04話.[分かっているわ]
「おかしいと思います」
「ど、どうしたんだよ?」
兄妹揃って似ているのは結構だがどうおかしいのかを言ってほしい。
どうして絶妙な間を作るのか、何故野郎のくせに文に似ているのかという話だ。
「最近、付き合い悪くないか?」
「いや、それは健二だろ」
「違うっ、匠が避けているだけだっ」
「待て待て待て、落ち着け」
だが、彼は腕を組んで変えるつもりはないようだった。
まだまだこちらを不満そうな顔で見てきている。
「約束だって健二の予定が合わないと無理だろ」
「今週の日曜日だ、それでいいな?」
「俺は大丈夫だ、珠樹とか雫は分からないけど」
それでも誘えば来てくれるんじゃないかと思っている。
雫はともかく珠樹はそうだ、その日に限って拒絶される可能性はあるがな。
「俺はゆっくり話してみたいんだ、だから頼むから土下座をしてでも連れてきてくれ」
「土下座はしないけど分かったよ」
というわけで今日はいつもよりも早く帰宅してふたりを待っていた。
どちらかと言えば珠樹の方が話しやすいから先に帰ってきてくれると助かるのだが。
「ただいま」
先に帰ってきたのは、
「あら、なんで正座をしているの?」
「いや、なんでもない」
雫でも珠樹でもない、涼しい顔をした母だった。
今日は帰宅時間が相当早い、いつもなら十九時を過ぎないと帰ってこないのに。
「今日は早いな」
「ええ、辞めることにしたのよ」
「は!? お、お金は……」
「お父さんがいいって、俺の稼ぎで足りるからって」
父がなんの仕事をしているのかも知らないし、まともに話したことすらない。
というか、再婚してからほとんど家にいない。
意外なのはふたりがそのことについて不安そうにはしていないことだろうか。
「だから家事はこれから私がやるわ」
「ま、まあ、いまはもうふたりがしてくれているからな」
「分かっているわ、でも、あなたにも相当負担をかけてしまったわよね」
「いいんだよ、母さんは頑張ってくれていたんだから」
面倒くさいと思ったことはあっても母が頑張ってくれているからということでやれた。
慣れないことにもいつしか慣れて、河合兄妹が遊びに来たときなんかにもご飯を作ってやったりすることができるようになって良かったとしか言いようがない。
「少しでも楽になれるのなら良かったよ」
「唐突だったわよね」
「だからいいんだって、これまで苦労してきたんだからさ」
あとはまた離婚、なんてことにならなければいいと思う。
珠樹達とも普通にいられるようになったから離れることになるのは嫌だからな。
「「ただいま」」
今日は珍しく姉妹同時に帰宅してくれたようだった。
なんかこの状態で珠樹に言うのはちょっとあれだから雫に言ってみることに。
「河合さんのお兄さん……だよね? それなら大丈夫だよ」
「ありがとう」
続いて珠樹に。
「それはあなたもいるのよね?」
「おう、嫌なら俺はやめてもいいけど」
ふたりと文がいてくれれば健二的には満足できるだろう。
別にそのときじゃなくてもいつかふたりで行けばいいわけだから無理する必要もない。
寧ろ俺が来たことによって珠樹が来なかったとなったら喧嘩になるだろうし。
「あなたがいないなら行かないわ」
「じゃあ行ってくれるんだな? 助かるよ」
でも、そんなことにはならなかった。
一応、気に入ってくれているのかもしれないと自惚れてみる。
「河合さんのお兄さんが興味を持ってくれているの?」
「そうみたいだな、ふたりとも話したいんだってさ」
「ふふ、興味を持たれるのは悪い気はしないわね」
「だな」
健二も変わるだろうか?
これまで告白はされても受け入れることはなかったあいつが、この出会いでどうなるのかが気になっている。
友達としては誰か好きな人間と楽しくやってほしいというところ。
兄としては誰か一緒にいて安心できる人間を見つけてほしいというところ。
「あなたは杉浦先輩に興味があるの?」
「普通に仲良くしたいぞ」
「いいんじゃないかしら、杉浦先輩は多分あなたのことを信用しているもの」
なんで毎回杉浦との関係を聞かれるんだろうか?
