第2話 俺も初恋の人も幼馴染も異世界人でした。

 その後、食事を済ませた俺達は大学のロビーに来ていた。


 次の説明会迄にはまだ時間があり、俺はスマホを弄りながら過ごしている。


 鈴木も俺の横でスマホを観ていたが、この感じは高校生活と変わりが無い。


 すると、急に悠菜が俺を見てぽつんと言う。



「今のうちに伝えておく」


「ん?」


「今日の午後六時に家族会議」


「へ? 家族会議?」



 悠菜はこくんと頷いた後、大きな黒ぶち眼鏡をくいっと直した。


 こいつ、中学入ってから眼鏡かけ始めたんだっけかな?


 元々は可愛い顔してたんだと思うけど……。


 うん、やっぱ眼鏡無い方が可愛いと思う。


 そう思ってまじまじと悠菜の顔を見ていると、鈴木がくらいついて来た。



「何だよ、霧島! 悠菜さんと家族会議ってどういう事だよ!」


「俺が知るかよっ!」


「家族会議って家族がするんだぞ?」


「う……まぁ……な」



 まあ、鈴木こいつの言う通りだ。


 いくら幼馴染でも家族会議は無いだろう。


 だが、待てよ?

 

 今は沙織さんに色々お世話をして貰っているし、当然なのかも知れないな。


 そして、今は悠菜とほぼ同居の様に暮らしてるとは、鈴木こいつには言い難い。


 絶対に大騒ぎするに違いない。


 そして絶対に家に来ると言うだろう。



「あー今はまあ、色々あるんだよ」


「な、なんだと? 本当ですか、悠菜さん!」



 だが、そんな鈴木の突っ込みには無反応のまま悠菜は言う。



「時間厳守」


「え? あ、はい」


「ゆ、ゆうなさーん……」



 スルーされている鈴木は可哀そうだが、俺は帰ったら家族会議らしい。


 一体その目的とは何だろうか。


 その後は家族会議の事ばかりをあれこれ考えてしまっていた。



  ♢  



「絶対あの教授、悠菜さんを変な目で見てたってば!」


「ん? そうかぁ?」



 鈴木が言うには、最後の講義説明会に来ていた教授の一人が、悠菜を変な目で見ていたと言う。


 最後まで説明を聞かずに悠菜と二人途中退席したのだが、その時に間違いなく悠菜を変な様子で見ていたと言うのだ。


 だが、実際に何かされた訳でもないし、今となってはどうでもいい。


 最後の講義説明会は鈴木の付き合いで行ってはみたが、俺は恐らく受講しないと思って途中で出て来たのだ。


 他の講義と被る事が多くて、単位が取れそうも無いのだ。



「でも応用言語学だっけ? 多分俺は受けないぞ?」


「え? そうなのか?」


「ああ、他と被り過ぎだった。んじゃ鈴木、俺はこれから時間厳守の会議だから! またなー」


「お、おう……。悠菜さんもまたね!」



 午後の手続きやらを済ませた俺達は、寂しそうにしていた鈴木と別れた。


 まあ、初日早々お前とつるんでる訳にもいかないのだよ。

 

 しかし、家族会議って他の人もやってるものなのか?

 

 今まで生きてきて、会議ってものに縁が無かった。


 会議って、会社の偉い人がやってるイメージじゃない?



「悠菜、家族会議って、愛美達は知ってるの?」


「伝達済み」


「そっかー」



 両親は不在ではあるが、うちら霧島家と影浦家との、言わば合同家族会議ってわけかな?


