第5話 てのひらがえし
「……何言ってんだ?」
「言葉の通りです!!降参します!!勝てる気がしませんのでッ!!」
「……あァ…………?」
ラヴェルが然としてこちらを伺う。
あっけない降参に肩すかしをくったのだろうか。
裏切り者が困惑する様子を見て、褒められた事では無いのだろうが『ざまぁみろ』と後ろ暗い感情を少しだけ抱えてしまう詩音。
しかし、この降参はそんな打算で行ったものでは無い。
ここでの勝利は必ずしも必要なものではなかったのだ。
詩音は横目で自分達を遠巻きに囲んでいる観衆達を伺う。
彼らは黒樹討伐チームの候補生達。
そう、詩音が裏切られた後に集められた国民…………つまり、元々は一般人である。
――――こいつらの中に内通者を仕込めばいい……!
そもそも詩音が己を殺した裏切り者達を放置し、あげく、その下について戦うなどという狂った計画を立てたのは何故か。
全てはヴェートの『叡智』のためだ。
そして、その情報を受け取れなければ詩音は何もできない。そもそも戦場にたどり着くことすらできないのだから。
世界は滅ぶ。
そして逆に言えば、討伐チームの情報を常に入手することが叶うのなら、裏切り者達の元で戦うなんて胸くそ悪い罰ゲームは回避できるのである。
――――そこで内通者の出番だ……!そいつに内部の情報を垂れ流して貰えば討伐チームに参加しないままに魔物を狩れる……!!
次の問題は『その内通者をどうやって用意するか』であるが、これは別に不可能ではないだろう。
他国の人間と戦争しているわけではないのだ。
『敵は魔物なんだから部外者に情報を流すくらいいいんじゃないか……?』そう考える者が候補生の中に一人ぐらいはいる。そいつを買収する。
部外者を雇って討伐チームに参加を申し出させるのもいいだろう。
総論。ここで負けても世界は滅ばない。
――――おお……!!天才なのか俺……!?
どこからどうみても穴のない作戦だ。
今すぐIQ180の頭脳派転生者を名乗れるくらいには天才的である。感動した。
そうと決まれば話は早い。
ラヴェルとの戦いを放棄した以上、討伐チームからの追放は免れないだろう。
罵声と共に叩き出されるその前に、少しでも内通者役を品定めしておこう。
――――狙いは金に釣られそうな不真面目な奴………………どいつだ…………?
己を囲む観衆、候補生達の顔を一通り見回し――――
「…………ん?」
そこで、彼らが言葉を失っていることに、初めて気がついた。
「……………………な……!!」
「ぁ……………………!?」
「……………………………………!!」
その場の全員が詩音を呆然と眺めている。
開いた口がふさがらないを身をもって体現している者までいた。
これは、自失した彼らの表情の中にあるのは、驚愕だろうか。
「……………………!?…………!??」
それを見た詩音にも同じ感情、すなわち驚愕がやってくる。
今の自分は無様に降参した敗北者。予想される候補生達の反応は、『うわぁ……大見得切って負けてるよダッせぇ……』or『やっぱ無能じゃねぇか!!とっとと出ていけぇ!!』のはずなのだ。
が、いまここに広がっている沈黙はそのどれにも合致しない。
予想外の展開だった。
未知への恐怖が詩音を包む。
「あの……?」
と恐る恐るに疑問を口に出そうとした直前。
観衆達がこちらに向かってまばらに駆けだしてきた。
「!!?」
全方向から迫り来る候補生達。
予想外の光景に肩が跳ねる。
――――…………まさかこいつら敗北者をリンチする風習でもあるのか……!?
背筋が凍る。
これだけの数と『叡智』抜きで戦えと……?え……俺今から死ぬの……?と、絶望の中、拳を握りしめる。
違った。
「どうやったんだ今の!?」
「本当に『叡智』は使えないんだよな!?
「っていうか途中から殴ってたよね!?剣術じゃないじゃん!!」
「!!?」
予想より数千倍は好意的な反応。
余計にわけが分からなくなり、声にならない声を上げる。
どうやら候補生達は先のラヴェルとの戦いに驚いているようだが、その理由が分からない。
しかし事態は掴めなくとも、なんとなく褒められている雰囲気なのは伝わってきて、荒みきっていた心が少しだけ和らぐ。
嬉しい。興奮してきた。
なんてことはまるで無い。こっちは真剣なのだ。
「……………………待て。待ってくれ。待って下さい。状況を整理させて頂けないでしょうか」
冷静そのものの心理状態から、事態を把握しようと詩音は口を開く。
「…………俺って今降参したよな?負けたよな?クソ雑魚だよな?今から追放されるんだよな?」
自分で言ってて少し悲しくなってくる問である。
しかし、
「はぁ!?あんな化け物みたいな動きして何言ってんだ!?」
「相手はラヴェル
「普通は一発も当てれないんだよ!!ラヴェルさんをあそこまでやり込めるなんて『叡智』有りでも不可能だ!!」
「剣術じゃ無いけど凄すぎるよ!!剣術では無いけど!!」
「……なら試験は…………?」
「合格に決まってるって!ですよねラヴェルさん!」
候補生達の期待に染まった視線が一斉に、一点に、ラヴェルの方に集まった。
「……………………あァ」
候補生の間で歓声が上がる。
そして、その反応に詩音だけが息を呑んだ。
表向きには取り繕われていたが、答え自体は肯定であったが、ラヴェルの目に宿っているのは鋭い敵意。
どうやらぽっと出の新人に、候補生曰く『あそこまでやり込め』られ、裏切り者は大変ご立腹な様子。
性格悪いなこいつ。
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