1回戦 Sランク冒険者ゲーム53

【お知らせ】

今回の後半は閲覧注意です。食事中は読まないことをお勧めします。


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 鈴本と千野と夏目理乃を見送った後、俺達は首都の中を見て回り、錬金術に関する本を探した。何冊か見つかったのだが、俺達が求める情報が書かれた本はなく、宿に戻って休んだ。


 千野と夏目理乃は3時間ほどで宿に戻ってきて、敵チームが滞在した形跡はなかったと報告したが、鈴本は朝になっても帰らなかった。


 ステータス画面のパーティの欄を見ると、鈴本のHPは満タンになっているから死んでいることはないはずだが、何かトラブルに巻き込まれてしまったのかもしれない。


 そう心配していると、鈴本がひょっこりと帰ってきた。


「時差の影響で、ハイポイド王国の首都に到着したときには真夜中過ぎだったんだ。そのせいで朝になるのを待ってから情報収集を開始したから、遅くなっちゃった」


 鈴本はそう説明した。


「それより、敵はいたの?」


 安来鮎見は緊張した表情でそう訊いた。


「ああ。いた。情報を仕入れた相手――ギルドの近くで寝泊まりするホームレスには口止め料も払ったし、敵チームには気付かれていないと思う」

「ついに見つけたのか……」


 米崎はそう言うと、深い溜め息をついた。


 それから俺達は、夜の間に俺が作った折り紙をすべて売り飛ばした後、12人全員でハイポイド王国に転移した。もちろん、20匹の羊も一緒である。


 転移魔方陣の上に乗って待っていると、魔方陣の外の風景が真っ暗になったかと思った次の瞬間には別の街の転移門に移動していた。気圧が違うせいか、転移した瞬間は息苦しさを覚えたが、すぐに慣れた。


 6番目の転移部屋が、目的のハイポイド王国の首都だった。ギアウィル王国ではまだ朝になったばかりの時間帯だったが、時差の影響で、ハイポイド王国では昼頃だった。


 ハイポイド王国は日本で言うと四国くらいの大きさの島だった。人口は約80万人で、高い山が少なく、なだらかな丘や平地が多い、緑豊かな国だった。


 気温はギアウィル王国よりも低めだが、湿度は高かった。


 魔物に占拠された大陸から海を隔てて離れているおかげで、魔族の侵攻を経験したことは少ないそうだった。


 ここからは敵の動向に注意しながら潜入チーム、生産チーム、レベル上げチームに分かれて行動することになった。


 潜入チームは、冒険者ギルドの酒場でウエイトレスとして働く夏目理乃、特殊メイク係の妹尾有希、冒険者に紛れ込んで情報収集をする千野圭吾、臨時のギルド職員として働く鈴本、敵チームが宿泊する安ホテルの食堂で料理人として働く青山、街の外で羊飼いとして風景に溶け込む米崎だ。


 生産チームは、火薬を作る国吉文絵と、それをサポートする俺と佐古くんと夏目理乃だ。夏目理乃は潜入チームとの兼任である。


 レベル上げチームは、夜桜、安来鮎見、立花光瑠だ。その他、手の空いているメンバーも適宜レベル上げをしていく。今後の展開を考えて、夜桜と安来鮎見の2人は優先的に冒険者ランクを上げることにした。


 俺の役割は、お金稼ぎと火薬の材料探しだ。


 1番原始的な火薬である黒色火薬が、硝酸カリウムを75パーセント、硫黄10パーセント、木炭15パーセントを混合したものであることは、鈴本が知識として知っていた。


 木炭は簡単に入手できるし、硫黄も活火山がある場所や温泉がある場所を探せば何とかなるだろう。


 問題は、硝酸カリウムだった。この世界では魔法文明が発達している副作用で、硝酸カリウムの存在が認知されていなかったのだ。


 そこでどうするかと言うと……便所の地面に堆積した硝酸を発掘することになってしまったのだ。


 生物の屎尿しにょうを微生物が分解することにより、尿素がアンモニア、亜硝酸、硝酸へと変化することがあるのだそうだ。それをカリウムと合成することで、硝酸カリウムを作ることができる。


 ちなみにカリウムは動物の体内や植物にも含まれている、ありふれた元素である。料理を作るときに捨てる灰汁あくに炭酸カリウムという形で多く含まれているので、それは青山が集めることになった。


