第5話 てのひらがえし

 

「……何言ってんだ?」


「言葉の通りです!!降参します!!勝てる気がしませんのでッ!!」


「……あァ…………?」


 ラヴェルが然としてこちらを伺う。

 あっけない降参に肩すかしをくったのだろうか。

 裏切り者が困惑する様子を見て、褒められた事では無いのだろうが『ざまぁみろ』と後ろ暗い感情を少しだけ抱えてしまう詩音。


 しかし、この降参はそんな打算で行ったものでは無い。

 ここでの勝利は必ずしも必要なものではなかったのだ。


 詩音は横目で自分達を遠巻きに囲んでいる観衆達を伺う。

 彼らは黒樹討伐チームの候補生達。


 そう、詩音が裏切られた後に集められた国民…………つまり、元々は一般人である。


 ――――こいつらの中に内通者を仕込めばいい……!


 そもそも詩音が己を殺した裏切り者達を放置し、あげく、その下について戦うなどという狂った計画を立てたのは何故か。


 全てはヴェートの『叡智』のためだ。

 で魔物の位置を特定し、適切な場所に適切な戦力を送るというのが半年前までの基本的な方針であったし、それは今も変わっていないはずだ。


 そして、その情報を受け取れなければ詩音は何もできない。そもそも戦場にたどり着くことすらできないのだから。

 チーターしおんが右往左往する間に討伐チームうらぎりものたちは全滅。魔物は世界中に拡散。

 世界は滅ぶ。


 そして逆に言えば、討伐チームの情報を常に入手することが叶うのなら、裏切り者達の元で戦うなんて胸くそ悪い罰ゲームは回避できるのである。


 ――――そこで内通者の出番だ……!そいつに内部の情報を垂れ流して貰えば討伐チームに参加しないままに魔物を狩れる……!!


 次の問題は『その内通者をどうやって用意するか』であるが、これは別に不可能ではないだろう。


 他国の人間と戦争しているわけではないのだ。

 『敵は魔物なんだから部外者に情報を流すくらいいいんじゃないか……?』そう考える者が候補生の中に一人ぐらいはいる。そいつを買収する。

 部外者を雇って討伐チームに参加を申し出させるのもいいだろう。



 総論。ここで負けても世界は滅ばない。



 ――――おお……!!天才なのか俺……!?


 どこからどうみても穴のない作戦だ。

 今すぐIQ180の頭脳派転生者を名乗れるくらいには天才的である。感動した。


 そうと決まれば話は早い。


 ラヴェルとの戦いを放棄した以上、討伐チームからの追放は免れないだろう。

 罵声と共に叩き出されるその前に、少しでも内通者役を品定めしておこう。


 ――――狙いは金に釣られそうな不真面目な奴………………どいつだ…………?


 己を囲む観衆、候補生達の顔を一通り見回し――――


「…………ん?」


 そこで、彼らが言葉を失っていることに、初めて気がついた。


「……………………な……!!」

「ぁ……………………!?」

「……………………………………!!」


 その場の全員が詩音を呆然と眺めている。

 開いた口がふさがらないを身をもって体現している者までいた。

 これは、自失した彼らの表情の中にあるのは、驚愕だろうか。


「……………………!?…………!??」


 それを見た詩音にも同じ感情、すなわち驚愕がやってくる。


 今の自分は無様に降参した敗北者。予想される候補生達の反応は、『うわぁ……大見得切って負けてるよダッせぇ……』or『やっぱ無能じゃねぇか!!とっとと出ていけぇ!!』のはずなのだ。


 が、いまここに広がっている沈黙はそのどれにも合致しない。

 予想外の展開だった。

 未知への恐怖が詩音を包む。


「あの……?」


 と恐る恐るに疑問を口に出そうとした直前。


 観衆達がこちらに向かってまばらに駆けだしてきた。


「!!?」


 全方向から迫り来る候補生達。

 予想外の光景に肩が跳ねる。


 ――――…………まさかこいつら敗北者をリンチする風習でもあるのか……!?


 背筋が凍る。

 これだけの数と『叡智』抜きで戦えと……?え……俺今から死ぬの……?と、絶望の中、拳を握りしめる。



 違った。



「どうやったんだ今の!?」


「本当に『叡智』は使えないんだよな!?であんななのか!?冗談だろ!?」


「っていうか途中から殴ってたよね!?剣術じゃないじゃん!!」


「!!?」


 予想より数千倍は好意的な反応。

 余計にわけが分からなくなり、声にならない声を上げる。


 どうやら候補生達は先のラヴェルとの戦いに驚いているようだが、その理由が分からない。


 しかし事態は掴めなくとも、なんとなく褒められている雰囲気なのは伝わってきて、荒みきっていた心が少しだけ和らぐ。

 嬉しい。興奮してきた。


 なんてことはまるで無い。こっちは真剣なのだ。


「……………………待て。待ってくれ。待って下さい。状況を整理させて頂けないでしょうか」


 冷静そのものの心理状態から、事態を把握しようと詩音は口を開く。


「…………俺って今降参したよな?負けたよな?クソ雑魚だよな?今から追放されるんだよな?」


 自分で言ってて少し悲しくなってくる問である。

 しかし、


「はぁ!?あんな化け物みたいな動きして何言ってんだ!?」


「相手はラヴェルだぞ!?勝たないといけない試験なわけ無いだろ!」


「普通は一発も当てれないんだよ!!ラヴェルさんをあそこまでやり込めるなんて『叡智』有りでも不可能だ!!」


「剣術じゃ無いけど凄すぎるよ!!剣術では無いけど!!」


「……なら試験は…………?」


「合格に決まってるって!ですよねラヴェルさん!」


 候補生達の期待に染まった視線が一斉に、一点に、ラヴェルの方に集まった。


「……………………あァ」


 候補生の間で歓声が上がる。





 そして、その反応に詩音だけが息を呑んだ。

 表向きには取り繕われていたが、答え自体は肯定であったが、ラヴェルの目に宿っているのは鋭い敵意。

 どうやらぽっと出の新人に、候補生曰く『あそこまでやり込め』られ、裏切り者は大変ご立腹な様子。


 性格悪いなこいつ。

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