第7話 リミッター解除と噴水のある部屋

 突然現れた悠菜が俺を見上げている。


 彼女のその表情は、普段通りの無表情なのだが……。



「ど、どうして悠菜がここに?」


「悠斗が尋常ではない程に焦っていたから」


「え?」



 それで俺の後を追いかけて来たって事?

 

 待てよ?



 俺が全力でここまで走って来たのに、悠菜こいつは全く息が切れていない。


 まあ、俺もだけどさ。


 これが異世界人クオリティー?



 あ、まてよ?


 俺が慌てて家を出た時、悠菜は裏の家へ水やりに行ってたよな?


 俺が出かけたのは見ていないはず。


 例え沙織さんに聞いて追いかけて来ても、こんなに早く来れる筈がない。


 こいつも俺みたいに早く走れるって事か⁉


 学校のスポーツテストでは手抜きしてたって事⁉


 いやそれよりも、どうしてこいつは俺が焦っていた事に気付いた?



「お、お前何で……」


「愛美が、どうかしたの?」



 だが冷静に悠菜が聞いて来ると、俺はハッと我に返った。


 そうだった!


 そんな事考えてる場合じゃない!


 今は愛美あいつが気になる。


 悠菜の特殊な能力は分かっている。


 きっと俺の知らない特殊能力でそれを察して来たんだろう。



「おお、愛美あいつに、何かあったみたいなんだ! 電話に出ないし!」



 俺は悠菜にそう言って駅の中へ走り出そうとした。


 脳内レーダーには愛美と蜜柑の位置情報があったのだが、今はどんどんと遠ざかっている。


 しかし、俺の袖を掴んでいた彼女が、今度は俺の手を強く掴んで言う。



「落ち着いて、電車で」


「え?」



 悠菜は冷静にそう言うと、俺の手を引っ張り駅の中へ歩き出した。


 電車で行くのか?



「お、おう!」



 引っ張られていた手を、今度は俺が引っ張る様に駅へ入る。


 そしてスマホを取り出すと、アプリを開いて改札を抜ける。


 良かった、さっきの電磁波にも影響は無い様だ。


 それって、さっきの人達の動画にも影響なかったって事⁉


 ま、まあ今はいい。


 しかし今更ながら便利なものだなこのアプリ。


 切符を買う必要も無い。


 そして、ホームへ出ると次の電車の時刻を確認した。


 帰宅ラッシュの時間もあって、直ぐに電車は来るようだ。



 間もなく、ホームに停まった電車に乗り込んだその時、俺はハッと気づいた。


 あ……手を繋いでた!


 今も正に悠菜の手をきつく握りしめていた。


 だが、今すぐここで手を離すのも変に思えた。



 そっと悠菜を見る。


 悠菜は無表情で窓の外の流れる景色を見ている。


 と、急に悠菜がこっちを見た。


 綺麗な銀色の瞳と目が合う。


 その時、電車の揺れに合わせて長い銀色の髪が揺れた。



「大丈夫?」



 そう聞かれて、急に照れ臭くなってきた。


 この繋いだ手はどのタイミングで離したらいい?


 思いっきり手を離すタイミングを逃したようだ。



「手の汗……多い」



 ハッとして手を離した。



「あ、ごめん」



 手を放せた事に少しホッとした様な、もう少し握って居たかった様な、そんな複雑な気持ちもあったが、慌てて履いていたジーンズで手の汗を拭きながら答えた。


 脳内レーダーを見ても、愛美の現在地がどんどんと近くなっているのは間違いない。


 次の駅は愛美の高校だよな?


 もしかして高校に居るのか?


 取り敢えず向かってみるか!



「悠菜、次の駅で降りよう!」



 そう言って悠菜を見ると、悠菜は頷いて俺に手を差し出した。


 え?


 また手を繋ぐって事⁉


 な、何だか積極的だよ?


 今日の悠菜は何か変だ。


 俺は戸惑いながらも、ジーンズでコシコシと掌を拭いてから悠菜の手を掴む。


 手汗大丈夫だよな?


 電車がゆっくり減速した時には、早く停まれと念じていた。


 脳内レーダーには間違いなく、愛美達に接近している事を知らせる表示が現れている。


 やっぱりこの駅付近だ。


 すぐに愛美達を見つけなければ!



