第6話 セレブな女子大生と友達になりました


 夜のコンビニで五十嵐さんと予期せぬ再会した翌日。


 大学に来ていた俺と悠菜は、昼になるといつものフードコートに来ていた。


 これだけ店があってメニューも豊富だと、ほぼ毎日来ているが飽きはしない。


 むしろ、全メニュー制覇しようかと目論んでいたりする。


 うん今日はパスタにしよう。



 パスタ店の前でメニューを見ていると、不意に脳内レーダーが何かを察知した。


 この反応……。


 昨日、ここで沙織さんにちょっかいを出して来た男達だ。


 この様子だとすぐに俺に気付く距離にまで来るだろう。


 脳内では脅威と判断はしていないが面倒ではある。



「おい、あいつじゃね?」


「ああ! 昨日の小僧じゃんか!」



 やはり気付いて声を掛けて来た。


 見ると、あの時の男二人ともう一人見た事無い男が居た。



「昨日話してた女ってこの子?」


「おい! 今日はもう一人の姉ちゃんは居ねーのか?」


「ねえ、銀髪のお姉さんは暇~?」



 一人が俺に突っかかっているが、他の二人は悠菜を挟む様に話しかけた。



「ああ、申し訳ないけど俺達これから昼飯なんだけど」


「ああー? 俺が訊いた事に答えろよ! もう一人のねーちゃんはどうしたって聴いてんのっ!」



 そう言って俺の髪を掴もうとした。


 勿論、俺は反射的に……避けないっ⁉


 は、はいーっ⁉


 どうしたの俺ーっ!


 昨日の様に無意識にでも反射的に避けるだろっ⁉


 誰だって、頭に手を上げられたら条件反射で避けない?


 俺、子供の頃だって避けられた筈だろっ⁉


 そいつは容易に俺の髪を掴むと、そのまま前後に揺さぶった。

 


 くっ……あれ?


 気付くと俺の頭は殆ど動いていない。


 俺の髪を握ったこいつが前後に動いているのだ。


 どうなってんのっ⁉


 焦りつつも自分のステータスを見てみると、どうやら無意識に俺自身にかかる重力を、その数百倍まで増加させている様だった。


 それでこいつは数十トンもある俺の身体を動かせないで、そのまま自分が揺れていたのか。


 だが、こうされていると何だか逆に揶揄われている様でもある。



「――っ! な、なっ! このっ!」



 必死に揺すっているが、どうしても奴の身体の方が動く。


 そりゃ、片手で数十トンを動かせたらお見事ですよ。


 すぐに奴は予想だにしなかった現象に、明らかに戸惑いと焦りを見せた。



「って、てめえっ!」



 奴が空いた手で俺の顔を殴ろうと構えた時、俺の脳内レーダーが新たな接近者を察知した。


 そして殴り掛かって来たその拳を、俺は左手でフッと無意識に掴んでいた。



 この感じは五十嵐さんだな?


 ああ、脳内レーダーって何かって?


 俺に接近して来る生命体だけでなく、全ての物体を瞬時にサーチして脳内へ表示される現象ね。


 俺が適当に命名した。



「――っ⁉ こ、こっ」



 暫くすると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。



「あれ? 霧島君⁉ 昨日はどうも~」


「ん?」



 振り返ると、やはり五十嵐さんが笑顔で立っていた。


 だが、俺の髪を掴んでいた男は、そのまま俺の頭に合わせてその態勢を崩した。


 俺の髪から手を離せばいいのに、それでもまだ必死に俺の髪を離さない。


 もしかして、自分の態勢が崩れたのを俺の髪を掴んで耐えてるのか?


 そ、そうなのかっ⁉


 俺の髪は吊革じゃねえよっ!



 しかし五十嵐さん、今日もかなりお洒落な装いだな。


 そして、彼女の横にも綺麗で上品そうなお姉さんが居る。


 初めて五十嵐さんと会った時の様に、俺の脳内へ新たにダウンロード&インストールされた感覚がある。


 彼女を見た時、瞬時に脳内で行われていたのだろう。


 そして、同時に周りの人が俺達を見ているのが視界に入る。



「五十嵐さんこんにちは!」



 俺の髪を掴んだまま離さない男の視線も感じながらも、俺は五十嵐さんに笑顔で答えた。



「ちょ、ちょっとあんたっ! 霧島君に何してるのっ⁉」



 だがすぐに五十嵐さんは、俺の髪を掴んでいる男に声を荒げた。



「あ……」



 すると、途端に俺の髪は男の手から解放された。


『おい、ヤバいぜ。あれ、西園寺だよ』


 悠菜に話しかけてた男の一人が、仲間の男にそっと耳打ちしたのだが、どういう訳か俺には理解出来る。


 西園寺?


 いや、五十嵐さんでしょ?


 すると男二人が焦った表情で、俺に突っかかった奴に声を掛けた。



「おい、斉藤ヤバい」


「ちっ!」



 そしてそのまま男三人はそそくさと行ってしまった。


 脳内レーダーには三人共まだ表示されているが、その距離はどんどんと離れて行く。



「霧島君、大丈夫?」


「ああ、全然平気!」


「さっきの人達、知ってる人?」


「ああ、二人は昨日会った奴。一人は初見だけど」


「そうなの? 喧嘩してる様に見えたけど……」


「喧嘩? まさかぁ~」



 俺はこの歳まで喧嘩をした記憶は無い。



「だって、髪の毛掴まれて無かった?」


「あ! ああ、吊革にされてたっけ」


「つ、吊革?」



 五十嵐さんが訝しげな様子で俺を見るが、周りの人達の視線がまだこっちに注がれていた。


 五十嵐さんはスタイルも良いし美形だからかな?