 まあ、二つの家族の共同生活みたいなものだし、やはりやっておくべきだろう。


 一方的にこちらがお世話になっているわけだけど。


 ま、俺達は家族みたいなものだしな。


 普通の家庭環境であれば、大抵の親は子供二人を同級生の親に預けて、両親揃って海外赴任とかしないだろう。


 そして何か重大な問題でも無ければ、家族会議等やらないものなのかも知れない。


 だが、幼馴染の悠菜はお年頃の女子大生だしな。


 しかも沙織さんの親戚の子で、愛美と同級の蜜柑みかんもいる。


 家族同然とは言っても、俺みたいな男と今は一緒に暮らしてる訳だから、沙織さんが心配しても不思議じゃない。


 これって、ハーレム⁉


 いやいや、俺は悠菜に対して変な事を考えた事は無いし、蜜柑とも妹の様に接している。


 沙織さんを好きと言う気持ちは抑えられないのだが……。


 ともかく、皆とは家族として一緒に居る訳よ。


 悠菜を妹とは思えないが、姉としてなら十分そう思えたりもするのだ。


 だが、いくら幼馴染とは言えお互いに大学生になった訳だし、これだけ一緒に居るとなると、これからは色々制約が必要なのかも知れない。


 お互いにお年頃だしな。



「あ、そうだ! 昼は助けてくれたんだよね? ありがとう」


「え?」



 歩きながら悠菜にそう言うが、彼女は記憶にない様だ。


 だが、間違いなくあれは守ってくれていた。



「ほら、トレイを支えてくれた……」


「ああ、問題ない」



 思い出したかのようにそう言うと、そのままいつもの無表情のまま、何事もなかったかのように歩いている。まあ、これがいつもの悠菜だ。



 ♢  



 俺達が家に着くと、既に帰宅していた妹の愛美と蜜柑がリビングのソファーでくつろいでいる様だ。


 だが、直ぐに変な違和感を感じた俺は何気なく愛美を見た。



「あ、お兄ちゃん、お姉ちゃん! おかえりなさ~い」


「お? お二人様お帰りー!」


「ただいま……っ!」



 ――っ⁉


 こいつ下着か⁉


 生腹なまはら生腿なまももだぞ⁉


 おへそ見えてますけどーっ⁉


 袋とじのグラビアアイドルじゃねーか!


 あ……いや、水着だ。


 愛美こいつは、水着でアイスをくわえている。


 めっちゃくつろぎ過ぎだろ!



「お前、何で水着でいるんだよ!」


「そうだっ! 大学どうだった⁉ 学食美味しかった?」



 そこが知りたいのか?


 それしか興味は無いのか?


 蜜柑は横で苦笑いしてる。



「うん、まあ、フードコートがあって……」


「え? フードコート?」


「あ、誰でも入れるっぽいよ……てか、なんで水着なんだよ!」


「ホントにっ⁉ 行ってみたいっ! みかんっ! 週末行こうよっ!」


「あ、うん!」



 愛美は目を輝かせて食いついてきた。


 どうして水着で居るのかを、俺に答える気は無いらしい。


 間違いなくフードコートしか聞こえてないな。


 だが、俺はその水着がどうしても気になる。


 ちょっとドキッとしちまったしな。


 どうしてこいつはリビングで水着で居るんだ?



「いや待て、どうして水着なんだよ!」


「あ、これ可愛いでしょ~? 夏先取り!」


「先取りって何だよ……まだ四月ですけど?」


「今の時期って安いんだよね~買っちゃった! どお?」



 そう言って、愛美は水着グラビアの様なポーズをとっている。


 まあ、可愛い事は認めるが、色気もスタイルも沙織さんの勝ち。


 胸だってお尻だって沙織さんの比ではない。


 お前はいつまで経っても妹の範囲は越えない。



「どおって……まあ、いいんじゃないか?」



 だが、こいつ、いつの間にかこんなに成長していたのか……。


 胸もあんなにあったっけ?


 これを見て、愛美の同級生の男連中はどう思うんだ?


 駄目だ、こいつに彼氏が出来たりしても、それを認める事など想像出来ない。



「ちょ、ちょっとお兄ちゃん⁉ 見過ぎだってば!」



 愛美がソファーのクッションをこっちに投げつけると、それは見事に俺の顔面を直撃した……筈なのだが、意外にも俺はそれを受け止めた。



「おっ⁉」



 見た⁉


 今の俺、めっちゃ凄い反射神経じゃね⁉



「うっ、避けたなっ!」


「な、なんだよ」


「今さっき、変な目だった! 絶対エロい事思ってたでしょ!?」


「いやいやいや、無いってば!」


「襲われる前に着替えよう! みかん行こっ!」


「襲う訳ねーだろっ!」



 愛美はバタバタと二階の部屋へ駆け上がって行った。


 そして、その後を蜜柑が追いかけて行く。


 全く……俺のタイプは沙織さんだつーの。


 そりゃ、少しはエロい目だったのかも知れないが、純粋に沙織さんの水着姿を想像していただけで、決して妹に発情した訳では無い。


 ん?


 待てよ?


 俺、水着姿を想像したか?