 俺は電車の扉が開き始めると同時に悠菜の手を引き、急いでホームへ飛び出した。


 見回すが愛美の姿は見えない。


 すると悠菜が手を引っ張り、ぴたっとそこで立ち止まる。



 何?


 どうした?



 戸惑いながら悠菜を振り返ると、彼女は繋いだその手をそっと放した。


 その時、俺のスマホがぶるっと震える。


 慌てて見た携帯の画面には、≪可愛い愛美ちゃん≫と、出ていた。


 ――っ‼


 スマホを耳にかざすと同時に、間違いなく愛美の声が聞こえた。



「お兄ちゃん⁉ おにーちゃーん!」


「愛美かっ⁉」


「ちょっと、聞いてよー! 携帯忘れちゃってさー! 今、みかんと学校まで戻って来たとこでね、電話何度もくれたでしょ? もう少しで帰るからねー」



 一方的にそう話す愛美の声を聞いている内に、ホッとして俺の全身の力が抜けてくる。



「な、なんだー、そうだったのか。はいはい、わかったよー」


「うん、みかんと今から帰るねー!」



 電話が切れると、俺はその場によろよろと座り込んだ。

 

 よかった……。


 ホームを歩く人達が、俺を見降ろしながら通り過ぎるが、そんな事はどうでも良かった。

 

 そう言う事か。


 待てよ、蜜柑と帰るって言ったよな?


 そうか……蜜柑に電話したら良かったんじゃね?



 何やってんの俺……。


 はぁー疲れたわ。



 ホッとして悠菜を見上げたその時、俺を見下ろしていた悠菜が、少し微笑んでいた様に見えた。


 落ち着きを取り戻した俺は、ゆっくり立ち上がりホームの中程まで戻る。


 そして、さっき電車を降りた場所まで戻った所でもう一度悠菜を見るが、やはりいつもの無表情だった。



 さっき、微笑んでいた様に見えたけどな。


 そう思っていると、ホームの先に見慣れた二人の姿が現れた。



「あれ? みかん、あれってお兄ちゃんじゃん?」


「あ、本当だ!」


「おーい! お姉ちゃんも、何してるのー?」



 やっぱり愛美と蜜柑だった。


 俺はその場で手を上げ、こちらへ駆け寄る二人を待った。



「どうしたの? こんな所に二人して!」



 そう言って二人がキョトンとしている。



「愛美を迎えに来た」



 悠菜がそう言うと、愛美は嬉しそうに悠菜に飛びつき、そのままぎゅっと抱きついた。



「ほんとー? 嬉しー! あたしさ、めっちゃ落ち込んじゃってさー」



 そして悠菜の手を握りながら愛美が話している。



「うちの駅まで来てから、学校にスマホ忘れたのに気が付くなんて、もう、最悪じゃないー? 目の前真っ暗になったよー、ほんとだよー? 本当に真っ暗になるんだよ? お兄ちゃん聞いてる⁉」


「そ、そうなんだ、大変だったな」


「でも、みかんが居てくれて良かったぁー!」


「まあまあ」



 愛美が一気に話し始めるが、それを適当に受け流しながらふと辺りに目をやると、既に薄暗くなってきていた。


 もう七時過ぎか……。



「こっちからは気づかないでホームに入れちゃったけど、向こうの駅では携帯が無いから改札から出られないんだもん! 駅員さんに学生証見せたり、学校へ電話されたり、もう泣きそうだったー!」


「まあ、でもさ、何でも無くて良かったよ」


「何でも無くないもん! 現金払うのも損じゃん?」


「ああ、まあな」


「あ、電車来たー急いで帰ろー」


「あーはいはい」


「みかんも付き合ってくれてありがとー!」


「いえいえー」



 やがて目の前に電車がゆっくり停まると、ドアが開く。


 ま、何事も無くて良かった。


 そう思いながら電車へ乗り込んだ。



 ♢  



 辺りはすっかり暗くなり、空にはちらほらと星が瞬いている。


 そして俺の前には、悠菜が愛美に腕を組まれて仲良く歩いている。


 その後を俺は蜜柑と並んでゆっくり歩きながら考えていた。



 まあ、愛美に何にも無くて本当に良かった。


 しかし、本当に愛美達こいつら仲が良いよな。


 俺が慌てて飛び出して、全力で走って駅に着いた時、すぐに悠菜が横に来た。


 そう思うと、俺のてのひらは、再度ジトッとしてきた。


 悠菜は息も乱さず俺に声を掛けて来たっけ。


 そう、いつもの冷めた表情で。

 


 待てよ?


