最近手を握って来る事多くね⁉


 彼女はジッと俺を見つめている。


 その銀色の瞳は、潤んでいる様にも見える。


 な、何だ!


 このシチュエーションは! 


 そして悠菜はゆっくりとその手を放した。



「大丈夫」



 そう言って振り返ると、ダイニングへ向かう。


 だ、大丈夫って?


 何がよ。


 こっちは全然大丈夫じゃないんですけど?


 動揺が収まらないまま、俺はぎこちなく悠菜を追う。


 ダイニングへ入ると、前を歩く悠菜を除き、三人が一斉にこちらを見た。


 一番に俺に声を掛けて来たのはセレスだった。



「ハルト! 気分はどうだ⁉」



 かなり心配そうだ。



「うんセレス、全然大丈夫」



 俺はそう言って笑顔で答える。


 若干ぎこちない笑顔だと、自分でも認識している。


 それを聞いた愛美の表情が和らいだ。



「も~う、お兄ちゃん。皆心配したんだからね?」



 そうだよな。


 裸で倒れるなんて、俺だって今まで経験が無い。



「あー悪かったよ。ごめんよぉ」



 そう言いながら、ダイニングチェアーに座る。



「お兄ちゃん、もう何とも無いですか?」


「ああ、蜜柑にも心配かけちゃったな」


「いいえ」



 蜜柑はそう言うと愛美と目を合わせた。



「はいは~い! それでは、みんな~いただきましょ~?」



 沙織さんが両手を合わせて言った。


「は~い!」


「はーい」



 蜜柑と愛美が返事をしたが、約一名は沙織さんっぽく返事をした。


 もう、誰だか分かりますよね?



「い、いただきます」



 俺も食べ始める。


 が、やっぱり気まずい。


 あそこを見られたのか確かめにくい。



「お兄ちゃん、何飲みたい?」



 愛美がデキャンタを持って聞いて来た。


 それにはオレンジのジュースが入っている。



「それでいいや、くれる?」



 そう言うと、目の前の空いたグラスを差し出す。



「あ、これでいいの? はーい」



 そう言いながら俺からグラスを受け取り、ゆっくりそれを注いでいく。


 取り敢えず喉が渇いた。


 そう思いながら愛美からグラスを受け取り、すぐに口へ持って行く。


 そして、違和感を感じた。


 これは⁉


 オレンジジュースじゃない!


 一瞬、飲み込むのを躊躇したが、口内へ流し込まれた分は一気に飲み込む。


 決して不味い訳では無いが、オレンジジュースと思い込んで飲んだ為、その違いに驚いたのだ。



「な、なにこれ?」



 グラスの飲み物を凝視しながら愛美に聞いた。



「ん? 人参だよ? 美味しくない?」



 心配そうに愛美が見た。


 あ、人参かよ。


 びっくりしたな。



「あ、いや、びっくりしただけ。美味しいかも」



 そう言って、残りを一気に飲み干す。


 ニンジンジュースか、初めて飲んだかもな。



「でしょ? もっと飲む?」



 そう言う愛美に空いたグラスを渡す。



「うん、美味しいな」



 こう見えても、カレーの人参は少しだけ苦手だったりする。


 何と無く恥ずかしいから内緒だけどね。



「悠斗くーん、クロワッサン食べて見て~」



 沙織さんがテーブルに置かれたパンを促す。



「あ、はい。いただきます!」



 クロワッサンを掴み、一口食べる。


 まずはサクッとした食感だが、それでいて中はしっとりしている。


 そして一気に口の中一杯にバターの香ばしい香りが広がる。



「これ、滅茶苦茶、美味い!」



 お世辞などではない。



「良かったぁ~時間あったから焼いてみたの~」



 沙織さんが焼いてくれたのか!


 あ、時間あったって、俺が寝てたから?



