第10話 個性強めの救世主さま

 

 服についた土を手で払って落とす。

 が、べっとり着いた赤黒い血液はどうしようもないし、服に開けられた穴を直すのはここでは不可能。

 腹の風穴を晒し続けるのは正直抵抗があるのだが、これはもう諦めるしかないようである。


 そんな結論を出し、志無崎詩音はため息をついた。


「………………やる気出ねぇ……」


 何も服に限った話では無く、何から何まで最悪を引き当てた詩音は、当然の帰結として現在軽く鬱状態になっているのである。

 しかし、駄々をこねて座り込んだり、ボイコットを宣言し引きこもったりできるわけもなく、ダウナー気味にこれからどうするか考えていると、ニーナが引き気味に話しかけてきた。


「……でさ、なんで生きてるの?」


 姫衣装の少女は詩音の腹の風穴を指差す。


「……………………あー……」


 当然の疑問である。

 しかし、答えることのできない質問でもあった。


「えっと…………………根性、かな。」


「………………嘘だぁ!今にも死にそうに見えるんだけど大丈夫なのそれ!?死なない!?」


「いやマジだって。余裕余裕」


 嘘である。


 人は腹に穴を開けられたら死ぬ。

 根性どうとか関係なく、血がいっぱい出ると普通死ぬのだ。小学生でも知っている常識である。


 しかし、志無崎詩音は『普通』から外れるモノを、たった一つだけ持っているのだ。

 チートスキルである。


 そう、詩音の『叡智』は止血に応用が可能。

 体外では無く体内から止めるので目撃もされない。例え内臓が引きちぎられても、そこから漏れる血を止め、必要な箇所に流し込み、8割方は機能を維持できる。

 つまり詩音は『途中から』自身に完璧な止血を施し、必要最小限の血液だけを己の中に保持したという訳だ。


 そして、逆に言えば止血それだけなのだった。

 痛みはそのままなのである。


 ――――うぇぇ、死ぬ…………死んでしまうぅぅ……!


 表向きは平然と振る舞っているが、実は必死に吐き気を抑えているのである。


 ニーナについた嘘は、『根性』と『平気』の二つ。


 肉を裂かれ、内蔵を巻き込まれ、ついでにミアの『叡智』で体内を滅茶苦茶に弄くられた。

 腹の傷は常に酸で焼かれるような痛みを垂れ流している。

 一度死んだ詩音には断言できる。死ぬより痛い。


 そして失血だ。完璧な止血が可能であるにも関わらず、詩音の服にべっとりついた血。


 何を隠そう、あの時あの場、ミアに刺された瞬間に詩音が選んだのは『死んだフリ』だった。


 『叡智』を見られる訳にはいかないし、『叡智』無しでは勝てる訳がない。戦いを避けようとするのは当然の選択といえよう。

 しかしそうなってくると血が止まっているのはアウト。生きているのが丸わかりになる。

 だから死ぬ寸前まで血を止めず『血糊』を撒いた、というわけだ。


 なのだが、ミアがヴェートへの連絡を終えた辺りで意識を失ってしまったらしい。

 急激な血圧の低下のせいだろうか。

 無意識下や痛みの中で『叡智』を制御するのには慣れている為止血は解けなかった……というのが不幸中の幸い。




 さて、これらを踏まえて、目を覚ました詩音の状態を供述してみよう。


 『死ぬ寸前まで血を抜かれ』、『致命傷越えの痛みを背負い』、『仲間に裏切られた(三人目)』。


 断言する。

 これで元気な奴がいれば、そいつの名前は狂人だ。


「――――はぁ……死にたい……」


「!??自棄になっちゃ駄目だ!!頑張れ!!!死ぬな!!」


 ニーナに肩を揺さぶられる。


 頑張れと言われても頑張っているのである。

 世界の存亡を背負っている以上、死ぬことはできないし死ぬつもりもない。

 でも死にたいのだ。辛いのである。


「もう疲れたんだよ……生きてても辛いだけだろ、死にたいって思って何が悪い……?」


「悪くないけど生きよう!!頑張れ少なくともあと10年は生きろ!!勝負するって約束だったじゃん!!」


「そうだったっけ…………そういえばそうだった…………うわぁどうしよう……全部面倒になってきた……」


「生きろッッ!!約束は守ってよ常識だよ!?」


 ゆっさゆっさと揺さぶられ、失血と合わさって吐き気が限界に近づいてきた頃。


「あ」


 気づいた。


「……そういえば、なんでニーナおまえがここにいるんだ?」


「あ、ボクも聞きたい。コトノってどういう経緯でなったの?」


 揺さぶる手が止まった。

 吐く前に止まって本当によかった。




 ******




 話すことを取捨選択する気力は無い。

 ので、前世に関わること以外は全て包み隠さず話した。

 そしてニーナもまた、彼女の知っていることを全て包み隠さず話してくれたようだった。なんとなくそう思うだけなのだが。


「――――ってこと。で、イライラしたから顔を刻もうって時にコトノが立ち上がったんだ」


「…………成る程。」


 ニーナの分かりやすい説明に頷く詩音。


 詩音が目を覚ましたのは、ニーナがミアの顔面を刺しまくろうとする衝撃的な場面が視えたからなのだが、そういう経緯だったなら納得がいく。


 確かにお金は大事だし、金のためなら人を殺すのもやむなしといえる。

 誰だって腹いせに拷問くらいするだろう。


 意外なのは今日出会ったばかりの詩音が殺されたことに、嬲り殺すそれほどまでに怒ってくれたことだろうか。

 詩音が知らないだけでニーナは案外人懐っこいタイプなのかもしれない。


 ――――ふむ、ふむ。


 それらの要素を頭の中で転がし、熟慮し、結論は出た。


 ――――……なんなんだニーナこいつっ……!!……っヤバいな!!ヤバいぞ!!どうしよう駄目な方の狂人だ!!頭おかしいぞこいつ!!


 戦慄する詩音に走る冷や汗。


 いくらなんでも殺意が高すぎる。

 まず気軽に人を殺そうとするな。金目当てに人を殺すな。それこそ世界の常識だろうに。





 300

 血でまみれて動かないミアが転がっている、そのすぐ近くでの出来事であった。

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