 その前だ。


 家で悠菜が言ってたな。


『愛美は、大丈夫』


 とか。

 

 あれは、この事だったのか?


 いや、だったら駅であの時、俺にもう一度そう言った筈だ。


 そもそも、悠菜が言った?



 うーん、よく分からない。


 そう言えば、夕方、俺と大学からの帰り道も変だった。


 二人で歩いて居た時、急に呼び止められて顔を見た時だ。


 困惑した様な、一瞬恥ずかしそうな表情をした様にも見えた。


 しかもさっきは、悠菜が俺の手を取って繋いで来たしな。


 普段は悠菜が、俺の手を繋いで歩くなんて事は無いし……。

 

 あれ?


 昔……小さい頃。


 子供の頃は大抵、悠菜と手を繋いでいたかも知れない。


 俺は悠菜と手を繋いでいる事が、普通になっていた気がする。


 愛美いもうとが一緒に遊ぶようになってからは、あまり悠菜と手を繋がなくなっていたのかも知れない。


 繋いでいたとしても、反対の手は愛美と繋いでた?

 

 うん、そうだった。


 三人で良く手を繋いでいた。


 家族でテーマパークへ遊びに行っても、百貨店などに買い物行っても。


 それこそ、近所のスーパーでの買い物でも、だ。


 近所の人が俺達の仲の良さに、笑顔で声を掛けて来る事が多かった。



 俺の同級生があまりの仲の良さに、不思議そうにしていたっけな。


 兄妹ならまだしも、異性の幼馴染との仲の良さを嫉妬する奴もいたっけ。


 俺にとって悠菜は兄弟姉妹の様な存在だったし、全く違和感無く接していたけどな。



 高校までの悠菜は、本当に地味な感じの奴だった。


 今となって、それはあえてそう見せていたと分かるが。



 小学生の頃は、見た目だけで悠菜を揶揄からかう奴もいた。


 大人しいし、無口で無表情。


 子供には異質に感じたのだろう。


 苛めっ子の様な、性格の悪い仕打ちを悠菜がされた事もあった。


 悠菜を攻撃するモノ、俺はそれだけは許せなくて腹が立った。


 だが、それもいつの間にか不思議と収束していたっけ。



 それでも高校生になって同級生が増えると、そんな地味な悠菜がタイプとか気になるとか、そんな事をぬかす男が近寄る事もあった。


 俺はモヤモヤした気分にもなったが、どうしたら良いかも分からず、ただ見ているだけだった。


 そんな異性の告白には、いつもの無表情で拒絶した悠菜だったが、それが少し冷酷にも思えた。



 その内、俺と悠菜の関係は特別なモノと周りに認識され始めた。


 いくら俺が幼馴染だと弁解しても、それは無意味なものになっていた。



 今でも悠菜にちょっかいを出すのは、鈴木ぐらいか。


 そう言えば、愛美とは良く一緒にお風呂にも入っていたっけ。


 愛美が産まれてからは、俺は母さん、愛美は父さんとお風呂に入る事になっていたと、父さんから聞いた事がある。


 後に母さんから聞かされた話だが、父さんは俺に『愛美を頼む! 誰かに奪われない様に守ってくれ!』と、そう言っていたらしい。


 そんな父さんに、馬鹿な事はお願いしないでと母さんが笑いながら止めたらしいが、俺は覚えていない。



 まあ、あれだけ愛美を溺愛している父さんなら、言いそうではある。


 しかし、愛美が自分で歩く事が出来る様になると、俺と母さんが一緒にお風呂に入っていると、決まって必ず愛美じぶんも入ると言って譲らなかったらしい。


 そんな事もあり、母さんは俺と愛美を一緒に風呂へ入れていた。


 俺が小学校高学年になると、母さんは愛美の入浴を自然と俺に頼むようになったのだ。


 俺達は親からの解放感もあり、その頃は兄妹二人の入浴時間を、ただ毎日の遊びの一環として、愉しく過ごしていたと思う。


 その後、俺が中学生に上がってから暫くした頃、成長してきた自分の身体を見られる事が無性に恥ずかしくなり、隙を見つけて先に入ってしまう事が多くなった。


 そんな俺が先に風呂に入っているのを、愛美にバレて愛美あいつが後から入り込んで来る事が多くなった。


 子供とは言え、中学生になると異性に敏感になる年頃だ。


 その頃には愛美の身体にも成長が見られ、俺はそれを見るのも恥ずかしくなって来ていた。


 そんな俺の心境の変化を感じてか、愛美が中学生になった頃には一緒に入る事は無くなった。



 そんな事を思い出しながら、前を並んで歩いている二人をまた見る。


 悠菜と愛美を後ろから、上から下まで眺めてしまう。


 今はもっと成長してるんだろうな。


 いや、いやらしい意味じゃなくて!


