第20話 ふつうとは


 ギルド内には常に喧噪が響き渡っている。


 ここ最上階では比較的穏やかになるものの、それでもどこかの誰かが話す声が絶え間なく聞こえるほどに騒がしさが残っており、そこにほんの少しだけ鬱陶しさを感じてしまう自分がいる。

 しかし、自身とニーナが今この状況下で衆人からの注目を避けられているのはおそらくのおかげで、そう思えばこの鬱陶しさも悪くはないのかもしれないな……と、詩音はなんとなく考えた。


 考えながら、話を聞いていた。


「お願い、仲間に入れてくれさえすればそれ以上なにも言わないわ!取り分もほんとに少しだけでいいの!明日の生活費をまかなえるだけの取り分で構わないし私にできることならなんでもする!だからどうかお願いします!」

「……よし一旦落ち着こう、な?」


 無我夢中といった様子でまくしたててくるのは『普通な』少女。

 ……矛盾するような表現になってしまうのは重々承知しているが、しかしそれでも一切の個性を感じさせない――そんな外見の少女が、とんでもない勢いで舌を回している。

 わけがわからないので、まずは『普通』とは程遠いこの暴走を止めるのに尽力することにした。


「いいか?一度深呼吸して、冷静になってから話し合おう。落ち着いて話し合えば大抵の問題はなんとかなるって言うだろ?クールクール」

「……うん、戦力として信用できないのはわかってるの。でも一回だけ、簡単な依頼で試すだけでもいいから!」

「わかってねえだろ話聞いてくれ頼む……!」


 適当な相槌を返しつつ、詩音は腹の中で反芻する。

 つい先程、彼女が出会い頭に言い放った要求を。


 ――『――あのっ!私を貴方たちのパーティーに入れてくれない!?』……とか言われてもさぁ……


 正直色々と思うところがある発言であるし、話し手自体の異質さも合わせれば突っ込みどころは1つ2つでは収まらない。この少女と対面してからまだ20秒も経っていないはずであるのに、すでに詩音の脳内容量キャパシティは疑問と違和感にまみれている。


 なので、ここはやはり、最も根本的なものを挙げてみることにしよう。


「……まず貴方たちのパーティーっていうのは、俺とニーナこいつのことを言ってんだよな?」

「いっそ囮に使って貰っ……そうだけれど、違うの?」


 物騒なことを言いかけていた少女の口が止まり、きょとんという効果音がつきそうな様子で尋ねてくる。


「違う。全然違う。俺らがパーティー組んでるように見えるか?」

「それは……一緒にいたから、そうなんじゃないと思って」


 少女が見せる拘泥の様子。


 そう、大前提としてパーティーに入れてと言われても、それは絶対に叶わない願いなのである。そんなパーティー存在しないのだからなにをどうやったって100%不可能だ。


 ニーナと共に行動している理由はあくまでここを離れるまでの監視であって、魔物狩りしてるのは詩音一人。

 ……というかパーティーという単語を聞くだけでイライラしてくる。考えるのも嫌なほどに。

 つまりはそのくらい、今の詩音とパーティーという言葉は縁遠いものなのである。


「――俺の勝手で一時的に同行してもらってるだけで、別にパーティーとかそういうのじゃない」

「……訳を聞いてもいいかしら」

「……めちゃくちゃ深い訳だ。語り尽くすのに数十時間はかかるほどふかーい訳だ」

「なるほど……!」


 推定IQ300におよぶであろう理知的な言葉にはこの『普通な』少女も舌を巻いたようであり、感心の声とともにゆっくりと首を縦に振る。


 ……振ったと、そう思っていたら、


「……それじゃあ私と一緒にパーティーを組みましょう!ね!?」


 よりいっそう力強く、強引な提案を持ちかけてきた。


「――うーん」

「ね!?いいでしょ!?」


 正直、これは願っても無い話のはずなのである。

 詩音は黒樹と共に戦う仲間を探していて、現在その数全くのゼロ。加えて最終的な協力者が多いほど世界の滅亡は遠ざかるだろうというのはもう誰の目にも明白な論理である。


 そんな中で提案された仲間にしてくれの一言。

 これはもう僥倖としか言いようがない。都合が良すぎるといってもいいだろう。


 しかしだからこそ不思議なのだ。『やったー仲間が増えたよー!』なんて思考停止で受け入れるには大きすぎる疑問がそびえ立っている。


「……ひとつ聞いてもいいか?」

「考えてくれるの!?いいわなんでも聞いてちょうだい!」

「なんでパーティ-なんか組みたいんだ?どうしようも無い魔物は数揃えても無理だろうし、一人でやったほうが効率いいだろ?」


 この少女がパーティーを組みたがる理由がわからない。

 魔物を狩るのに複数人揃えることになんのメリットも思い当たらないのだ。


 ……黒樹討伐の協力者を探している自分が言うとおかしなものだが、それとこれとでは事情が違う。

 だって、ギルドの依頼では魔物の詳細が公表されているのだから、どうにもならない魔物に関わる必要はないのである。自分の『叡智スキル』で対応可能なヤツだけ狩っていればいいのだ。


