02話.[ならないだろう]

「ねえ」


 目を開けたら妹の片割れがいた。

 何故、どうしてと困惑している内に更に一歩近づいて来る。

 うざいからここで消してしまおうということなのか?


「あ、どうした?」

「ちょっと来なさい」


 片方は母みたいな喋り方でもう片方は文みたいな喋り方をする。

 ……あくまでも敵視されているから気にいらないだけで、こっちは変に壁を作ったりしているわけではない、はず。


「それで?」

「これよ、どうして昨日は食べなかったの?」

「悪い、友達……クラスメイトと飲食店に行ってな」


 だからわざとではないということを分かってほしかった。

 飲食店に行ったということは母には言ってあるからなにも言われなかったし。

 だって仕方がないんだ、俺は姉妹の連絡先を知っているわけではないから。

 まあこうして残すようなことになってしまったのは申し訳ないが、そこまで大食というわけでもないから余裕がなくてなあ……。


「いまからでも食べさせてもらうけど」

「もういいわ」


 結局これじゃあな。

 しかも捨てるとかありえないだろ。

 ……もう完全に仲良くしようという気持ちが全くない。

 そういうのもあって近づくだけ無駄って考えが強くなって、益々距離ができていくと。

 けどまあ、俺らはこのままでも問題はない。

 喧嘩にさえ発展しなければ離婚に、なんてことにもならないだろう。

 母と新しい父さえ仲良ければ面倒くさいことになることは多分ない。


「おはよう」

「おはようございます」


 いや本当に宮里先生とか昨日の女子と比べるとうんちだ。

 あんな可愛げがない人間は初めて見た、中々いないぞあんなのは。

 もちろん俺だって悪いのは分かっているが、それにしたって捨てたのは納得がいかない。


「――ということがあったんですけど、先生的にはどう思いますか?」

「うーん、中田も確かに悪いかもしれないけど、捨てるのはやりすぎじゃないか?」

「ですよね、俺もそこが引っかかっているんですよ」


 別に罵倒をしてくる程度なら普通に流せた。

 でも、食べると言っているのに一方的に切り捨てて捨てるのは違う。


「家に電話をかけるべきだったな」

「はい、なので今日からは作らなくていいと言ってきました」

「意図的に残っているのはあんまり関係が良くないからか?」

「はい、駄目なんですよ」


 歩み寄ろうとした結果がいまのあれだ。

 そうでもなければ遅くまで残ったりはしない。

 そうでなくても時間をつぶす手段が限られているのにな。


「おはようございます」

「おはよう」


 昨日の女子が登校してきた。

 当然、こちらが言いたいのは昨日の礼だ。


「昨日はありがとな」

「別にいいわよ、私だって付き合ってもらったじゃない」

「そうか、なら良かった」


 席に座ってぼけっとする。

 早めに登校するのもすっかり慣れたものだ。

 この人数が少ない教室でゆっくりするのが好きにすらなっていた。


「中田、あんたには義理の妹がいるのよね?」

「おう」

「今度、会ってみたいんだけど」

「いいんじゃないか? 多分、ちゃんと対応してくれるぞ」


 外面だけはいいから実は不仲、なんてイメージはできないだろう。

 他所の人間にきつく当たっているわけではないのならそれでいい。

 俺がきつく当たられるだけで済んでいるということならな。


「あと、昨日の子……えっと、そう、文ちゃんとも会いたいわね」

「文の方が簡単に会えるぞ、健二に頼めばいいわけだからな」

「でも、河合は部活動に入っているわけだし……」

「分かったよ、会いたくなったら言ってくれ」


 健二がいてくれれば多少はきっかけ作りができるんだけどなあ。

 残念ながら部活動がない日なんてほとんどないし、仮に休みがあっても休みたいだろうから気軽には誘いづらいから難しい。

 あいつは付き合いがいいからついつい甘えてしまいたくなるが、他に優先したいことだって沢山あるだろうからな。

 それこそ気になる異性と過ごしたいだろうから? 野郎の頼みなんか聞いている場合じゃないよなということで……。


「中田、昨日は楽しかったわ」

「俺も楽しかったぜ」

「だから連絡先を交換しましょう、また遊びに行きたいから」

「あいよ」


 彼女が相手なら嫌な感じはしない。

 もちろんこれからどうなるのかは分からない。

 でも、先生の言うようにマイナス思考をしてばかりいるのも問題だからいいとしよう。

 せっかく来てくれているんだから拒絶して嫌われる必要はないんだ。


「あのさ、名字だけでも教えてくれないか?」

「はあ? 分かってなかったの?」

「悪い」

「まあいいわ。私は杉浦麻耶まやよ、よろしくね」

「おう、よろしく」


 彼女と関わることでもしかしたら今後やりやすくなることが出てくるかもしれない。

 ……当たり前のように利用しようとしているところが悪いとしか言いようがないが、表に出さなければそう問題もないだろうと正当化させた。

 とにかく現在の状態よりも悪くならなければそれでいいが……。

 悪く考えるのはやめよう、実際にそうなりかねないからな。




「あの、匠さん」


 珍しく一階でのんびりしていたら片割れ――妹のしずくが話しかけてきた。

 雫の姉である珠樹たまきがいないかを確認してからどうしたと聞いてみる。


「あの、ごめんね?」

「な、なんでだ?」


 もしかしたら珠樹に命令されていたのだろうか?

