第15話 ファンタジックな労働環境

 

 詩音には常識が無い。


 そもそもがある日突然に召喚された異世界人よそものだからというのもあるし、それからの前世3年間は引きこもってたり魔王退治に勤しんでたりで知識を蓄える機会が無かったというのもある。

 平和だったという半年間は死んでいたのも一因だろう。


 理由は色々挙げられるが、何はともあれ詩音はこの世界の常識を知らない。

 そうなると、何をするにしても現地人のガイドが必要になってくるというのは当然の帰結であって。


「えーと……大通りに出て右に曲がって……ん?……んん??…………まあいいや着いてきてコトノ!!」


「"まあいいや"?」


 というわけで、地図とにらめっこするニーナげんちじんを引き連れ、もとい引き連れられ、詩音は夜の街に繰り出していた。

 舗装された石畳の地面を歩く音がひっきりなしに行き交っている、そんな騒がしい街道をゆく。


 深夜、おそらくは電気の概念が無い世界であるが、辺りは煌々とした光に満たされている。

 灯籠に似た照明が街道にずらりと並んで淡い光を放ち、すれ違う人々の横顔を照らしていた。


「自分で言っておいてなんだけど、こんな時間に飛び入りで入れる仕事ってなんだ?ホストか?…………ホストはないか」


 電気でも炎でもない、けれど暖かな光が並ぶ。 

 この街に辿り着いた時には驚いたが、『魔法』という謎技術があると知った以上、理解はできなくとも納得できる光景だ。

 月並みな表現になってしまうが、綺麗で、どこか静けさを感じさせる街並みだった。


「その『ホスト』ってのが何かは知らないけど、仕事の方は問題無いよ。コトノにぴったりな仕事」


 病院内で1時間もの長風呂を敢行しやがったニーナは、(詩音はニーナが起きる前にシャワーと着替えは済ませていた。血まみれだったし)あの大仰な姫衣装も医者から貰ったと思われる代えに着替えたようである。フードが着いているだけでなんの特徴も無い、悪目立ちしない普通な服装。

 が、サイズが全く合っておらず袖から手が出ていない。ファッションで奇をてらわないと死ぬ病気なのだろうか。


 そんな少女が難しい顔で地図を睨み、詩音の隣を歩きながら続ける。


「魔物狩り。一体ごとに即金で報酬が出て、飛び入りで参加できて、腕っ節があれば大体なんとかなる。コトノが言った条件全部満たしてる。完璧でしょ?」


 そう、詩音の外出理由は"金"。今日中に纏まった金を用意しなくてはならない事情があるのだ。


 理由は簡単、ミアの治療費だ。

 異世界でも病院の利用は有料で、志無崎詩音は現在無一文の無職。素寒貧そのものなので、どうにか今から金を稼がなければならない。


 裏切り者の為に汗水流さなければいけない現状には正直不満しかないが、そんなことを言っているいとまもない。二日以内に金を用意できなかったら内蔵を売られる手はずになっている。勿論詩音のをありったけ。

 そんな状況下、IQ210の天才的頭脳が叩き出した結論は、『うげぇ……モツを売られるのは嫌だなぁ』という合理的なもの。


 だからニーナが職を紹介してくれるのは、本来重々に感謝しなければいけないことなのだが、しかし。


「…………他はともかく適性みっつめには不安しかないぞ。俺『叡智』使えないんだからな?最大火力がグーパンチだからな?丸腰の一般人パンピーにバケモン狩れると?」

「そこは絶対に大丈夫。ボクが保証する。コトノはもう少し自信もっていいと思うよ」


 保証された。

 こうも堂々と言い切られると、根拠が一切無いのに『なるほど大丈夫なのか……!』と思ってしまう、そんな自分がどこかにいたりする。己の詐欺耐性の低さを危惧すべきなのかもしれない。


 と、そこでニーナが足を止め、地図から目線を上げた。


「…………あれだね。あのでかいのがこの街のギルドみたい」


「ッ!?『ギルド』……!?いきなり異世界っぽいワードが出てきたな……!!」


 ニーナの視線を辿ったずっと先、周囲より数段背の高い建造物がドカンと建っている。


 こんな時間帯でもエントランスからは光が漏れていて、絶え間なく人が出入りしていた。まるで活気と熱がここまで伝わってくるようだ。

 行こっか、とニーナが再び歩き出し、詩音もその後を追う。


「ギルドってのは魔物の討伐依頼を個人に流す中間業者みたいなものでさ。現地までの移動も受け持ってくれてて、強い『叡智』を持ってる民間人を上手く活かそうって機関なの。何を隠そう、ボクもこれで生計立ててた時期がある」


「へぇ、なるほ…………マジで?お前が?」


「マジです。ボクがです。えっと……『叡智』が見つかってすぐだから…………2年とちょっとだね。魔物関連なら結構ベテランだと思うよ」


 そんな風に話ながら、詩音とニーナはギルドの中に足を踏み入れる。


 途端、中に反響する騒ぎ立てる人の熱気にあてられる。


 集会場といえばいいのだろうか。

吹き抜けから二階三階四階の様子が窺える辺り、外観以上に大きいものなのかもしれない規模の集会場。様々な人が集まって、話し合って、ごったがえしていた。


 特筆するならば、どこを見ても壁一面に貼り付けてある荒い紙片の数々だろう。文字と化け物の絵が描かれているところを見ると、おそらくこれら一つ一つが魔物討伐の依頼を記していると思われる。