 暗闇に浮かぶ、二つのボディーライン。


 こう見ると、二人とも甲乙つけ難い。


 街灯の明かりの中での二人のシルエットは、凄く新鮮に見えた。


 銀髪と黒髪。


 制服姿と私服姿。


 その対照的でもある二人の後ろ姿に、ついつい見入ってしまっていた。


 やがて家の前まで来ると、愛美は俺の方を振り返った。



「お兄ちゃん、今日はありがと! 心配かけてごめんね?」



 そう言って手を合わせ、首を傾げて苦笑いした。


 こういう、ちょっとした仕草が愛美こいつは可愛い。



「お、おう。まあ、学校にスマホ忘れたら焦るよな」



 俺はそう言って、照れ隠しに愛美の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


 すると、ぽふっと俺に持たれかかる。


 そうだ、こんな事が前にもあったな。


 その様子を悠菜が振り返って静かに見ていた。



「いいな~愛美」


「え~?」


「お兄ちゃんが居るって羨ましいよ」



 少し寂しげな表情で蜜柑が言う。



「えへへ~あ、でもさ、今はみかんのお兄ちゃんでもあるんじゃない?」


「え?」


「だって、ずっと一緒に暮らしてるんだし~」


「そ、そうかな?」


「そうだよ! ね、お兄ちゃん?」


「まあな。蜜柑だって初めて会った時から、俺の事はお兄ちゃんって呼んでるしな」


「そう言えばそうでした!」


「あはははー! みかん、忘れてるー!」


「さ、沙織さんが待ってるよ」


「うん」



 玄関へ入ると、すでに沙織さんが出迎えてくれていた。



「みんな、おかえり~! 悠斗くん、大変だったね~愛美ちゃんも、みかんちゃんもユーナちゃんもみんなお疲れさま~」



 そう言われて愛美は、今度は沙織さんに飛びついていた。



「沙織さーん! 聞いてー! スマホ忘れて学校往復して来たのー! もう、最悪でしょー? ぴぇん超えてぱぉんなのー!」



 そう言って、沙織さんに抱きついて甘えているが、何だよぱおんって。


 俺と悠菜はその横を通り過ぎてリビングへ来ると、そのまま悠菜はダイニングへ行った。


 スマホが表す時刻は、もう少しで二十時になろうとしている。


 俺はソファーへやれやれと腰を下ろすと、急にお腹が空いて来た事に気付いた。




「腹減った……」



 そうつぶやいた時、丁度悠菜がリビングへ入って来た所だった。


 飲み物を持って来てくれた様だ。



「はい」



 悠菜は飲み物の入ったグラスを俺に手渡すと、またそのままキッチンへ消えた。



「あ、ありがと」



 礼を言いながらグラスを見ると、程よく冷えたお茶だった。


 それを一気に飲み干した時、リビングへ入って来た愛美と沙織さんが、そのままダイニングキッチンへ向かっていく所だった。



「ねえねえ、沙織さーん! あたし、滅茶苦茶お腹空いたよ~」


「はいはーい! もうご飯の支度は出来てるわよ~? それとも先に、お部屋見てみるー? 愛美ちゃん専用のお部屋だよ~?」


「えー⁉ いーの? やったー! 沙織さん、ありがとー! 先にあたし部屋見た-い! どんなのどんなのー⁉」


「あ、みかんちゃんのお部屋もお引越しする~? 愛美ちゃんの傍がいいでしょう?」


「え⁉ 良いの⁉ 沙織さんありがとうございますっ!」


