06話.[行ってもいいか]
「俺は決めたぞ」
「なにを決めたんだ?」
注文するから早くしてほしい。
が、決めたのは食べ物ではなかったみたいで、彼は神妙な顔でこちらを見てくるだけ。
「珠樹ちゃんと仲良くしたい」
「あ、そういう……。まあ、珠樹が嫌がっていないならいいんじゃないか?」
「だからこの後、行ってもいいか?」
「だから本人さえ良ければいいって」
今日は珍しく昼に外に食べに来ていた。
高校での振替休日だから残念ながらすぐに珠樹達には会えないけどな。
「とりあえず食べたいものを頼めよ」
「そうだな、じゃあ俺はこの定食で」
そうか、なにかをくすぐったのかもしれないと注文を済ませてから考えていた。
確かに珠樹は最初はともかくいい子だから気に入る理由は分かる。
だからまあ、あとはやっぱり珠樹次第でしかない。
「どこを気に入ったんだ?」
「そうだな、冷静に対応できるところかな」
「なるほど」
どこか危うさがあるし、自分を、そして雫を守るために装っているだけの可能性もあるからそれ以上は言えなかった。
ちゃんと話すようになってからどうにもそういう風に見えないんだ。
あと抱え込みやすいところがあるから関わっている側が不安になる。
だからこそこの前ぽろっと吐いてくれたのは嬉しかった。
「あとは可愛いところもあるからかなあ」
「はは、気に入ってるな」
「おう、いまはとにかく仲良くなりたいな」
基本的に断らない珠樹だけどどうなるんだろうな。
まあ健二は無理強いをしたりはしないからそこだけは安心できる。
「ごちそうさまでした」
「帰るか」
「おう」
高校生になってから一気に変わってしまった気がした。
もう外で遊ぶことはせずにお金を使ってでしか遊べないのはいかがなものか。
小学生の頃なんてよく学校のグラウンドでキャッチボールをして遊んだものだが。
「はぁ、匠の家は自宅ぐらい落ち着くよ」
「特になにもないけどな」
母はいまどこかに行っているのか家にはいない。
特に話してなくても気まずいというわけではないから適当に寝転んで時間経過を待った。
今日もまずは雫が帰宅し、健二は雫とも仲良さそうに会話開始。
で、大体十七時頃にお姉ちゃんの方が帰宅――が、健二は上手く話せていなかった。
意識の違いで差があるのだとしても健二がそんなところを見せてくるとはと困惑。
「雫、たまには一緒にご飯でも作るか」
「そうだね」
文のことは知っていても健二のことはあまり知らないだろうから気づかなくても無理はない。
文が見たら絶対に笑うと思う、この前ぐらいの勢いでいればいいものを。
「お母さんはまだ帰ってこないの?」
「帰ってきたぞ、疲れたから寝てくるってさ」
「あ、そうなんだ、家事をほとんどやるって大変だよね」
自分にできる範囲だけでやっていた俺も結構疲れる毎日だったからな。
あとは単純に仕事に行かなくていいというのが調子が狂う原因なのかもしれない。
これまでひとりで頑張ってきたわけだから余計に。
「こんなものかな、手伝ってくれてありがとな」
「ううん、お手伝いできてなかったからできてよかった」
さて、問題はあのふたりではなく健二か。
「ふふ、そうなのね」
「おう」
敬語をやめているのは健二が頼んだからか。
杉浦相手には継続しているところから珠樹が自らやめるとは考えづらいし。
ま、最初と違って普通に戻っているから邪魔をしないためにも部屋に戻ってきた。
