03話.[確かにそうだな]
「ここがあんたの家なのね」
「おう、普通だろ?」
「いや、結構大きいんじゃない?」
考えたことがなかった。
毎日ほとんどひとりだったから寂しい空間としか思えなかったし。
「ほい、飲み物」
「ありがと」
「あと、まだ帰ってきていないみたいだから待っていてくれ」
「分かったわ」
ゲーム機とか本とかがないから申し訳ない。
最初から俺は杉浦を待たせてばかりだなってそんな風に思った。
「ただいま」
先に帰宅したのは雫の方だった。
リビングに入ってきた瞬間に固まってしまう。
「えっと、あん……あなたが雫さん、よね?」
「は、はい、雫と言います」
「私は杉浦麻耶、よろしく」
彼女は雫をソファに招くと雫もびくびくとしながらではあったが座った。
距離が近すぎると問題になると分かっているのか、彼女は少しだけ動いて距離を作る。
しかもさり気なくしたから雫が気にすることもなく、という上手さを見せてくれた。
「お姉さんはまだなの?」
「あ、今日は委員会のお仕事がありまして」
「そうなのね、それなら待たせてもらってもいい?」
「はい、どうぞ」
少しだけ装っているような感じがした。
珠樹の話し方を知っているわけではないからただ丁寧にしただけなんだろうけど。
「匠さんと仲がいいんですか?」
「私? うーん、話し始めたばかりだから」
「それなのに今日はどうして……」
「あなた達に会ってみたかったのよ、文ちゃんにはもう会わせてもらったから」
「あ、そうだったんですね、だからお姉ちゃんとも……」
文は俺が無理やり会わせたからだが、どうして妹達にも興味を抱いたんだろうか?
いやまあ会わせたくないとかって気持ちは一切ない。
寧ろ仲良くしたいということならどうぞご自由にという気持ちしかなかった。
「ただいま」
珠樹が帰ってきたことによって雫が張り付いた。
このふたりの仲の良さは普通を超えている気がする。
双子だからというのもあるのかもしれないが、それ以上と言われても違和感は抱かない。
「私は杉浦麻耶、よろしく」
「中田珠樹です、よろしくお願いします」
そういえばこちらの名字のままというのもすごい話だ。
どちらかと言えば男性の方の名字になるという偏見というかイメージがあるから余計に思う。
「さてと、あんまり居座っても迷惑なだけだからこれで帰るわ」
「送る」
「ありがと、じゃあお願いしようかしら」
外はまだまだ明るいままだ。
天気もいいから眩しいぐらいだった。
横を歩く彼女が唐突に「あのふたりは似ていないわね」と呟いた。
確かに性格は似ていないかもしれないが容姿は当然のように似ているからそうか? と聞くしかない。
「分かったのは雫ちゃんが珠樹ちゃんのことを好いていることね」
「そりゃあな、双子の姉だけがこの地では味方だから」
「あんたもなってあげればいいのよ、それだけで全く変わってくるわ」
「味方でいてやりたいんだけどな、向こうが求めてこないとどうしようもないだろ」
最悪、それが俺でなくても構わない。
学校で出会った子と仲良くなってくれればいい、教師でもいい、変な人間じゃなければどんどんと一緒に過ごして少しでも安心してほしかった。
兄としての望みはそれぐらいだ、敵視されるようなことにならなければ何度も言うが仲良くなれなくたっていいんだから。
「それよりなに丁寧にしてるんだよ」
「あ、あれは雫ちゃんを怯えさせないためよ」