「おお……」と壮大な光景を見た時特有の軽い感動に浸る詩音。

 対称的に淡泊に、「コトノ、こっちこっち」と手を振ってと誘ってくる二ーナ。

 並んで螺旋階段を登り、上へ上へとと共に向かう。





 最上階まで来ると、壁中に張られた紙片は変わらないものの、一階と比べて人の数はぐっと減った。


「討伐対象の情報と報酬を見て決めるんだ。まあ、"B"より下なら何でもいけると思うけど」


 はじめはこれか……これとか?どう?と、ニーナが紙片を指差して言う。

 なんでもないことのように、平然と同意を求めてくる少女。


 しかしながら。


「…………なんて書いてあるんだ、これ」


「………………えっと、どゆこと?」


「…………文字が読めないんだよ……察してくれ恥ずかしい……」


 そう。


 これまで何度も述べているように、志無崎詩音は異世界語を読めない。

 会話は前世で修めたが読み書きとなると絶望的。幼稚園児以下なのである。


 それでも、ダメ元で何度か本を開き解読を試みるという悪足掻きはしていたのだが、蓋を開ければそれも不可能。異世界語は多種多様な表意文字がずらりと並ぶ糞ムズ言語だったので、結果は全敗というオチだ。


「……?……文字が?読めない?…………ああ世界が違うから!?……へぇ成る程!確かに異世界から召喚されたらそういうこと起きそうだよね……!」


「やめてくれぇ……!!ひとの無能を喜んで納得しないでくれぇ……!!」


 嬉しそうに手を打つニーナ。

 己の中でゴリゴリとメンタルが削れていくのが分かる詩音。

 字すら読めない無能さはそれだけで恥なものだが、志無崎詩音は世界の頼みのチートスキル持ち故、己の無能さはどんな方面のことであっても世界を滅ぼすことに繋がりかねない。


 『ざーこざーこ!!』と指摘されると、小っさい心臓が止まりそうになるのだ。


「………………あれ?王城の資料室で何か捜してなかったっけ?あれは?」


「それも字面を覚えてただけで全く読めなかったんだよ……これ以上傷口を抉らないでくれ…………」


「…………??…………まあいっか。この欄に書いてあるのが"B"、これが"C"で、"D"。依頼のランク、つまり魔物の強さの順だね」


「成る程ぉ………………」


 追撃は止んだが、読めない文字を教えて貰う現状は限りなく幼稚園児。

 メンタルが更に沈みこむが、チーターがメンヘラやってるのもそれはそれで問題なので半ば無理矢理気合いを入れる。


「じゃあこれは?」


「あー、その辺りは駄目。全部"S"だよ。その土地への接近を十キロ単位で禁じられてる化け物の集まり。個人でやるものじゃないよ」


「…………多分、この欄が賞金なんだよな?だいぶ桁数が多いように見えたんだけど」


「そ。成功報酬は高いけど、やるのは自殺志願者か狂人だよ。どうせ死ぬだけだしね」


「これにするか」


「話聞いてた!?」


 "S"の紙片を手に取ろうとした瞬間、一歩で距離を詰めてきたニーナに激しく肩を揺さぶられる。


「ねぇ話聞いてた!?ボク今なんて言った!?覚えてるなら復唱してみて!!」


「…………"S"やるヤツはまともじゃないって旨のことを言われたような気がする」


「だよね!?ボクもそう言ったと思う!!じゃあなんで”S”選んでるの!?おかしいのは耳じゃなくて頭なの!?コトノは狂人なの!?死にたいの!?」


「いや、自信持った方がいいって言われたから少し大胆になってみようかって……」


「思うな!!生き急ぐな!!よしこれからはもっと謙虚に生きてこう!!」


 全力で引き留めてくるニーナ。

 正直、彼女の言ってることは十分に理解できるのだが、詩音にもしなければならない事情がある。


「……いや、医療費が結構かさむらしくってさ。今後も似たような金額請求されることを考えたら、今ここでできるだけ稼いでおきたいんだよ」


「えっ……?本気?本気で"S"行くの?冗談じゃなくて?」


 引きつった顔を青ざめさせるニーナ。


「せっ、せめて"A"にしない?それならボクが手伝えばギリギリ安全に……今コトノがやろうとしてるのはそのまま自殺だよ?それに監視中なわけだしボクも連れてくんでしょ?ボクまだ死にたくないなぁ…………!!」


「大丈夫大丈夫。俺一人で十分事足りるから、遠くで待っててくれればそれでいい」


 志無崎詩音はクソ雑魚ナメクジである。

 本来なら魔物なんかに勝てる道理もないクソ雑魚ナメクジである。


 しかし、"普通"と違うただ一点が、前提条件を全てひっくり返す。


 チートスキル。


 異世界にて無敵。絶対の能力だ。

 『敗北』どころか『苦戦』すら理の外のものとなる、圧倒的な"力"。


 人が寄りつけない土地なら『縛り』も関係ない。何も気にせず力を振える詩音のホームグラウンドだ。


 だから詩音は"S"の紙片を壁から外し、ひらひらと余裕ぶって揺らす。


「一分かからず片付けてやる」


 負ける道理がない。

 今から始まるのは一方的な"蹂躙"である。

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