第二章 別れの決まった魔人の少女
第14話 新たな力、新たなところで
魔法というのがあるらしい。
「…………そんなのあんの?初耳なんだけど……!」
古びた雰囲気を漂わせる異世界の病室の中、志無崎詩音は借りた本を眺め、異世界生活3年目にしてようやく知った衝撃の事実に身を震わせていた。
『眺めていた』というのは、『文章を読むのが苦手な為、挿絵を見てなんとなく雰囲気をつかんだ気になっているだけ』という涙無しには語れない事情があるのだが、それはともかくとして、この世界には"魔法"があるらしい。
魔法。
『発動っ……!!!』すれば風や雷が出てくるヤツ。
MP8消費して敵モンスター1グループに12~20ダメージ与えたりする、RPGあるあるなアレである。
アレはこの世界ではファンタジーでもなんでも無く、決められた手順を正確に踏めば誰でも実現可能な"技術"であるらしい。
聞くところによると、この本には魔法の理論と種類、発現させる手法について纏めてあるそうだ。
それを眺め、『わぁ~火が出てるぞぉ~!こっちは氷魔法っぽいなぁ~!すげぇぇ~!』くらいしか感想を出せない自分に悲壮感が湧き上がらないこともないが、ひとりの"漢"として、魔法というワードが実現可能なものとして提示されるのはそれだけでテンションが上がるものというのもまた事実なのである。
「………………へぇ~……すげぇ~……ほぉぉ…………」
そういう訳で、志無崎詩音は現在一切の知性を捨て去り、挿絵を眺めて賞賛の声を上げるだけの悲しきマシーンと化している、そんな傍ら。
「すぅ……すぅ……」
と、詩音の目の前のベッドで寝息を立てているのは一人の少女。
"猫の"ではなく"姫衣装の"ではあるが、確かに一人の少女、ニーナがすやすやと眠っていた。
******
ここは王都から最も離れたところにある辺境の街。
中でも一番大きな病院、その一室である。
あの暗い森の中での虚しい勝利を収めた後、詩音はミアとニーナと共にこの街まで飛んだ。
1.わざわざ遠くの土地を選んだのは
2.辺境の街の位置情報は資料室で読んだ213冊の内の地図から入手済み。
3.ニーナを連れてきたのは、既に敵対してしまった彼女がヴェートに連絡を入れるのを防ぐ為。
4.『飛んだ』というのは勿論チートスキルによるもの。志無崎詩音は人目が無い時だけは無敵なのだ。やっぱ困った時はチートスキルに限るよなぁ。人として駄目になりそう。
などと色々注釈することはあるが、とにかく詩音はこの街に飛んできた。
街中ではチートを晒すことができない為、少女二人を担いで走る。穴の空いた服を着て、意識を失った少女を担ぎ、夜の街を駆ける詩音の姿は日本なら通報必至の変質者。
そんな不審者は適当な病院を探しあて、即座に全身ナイフ跡の
最後までミアの意識は戻らなかったし、いつ戻るものなのかも見当つかなかったが、命の心配はもうしなくていいらしい。
そうして暇になった詩音は、未だに気を失っている……というかそのまま睡眠に移行したっぽいニーナを監視しつつ、おもむろに本のページを捲る現在に至るというわけだ。
ぱら、ぱら、と、紙の擦れる音がその部屋に響く。
「おぉ……!!この絵の感じは
本の中、ミアの『治療』にも使われていた魔法を発見。
医者だと思ってた奴らが何やら呪文を唱え始め、謎の光がミアを包み傷が癒えていく様子は中々に衝撃的な絵面だったものだ。
そして、正直『魔法』というだけで興奮するが、
詩音のチートスキルは基本無敵なチートであるが、治癒まではカバーしていない。
つまり自分の『不可能』を埋めることができる、最も実用性のある魔法である。習得すれば大きな武器になるはずだ。
「すっ、すげぇ……!どうやったらこんな魔法を使えっ……………………」
そのはずなのだが。
「………………だよなぁ」
分からない。
実現すれば武器になるはずなのだが、その具体的な習得方法となると、説明は絵では無く文章になる。
書いてあることが難解すぎて理解できない。
意味不明な固有名詞が大量に並んでいるというのだけはなんとなく分かるのだが、それだけだ。
――俺って一体……いや待てよ!?もしや俺の頭がよすぎるせいか!?IQが高すぎると会話が通じなくなるっていうアレ!?高尚過ぎる頭脳は稚拙な文章を受け付けないってことか……!?
