05話.[しているのかも]

「はぁ……」


 何故か顔を合わせる度に「大丈夫か?」と聞かれるようになってしまった。

 いや、何故かではないか。

 雫には聞いていないことから、ひとりでいる私のことを心配してくれているのだとは分かる。


「中田さん、係の仕事をやらないと」

「そうね、ありがとう」


 でも、しつこく聞かれても困るとしか言いようがない。

 私は別にそれで困っているわけではないのだから。

 強がりに見えてしまうかもしれないが、作ろうと思えば友達なんて簡単に作れるわけだし。

 私がいまそれをしないのはもう最終年だからだ、高校に進学してからでも遅くはない。

 もちろん押し付けるつもりはないから他者と仲良くしている雫を馬鹿にするつもりもない。

 押し付けないから押し付けてほしくない、心配してくれるのはありがたいけれど。


「お姉ちゃん、私はもう帰るけど」

「ええ、気をつけなさい」


 放課後は残って勉強をしていくことに決めていた。

 それだけではなく、なるべく匠と会わないためでもある。

 つまりこの短期間で立場が変わってしまったようなものだった。

 高校と違って嫌な点は二十時頃まで残ったりはできないことだ。

 というか、ほとんど残ることなんてできない、教師達も早く帰れとしか言ってこない。


「「あ」」


 片付けて帰路に就いていたら杉浦先輩と遭遇した。


「こんにちは」

「うん、いま帰りなのね」

「はい、あまり残れないので」


 わざわざ図書館に行ったところで時間的に長居できないから大人しく帰るしかない。

 家が嫌なわけじゃない、匠が嫌いなわけじゃない、家で勉強ができないわけじゃない。

 ただなんとなく勉強は学校での方が捗るというだけだった。


「杉浦先輩は家にいたくないんですよね?」

「そうね、だからこうして時間をつぶすの、暇だから歩いたりしてね」


 家に誘ったら匠もいるから喜んでくれるだろうか?

