07話.[驚きはしないさ]

「んあっ……やべ」


 ポケットに入れたままだったスマホを確認してみたら既に0時を過ぎていた。

 しかも場所は客間だ、俺は杉浦がいる場所で寝てしまったという失敗を犯した。


「あれ……って馬鹿かよ、風邪引くだろ」


 自分はかけずにこちらに布団をかけるなんてさ。

 もちろんこのままここにはいられないから布団をかけてから出ようとしてできなかった。


「……起きたのね」

「悪い、まさか寝落ちするとは思わなくてな」

「ん……しょっと、少し話しましょう」


 これは間違いなく先程の話の続きをされることだろう。

 まあいいか、聞いてやるぐらいならできると何度も口にしていたんだから。

 だからどっしり構えて聞いてやろうじゃないか、どんなのがきても驚きはしないさ。


「悪いな、寒かっただろ?」

「敷布団があったから大丈夫よ」


 さあこい、覚悟を決めている内に言ってくれ。

 そうしないとどんどんと揺らいでいくし、覚悟を決めたのに結局話をしてくれませんでしたじゃなんだそりゃって気持ちになってしまうから。

 もういまとなっては気になっていて知らないまま寝るわけにもいかない、違うな、いまのこの状態のままだと徹夜が決まってしまうからはっきりしてほしい。


「言えよ、次は聞くから」

「うん、私の兄のことなんだけど」


 兄が暴力を振るってきているとかそういうのだろうか?

 もしそうならなるべく逃してやることはできるが、そういうのは家に帰る時間を遅くすればするほどより過激になっていくものだから難しいところだ。

 助けているつもりでいても逆効果だった、なんてことになりかねない。


「実は、兄が私の父親なのよ」

「は……え?」

「まあ、兄が血の繋がった母と……ってことね」


 彼女はその後に「本当の父はそれで出ていったわ」と答えてくれたが、流石にこれはすぐに理解ができる領域の話ではない。


「そういうのもあるのかもしれないけど、兄は異常なほど優しいの」

「え、いや、それをどうやって知ったんだ?」

「中学校を卒業したときに母が教えてくれたわ」


 そんな情報いらねえだろ……。

 隠しておくより自分達が引っかからないからそうしたのか?