「俺はいつも通りでいいと思うけどな、その気遣いはありがたかったけど」
というか、装ったところで大抵の場合はすぐにばれるものだ。
だから人間は極端でいるのかもしれない。
気に入らない人間がいたとしたらとことん冷たくするか、とことんスルーするかの二択。
もちろん中には分かり合おうと努力をする人間もいるだろうがな。
「次は河合ね」
「それならもっと簡単だろ、同じ教室だからな」
「あんたも付き合ってよ? ひとりで話しかけるのはちょっと怖いから……」
「は? 健二が怖いって? あいつが怖いなんて初めて聞いたぞ」
話しやすさの塊だとか、格好良くて優しくて頭も良くて運動もできて完璧だとか、そういういいことばかりしか聞いたことがなかったから少し驚いた。
でもまあ、中にはこういう人間だっているということは分かっている。
俺から見えている河合健二という人間は補正がかかっているところもあるのかもしれないからそういうもんなんだなと納得しておいた。
ここで言い合いをしても無駄に疲れるだけだし、せっかく友達になったんだからこの状態を維持したいというのもあった。
「私、声が大きい人って少し苦手なのよ」
「悪い、俺はよく声がでかいって言われるから無自覚に迷惑をかけていたかもな」
「あんたは静かじゃない」
「そうか? それならいいんだけど」
河合兄妹といるときはついつい声が大きくなりがちだから気をつけないと。
進んで迷惑をかけたい人間なんていないんだ、知ったからにはちゃんとしないとな。
「それに合わせてくれるあんたが好きよ」
「ありがとさん」
「じゃ、ここまででいいわ、それじゃ」
「おーう、それじゃあな」
おいおい、杉浦は大丈夫なのか?
もちろん友達としてはということは分かっているが、ちょいと合わせただけで好きになってしまうのは問題ではないだろうか?
まあ言われて嫌な気はしないから杉浦はそうだったと片付けて帰路に就いたのだった。
「納得できないことがあります」
呼ばれて行ってみたらこれだった。
「どうした?」
「あのさ、匠くんちょっと浮かれ過ぎじゃない?」
「え、マジ? そんな風に見えたか?」
こっちは休日だからと昼まで寝ようとしていたところだった。
誰とも約束していないし、誰からも誘われないだろうからとのんびりしようとしていたのだ。
「匠くんの周りに急に女の子が現れすぎ」
「ああ、確かにそうだな」
珠樹&雫及び杉浦と、これまでを考えたらありえないぐらいの異性と関われている。
ただまあなにもないから言っても仕方がない話だ。
「しかも杉浦さんと一緒に行動しすぎじゃない?」
「確かにそうだな、学校でも気づけば一緒にいるからな」
「もしかして、好きなの?」
「普通に友達としては好きだ、文もそうだぞ?」
基本的に人を嫌いになったりはしない。
そりゃ余程合わなさそうな性格だったら嫌いにもなるかもしれないが。
どちらかと言えば好きになれた方がいいから分かり合おうとちゃんとする。
珠樹達がもしあのまま冷たいままだったら、もしかしたら嫌いになっていたかもしれない。
「杉浦はクラスメイト全員と仲良くなりたいらしくてさ、次は健二と仲良くするらしいぜ」
「そうなんだ、お兄ちゃんとならすぐに仲良くなれそうだね」
「ああ、健二と無理だったら他は無理だな」
みんなと仲良くから◯◯と仲良くに変わる可能性もある。
そうなったら友達として応援してやるつもりでいる。
相手が健二だったら応援しや――すいだろうか?