 別に損はしないから言ってみた、そうしたら来てくれるみたいだったから連れて行く。

 先輩と歩きながら匠は心配しすぎだと内で呟く。

 でも、自分が矛盾していることも分かっていた。

 ひとりでいいはずなのに誘いを受け入れたりしているのはなんでだろうと。


「どうぞ上がってください」

「お邪魔させてもらうわ」


 リビングには母がいたが匠も雫もいなかった。

 ひとりで待たせるのは違うから二階まで先輩を連れて行く。


「おかえり」

「ええ、ただいま」

「って、杉浦も来ていたのか、ゆっくりしていけよ」


 帰宅時間を遅くしてから匠は家事を手伝うようになった。

 と言うより、元々そうやって動くタイプの人間だったのだろうと片付けている。

 私と同じだ、やるしかなかった、やらなければお荷物になってしまうから。


「着替えてくるのでここで待っていてください」

「うん、ゆっくりでいいから」


 私は妹のために、匠は大切なお母さんのために。

 繰り返して繰り返して、ゴールの見えない毎日で。


「あ……」


 恥ずかしくない部屋着に着替えた後に先輩に部屋へと入ってきてもらった。


「綺麗な部屋ね」

「雫と別々なんて慣れないですけどね」


 匠のお母さん――母が相当すごいのか、それとも匠が上手くやっていたのか。

 なにをどうすればこんなに大きい家が建てられるのかは分からない。

 父が母と同じ部屋なのだとしても私達双子が別々の部屋で、そのうえで一階にはお客さんが来た際の部屋すらあるわけだから差にはなかなか慣れない。

 私達が元住んでいた場所はアパートの狭い一室だったから。

 父は住めればいいということで稼ぎがあっても決して引っ越すようなことはしなかった。

 あ、違うか、実母が亡くなってからお金を全く使わないようになったと言うのが正しいか。

 まあそれでもご飯とかはちゃんと食べさせてくれていたからこうして生きられている。


「あんたさ、なんか無理してない?」

「え、私がですか?」


 そんなこと初めて言われた。

 基本的に年上及び大人というのはやる気を出せとしか言わない。

 無理で正直に無理だと言ったところで甘えるなとしか言ってくれない。

 そういうところにもあるのかもしれない、他者と一緒にいなくていいと考えてしまうのは。

 私は雫みたいにはできなかった。

 機械ではないから寂しさを感じているくせにいらないと言い続けて、言い続けて……。


「なんでもひとりで頑張ろうとするところがありそうよね」


 相談してしまったらそれはもう弱い部分を晒しているのと同じことになる。

 私がまだ他者を信じていた際には相談したら広まっていた、なんてこともあった。

 そういうリスクが確かにあるからできるだけ抱えた方がいいのではないだろうか?

 でも、頑なであればあるほど面倒くさいことになることはこれまでで嫌というほど知った。

 なのに変えようとしないのは怖いからなの?


「ま、どうしようもなく困ったら中田にでも相談しなさい」


 先輩は立ち上がって出ていこうとしつつ「あいつだったら信用できるでしょ」と。

 ぼうっとしているわけにもいかないから玄関先まで見送りに行くことにした。


「じゃあね、少しだけでも話せて良かったわ」

「はい、気をつけてくださいね」


 けれど杉浦先輩、あなたの方こそなにかを抱えているんじゃないですか?

