第49話 無垢な子供を洗脳し戦地に送り出す極悪人について


 改めて意識して周りを見てみると、訪れたときよりも古城ここを覆う暗闇が薄くなっているのに気がついた。闇を生み出していた黒竜がミアに取り込まれた影響だろうか。

 彼女の『叡智』について細かいところまでは教えられていないので、断言は一切できないのだけれど。


 そんなことを考えながらも、壁に天井に床になりふり構わずぶち空けられた大穴をくぐり、走り、全走力をもってアルラとミアを追っている現在。


「………………うぅ」


 隣を走って小さく唸るニーナの表情が、まるで薄らいだ闇を埋め合わせているかのように暗い。

 原因は明白。今まさに殺されようとしているアルラを慮っているのだろう。


「……そんな心配することないだろ。お前俺よりずっと耳がいいって話じゃなかったっけ?」

「……多分そうだけど」

「ならわかるだろ?こんな離れるのに暴れる音が俺でも聞こえるくらいだし、アルラが抵抗できない状態になってるとは考えづらい。怪我でもしてたら『叡智』は使えないってなると、今もどうにか無傷でやり過ごせてるのは確実だ」

「………………それは、そうなんだけど……」


 なんて風に濁される語尾。魔人の少女は駆ける速度だけは落とさないものの、どうしようもない不安を噛み殺すかのように俯いている。


 正直、予想外の反応であった。

 アルラいもうとの命が危機に晒されている――――姉妹も兄弟もいない詩音には想像することしかできないことだけど、そんな状況は例え砂粒のような可能性であっても平静にいられるものではないのかもしれない。


 しかし、自身の無知を加味したとしても、今の今まで傍若無人に振る舞い続けていたニーナが、こうまでひとの無事を案じて、心乱す姿を見せるというのは凄く意外で、欠片も予想もしなかったことで。


「………………大丈夫、だって」


 思わず、胸の内から熱いものがこみ上げてくる。








 要するに、ストレス性の胃痛で死にそうだった。


 ――うわぁ……!マジで心配してんじゃん、なんなんだよこいつ……!こんな時だけらしくないことすんのやめてくれよ胸と胃が痛むんだけど……!!


 実のところをいうとアルラは死なない。それも『今のところは無傷』なんて状況など遙か彼方に通り過ぎたボーダーライン、今この場での危険は全くのゼロ。絶対に確定確実に死なないのである。仮に今この瞬間アルラが心臓発作を起こして卒倒したとしても驚きの生存率100%、自宅のベッドでうつらうつらしている時以上の安全性が確保されているのだ。


 ……ということを、今この場、志無崎詩音じぶん1人だけが知っている。

 熱い感情は言い換えるならば『罪悪感』。ニーナの焦燥が杞憂だと知りつつだんまりを決め込む己に向けた恥の熱感である。


「…………いや……だって、あんなのが相手だよ……?」

「……ダイジョウブダロ」


 神妙に呟くニーナの姿。まともに見られるわけがない。

 というか、こいつはなんで最悪なタイミングで聖女度が跳ね上がるのだろうか。あの日『医者』の部屋に無許可で上がり込み当然のように荒らして回った精神性は何処にいったのかと問い詰めたい。おかげでインフレーションを起こして暴れ回っている罪悪感。どう責任を取ってくれるのかと八つ当たりを始めてしまいそうな不安定極まった糞餓鬼メンタリティ。両者を必死に押さえつけながら、半ばヤケクソに地を蹴った。


 そう、例の如く志無崎詩音はチート系転生者。貰い物のぶっ壊れスキルで無双しドヤ顔を決めるお仕事を2年以上も勤め上げてきたその道のプロフェッショナル。倫理のもやもやに目を瞑ることで基本的に最強。無敵なのである。

 つまるところ、暗闇も晴れてきた現在、『叡智チート』の照準を遮るものは何もなく、今現在詩音の目には古城全体が細部まで完璧にえている。ミアとアルラも例外ではなく、瓦礫をまき散らしながら進撃するぐちゃぐちゃに捻れた黒竜の塊ミアの様子も、それを必死に躱して逃げ惑う紫色の魔人アルラの様子も確認済み。