 違う……な。


 水着のその下にある、裸体なかみを想像してたかもな。


 水着は既にこの目に映っている訳だから、あえて想像等する訳は無い。


 その下を想像するのだ。


 しかも、水着も下着も大切な所だけを、大抵はしっかりと隠している。


 だからこそ、尚更その下を想像してしまうのだ。


 では、短いスカートをはいた女の子を見た時はどうだ?


 その太ももの付け根の、更にその奥を想像しないか?


 そして、チラッと見えた下着に、何かこう熱いモノが込み上げる。


 そうなのだ。


 下着が見えない時は下着を、下着で居る時には裸体はだかを……。


 だが、裸体はだかを見た時はどうだ?


 その下の中身を想像するか?


 皮下組織等を想像するわけは無いでしょ?


 ましてや、内臓を想像して何が楽しい? 


 レントゲン撮影みたいな骨格を想像するだなんて論外でしょ? 


 そうでは無く、きっとその裸体からだに触れた想像をする筈だ。


 素肌に触れた想像するよね⁉


 視覚の想像から触覚の想像……。


 こ、これはっ!


 妙な方程式を発見した気分だ!


 もしかしたらこれは大発見では無いか?


 まだまだ不完全ではあるが、ここに何か凄い仕組みがある筈だ!


 これは時間のある時にでも更に探求しないとだな!


 新たな発見があったら皆さんにもご報告しよう!


 その時は是非ともご清聴を。


 あ、その時の指定は十五ですか? もしくは十八ですか?



 ♢  



 時刻は間もなく午後六時になろうとしていた。


 我が家初の家族会議が遂に始まるのだ。


 部屋着に着替えた愛美も降りて来たし、後は沙織さんが来たら会議の開始だな。


 この家族でただ一人の保護者は、悠菜の母親である沙織さんだ。


 やっぱり悠菜との生活において、色々と制約とかを決めて置く事があるんだろうな。


 誓約書とか書かされるんだろうか。


 水着で居ると俺に襲われるから、水着や下着は禁止だとか言うのかもな。


 まあ、悠菜とはそんな間違いは無い。


 絶対ない。



「ごめんねぇ~、悠斗くん。愛美ちゃんも蜜柑ちゃんもお待たせぇ~」



 パタパタとスリッパの音をさせて、沙織さんがキッチンの奥からリビングへ入ってきた。



「よいしょっと」



 そしてソファーへ軽く腰掛ける。ヤバい。ドキドキして来た。



「えとね~まずは悠斗くん、今月お誕生日ですよね~」


「え? ええ、まあ」



 あ、お誕生会の相談か?


 まさか、家族会議ってこの件?


 まさかだよね?


『悠斗君も一つ大人になったし、異性としてちゃんと決め事しておきましょうね~』


 とか言い出すのかも?



「うんうん。でね~? これから大切なお話があるの~」



 このおっとりとした口調で大切なって言われても、全く緊張感はないのだが。


 まあ、言い難いのかもな。


 この中で男は俺だけだし、年頃の女の子が二人と、まだまだ若い沙織さんだもん。


 やっぱり、異性としての同居に関する注意事項とかだろうな。


 ま、俺が遠慮して生活すればこの同居生活も円満に過ごせるだろう。



「愛美ちゃんも、心して聞いてね」


「はーい」



 愛美は沙織さんと話していると、若干その口調が沙織さんに似てしまうところがある。


 そんな愛美と蜜柑も高二だしな。


 女の子の方が、性の成長は早いと聞く。


 二人にも色々話しておくんだろうな。


 さっきみたいに、水着で家の中でくつろがないとか。


 まるで、俺が襲うみたいじゃん!


 まあ、仕方が無いか。



「実は悠斗くんの事です」



 やっぱり……想像通りか。



「あ、はい……何と無く気付いてました」


「え? そうなの⁉」


「う、うん……やっぱさ、男は俺だけだし……」


「え? あ、うん、そうね~悠斗くんは男の子ですよね~」


「はい……」



 やっぱりか。


 まあ、これまでは悠菜に異性をあまり感じては居なかったけど、大学に入ってからは、今日みたいな綺麗な女性とも会う機会が多くなる訳だ。


 悠菜だってお年頃の女子大生って訳だもんな~。


 もしかしたら、悠菜の方が意識し始めてるとか?


 女の方がその辺りの成長は早いし、表情には出さないけどちょっとあれか?


 異性である俺が居ると気になって、大学の勉強が手につかないとか?


