第11話 憎まれっ子はしぶといもので


 人は不都合な事実から目を背ける生き物なのである。




 そんなわけで、「うーん……」と唸っている姫衣装の少女ニーナ……暫定殺人鬼な彼女を窺いつつ、詩音は現実逃避気味に閃いた。


 ――考えようによってはそんなにヤバくないのでは……!?


 殺人鬼は大体ヤバいものだが、その思い込みこそがいけなかったのかもしれない。


 だってそうだろう。

 仲間を殺された主人公が『うわぁぁぁぁ!!』とか叫びながら仇を討つのはよくあること。

 手を震わせて人殺しを後悔しながらも、仲間の励ましで立ち直るイベントが入ればそれでおしまい。なんやかんやの流れで許されることではないか。


 まあ、ニーナの場合はちょっと気軽に復讐を志し、ちょっと腹が立って拷問よりみちしてしまい、ちょっと後悔の念が微塵も見当たらなかったりするが、これくらいは誤差の範囲だ。細かい事は気にしない。



 第一、今回の場合、被害者にも問題があるのだから尚更だ。


 「……う~ん」と唸るニーナの後方少し離れたところに落ちている、刺し傷にまみれて倒れて動かないミアに目を向ける。



 今回は彼女自身も裏切られたとはいえ、それ以前まではヴェートと繋がっていたという事実は変わらない。

 この猫の少女はヴェート達の1度目の裏切り……前世の暗殺にも関わっていたということになる。

 あの毒薬の提供元はこいつだ。

 長年の仲間だったシオンと討伐チームなかまになったばかりのコトノ、2回も裏切り行為を働いたミアは紛れもない外道。クズの中のクズである。


 ……さらにその上には裏切り3回のヴェートがいるのだが、これ以上心労を増やしたくないので考えないことにする。


 ――とにかく!!考えようによってはニーナこいつゆうじんを殺したミアクズに復讐を果たした主人公!!所謂ダークヒーローだ!!うわっ格好いい凄いぞニーナッ!!


 無理矢理そう考える。

 色々あってもう精神的に限界なのである。頭がおかしくなりそうなのだ。これ以上懸念事項が増えるなんてあってはいけない。


 ――ニーナはまとも…………ニーナはかわいい…………ニーナはまとも…………


 そんなわけで、脳内でぶつぶつと呟いて自身に洗脳をかけ始めた頃。


「……よし決めた。よく聞いてねコトノ」


 件のダークヒーローが顔を上げた。


「はいっ!」


 突然話しかけられ、思わず出てしまう上ずった声。

 逆にニーナは落ち着いて、真面目な顔でこちらを真っ直ぐに見据える。


 緊張感で、詩音の喉がごくりと鳴った。









「一緒に暮らそう」


「………………はい?」


「一緒に暮らそう」


 聞き間違いじゃなかった。

 聞き間違いとしか思えない程唐突な言葉だった。


「…………??」


「一緒に暮らそうと提案したい」


 思考が停止して沈黙する詩音を余所にニーナは続ける。


「いや考えたんだけどさ、王女様……ヴェートはコトノの死体を欲しがっているんでしょ?」


「ここから逃げて、それだけで諦めてくれるって考えるのは楽観的だろうし、これからずっと命を狙われるって考えていたほうがいいと思う」


「だから一緒に逃げよう。追っ手が来たらボクが守るよ。どんな奴が相手でも全員ぶっ殺してやる」


「あ!!今『俺より弱いくせに……』って思ったでしょ!!言っておくけどは本気じゃないからね!!」


「仕事柄『叡智』は隠してたんだって。『身体能力の強化』は嘘。本気出せばコトノと勝負した時の100倍は強いよ」


「ふふん、ボクは世界で2番目にカッコかわいい女の子だよ?コトノ一人守り抜くくらいわけないって」


 その姫衣装の少女は、胸を張ってそう言った。

 ニーナらしい、堂々とした言葉だった。


 そこまで聞いて、色々と考えてみて、やっぱり訳がわからなかったので、詩音は初めて口を挟む。


「……聞いていいか?」


「ん?」


「なぁ、俺達が会ったのって今日が初めてだよな?」


「うん」


「……………………だったら普通放っておくだろ?」


 ニーナの言っていることは異常そのものだ。


 ミアを嬲っていた時とは訳が違う。

 ヴェートを、王室を敵に回すことになると知った上での発言なのだ。

 直接的ではなくとも国一つまるごと相手に回すといっても過言では無い暴挙。

 出会って一日も経たない人間に対してまで思える理由なんて、どれだけ考えても思い当たるものではない。


「何で会ったばかりの俺にそこまでしてくれるんだ…………?」


「………………あ~……」


 そんな当然の疑問に、ニーナは照れくさそうに頬をかく。

 状況が飲み込めているのなら出るはずのない、緊張感のない仕草だった。


「…………憧れてた人に似てるんだ。体ひとつで戦い抜ける力を持ってるところとか、優しいのに強がってそれを隠そうとするところとか」


「…………??」


「……これはどうでもいいとして!!というか忘れてもらうことにして!!…………まあ、コトノのことは、結構尊敬してたりする」


 少女は手を差しのばしてきた。


「だから、ほら、一緒に逃げよう?」


「……………………………………………………なるほど」


 そこまで聞いて、ようやく詩音は深く頷く。


 ――あれ?天使がいるぞ…………?


 殺人鬼だと思っていた少女は殺人鬼だったが天使だった。

 自分でも何を言っているのか分からない。


 正直、説明された動機は一切理解できなかった。

 『優しいのに』とか言われても思い当たる点は何も無い。ニーナと会話したのは『試験』後の試合と資料室での一件のみで、そこで何をしたというわけでもないし、自己採点はどちらかといえばその真逆、自己中のほうに傾く気がする。


 向けられている好意の理由が分からない。

 そうなるとまるで好意を植え付けて利用しているような気がしてきて、謎の罪悪感がこみ上げてきた。


「…………なるほどな」


 しかしながら、仲間に裏切られたばかりの詩音にとって、理不尽でも、道徳的でなくとも、優しくされるのは嬉しかった。

 抗いがたいものだった。


「ほら」


「…………」


 ニーナが微笑みかけてくる。

 詩音の中に、何も考えずに少女の手を取りたくなる衝動がこみ上げてきて……


「頼む。一つだけ我が儘を言わせてくれ」


「………………いいよ。なに?」






 300。処置が終わった。


「……ミアを連れてってもいいか?」


「……ほぇ?」


 きょとんとするニーナ。


 少し前に殺したはずのそいつの名前が出てきたことに、彼女は困惑しているようだった。

 無理もない。彼女の立場なら誰だってそうなる。


「…………死体を持っていってどうするの?…………!??まさかコトノ、趣味が!?」


「……!?違う違うまだ死んでない!!」


「あぁ、なんだ違……………………んん???いや殺したよ?」


 ますます深まる彼女の困惑。

 ニーナは振り返り、後方に落ちている死体に目を向けた。




「……あれ?」


 そこで起きていた変化は三つ。


 体中に刺さっていたナイフが全て消えていたこと。

 地面に広がっていたはずの血の海が、すっかり干上がっていたこと。

 彼女の姿をじっと注意して見つめれば、ほんの僅かに、呼吸で揺れる様子が見られること。


 全身の痛々しい傷はそのまま残っているが、これらの光景から見て判断を下せば、


「な?生きてるだろ?」


「……なんで?」


 なぜかと問われれば、チートスキルなのである。

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