IQ500相当の超天才転生者な頭脳がポジティブに歪曲した結論を弾き出し、なるほどそれなら仕方ないか、天才過ぎるのも困りものだな……と、胸をなで下ろした時、布の擦れる音、身を捩る音が目の前のベッドで鳴った。
「……ん…………んぅ……。………………ッ!??何処ここ!?」
「お、起きたか」
ニーナが目を覚ました。
数秒ぼんやりと辺りを見回していた少女だったが、覚醒するや否やすぐさま跳ね起き、首を左右に振り回しているところを見るにご乱心な様子。
「……ッコトノ!?ここどこ!?」
「………………大雑把に言えば王都から西にずっと離れた国境あたりの街。で、局所的に言えば病院だ。病院内では静かにな」
「……国境っ……そんなところまで……!?ボクどれだけ寝てたの……!?」
「2時間」
「…………………………はぁ……?」
『何言ってんだこいつ』とでも言いたげな表情を差し向けられるが、嘘をついてもすぐにバレるだろうし、例によりチートは極秘事項。
素知らぬふりをもって全霊で誤魔化す。
釈然としない様子のニーナはしかし、移動時間の問題については目を瞑ることにしたようだ。
「……なんでボクを連れてきたの?」
「口封じ」
「………………それは」
「ヴェートに入れた連絡じゃ俺とミアは死んだことになってるんだろ?『死体』二つと『実行犯』が消えた以上焼け石に水だとは思うけど、少しでも向こうを攪乱させておきたいからな。だから口封じだ」
「………………」
「悪いけど、ミアが動けるようになるまでは監視させて貰う」
「………………………………」
ニーナは押し黙る。
俯いて表情の見えない彼女は、一切の意思表示を放棄し、沈黙した。
無理も無い。
というか全面的に
志無崎詩音は、この卑怯極まる異世界系チーターは、つい数時間前にこの少女を裏切ったのだから。
――わかってたけどやるせないな……実際ここからどうすりゃいいんだ……?
躊躇いなく殺人に向かっていたとはいえ、人死にを減らす為とはいえ、唯一手を差し伸べてくれたこの少女を虚言で騙そうと試み、間抜けなことに地雷に触れた。
挙げ句の果てには
自慢できない事だが、人を気絶させることには一日の長がある。一撃で意識を刈り取ることも、後遺症のリスクを出さないことも、傷痕一つ残さないこともまあ容易い。
けれどそれでも、避けられないことだったとしても、か弱き恩人の顔面に一撃叩きこんだことに変わりは無い。
説得できなかったから殴って黙らせたのだ。
今の自分はまごう事なきクズ。社会的に死を喜ばれる系の人間である。
そして
――うわぁ……死にたくなってきた……
メンヘラな感情が全身纏わり付いてくるようだったが、それに文句を言う暇は自分には無い。
志無崎詩音は唯一黒樹に対抗可能なチーター。横道に気を取られていては世界が滅ぶ。
とりあえずニーナに罵倒されるのは仕方ないとして、そこからどう事を収めるか――
「わかった。
「……ん?」
「まぁ、元々ボクはミアを殺すのが仕事だった訳だし、ぶっころすって言っちゃったし。信用できないのも仕方ない」
ニーナは残念そうに首を振る。
が、彼女に窺える負の感情は発言通りの"残念"だけで、敵意や悪意は一切感じられない。
「………………怒ってねぇの?」
「??」
「だからほら…………その、殴ったことについて」
「…………??……ボクも取り乱して刺そうとしたんだから、偉そうに説教できる立場じゃないよ」
そう言ってため息をついた少女は、残念そうな笑みと共に。
「だからさ。コトノがボクのことを信用できるようになったらでいいから、今度こそ仲良くしてほしいな」
「…………………………なるほど。」
その言葉を受け、詩音は今度こそ確信する。
――こいつッ、天使……!?
******
――――まずいまずいまずい!!これはまずい!!すごくまずい!!
平静を装った演技の裏、ニーナは心底ブルっていた。さっきから冷や汗が凄かった。
目の前の、なんとなく明るくなった気がする
心中渦巻くのは、彼が口にした自身を連れてきた動機。
曰く、『口封じ』だとか。
――嘘に決まってる!!口封じだけなら殺せば終わりだ!!コトノがボクを生かしておく必要は微塵も無いはずなのに!!
