第12話 理性と合理をつきつめた先

 

「……まあ殺せばいっか」


 ニーナの行動は迅速であった。

 ミアが生きていることが分かった瞬間、彼女の方に向かって歩き出したのである。


「!??ストップ止まれ殺すな殺すな!!」


 一切の躊躇無い歩みを慌てて止める。

 せっかくチートを使ってまで延命したのに、ここで追い打ちされてはたまらない。


 しかし。


「……なんで?コトノを殺そうとした奴だよ?」


「ぐぅ……!」


 驚く程の正論にぐぅの音も出ない。


 ニーナから見ればミアは単なる殺人(未遂)犯。

 詩音コトノを騙し、闇討ちして腹を貫いた鉄砲玉である。

 ニーナ自身の顔も見られていることだし、最適解はどう考えてもこの場で殺しておくことだ。殺人を厭わない彼女からすれば尚更。


 しかし、実際にはそれは間違っている。

 今この場、詩音だけが知っていることだが、ミアを殺せば世界が滅ぶのだ。



「………………えーっと……それはだな…………」


 言い淀む。

 世界の存亡がかかっている以上事情を説明できれば説得は可能だろうが、その前提がまず叶わない。


 肝心の事情を話すことができないのだ。

 事情――――前世を話せば世界が滅ぶのはそもそもの大前提である。

 話しても話さなくても滅亡する最悪な袋小路に囲われたこの状況は、傍から見れば"詰み"というやつなのだろう。


 ――クッソ……!!考えろ…………!!


 追い詰められた詩音は必死になって頭を回す。


「……………………人殺しはよくないよみたいな……」


「……コトノを殺そうとしてる奴が生き返った。しかもその理由が分からない。ちゃんと殺し直すのが一番安全にきまってる。コトノが嫌でもボクは殺るよ」


「ぐぅぅ……!」


 殺人鬼に倫理は通じない。

 ニーナはミアの方に向かって歩き始める。


 『それ』自体はもの凄く単純なことなのだ。

 話していいなら5秒で済むのだ。

 簡単なことに頭を悩ませなければならない現状に、苛立ちにも似たもどかしさが湧き上がってくる。


 ――ああもう毎度毎度面倒ごとばっかりだ……!!


 知恵熱に悶え苦しみながら、逃げるように星が架かりはじめた空を仰いだ。





 一応述べておくと、殺せない事情は前世のミアの『立場』にある。


 そう、ミアは裏切り者なのだ。

 裏切り者ということは裏を返せば元仲間ということ。外道でクズで裏切り者であろうと、元はこの志無崎詩音の仲間なのである。


 だったら後は子供でも分かる単純な論理だ。

 きっと自分は、仲間が死んだらかなり悲しい。


 元々ギリギリ限界だったとはいえ虫の息なミアを見ただけで発狂しかけたのである。

 詩音じぶんの豆腐メンタルは想像よりさらに脆かった。もはや何事においても一切信用することはできない。

 そして唯一黒樹を討てる詩音チーターのメンタルが削られるのは非常に不味い。

 今の詩音はクソ雑魚ナメクジ。一度のミスで死にかねない圧倒的な弱者なのだから。


 総括。

 ミアが死んだら世界が滅ぶ。


 ――なんか改めて考えたら腹立ってくるな……!!なんで俺は裏切り者の為に命の恩人を騙さないといけないんだ……!?


 全くもって忌々しい話である。


 この理論は何もこの場に限った話ではないのだ。 

 そもそもの根本が自身のメンタルにある以上、いかなる策を講じようとも無意味。

 裏切り者達への復讐の道は完全に閉ざされたということなのだから。

 

 ――あぁクソッ……!!前世の俺を殺したくせに……!!


 恨めしげにため息を吐く詩音は、しかし自棄になって暴れることもできない。


 論理的に合理的に世界の為に、今現在迫り来るミアの死を阻止しなくてはならないのだ。


 ――考えろ……!!


 だから、詩音は捜す。


 ニーナを納得させられるリアリティを持つ言い訳。

 一部の隙も与えない言い訳。

 彼女の殺意をねじ曲げる『力』がある、完全無欠な言い訳を。


 ――考えろ……ッ!!


 考えた。

 原稿用紙数千枚に及ぶ思考の水がどっと脳内を流れていき……その結果。


「……………………………………あ」


 あった。


「…………ク……だ」


「ん?今なんて言ったの?」


 それは、圧倒的なまでの『気づき』から思わず出してしまった独り言。

 瞬時に行う数百回の脳内シュミレート。

 結果、勝率は100%。ほのかな『気づき』は『確信』へと変わる。


 ――いけるぞ!!


 これ以上ない言い訳だった。

 いや、気づいた今となれば『これ』しかない。

 突如舞い降りた完璧な作戦てんけいを前に、詩音ぼんぷはただ震えるのみである。


 ――これならニーナを止められる……ッッ!!


 決意をきめる。


  『これ』に必要なのは圧倒的な熱量。

 魂だ。

 想いを込めろ。そうすれば絶対納得させられる。

 『これ』以上に、『力』のあるリアルな衝動など、多分この世のどこにも存在しないのだから。


 握りしめた拳と圧倒的な勝利の予感を共に、詩音は叫ぶ。





「いや、ミアこいつ顔がタイプだからさ!!!弱みを握って性交渉に持ち込もうと思う!!!!」


「…………ああ、なるほ……ッ!?ッ!?!???ッッッッ!?!?!!?!???!?」


「よく考えてみろ!!国中から狙われるのはこいつも同じでその上仲間もゼロときた!!俺以上にどうしよもなく追い詰められた状況にあるんだ!!!だったら少し脅せばどんな命令でも聞くだろ!?」


「……?……???……!?!???www!?!?!?!??!?!?」


 目を白黒させるニーナ。

 どうやらこの殺人鬼も、こうも暴力的な説得力の前には反論の言葉を失ったようだ。


 『性欲』。

 生物に根源的に備わった原動力ガソリン。裏のない根源的な衝動が理由となれば、人は納得以外の道を持たない。



 そして、加えて言うならば、ニーナは女性、詩音は男性であるという『ギャップ』。

 彼女は一般男性の思考形態を知らない可能性が高い。

 最低に下劣な性犯罪者の意見を表明しても、『ほぇ~男ってのはそういう考え方をするんだぁ~へぇ~』と誤魔化されるだろう。


 つまり、『本能』だけでなく『性差による認識のズレ』までもを生かした超高等戦術。これはもうIQ300の発想勝負系転生者を名乗ってもいいのではな


「こっ、こんのクズ野郎ぉぉぉッッ!!!お前は女の子をなんだと思ってるんだァッッ!!!」


「!?」


絶叫。

ブチ切れであった。


「……こんのッ!……くっ、クズッ……クズ、クズめぇ……ッ!!……ぁぁぁ………ぶっころぉす!!!」


「!??」


 憤怒の形相と共にニーナが飛びかかってくる。


 どうしてこうなった。

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