予選48
執事に役場に提出するための書類を作成してもらい、領主がサインして紋章を押した。俺は丁重にお礼を言い、書類を受け取った。
「今回は急な話で大変だったと思うが、来週もまた来てもらえないだろうか?」
領主は、断られることなど想像もしていないような顔でそう訊いた。
「その……実は、今週末にこの街を去る予定でして……」
この辺が潮時だと思い、俺はそう打ち明けた。
「「「ええっ!」」」
領主の息子3人が息ぴったりにそう言った。領主夫妻も驚いた表情をしている。
エドワードとヘンリーはある程度予想がついていたはずだが、それでも目を見開いていた。
「なぜだ? エドワードから、『1の3』はこの街で非常に人気だと聞いているが」
領主がそう訊いた。
「私達は旅の楽団ですから。同じところに留まり続けることはできないのです」
俺はそう言い訳した。
「だとしても、この街に来たばかりなのに、今週末に出立するのは急すぎないか? 野外ライブが終わったらすぐに旅立つということだろう?」
「はい。そう思われるかもしれませんが、惜しまれるうちに去るのが華というものなのです。すでに『1の9』という、ウォーターフォール密着型のアイドルのオーディションを行なっております。来週以降は、その『1の9』をご贔屓にしていただければ幸いです」
「やだやだ! 他の子じゃなくて、ナナミちゃんがいい! お金ならいくらでも出すから、この街にいてよ!」
長男が子どもっぽい声でそう割り込んできた。外見は20代前半くらいに見えるが、精神年齢は幼いのかもしれない。
「こら。不用意に『いくらでも』などと言うものではない」
領主が長男を
「来週が無理なら、明日はどうだ?」
「はい。今日と同じ時間であれば……」
「それでいい」
領主は満足げに頷いた。
「明日だけじゃなくて、明後日も!」
再び長男が会話に割り込み、結局今日を含めて3日連続で領主の館に通うことになってしまった。儲かるからいいんだけどね。幸いなことに、もともと明日は公演の回数を減らす予定だったし。
「分かりました。ところで、『1の3』が今週末にウォーターフォールを去る予定だということは、オフレコでお願いします」
「おふれこ?」
領主は不思議そうな顔でそう訊いた。
「他の人には秘密ということです。領主様だから、特別にお話ししたことなので」
「うむ。そういうことか。今の時点で『1の3』の出立を知られると、面倒だろうからな。あい分かった」
こうしてお茶会が終わり、本日のギャラを貰った。領主一家と使用人に見送られて外に出ると、雨が上がっていた。
馬車に乗り、街を一望できる場所に行くと、虹がかかっていた。それだけで得をした気分になった。
「野外ライブについては、どれくらい計画が進んでいるのですか?」
エドワードがそう切り出した。
「まだ何も。やっと場所を決めた段階ですから。一応、俺達だけじゃなくて、他にもステージ発表をしたい人がいたら呼んだり、屋台を誘致したりして、フェスっぽくしようとは思っているんですが」
「ふぇす?」
「お祭りということです」
「ああ、お祭りですか。クロウさんは、そのフェスとやらを開催するのに慣れているのですか?」
「いいえ。今回が初めてです」
「ふうむ。それなら、このアイス商会にも一口噛ませてもらえませんかな?」
「願ったり叶ったりです」
俺はそう言い、女子4人の意見も聞きながら、エドワードと計画を立てていった。
まず、屋台の誘致に関しては、エドワードに一任することにした。
ステージ設営については、腕のいい大工をエドワードに紹介してもらうことにする。
当日の運営スタッフもアイス商会の人達に協力してもらう。
野外だと屋内よりも歌や演奏が聞こえにくくなるので、座席は『エンジェルズ』より若干少ない150席ということにした。椅子はアイス商会にかき集めて設置してもらうことにする。堤防が階段状になっているので、そこも一部を座席として使用することにした。
ライブは1回につき1時間を目安とし、1日に6回公演する。席は公演ごとに入れ替え制で、雨天決行である。
座席の値段は決めず、当日の朝にオークションを行ない、1番高い金額をつけた人から順に入場してもらい、好きな席に座ってもらうことにした。我ながら鬼畜なシステムである。日本で転売ヤーがやっているようなことを、運営が自らやるのだ。日本だったら炎上案件になりそうだが、暗黙のルールが決まっていない異世界ならさほど問題視されないだろう。
座席の周りにロープを張って立ち見席も用意し、こちらは一律2000ゼンとする。座席に比べて安い立ち見席は希望者が殺到するだろうから、抽選にする。
チケットをオークション形式だけにしてしまうと、高額になりすぎて買えなかった人から不満が溜まってしまうだろうから、そのガス抜きのためである。座席の1番外側の席と立ち見席から見える景色や歌声はほとんど変わりないだろうから、これでお金に余裕のない観客達の不満をある程度解消できるだろう。
また、ときどきメンバーが座席スペースの中央の通路に移動する演出も加えれば、さらに不満が少なくなるはずだ。
サイン会とグッズ販売は、チケットを購入した人に優先権があるが、余裕がありそうだったらチケットを買えなかった人にも行なうことにした。
それらとは別に、メンバー個別の握手会も行なうことにする。チケットを購入した人はサービスで1回、購入できなかった人は1回1000ゼンで参加できるようにする。
リバーシとトランプは少しでも多く売りたいので、チケットとかは関係なく野外フェスを開催中はいつでも誰でも買えるようにする。その代わり、売り子は『1の3』のメンバーではない、アイス商会の人にお願いする。
『1の3』のステージは有料だが、それ以外の発表は無料で観覧できることにする。
「そのステージ発表は、私も出てもいいですか?」
ヘンリーが目を輝かせながら手を挙げてそう訊いた。馬車の中に緊張が走る。エドワードも困ったような顔をしているのを見ると、ヘンリーが音痴なのは相当有名らしい。
「えっと……歌わずに、楽器の演奏だけならいいですよ?」
俺は仕方なくそう答えた。
「歌っちゃ駄目ですか? 歌うのが吟遊詩人の本業なのですが」
「はい。諦めてください。歌うならステージには出しません」
「……分かりました。演奏だけにします……」
俺の容赦ない言葉に、ヘンリーは落ち込んだ表情でそう言った。
うーん。他にもヘンリーみたいなのがいると困るし、無料のステージ発表も事前にこちらでオーディションをして、あまりにもひどいのは落とした方がよさそうだな。
俺はそう決心した。
「リバーシとトランプなのですが、少しでも多く販売したいので、大会を開いてもよろしいでしょうか?」
エドワードがそう切り出した。
「ええ、いいですよ」
俺は快諾した。アイス商会はリバーシとトランプのロイヤリティで約1500万ゼンも払ってくれたし、それくらいは融通を利かせるべきだろう。
「その優勝賞品は、『1の3』のメンバーと5分間お話できる権利ということにしてもいいでしょうか?」
「えっと……まあ、いいですよ」
俺は七海、有希、心愛の表情を窺って、3人とも構わなさそうだったので、了承しておいた。
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