俺らなんてまだ話し始めてから一ヶ月も経過していないというのに。
杉浦を守りたいということなら勘違いしないでほしい、そこまでクソではない。
「今日はどうだった?」
「雫とは相変わらず一緒にいる時間が少ないままね、寂しくはないけれど」
「友達は?」
「ひとりでいるわ、私には必要ないもの」
なんだかなあ、それはまあ考え方の違いから否定されることではないけども。
自分が誰かといないと寂しいからって押し付けるのは違う。
そう分かっていても気になってしまうんだ、もう兄面をしてしまっているんだ。
「そんな顔をしないで、あなたに悪いことが起きるわけではないじゃない」
「心配なんだよ、そうでなくても慣れない場所なんだからさ」
珠樹は「ふふ、優しいのね」と言って階段を上がっていった。
いや、そういうことを言ってほしかったわけはないんだ。
でも、それが届くことはなかった。
「晴れてよかったな」
「だな」
メンバーも何気に豪華で、文、珠樹、雫、杉浦と女子が四人もいる。
……なんとなく居づらいのは何故だろうか?
そうか、こんなところで差を感じているのかとひとりで自問自答していた。
「ただ、なんか増えていないか?」
「別にいいだろ」
でも、どうして俺は健二とふたりで店の前で待っているんだろうか?
杉浦はともかくとして、珠樹達と別れる必要はなかったよな? としか言いようがない。
しかも行くのはラーメン屋だ、まさかお洒落をしてきているわけではないだろうし……。
「ごめん、遅れたー」
「来たか」
うん、別に至って普通の文達だった。
とりあえずここにいても仕方がないからということで早速店内へ。
人数が多いから自然と三人ずつで別れることになった。
と言うより、健二の希望で勝手にそうなったというか。
「何味を頼むかなあ」
「私は味噌ラーメン」
「それなら私は豚骨ラーメンね」
こっちは文と杉浦のふたりがいる。
一応確認してみたら別に姉妹が緊張しているような風には見えなかった。
「じゃあ俺は醤油ラーメンだな、すみません」
注文を済ませて運ばれてくるまでの間、少し休憩。
立っているだけでも疲れるものだ、あとは異性が複数になると精神的にな。
きたら申し訳ないがのびても嫌だからすぐに食べ始めさせてもらった。
「匠くん、ちょっと交換しよ」
「おう、いいぞ」
一度来て気に入っていただけあってどの味も美味しい。
インスタントでさえほとんど家では食べられないから余計にそう感じる。
まあいまは母と姉妹が協力して作ってくれているからそれで十分なんだけども、やはりたまにはこういうのをがっと食べたくなるときがあるんだ。
「中田、私も……」
「おう、交換するか」
いいな、こうして誰かと食事ができるということも。
「どれも美味しわね」
「そうだな、前に来て気に入ったからみんなにも食べてもらおうと健二と話し合ってな」
「私も誘ってくれてありがと、あんたが言ってくれたんでしょ?」
「杉浦も友達だから仲間外れにしたくなかったんだ。あとは単純にあれだな、家にあんまりいたくないって言っていたから少しでも役に立ちたかったというか、まあそんな感じだ」
こちらはもう家にいたくないという気持ちは一切ない。
でも、そういう気持ちでいたことは過去に何度もあるからそれで困っているなら多少はなんとかしてやりたかったんだ。
話すだけなら俺でもできる、時間つぶしの手段として利用してくれればそれでよかった。
「早く食べないとのびちゃうよ」
「おう」
ただ、外食も回数が少ないからこそ満足感が高くなると思う。
だからやっぱり基本は家でご飯をゆっくり食べるのが一番だろう。
母及び姉妹作のご飯は美味しいし、また前みたいなことになっても嫌だから。
「食べたなあ」
「うん、お腹いっぱい」
外の空気が単純に気持ちがいい。
店内と店外だと全く違うことが分かる。
俺達は日々、幸せな場所にいたんだなって大袈裟な感じでいるのはあれだが。