「匠さん、この前のことなんだけど」
「ああ」
「ちゃんと言ったよ、しておいてなんだけど……あのままだと可哀相だったから」
「勇気を出せたんだな、それだったら相手もまだ納得できるだろうな」
俺にただ諦めろと言われたってなんでお前にってなるだけ。
でも、本人がしっかり向き合ってくれて、そのうえで振ってきたのなら多少は納得できると思うんだ。
もちろん振られたことによるダメージはあるだろうが、ずっと繋がるかも分からない気持ちを抱え込んだままでいるよりはマシだろう。
「前のところにいたときも好意を向けられたりとかしたのか?」
「うん、数回あったよ、全部お姉ちゃんに断ってもらったけど……」
「それは……ちょっと甘えすぎたな」
「うん、それで今回も同じ感じになりそうだったけど、匠さんのおかげで勇気を出せたから」
俺の? 俺はあのとき……ああ、なんか庇おうとしたか。
あくまで俺が考えたことだと、雫が発案したわけではないと言ったのと同じか。
「反応はどうだったんだ?」
「あ、この前みたいに『そっか』って」
「まあ仕方がないよな、雫にその気持ちがなければ断るしかないんだし」
雫だって誰かに好意を向けて断られたら諦めるしかないんだから。
恋愛はそんなものだ、そして大抵は受け入れてもらえるわけではない。
「よく頑張ったな」
「あ……」
「あ、悪い、よく文にするからさ」
なんかやべー雰囲気だったから部屋から逃げてきた。
せっかくご飯を作ったんだから温かい状態で食べたい。
だから心を鬼にして母を起こしてから一階へ移動したのだった。
「そこに座りなさい」
今日は一体なんなんだろうか。
座ったらすぐに足の上に頭を預けてきたわけだが。
「珠樹ちゃんのために動いていると思ったら今度は雫ちゃんのためって、どういうことなの?」
「いやまあ今年からとはいえ妹になったわけだからな、なんとかしてやりたいだろ?」
「しかも麻耶さんと仲良くもしてるし……」
と、友達だから仲良くして普通だろう。
寧ろ友達を積極的に嫌っていく人間よりいいと思うが。
「つまり寂しかったのか? 最近はあんまり一緒にいられてないけど」
「寂しかった、お兄ちゃんも珠樹ちゃんに夢中になっちゃってるしさ」
「可愛いやつめ」
まあ年下なら年上に甘えるべきだ。
別に年下に甘えてもいいんだけどな、そこはまあ本人達次第ということで。
しっかしまあ、何故かは分からないけど気に入ってくれているもんだ。
俺なんかふたりに支えてもらってきたことばかりだというのに。
「雫ちゃんがね? 最初と比べて凄く変わっちゃってさ」
「ああ、珠樹も似たようなことを言ってた」
「気がついたら私よりも友達が多いんだよ? 心配だったから声をかけたわけだけど余計な気遣いだったかなって」
「そんなことはないだろ、間違いなくそこからいい力を貰えてるよ」
文が多く行くことで珠樹に近づく子が増えたみたいだから感謝してる。
って、俺は珠樹を心配しすぎだな、なんか気持ちが悪いから口にはしないでおこう。
「嫌なこととかはないか? あるなら吐くだけでも吐いておけよ」
「ある、それは匠くんが女の子とばかりいることかな」
「んー、事実だからなんとも言えないな、ひとつ言えることがあるとすれば内ふたりは妹だということぐらいか」
「……関係ないよ、しかも義理だし」
つまりこれは……俺のことが好きなのか?