 落ち着いて話したのはこれが初めてだが、なんかそのようにしか考えられない。

 寧ろ珠樹が命令されている可能性もあるからなんとも言えないが。


「お姉ちゃんもそうだけどなんか上手く話せていないから」

「まだ一ヶ月ちょっとだからな、仕方がないんじゃないのか?」


 同じ家の中に年頃の異性がいると考えたら女子的にはないのかもしれないし。

 最初から家族だったならその限りではないだろうが。


「私達のせいで早く帰らないようにしているんだよね? 匠さん達の家なのに」

「いや、俺は単純に外で過ごすのが好きなだけだ、ふたりが家事をやってくれるようになって助かっているぐらいだぞ」


 一応これでも毎日やってきて大変なことは分かっていた。

 だから残されるのは複雑だと分かっていたはずなのに馬鹿なことをしてしまったのかもしれないといまは反省している。

 少なくとも無理やり突っ込んでおけばよかった、そうすれば捨てられなくて済んだから。


「ふたりが悪いわけじゃないからそこは勘違いしないでくれ」

「匠さん……」


 そのタイミングで姉の方が下りてきて「なにをしているの?」と。


「雫とお喋りしてたんだ」

「それは見ていれば分かるわ」

「あー、ま、部屋に戻るからゆっくりしてくれ」


 課題をやっていなかったことを思い出して昼の内にしてしまうことにした。

 おお、なんか珍しく平和なまま終わることができたぞと少し喜んでいた。

 ああいうのでいいんだよ、仲良くなくてもいいから嫌な気持ちにならない感じでさ。


「匠、入るわよ」

「お、おう」


 だが、そうはならないというのが現実なのかねえ。

 冷たい顔の姉がやって来てしまった。

 後ろに雫がいない分、まだ惨めな気持ちにはならないけども。


「……この前のはやりすぎたわ、ごめんなさい」

「いや、せっかく作ってくれたのに食べなかった俺が悪いからな」

「食材に申し訳ないことをしてしまったわ……」


 それだけは確かに悪い。

 でも、こうして反省しているのなら次はもうしないだろうから大丈夫なはずだ。


「あ、それよりなにか用があったのか?」

「謝罪をしたかっただけよ」

「そうか、まあこれからよろしく頼むわ」

「でも、ご飯は作らなくていいって……」

「あ、いや、捨てられるぐらいならって考えてな……」


 ただまあ、仮にあってもたまにだからちょっと極端に動きすぎたか。

 姉妹が作ってくれるご飯は普通に美味しくておかわりしたくなるぐらいなわけだし。


「味付けが気に入らない……とかではないのね?」

「当たり前だ、寧ろ美味しくてありがたいよ」

「じゃあ作るわ、なにかがあるなら連絡してくれれば合わせるから」

「あ、じゃあ交換しようぜ、家の電話しか知らないからさ」


 で、これまでのはなんだったのか、と言いたくなるぐらい平和にいってしまった。


「この後って時間……ある?」

「おう、特になにもないぞ」

「……河合さんに会いに行きたいの、転校してから毎日来てくれているから」

「分かった、行くか」


 そういえば中三で転校ってそりゃ大変だな。

 そのことも分かってやるべきだったのかもしれない。

 しかも慣れない土地、家には異性とその母親、そりゃああいう態度になってもおかしくない。

 自分達を守るためには仕方がないことだったんだ、馬鹿だったな俺は。


「はーい、あ、中田さん!」

「こんにちは、あなたにお礼が言いたくて来たの」

「お礼? 私は特になにもできていないけど……」

「あなたは来てくれたじゃない、あまり上手くは対応できなかったけれど助かっていたの」

「そうなんだ! あ、どうせ来たなら上がってよ!」