「待たせて悪いな」
「気にするなよ、これからはどうする?」
「このまま解散は寂しいよな」
とはいえ、六人で行動するというのも中々大変だ。
まず行きたいところがばらばらだろう、それに珠樹あたりは帰りたいとか思っていそうだ。
「珠樹ちゃん達はどうしたい?」
「私は合わせます」
「私も……」
ひとりでいいと言う割にはこういうところでちゃんとしてくれるんだよなあと。
「それなら中田の家に行けばいいじゃない」
「あ、そうだな、そうするか」
何故かそういうことになったが、これは姉妹のために杉浦が言ってくれたのだということにしておこう。
今日はというかあれから毎日母が家にいるから安心できる。
マザコンだな俺は、馬鹿にされてもおかしくはないレベルかもしれない。
「ふぅ」
家に帰ってくると途端に眠くなる。
食後だから仕方がないのかもしれないが、ここは俺にとって落ち着く場所だからか。
「俺は客間で転んでくるわ」
部屋にこもるのはちと違うから少しは空気を読んだ。
「匠くん、そういうのは良くないと思う」
「いや、ちょっと眠くてな」
ここなら適度な賑やかな声が聞こえてきてそれがより眠気を誘うわけで。
静かすぎればいいというわけではないということを言ってみたら冷たい顔「そんなこと聞いてない」ともっともなことを言われてしまった。
「文も寝るか? 布団ならもう一組あるぞ」
「え、まだ食べたばっかりだし……」
「そうか、気になるか」
俺はとにかく自分の欲求を優先するから気にしたことなかったな。
母が仕事で家にひとりだったときは気づけば転んでいたぐらいだし。
「学校は楽しいか?」
「うん」
「そうか、楽しいと思えるのはいいことだな」
受験生ということになるからこれから大変になるが。
俺らの通っている高校を志望するならそこまで難しいというわけではない。
何故なら難しいなら俺程度の努力で入学できているわけがないからだ。
文は普段から真面目にやっていることを知っているし、そこでは心配はしてない。
「あの高校に来るんだよな?」
「うん、お兄ちゃん達もいるから」
「そうか、じゃあ頑張れよ」
多少は教えることができるから頼ってほしかった。
俺が分からないことでも健二や杉浦、またはあの姉妹がいてくれるから問題ない。
そういう意味でも誰かといるのは大切なんだけどなあと珠樹を想像しながら呟いた。
「お、珍しいな」
「あ、匠さんっ」
妹からさん付けで呼ばれていると不思議な気持ちになる。
まあ義理ならこういうものなのかもしれないけども、俺としては珠樹みたいに呼び捨てにしてくれればそれでよかった。
文みたいにお兄ちゃんなんて呼ばれてしまっても困惑しかないから、うん、呼び捨てでな。
「なにか用があったのか?」
「はい、匠さんに」
「おう、俺にできることなら付き合うぞ」
案内された先にはひとりの男子が。
その子は雫を見て困ったような表情をすぐに浮かべた。
「こ、この人が私の……彼氏なの」
理由を説明してくれなかったのはこういうことかとすぐに納得。
そりゃ健二じゃ無理だよな、だってこれから部活があるわけなんだし。
相手の子はとてつもなくがっかりした表情のまま「そっか」とだけ言って帰っていった。
「ごめんなさいっ」
「別にいいけど一応言ってもらいたかったな」
「ごめんなさい……」
なんでもしつこく来られてて困っていたようだ。
珠樹に説明しても適当に対応すればいいとしか言ってもらえなかったらしい。
それでどうしようもなくなって『もう彼氏がいるから作戦』に切り替えたみたいだな。
「なあ、珠樹とは仲いいのか?」
「え? うん、仲はいいと思う……けど」
「それならいいんだけどさ」
話を聞いていくと本当にそうなのか怪しく感じるときがある。
これは単純に俺が悪く考えがちなのが影響しているのだろうが……。
「でも、お姉ちゃんが安心できているようでよかった」
「そうなのか?」