 それならあり得る……。


 で、どんな感じで話すんだろうな、沙織さん。



「実は……悠斗くんはね、私達との間に出来た男の子だったの」


「え……へ?」



 何言いだすの?


 沙織さんとの子供?


 えっ?


 私達って沙織さんと誰⁉ 旦那さん⁉


 その言葉に俺は文字通り絶句した。


 実の母親に恋してたってわけっ⁉


 そして沙織さんへの淡い恋も儚く消えた。



「悠斗くんは、異世界エランドールで生まれてこっちへ来たの~」


「は、はい? えらん……どーる?」



 さっき、私たちとの間に出来た子供って言ったよな⁉


 私達って、沙織さんと誰?


 エランドールって何処なのそれ!


 外国? 頭の中がぐるぐる回る感じ。思考がついて行けない。


 てか、沙織さんがお母さん?


 こんな綺麗で、俺の中では憧れの女性ナンバーワンの沙織さんが、お、俺の母親だと⁉


 急に全身が震えて来た。


 心臓がバクバクしている。


 俺のお母さんって事は……あ、あそこから生まれたのか……。


 思わず沙織さんのお腹辺りを見てしまった。


 そして、おへその下へとその視線は下がる。


 記憶を呼び起こせ!


 脳裏を片っ端から掻き寄せて、その記憶を蘇らせろ!


 おまえは、あそこを一度はその目に見ている筈だ!


 漲れシナプス!


 俺は更に沙織さんの股間を凝視してしまうが、慌ててその視線を外すと沙織さんの顔を見直した。


 至って真面目な表情だ。


 冗談では無さそうである。



「さ、沙織さんが俺のお母さん? お父さんは誰?」


「ん~そう言うのじゃないの~」


「え? ど、どう言う事?」


「驚くのも無理ないのよ~? だって、あっちで産まれて直ぐにこちらのご両親に育てられたのだから」


「あっちって……えらんどーる?」



 愛美もびっくりして絶句している。


 蜜柑だって……あら?


 蜜柑こいつあまり表情は変えてないじゃん。


 悠菜はいつもの無表情でこちらを見ている。


 そして、俺はまだ産道を思い出せない……。


 思い出したいのは主に出口である。


 沙織さんのあそこががが!


 いや、待て。


 落ち着け俺。


 そう言うのじゃないって言ってたよな?


 でも、それってどういう事?



「本当の親が沙織さんて事じゃ無いのっ⁉ 悠菜が本当は姉さんとか? で、愛美とは血が繋がっていないって事っ⁉ 父さんと母さんともっ⁉ 蜜柑はっ⁉」



 あ、蜜柑は最初から血縁無いじゃん。


 蜜柑みかんってのは沙織さんの家に居候している親戚の子で、日系イギリス人だったよな。


 悠菜とは従妹とか再従妹になるらしい。


 中学三年で日本に来てからは、ずっと愛美の親友でもある。



「あ、蜜柑ちゃんは本当は親戚では無いけど~そのお話は後でね~?」



 へ?


 何だかややこしくなって来たぞ?


 俺は冷静になろうとしているが頭の中がグルグル回りだし、整理出来ずに皆の顔を見廻した。


 すると突然、視界の端に色々な数値を表すログが流れた。


 すぐにそれが沙織さんと悠菜のモノだと不思議と理解出来た。


 昼間の女の人のそれとは明らかに違った染色体とDNA配列だ。


 戸惑いながら愛美を見ると彼女の数値が現れ、それは昼間の女性と酷似したものだと思える。


 それが愛美と昼間の女性は同種だと俺は理解した。


 蜜柑を見ると愛美のと似ている。


 そうすると愛美と蜜柑、昼間の女性は同種だという事か。


 だが、沙織さんと悠菜の二人の数値も明らかに違う。


 この二人は染色体が違うのだ。


 明らかに異種だと分かった。


 勿論、愛美や昼間の女性とも異種を意味している。


 ど、どう言う事だっ⁉


 すると、悠菜がゆっくり答え始めた。



「私と沙織さんは、こことは別世界から来た。簡単に言うと、悠斗は地球こっちには無い染色体と、啓子さんの染色体を使用して創られた混合種ハイブリッド



 ハ、ハイブリッド?


 俺は車かっ⁉


 あっけにとられている俺と愛美を見ながら、そのまま悠菜が続ける。



「向こうの染色体は……機密事項」



 染色体とか、なに?