 例えば、硬い魔物や飛ぶ魔物は詩音じぶん(チート縛り)が何人いてもどうしようもないだろうし、どうにかなるのは1人でも対処可能といった具合。

 自分で言うのもなんだが、付け入る隙が見当たらない完全無欠たる正論であった。


「…………………………え」

「…………コトノ」


 しかし、場は凍りついた。


「………………なんで黙んの?」


 話していた『普通』な少女だけではなくニーナまでもが固まった。

 どちらも『こいつマジか……?』とでも言いたげな表情を浮かべてこちらを見つめてくる。


 勿論、正論中の正論を言ったのにドン引きされるのは納得できるはずがなく、『あぁ、地動説唱えたおっさんもこんな気持ちだったんだろうな……』と太古の偉人に想いを馳せる。


 数瞬硬直していたニーナが口を開いた。


「…………コトノ、いい?普通は魔物は一人じゃ狩れない」

「……ん?いや、だって」

「狩れないの。人間はそこまで強く無い。身体能力は当然だけど、魔力も『叡智』の精度も魔物より数段劣ってる。脳味噌の出来だけじゃ埋めきれない差だよ」


 ニーナは一本指を立て、


「だから取れる手は1つ。遠距離攻撃できる『叡智』持ち複数で一匹の魔物を囲む。……っていうかそれ以外にまともな討伐手段はないの。魔物の程度にかかわらずね」

「……流石に大袈裟だろ。昨日のこと忘れたのか?そりゃ運が良かったのは否定しないけど、無能力者おれでもなんとかなったんだから……」

「コトノがおかしい。もしあれが"S"じゃなくても『叡智』を使ってたとしても、魔物と近づいて殴り合いは人間のやることじゃないんだよ?」


 ニーナはそう言って、『普通な』少女に目を向ける。


「まあだからこそ、これからも魔物狩りを続けるなら戦力を増やすのいいと思う。いくらコトノが化け物でも、近づかずに『叡智』で殺しきるほうが絶対安全なわけだし」

「あ……えっとね、…………その、」


 と、『普通』な少女がおずおずとニーナの言葉を遮った。


「『透明化』、です」

「…………え」


 ニーナが声をあげるのも束の間、少女が自身の胸に手をかざす。


 すると、すう、と少女の姿が消えた。端から全身に向かって、まるで透明なカーテンを閉めきったような光景の数秒後、また端から色を取り戻し、無個性なその姿を再び現す。


「私の『叡智』、『透明化』なの」


 少女は言いづらそうに、躊躇いながらも繰り返す。


「あぁ、なるほど……」


 ようやく見えてきた事情に納得の声を漏らした。

 『透明化』。

 ニーナの言っていることが正しいならば、この『叡智スキル』は魔物を狩るのに不向きだと評さざるを得ないだろう。耳や鼻が効く魔物相手には『叡智』無しも同然だし、攻撃能力に限ればただの人間だ。


 つまり、この無個性な少女が話しかけてきた理由は簡単だ。

 彼女は一人では魔物を狩れないために、他人に頼らざるを得ないということである。


「でっ、でも!荷物持ちでもなんでもするわ!絶対迷惑はかけないし、報酬もほんとに少しでいいからっ……!」

「あー……」


 さて、考えてみよう。


 少女の『叡智』。

 黒樹。

 ギルドの討伐依頼。


 それら諸々を考慮して、導き出される結論とは――


「――――悪い、他を当たってくれ」

「――――ッ!」


 言った瞬間、少女の肩がびくりと跳ね、表情が絶望で染まる。

 しかし、すぐに諦めの混じった表情へと変わり、頭を下げ、


「……手間をとらせてしまってごめんなさい」


 詩音に背を向け、どこかに向かって歩き出した。


 悲壮感を剥き出しにしたような様相だった。

 なんとなくやるせない気持ちを抱えつつ、遠ざかって行く彼女を目で追っていると、ニーナが横から話しかけてくる。


「……良かったの?」

「……いいだろ。別に死ぬわけじゃあるまいし」


 詩音が戦う相手は黒樹。一体で世界を滅せる本物の化物だ。

 直接対面するのは詩音のみにせよ、内通者にはある程度自衛能力が欲しいし、『透明化』で回復役なんてできるわけがない。


 下手な同情で死地に放り込むより100倍マシだろう。


「……ギルド以外にも仕事はあるだろうし、生活費は普通に働いて稼いでもらおう」




 ******




 ギルドの中はいつでも五月蠅いけれど、今日は一層とその音が大きいような気がする。


 少年……コトノと呼ばれていたあの少年にのが理由だろうか――と少女は思惑する。

 自分勝手にもほどがある頼み事だったので予想はできていたけれど、だからといって納得できない自分がいる。そんな自分はやはり自分勝手なのだろうなとも考える。


 考えながらも歩を進める。

 コトノとニーナから一歩ずつ離れ、階段に向かって一歩ずつ近づいていく。


 足取りが妙に重いような気がしたが、これもきっと気のせいなのだろう。

 考えながらも歩を進める。





 どん、と、体に衝撃が走る。

 ちょうど偶然そこを歩いていた通行人へとぶつかった。


「おっと悪い」

「あ、ごめんなさ――――」


 

 『調


「あ」


 掠れた声は自分の喉から出たものだ。


 自分をみている通行人が目を見開く。

 その驚愕の理由が、突然姿が変化したからではなく、変化したその姿があまりにも受け入れ難く、気持ち悪いものだったからであることが分かってしまう。


「……あ、あ、ああっ……!」


 ――そうして、『叡智』の衣は空に散り、少女は自身の肉体を衆目に晒す。


 悪目立ちする紫の髪、不気味だと嗤われた紫の瞳。

 はるか昔から世界に忌み嫌われてきたと言われる、『魔人』の肉体を。

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