 ましてや、その友達ってのもまた清楚で可愛いじゃん!


 しかも昨日、高級外車に乗っていたのを見ていたせいか、どことなくセレブっぽさを感じる。


 セレブはセレブでつるむ訳ね?


 ああ、これが貧乏人の偏見ってやつか。


 連れている友達も清楚ではあるが、その容姿はグラビア並みだ。


 胸の大きさは沙織さんと見比べても、全く引けを取らないんじゃないか?


 この人の隠されたボディーのポテンシャルは到底計り知れない。



 凄いぞ大学って!


 高校ではこんな出会いは無かったぞ!


 この大学に来て良かったと思った、これが二度目の事でした。

 


「悠菜さんこんにちは。こちらは同い年で幼馴染の、西園寺友香さいおんじゆかさん」


「初めまして、西園寺と申します」



 西園寺さんが俺よりも先に悠菜へ挨拶したけど?


 あ、やっぱり悠菜を俺の彼女だと思ってるのかな。



「こんにちは」



 悠菜は相変わらずの無表情で会釈を返した。



「あ、悠菜はいつもこんなだから、二人共気にしないでね? こいつとは幼馴染で、家も近いから家族ぐるみの付き合いなんだ」



 初対面でこんな悠菜を、いつもこうやって俺が気を遣ってしまう。


 決して相手に不快を与えるような表情ではないのだが、ご機嫌取りだとか社交辞令だとか、そういうのが全く無い。


 悠菜は愛想笑いすらしないのだ。


 大抵の人は、何だろうこの子って感じで、悠菜の顔をまじまじと見たりしていた。


 これまでは地味な格好をしていたのだが、それでも不細工な顔立ちはしてない訳で、その辺りは本当に良かったと思う。


 特に問題なくこれまで過ごして来た。


 不細工で不愛想だったら、一緒に居る俺にまで被害が及んでいたかも知れない。



「そ、そうなの? 嫌われてるかも、って思ったよぉ~」



 五十嵐さんは笑顔になってそう答えてくれたが、西園寺さんは若干苦笑いだ。


 最初はいつもこうだからな。


 まあ、こういう反応は慣れてるからどうって事は無いが。



「ねえ、霧島君達はさ、何食べるか決めちゃったの?」



 五十嵐さんが笑顔で聞いて来た。


 やっぱり結構、良い人ぽい感じの人だな。


 悠菜の不愛想にも特に拘らない様だ。



「うん、今日はパスタにしようかと思ってたとこ」


「そっかーパスタもいいね、四人で一緒に食べない?」


「いいですねー」


「悠菜さんも、パスタでいいの?」



 俺達が悠菜を見ると、いつもの無表情で頷いた。



「じゃあ、あの辺で食べよー!」



 それぞれがオーダーを済ませるのを見届けた五十嵐さんが、そう言って向こうのテーブルを指したその指先を、まさに皆が見たその時だった。


 脳内レーダーに嫌な反応を感じてしまった。


 そして同時に、今は見たくなかったモノが俺の視界に入ったのだ。


 ああ、今だけは見たくなかった。


 それは嬉しそうにハイテンションで駆け寄って来る。



「おっ! 悠菜さんと霧島発見! おっとーっ! み、み、未来さんじゃないですかあああああ! そして隣に、見た事も無い綺麗な方も!」


「う……」



 鈴木に見つかったか。


 初見を加えた綺麗どころ二人と、俺はゆっくり昼飯を食べたかったのにな。



「あ、鈴木くん、昨日はありがとうね。あれからちゃんと帰られた?」



 そう五十嵐さんが答えると、速攻で近づいて来た鈴木は、うんうんと頷きながら満面の笑みで答える。



「ええ! あの程度、未来さんの為なら何でもありません!」



 ほう、そうですか。


 まあ、鈴木なら何でもしそうだとは俺も思う。


 それぞれがトレイを持ってテーブルに集まると、五十嵐さんが俺に声を掛けてきた。



「霧島君、昨日あんなにアイス買ってどうしたの? そんなにアイスが好きなの?」



 まあ、確かに尋常な量ではなかったな。



「ああ、あれね。妹とか悠菜の母親、的な? 好きなんだよねー兎に角」



 沙織さんは悠菜の母親として存在していたが、この先はどういう立場なんだろ。



「そうなんだ~凄い量だったからびっくりしたよ! こんなだよ?」


「そんなにっ⁉ 凄い!」



 五十嵐さんはそう言って西園寺さんに両手を広げ、昨日買ったアイスの量を表現していた。


 その表現に西園寺さんは驚いた表情でこっちを見る。



「いや~そんなだったっけ?」



 一応話を合わせておく。


 だけどね五十嵐さん、それよりもう少し多かったかも知れない。


 それよりも俺は五十嵐さんが買った、あの大量の氷の方が気になる。



「五十嵐さんこそ、あの氷は一体何に使ったの?」


「あ~あれね? 家の氷をみんなお兄ちゃんが使っちゃってねー酷くない?」


「そ、そうですか~」


「兄が二人居るんだけどさ、どの冷蔵庫の氷もみーんな無いの!」


「そ、そうなんですね~」



 いや、氷を何に使ったのかが気になるんですけど?


