第46話 再会、粛正の刻


 移り変わったニーナの視線の先、礼拝堂の入り口の扉。

 そちらの方に目を向けながら、頭にふと一つの疑問がよぎった。


「……そういえば何で殺されかけたの、俺。恨みを買った覚えは無いんだけども」


 先ほどから喧しい地響きは、一つ鳴るごとにこちらに近づいているようで、既に振動が地に着けた足で感じられるくらい明瞭になっている。

 そう、わからないのは振動の中心にいるだろう人物あいつについてだ。

 彼女の演技が始まったのが出会った瞬間からだと仮定すると、彼女がどういう動機で詩音じぶんを騙そうと志し、なにゆえあのような凶行に走ったのか、どちらも想像すら叶わない不可解な事象となる。

 というか『友人に片足突っ込んでると思っていた女の子が唐突に告白してきて抱きついてきて、それら全部がブラフで殺意をもって背中を焼いてくる』なんて奇行を前に、『……まあそういうこともあるよな!』なんて納得できる奴がいるなら出てきて欲しい。そいつは間違い無く知能か知性が外れ値だ。

 故に、詩音が放った疑問は『それでも裏切りを事前に察知していたらしいニーナならば何か事情を知っているかもしれない』という、微かで淡い期待を込めた駄目元の問。


「あぁ……それね……」


 ……だったのだが、意外にもニーナが見せたのは素振り。


「うーん、時間がないから簡単に言うと……」


 その間にも大きくなっていく地響き。もはや爆発と称していいほどに膨れ上がっている。震える空気が肌を叩く。

 そうして現在震源は眼前扉の向こう側。正確に言えば斜め上。一つ上の階。


「ヒトの死体を高値で買い取ってくれるらしい。つまりはお金目当てだね」


 瞬間、空気が爆ぜた。


 耳をつんざく轟音、爆発。

 眼前の壁面と天井が一度に吹き飛び、顔のすぐ横を瓦礫が掠めて跳んでいく。


 天井に空いた穴の端、徐々に晴れていく粉塵の向こう、上階に立つ一つの影。


「……みーつけた」


 現れたのは、慣れた紫色の瞳と頭髪。

 見まごうわけもない魔人の少女がこちらを見下していた。

 これまで見たこともないような、舌なめずりする獣のような表情をした少女の名は――――、


「……アルラ」

「……………………ふぅ」


 返答はない。代わりに少女は息をついて、その両手に持っていたバスケットボール大の物を2つ、上からぽいっとこちらに放り捨ててきた。

 重力に引かれてゴロゴロと床を転がる球体。


 ……これは、血にまみれて千切られた黒竜の頭か。


「魔物をどうやって手なずけたのかは知らないけど、慎ましやかな努力も方向性を間違えたわね。トカゲ5匹で囲めば殺せると思ったの?」

「…………ほんの少しは期待してたかも」


 意地の悪い笑みを顔に貼り付けて勝ち誇るアルラ。ニーナが小さく相槌を返す。

 魔物のくだりがどういうことかはわからないが、この話し方からしてやっぱり2人は元から知り合いだったということなのだろうか。

 なんてことを考えながら、ぼんやりとアルラのことを見上げていると、


「さーて……コトノ、今から殺すけど何か言いたいことはある?」


 悪めな笑顔がこちらを覗く。


「………………」


 この態度からして、やはり先の不意打ちは故意のものだったということで間違いないようだ。

 つまり、これからとりあえずの目標は死なないこと。

 金銭目当てに自身の命を狙うアルラの手から逃げて生き延びる延びるこということになる。


「……ま、現実を受け入れられないのも仕方ないか。お子様には少しショッキングだったかしら?」

「…………………………」


 ……なのだが、ここで疑問が1つ。


「遺言くらいは残させてあげようと思ったのに、それさえ不意にするなんてね」

「…………………………」


 ……何考えてんだアルラこいつ


「……まあいっか、それじゃ、バイバ――」

「Fack you」

「――――え」


 手のひらをこちらに向けようとしていたアルラの動きがピタリと止まる。

 まさか意外な返答だったのか。何を考えているのだろうこいつは。『そっ、そんな……!アルラが裏切るなんて嘘だ!!』なんてリアクションが返ってくるとでも思っていたのだろうかアホなのだろうか。


「いや普通にぶちのめすぞ?拙速に全身全霊と暴力をもってぶちのめすぞ舐めてんのか?」

「……………」


 なんだか意外な答えを聞いた風にぽかんとする少女。

 そんな間抜けな表情に脳随と心臓の血管がいくつかブチ切れそうである。

 あぁわかった、こいつは頭がおかしいのだ。だからこんな不道徳で不義理で不条理で、なにより極めてな行為をいとも容易く行えるのだろう。


「なぁ。……なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ。少し考えてくれ。3ミリでいいから脳味噌使って考えてくれ。殺したい気持ちはわからんでもないんだよ、出会ったばかりのクソガキ1人殺して大富豪ってなら魔が差す気持ちは少しはわかる。いや正直全然わかんないけどわかることにする。百歩譲ってそれはいいとしようその上での話だ、いいな?」