「うんうん~愛美ちゃんと悠斗くんと一緒の三階にしよっか~」


「はいっ! 直ぐに部屋の荷物纏めて来る!」



 そんな会話がダイニングから聞こえる。


 そう言えば、俺の部屋も用意してくれてあるんだっけな。


 ソファーから身を起こし立ち上がってキッチンへ向かうと、丁度キッチンから出て来た愛美と鉢合わせた。



「あ、お兄ちゃん、一緒に部屋を見に行こーよ!」


「あ、そうだな。俺も見てみたい」



 愛美は俺の手をとり玄関ホールへ向かう。

 

 こっちなのか?


 俺の部屋ってどこだろう。


 愛美に連れられて、玄関ホールから階段を登る。



「こっちこっち、この階段も広くなーい?」


「だよな、広いよな」


「この裏にエレベーターもあるけど、階段でいいよね~」


「え、エレベーター⁉」



 やはりこの家は俺の良識を逸脱している。


 二人並んでも余裕の広さの階段を、俺と愛美は並んで上がって行く。


 そして二階のホールに着いたが、そのまま三階へ上がる。



「三階か?」


「うん、三階だよー」



 三階のホールを突き抜け、更に長い廊下を歩く。

 

 やっぱり、広いなこの家。


 あちこちに部屋の扉や、廊下にも窓がある。


 幾つかの窓は外が見えるが、中には室内の見える窓もあった。



愛美おまえ、場所分かってるの?」



 愛美に手を引かれて連れて来られている俺は、いよいよ気になって聞いてみた。



「うん、一度見てるよ? 荷物はまだ無かったけどね~それに、部屋の場所はあたしが決めたんだもん」


愛美おまえが決めたのかよ!」



 まあ、女同士っていいよな。


 自由に出入り出来てさ。


 やっぱり男の俺は、沙織さんには少し遠慮しちゃうし。


 そもそも好きな人に無理も言えない訳よ。



「ここだよー? お兄ちゃんは、そっち。あたしの隣」



 そう言って、愛美はかなり大きめの扉の前で立ち止まった。


 しかもこの扉、両開きである。


 こんな扉の先は普通、パーティー会場とかのホールだろ。


 その扉を開けると、やはりかなり広めの室内だ。


 かなりって言うより、滅茶苦茶広い。


 実家の俺の部屋の十倍はある。



「凄いな、高級ホテルのスウィートルームかよ!」



 入った事は無いけど。



「うわー! 素敵ー! 嬉しー!」



 愛美が飛び込んで行った。


 その後を若干怯みながら俺も入ってみると、観葉植物やら大きな本棚、そしてかなり大きな窓が目立つ。


 全体的に柔らかなクリーム色で統一されている。


 高い天井にはファンがゆっくり回っている。


 そして天井まである大きな窓に、これまた大きなカーテンが掛かっている。


 まるで映画館のスクリーン幕並みだな。

 

 ちょ、馬鹿でかいベッドがあるぞ?


 そのベッドは俺が普段寝ているベッドを、縦横に幾つか並べた大きさだ。



「お前これ、絶対沙織さんにおねだりしたろ!」


 

 広いベッドにダイブしていた愛美に向かって言い放つ。



「えへへ~だって、沙織さん、何でもリクエストしてって言うからー」



 そう言って、ベッドの上で飛び跳ねているが、向こうには大会社の社長机みたいなセットがある。


 あの椅子なんて、もろ社長椅子だろ!