 しかし、お兄ちゃんが居るのか。


 って、え?


 どの冷蔵庫もって言った?



「どの冷蔵庫もって? 冷蔵庫が何台もあるの?」



 そう俺に聞かれてキョトンとしたが、すぐに頷いて答えた。



「そうだよー? 酷いでしょ? 私の冷蔵庫のまで使っちゃうんだもん!」



 いや、そこか?


 しかも、私の冷蔵庫って言いました?


 普通は自分だけの冷蔵庫何てないでしょ?


 今の時代ってうちとこんなにも生活水準が違うの?



「あのですね、未来さん。普通、冷蔵庫は一家庭に一つです」



 冷静に鈴木が口を開いた。


 今回ばかりはお前が正論だ。



「え? そうなの? 友香ちゃんの家もそうだっけ?」



 そう言って友香へ問いかけた。



「うちは……三つ位かな? 未来ちゃんの家は兄妹も多いから、沢山あってもおかしくないよね~」


「あ、そっか~」



 いやいや、そうじゃないと思うけど?


 しかも友香さん、三つって……サラッと言ったよ。


 冷蔵庫の数って、兄弟の数に比例するのか?


 やっぱ、この人達セレブだわ、確信しました。



「で、あんな量の氷は何に使うの?」



 そこが気になった。


 一袋一キロあったとしても、軽く二十袋はあったぞ。


 ざっと見積もっても二十キロじゃん。



「あ、氷ね、ペンギン預かるつもりで、直ぐに欲しかったのー」


「へ? ペンギン?」



 て、確かに南極に居るイメージだけど氷って必要か?


 しかも、預かるって何?



「ペンギン預かるって、どういう流れだよ」



 俺はたまらず突っ込んでしまった。


 犬や猫だったら良く聞く話だけど、ペンギンを預かるなんて聞いた事が無い。



「それがさ~あの後ペンギンが家に来たんだけどね、すっごく大変だった!」


「は? 家にペンギンが?」



 家にペンギンが来るってどういう事?


 すると鈴木が頷きながら話し出した。



「ペットショップの人がペンギン二匹連れて、未来さんの家の玄関で待ってた時は、流石にびっくりしたよ」


「ああ~、鈴木君に沢山氷を運んで貰ったのにごめんね?」


「いいんです! お気になさらずに!」



 案外変わってるのかも、五十嵐さんって。



「何故ペンギン?」


「アニメ映画見てたら欲しくなって、すぐショップへ電話したんだけどね、そしたらショップの人がお試しでーって」


「あ、そうでしたか……」



 ぺ、ペンギンのお試し飼育?


 聞いた事無いぞ?


 セレブでは普通なの?


 だけど、ペットショップにペンギンとか見た事ねーよ?


 しかも、お試しで連れて来る?


 普通は無いよね?



「でもねー、氷は特に要らないって言われたし! しかも何だか凄く魚臭いの!」


「ああ、生魚が餌なんだね」


「あちこちにうんちしちゃうしー! あちこちに飛び散るんだよ⁉」


「未来ちゃんお食事中ですよー」


「あ、ごめーん」



 それはそれは。


 大変でしたね。



「でも、未来ちゃん、やっぱりお部屋で飼うのは大変だと思うよ~?」



 うん、正論ですよ、西園寺さん。


 そして五十嵐さん、あなたは園児ですか?


 クレヨンしんちゃんじゃあるまいし、部屋でペンギン飼おうと思うなんて。



「そっかぁ。名前もペンペンって決めてたのにな~」



 あ、貴女の見たアニメ映画、分かった気がします。



「でも友香ちゃんちはいいな~イルカがいるじゃん!」



 ぶっ!


 丁度飲んでいたアイスコーヒーを、思い切り吹き出しそうになった。



「イルカ⁉ 家で飼ってるの⁉」



 ほぼ同時に俺と鈴木が聞き返した。



「まさかぁ~お家では飼えませんよぉ~」



 西園寺さんが苦笑いしながら答えた。


 そりゃそうでしょ!


 家にイルカが泳いでたら、既にそこは家じゃないでしょ?


 だが、問題はそこじゃない。


 家でイルカを飼っている人なんて聞いた事も無い。



「友香さんって、庭とかにプールでもあるの⁉」



 鈴木が、食い付き気味に聞き返す。


 プールか。


 それなら飼えない事はなさそうだが、プール付きの豪邸だと言うのか?