こんなことを言っておきながら実際に求めると「え、違う」となる可能性もあるのが現実。
しっかり好きなのだと分かるまでこちらから動くことはできない。
「文はすぐに帰るようにしているのか? 中々会えないけど」
「あー、友達と話してくることが多いかな、私は家が好きだから帰るときはすぐに帰るけど」
「そうか、文まで家に帰りたくないとかじゃなくて良かったよ」
なんて、最近まで時間をつぶしてから帰宅していた俺に言われたかないだろうが。
そのことは文も知っているからツッコミたかっただろうなあ。
「あ、今日は私もしてあげる」
「お、ならしてもらうかな」
男側がするのはおかしい気がするんだ。
それに多分女子側にとってもメリットはない。
感触とかは硬いだろうし、それなら枕に体重を預けておいた方がいいだろうから。
「ねえ、あんまり仲良くしないで」
「でも、せっかく出会えたわけだからさ」
「仲良くしたいなら私とはもう会わない覚悟でして」
「無理だ、文に会わないのも、姉妹や杉浦と仲良くしないのもな」
そこまで極端でいられるわけじゃない。
言っちゃ悪いが感謝はしていても大好きというわけではない。
恋愛対象として見られないことはないが、求められない限りは変わらない。
いまのままでも十分だからだ、寧ろいまのままの方が自由に動けていい。
文を優先できないときなんて沢山ある。
それに我慢できないのであれば変なことは言わない方がいい。
「どうしたんだよ、文は逆に仲良くしようよって言う側だろ? 俺が健二だけがいてくれればいいって言ったときなんかにも友達を作ろうよって言ってくれたじゃねえか」
「……だって明らかに浮かれているのが分かるし」
「そりゃまあこれまでと比べたら上手くいっているわけだからな、テンションも上がるだろ」
頼ってもらえるのが嬉しいんだ。
これまで健二と一緒に過ごしてきて、全部健二にばかり相談されていたから。
それがいまは少し変わって頼ってきてもらえているわけで、それで喜ばないわけがない。
単純でもなんでもいい、大事なのは俺も必要としてもらえるのかどうかということだ。
「とにかく守れないから、嫌なら文が離れた方がいい」
「匠くんのばか」
「そうだな、健二より学力とかも低いしな」
察することやサポートすることもろくにできない。
分かっているからこそ聞くぐらいはできるとか言って保険をかけるのだ。
それでもって伝えているのと同じこと、他者からはどう見えているんだろうな?
「ぐしゃり」
「いたたっ、それはなしだろ……」
「ふんっ、匠くんなんてこうされておけばいいんだよ」
怖いから離れた。
髪の毛をぐしゃりとされたらたまったもんじゃない。
はぁ、恋愛はこういう面があるからあ、いいですとなりやすいんだよな。
モテることが羨ましいとは思えないし、やはり俺は誰からも求められないぐらいが丁度いい。
だって上手いことも言ってやれないからな、楽しませてもやれないわけだからな。
「……そういうことが言いたいわけじゃないのに」
「分かってるよ」
「分かってないっ」
「悪かったって」
それでも今日のところはこれで解散だ。
このままここに残ると間違いなく変な空気になるから。
俺はまだまだ自由なままでいたかった。
「健二さんっていい人ね」
「お、急だけどまあそうだな、健二はいい奴だ」
もしそうでなければとても友達なんかではいられない。
自分のことを棚に上げての思考だった。
ただ、一応は健二達からすれば俺は害ではないということだろうか?
そうじゃなければ一緒にいてくれなんてしないよなと自己完結させた。
「つまりそういうつもりで興味があるということなの?」
「仲良くしたいんだってさ」
「まあそうよね、仲良くなければその先になんて進めないわけだし」
あっという間に変わるかもしれないし、逆にいつまでも変わらないかもしれない。
その間に諦めがついて他の女子にとなるかもしれない。
でも、いまは間違いなく彼女に興味を抱いている。
「あなたは? 文さんに興味があるの?」
「そういうつもりで見たことは一度もないぞ、杉浦もそうだ」
「恋愛に興味はないの?」
「珠樹はどうなんだ?」
「私はそれどころではなかったから」
彼女はベッドの端に座って「でも、もういいのかもしれないわね」と答えた。
「あれよね、健二さんはみんなにとっていい人よね」
「そうだな、困っている人を見かけると放っておけないタイプだからな」
「もし恋をするのなら相手としていいような悪いようなという感じね」
確かに自分だけに優しくしてくれるわけではないからもやもやするかもしれない。
ただ、言えば多少は優先してくれる気がする。
興味を抱いているいまなら可能性はそれなりにあることだろう。
兎にも角にも、全ては彼女の態度次第ではないだろうか?