 更にその向こうにはモニターの前にゲームチェアまで……まるでコクピットだな。


 リクライニングしたらベッド代わりにそのまま寝られそうだ。



「お兄ちゃんの部屋も見に行こうよ!」



 愛美はそう言って、ベッドから飛び降りて部屋を出た。


 俺はその後をついて行く。


 まあ、この部屋は愛美こいつがリクエストしたんだし、あんなゴージャスなのは期待していない。


 同じような扉を開けると、その広さに絶句した。


 やはり大きな室内に大きなベッド。


 そして大きな窓がある。


 しかも、どう考えても広すぎる。



「うわー! こっちもすごーい! あっ! あはははー!」



 めっちゃ笑ってるな愛美こいつ


 何を見つけてそんなに大笑いしてるんだか分らんが、基本的に愛美の部屋と創りは似ているかな。


 色は薄い茶色で統一してあるのか。


 落ち着く色あいだな。


 大きな違いは……ああ、あそこに噴水がある。



「げっ! 噴水かよ! 部屋の中に噴水って!」



 こ、ここは、どこかの高級ホテルのロビーですか?



「なにこれー! ウケるー! 噴水だってー! あははは!」



 愛美のツボの様だ。


 まだ笑っている。


 噴水の下には水草と、金魚も泳いでるし。


 これは沙織さんの悪い冗談だろうな。


 いや、待てよ?


 天然の加湿器とか言うのかも。


 沙織さんあのひと、かなり天然だから、真面目に考えて置いたのかも知れない。


 こっちの壁には、畳一畳程の大きな絵画が掛かっている。


 見ると、青々とした草原に真っ白な神殿が描かれていた。


 そして、大きな木とその下に広がる泉。


 あ、これは……。



「綺麗な絵だね」



 いつの間にか横で、愛美が並んで見ていた。



「ああ、そうだな」



 そう、沙織さんに連れて行かれたあの場所。


 異世界エランドールだ。


 あの時、あの泉に手を入れた瞬間、俺の何かが目を覚ました。



「あそこで俺が生まれたんだよ」


「え? えーっ⁉ そうなのーっ⁉」


「ああ、沙織さんに連れて行って貰った場所だ」


「へ~! すっごく素敵な所だね⁉」


「ああ……」



 俺は暫くその絵を眺めていた。


『二人とも、お部屋は気に入ってくれましたぁ~?』


 その時、すぐ近くから沙織さんの声がした。


 まるで目の前に居る様に聞こえたのだ。



「あれ? 沙織さん⁉ 何処に居るのー?」



 愛美がそう言って、楽しそうに辺りを見回した。


『近くの壁か柱で、色が違う所わかるー? それに触れながら話すと、こっちに聞こえますよ~?』


 見回すと、所々に色の違うタイルの様な、シールの様なものがあった。



「これかな?」



 俺と愛美はそれを触って話してみる。



「聞こえる?」


『うんうん~それですよ~そろそろご飯にしましょ~』



 マジかよ!


 凄い仕組みだなこれ。



「はーい! 今降りますねー!」



 愛美がそう言って、こっちを見る。



「ねね、お兄ちゃん、今夜から楽しみだね、噴水! あはははー!」



 そう言いながら部屋を出て行く。


 愛美あいつ絶対愉しんでやがる。


 俺は愛美の後を追いながらそう思った。



 俺達が一階へ降りると、そこにセレスティアの姿があった。


 彼女は俺と目が合うと近寄って来る。



「ハルト殿、それにマナミ殿も! 先日はご馳走様でした」



 そう言って、深々と頭を下げた。



「あー! セレスティアさんこんばんわー! そんな、頭とか下げないでよー」


「そうですよ。てかさ、セレスティアさん、その殿ってのやめようよ」



 どうも調子が狂う。


 前に立っている愛美も、うんうんと頷いている。



「悠斗って、呼び捨てでいいってば」



 そう言うと、セレスティアは腰に手をやりながら答えた。



「では、ハルト。私の事もセレスと呼んでくださいね?」



 まあ、悠菜もそう呼んでいたっけな。



「うん、わかったよセレス」


「あたしの事も、愛美でいいからね?」



 そう言って、愛美がセレスに人差し指を立てて見せた。


 どこかで見た覚えのあるポーズだな。


 そんな事を思っていると、キッチンの方から沙織さんが呼びかけてきた。



「降りて来たぁー? ご飯にしましょー?」


「はーい! 沙織さん、お部屋ありがとー! 凄く嬉しい!」


「あら~気に入ってくれたあ~? 悠斗くんもどお~?」



 俺も椅子に座りながら答えようとして、愛美に先を越された。



「お兄ちゃんの部屋の加湿器、あれ最高ー! めっちゃウケるー! あははは!」



 まさか、愛美のリクエストだったのか!