恐らく健二が気持ちを吐いてくるだろうから、もしその内容が悪い方向へのものだったら真っ直ぐに応援できないかもしれない。
「話はそれだけか? 別になにもないから気にするなよ」
「まあその話は終わりでいいや、でも、まだ帰さないよ」
「別にいいぞ、帰っても暇だからな」
河合家なら緊張するだなんてこともないから寝転ぶことにした。
そうしたら横に文が座ってきてこっちを見てきた。
「どうした? お兄ちゃんがいなくて寂しいのか?」
「うん、だから匠くんが代わりに相手をしてよ」
「どうすればいいんだ?」
昼寝をしたいのなら付き合ってやれる。
外に行きたいということならお金をあまり使わない場所が良かった。
ラーメンを食べに行くという約束をしているから無駄遣いはできるだけしたくない。
「膝枕をして」
「俺がか? まあいいけど」
座ったらすぐに体重を預けてきた。
……正直に言えば男側がしてもらう側だと思うんだ。
「頭も撫でて」
「今日は甘えん坊かよ」
「最近は匠くんが相手をしてくれなかったから」
まあこれは手を動かしていれば相手も満足するんだからいいか。
にしても気軽に触らせるべきじゃないと思うけどな。
文といるとそこが心配になる、信用してくれているのなら嬉しいけど。
「私ね、珠樹さんと話すのちょっと怖いんだ」
「分からなくもないな、あんまり言いたくないけど」
「うん、だからついつい雫ちゃんとばっかり話しちゃって……可哀相なことをしちゃっているのかもしれない」
本人は至ってなにも気にしていなさそうな感じでいる。
家でも雫がいてくれるならいい的な雰囲気をまとっているため、それがなくなったらどうなるのかは分からない。
雫だっていつまでもお姉ちゃんばかりと一緒にいるというわけではないだろう。
文と関わることできっかけというのが絶対にできる。
もしお姉ちゃんだけひとりでいることになったら……。
「雫のこと頼むわ」
「うん……」
「珠樹には俺が聞いておくからさ」
ふたりの相手をしてくれなんて言えない。
だから大丈夫なのかどうかを毎日聞くようにすればいいだろう。
仮にそれで嫌われてしまったとしても、珠樹の方からなんとかしようと動いてくれるはずで。
「あ、勘違いしないでほしいんだけど、あくまで普通に仲良くしたいんだ」
「おう、そりゃ珠樹も嬉しいだろうな」
「そうだといいんだけどね……」
妹が大切なのはそのままでいい。
ただ、ひとりだけでも妹以外の関われる子がいたら状態は凄く変わる。
いいことばかりでもないだろうが少なくとも悪いことばかりではない。
変なプライドがなければいいな、頑なだとどうしようもないから。
「なんかずるいんだけどさ、このことを珠樹さんに言ってくれないかな?」
「分かった、別にずるくなんかねえよ」
「ありがとう、匠くんがいてくれて良かった」
まだなにもしていないのに礼を言われても困る。
それに文はこれまで俺を支えてきてくれたわけだから力になりたいのはこちらの方だ。
恥ずかしいから言えなかったものの、それを伝えるためにわしゃわしゃと頭を撫でておいた。
やはり手入れをしているからかさらさらで手触りが良かった。
「――ということらしいんだ」
リビングにひとりでいてくれて助かった。
なんとなく雫がいると言いづらいから仕方がない。
「私、怖く見える?」
「ちゃんと話し始めるまではそう見えたな、なんか敵視されていたしな」
「そういうつもりはなかったのよ、ただ……雫を守らなくちゃと思って」
「そうだよな、雫にとって唯一の味方が珠樹だからな」
父がいるとはいっても学生ではないから珠樹が頑張るしかない。
幸い、ここら辺りの人間は基本的にいい人間が多いが、中には気に入らなくて排除しようとするのもいるかもしれないからな。
「とにかく河合さんが言いたいことは分かったわ」
「おう、あ、もしひとりになったらどうするんだ?」
「別に構わないわ、雫は雫で楽しくやってくれればいいのよ」
「でも、それじゃ寂しいだろ? 文だったら受け入れてくれるから仲良くしてみろよ」
絶対に悪く言ってきたりなんかしない。
それどころか長く一緒にいる他の友達と同じように接してくれるはずだ。
河合兄妹とはそういう人間なんだ、困っている人を見かけたら放っておけない性格で。
「寂しくないわ、雫が堂々とできるようになればそれでいい」
「そうか……」
「それにいまは帰ったらあなたがいるじゃない」
あれから予定がなければ早く帰ることにしているから確かにその通りだ。
ふたりの方が帰宅時間が遅いから昔みたいにひとりでぼけっとしていることが多かった。
だったら家事をすればいいだろと言われたらそれまでではあるが、何故か珠樹から禁止にされているからしようにもできないままで。
「まあ双子だからって毎日一緒に帰れるわけじゃないか」
「ええ、前のところにいたときなんかもっと酷かったのよ? 家に帰っても誰もいなくて、ご飯を作って待っていても帰ってこなくてね」
「そんなに帰宅時間がずれていたのか?」
「そうね、部活動が終わった後も友達と長く話してくることが多かったから。それで理由を聞いてみたの、そうしたらあの静かな家に早く帰りたくないと言われてしまって……」
でも、その気持ちは分かってしまう。
俺もひとりのときはどうせ母はすぐに帰ってこないからということで外にいた。
最近は敵視されていたから帰らないようにしていたわけだし、おかしいとは言えない。
「ほら、いまだって一緒にいるわけではないでしょう?」
「あれ、そういえばどこにいるんだ?」
「お出かけしているのよ、誰ととは言ってこなかったけれど」
じゃあ、都合が悪いときだけ利用しているということなのだろうか?