「珠樹次第だ、無理なら無理と言ってやってくれ」
可能性がないのに頑張っているところを見るのは嫌だった。
多分、追えば追うほど諦めがつかなくて駄目になるから。
「無理ではないわ、けれど、私なんかでいいのかしら……って」
「どうした? なんか不安でもあるのか?」
「だって、面白みもない人間じゃない。容姿だっていいわけでもないし、できるのは少しの家事だけ、相手を喜ばせることだって多分できないわ」
うわあ、素で思ってそう……。
健二なんか絶対にそんなこと気にしないだろ。
だって気になる異性が一緒にいてくれるんだからそれだけで十分なはずだ。
しかもいま無理じゃないと断言した。
言うことはしないが、聞けたら絶対に嬉しい言葉だろう。
「何度も言うけど珠樹の自由だ、仲良くしたいって気持ちがあるならゆっくり過ごしていけばいいんだからな」
あの高校を志望するなら二年間も一緒にいられる。
俺達はまだ高校一年生だからな、時間は沢山あるんだよ。
にしてもそうか、意外にも悪くない結果になりそうだ。
雫も雫で頑張っているみたいだから心配する必要なんかなくなったかもな。
仮になにか困ったことがあっても健二に相談すればもっといい効果があるわけだし。
早くも兄としてなんだか寂しかった。
こういうところが相談されない原因なのかもしれない。
「ちょっと歩いてくるわ」
「なるべく早く帰ってきなさいよ?」
「おう、遅くまで外でいる意味なんかないからな」
なんだかなあ、恋をすることが全てではなくても置いてけぼりにされた気分になる。
元々俺は求められないから余計にそう感じるのかもしれない。
だからってすぐに付き合おう、なんて言えるような相手はいないし……。
「杉浦」
「中田……? 奇遇ね」
ある程度のところで杉浦を発見した。
ただ、なにかがありましたよという感じが凄く伝わってくる。
もちろん去ることなんてできないから突っ立っていたら、
「……なんにも聞かないで家に泊めてほしい」
と、彼女が言ってきた。
「別にいいぞ、それなら行くか」
着替えは、とかも聞かない方がいいと判断してとにかく家へと連れて行く。
身長は珠樹に似ているから服を貸してもらえばいいだろう。
「もう帰ってきたのね」
「おう、そこで杉浦と会ってな」
別にやましいことがあるわけではないから泊まらせることも説明しておく。
「客間とリビング、どっちにいたい?」
「客間……かしら」
「分かった」
ひとり放置するのは違うから端の方に座った。
一応、寝たいなら布団を敷くと言ってもいらないということだったからそのままで。
「あ、紅茶とか持ってきてやるよ」
「……いいわ」
「そうか?」
そうか、どうすればいいんだ。
なにも聞かないでってことだから普通に世間話でもすればいいんだろうけど……。
柔軟な対応ができないのも恋をするべきじゃないという考えになるんだよなあと。
そんな現実逃避をしていたとき、唐突に彼女が「私には兄がいるって言ったわよね?」と。
「あのね――」
「ま、待てっ、無理して言わなくていいっ」
改めてそう前置きされると嫌な予感しかしないんだ。
仮に聞いてもそうかぐらいしか言えないから、今日はただゆっくりしてくれればよかった。
「なんにも聞かないって約束だろ?」
「……私が言おうとしたならいいじゃない」
「そうかとかしか言えないからさ」
とりあえずはやめてくれるみたいだった。
喉が乾いたからこっちに持ってきてがぶ飲みした。
「あっちで飲んでくればよかったじゃない」
「いやいいんだ、杉浦も飲みたかっただろうからな」
「私はいいって言ったじゃない」
「いやいや、まあ飲めよ、普通の麦茶だからさ」
とにかく別のことに意識をやらせて話はさせないことにする。
そういうのはもっと力になれるようなやつにするべきだ。
「冷たくて美味しいわ」
「だろ? ま、特になにもないけどゆっくりしてくれ」
「あんたはいてよ? 別のところで過ごしたりしないでよ?」
「じゃあ寝るとかトイレとか風呂とか以外はいてやるよ」
ということが決まったから本を持ってこようとしてそういえばと思い出した。
「本はどうだった?」
「面白かったわ、でもごめん、家にあるのよ」
「いやいい、楽しめたのならそれでな」
新しいのを買おう。
作業ではなくちゃんと読むことが楽しいって知ることができたから。
時間つぶしのためではなくてその行為そのものを楽しむためにも必要だった。
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