「加湿器は、あれでよかったの~? もっと良さそうなの売ってたけど?」


「いいえ沙織さん、加湿器は天然が一番なの! ぷぷっ!」



 沙織さんが俺に聞くが、愛美が妨害しやがった。


 やっぱり愛美こいつの入れ知恵か。


 まだ肩を震わせて笑ってるし。



「さ、食べちゃいましょー? セリカも、そこ座ってね?」


「ここですね?」


「じゃ、あたしはここにしよっかな~お兄ちゃんはここね!」


「あ、はい」



 沙織さんがワゴンを押しながらダイニングへ出て来ると、広いテーブルに料理を置き始めた。



「あ、みかんちゃんはお部屋のお引越しですって~」


「そうなんだ?」


「ええ~先に食べて~って」


「うん、わかった」



 改めて思うが、ここのダイニングは広いわ。


 テーブルだけでも畳にしたら、何枚分だ……四、六枚?


 まあ、どこもかしこもうちの数倍の広さがあるし。


 気付くと広いテーブルの上は、いつの間にか色々な料理でいっぱいになっていた。


 中には、見慣れないフルーツや料理がある。



「いただきまーす! ねね、これなぁに?」



 愛美が指さすその先には、平べったい桃の様なフルーツがある。



蟠桃ばんとうと呼ばれる、桃の一種」



 そう言ったのは、いつの間にかキッチンからダイニングへ来ていた悠菜だった。


 つーか、桃の仲間なのか、これ。


 ドーナツみたいな形の桃だ。



「じゃさ、これはー? パプリカじゃないみたいけど」



 愛美が手にレッドパプリカの様な物を持って聞く。


 俺も手に持ってみると、身がぎっしり詰まっている。



「レンブと言うフルーツ」



 淡々と悠菜が答える。



「あ、それはエランドールにもありますね」



 セレスがそう言って、別の果物を持った。



「でも、これは何ですか?」



 て、それは大きめのブドウでは?



