第47話 7割5分ほど裏切り者達


 上階大穴から見下すアルラが掌から解き放った白光は、当たり前ではあるが、目視も認識も不可能な速度でこちらに降り注ぐ。

 気づいた時には皮膚からじゅっと音がした。鮮やかな痛みが肌に走り、眩しいという感覚が後からやってきた。光熱が襲う先は人に留まらず、届く範囲全ての壁と床面を赤熱させ、漂う空気すらも熱せられて膨張を始める。


 そうして詩音じぶんとニーナの足下で生まれた、石づくりの分厚い壁すら砕いた爆風が、人間2人殺すに余りある威力で弾け飛ぶ――――ッッ!!








「――――熱っつ痛ってぇ死ぬかと思ったッッ!!狂ってんのかあいつ、人に向かってあんなの撃ったら駄目だろ常識的に考えてさぁ!!」

「……ここまできて今更常識語る?」


 ――――そんな前兆が見えたので、爆発の直前、0.2秒間という十分すぎる猶予の間、隣のニーナを回収しつつ扉を遮蔽につかって身を隠し爆風と逆方向に跳んでことなきを得、そのまま巻き上がった粉塵に紛れて逃走。ニーナと並んで古城の廊下を走っている現在に至る訳なのだ。


 自分もニーナも無傷とはいかないが、先の爆発では多少煤にまみれたくらいで行動に支障がでるような怪我は一切負っていない。というか隣を走るニーナが速い。元気すぎるくらいである。


 ここで事情を知らない者からすれば、『いやおかしいだろ?なんで石壁粉砕する爆発が足下で起こって平気なんだよぶっ飛ばされたいのか?』という疑問が浮かぶかもしれないが、何を隠そう対処を可能にした理由は先の考察にある。あの一瞬の思考の中、志無崎詩音の30000を越えるIQはアルラの『叡智』に潜む弱点を丸裸にした。いやはや、ここにきてようやく頭脳派転生者の面目躍如といったところだろうか。


 さて、アルラの『叡智』の弱点。それは、あくまで効能そのものは『光の放出』という平和的なものであって、熱はその二次的な作用に過ぎないという点にある。

 熱そのものを生み出せないということは、光の着弾から熱が発生するまでに必ずタイムラグが存在するということ。

 故に、光が当たった瞬間遮蔽に身を隠せば対処可能なのは自明の理!!

 中学男児の腐った肉体でも無傷で余裕で切り抜けられるということなのだ!!


 先の苦悶からわかるように、嘘である。


「――――――痛っっ……!あぁぁあぁあぁぁああ痛い痛い死にそう絶対許さねえあいつッッ!!」

「……ちょっとほんとに大丈夫?あの瞬間にどこか焼けたりした?」

「筋肉痛ッッ!!」

「あぁ、なんだいつものか……よかった」

「よくねえよ!?」


 ニーナの非情な発言に意義を唱えつつ、真っ暗な廊下をひたすらに走る。一歩踏み出す度に全身が引き千切れそうだ。


 そう、常識的に考えて、一般的な子供の肉体はコンマ2秒で4動作取れるようにはできていない。無理な動きを強要された四肢のコンディションはもう滅茶苦茶である。

 つらい。全身くまなく痛い。日々の過労がたたりそろそろいい加減キツくなってきた今日この頃である。


 ……というか、それを言うならおかしいのはニーナのほうではないか。


「――――なんでお前そんな落ち着いてんの?」

「…………え?」

「いや、だってこの状況って結構ヤバいだろ?アルラは鼻が効くって話だったし、このまま撒けるなら最初からこの城出てただろうし。このまま逃げててもすぐに追いつかれるんだろ?」

「あぁー……それ……」

「――――もしかして……ここから全部をひっくり返す策があるとか!?だよな、じゃなきゃ貴重な猶予を使ってあんな悠長にお喋り始めるわけがないもんな!!天才かよお前!!」