ナチュラルに利用しようとしてしまう俺的には悪くも言えない。
お姉ちゃんが大好き、ということではないのだろうか?
「そうだ、時間があるなら歩かないか?」
「あなたと? 別にいいけれど」
家にこもっていたっていいことはあるけど動いた方がやはりいい。
「悪かったな、なんにも珠樹達の気持ちを考えずにさ」
「いえ、私も無意味に冷たい態度を取ってしまったから」
「困ったらなんでも言えよな」
時間だけは沢山あるから自由に言ってきてほしい。
できることなら手伝うし、できなさそうなことなら健二や杉浦を頼るから。
もうひとりで頑張る必要はない、せっかく家族になったんだから頼ってほしかった。
「匠」
「ん?」
「雫が困っていそうだったら聞いてあげてちょうだい」
「おう、聞くぐらいは俺でもできるからな」
……今日のこれは一応案内するために出てきたのもあったのが、俺がそもそもこの地元を特に細かく知っているわけではないから無意味なものになってしまった。
救いなのは珠樹が拒まずに付いてきてくれたことだろうか? そのおかげでメンタルが死なないで済んでいる。
「あれ、中田じゃない」
「お、杉浦か」
こんな中途半端なところで遭遇するとは珍しい。
「珠樹ちゃんもいたのね、こんにちは」
「こんにちは」
「んー、雫ちゃんはいないの?」
「今日はお出かけしているんです、杉浦先輩はどこかに行こうとしていたんですか?」
「いや、暇だったから歩いていたのよ、家にいたくないの」
家にいたくない人間って結構多いんだな。
何故なんだろうか? 悪い理由でなければいいんだが。
「あ、私も一緒に行ってもいい?」
「私は大丈夫ですよ」
「特に目的もないから自由に参加してくれればいい」
こうしてひとりとだけでもいいから話せるようになってほしい。
そこはまあ義理とはいえ兄であり年上だからこその考えだと思う。
いきなり変化しても意外と対応できるんだなって意外な気持ちでいた。
「双子ってどういう感じ?」
「え……あ、えっと、あくまで普通の姉妹って感じですけどね」
「なんか趣味が似ているとかそういうのはないの?」
「好きな物は全く違うんです、双子なのかどうか分からなくなってくるぐらいですよ」
結局はそんなものではないだろうか。
家族とはいっても他人なわけだから違くて当然で。
「でもいいわね、兄や妹がいてくれるのは」
「ひとりっ子なんですか?」
「いえ、兄がいるのよ」
ということはその兄が理由で家にいたくないんだろうか?
って決めつけはよくないな、反省しよう。
「どうしたのよ、さっきからなにも喋らないじゃない」
「邪魔したくなかったんだ」
「余計なこと考えなくていいから」
ぺらぺら話しておいてあれだが、俺は聞く方が好きなのかもしれない。
というか、珠樹が雫以外の人間と話しているところを見てなんか満足できたんだ。
「あんたが話さないと珠樹ちゃんが緊張するでしょうが」
「でも、出しゃばるのはな」
「なによ、普段はあんなに嬉々として話しかけてくるくせに」
それはどこの俺だろうか?
その後も考えてみたが結局分かることはなかった。
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