第19話 エンカウント


 まあ、指導者がついたからといって、『初日から秘められた力が覚醒!』だとか、『な、なんだこの"闇"の魔力は……!?』なんて都合のいいことは起こらない。

 普通に初日は大惨敗。一度も魔法は成功することなく、全てが黒い灰になって空気に融けていった。


 そして、無為に過ごしても有意義に過ごしても時間というのは平等に流れていくものであるらしく、夜は更け、朝は訪れ、治療を続けながらも助言をかけてくれていた『医者』がとうとう仮眠を要求した。


 そんな訳で現在、詩音はニーナを連れてギルドまで来ている。


「……あれだけ稼いでまたギルド?コトノは国でも作るつもりなの?」


「金は稼げるときに稼いどけ――ってどっかで偉い人が言ってたらしいぞ。国は作らないけど」


 軽口を叩きながらも足は止めない。

 昨日と同じく騒がしいギルドの人混みを抜け、まばらにしか人がいない最上階へと辿り着き、壁中にびっしり貼り付けられた討伐依頼を物色して回っている、そんな早朝。


 なぜかと問われれば理由は1つ。近日中にこなさなくてはならない課題をこなすためだ。


 回復魔法の習得、大金、信頼できる仲間が一人。

 どれも黒樹討伐に必要なのは前述のとおり。

 3つ目は急いでどうこうできるものでないとしても、魔法と資金のこりふたつにはある程度の時間と労力の投資が不可欠。余裕がある今のうちに進めておきたいものなのである。


「えっと……空を飛ばなくてナイフで狩れて絨毯爆撃ができない高報酬な魔物ヤツは、っと…………」


 眼前の壁に広がる依頼書の海に視線を這わせ、


「……これか?15m級の大蜘蛛の群れ"A"の900万ルピ。…………やばい一瞬安っすって思ってしまった……!!13億のせいで金銭感覚がバグってるのか……!?」


「別にその辺はアドリブでどうにかなるんじゃない?ほらこっちの"S"は2億ルピ。お得だよ」


「んー……一息で街1つ焼き尽くした巨竜……死ぬに決まってるだろこんなの!?」


「そうなの……?」


「……!?当たり前だろ……!?お前は俺をなんだと思ってるんだ……!?」


 愚問を100%の純粋な目で放ってきたニーナに心底震え上がる。


 いや、無論チートを使えば楽勝だろう。チートはチートなのだからチートなのであって、詩音の『叡智』は異世界召喚者特有のドチート品。まともな魔物なら勝負にすらならない。1000体同時にかかってきたとしても瞬殺の確殺の必殺だ。


 が、そもそもの問題として、チートそれ使えないできないからこんな回りくどい方法をとっているのである。

 チート持ちだとバレたら世界が滅ぶのだから。


 そしてチート無しでは詩音じぶんは議論の余地無くクソ雑魚ナメクジ。虎の威を失った狐、脂肪少なめで手頃な軽さの魔物のおやつである。まともに戦えば1分以内に死ぬ。

 念のために言っておくと、詩音は特別自殺趣味を持ち合わせているわけではない。

 チーターじぶんが死ねば世界が滅ぶのだから。


 ――すげえ簡単に滅ぶよなこの世界……マンボウかよ……


 といった感傷は置いておき、依頼書の中から丁度いい難易度ランクのものを求めつつ、


 ――さて、と……ニーナにはああ言ったけど、"S"で纏めて楽に稼げたらそれに越したことはないんだよな……


 なんて贅沢を思い、あれでもないこれでもないと紙片の海を回る作業へと戻る。


 1億ルピ。はるか上空から炎塊をまき散らす大鷲。近づけない。

 2億2000万ルピ。常に半径100mの毒ガスの大気を纏う蛇。近づく前に死ぬ。

 8000万ルピ。鋼を操り、肉体すらも鋼そのものな蟹。ナイフが刺さらない。


 エトセトラエトセトラ。全部が全部化物揃いである。


 しかし、そんな"強さ"に空恐ろしさを感じる以前に、湧き上がってくる感想が1つ。


「…………やっぱ"S"でも13億ルピはおかしい数字だったんだな。なんだったんだあのゾンビ……」


「うーん、アレも十分化物だったけど、討伐のリターンを踏まえて報酬がかさ増しされてるってのはありえるかも…………ってあれ!?」


 会話の途中、突如こちらに振り向くニーナ。


「読めてるじゃん文字!」


「……そりゃ文字は読むためにあるんだろ」


「いやそうだけど!!それはそうだけど!!昨日読み書きはできないって言ってたよね!?」


「あー……そういやそうだったっけ」


「そうだったじゃなくて!!えっ、なんで意味のない嘘つくの!?普通にショックだよボク!!」


「昨日覚えたんだよ不便だったし」


「昨日のボクの納得を返……ッ!?…………んん??……昨日?……ああ覚えたんだ……なら納得……?」


「納得だろ。なにもおかしいことないって」


「なるほど……なの?あれ?ボクがおかしいの?」


 なるほどといった納得の口ぶりとは裏腹に、ニーナは何度も首をかしげて混乱した御様子。

 きっと情緒が不安定なのだろうな気の毒にと見当をつけ、そのまま依頼書へと視線を戻し――


「あのっ」


 後ろからかけられた、小さな透き通った一声が耳を打つ。


 反射的に振り返ると、各々依頼書を眺める人達の中、詩音たちに近い影が1つ。

 回りくどい言い回しを避けるならば、1人、近くに人が立っていた。


「――なんか用か?」


「――――あ。――――えっと」


 途切れ途切れに呟くのは、少女。

 ――というよりは、特筆して挙げるべき特徴が思い当たらない、どこまでも少女というべきか。


 黒髪黒目、中肉中背。現代日本にでも2秒で溶け込めるだろう無個性さは、ここ異世界でも十二分に無個性を冠せられるもので、外見的特徴の平均値を全てかき集めたとしてもここまで『普通』を感じさせはしない。そう確信できるほどの無個性な外見ルックス

 口を開こうとしては閉じたりして、なにやら動揺を無理に鎮めているような、落ち着かない様子で瞳を右往左往させている。


「その――うぅ……」


 といった風に、まごまごと。延々と。


 そう、『普通』なのはあくまでも外見的特徴に限った話だ。そのはずなのだ。

 目の前で明らかに不審な挙動を取っているにも関わらず、彼女に対して大した違和感や警戒心を感じられず、『普通』だという感想を抱いてしまう――自分に起こったそんな異常を、遅れながらも自覚した。


「…………誰?コトノの知り合い?」


「んなわけないだろ。俺が異世界ここに来たの一昨日だぞ。」


 志無崎詩音の今世が始まったのはつい二日前。

 前世の知人はパーティーメンバーうらぎりものたちだけ。

 前々世は異世界召喚前であるから論外。知人は友人が数人だ。


 ニーナにも心当たりがないのだとすれば、この少女は詩音たちを全くの他人と認識しながら話しかけているのだろう。


 しかし、そんな初対面の、こんな人間に話しかけられる用事になんて、一切の心当たりが――


「――あのっ!私を貴方たちのパーティーに入れてくれない!?」


「……おお?」「……え?」


「絶対に役に立つから!!お願い!」

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