第3話 裏切り者から卑劣な要求
今の志無崎詩音の現在の心境は一言あれば十分に言い表せるほどシンプルである。
――――マジで……?
ドン引きだった。
あれから――――裏切り者達と共に戦うことを決意した後のこと。
ヴェートから形式張った感謝の念を述べられた詩音は、魔術師に連れられて王城の中を引き回された。
そう、王城。詩音が蘇生されたのは王城の一室だったのだ。
見たことの無いようなインテリアに目を引かれながらも、小さな魔術師と当たり障りの無い会話をして歩く。
「まずは依頼を引き受けてくれたことに感謝を、だな。ありがとう」
「異世界から人を引っ張ってくるなんて蛮行からお察しかもしれないが、状況はかなり切羽詰まっていてね」
「ん?…………ああ、そうだ。以前のパーティーから出た欠員は一人。それでも影響はかなり大きいらしい」
「……よく分かったな。君の言う通り欠員の理由は失踪だそうだ」
「私は当時の事をよく知らないんだがな。だからあくまでヴェート様の言によると、だが」
「その欠員に加えて、黒樹の行動も徐々にだが活発化してきた」
「産み出された魔物の数がいつ臨界点に達するかわからない。奴らが散らばったら世界は終わりだ」
「……とはいえ君を今すぐ戦場に駆り出そうということでもない」
「君が持っているという才能…………『叡智』というのは意思に呼応する力でね」
「扱うのに少し慣れがいるのと、個人差が大きいから性能を把握する為の時間が必要になる」
「結局、何をするにしても前準備は必要と言うことさ」
魔術師が言ったのは大体そんなことだった。
詩音が向かっているのは兵士用の訓練施設とのことである。
――正直、今更訓練かよって感じだよな…………
前世で2年間も最前線に立っていた者としては当然の感想である。とはいえ、彼女らから見た俺は異世界に来てから数分の素人。それを断る正当な理由など思いつかない。
面倒事の雰囲気を感じつつ、しかし適当に相槌を打つ詩音は、先導する魔術師の後を歩く。
そうして至る現在。
魔術師が足を止めた場所は、王城から出て少し歩いた先にあった。
ぱっと見た印象は訓練施設というか闘技場。コロッセオを思わせる高い壁で囲まれた建造物である。
ドン引きであった。
――――悪いことは立て続けに起こるって言うけどさ………………流石にこれは無しだろ……?なぁ……
その前に立っていたのは一人の男だ。
目を疑った。彼のその威風堂々と立っている姿に詩音は絶句する。
「――――と、いうわけで。こちらが異世界からいらっしゃった
童女の魔術師は目の前の男にそう言い放ちながら、
ちなみにコトノというのは急遽用意した偽名。
「――――ヘェ、こいつが例の」
こちらを鋭い目つきで見廻してくる少年からは、表向きは平静を装っているようだが、なんとなく敵意や悪意のようなものがにじみ出ているように見えた。
まあこれは、前世で裏切られた故の邪推かもしれないが。
「ラヴェル=ペザンテだ。今回、黒樹討伐チームの指揮とその候補生の指導を任されている」
「…………どうも、
出会いの挨拶が少し雑になるくらい仕方ないことだと思う。
どうやら鍛えてくださる大先生は前世での裏切り者。それも実行犯のラヴェル様らしいのだから。
だからどんな罰ゲームだよ。
******
殺人犯がリーダーを務める組織というのは、もう色々致命的な事態なのではないのだろうか。
王女が裏切り者。
黒樹退治の指揮を執る者が裏切り者。
彼らの裏切りを認知し、受け入れ、協力していた共犯者がいる可能性だってある。
いや、毒薬の調達方法まで考慮に入れればむしろそう考える方が自然。
加えて王室の連中が
この国の腐敗具合は留まるところを知らない。例えるなら腐り残しが無いミカン箱。もう滅んだほうがいいのではないだろうか。
しかしながら、何の罪も無い一般人のことを思うとそう割り切るわけにはいかないものだ。
――――異世界も世知辛いなぁ…………
そんな削がれつつあるやる気を抱え、詩音はラヴェルと共に闘技場の中に入った。
足を踏み出した途端、反響するざわめきが耳を打つ。
人だ。
辺りを見渡せば人、人、人。十代後半の子供が多いように感じられる。
大部分が2,3人で固まって話し合ったり、おそらくは『叡智』の訓練だと思われる作業をしている。