そう、コトノと自分が会ったのはたった一日前のこと。
王城への通報のリスクを受け入れられる程の執着、
気絶していた自分を殺しそのへんに死体を埋めておけば、それだけで口封じは完璧だ。
――じゃあ何だ……!?なんでコトノは嘘をついた……!?なんでボクを生かして連れてきた……!?
決まってる。
セッ……だ。
――
戦慄。衝撃。様々な衝動からニーナに電流が走る。
いや、思い返せば元々違和感はあった。
自分は世界で2番目にカッコかわいい女の子。
ミアもかなりの上位可愛いかわいい系であると認めてやらんこともないが、自分を差し置いて『顔がタイプ』と言われるのは明らかな異常事態。
あの猫の少女が狙われるなら、その前に自分が襲われるのが道理というものである。
いや、むしろ本命は
彼が今この場所で劣情を隠しているのは、
――ひぃ……!!襲われる……!!劣情の捌け口にされる……っ!!
動揺の震えを全力で隠蔽。
無論、襲われるとなって指をくわえて待つ馬鹿では無い。
全身全霊をもって抵抗し、隙あらば逃走する所存だが、ここで問題が一つ。
コトノが強いのである。滅茶苦茶強いのである。
――うぅぅ……!!正直舐めてた……!運動能力は凄いけど『叡智』使えば楽勝だろーって考えてた……!!
一度本気でかかってみてようやく分かった。
コトノは強い。冗談にならないくらい強い。予想していた3000倍強かった。
自分とコトノの間にある実力差は『叡智』の差を加えても歴然。正面からかかれば100%負ける。
そして、これが最も重大な懸念事項なのだが、コトノが『叡智』無しというのはおそらく嘘である。
いかなる手段を使っても最低10日はかかる距離を気絶した
隠す理由に心当たりは無いが、それだけイカレた出力の『叡智』を隠し持っていたと考えるべき。
さて、整理してみよう。
コトノ。
身体能力、反応速度、技術、おそらく『叡智』。全てが
――うわぁぁ無理……!!どう考えても詰んでる……!!
自身の置かれた状況を再確認し、震えの速度が倍になる。
もはやこの少年に体の隅から隅までまさぐられるのは確定事項のように思えてきた。
これが絶望なのだろうか。
しかし、自身の純潔を諦めるのはいかなる状況下でもありえない。
そして万一コトノを殺せたとしても、一生あえなくなったとしても、それはそれで結構悲しい。
つまり、
――どうにかしてコトノの『叡智』を特定。それの対策を立てた上で不意を突いて、脚を刺して動きを封じて、あさっての方向に全力疾走すればなんとか……!!
と、若干無理のある逃走計画を立て始めた時。
「……あ」
その時、ようやく
いや、思い出したというべきか。
こんなことを考えてる場合じゃなかった。
「そうだ約束だったじゃん!!勝負してよ勝負!!今からスタートでいいよね!?よぉし、気合い入れていくよ……!!」
「え?」
「うぉぉっ!!覚悟ぉぉっ!!!」
「は??」
気合いの咆哮と共にナイフを生み出し、投擲し、コトノに向かって襲いかかる。右手のナイフは手の平に留め、真っ直ぐにコトノの元に突き出した。
完全に不意を着いた攻撃。
少なくともコトノの表情を見る限り、彼が驚いているのは一目瞭然だった。
動き出しから初撃が届くまで0.1秒もないはずだった。
「っ!?ッと!」
「!!」
が、人間の動体視力を越えているはずの投げナイフは正確に柄をキャッチされ、突き出した右手を体を捻って躱され、掴まれ、関節を極められ、ベッドの上に沈められた。
「ぐぇ」
柔らかいマットに顔を埋め、一度跳ねる。
今まで鍛えてきた技を、『叡智』を、事もなさげにいなされ、為す術も無くベッドをタップして降参の意を表明。
「ちょっ……ギブ……ギブギブ…………」
「言ったよな!?ここは病院だから静かにしてって俺言ったよな!?頭大丈夫か!?」
強い。
凄く強くて、まるで歯が立たなくて、双方無傷で事を収められる。
こういうところはやっぱり似ていて、昔のことを思い出してきて、まるで
「……ぇへへ」
「えへへじゃねぇんだよ頭大丈夫か!?」
怒られた。
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