「……あっ、うん」


 上階のアルラがこくりと頭を振った。


「……けどさぁ。不意打ちで殺すにしてもそれって出会ってすぐにできたことだよな……?俺はいっつも隙だらけだもんなぁ。こうまで引き延ばして何の得があったか言ってみろよ。なぁ」

「…………えっとね」

「――――えっとねじゃねえんだよふざけんなクソがッッッッ!!!」


 爆発。

 熱い感覚が頭で弾ける。


「ふざけんなお前マジでふざけんなよ!?そっちが得する事情があるならまだ少しは納得いくんだよ意味もないのに人に迷惑かけるな常識だろうが馬鹿みたいな演技してないで殺すならさっさと殺せ拙速に殺せ万一トラウマになったら責任とれんのかどう責任とるんだクソがッッ!!……う゛うぐぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーッッ!!!」

「…………!」


 怒りに任せて思い切り吠えた。喉が張り裂けそうになるほど強く叫ぶ。

 古びた窓を震わせる大規模な声量には流石のアルラも恐れを成したようで、絶叫と同時に少女の肩が小さく跳ねるのが見えた。ざまあみろだ。怒りは一切収まらない。


 そしてニーナはというと顔を背けてぷるぷる肩を震わせている。というかちょっと笑っていた。こいつはこいつでなんなんだと思わないこともないが、怒りの優先順位ぶっちぎり最上位は上にいる。


 穴の上から偉そうに見下ろすアルラに向かい、溢れんばかりの怒気を込めて中指を。

 叫ぶ。


「……粛正だッッ!!!体積が倍になるまで顔面を殴り続けるから覚悟しろクソ野郎ッッ!!!!」

「………………あー、成る程。今の今までか弱いアルラちゃんしか見てなかったからそんな態度とれちゃうのね」

「おーおーおーよく回る口だなぁ!そこから降りてから強がってみようなぁ、怖がってる風にしか見えねえんだよなぁ!!」

「――お望みの通り、舐めてるのはどっちか教えてあげよっかなぁぁぁ……っ!!」


 アルラが手の平をゆらりと翳す。

 少女の手の中で歪んだ光が生み出され、上階から差し込み、下階のこちらに影を作っていく――――!!


 開戦だ。


「――――っ、コトノッ!アルラの『叡智』は『光の吸収と放出』!!光熱の有効射程は20メートル!!」

「オッケー……っ!!」


 横から飛ばされたニーナの言葉に呼応して、自ずと全速力で思考が回る。


 『光の吸収と放出』。

 なるほど、背を焼かれた時から彼女の攻撃手段が『光』であることは予測できていたが、『吸収』と聞いて完璧に合点がいった。以前見せた『変身』は、ただ光を発するだけでは不可能と思しきことだったから。同時に光の操作精度は非常に精細ということがわかり、最大火力は光熱で古城の壁を破壊する程度。ここに訪れるまでに何度も爆発を起こしていたのがその証拠――――


 これまで見てきた情報を基に、彼女の『叡智』の詳細を推測。

 加えてどのような"手"が有効なのか記された方程式、その解が解き明かされていく――――!!!






 ……熟慮の果て、行き着いた結論。


「…………えっ無理」

「――――え?」


 なんか想像してたのと違う。


 具体的には思ってたより強い。普通に勝てない。

 舐めてた。


「え、いや、無理ってどういう……!?」

「…………なぁニーナ、一応聞くけどここから和解に持ってく作戦って」

「………いやいや待ってよ待ってどう考えても勝てる流れだったじゃん今更何言ってるのコトノ今の今まであんなに自信気だったよね……?」

「………………20メートルって……ずるぅ……」

「――――はぁぁ!??」


 ニーナの抗議の叫びを聞きながら、アルラの手の中の光が既に彼女本人の姿を捉えられない程飽和しているのを見上げて脂汗を流す。

 さぁてここからの状況を一気にひっくり返せるベストマッチな命乞いは……?と瞬時に思索。唸るIQ。頭脳派転生者特有の時間の流れがゆっくりになって一瞬で思考を巡らせるアレ。


 無論、普通に間に合わない。


「――――『地を裂く白夜と永遠の薄明』ッッ!!!」

「――――待って……!!」


 ぱっ、と視界が真っ白な光で塗りつぶされた。

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