 ニーナは走りながらも、うーんと唸って考え込む。

 おお、この緩慢であふれた様が意味するのは間違い無く"余裕"の感情。生死がかかっている人間の態度とは思えない。

 であるならば、追跡者への対応策もきっちり計算に入れてあるということに――――


「…………ボクの慰め力で元気になったコトノが、隠してた『叡智』を解き放ってアルラを蹂躙っていう」

「…………は?」

「平気そうって言われても、いきなり勝てないって言い出されて現実味がなくて。まあでも、改めて考えてみると結構ヤバいのかなぁ……」

「………………」

「…………どうしよう!!どうやったらここから生き残れるかわかんない!!どうしようコトノッッ!!」

「…………ひょっとして馬鹿なのお前……!?」


 詩音が向ける疑惑の目を、ニーナはわたわたと否定する。


「いや、だって普通そう思うでしょ!?『叡智』無しでSランク狩れるんだから、ちょっと本気出せば調子に乗ったクソガキくらい一撃でさ……!!」

「……気持ちはわかるけど事前に確認は取ろうぜ報連相知らないのか!?無理!!」

「……頑張れ!!」

「無理だって言ってんだろ!!」


 否。厳密に言えば勝てるには勝てる。


 志無崎詩音の『叡智』は異世界召喚特典のぶっ壊れ。オンラインの対戦ゲームなら当日ナーフ間違い無しのチートスキルなのである。オンラインゲームに触れたことがないので勝手なイメージで語っているが、消費者庁から直接文句つけられそうなくらいのチートは敗北を知らず、本来ならばピカピカ光るだけの小娘に後れをとることなどありえない。

 というかその気になれば今この場からすぐさま殺れる。指先一つ動かさずに瞬殺だ。


 が、それだけなのだ。

 


「……一応、時間さえ稼げば保険はあるんだけど」

「…………保険?」

「……あんまり期待はできないから、忘れて」

「――――それじゃあどうしろって言うんだよあんなの……やるだけやってはみるけどさぁ……」


 駆けながらも握った拳に意識を向ける。

 痛みと皮膚が切れる感覚があって、遅れて拳の隙間から少しの血が地に垂れた。

 『叡智』の調子は今日も上々のご様子。


 、本来人に向けて良いものではないのだ。どんな魔物も一撃で殺してきた兵器を人間に放てるほどイカレてはいない。

 チートに慣れた今なら殺さず無力化する使い方も可能かもしれないが、それでも後遺症が残るリスクは十分にある代物。

 かといって細心の注意を払って丁寧にゆっくり『叡智』を使うと、今度は『チートを見られれば世界滅亡』のリスクがつきまとう。ニーナならまだしも、アルラに目撃された場合に確実な口封じを敢行できるかと問われれば答えはNO。

 加えて魔法は未調整。黒竜を壁ごと消し飛ばしたのが今の自分に撃てる最高かつ最低威力。どう使っても死体が出来上がる不良品ときた。


 つまるところ、アルラ制圧のために使えるのは己の身一つ。

 今から自分は、人間相手に躊躇無くビームを放てるイカレた少女と肉体言語で語り合い、打ち倒し、己が力で生存権を勝ち取る訳である。かっこいい。


 ――できるわけないだろ馬鹿がッッ!!


 結論。結局のところは勝てない。絶対に勝てない。ビームはずるい。


 無理矢理押しつけられたクソゲーにさらなる怒りがふつふつ湧き上がってきて、何度でも言うがキレそうであるが、こちらに拒否権は存在しない以上、できるできないの話をしていてもどうにもならない。


 最悪、死人が出そうな事態になったら適当に『叡智チート』を振り回せば終わらせられるのが唯一の救いだな―とか、その場合アルラの口封じをどうすればいいんだろうなーとか、そういう思惑が頭の中でぐるぐるぐるぐると――――


「――――!!来てる来てるすぐそこ!!あの壁の向こう!!」

「――――ッッ!!」


 瞬間、物音を聞きつけたらしいニーナが跳ねる様に振り返った。

 彼女が指差す後ろ側、廊下のずっと向こうに聳える壁に自ずと引き寄せられる視線――――!!