 あ、聞いた事あるぞ……試験管ベビー?


 て、ことは、沙織さんのあそこは、俺……見てないのか?


 急に脱力感が……。


 あれだけ記憶を呼び起こそうとしていた俺って、一体……。


 いや待て、試験管受精だとしても子宮提供者が居る筈だ……。


 その人のお腹で育てる訳だろ?


 俺を誰が産んだ訳⁉


 異世界の人?


 俺を見つめていた沙織さんは、ソファーに座りなおすとゆっくり話し始めた。



「あの頃ね……愛美ちゃんのお母さんは、赤ちゃんが出来ない病気でね。とても辛そうだったの」



 え?


 俺の母さんが不妊の病気?


 嘘でしょ?


 だって、愛美を生んでるじゃん?


 愛美は真っすぐに沙織さんを見ている。


 すると彼女は又、ゆっくりと話を続けた。



「その辛い感情を知ってしまった私は、啓子さんの希望通り男の子を授ける事にしたの。でも、結果的にはお母さんを利用してしまったのも事実。私たちの研究の為と言う名目をつけて……」


「え……利用って……」


「でもね、幼い悠斗くんを育てている内に、お母さんの何かが変化したの。いつの間にか病気が確認出来なくなっていて、それから無事に生まれたのが愛美ちゃん」


「そんな……」


「私たちは、そのお母さんの病気が完治したのは、悠斗くんに関係していると認識しているの」


「え、俺っ⁉ 何でっ⁉」



 俺に関係している?


 どういうこと?



「何か特殊な要因かな~? その辺りも調べてみたいけど~」


「そうだったんだ! 沙織さん、お母さんを助けてくれたんだね!」



 そう言って愛美は歓喜の声を上げるが、まあ、そうなんだよな。


 子供が出来なくて辛い思いで居た母さんに、沙織さんが異世界で生まれた俺を授けたって事だからな。


 しかし……そうだったのか……。


 本当の母さんと父さんだと思って、これまで過ごして来たこの俺は何だったんだ。


 愛美だってそうだ。


 俺を生んでくれた母さんだと思っていたが、実際は俺だけが血の繋がらない異世界の人間か。


 それなのに俺は父さんに我儘言って、母さんに甘えて、愛美に兄貴面してこれまで生きてきた。


 知っていたら、もっとちゃんと出来たはずだ……。


 自然に涙が溢れて来る。


 もっと、父さんや母さんに育ててくれた事を感謝して、愛美にだってちゃんと兄らしく出来たかも知れない。


 両親は赤の他人の子、しかも異世界の子供を我が子の様に可愛がって育ててくれた。


 例え、子供が出来なかった間であっても……。


 いや、愛美という実子が生まれてからも、変わらない愛を俺に与えてくれて来た。


 実の子供である愛美が産まれてからは、他人の子供の俺に対して本心はどうだったのだろう。もしかしたら……邪魔になった筈だ。


 そんな事実……俺は何にも知らないで……。



「な、何か……ごめんよ、愛美」


「え? どうしてお兄ちゃんが謝るの?」


「だって、本当の兄貴じゃ無いだろ……」


「え? どうして⁉ お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんでしょ⁉ ねえ、沙織さん、そうでしょ⁉」



 沙織さんは横に座る悠菜と、その顔を見合わせた。



「悠斗君、そう言う時はごめんじゃ無くて、ありがとうですよ~」


「え……?」


「悠斗君は愛美ちゃんに、もっと兄らしい事が出来なかったかな~って思って謝ったのよね~?」


「あ、うん……」


「それでしたら、こんな自分でも兄と思ってくれてありがと~って感謝の言葉が良いのですよ~」


「そ、そうだろうけど……俺が居なかったら父さんや母さんを……その独り占めって言うか……」


「何言ってんのお兄ちゃん! そんな事考える訳ないじゃん! 馬鹿なのっ⁉」


「愛美……」


「悠斗君は~愛美ちゃんの事は悠斗君が良く分かっている筈です~」


「あ、ああ……ありがとう愛美……」



 謝罪よりも感謝か……。


 それは理解出来た。


 でも、血縁が無いと知って俺は動揺を隠せない。


 どうやってこれから一緒に生活したらいいのか。


 そもそも、一緒に生活出来るのか?



