くるいくるくるくるくるり

インドカレー味のドラえもん

くるいくるくるくるくるり

 がたんごとんと規則的な揺れが、僕を過去へと誘う。

 揺り籠の車窓を眺めながら、僕はこの旅行に出るきっかけとなった日を思い出していた。


 十一月―――冬の日、とても寒い日。

 卒論のテーマを決めかねていた僕は、なにかきっかけになる物でもあればと町外れに在る古本屋に立ち寄って、そこで一冊の本と出会った。


 本の内容は日本の古い伝承や民族について。いくつもの事例が記されていたが、特に印象に残ったのは東北のある寒村で流行った奇病の話だった。


 その集落は奇妙な流行りやまいに侵され、村人の五分の一程が死んでしまった。近くの森に自生する花が特効薬になる事が判り村ごとの全滅は免れたが、その病を完治させることは出来ず村人たちは定期的にその花から作った生薬を摂取しなければいけないようになったというもの。


 伝承とは本来、後世に何かを伝えるために残される物だ。

 けれどこの話には肝心の病の症状、花の種類やその栽培方法なども載っておらず、村の場所も定かではない。


 例えばだけど、花の種類さえ記されていればそれに含まれる成分から病気の種類を絞り込む事が出来るんじゃないか?

 当時はまだ治療法が確立されていない、現代科学が克服したしたかつて死に至る病。

 病とそれに効く花、つまり薬草。その薬効成分。


 けれどこの話からはそういったものがいまいち伝わってこない。言ってしまえば酷く創作臭いものだった。


 ではどうしてそんな話が一番印象に残っているのかと言えば―――それは隣に座る彼女のせいである。


 喫茶店でちょうどその話を読んでいる時、たまたま横を通り過ぎようとした彼女が躓いて、トレーに乗せられていたカップが踊り僕の上着を濡らした。


 何かお詫びを、いえいえお気になさらずとの問答を経て彼女と同席する流れになり、色々話をしている内に僕は彼女の事を知って、彼女は僕の事を知る。


 それから二人は偶に会うようになり、僕は―――僕達は恋に落ちた。


 今、僕達は彼女の故郷へと向かっている。

 電車とバスとを乗り継いで、そこから更に歩く事数時間。


 生粋の都会っ子である僕の足腰にはかなり辛い旅路だったが、彼女に情けないところは見せたくないと見栄を張り続け、なんとか弱音を吐く事なく目的地、彼女の生まれ故郷に辿り着く。


 外の人間が珍しいのか、村人達の視線を感じながら村はずれに建つという彼女の実家へ向かう。


 彼女の家族は明日のお昼頃まで出払っているらしく、今日は二人きりで過ごす事になるみたいだ。

 今更二人きりが恥ずかしいなんて初心な関係では無いが、実家でというのは独特の気まずさを感じる。

 それは彼女も同じなのか、彼女は言葉少なく台所へと向かった。


 夕食を準備してくれている間、いつも彼女の部屋で飲んでいたのと同じ赤茶色のお茶をいただく。

 ウコン茶などと同じく独特の風味があり初めて飲んだ時は違和を感じたが、慣れるとこれはこれで謎の中毒性がある不思議な味だ。

 少なくとも、今の僕は嫌いではない。


 しばらくして運ばれて来た料理にもこのお茶に使われているのと同じ茶葉が使われているらしく、このあたりで採れるのかと聞くと、家の裏にある森で採れると彼女は答えた。


 食事を終えて、お風呂を頂いて。

 湯船に浮かんでいた赤い花にはリラックス効果があるらしい。


 あてがわれた部屋からは森が見えて、こんな夜更けに見えるはずがないのに、木々の隙間で赤い花が揺れている。

 瞼に浮かぶ赤色を振り払うようにかぶりを振って、僕は眠ろうと―――


 ……。


 ……気が付くと、僕は森を歩いていた。


 幽鬼のような足取りで、けれど誘われるように、ひとつの方角に。


 やがて開けた先には、血のように赤い一面の花畑。


 さざ波のように揺れる赤。

 僕は夢心地のまま、花の海を泳ぐ。


 丸く開いた小さな空間に、切り株で出来た小さな椅子。

 身体を包む倦怠感にたまらず座り込む。

 花を刈るための物か、足元には赤黒く錆びた鎌が置いてあった。


 愛しい彼女の首筋を撫でるように狩り取って、嗅ぎ慣れた赤の匂いに頭がくらくらする。


 ―――瞬間、僕の首から花が咲く。

 手にした物と同じ赤い花。

 血管から葉脈に、僕は巡る。

 僕の血を吸った赤い花が、歓喜するように大きく揺れた。


 眼下に踊る赤が迫る。強い衝撃。

 ……薄れゆく意識の中、視界の端に映る愛しい人。

 ―――最後に一輪、赤い花が咲いた。



「失敗じゃ」

「失敗じゃのう」

「……馬鹿な娘や。村のもんの血で咲けんのはわかっておったけ、まさか枯れるとは思わんかったわ」

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