「クロワッサン焼いたの⁉ 凄い、凄い!」



 愛美も興奮して声を上げた。


 こんなのって、店でしか食べた事無いからな。



「このパン、みーんな焼いたのよ~? 食べてね~」


「え? これ全部?」



 テーブルのかごに数々のパンが入っている。



「うんうん~凄い~?」


「うん、凄いと思う」



 間違いなく凄いよ、それは。


 一気にクロワッサンを平らげ、丸いパンを掴んだ。


 それを一口かじると、今度はチーズの香りが広がる。



「チーズだ。これも美味しい!」



 見ていた愛美も、同じパンを掴んで食べ始めた。



「ほんとー! 凄く美味しいよ! 沙織さん、凄い!」



 すると沙織さんが嬉しそうに微笑む。



「嬉し~良かったわ~」



 そう言ってティーカップを口元へ運ぶ。



「エランドールでもルーナのパンは、皆で取り合いになりますからね」


「そ、そうなんだ?!」



 向うでも沙織さんは人気なんだな。


 ちょっとしたジェラシー。


 程よくお腹に入れた所で、ふと思い出してしまった。


 そうだった。


 裸でセレスに抱かれたんだよな。


 急に憂鬱ゆううつな気分になった。


 今聞かなければいけないよな。


 気まずいぞ、かなり。


 そう思いながら、セレスをチラッと見る。


 サテンの薄いシャツに胸の膨らみが目に入った。


 柔らかい生地が、その形を正確にかたどっていた。


 ヤバい!


 あの胸だ!


 しかも、ノーブラですかっ⁉


 セレスの胸が当たっていた辺りが、それを思い出すかの様にもぞもぞする。


 ますます聞きづらいじゃん……。


 なんて聞くんだ?


 俺の裸、どうでしたか?


 いやいや、違うだろ!


 俺、あまり見てませんから?


 そうじゃない!


 俺が素っ裸で、セレスに抱かれていたのは、悠菜も見たんだよな?


 医務室に運ばれた時点で、沙織さんも見てるよな?


 待てよ?


 当然、駆け付けた愛美と蜜柑も見てないか?


 おいおい。


 ここに居る皆が見たのかよ!


 はぁ~そう言う事か。


 何だか、急に開き直った気分になってきた。


 もういいや。


 どーでも。



「セレス……お風呂場で、ありがとね」



 何だか、自然に言葉が出た。


 セレスは唐突に言われた様に驚いている。



「あ、重かったでしょ?」



 そりゃそうだよな。


 男の俺を抱き抱えて、医務室迄運んだんだし。



「あーその事か! いやいや、あの時は少し驚いたが、すぐにユーナも来てくれてな。何の事はない」



 笑顔でそう言ってくれた。


 俺はそれを聞いて悠菜を見た。



「悠菜もありがとう」



 悠菜は黙ったまま見ていたが、ゆっくり頷いた。


 そして、沙織さんを見る。



「沙織さん、面倒掛けてごめんね」


「いいのよ~想定内です~」



 想定内って、なによ。


 そして愛美を見ると、神妙な顔つきで俺を見ていた。



「愛美にも心配かけてごめんな」



 そう俺に言われると、愛美は動揺した様な表情でグラスを持った。



「べ、別に、ちょっと心配しただけ。裸で気絶してたら心配なるじゃん」



 そう言って愛美はジュースを飲み干した。



「蜜柑もびっくりさせてごめんよ」


「い、いえいえ!」



 これでいいや。


 文字通り、彼女たちの前で裸になった。


 身も心も裸になるとは、こういう事なのだろうか。


 恥ずかしいけど、起きた事は仕方ない。


 その後を、どうするか。


 それだけだ。


 よし、これでよし。


 少し大袈裟な気もするが、今の俺にはこれが精一杯だった。



「ごちそうさまでした!」



 俺はそう言って席を立った。


 そして、悠菜に振り返る。



「そうだ。悠菜、今朝は俺の家のプランターに、まだ水やってないよな?」



 悠菜が頷く。


 朝風呂で倒れた俺の傍から、一時も離れず見ていた筈だ。



「おっけー! 今朝は俺がやって来るから、ゆっくり食べてていいよ」



 そう言って俺は、リビングからガーデンテラスへ出た。


 清々しい。


 裸になるとはこーゆーことか!


 うんうん。


 そんな事を思いながら、庭の先にある塀の穴へ向かった。


 愛美と蜜柑はその後姿をキョトンとして見ていたが、沙織さんとセレスは顔を見合わせて微笑んでいた。

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