「いえいえ~未来ちゃんが言ってるのは、うちの水族館の事ですよね?」


「うん、そうだよー」


「別荘の近くに水族館があるんですよ」


「いいなー」



 五十嵐さんは落胆した表情で飲み物を口にした。



「ちょっと待て、西園寺さんの家って水族館あんのかよ!」



 思わず、俺も突っ込んでしまった。



「うん! あそこ大好き! 子供の頃から何度も連れて行って貰ってたし」


「未来ちゃんと、よく一緒に行きましたね~」



 五十嵐さんはしみじみとした表情で語っている。



「水族館⁉ 凄いですね、友香さん! 是非お近づきに‼」



 鈴木よ。


 お前、水族館目当てじゃないだろ、絶対。



「あ、ええ。こちらこそ。でも、お爺さまの水族館ですよ?」


「お爺様のですか! そうですか! それはすぐにでもご挨拶に行かなければ!」



 鈴木は身を乗り出して、おののく彼女に食いついている。


 程々にしとかないと、また女子が引いてくぞ鈴木。



「あ~あ~、折角ペンペン飼うの楽しみにしてたのに、がっかり~」



 五十嵐さんはテーブルに肘をついて、軽くふて腐ったようにしている。


 何となく、愛美の仕草に似ている所もあるな。



「ペンペン用のネックレスもオーダーしちゃったのにぃー」



 間違いない、やっぱあのアニメ見たんだな。



「てか五十嵐さんって、俺より年上じゃないの?」


「えー⁉ 年上に見えるの⁉ 今年からこの大学来たんだよ? あ、浪人したと思ってるとか?」


「あ、いえいえ! ごめん、何か凄く大人っぽいというか、ポルシェにも乗ってるし!」



 慌てて言い訳してみる。


 流石に女の人に年上呼ばわりしたのはマズかったか。


 だけどね、まさか同級生がポルシェ乗ってるとか思えなくてね。



「あーあの車? お兄ちゃんのお下がりだけどね~、免許とったお祝いに貰っただけ」


「え……」



 お兄ちゃんて真っ赤なポルシェ乗ってたのかよ!


 ま、まあ好みは人それぞれだが……。


 しかしまあ、免許取ったお祝いに外車のプレゼントですか。



「この前こすって傷付けた時、赤に塗り替えて貰ったけどね~」



 なるほど、そゆことね。



「だから、私の事をさん付けで呼んでたんだ~普通に丁寧な人なのかと思ってた」



 んーまあ、初対面から呼び捨てには出来ないしな。



「うん、まあ」


「私こ事は未来でいいよ? ね、友香ちゃん?」


「ええ。私も友香でいいですよ?」


「そ、そう?」


「あ、そうだ! 悠菜さん昨日の昼間さ、ここに綺麗な人と居なかった?」


「え? 悠菜が?」


「昨日の夜、コンビニで悠菜さんと別れた後に思い出したんだけどね、昼間見た人って悠菜さんかもって」



 五十嵐さんからそう訊かれて俺は考えた。


 悠菜が誰かと昨日ここで?


 その時、俺は?


 そう思って悠菜を見ると、頷いて俺を指差した。



「し、知らねえよ!」



 俺が思わず否定すると、未来は気付いた様に俺を見た。



「あ、あの時、悠菜さんと一緒に居たのって霧島くん?」



 五十嵐さんにそう言われると悠菜はこくんと頷いた。



「んー、昨日の昼間……あ、それ沙織さんだ。俺ら三人でここで話してたっけ」



 そうだ。


 沙織さんとここで話してた。



「何だ、沙織さんかぁ。あの人も美しすぎる! お前の周りは、どーしてこんなに美しい人が多いんだよ!」



 鈴木が睨みつけて俺に絡んでくるが、そう言われてもなんて言ったらいいんだか。



「沙織さんって言うんだ~凄く綺麗な人じゃない?」


「うん、綺麗な人だよね」



 沙織さんの事をそう言われると、何だか嬉しいぞ。



「凄く綺麗な人がいるなーって思って、友香ちゃんと話してたんだよね~」


「うん、凄く綺麗な人でしたね~」


「男の人と話してたけど、それが霧島君だったのかぁ」


「まあね」


「前に会った人かなーって思ったけど、あの時はまだ良く知らなかったしね~」



 そうだったのか。


 恐らくさっきの男達二人が去った後に、俺達が三人で話している所を見たのだろう。


 確かに沙織さんは目立つよな。


 絶世の美女とはあの人の事だと思っている。



「でも、あたし達、綺麗な二人に見入っててさ~実は男の人はあまり見て無かったんだよね」



 そう言って未来は、友香と顔を向き合わせて笑った。



「まあ、あの人が悠菜のお母さんの沙織さんだよ。アイスが大好きな」


「そうそう、まさかお母さんとは、絶対に思えないよな?」



 俺と鈴木がそう言うと、彼女達はびっくりした様に悠菜を見た。



「えええーっ⁉ あの人が悠菜さんのお母さん⁉」


「えっ? 信じられない……」



 まあ、そうですよね。


 設定に無理があるよね。


 そう思います。


 一気に二人は、悠菜に興味津々になったようだ。



「悠菜さんのお母さんって、今、幾つなの⁉」 


「知らない」



 うわっ!


 そのまま答えちまったよ……。


 二人が食い付き気味に悠菜に聞くが、アイスティーを飲んでいた彼女は、無表情のまま間髪入れずに答えた。



「知らないって……」



 その答えに、二人は顔を見合わせて絶句してしまった。


 悠菜は相変わらず無表情のままストローをくわえてる。


 まずいな。


 ここは俺がフォローしなくちゃいけないんだよな。



「あ、あのね、沙織さんて、歳は秘密にしてるみたいでさ! 娘にも内緒にしているらしいよ!」



 しどろもどろに答えたが、これで信じて貰える自信はない。


 恐る恐る二人の顔色を見た時だった。



「あ、それ、わかるー! うちもそうだし!」


「うんうん! うちの母もそう言う所あります!」


「へ?」



 わかるんかい!