 帰ろうとしたら文に腕を掴まれて駄目だった。

 多少は珠樹達のことを考えて帰ってやろうとしたのになんでなのか。


「どうぞ」

「ありがとう」

「匠くんも」

「ありがとな」


 ちなみに雫はまだ慣れていないらしく今日ここには来ていない。

 なんか人見知りとかしそうだから無理もないか、それでもすぐに慣れることだろう。


「ん? どうした?」

「いえ、河合さんと仲いいのね」

「まあな、文の兄貴と親友だからな」


 その兄は今日、部活で案の定いないけども。


「えっと、雫ちゃんは……」

「恥ずかしいみたいで」

「そうなんだ?」


 文相手に緊張して近づかないのはもったいない。

 さっさと大丈夫だと判断して仲良くした方が良かった。

 これから同じ受験生として頑張ろうとしているところなら尚更なこと。


「名前で呼んでいるということは珠樹とよりは仲いいのか?」

「うーん、ただ、話す機会は結構あるよ?」


 妹はどこか驚いたような感じで「そうなの? 意外ね」と言った。

 ふたりでばかり一緒にいると聞いていたから俺としても少し意外だったかもしれない。


「あ、もちろん中田さんとも仲良くしたいからね?」

「ふふ、ありがとう」

「だからもっと来てっ、私もどんどん行くからっ」

「ええ、分かったわ」


 いい感じにまとまりそうだった。

 そもそもの話、珠樹は文が来てくれていることに対して礼を言いにきたんだから当然か。

 これぐらい柔らかい態度で引き続きいてくれればいいなと願ったのだった。




「中田、私はひとつ言いたいことがある」

「なんですか?」


 雑だっただろうか? 所詮俺レベルだから許してほしい。

 納得できないのであれば俺になんか頼むべきじゃない。

 他には真面目な生徒や器用な生徒などが沢山いることだろう。


「妹さん達と普通に話せるようになったのだろう? それなのにどうしてまだ早いんだ?」

「あ、そのことですか、うーん、気に入ったからですかね」


 あと、俺が先生を気に入っているというのもある。

 こうして話しかけてくれるからいいんだ、意外とひとりでいたくない人間だからありがたい。


「先生と話すためにですよ、朝を逃したらその日一日は話せないと言っても過言ではないし」

「それはありがたいがもう三十分遅くてもいいと思うぞ?」

「いいじゃないですか。静かな場所で先生となにかをする、それが俺にとって好きな時間ですから気にしないでください」


 来年になったら担任の先生が変わってしまうかもしれない。

 そうなった場合に誰かひとりでも気軽にとまではいかなくても話せる教師が必要だ。

 先生のことは分かっているから先生の方がいい、ならこういう時間を大切にしないとなという感じで行動していた。


「少し変わったな、やはり妹さん達と上手くいくようになったからか?」

「そうですね、それは多少あると思います」


 家にだってわざわざ遅く残ってから帰るような必要もなくなった。

 母も俺達が一緒にいるところを見て喜んでくれていると思う。

 相変わらず再婚相手――父とは話したことがないけど……大丈夫なはず。


「というか、毎日毎日よくこれだけやらなければならないことがありますよね」

「色々準備が必要だからな、別に無理して手伝わなくていいんだぞ?」

「いえ、前も言ったように利用させてもらっているんです」

「中田はどこかずれてるな」


 ただ、やはり任せてくれることは簡単なことばかりなのは分かっている。

 だから今日もそう時間が経過していない内に終わりがきてしまった。