 そして、照準内ということはいつでも撃てるということでもあり、誰かが危なくなったらその瞬間チートでミアを無力化してはいおしまい。糞ゲーだけど超絶安全策だ。硬いにも程がある保険がかかっている以上、アルラが死ぬことは絶対にあり得ないということ。

 そして、今すぐそれをしない理由もお察しの通り、いつもの通りにチートの隠蔽。


 ……なのは間違い無いが、今回ばかりは毛色が違う。


 ミアは、前世の詩音じぶんのパーティーメンバーであり、『叡智』のこともよく知っている。


 ――にばれるのとは訳が違うぞ……!ヤバいスキル持ちがいるって噂が広まるリスクじゃなくて、始末したはずの志無崎詩音の『叡智』が見つかるリスク……!!最悪この場で特定される可能性だってある……!!


 そうなった場合、ミアはどういう行動に出るだろうか。


 どうやっても敵わない敵を口汚く罵るのだろうか、形ばかりの低頭を見せ許しを請うのだろうか、今度こそ殺しに来ようとするのだろうか、仲間割れしたヴェートやラヴェルと再び手を組んでまで殺しに来ることだってあるかもしれない。

 わからないが、わからない以上、最悪の場合は世界が滅ぶ。


 つまり、詩音じぶんはこれからを、この腐った身体能力のみで止めなくてはいけないということになる。

 どう考えても不可能だがやるしかない。できないのならば世界が滅ぶ。


 同時に、中途半端に事情を説明した状態のニーナをミアに接触させるのは非常に危険。ニーナを信用できないとは言えないが、チートを知られることの危険性を十二分に伝えられる時間を用意できるまでは無理。アルラの安全の理由も説明できず、不安に包まれたままの状態でいてもらうしかないというわけなのだ。


 騙してるようで悪いが世界の為だ致し方ない。

 というかあれだ、頭脳派転生者特有の情報戦というやつだ。言葉巧みに相手を操る心象操作的なアレだから、道徳的にもグレーゾーンにあたる。俺は悪くない。胃が痛いけど。


 と、そんなキリキリした苦痛の中、隣のニーナがゆっくり顔を上げた。何故だか凄く胃が痛い。


「……ね、コトノ」

「…………どうした?」

「コトノだけでなんとかならない?ボクどう考えても足手まといだし火傷痛いし今すぐ帰って寝たいんだけど」

「…………あ゛ぁ!??何言ってんのお前!??」


 ニーナは、今までと全く同じトーンで、もの凄く心配そうな声をあげる。


「いや、普通に考えて、あんな化物暴れてるところに近づくなんて化物以外には危ないことなんだよ……?助けにいくのはコトノだけでよくない……?」

「……まさかさっきからローテンションの理由ってそれか!?アルラのこと心配してたわけじゃなくて己の身を!??」

「ああ……心配は心配だけどボクが悩んでどうこうできる問題じゃないし、そのあたりは全部コトノ任せだね、ごめん。ボクにできるのは役立たずを無駄に地獄に連れて行くリスクについて考えることくらい。具体的にはボクは安全圏まで撤退して寝てるのがベストだと思うんだけど」

「働けクソがッッ!!アルラは妹なんだろ助けたいんだろ俺ちょっと感動したんだぞもう少しだけ頑張ってくれ!!頼む!!」

「……アルラが死ぬのは嫌だけど、それを止めるのにボクが関与するかは別カテゴリーだよね。正直あんなモンスターが暴れてるところにボクが突っ込んでプラスになることはないだろうし、いらない危険はカットしていきたい」

「……役立つから!!めっちゃ必要だからお前!!それに絶対危なくないから!!頑張ろう!!な!?」

「…………えぇ……?ほんとに要る……?」

「要る!!頑張れ!!お前は強い!!ネガティブを捨てろ!!あーあーあー強くてカッコかわいいニーナ様の助力を是非とも頂きたいなぁー!!」

「…………そっ、そうなの……?」

「…………!??…………ああそうだとも!!強い!!凄い!!カッコいい!!かわいい!!もしかして完璧じゃないのかお前一体欠点は何処にあるんだ!???」


 一呼吸置き、……ふぅ、と小さく吐き出される少女の吐息。


「…………………………まぁ、そういう側面がボクにあるのは否定できないけどね?……無いかも。欠点。」

「……すげぇ!!」


 洗脳が始まった。

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