 よそ様のお母さんってそういうものなの?


 まあ、疑われずに済んでよかった。



「でもさ、滅茶苦茶若く見えたよね! 歳の変わらないお姉さんだと思ったし!」


「そうですね、二十代にも見えました!」



 そうですよね。


 俺もそう思います。


 あまり突っ込んで来られると、流石にヤバい。


 これまで沈黙を保っていた悠菜が、その時急に声を発した。



「ああ見えて、沙織さんは私よりも歳上」



 は、はぁ?


 おいおい、悠菜さん?


 親子ってそれが当たり前でしょ?


 二人は、更に怪訝そうに顔を見合わせてしまった。


 ほらな?


 やばいぞ?


 どうするんだよ……。


 悠菜は、相変わらず無表情で二人を見ている。



「あはははー! やばい、悠菜さんて面白い! はまっちゃいそう!」



 急に手を叩きながら未来が笑い出したと思うと、友香もそれに釣られて笑い出した。



「本当ですよね~沙織さんって呼んでるんですかー? 何か新鮮な親子関係ですね~」



 友香さんが感心している?


 これがセレブの反応なのか?



「じゃあさ、お父さんは何してるの?」


「いない」


「え……あ、ごめんなさい!」


「問題ない」


「ごめんなさい。私も気になってました……」


「気にしてない」



 き、気まずいな。


 突如、沈黙が訪れる。


 早々に地雷踏んじまった。


 確認までに言うと、この二人がダメージを食らう地雷ですよ。


 悠菜は本当に気にして無いって言うか、気にする訳などない。


 こっちの世界じゃ、地球人に成り切ってるだけだしな。


 悠菜は沙織さんが母親役してるだけで、設定では父親なんて居ない。


 でも、この二人は気にしちゃうんだろうな。


 俺からしてみれば、セレブな二人の親が何してるんだかの方が、よっぽど気になるけどな。


 実際の悠菜ユーナの父親なんて、この俺だって知らないし。


 つーか、俺だって父親居ないし!


 俺って母さんの染色体と異世界の染色体とのハイブリッドなのですよ⁉ 


 俺が生まれた所は、大きな木の下の泉なんですけどっ⁉


 ちょっと待てよ……?


 何だか得体の知れない虚しさを感じる。


 泉で生まれた俺って……両生類?



「私はこの地球が母であり、父でもあると思っている」



 突然、悠菜が訳が分からない事を言い出した。



「はい?」



 俺を含めた皆が悠菜の言葉に耳を傾けた。



「遠い先祖は地球で生まれ、その後異世界へ移り住み、今の私はこうして地球で育っている」


「え……?」


「これは、私にとって素晴らしい経験」


「な……何を?」



 俺達は暫しの沈黙の間、悠菜の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。



「そ、そうか……」



 俺には悠菜が何を言っているのかが、何と無くだが分かりそうだった。


 悠菜の先祖はアトランティス人であって、元は地球人だ。


 そして、その後はエランドールで生きていたんだ。


 その子孫である悠菜は俺の保護観察の為、今はこの地球で生活している。


 その身を生まれたばかりの姿に変え、俺と共にここまで成長して来た訳だ。


 まあ、頭の中などは前のユーナそのものだろうけど、新たに地球を学んだ事もあったのかも知れない。


 悠菜にとっても、初めての地球での生活だった訳だしな。


 それなのにこの俺は、母親の胎内に居た事が無いとか、父親が分からないとかそんな事を考えていた。


 何だか……小っちゃい奴だな、俺って。



 そして、今の悠菜は嘘はついていない。


 世間に異世界人である事を隠さなければいけない事は、この俺だって分かっている。


 だが、こんな状況であっても、悠菜の言葉は真理を語っている。


 異世界を認識している俺だからこそ、尚更それを理解出来るのだろう。



「何だか、悠菜さんて凄い……」



 ……へ?


 友香さんがそう呟いた。


 その目には薄っすらと涙を浮かべている。



「うん……私もそう思った……」


「ええ。悠菜さん……私、本当に感激しました!」


「わ、私も! こんな気持ちになったの初めて!」



 え?


 そ、そうなの?



「ねね、悠菜さん、連絡先交換してくれない?」


「あ、私もいいですか?」



 そう言って二人が携帯を取り出した。



「あ! それはいいですね! 俺も是非!」



 急に鈴木が身を乗り出してきた。


 お前は遠慮しておきなさい。



「悠菜さんって天然かと思ってたら、本当は凄い人なんですね! これからもよろしくね!」



 そう言う未来はかなり満足そうだ。


 ま、まあ、問題がなきゃ、これはこれでオッケーか?



「ねえ、霧島君も教えてね? 近い内に悠菜さん借りちゃうよ?」



 にやにやしながら未来がこっちを見た。


 借りちゃうって言うのが引っかかるけど?



「あ、ああ。こちらこそ、俺で良ければ」



 二人とも美人だし断る理由がない!


 だが、悠菜を借りちゃうって何だよ。


 別に俺の所有物では無いぞ?


 どちらかと言えば、俺が監視されてる訳だし。


 まあ、俺とは育ちの違う超セレブな二人ではあるが、こうして新しい友達が出来たたのだった。



 ♢



 こうして入学して三か月経った頃、遂に大学で初めての女友達が出来た!