「うん、多分匠さんがいてくれているからじゃないかな」
俺としては珠樹のせいで複雑な気持ちにさせられてばかりだ。
頑ななようでそうではなくて、器用なようでそうではなくて、ひとりでいいとか言っておきながら他者からの要求をあまり拒まなくてと、いつまで経っても珠樹を理解することができない。
元々分かろうとしてもあくまでこちらの想像とか妄想の部分が強く影響しているだけで真に理解なんてできないのかもしれないが、どうせ出会ったからには少しぐらいはな。
「雫はどうなんだ?」
「私は河合さんのおかげでたくさんの友達ができたよ」
「いいな、誰かといられるのはいいことばかりでもないけどやっぱりな」
「うん、慣れない場所だからどうなるのかって不安だったけど、みんな優しくていい人達ばかりだから多分もう慣れたかもしれない」
「まあまた困ったら言ってくれ」
何度も言うが話を聞くぐらいなら俺にもできる。
実際に行動することは難しいかもしれないが、そこはまあ動いてやりたくなるかもしれない。
あれだな、意外と他人を大切にする人間なのかもしれなかった。
「……なんか本当のお兄ちゃんみたい」
「義理でも一応兄だぞ」
彼女達の母が出ていき、こちらは父が出ていったと。
父は浮気だった、彼女達の母はどういう理由で離婚となったんだろうか?
って、別にそんなのを知ってもどうにもならないからいらないと言えばいらない情報だが。
「私、家に帰りたくなかったの」
「珠樹から聞いた」
「うん、だからお姉ちゃんとの時間もどんどんと減っていったんだ」
好きなはずの姉がいても家に帰りたくないって余程のことではないだろうか?
「そんなときに再婚するってことになって、いつの間にそんなに話が進んでいたんだろうって驚いた。あとは大好きな友達とお別れすることになったのは悲しかったな」
だろうな、俺も河合兄妹と離れることになったら普通に寂しいと言えるし。
中々受け入れられることではない、仲が良かったのなら尚更なことだ。
「……正直に言えばお姉ちゃんよりもその友達の方が好きだったかもしれない」
「それは仕方がないだろ」
「でも、あれだけお世話になっておきながら勝手だなっていまでも思ってるんだ」
雫は俯いて「いまだって河合さんとばかりいるし」と呟いた。
なにを言われようと変わらない、それは仕方がないことだ。
いい人間との出会いが変化をもたらしてくれるわけで、雫にとってはその子との出会いが変えるきっかけをくれたということなのだから。
本当かどうかは分からないが珠樹は雫が楽しく過ごしてくれていればいいと言っていた。
だから雫が気にするほど珠樹が気にしているというわけではないはずだ。
「とりあえず家に入るか」
「うん」
また、仮に無理しているだけなのだとしても俺が気づいてやればいい。
愚痴を吐くだけでも少しぐらいはすっきりできる。
健二も文もよく聞いてくれてそれで楽になれたことが何度もあった。
ふたりに返すのはゆっくりやっていくとして、困っていたら放っておけないのは自分もそうだからそういうつもりでいればいい。
「おかえりなさい、匠と一緒に帰ってきたのね」
「た、ただいま」
雫の方は未だに母に慣れていないようだ。
珠樹のことを聞いてみたらまだ帰ってきていないということだった。
「珠樹はたまに遅くなるな」
「うん、お勉強を残ってやってくるから」
学校ならスマホなども禁止だから集中力を保てるか。
もっとも、勝手に真面目で頭がいいと考えているから近くにスマホがあろうが意識を向けたりはしないだろうけどとまたまた偏見を抱いていた。
「母さん、今日は俺が手伝うよ」
「そう? それならお願い」
珠樹がいるとできないから今日ぐらいはな。
俺も作れるということをふたりにも知ってほしいという狙いがそこにあった。
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