「だから珠樹ちゃん達みたいに血の繋がっていない家族、というわけではないのよ」

「……どうしてそれを俺に言ってくれようとしたんだ?」

「自分だけが知っているとどうにかなりそうだったからあんたに言えば多少はって……」


 いいか、内容はともかく信用してくれたということなんだから。


「紅茶でも飲もうぜ、リビングに行こう」

「……ごめん、利用する形になっちゃって」

「いや、俺でも吐いて少しはすっきりしたくなっただろうからな」


 そんな事実が分かっていたら健二や文に言って迷惑をかけていたことだろうな。

 幸い、実は母の子じゃないとかそういうのはないから至って平和だが。


「ほい」

「ありがと」


 ずずっと飲んで自分を落ち着かせる。

 よくそれで普通にいられているもんだ、彼女は強い。

 だって珠樹とか雫で言えば俺が父ってことになるんだぜ? やばいだろ。

 ただひとつ言えることは、それがなければ生まれることができなかったということだ。


「……どんな理由であれ俺は杉浦と会えて嬉しかったぜ」

「なんで急に?」

「いやほらっ、……兄さんがまあそうしてなかったらさ」

「はは、そう言ってもらえるとありがたいわね」


 紅茶って美味しいな、こういうときじゃなければもっといいんだろうな。

 どちらかと言えばコーヒーの方が好きだから避けていたがもったいなかった。


「よし、寝るか」

「うん、おやすみ」

「朝、荷物を取りに行くときは遠慮しないで起こせよ、ひとりじゃ行きにくいだろ?」

「さすがにそこまではできないわよ」

「そうか? ま、不安なら起こしてくれればいいから」


 寝よう寝よう、寝てしまおう。

 いまはリセットすることが大切だ。


「にしても……」


 そりゃ家にいたくなくなるわな。

 あくまで普通に対応される方が厳しいものがある。

 まだ彼女の兄が母に無理やりだったら良くはないがまあいいとして、母の方からだったり単純に愛情からだったりしたら致命的だろそれはもう。


「……な、中田」

「眠れないのか?」

「寝られるまでいて……」

「いいぞ、じゃあ一階に行くか」


 先に言ってくれればよかったんだが……。

 いやいや、いまはとにかく普通に戻せるように努力をしないといけない。

 一緒にいれば寝られるということならとことん付き合ってやるよ。


「……一方的にだけど言えて楽になったわ、ありがとう」

「おう」

「……おやすみ」

「おやすみ」


 の前に布団だけ引っ張り出してきて自分にかけておいた。

 多分精神的に疲れているだろうからすぐに寝てくれるだろうが、最近は夜になると結構冷えるようになってきたから対策しておいて損はない。

 風邪を引いたらもったいないからな。

 それに出てくるぐらいだから一緒にいてやる必要があると思うんだ。


「寝たか」


 こうなったら長居したら不味いから部屋へ戻る。

 これもまた情報がいって文に怒られることになるのかねえと。

 まあ悪いことはしていないから堂々としていようと決めたのだった。




「な、中田、起きて」

「ん……おぉ、取りに行きたいのか?」


 リビングで寝てやればよかったといまさら気づいた。

 だって二階には上がってきづらいだろうし、ちょっと考えが足りなかったな。


「うん、やっぱりなんかひとりだと行く気が起きなくて」

「それじゃあ行くか」


 曖昧な季節なのもあって外はなんとも言えない気温だった。

 暗いわけでも明るいわけでもない、太陽が活発的でもない。

 先程から全く人と遭遇しないから杉浦とふたりきりの世界のような感じがしてくるものの、実際はそんなことはないことは分かっている。


「ごめん、ふたりが起きてくる前に荷物を取って出たいと思って」

「俺が起こせって言ったんだから別に謝らなくていい」


 この前から彼女は俺に謝りすぎだ。

 それだけ不安定ということなのだろうが、なんか力になってやれればいいんだが。


「ちょっと待ってて」

「おう」


 こりゃ午前中に寝ることになりそうだ。

 とはいえ、いつもより一時間ぐらい早く起きただけだからそこまでは……ないか?