 そう言いたかったものの、口にすることはしなかった。




「中田、ちょっといい?」

「おう」


 時間つぶしの手段として読みやすそうな本を買ってみたら想像以上に面白くて止まらなかったので、杉浦が来てくれたのはありがたいとしか言いようがない。


「私、どうしても珠樹ちゃんが無理をしているようにしか思えないのよね」

「俺はなるべくひとりでいてほしくないってついつい言ってしまうんだよな」


 余計なお世話なのは分かっている。

 雫に聞いても文に聞いてもあくまで普通だとしか返ってこないというのに。

 それが珠樹の過ごし方なんだ、本来ならそれで納得して困っていそうだったら声をかけるぐらいでいいのについな……。


「杉浦相手なら言ってくれたりしないのか?」

「変わらないわ、あんたに言えないことを私に言えるわけないじゃない」


 こちらは杉浦とは同性なんだから気軽に相談できるのでは? と思っているが、同性だからこそ言えないこともあるんだろう。


「珠樹的には杉浦の方が無理している感じがすると言っていたぞ」

「私っ? 私は別に……」

「家にいたくないってことはなにかがあるんだろ?」

「……あんたには関係ないわ」

「まあ、そう言われたらそれまでだけどさ」


 踏み込むことはできない。

 友達だろうが変わらない、言ってくれなければなにもできないんだ。

 そしてそれが多分歯痒い気持ちにさせてくれるんだと思う。

 明らかに困っていそうなのになにもしてやれないという複雑さがある。


「雫ちゃんの方が見ていて安心できるわ」

「そこなんだよな、案外、強いのかもしれないな」


 これからも多分珠樹はこちらに頼ってきたりはしないと思う。

 逆に雫はなにかがあったら相談してくれそうな感じがした。

 それでも想像とは違かった、ただそれで終わる話だった。


「中田、運ぶのを手伝ってくれー」

「はい、じゃまた後で」

「うん」


 宮里先生はいつも通りだ。

 なにかがあっても俺らとは違って簡単に解決できそうでいい。

 珠樹みたいな人間にも気持ちを上手く吐露させてやることができるのかもしれない。


「おいおい、そんなに私を見てどうしたんだ?」

「いえ、これをどこに?」

「教室だな」


 つまりまだ信用されていないということだよな。

 当たり前か、一ヶ月とちょっとで信用できるわけがない。

 しかも引っ越すことになったのは向こうの方だし、文句とかも言いたいかもしれない。

 当然、父や母になんか言えないだろうから? どうしたってそれはこちら側の息子とか娘とかになるわけで。


「また上手くいっていないのか?」

「ああ、仲良くはできているんですよ。ただ、こちらばかりが焦ってしまうというか」


 自分だってろくに他人といなかったくせに棚に上げてなにを言っているのかという話だが。


「仲良くなりたいんだな」

「え? そりゃまあ……家族になったわけですからね」

「頼ってきてほしいんだろ? もうお兄ちゃんだな」

「義理でもそうですね、一応兄ですよ」


 冷たい顔に戻ってきつつあるからもう聞くことはしない。

 あくまで家族として接するぐらいがいいだろう。

 しつこく聞いて嫌われてしまったら本末転倒だからだ。

 それにもしかしたら、仲良くしていたら言ってくれるかもしれないしという願望がある。


「いい子だ」

「先生って俺のこと好きですよね、毎回頼むの俺にだけですし」

「それは中田が暇そうにしているからだ、私を利用して時間をつぶしたいんだろ?」

「はは、そうですね、先生は俺にとっていい存在ですよ」


 運び終えたら暇になったから読書再開。

 やはり面白い作品だ、数百円出せばこれが読めるのだからすごい話だ。

 なにかを書いて、そしてそれが作品として売られるって異次元の話のように思えてくる。

 絵とかも同じ、描いたり作ってくれたりする人がいるから楽しみも増えると。


「中田」

「あ、杉浦もこれ読むか? 面白いぞ?」

「……さっきはごめん」

「え? なにが?」

「……冷たく対応しちゃったから」


 ああ、俺には関係ないって言ったやつか。

 別にそんなのいいだろ、他者に言えないことなんて誰だってひとつぐらいはあるものだ。


「そんな顔をするなよ、俺は気にしてないからさ」

「うん……」

「ほら、これを貸してやるから、面白いから読んでみろよ」


 というわけで時間つぶしの手段のひとつがなくなってしまった。

 だが、あのまま放っておけないから仕方がない。

 杉浦は友達だ、だったら不安そうな顔とかのまま放置なんてしたくない。

 一応大切にすると分かったわけだし、それに恥ずかしいことではないからいいだろう。

 思わせぶりな行動というわけでもない。

 大体、俺らしく対応していることで好きになってもらえるのならもう告白されているはずだしな、それが一度もないということはつまり問題はないということだ。

 俺は健二とは違うんだ、ただそれだけが分かっていることだった。




「で、その子が気にしてると?」

「うん、そうみたいなんだ」


 俺達が本当に彼氏彼女の関係なのか、それが気になっているらしい。

 で、今日同行をして、それでそう見えたら完全に諦めるということだった。

 流石にこういうのは想定外だったから健二に任せたいところではあるが、既に顔を知られているうえに健二はいつものように部活動だから不可能だと。


「匠さんには迷惑をかけるけど……これぐらいしか思いつかなくて」

「分かった、自然に見えるかは分からないけどやれるだけやるよ」


 恋人らしいことか、手を繋いだりとかだろうか?

 おいおいおい、義理の妹だからって手を出していいわけないぞ。

 演技であっても引っかかる、もしかしたらそれでばれてしまうかもしれないな。

 とにかくその子が待っている公園へ向かう。

 一応、手に触れるかもしれないということは雫に言っておいた。


「今日はよろしくお願いします」

「お、おう、よろしくな」


 プランというかどう行動するかを雫が決めてくれていたみたいだから付いていくことにした。

 ただまあ、やはりというか自然にはできていなかった。

 俺がではなくて雫の方がとにかく落ち着きがないのだ。

 なにもないところで転びそうになるし、喋るときはいちいち大きな声になるし、かと思えば長く黙ったりもするしであまりにも不自然で。


「緊張しているんですかね?」

「ま、付き合い始めてから時間も経っていないしな、しかも俺は年上だからさ」


 適当に話を合わせていくだけで精一杯だ。

 なんかこれだと無理やり付き合わされているように見えないかと不安に。

 年上である俺からのそれを断れなくて渋々……みたいな感じで。

 彼がここを上手く助けたら案外雫の意識も変わる……なんてことにはならないだろうか?