「え? それ、ブドウじゃないの?」



 愛美がそう言って、驚いた顔でセレスを見ている。


 俺もそれは少し驚いた。


 だが、異世界にブドウが無くても不思議じゃないかもな。



「ブドウ? でも、知っているものより粒がかなり大きいですね」



 珍しそうに見ているセレスに悠菜が答えた。



「ナガノパープルと言うらしい」



 愛美が一粒取り、口へそれを放り込む。



「あ、今まで食べていたのと全然違う! おいしー!」



 だからセレスには、あの大きさの粒は初見だったのか。


 品種改良の賜物だろうしな、あの大きさは。


 ふと気付いたが、今夜は手の込んだ料理よりも野菜サラダや果物が多い。


 しかし、お腹も空いていたこともあり、俺と愛美は普段よりかなり多めに食べてしまった。



「やばーい! 食べ過ぎちゃったー」



 そう言って、愛美は恨めしそうに沙織さんを見た。


 どれだけ食べてもこの人は体型が全く変わらないからな。



「大丈夫よーまだまだ、愛美ちゃんは成長してるんだから~」



 そう言って沙織さんが愛美を慰めるが、気休めにしか聞こえていないだろう。


 遅くなった夕食も終わり、俺たちは揃って広いリビングへ移動した。


 ソファーに皆座って一息つくと、沙織さんが話し出した。



「セリカちゃん、支度はどうですかあ~?」



 そう言われて、セレスは沙織さんを見て答える。



「それが……明日、ルーナに同行して頂きたいのですが」


「あ~やっぱり?」


「ええ」



 沙織さんとセレスが深刻そうに話している。


 何か問題があったようだ。



「あ、悠斗くん、明日は土曜日だから大学行かないよね?」



 そうだ、明日は休みだ。


 それで沙織さんが今日にしたんだな、きっと。



「うん、明日も明後日も休みだよ?」



 俺がそう答えると沙織さんは、両手をパンと合わせて言い放った。



「おっけ~! じゃあ、いずれにしても、決行は明後日にしましょう!」


「は~い!」



 間髪入れず、愛美がそれに合わせて返事をした。


 だが、愛美には何を決行するのかは分かっていない筈だ。


 少なくとも、俺にはさっぱり分からない。



「決行?」


「承知した」



 セレスがそう答えるが、この人は分かっていて当然だろう。


 この中で分かっていないのは、愛美と俺だけだな。


 まあ、俺に出来る事なんて何も無いだろうけどさ。


 これまで、異星人やら宇宙人やら見た事も無いのに。



 ま、専門家のセレスが何とかしてくれるのであろう。


 だが、全て任せっきりってのも気が引けるな。


 今回の問題だって俺のせいではないが、勿論セレスのせいでもない。


 ただ、運悪く遠い彼方の宇宙人が、地球で略奪しようと企んでいるだけだ。


 それなのに、セレスはこれだけ働いてくれている。



「セレス、ありがとう」



 俺はセレスに、どうしてもお礼を言わなければいけないと感じた。



「いえいえ、いいんですよ、ハルト。私はこんな日が来る事を、実はずっと待っていたのかも知れない」


「え? そうなの?」


「今までずっと、ルーナとユーナがあなたの傍にいて、私はエランドールで一人何も出来ずに、いつも歯がゆさだけを感じていました」



 そう言って、沙織さんと悠菜を見た。


 悠菜はいつも通りの無表情ではあるが、沙織さんは対照的に優しい笑顔で見つめている。



「悠斗くんにはセリカちゃんの染色体だって、ちゃんと入っているんですもの~」


「そ、そっか……」


「そして、やっとこの私にもハルトの役に立てる事が出来るかも知れない」



 セレスはそう言うと、今度は俺と愛美を見た。


 こんな人が力になってくれるなんて、何と心強い事か。


 俺は何か、熱いものが込み上げてくる感じを覚えた。



「セレス……」


「ありがとね~セリカちゃん。助かるわ~ほんとに」



 そう言って、沙織さんが手を合わせて微笑んだ。



「では、皆一緒にお風呂に入りましょ~!」


「は~い!」


「え?」



 やはり間髪入れずに愛美が返事をして立ち上がる。



「いいですね! 久しぶりに入りますか!」



 な、なんだと⁉


 セレスもそう言って立ち上がると、無言のまま悠菜も立ち上がった。


 何この流れ……。



「ハルト、私が背中を流そう!」


「――っ!」



 セレスに背中を流して貰える⁉


 何と言うご褒美だ!


 下からセレスを見上げると、笑顔で手を差し伸べている。


 オッドアイと金色のメッシュ髪が綺麗だ。


 しかも、胸元には柔らかそうなふくらみが、その全容を想像させた。



「えーっ⁉ お兄ちゃんもっ⁉」


「ん? どうしたマナミ」


「 あたしやだっ! 恥ずかしいよっ!」



 愛美がそうセレスに訴える。



「恥ずかしい? マナミはお年頃って奴かな?」



 愛美に言われてその手を引っ込めたが、セレスはまるでそこらのおっさんみたいなセリフを言うんだな。


 勿論、俺だって女に混ざって入るのは恥ずかしい。


 見られるのも恥ずかしいけど、目のやり場にも困るだろ?



「お、俺は後で入るから、皆でどうぞ」


「じゃあね、お兄ちゃん。覗いちゃだめだよ?」


「の、覗かねーよ!」



 み、見たいけどさ!


 この人達と入ったら、どうなんだ?


 愛美や蜜柑は別として、沙織さんは……ヤバい。


 ドキドキしてきた。



「お兄ちゃん、本当に覗いちゃだめだよ? フリじゃないからね?」



 愛美が、笑顔で俺を覗き込んで見ている。



「分かってるってば」



 当然、覗くような度胸は無い。



「あたし、みかん誘ってから行くー!」


「は~い」


「よーし、では皆でゆっくり入りますか!」



 四人は賑やかにバスルームへ向かっていった。


 ここの風呂、きっと馬鹿でかいんだろうな。


 そういや昨日の夜、沙織さんが向こうにあるお風呂場に居たっけな。


 そうだよ!


 あの時、沙織さんの生乳を見れたっけ!


 ああ、何と言う幸運……。


 とは言え、皆と一緒に入る度胸も無いけど。


 そんな事を思いながら、リビングのソファーに深く座りなおした。


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