 先生もそうなると一旦、職員室の方に戻るからなんか申し訳なくなってくるぐらい。

 もしかしたら俺がほぼひとりでいるから心配してくれている可能性がある。


「おはよ」

「おう、今日も早いな」

「あんまり寝られなくてね」


 運動不足というのもあるのかもしれない。

 中学のときは部活があったからそれだけ体を動かしていたんだ。

 でも、高校のいまは任意であり、それをしていないとなると全く体を動かしていないと言っても過言ではない日があるからそうなるのかもしれない。


「杉浦、会いにきたかったらいつでも言えよな」

「あ、そういえばそういう話をしたわね、それなら金曜日の放課後でいい?」

「分かった」


 できれば文も連れて行ってやりたいが……できるだろうか?

 雫と珠樹にとって杉浦は全く知らない人間だから知っている人間がいてくれれば多少はマシになるはず。


「ん? あんた……なんか少し変わったね」

「そうか?」

「うん、ちょっと明るくなった感じがする」


 理不尽に敵視されていないというだけで全く違うんだ。

 最悪仲良くなれなくてもそれでいいからこれからもいまの状態でいたい。


「分かったわっ」

「おう」

「私が友達になってあげたからねっ」

「ま、杉浦はなんか話しやすいからそうかもな」


 いきなり出かけて気まずくならずに帰ってこられたというだけで大きい。

 それどころか普通に楽しかったわけだからきっとパワーを貰えたんだと思う。

 だから表には出さずに珠樹や雫とも普通に話せたわけだ。


「ひ、否定しなさいよ」

「これからも頼むぜ、ふたり目の友達だからな」

「文ちゃんとかは違うの?」

「あー、同級生で、という括りだな」


 ただ、たまには健二とゆっくり過ごしたいという気持ちはあった。

 やはりあいつは俺にとって重要だから仕方がない。


「よう」

「健二っ」

「な、なんだよっ」

「いや、なんか健二の顔を見るとやっぱり落ち着くよ」

「まあそりゃそうだろうな、俺が風邪を引いたりなんかしたらお前は寝込むぞ」


 流石にそこまでではなくても不安になる。

 だって毎日元気いっぱいなやつが弱々になったら違和感しかないだろ?

 だからいつまでも元気なままでいてほしい、それが健二がしなければならないことだ。


「ま、いまとなっては杉浦と友達になれたから問題もないんだけどな」

「おいおいおい、それとこれとは別だろ」


 確かにそうだ、だが、いまさらになって気恥ずかしくなったから話を変えることに。

 野郎に嬉々として近づいている野郎って気持ちが悪いだろこれと。


「今度、ラーメンでも食べに行こうぜ」

「分かった、そのときは絶対に文、珠樹ちゃん、雫ちゃんも連れて行くからな」

「ん? 別にいいけど?」

「え……」

「じゃあ今度な」


 もう昨日までとは違うんだ。

 ただその今度がいつになるのかが分からないがな。

 部活動が毎日のようにあるから放課後に、とはなりづらい。

 休日を使うにしても誰かの予定が合わなかったりするといつまでもできないということも有り得そうだ。


「お、おいおい、大丈夫なのか?」

「おう、心配しなくて大丈夫だぞ」

「そ、そうか、じゃあ今度そういうことでな」


 そのときはもちろん健二や杉浦に相手を任せるつもりでいる。

 普通に話せるようになったとはいえ、いきなり兄面とかすると多分また悪い方へ繋がる。

 参加できればだが、文の存在も大きい。

 慣れない人間ばかりで緊張もするだろうからいい感じに支えてやってほしかった。

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