桜散る頃に

きりなが とうま

おじさんと僕

 遊び盛りの少年たちがボールを蹴って走って遊ぶ、どこにでもあるようなありふれた公園の光景。


だが今日はいつもと違い子供だけではなく大人たちの笑い声が聴こえてくる。


花見だ。


大人たちが酒を飲み、食事をし、騒ぎ回っている。

それを横目にいつも通りに遊ぶ少年たち。だが、その中の一人の少年は、大人たちの輪に近づいていった。

何の意図があったのかは分からないが純粋に桜を見ながら騒いでいるという見たこともない光景に興味を持ったのだろう。


近づいてきた少年に一瞬、大人たちは戸惑った。が、一人の中年らしき小太りなおじさんが少年を輪の中に引き入れ、


「なんだ坊っちゃんおじさんたちに何か用か? もしかして一緒にお花見したいとかか?」


「う、うん。おじさんたち楽しそうだし僕も一回お花見してみたいなぁ……って」


おじさんは笑い、少年を優しく花見に誘い入れた。

よく見るとおじさん達だけでなく、おばさんや少年と同年代に見える女の子がいた。

ジュースやお弁当をおばさんに取り分けてもらう。


「ほら、たくさん食べな! いっぱい食べて大きくなるんだよー」


取り分けてもらった食べ物は全部美味しそうでキラキラしている。ソーセージやハムなど子供が喜びそうなものが盛り沢山だった。

少年はバクバクと食べて数分もしないうちに全部平らげてしまった。その様子を見て先程のおじさんが大きく笑い、


「ハッハッハ! いい食べっぷりだなぁ。こりゃぁ将来大物になるかもしれないぞ?」


その言葉に共鳴するように周りの人たちも笑う。初めて会う人たちなのに少年はその場に不思議な居心地の良さを感じた。



      〜数年後〜



「ハッハッハ! お前ももう酒が飲める歳になったか! さあさあ一緒に飲もう」


数年前出会ったおじさんたちと花見をしている。その少年は今、丁度二十歳、もう酒を飲める年だ。


「おじさん、久しぶりに会ったけど昔と変わらず元気ですね」


「あったりめぇよ! 毎年この場所に来て花見をしてどんちゃん騒ぎしてるんだからな。ストレスなんて感じないからずっと元気なんだ!」


そう答えるおじさんには昔と同じパワフルさを感じた。


おばさんやあの時いた女の子なども全員、昔と比べると老けたり、成長したりと様々だ。


あの時おじさんと会ってから毎年一緒にお花見をしてきた。去年は色々あって行けなかったが。そんな毎年行われる花見に少年はどこか違和感を感じていた。


その違和感とは、毎年ジュースとお菓子が桜の前に置かれ、花見が終わるまで誰も手をつけないというものだ。


最初に見たときは、食べるのを忘れていたのかなとも思った少年だが、毎年そのようなことが続いていれば違和感を感じずにはいられないだろう。


そしてそのお菓子とジュースを回収する花見をしていたおじさんたちの家族は全員どこか寂しげな表情をして片付けていた。


少年……ではなく青年は勇気を振り絞りおじさんに理由を花見が終わって帰路につく時に聞いた。


「あのお菓子とジュースは一体何なんですか? 毎年置くだけ置いて誰も手を付けない。帰るときに回収するだけ、何か理由でもあるんですか?」


おじさんは少し驚いたように目を開いてこちらを見るが、すぐに元の優しい顔に戻り真相を話し始めた。


「随分と昔の話なんだが……。俺には息子がいたんだ」


「息子さんですか…………」


おじさんは、ああ、と深く頷く。


「息子は体が弱くてずっと入退院を繰り返してた。そんなある日急に胸が苦しいと言い始めてなぁ。いつもそう言って入院してたんだよ。だからその時も慌てて救急車を呼んだんだ。そして診察が終わって、俺に告げられたのは息子の余命宣告だった。呆然としたよ。時が止まったのかと思うくらいだった。先生が言うには心臓の弁が弱ってて、あと一年生きるか死ぬかだと言われたんだ…………」


それからもおじさんは長く感情を込めながら自分の無力さと息子を亡くした悲しさを青年に話した。


「それで、最後に息子さんは何か言ってたんですか?」


「ああ、最後に桜が見たかったと言ってたよ。みんなと見た最初の桜が忘れられない、病気が治ったらもう一回行きたいなぁって……」


なんと悲しいことだろう、悔しかっただろう、自分の力が及ばない、ただ励ます事しかできなかったのは本当に苦しいことだと青年は思った。


「だからさ、毎年息子の好きだった桜で花見をすることに家族で決めてるんだよ。そして最初に息子が死んでからした花見の時に君が来たんだ」


「そうだったんですか……。じゃあ何であんなに明るく輪に入れてくれたんですか? 普通なら他人が入ってくるなんてそんな状況じゃ拒むと思うんですが……」


「息子と重ねちまったのさ。あいつが元気ならこうして一緒に騒ぐんだろうなって。お前と息子は同い年だったしな!」


おじさんは、ニコッと歯を見せ笑い振り返る。辛いことがあった人には思えないほどの笑顔だった。そんな時、突風が吹き桜吹雪が舞った。


目が開けないような花吹雪におじさんと青年は驚く。

風がおさまり、おじさんを見ると横に見たことも無い男が肩に手をあてて立っていた。


見た目は俺と同じくらいの青年だ。


青年は目をこすり、もう一度おじさんを見る。


男はもう消えていた。


「何だ? どうしたんだよ。俺の顔になにか付いてるのか?」


おじさんが俺に問う。


「何でもないよ!」


青年は、はにかんだ様に笑いおじさんと肩を組んで帰路についた。

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