「でも、俺とは血が繋がって無いんだぞ? 俺は異世界で生まれて連れて来られたんだぞ?」


「で、でも……お兄ちゃんじゃん……」


「ああ、義理の兄って奴か……」


「違うよっ! お兄ちゃんは本当のお兄ちゃんだよっ!」


「そうですっ! お兄ちゃんはお兄ちゃんですっ!」



 急に声を荒げた愛美と蜜柑を見ると、二人の目には涙が溢れぼろぼろと零れていた。


 それを見て、俺は自分が何て酷い事を言っているのかに気付かされた。



「あ、ご、ごめん……」


「でも悠斗君は、啓子さんの染色体を使用してるので~愛美ちゃんとはある意味、血縁関係って事かな~?」



 沙織さんはそう言って、優しく愛美に寄り添った。



「うん、うんそうだよね……お兄ちゃんだよね?」


「ええ、悠斗くんは愛美ちゃんのお兄ちゃんですよ~」


「そうだよな、ごめんよ、愛美。蜜柑もごめん!」


「うん……」



 俺は何をこだわってるんだ。


 愛美が産まれてから、ずっと俺は兄としてこいつと一緒に成長して来たじゃないか。


 だとしたら、例え血が繋がらなくても兄は兄だろう。


 しっかりしろよ、俺。


 しかも、母さんの染色体を使ってたら他人とは言え無い。


 俺を産んだのは誰なのか?


 異世界での染色体提供者は誰だろうか?


 あ、それは機密事項と言っていたが……。


 今はとても訊ける空気じゃない。


 まあ、我が子として育ててくれた両親が、本当の親ってものだろうな。



こだわる事無いんだよな……。父さんも母さんも俺の親だし、愛美も妹に変わりはないよな」


「そうだよ! お兄ちゃんの馬鹿!」


「悪かった……」



 血縁があろうが無かろうが、両親や兄妹に変りなどある筈無い。



「一番身近で悠斗くんを観察するために、悠菜ユーナちゃんがいつも傍にいたの。不測の事態に備えて常に同行する役目でね~」


 ゆーな?


 あ……。


 ふと気づいて視界端のログを見ると、悠菜のステータス情報がある。


 そこに、ユーナと明記されていた。


 悠菜はユーナだったのか!


 だから沙織さんは昔からユーナと呼んでたのか。



「それでいつも一緒にいたのか、悠菜……」



 だが、ふと気になった。悠菜は幼いころから一緒に育った記憶がある。


 悠菜は同級生だよな?


 一緒に生まれて来たんじゃないのか?



「悠菜はちいさいころから一緒にいたよね?」


悠菜ユーナちゃんはね、悠斗くんが生まれた時に、同じ様に姿を幼く変えていたの」


「え……マジか⁉」


「本当は悠斗くんよりも、ずっとお姉さんなのよ~?」



 そんなことも出来るんだな、異世界の人って。


 沙織さんはニコニコと笑って言うが、悠菜は相変わらず無表情だ。



「待って……じゃあ、悠菜の母親って沙織さんじゃないの?」


「ええ、本当は違うの~」


「そ……そうだったのか」



 どうりで違和感があった訳だ。


 昔から悠菜は沙織さんって呼んでたし、沙織さんの事を悠菜のお母さんと呼んだ他の子は、後でキッチリと悠菜に注意されてた。


 しかし、悠菜の母親じゃ無いって知って居たら、俺は本気で沙織さんを好きになっていたかも知れない……いや、駄目じゃん!


 沙織さんは俺をつくったんだっけ……ある意味母親じゃん?



「じゃさ、あたしのお父さんもこの事知ってるの?」



 愛美が心配そうな表情で聞いた。



「ええ。悠斗くんを預ける時から了承してるの」


「そうだったんだぁ~」


「悠斗くんとの生活が始まってから暫くすると、お母さんの身体の具合がよくなって……そうね、愛美ちゃんが生まれた頃には、絶対的な協力をお父さんの方から改めて約束して下さったわ」


「そっかぁ~じゃあ、ま、いっか」


 

 愛美おまえ軽いな、おい。


 だがこれで両親が沙織さんに対して、異様とも思える絶対的な信頼をしているのが納得できた。


 なんせ、異世界の人だもんな。


 悠菜に対してもそうだ。


 父さんは昔から悠菜の事を、悠菜さんと呼んでいた。


 小学校の頃、いや幼稚園の頃もそうだったと思う。


 子供ながらに異常だと感じてたんですよ。



「私たちは、悠斗くんが十八歳を過ぎてその時が来たら、この事をあなた達二人に打ち明けることを決めていたの~」


 なるほどね。


 俺で十八歳で妹は十六歳ね。


 つーか、俺はもう十九になるんですけど?