つまり彼らが”代用品”。再び黒樹と戦うにあたっての詩音の代わりというわけか。
ラヴェルが広場の中心に向かって踏み込み、その後についていく詩音。
前を歩く裏切り者に詩音は尋ねる。
「……全部で何人いるんですか?」
「候補生は全部で68人。今ここにいるのは20くらいか」
「候補生っていうのは……」
「有用な『叡智』持ちを国民から動員している」
――――思ったより大分多いな………………前は全員で4人だったのに……
まあ、半年平和な時期があったらしいので、国内の事情も色々変わっているのかもしれない。
……しかし、歩みを進める度に候補生達から好奇の視線が向けられていくのを感じる。こちらを見ながら何やら話している者達もちらほら窺えた。
「新入りだ。全員訓練に戻れ」
ラヴェルが叫ぶとこちらへの視線は慌ただしいまでに一斉に散った。
裏切り者が先生やってていいのだろうか。
そんなことを思っている間に、闘技場の端の最も人が少ないところでラヴェルは立ち止まった。
「俺が『叡智』関連で関わるのは効能の特定までだ。とっとと終わらせるぞ」
そう言って懐から取り出したのは透き通り、内に蒼い光を有し、妖しく光る石。
魔導石だった。
「触れ」
突き出されたそれに、その後の展開が窺えたような気がして、詩音は一瞬躊躇する。
「………………………………はい」
しかし、だからといって何をできるわけでもなく、結局は言葉に従った。
ポゥ、と。
詩音がそれを手に取った瞬間、魔導石の淡い明かりが強まった。
次第に光は力を増していき、数秒の内に動き始める。
蒼い輝きが心臓の鼓動のように揺れ、揺れ、揺れ――――
最終的に、空気に散った。
「……あぁ?」
「…………………………」
間抜けにも聞こえる声がした。
ラヴェルが呆けて言葉を失う。
詩音も同じく口をつぐむ。
「……あァ」
事態を咀嚼しきったらしい裏切り者、ラヴェルの肩が小さく跳ねた。
「く、くくっ……はははっ!!ははははははッ!!ハははははははは!!!」
清々しい程の高笑いが広場全体に響き渡る。
候補生とやらが何事かと再びこちらに視線を向けた。
「……何がおかしいんですか」
「あぁ、こんな馬鹿げたことがあるのか不思議になってな…………ハッ、何が異世界の『叡智』だ」
ラヴェルが嘲るような笑いを浮かべ、詩音から蒼い石を取り上げる。
「これは魔導石。マナを吸収して吐き出す媒体だ。触った奴の『叡智』を引き出す媒体だ」
その通り。
そして魔導石に触れて何の現象も起こらないなら、予想できる事態は自然と一つに絞られる。
「お前は『叡智』を使えないんだよ。この世界で最も弱い類の人間ってことだ。ハハハッ!」
言った。
大声で、叩きつけるように言った。
遠巻きにこちらを伺っていた群衆からざわめきが上がる。
「え……?ラヴェルさん今なんて言ったの?」
「いやまさか……『叡智』を使えない人間……?1000人に一人いるかいないかって話だぞ……?」
「……
遠巻きから気持ち悪いざわめきが上がる。
困惑。同情。侮蔑。
浮かべている表情は十人十色といえど、ただ一つの共通した認識を持っているのはよくわかった。
『こいつは役立たずだ』。
有り体に言えば、今この場、自分は誰よりも見下されているようである。
「――――はぁ」
負の感情に囲まれて、詩音は一つため息をつき、空を見上げる。
やりきれない。
やりきれなかった。
前述の通り、志無崎詩音はチーターである。
蘇生されてすぐ試し打ちしたことから分かるだろうが、『叡智』を失っているわけでも無い。現在進行形でチーターだ。
前世で無双しまくった最強兵器、使えば必勝の反則技、天より授かりし無敵のチートスキルは未だ健在。卑怯者となじられるなら返す言葉もないが、決して同情されるような身分では無いのである。
では何故魔道石が反応しないのか。
簡単だ。『叡智』は意思で操れる力。ある程度訓練した人間なら意図的に『叡智』を押さえ込むのは容易い。
つまり、他でもない詩音自身が、魔導石に引っ張られる『叡智』を無理矢理押さえ込み、意図的に無能を装っているということ。
そう、
――――もし仮に、ここで『叡智』を晒したらラヴェルはどんな反応をする?