 しかも、とびっきりの美人が二人。


 そう言う訳で、大学からのこの帰り道もルンルン気分な訳よ。



 午後の講義を終えた俺と悠菜ゆうなは、電車を降りてホームを歩いている。


 そして、改札口から駅前へ出て来た所で思い出す。


 今日、連絡先を交換した二人。



 一人は活発そうでスタイル抜群、真っ赤なポルシェがいしゃに乗るセレブなお嬢様。


 もう一人は、清楚な感じのお淑やかで上品なお嬢様。


 しかーし!


 その下には、グラビアアイドル顔負けの隠されたポテンシャルを秘めている!


 ……に、違いない。


 こちらも恐らくセレブであろう。


 なんせ、お爺様が水族館を所有してるとかしてないとか。


 どちらも、冷蔵庫を複数所有。←ここ重要。


 俺の人生で、今までそんな人間と関係があった経験がない。


 異世界の人とは関係大有りなんですけどね。


 

 改めて思えば、俺の周りって普通の地球人少なくね?


 高校からの友人は鈴木がいるけど、あいつもある意味普通の人間とは言い難い。


 そんな事を考えながら、ふと隣を見る。



 いつもの悠菜が歩いている。


 白に近い銀色の綺麗な長い髪。


 髪と同じ色に光る澄んだ瞳。


 改めて見ると、悠菜って結構美形なんだな。


 物心ものごころついた時には、いつも一緒に居た。


 妹の愛美が一緒に遊べる位になる迄は、いつも二人で遊んでいたっけな。


 そう言えば、いつも俺が遊んで貰っていたような気がしてきた。


 悠菜こいつ、いつも大人しかったし。


 今思うと、冷めた目で見られていたのかも?


 うん、そうかも知れない……。


 悠菜こいつの中身はそのまま、身体だけが俺と同じ様に小さくしていただけだからな。



 ちょ、ちょっと待て、恥ずかしくなってきたぞ。


 顔が赤くなってきたのが、自分でもわかる。


 ……ヤバい!


 ここは冷静にならないと。


 今になって、幼い頃の失態を悔やんでも仕方ない。



 だが、今の頭の中身そのままで、幼い姿になるって凄いな。


 で、今はこの姿に成長しているのか。


 歩きながらも俺は又、悠菜を見た。


 最近は胸も大きくなった様に思える。


 あ、そう言えば!


 俺の成長に合わせて成長させているとか、沙織さんがさり気無く言ってたな。



 こいつ、胸も成長させてるのか⁉


 まあ、胸だって育って無いと、そりゃ違和感は出て来るよな。


 そのヒップラインも中々なものですよ、悠菜さん。



 まてよ?


 あれだよ、≪毛≫とか、どうなんだ?


 脇の毛とかは、処理するってのが普通だから良しとして……。


 あれだよ、あれ……下の毛。


 ……まてよ?


 元々、髪の毛が銀色だから、も、も、もしかして⁉


 下の毛も……銀色とか⁉


 ついつい想像してしまう。


 ……やばい。


 又、顔が赤くなって来たと思う。


 自分でもわかる。



「ねえ」



 急に悠菜が立ち止まり、俺に声をかけた。



「は、はいっ⁉」



 咄嗟に返事をして俺は立ち止まる。


 だが、赤くなった顔は、急に呼ばれてびっくりした拍子に一気に醒めた様だ。


 悠菜を見ると、いつもの冷めた表情で……。


 いや、違う!


 いつもと違う表情だ!


 普段から悠菜を見ている俺にしか、その変化には気づかないだろう。


 何と言うか、恥じらいに似た、困惑した表情が少し見える。


 悠菜こいつ、こんな表情するのか?



 あ、この表情……。


 昔、幼い頃に見た事があった様な記憶がある。


 そのまま、じっとこちらを見ている。


 何だか可愛い……ドキドキしてきた。



「な、なに?」



 俺は動揺を隠しながら平静を装い、少しぎこちなくだが何とか聞き返した。


 すると、悠菜は直ぐに俺から目を逸らして歩き出した。



「やっぱり、いい」



 ちょ、ちょっと!


 なになに?



「なんだよー、言いかけてそれはないじゃんかー」



 何だか悠菜が普段と違う表情で困惑したが、俺はそれ以上を追求出来ずに彼女の後を追った。



  ♢



 今日から俺は、沙織さんの家で生活するのだ。


 悠菜と二人、俺の家をそのまま通り過ぎると、裏にある沙織さんの家へ向かった。



「ただいまー! 沙織さんいるー?」



 玄関から声を掛けると、奥から沙織さんが出て来てくれた。



「は~い! 悠斗くん、おかえり~! ユーナちゃんもお疲れさま~!」


「ただいま」


「セリカちゃん、今夜来るって言ってましたよ~」


「あ、そうなんですね!」


「それと、悠斗くん、お部屋の準備したよ~」


「お部屋って、俺の部屋まで? 何か、すみません」



 俺の部屋も準備してくれたのか!


