第18話 氷解始める心得違
ボクは世界で2番目にカッコかわいい女の子。
この驚異的なまでの可愛さを前提にして考えてみよう。
現在ニーナ達がいるのは昨晩と同じ"病院"の同じ病室。
そして昨晩と同じベッドの上に
月明かりが窓から差し込んでくる深夜といういうところまでぴったり一緒だ。
あえて昨日と違う点を挙げるならば、この手枷くらいだろうか。
右腕から伸びた鎖によってベッドから1メートル以上の移動を禁じられているというところくらいだろうか。
そう、手枷。
「…………コトノ?これは何?」
手枷の鎖をジャラジャラ鳴らして、これまた昨晩と同様に椅子に腰掛けるコトノに尋ねる。
窓の外を眺め、なにやら考え事をしていたその少年は振り返り、自分にかけられた手枷を一瞥する。
「……そりゃ一晩中見張ってるなんて無理だからな、保険だ保険。不便だと思うけど我慢してくれ」
少年は、他意は無いと言外に主張するような口調で言い放つ。
「へ、へぇ…………コトノは寝ないの……?」
「おー寝るぞ勿論。お前が寝たのを確認したらすぐにでも寝る」
「…………………………!!……へぇぇ…………!!そうなんだぁぁ……!!」
荒れ狂う心理状態を必死に肌の内に押しとどめ、形ばかりの相槌を返す。
握りしめた手の平にじわりと汗が滲む。
声が震えなかったのが不思議な程に、ニーナは動揺の真っ只中にいた。
何故か。
隠す気が全く感じられないほどあからさまな嘘がそこにあったからだ。
深夜の密室、カッコかわいいの極みにある
――ふぁぁあ……!!襲う気だ……絶対襲う気だ……!!ボクの寝込みを襲って体中まさぐる気だぁぁ……!!
この1日、コトノからは一切
彼は待っていたのだ。
時間を置くことで僅かながらも気を許した少女を裏切り、心と体を同時に弄べるこの夜を。タイミングを。シチュエーションを。
自分には分かる。この先の流れが。
『すぅ……すぅ…………』とかわいい寝息を立てる少女ニーナ。
『ん……?』カッコかわいい彼女がふと違和感を覚えて目を開けると、視界いっぱいに広がるコトノの顔。
少年が今の今で寝ていた自分の上に覆いかぶさっている――――それを理解するのに時間はかからない。
『コト……んっ!?』
しかし、驚きの声を上げる間もなく、無理やりに唇を奪われる。
反射的に押し退けようとするもの、片腕に付けられた手枷が抵抗を無意味なものへと変える。
ねじ込まれた少年の舌が口内を動き回り、異物に目をつぶってただ耐えるしかない。
部屋の中に不規則な水音と漏れるような小さな声だけが流れる。
そうして長い長い接吻が終わったとき、離れていく二人の唇の間に透明な糸が引いた。
『ぷはっ!はぁっ、はぁっ……!!……コトノ、これはどういう……!』
『……ニーナが悪いんだぞ』
余裕と理性がなくなった声。
少年の見たことのない様相に、体の芯が冷えるような感覚が湧き上がる。
『悪いって何が……んむっ!』
――が、そんな事情は知ったことではないと言い放つように、黙らせるように、唇を重ねられる。
熱い。少年の唇の温度が伝わってくる。
『……想像しなかったのか?お前みたいな可愛いヤツと一緒にいて、
『そんな……!信じてたのに……っ!』
『……嫌だったら止めてみろよ』
『そんなことっ…………むっ!!』
抵抗なんてできる訳がない。コトノは”S”の魔物を単身生身で狩れるような規格外。
自分が何をしたところで彼は歯牙にもかけないだろうことは考えなくても分かってしまう。
それこそ、無意識下に力量差がすり込まれ、抵抗の意志を根本から削ぎ落とされているほどに。
『ぷは!…………待って、待ってコト、んっ!』
もしかするとそれこそが彼の狙いだったのかもしれない――――どこかそんな考えに逃避しながら、我が身を蹂躙する
何度も、何度も強引に、
そうして数え切れない程唇を合わせ、加速したコトノの劣情は更に熱を帯び――――
『…………ニーナが悪いんだぞ』
『あ――――』
ついには理性という衣を脱ぎ捨てて――――
…………彼の描いている”絵”は、おそらくこんなところだろう。
「うああああああっ!!なんてこった……!!なんてこった……!!」
「……どうしたいきなり」
この少年、涼しい顔してなんて酷いこと考えてるのだ。
許せない。こんな暴挙を許してはならない。
まあ、カッコかわいいの極みにいる超絶美少女の前では仕方ないことなのかもしれないし、相手がコトノであるのは不幸中の幸いといえないこともない。
しかしそういう問題ではない。カッコかわいい女の子としての矜持の問題だ。
――ううぅ……!!……思い通りにさせてたまるか!!コトノの下劣な理想像はボクが寝るのを前提に組み立てられている!この場ですぐに襲わないのがその証拠だ!!ボクが徹夜すれば機会を見送る可能性は十分にある!!