 ドッッッ!!と重たい音が爆ぜ、爆風に吹き飛ばされた瓦礫が地に落ちるのも待たず、壁からアルラが飛び出してきた。

 走る彼女の紫に光る瞳は真っ直ぐこちらを見据えている。


「ああもうっ、うろちょろうろちょろと面倒くさいわね!!余計な手間かけさせ――――ッッ!?」


 ので、苛立っている彼女の言い終わりを待たずに、こちらも全力でアルラに向かって駆けだした。


 後ろのニーナが「――コトノ!?」なんて言ってるが余裕がないので無視。2歩目、3歩目、なりふり構わずアルラに向かって距離を詰める。

 予想外だったらしい詩音じぶんの動きに若干アルラの表情が強ばるが、それでも少女は冷静に腕を動かし、掌を真っ直ぐこちらに向けてきた。

 真っ直ぐな一本道の廊下、アルラと自分の間に遮蔽となるものは一つもない。

 通路を全て光で埋め尽くされれば、何をどうやっても回避は不可能。詩音じぶんは死ぬ。


 だからこそ、アルラの掌を中心として集まっていく光の束が、収縮し、纏まり、弾けようとするその瞬間。


「『薄明』ッッ!!」


 アルラの切羽詰まった詠唱と同時、


「……っ、と!」


 思い切り4歩目を踏み切って、ついでに落ちている瓦礫の欠片を蹴飛ばした。

 真っ直ぐ跳ばされたその小石は、アルラの晒した掌の小指に当たり、ほんの僅かに放たれる光の照準をずらす。

 そうして跳んだ4歩目の先は、真っ直ぐではなく斜め前。廊下の側壁へと着地し、続く5歩目で天井に足を付ける。前に進む勢いを保ちながらも体を屈め、放たれた光がギリギリのところで頭を躱めて通り過ぎていく。

 ついでにより離れた場所にいたニーナは、逸らされた軌道の恩恵をより強く受け、光の届かない確実な安全圏で棒立ちし、少し遅れて通り過ぎていく光に驚いていた。


「…………ッッッ!???」


 何故か混乱のさなかにあるアルラの瞳と、天井を走っている自分。上下逆さまで視線が交わった。

 後ろの方で光の当たったところが焼き付く音を立てていた。爆発が起こらなかったのは溜めの短さ故か。

 しかしそれらはどうでもいい。


 重力に引かれて落下する前、このままの勢いで最後の一歩さえ踏み出せば全ては終わる。

 天井を蹴り飛ばし、直接触れられる距離まで近づくことさえできたならば、勝ちは確実に


「――『燃えろ』ッッ!!」


 瞬間、アルラが叫び、少女包む周囲の空気が一度にぱっと閃光を放つ。


「――やべ」


 咄嗟に天井ゆかを掴んで慣性を殺し、真逆の後方へと方向転換して6歩目の跳躍。拙速にアルラから遠ざかり、ゆかに着地して靴裏を擦って撤退する。

 急制動故に体が軋む。加えて離れる直前肌で弾ける鋭い痛み。炙られるような熱の感覚。


「……ずっる……!!」


 それら全てを包み隠してしまう程、はっきりとした悪寒が背筋に走った。


 今まで見てきた限りでは、『光の照射』に限って言えば全て掌を起点に行っているという共通点があった。

 それがただの癖でなく、決して曲げられない『叡智』そのものの制限であったならまだどうにでもできたのだけれど、それを前提として近づいてみたのだけれど、なってくるといよいよ不味い。


 極端に指向性のつけられた今までの光より大きく威力は落ちていたものの、四方に放射するさっきの光は、先程の様子からして反射的な使用が可能であるらしい。

 数々の縛りによりアルラを止めるには接近してステゴロしなくてはならないのに。


「いややっぱ無理だろこれ……!」


 絶望の声が喉から漏れる。


 が、考え方を変えて見れば、何はともあれ1ターンは凌いだわけである。あとは無限にこれを繰り返していけばいずれアルラの魔力マナも尽きる。そうなればステゴロの2対1だ、数の暴力により確定確実な勝利がやってくる。

 無限に続けられる訳がないので、絶望的なのである。


「……うん、うん。よーくわかったわ。どんな雑魚でも舐めてかかるのはよくないわよね、反省した」


 眼前、ゆっくり頷く魔人の少女。

 ゆらりと揺れる彼女の姿は、彼女の内心で蠢く苛立ちを何よりも明白に表していて。


「それじゃあ、まずは足場を奪うところから始めましょうか」

「…………!!」


 アルラが抱擁でも請うているように両腕を広げ、両の掌に光が収束していく――――







 そんな中、なんの前触れもなく、不気味なくらい静かに天井が崩れた。


「……え」

「…………は!?」


 詩音じぶんとアルラの間、黒い影が瓦礫と一緒に降ってくる。

 瞬間、呼吸の仕方を忘れてしまったのは、その姿にすごく見覚えがあったからで、そいつが自分を殺そうとした裏切り者で、病院のベットで寝ているはずの猫の少女だったからである。


 ミアは、それこそまさに猫のように、しなやかさを感じさせる様でふんわり廊下に着地した。

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