 一方、微生物が屎尿を分解というか発酵させるには数年単位の時間がかかるため、トイレの下の地面を掘り返すのが手っ取り早いということになったのだ。鈴本によると、実際、大昔の日本ではそうやって硝酸を手に入れていたこともあったのだそうだ。


 で、その硝酸を手に入れる担当が、よりによって俺と佐古くんということになってしまった。


 佐古くんはアイテムボックスに土砂を収納し、それを別の場所で取り出すことによって簡単に穴を掘ることができる。


 俺は、少量でも硝酸カリウムを見つけることができたら、アイテム複製魔法によって複製して増やすことができる。


 だから俺と佐古くんが適任なのは認めるんだけど、どうしても貧乏くじを引かされたような気がしてならなかった。


 だって――トイレだぞ、トイレ。しかも、水洗ではない汲み取り式のやつだ。


 現在も使用中のものの地面を掘り返すのはおぞましかったので、不動産屋に行ってトイレ付きの一軒家を探した。


 以前に複数の人達が住んでいて、現在は3年以上空き家になっている、郊外にある物件を10日間借りることになった。物件の位置だけ確認したら夜中に不法侵入するという方法もあったのだが、空き家には盗難防止魔法がかけられている場合があるそうなので、大人しく借りることにしたのだ。その最低日数が10日間というわけだった。


 盗難防止魔法にはいくつかの種類があるらしいが、高価なアクセサリー等にもかけられていることがあり、持ち主または魔法をかけた本人以外には解除できない。

 レベル3以上の対物鑑定魔法を使用することによって、盗難防止魔法が発動したかどうかが分かるようになっている。以前、スプリングワッシャーの古道具屋の老婆が、「盗んだ物じゃないだろうね」と言って、俺が持ち込んだネックレスを鑑定していたのは、そういう理由だったらしい。


 条件に当て嵌まる物件の中で1番安いものを、俺と佐古くんと夏目理乃の3人で内見し、夏目理乃が値段交渉をして値下げさせた。赤みがかった茶髪に染め、猫耳と尻尾をつけて猫獣人の美人に変装した夏目理乃を、不動産屋の男は名残惜しそうに見ながら帰っていった。


 そして、作業開始である。


 トイレを破壊すると違約金が発生してしまうし、違約金を踏み倒すと犯罪者として指名手配され、転移門を通る際に捕まってしまうらしい。そこで、トイレの隣の地面を掘って、トイレの下に回り込むことにした。


 トイレ下の便槽は深さが1メートル以上もあり、それだけの深さの穴を人力で掘ろうと思ったら大変である。だが、アイテムボックスのおかげで数分で穴を掘ることができた。


 俺は貧乏くじを引かされたと思っていたが、佐古くんはみんなの役に立てるのが嬉しいのか、明るい表情だった。


 穴が崩れないように縦に長い板を何枚も落としてから、俺は恐る恐る、その穴の中に下りた。顔の下半分にはマスクのように布を巻いていたのだが、それでも刺激臭がした。小さなスコップで土を掘ってサンプルを採取し、それを地上にいる夏目理乃に鑑定してもらった。


 何度目かの挑戦で、硝酸が含まれた土を見つけた。


 その土に含まれた硝酸をオリジナル扱いにしてアイテム複製魔法を使用すると、無事にコピーすることができた。常温での硝酸は液体なので、空き瓶の中に溜めていく。アンモニアや亜硝酸に比べると弱いが毒なので、取扱いには注意が必要だ。


「それじゃ、後は頑張ってね」


 夏目理乃はそう言うと、冒険者ギルドの酒場に出勤していった。


 その後、MP回復ポーションを飲みながら50ミリリットル程度の硝酸を複製したところで、原材料が足りなくなって複製できなくなってしまった。


 しかし、必要な硝酸の量はこの数百倍、下手をしたら数千倍である。


 幸い、原材料は俺から半径3メートル以内に存在すればいいので、街の中でトイレを借りて、個室の中でアイテム複製魔法を発動させればコピーできるはずだった。


 それを「幸い」と言っていいのかどうかは疑問だが。


 佐古くんはずっと俺と一緒にいなくても大丈夫なので、空いている時間はレベル上げチームに合流してもらい、ときどき待ち合わせして、コピーした硝酸を回収してもらうことにした。


 これから数え切れないほど街の中で頭を下げてトイレを借りないといけないと思うと、気が遠くなりそうだった。


 ああ、やっぱり貧乏くじを引かされたような気がする……。

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