「お、お待たせ」

「早いな、じゃあ戻るか」


 せっかく早く起きたのなら朝食でも作っておこう。

 昨日入浴とかはしてあるから朝に入る必要もないし。


「おはよー……」

「おはよう」

「お、おはよ」


 どうせならと手伝ってもらうことにした。

 必要なのは丁寧さだ、残念ながら俺だけでは雑なものになってしまうから仕方がない。


「どうして今日はこんなに早起きなの?」

「それはあれだ、たまにはやる気を出そうと思ってな」


 無理やり起こされたとかそんな空気が読めてないようなことは言わない。

 あんまり聞かれたくないからとある程度のところで顔を洗うためにリビングから逃げた。


「中田……」

「さっきからどうしたよ」


 顔を洗ったり歯を磨いたりしている間も彼女はなにも言わず。

 家に帰りたくない理由は分かった、だが、いまも尚そういう顔をする必要はないだろう。

 何故なら放課後までは会わなくて済むわけなんだからな。

 これは我慢して自宅にいた場合と変わらない、学校の時間が救いになるわけだ。


「戻ろうぜ、それでご飯を食べたらすぐに行こう」

「うん……」


 そこからは杉浦がいる以外は特に変わりはなかった。

 母や珠樹が下りてくる度に早起きだということを言われてなんだかなという気持ちに。


「いつもより早いからさらに新鮮な気持ちになるな」


 なんなら朝練組だってまだ家から出ていないような――それは言いすぎかもしれないがとにかく早いことには変わらないような時間帯。

 残念ながら横を歩く彼女は本調子ではないのか返事すらしてくれなかったため、朝早くからひとりで喋るやべー奴になってしまっていた。


「おい杉浦、返事ぐらいしてくれよ」

「……もう帰りたくない」

「と言われてもなあ」


 頻度が高まればきっと連れ戻そうとする。

 俺の母もいまでこそなにも言ってきていないが不満というのも溜まっていくものだろうから難しい。

 継続して家に泊まらせるのは俺が彼女のことが好きで心配で心配で仕方がないという状態じゃないと駄目だろう。


「えっと、母親と兄のことが嫌いなのか?」

「知らされるまでは嫌いじゃなかったわ、でももう気持ちが悪く見えて仕方がないのよ。自分すらも汚れているんじゃないかってそんな風に思えてきて……」

「……ふたりは仲がいいのか?」

「そうね」


 うーん、聞いた話だけで判断すると確かに帰りたくなくなるかもしれない。

 とはいえ、やはり変わらないことだ、連日泊まらせるなんて不可能なこと。

 健二が珠樹に興味を抱いていなければ言ってみるぐらいはするんだけどな。


「っと、このまま行くと早すぎるよな」


 少し時間をつぶす必要があった。

 宮里先生に相談しても家庭の事情に口出しできるわけじゃないよなあ。

 やっぱり聞くべきじゃなかったのかもしれない。

 吐き出してそれを普通に聞いてもらえたらそりゃ助けてもらいたいって気持ちになる。

 無理だと考えていても、この人なら聞いてくれるんじゃないか、みたいな感じで。


「よーう」

「お、早いな」

「まあな、朝に急ぎたくないからさ」


 俯いて黙ったままの杉浦を見て「どうしたんだ?」と聞く健二。

 意外にもあっさり説明して彼を驚かせていた。


「それじゃあ確かに家に帰りたくないよな」

「でも、ずっと泊めるなんて無理だろ?」


 それができるなら困っていないんだ。

 彼女だって嬉々として困らせたいわけがないだろう。


「よし、相談してみっかな」

「「え」」

「とりあえずは聞いてみないと話にならないからな、放課後まで待っていてくれ」


 おいおいおい、珠樹に興味があるんじゃないのか?

 いや確かに格好いいが、いいのか悪いのかこうなってくると分からなくなってくる。


「十九時で部活も終わるからそこまで待つことはできるか?」

「あ、だって……帰りたくないわけだし」

「あ、そうだな。じゃあそういうことで、あんまり期待しないで待っていてくれ」


 彼は朝練があるからと歩いていった。

 彼の背中を見つめる彼女の目がこれまでとなんか違う気がした。




「文はそうなったらどう思う?」


 帰りに会ったから話をしてみた。

 まだどうなるのかは分からないから、あくまで俺が家の事情で長期間泊まることになったらどうする的なことをしてみた。


「うーん、個人的に言わさせてもらえば泊めてあげたいけど、お金とかを払えるわけじゃないからやっぱり駄目だよね」

「そうか、そうだよなあ」

「私がバイトをしていて、もう稼ぎが十分ある状態ならまだ……って感じかな」


 自分が少し大変になるぐらいならいいけど確実に家族も巻き込むことになる。

 食費とかだって多く出すことになるわけだし、やっぱり自宅で頑張ってもらうしかないか。

 話をしたところで大抵は無理だってなるのがオチだ。

 ただまあ、いま健二を待っている杉浦的には半々という感じなのかもしれない。


「というか、泊まりに来てたんだ」

「ああ、会ったときに露骨になにかがありましたよ感を出していたからな」


 なにも聞かないで泊めてほしいと言われたのもある。

 直前にあれを聞いていたらそれでも頑張れってなった可能性も……ある、かねえ?