「た、匠さんっ」

「おう」

「て、手を繋ぎ、あ゛」


 なんだと思って見てみれば向こうに珠樹の姿があった。

 別に避けるわけでもなく珠樹は無表情のままこちらへとやって来る。


「この子はどうしたの?」

「察してやってくれ」


 多分、この時点でもう詰みだ。

 彼がなにかを発した時点で違和感を感じた珠樹が止めを刺すはず。


「じゃああなたは?」

「言ってしまうと恋人のふりをしていただけだな」

「彼の?」

「違う、雫の」


 もちろんふたりがいるところで言ったからそれはもう大変だった。

 雫からはなんで言っちゃうのって顔で見られたし、彼からは「どういうことですか!?」と問い詰められるし。


「断りたいけど上手く言えないって相談されてな、本人だけだとどうしようもないからそれなら俺が彼氏のふりをしてやるって話をしたんだ。悪いな、別に馬鹿にしたいとかそういうことではなかったんだ。ただまあ、雫は受け入れられないみたいだから諦めてやってくれ」


 すぐには納得もできないだろう。

 それでも好きな人に迷惑をかけたくないということで諦めるしかなくなるはずだ。

 振られたのと同じだからそりゃショックだろうが、そこはまあなにか他の悪くはないことで発散をしてほしかった。


「雫、珠樹、帰るぞ」

「匠さん、私は少し話をしてから帰ります」

「分かった、じゃああんまり遅くならないようにな」


 本当かどうかも分からない彼氏がいるからという情報だけで納得できるなら問題は起きない。

 元々無理があったな、俺がもっとスムーズにできていたらマシだったのかもしれないが。


「面白いことをするのね」

「それなら笑ってくれればいい、その方がすっきりするってものだ」

「笑わないわよ、だってあなたは雫のために動いてくれたのでしょう?」


 と言うより、既に巻き込まれていたから動くしかなかったと言う方が正しい。

 多少はなんとかしてやりたいと思ったのは本当だし、困ったら言え的なことを言ったのは俺なんだから受け入れるしかなかったが。


「恋をするのは自由でも、本人が嫌がっているのにしつこく近づくのはな」

「ええ」

「でも、関係があまりない俺はほとんど見ていることだけしかできなくてさ」


 珠樹や杉浦に対してもそう。

 結局相手が抱え込もうとしたらどうにもできない。

 そして中々表に一切出さない人間ばかりではないからもやもやすることになるだろう。


「困っているようならなるべく動いてやりたいって思いと、どうせ聞いたところで自分にできることなんてほとんどないんだからやめておけっていう思いがあって忙しいんだ。だから悪いな、珠樹には迷惑をかけた」


 多分、みんなから求められる健二が羨ましいんだと思う。

 家に帰ればひとりだった俺と比べて文がいることや、学校では誰かに言うまでもなく勝手に集まってきてくれるようなそんな魅力を持つあいつに嫉妬していた部分もある。

 だから必死に好感度を稼ごうとしているのかもしれない。


「迷惑なら迷惑とはっきり言ってくれ、そうしないとやめられないからな」

「別に迷惑ではないわ」

「はは、俺の近くにいてくれる人はみんな優しいな」


 まあいいか、俺的には平和に終われた気がするから。

 雫も逃げることなく多分ちゃんと話をしているはず。

 本人から真っ直ぐに言われたらそれはもう納得するしかない。

 あとはあの子がいい子であることを願おう。


「匠、もしかしたら私は誰かといたいのかもしれないわ」

「そうか」

「ええ、この前だって自分が杉浦先輩を誘ったわけだし……」

「俺も誰かといたいからな、誘いたくなる気持ちは分かるよ」


 普通だと言ってしまうのはなんか違うからやめておいた。

 普通の定義だって人によって違うんだから押し付けてはいけない。


「河合さんもそうかもしれないわ、一緒にいたくなるのよ」

「文は合わせようとしてくれるからな」


 最近出会ったばかりなら珠樹達を相手にするときみたいに大変なんだろうがそうではないから言っても意味のない話だ。

 俺は文を知っている、だからそう言ってもらえるのは本人でもないのに嬉しかった。

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