 ……まあ正解でしょうな。


 愛美は俺よりもしっかりしてるし……。


 ちょっとした劣等感を感じる。


 しかし、凄い告白カミングアウトだな。


 これからの人生激変めっちゃかわるだろうな。


 でも、どうかわるんだろうか。


 羽が生えるわけでもないし、見た目が変わらないと普通の人とその違いがわからん。


 特に何も変わらないんじゃないか?


 今までも普通に生活していた訳だし、これを知ったからと言って、何か特別に俺に何かある訳じゃないもんな。



「そう言えば、悠菜のお父さんが居ないってのは、俺なりに気になった事もあったよ」


「あ~やっぱり? ここでは父親と母親が必要ですものね~」



 沙織さんは納得したように頷いた。


 ここではって地球って事?


 異世界じゃ男も女も無いの?


 未だに異世界って所が理解出来ない。



「それに、父さんや母さんの沙織さん達への対応もさ。妙に信頼してたって言うか、沙織さんに頭が上がらないって言うか……」


「あら、そうなの~?」


「俺、沙織さんが昔はレディースの総長かもとか思ってたし」


「え~? レディース?」



 沙織さんは首を傾げたが、愛美はその身を乗り出した。



「そう! あたしもさ、お父さんがお姉ちゃんの事を、悠菜さんって呼ぶからさ~そこは気になってたんだよね~」


「だろー?」


「ユーナちゃん、レディースって何かしら~」



 しかしまあ、沙織さんの旦那さんが先に死んだとか、離婚したとかそう言うのじゃなくて良かった。



「で、沙織さん。俺はどうしたらいいの?」


「どうって? そうね~悠斗くん次第じゃないかな~?」


「俺次第って……」


「例えば、愛美ちゃんは将来どうしたいの~?」



 沙織さんは相変わらずニコニコと緊張感のない笑顔で愛美に聞くが、愛美こいつに訊いていいのか?


 絶対に俺の質問から外れる気がする。



「え? あたし?」


「うんうん~」


「大学はまだ特に決めてないけど。今は高校が楽しいかな~」


「それはいいわね~」


「でも、結局はお兄ちゃんと同じ大学かな~フードコート気になるし!」



 ほら、そのまま進路相談になってるし。


 てか、大学を学食で決めるのか!


 しかし、沙織さんは天然要素もたっぷりだからな。


 やはり俺の疑問から大きく外れた。



「いや、そうじゃなくてね。この事を知ってから、これからはどうしたら良いかって事なんだけど……」


「それは悠斗くんが思うようにしたらいいと思うよ~」


「思う様に?」


「ご両親は悠斗くんが成人した時に、将来は自分で決めさせるって言ってましたけど~?」


「そうなんだ……」


「ええ~私たちはそれを見届ける義務があるだけ~」



 なるほど。創造した者ゆえの義務か。


 まあ、半分は母さんの物は変わりないしな。


 俺からしてみれば、父さんに対しても育てて貰った恩がある。


 こっちに授けられた以上、父さんと母さんが俺の両親に変わりはない。



「ところで、その、俺を産んだのって誰なの?」


「あ~こちらの出産とはかなり概念が違っていて~」


「え? どういう事?」



 概念が違うと言われても想像は出来ないが、どうやって生まれたのかは知りたくもある。



「悠斗くんは~私が生まれた様に生まれたって言う方が近いかな~」


「えっと、沙織さんが生まれた様に? 分かんない……」


「そもそも、雌雄という概念が無いの」


「え?」



 どういう事だ?


 雌雄が無いとは?


 アメーバみたいな奴?


 沙織さんを見る限りそうは見えないけど?


 ありえねぇ……(涙目



「こっちで言うと……大きな木と泉って感じかな~?」


「へ?」



 木と泉?


 それが俺を産んだの?


 まさかね。


 全く理解が出来無い。


 ダメだ。


 今は色々滅茶苦茶な情報が入り過ぎて更に混乱して来る。



「見てみたいよね~やっぱり……」


「う、うん……見てみたい」


「ちょっとだけ行って見ようか~」


「えっ⁉ そ、そんな簡単に行けるのっ⁉」



 そんな、異世界ですよねっ⁉ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る