「文、明日って時間あるか?」

「どうして?」

「なんか気分転換がしたくてさ」

「いまからじゃ駄目なの?」

「文さえ良ければいまからでもいいんだけどな」


 予定ができて行けなかった、なんてことにもなりかねないからその方がいいか。

 本人がこう口にしてくれているということは行けるということなんだろうし。


「付き合うから行きたいところに行ってくれ」

「そうだなあ、あ、猫が見に行きたいかも」

「よし行くか」


 買うことはできないが見ているだけで癒やされる存在だ。

 向こうからしたらどうなのかは分からないものの、考えたところでしているわけだからな。

 そのときそのときで変わる矛盾まみれの生き物なのが俺だった。


「あ、マンチカンだ」

「短いのが逆に可愛いな」

「いまちょっと私を見て言わなかった? 手とか足とかそんなに短くないからっ」

「いや見てないけど、それに人のこと言えるようなレベルじゃないしな」


 人の身体的特徴を馬鹿にしたりはしない。

 いまも言ったように自分が普通程度だからだ。

 いや、仮に手足が長くて高身長でイケメンだったとしても馬鹿にするのは違う。


「アイスでも食べるか?」

「食べたいっ」

「俺が払うから気にせず食べてくれ」


 やっぱり文といるのが一番落ち着く。

 最近はよく分からない態度を取られたりもしたけどな。


「匠くんはいいの?」

「食べづらいか? 食べづらいなら買って食べるけど」

「一緒に食べよ? 大丈夫、自分の分のお金は後で払うからさ」


 一度言った手前やっぱりなしになんてできるわけないだろうが。

 ただ、食べようと言ってくれたから食べることにした。

 少し遅くなることは母に連絡してあるからこの前のようなことにはならない。

 それにアイスを食べた程度で食べられなくなるようなやわな体はしていないしな。


「人に頼られたくてなるべく動こうとしてみたんだけどさ」

「ん」

「面倒くさそうなことになると避けようとするところがあるって今日分かったんだ」


 いや、今日ではなく前々から分かっていたのかもしれない。

 だから俺にできるのは聞くことだけと保険をかけている……んだと思う。


「ふぅ、でも人間ってそういうものでしょ? 巻き込まれたくないから守るために行動すると思うけど」

「けどさ、それでも動けてしまう人間がいるんだよな」


 しかも俺の身近に、しかもそれは彼女の兄で。

 彼女だってそうだ、もう河合家にはそういう血が流れているとしか思えない。


「今朝な、健二が杉浦にある約束をしたんだ」

「杉浦さんと?」

「無理だと決めつけて諦めてもらおうとした俺とは違ってな」


 いやまあ、あれが正しいのかどうかは分からない。

 期待させないためにもあの場は無難に片付けて帰宅したら試しに聞いて見る程度がよかった可能性もある。

 だってどうしたって期待してしまうものだろ?

 杉浦はいますぐにでも自宅から逃げ出してくて仕方がないときにそんな甘いことを言われたら五分五分どころの気持ちではいられなくなるだろうから。


「やっぱり健二や文は凄えよ」

「んー、すごいと言われても……」

「まあいい、食べることに集中してくれ」


 それで食べ終えたらいつまでも連れ回しているわけにもいかないから家へと送ることに。


「たまには泊まりに来てくれてもいいんだよ?」

「今日は家でゆっくりするわ」

「そっか、あ、じゃあ連絡するから」

「分かった、気づいたときに必ず返すから送ってきてくれ」


 午前中に爆睡しなくて済んだ分、いまになって眠くなってきてしまったんだ。

 彼女の家に泊まることは緊張なんかしないから構わないものの、眠たさがMAXに近いと楽しめないからそれは今度でいい。

 いまは真剣に向き合いたいという気持ちがあるから余計に今日は避けるべきだった。

 もちろん、他の人間が気になるのなら応援するつもりでいるけどな。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「手伝うよ」

「ありがとう」


 姉妹はいないみたいだったから余計に頑張ろうと思えた。

 ただまあ、母もこれまでやってきているわけで、必要だったのかどうかは分からない。


「今日は疲れているみたいね」

「ああ、ちょいと眠くてな」

「それなら寝てきなさい、ご飯の時間になったら起こしてあげるから」

「悪い、頼むわ」


 このままだと味わって食べることもできない。

 本当に睡眠欲には逆らえないな。

 これと比べれば食欲なんて全然我慢できるレベルだ。


「はぁ」


 なるべく悪い結果になりませんように。

 杉浦は友達だからなるべく悲しくなるような感じにはなってほしくなかった。

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