今はとにかく時間を稼ぐ。
時間さえあればつけいる隙もきっと見えてくるはずだ。
「……どうでもいいけどなるべく早く寝てくれよ。俺もう筋肉痛で死にそうなんだ。特に右脚がもげそうなくらい痛いんだよ分かるよな?」
「わかった!」
否!
絶対に、絶対に眠ってなるものか!
自分の純潔はどんな手を使っても守り抜いてみせる!!
******
すぅ……すぅ……と、規則正しいニーナの寝息が響く部屋の中。
少年の手の平の上で小さな火の玉が上がり、一瞬で黒ずみ、そのままひび割れて消えた。
「…………あぁもう……!!どうしろっていうんだよこんなの…………!」
コトノ…………つまり志無崎詩音は、窓から半身を乗り出し、頭を抱えて唸りをあげる。
理由は簡単で単純。それでいて深刻な1つの問題だ。
魔法が難しいのである。
現在試しているのは本に書いてあった魔法の使い方。
カフェテリアでそれを"読んで"から幾度となく試しているのだが、その全てが失敗に終わっているのだ。
最悪なのは、それら失敗の中に成長が見られるというわけでもなく、失敗の原因に心当たりがあるわけでもなく、全く同じ様子で不発する魔法を見つめ続けることしかできないというところ。
どうしようもない賽の河原を前にしていい加減嫌気がさしてきた。
「そもそもなんだよ魔法の訓練って……初期魔法くらいお手軽に使えるものなんじゃないのか普通……」
疲労感と徒労感から溜息をつき、そのままの勢いで椅子の背もたれに寄りかかる。
と、そこで初めてベッドのニーナが寝ていることに気がついた。
「もう寝たのか………………寝付きいいなこいつ……」
呆れと羨ましさが半々といった感じだが、まあ好都合といえば好都合。
少女を起こさないようそっと窓を閉めて、そのまま病室を出る。
この病院、廊下に至っては明かり一つさえ置いてはいないようで、月光に晒された外の景色が煌々としてみえる程だった。
そんな物音1つしない暗闇を、手の平を握ったり閉じたりして感覚を確かめながら歩く。
向かった先にあるのは、同じ病院内の中心にある大部屋だ。
大業な木製の扉の前に立って一度軽くノックすると、少し遅れて中から「入れ」と声がする。
扉の重みを感じながらドアノブを押す。
中にいたのは見覚えのある、見知った2人。
「よう」
1人目は『医者』。
詩音より歳は上……おそらくは
ので、「よ」と返してみる。
「…………あ~、まずは経過の報告からだな」
眠そうに目を擦りながらぼんやり話す、そんな彼女をわざわざ『医者』と称する理由は、詩音がこの『医者』について何の知識も持っていないからに他ならない。
名前、年齢、身分、経歴……そのいずれも教えられていないし、探ることも許されていない。
だから便宜上『医者』と述べることしかできない――そんな彼女が、ベッドの側の床の上にぶっきらぼうに座り込み、欠伸を噛み殺して言葉を紡いでいる。
2人目はミア。
一際大きなベッドの上、いまだいくつもの刺し傷が残る猫の少女。
前世で詩音の殺害を1度手助けし、2度目は本人の手で殺しに来た少女が、物音一つ立てずに静かに眠っている。
説明するまでも無い裏切り者が眠っている。
――うっわ……なんか見るだけでイライラしてきたな……
誰でもそうなるだろうが、当然詩音も累計2回殺しに来たクズに対して何も思うところがない訳がない。
正直、こうして姿を見ているだけで心の内が掻き回されるのがはっきりと分かるほどには後ろ暗い感情を抱いている。
そして、ミアの姿を見る限り、詩音の苛立ちとは正反対に、事は上手く転がっているらしい。
傷の数自体にはあまり変化がないものの、そのどれもが浅くなっているのが窺える。
致命傷……つまり臓器や主要な血管から治していくと『医者』は言っていたし、体表を取り繕うのは後回しということなのだろう。
大きく裂かれた喉の傷だけは綺麗さっぱり無くなっている。
つまりはまあ、治療自体は実に順調であるということだ。