 

「いいんですよ~、愛美ちゃんのお部屋の隣ね~?」


「そうなんですね、どうもです」


「いえいえ~、二人共何か飲む?」


「うん、冷たいの頂きます」


「愛美ちゃんまだ帰って来ないけど、お部屋気に入ってくれるかなぁ」


「良いんですよ、どんな部屋でも。居候なんだし」


「それは駄目よ~? 悠斗くんと愛美ちゃんとは二人が生まれた時から家族なのよ~?」


「うん、ありがとうございます」


「いえいえ~、その為にこんな大きなお家用意してあるんだから~」


「そうだったんですね……」



 沙織さん、そんなつもりでこんな大きな家を用意してくれてたんだ?


 確かにここって沢山部屋がありそうだな、かなり大きな家だし……。


 そうだよ、この家ってバカでかいじゃん!



 今まで当たり前に見ていたから、特に気にしなかったけどさ。


 普通に見たら、医者か政治家の家に思えるだろう。


 もしくは、有名芸能人とか?


 俺はふと気になった。



「ねえ、沙織さん、この家って冷蔵庫何台あるの?」



 リビングへ来たところで、何気なく聞いていみた。


 未来と友香が複数の冷蔵庫を自宅に保有していた事を思い出したのだ。



「え~? 冷蔵庫? 普通のは二つかな?」


「普通のって、そこにあるのは業務用じゃ無いの? 凄く大きいけど」


「あらそぉ? 大きな冷蔵庫なら下にあるけど……でも一体どしたの~?」


「え? それより大きな冷蔵庫が⁉ てか下? 下に地下室があるの⁉」


「うんうん~、あのね悠斗くん、普通は地下室って下にあるのよ~?」


「あ、いあ……そうですよね」



 俺はこの家には余り来てなかったため、地下室の存在は知らなかった。


 愛美は度々出入りしていたし、知っているのかも知れないが。



「てか、沙織さんちにも二台あるのか!」


「え~? どしたの~」



 俺の家だけか、一台なのは。


 しかも、地下室があるとは知らなかった。


 まあ、思えば俺の家よりかなり大きいしな。


 そうだな、建物だけでも五、六倍はありそうだし。


 な、ちょっと待て、沙織さんって超セレブかよ!


 まあ、異次元から来てる事だし、セレブとはちょっと違うか。


 リビングのソファーへ座ると、俺は昨日買ったアイスが気になった。



「そう言えば昨日のアイス凄い量だったし、ここの冷凍庫に入るかちょっと気にはなってたんだよね」


「あ~、流石にあの量はキッチンの冷凍庫占拠しちゃうわね~」


「そっか、入らない分は地下の冷蔵庫に入れたのか」


「ん~?」



 道理であんなに愛美達が買い込んだ訳だ。


 大人買いを通り過ぎているのは、パーティー買いとか?


 いやいや、あの量だと普通に仕入れって言うんじゃね?



「悠斗くんは、地下室知らなかったの~?」


「うん、知らなかったー」


「あらそ~? 愛美ちゃんは知ってる筈よ~?」



 そう言いながら、沙織さんがソファーに座った。


 やっぱり愛美は知ってるんだな。



「ねえ、愛美ちゃんの帰り時間、悠斗くん知ってる?」


「んー、帰りの時間は聞いてないけど?」


「そうなのね~? じゃあ、愛美ちゃんが来てからでいいかな」


「俺も高二の頃って、学校帰りに何かと色々あったしねぇ」


「そっかぁ~」



 そう言えば、あいつ大学どうすんだ?


 高校二年にもなると、進路とか決める時だろう。


 愛美あいつ、受験とかする気あるんだろうか。


 父さん母さんに何か言われて無いのかな?


 俺の場合は高校進学の時に、今の大学の付属高校を両親に勧められて入ったけど。



「愛美は大丈夫」



 不意に悠菜がそう言ってリビングに入って来た。


 見ると、手にはグラスに入った飲み物を持っている。



「ん? あ、サンキュー!」



 俺は悠菜から手渡されたグラスを口に傾けながら、ふと少し気になった。


 あれ?


 こいつ今、愛美は大丈夫って言った?


 俺はハッとして悠菜を見たがいつもの表情だ。


 普通に沙織さんの横に座ってジュースを飲んでいる。


 帰りは遅くないって意味で言ったのか?


 ま、いっか。



「なあ悠菜、セレスティアが来るのは何時ごろ?」


「来る時間は聞いていない」



 悠菜はそう言って立ち上がると、そのままリビングから裏庭へ出て行った。

 


「セリカちゃん~? どうかなぁ~、ご飯食べるかな~?」



 沙織さんもそう言いながら立ち上がるとキッチンへ向かう。



「今夜は何に~しようかな~♪」



 キッチンのあるダイニングから、沙織さんの鼻歌の様な独り言が聞こえる。



 この二人、異星人の襲来だというのに、結構のんびりしてるんだな。


 その為にセレスティアさんが支度して来ると言うのに……。


 悠菜はいつも淡々と行動するタイプだけどさ。


 まあ、それを言ったら沙織さんも慌てて行動するタイプじゃないか。


 いつも、おっとりした感じだし。



 そう思いながら悠菜の出て行った方を眺めていると、彼女はそのまま生垣へ向かって歩いて行く。


 勿論あの生垣の向こうは俺の家に繋がって居る。


 きっと、俺の母親に頼まれているプランターの水やりだろう。


 朝晩毎日ご苦労様です。


 本当に感謝している。


 悠菜は、やっぱ凄いわ。


 間違い無くいいお嫁さんになるよ。



 

 その後は暫くテレビを眺めていたが、ふと携帯を見ると既に六時を過ぎていた。

 

 愛美の帰り、少し遅くないか?