『わぁぁ~すげぇぇぇよぉ~!なんてチートなスキルなんだぁ~!……あれ?前に殺したシオンの『叡智』とよく似てるなぁ~?……まあいいか!!頼りになるなぁ~!』だろうか。
当たらずとも遠からず。80点。模範解答は少し違う。
『……こいつっ!前に殺したはずのシオンじゃねぇか!……どうして殺し損ねたのか、何故姿が変わっているのか!見当もつかねぇが今度こそぶっ殺す!!死ねェ!!』だ。
戦争勃発。黒樹に対処不可能になる。
世界は滅ぶ。
勿論、人づてに『叡智』の特徴が広がるだけでも特定には十分。世界は滅ぶ。
そう、この2週目の異世界生活、頼みの綱のチートスキルを誰の目にも映してはならないのである。
難易度爆上がりである。
――――ああもう面倒くせぇ……!!
面倒だがやるしか無いのだ。
とりあえず、この場で『叡智』無しの無能を装うのは絶対に避けられない事だ。
見下した目線をよこされ馬鹿にされるくらい最初からわかっていた。
気分は悪いが仕方ない。甘んじて受け入れよう。イライラするが受け入れよう。かなり腹が立つが受け入れよう。
問題はここからだ。
「なァ。もうじきこの国が滅ぶってことはあのチビから聞いてるんだろ?だったら俺らにお荷物抱えている余裕は無いってことはわかるよな?」
裏切り者が正論を吐く。
『テメェらが呼び出したんだろうが』とか、『わざわざでかい声で話すのはギャラリー集めて見世物にする嫌がらせかクズめ』とか、『候補生の皆さぁーん!!こいつは仲間を殺した裏切り者ですよぉー!!』とか、その他諸々言ってやりたいことはあったが、言っても仕方ないことなので飲み込んだ。
誰か褒めて欲しい。
「なァ、教えてくれよ。お前は黒樹討伐にどう貢献できる?……言えないなら今すぐ叩き出す」
さあ、どうしようか。
この世界の戦闘は『叡智』が全て。
チートスキルを見せるわけにいかない以上、傍から見た志無崎詩音は正真正銘の無能。仲間に入れるメリットなど何一つ無いクソ雑魚だ。
強めの魔物と出会えば2秒以内に肉片になっているだろうクソ雑魚だ。
そんな雑魚中の雑魚、クソ雑魚ナメクジを受け入れるほどの理由。
考えろ――――
「………………………………俺は」
そんな、都合のいい口実なんて無い。
「…………
「――――へェ。剣術、ねぇ……」
ラヴェルが目を細め、こちらを見据える。
勿論、剣など握ったことは無い。
前世でも前々世でも無い。前々々世は記憶に無い。
異世界に来る前は平和な日本の中学生。異世界に来た後はチートスキルで大体どうにかなってしまったという事情により、今まで武器に触れる機会は一切無かったのだ。
しかし、『剣術を嗜んでいた』というのがまるっきりの嘘というわけでもない。経験はなくとも知識はあるのだ。
ドラマでチャンバラを見たことがあるし、中学で剣道部のクラスメイトと話したこともある。
ラノベの挿絵にあった主人公のスキル、なんか格好いい感じの二刀流の構えも覚えている。
こういうのを一部界隈ではド素人という。
つまるところ、剣術どうこうは苦し紛れの大嘘なのであった。
「そういうことならテストしてやる。ご自慢の腕前を見せてもらおうか」
「……………………………………………………わかりました」
流石は裏切り者。ド素人に剣を振るわせようとはなんと残酷なことを言うのだ。
さて、どうしようか。
どうしよう。
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