……一つ異常なところを挙げるならば、その少女が全く動かないという一点に尽きるだろう。意識的な動きに限らず、脈動や呼吸、通常生物が止められないであろう微細な動きすらも完全に消えて止まっている。
はじめに彼女が
けれど、全身の状態を固定していると仮定すれば、理由の面でも状態の面でも納得がいくような――――
「――おい。おい。聞いてるのか?」
「……ん?」
かけられた声に気がつき、視線を『医者』の方に戻す。
彼女は座ったまま、上向きの手の平をこちらに突き出していた。
「だから金だ金。労働に対する正当な報酬を求めたい」
至極まっとうな要求だ。
そう、そもそもギルドまでいった理由は治療費の捻出ではなかったか。
「…………あー、1億ルピだったよな。ここに置いとくぞ」
白金貨がぎっしり詰まった袋を4つとりだし、適当に卓上に置く。
「なっ!?」
それを目に映した途端、『医者』の体が跳ねて硬直した。
「……どうした?」
「……いや、まさか本当に1日で用意してくるとは思わなくてな…………強盗でもしたか?」
「!?人聞き悪ぃなギルドだよギルド!!ゾンビ1セット狩ったら13億もらえたんだって!」
「………………あぁ、ギルドか」
袋の中身を改め終わった『医者』は、白金貨を袋に戻す。
妙に歯切れの悪い返事に違和感を覚えるが、その理由までは詩音には分からない。
「……ってかあそこ景気が良すぎるよな。アレで採算とれてるのかほんとに」
「……………………
「…………ちゃんと顔は隠してたって。あの服アンタから借りたやつだろ?ニーナもその辺は分かってるっぽい」
「……ならいい」
『医者』が立ち上がってミアに手をかざすと、そこを起点として空気の中に白い光が滲み出す。
昨日も見た回復魔法の光が猫の少女の体を包み込んでいく様子を、特にできることもないので黙って見送る。
――――と、『医者』がその光を止めないままに、
「あぁ、その服は私の私物ってのは合ってるが、別に貸したわけじゃない。あの子が勝手に持ち出していったんだ」
「……は?」
「寝ようと思ったら部屋が荒らされていたんだ。徹夜明け自室に散乱した衣服の海を見たときの気持ちが君に分かるか?」
「!??」
「監督責任。服はやるから追加料金で5万ルピ頂こうか」
「…………頭おかしいのか
あまりの非常識に戦慄しながら、詩音は追加で白金貨を1つ置く。
前々から怪しいところはあったが、あの少女は本当に倫理観がすっぽり欠け落ちているのかもしれない。将来が心配になってきた。
動揺する詩音を余所に、「……マナ切れだ」と『医者』はゆっくり手を下ろした。
それを皮切りに白い光が収まり、空気に散って消えていく。
ふぅ、と緊張を緩ませたような息を吐く彼女の様子を見ると、やはり
単純な魔法さえ不発に終わる詩音が
ただ確かなのは、じっくり時間をかけて回り道している余裕はないということだ。『黒樹』が動き始めるのがいつになるのか分からない。のんびりしてたら世界が滅ぶ。
「なぁ、頼みがあるんだけどいいか?」
「……………………言ってみろ」
だから詩音は『医者』に向かって、こう言った。
「回復魔法を教えてくれ。なんでもする」
「…………………………へぇ、なんでもね」
『医者』は少し考えた後、指を立てた。
人差し指と中指。
これはどういう……?、といった疑念が湧いた瞬間。
「2万ルピだ」
「……すっげぇお値打ちだな!!」
******
「………………………………」
ニーナが目を覚ますと、窓から差し込む黄金色の月光が白い陽光へと変わっていた。
どうやら朝のようである。
部屋にはコトノは戻っていないようで、いつもと同じ一人きりでの起床。慣れた、飽きたといってもいい光景だ。
それはそうとして、言いたいことがひとつ。
「襲わないのかよぉっ!うぅ……!!ぐぅぅ…………っ!!」
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