 今日、セレスティアが来る事は愛美あいつも知っている筈だ。



 あ、そう言えば……。


 愛美あいつ速攻で帰って来るから、とか言って無かったっけ?

 

 昨日の夜、そんな事を言ってたと思う。



「沙織さーん! そう言えば昨日の夜、愛美が今日は速攻で帰って来るって言ってた!」


「あ~そ~なのね~? じゃあ、そろそろかな~?」



 キッチンから沙織さんが答えるが、俺は少し胸騒ぎがしてきた。


 俺は携帯の画面を震える指でスライドし、愛美の携帯へ発信した。


 呼び出し音は緊張感のない今流行りのポップスに変更されている。


 未だに曲が流れているが、中々電話には出ない。


 電話に出られない状況だという事か?

 

 何やってるんだよ愛美あいつは……。


 俺は、たまらずソファーから立ち上がる。


 そして、意味も無くリビング内を歩き出した。


 だだっ広いリビングは意味も無く歩くにはやはり広すぎる。


 そして不安はどんどんと大きくなる。


 どうしたんだ?


 何かあったのか?



「沙織さん、ちょっと出かけて来る!」



 玄関へ向かいながら、キッチンに居る沙織さんへ声を掛けて靴を履く。



「遅くなっちゃダメよぉ~? 気を付けてね~」


「うん! 行って来ます!」



 沙織さんからの返事が聞こえると、間髪入れずにそう言い、俺は玄関から飛び出した。


 どっちだ⁉


 脳内レーダーに愛美の位置情報が記された。


 あいつは駅付近に居る様だが、こっちへ向かって来る気配は無い。

 

 あいつ……駅で何してんだっ⁉



 俺はさっき帰りに通って来た道を駆け戻る。


 勿論普段から使っている道でもある。


 日中に焼けたアスファルトの上を、更に全力で走ろうとして不意にビクッとした。


 うわっ!


 車道を走行中の車を数台、いとも簡単に追い抜いてしまったのだ。


 ……な、何だと?


 どうなってんの、俺ーっ!



 おもむろに立ち止まって自分の様子を伺う。


 脳内に自分のモノらしきステータスが表示された。


 良く分からんが、リミッター解除項目に数値の変化があった。


 もしかしたらだが、普段はリミッターが働いている様だ。


 ど、どういう事⁉


 その場で軽くジャンプしてみると、グンッと身体が上へと移動した。


 一瞬でかなりな高さまで上がり、その視界に駅ビルを捉えた。


 その時、脳内の情報が地表からの距離を表すと同時に、重力に対応した手段が幾つか表示された。



 さ、三十メートルーっ⁉


 どうしたものかと思ったのもつかの間、俺の身体は地表へ落下を始めた。



「うわっ!」



 瞬時に脳内に落下速度が表示され、地表まで三秒弱だと理解した。 


 落下速度が一秒で二十三メートル⁉


 下には見上げている人が数名見えた。


 ヤバいっ!


 そう思ったと同時に、俺は元の歩道へと着地を覚悟した。


 三秒足らずではどうしようもない。


 あ、いや、一時間あったとしても、俺にはここからの対処は思いつかないが。



 だが突如、意図せずとも自分の状況とその対処を、俺の中の何かが行った様だ。


 タンっとアスファルトを叩いた様な音はしたが、俺の身体には何も衝撃は無い。



 な、何とも無いのか⁉


 こ、これが俺の能力⁉


 こ、これがハイブリッド⁉



 辺りを見廻すと、不思議そうな表情をしてこちらを見ている何人かの人と目が合った。


 この人達は突然何処からともなく飛び降りて来たこの俺を、当然不思議に思っているのだろう。



 まあ、そりゃそうだよね?


 上から見た時に見上げていた人の位置は、勿論脳内で把握している。


 あの人とあの人と……げっ、あの人携帯で動画撮って無いか⁉


 ヤバいと感じたその瞬間、バチッっと静電気の様な音が辺りに響いた。


 どうやら、電子機器に障害を与えたのだと不思議と感じ取れた。



 あちゃっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!


 この場から急いで離れなければいけない。



 俺は咄嗟に全速力で駅へ走った。


 走行中の車を何台も抜き去るが、この際どうでもいい。


 駅に愛美が居ると確信している俺は、弾かれた様に更に速度を上げた。

 

 直ぐに駅に到着すると、辺りを見回すが愛美は見当たらない。


 確かにこの辺に居た筈なんだけどっ⁉


 どうしようもない歯がゆさが押し寄せる。


 愛美あいつに、何が起きているんだろうか。


 もしや、事故⁉


 嫌な事を考えた瞬間、その時だった。


 俺は袖を引っ張られる感触がしてそっちを見た。


 え?


 悠菜?



「ど、どうした⁉」



 思わず、そう言ってしまった。


 無表情で悠菜が立っている。


 俺の袖を掴み、いつもの表情でこっちを見ている。



「大丈夫?」



 悠菜はそう聞いてきたが、俺の焦った感情とはかなり温度差を感じた。


 大丈夫と俺に聞いてきたが、俺が心配しているのは愛美であって、俺自身では無い。


 え?


 俺に大丈夫って?


 しかも、何で悠菜こいつがここに居るんだ?

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