予選46
翌朝になってもまだ雨は降り続いていた。屋外の竈が使えないとなると、昨日までの4割しか調理ができなくなるので、青山働き過ぎ問題はある程度解消されそうだった。
七海達も働き過ぎだからもう少し休ませたいのだが、今日は午前中のライブと昼過ぎのライブ、領主の館でのライブ、夜の公演が3回という超ハードスケジュールになってしまっていた。
週末の野外ライブは今まで以上にハードになるだろうから、今のうちに英気を養わせておきたい。明日は『1の9』の子達への指導もして欲しいし、昼過ぎのワンマンライブと夜の公演をそれぞれ1回ずつ、計2回のライブにしようと決意した。その分収入は減ってしまうが、メンバーが過労で倒れたらもっと収入が減ってしまうからな。俺はブラック芸能事務所の社長にはなりたくない。
とりあえず直近の問題はゼリーとグミの販売だ。広場には屋根なんてないからな……。
一応、孤児院の職員に訊いてみたが、屋外で販売する用のテントや屋根は所有していなかった。雨が降ってる日は子ども達が肌着や靴下を売るのを休ませればいいだけだから、必要を感じなかったらしい。
ゼリーもグミも保存料無添加で保冷剤もないから賞味期限が短いし、待っている人もいるだろうから、雨だからと言って販売を休むわけにはいかない。
経費は嵩むが、今日はゼリーとグミを紙製の小箱に詰めて販売することにした。その作業は孤児院を出る前に全部終わらせておく。いつものリヤカーに積み込み、雨避けに動物の革でできた防水シートをかけておいた。
傘を差しながら子ども達と孤児院を出発した。アスファルトもコンクリートもないこの国では、雨が降ると道がぬかるんで悲惨なことになる。石畳は広場やメインストリートなどの交通量が多い場所にしか使われていなくて、郊外にある孤児院の周囲は泥だらけだった。靴が木製で、しかも底が下駄のように高くなっているから少々の水溜まりが平気なことに感謝した。
広場に着くと、昨日と同じ場所に並んでいる客は少なかった。昨日の2割もいないだろう。寂しいが、仕方がない。やっぱり雨はほとんどの小売業の天敵だな。
「今日は特別に、購入制限を緩和します! ゼリーは1人につき3個まで、グミは1人につき15個まで販売します! 1度購入した後、もう1回列の後ろに並んでもいいです!」
俺がそう言うと、ゼリー中毒、グミ中毒になっている例の役場の偉い人は喜んで買い漁っていた……。
ものはついでなので、『1の9』のオーディションについても、ゼリーとグミの購入客達に宣伝しておいた。そうしておけば、自分の家族や知り合いに年頃の娘がいたら勧めておいてくれるかもしれない。
また、昨夜エドワードとオリヴァーにも別れ際に、できるだけオーディションの話を広めて欲しいと頼んでおいたから、少なくともエドワードはバターやスープの素の
昨日より時間がかかったが、何とかゼリーとグミを1時間で完売することができ、その売上を銀行に入金しておいた。ついでに確認すると、エドワードはすでにリバーシとトランプのロイヤリティを振り込んでおいてくれていた。
プレイヤー別の所持金ランキングを確認すると、俺がダントツの1位になっていた。俺の口座には青山の作った料理や、『1の3』のギャラやグッズの売上も集約されているから、アイドル班6人全員の手柄なのだが、嬉しくて顔がにやけてしまった。
孤児院に戻ると、昨日子ども達が作ってくれていた団扇を確認した。不良品は混じっていないし、このまま販売できそうだったが、お披露目は後日にすることにした。防水じゃないから、団扇を買ったお客さんが持って帰る途中に雨に濡れたらドロドロになってしまうと思ったのだ。
オリヴァー出版所属の作家との顔合わせもあるし、オーディションの審査員の仕事もあるから、今日は早めに『エンジェルズ』に行った。
作家は若い女性だった。試しに俺が『白鳥の恩返し』や『かぐや姫』を話してみたところ、凄く好評だった。驚かされたのは、その筆の速さだ。翻訳魔法のおかげで俺は難なく読めたが、普通の人ならミミズがのたくった痕にしか見えないだろう。オリヴァー出版に所属する作家は数多くいるが、彼女はその速記の技術によって、今回の仕事に抜擢されたと本人から教えられた。
「私、作家って名乗ってるけど、まだ本を出版してもらったことがないんです。今までは先輩作家の下働きばかりで……。今回の仕事で私の名前は本に載りませんが、それでも私にとっては貴重な経験になります」
作家はそう言い、笑顔を見せながら頭を下げた。
また、作家は著者の説明を本に載せるため、俺達に向かってインタビューのようなこともやった。出身地は入国の際に門兵に話したのと同じ、遠方にある地名を答えておいた。後でその場所に聖地巡礼した人がいたら、嘘がバレてしまうが仕方がない。
普段の生活についても質問されたが、返答に困ってしまうものが多かった。日本特有の文化や、アルカモナ人には魔法にしか見えないような科学技術については、正直に答えることもできないからな。
こちらでは学校に通うのは貴族だけだから、学校の話題も出すことができない。
話しているうちにだんだん辻褄が合わなくなってきたので、「アイドルはお客さんに夢を見せるものなので、あまりプライベートな質問はしないでください」と俺は言い、インタビューを打ち切らせた。
やはり雨のせいか、店前の行列は短かった。入店を開始し、ワンマンライブの時間になっても100席ほどしか埋まらなかった。ただし、その6割が若い女性だった。
オリヴァーは当然のように来ていたが、この人、いつ社長の仕事をしているんだろう、と思った。
明日はライブの数を減らすことを伝えると、今日来てよかった、という声が聞こえた。オリヴァーからは悲鳴が上がったが。
ライブとサイン会とグッズ販売が終わると、オーディション希望の女の子達が列を作った。有望な子が多く、誰を採用するか悩まされた。
オーディションが終わった頃には、もう昼過ぎのライブが始まる時間になっていた。その後、本日2度目のライブとオーディションも終わり、審査員の俺と浅生律子とヘンリーと店長はようやく遅いランチを食べる余裕ができた。
領主の執事とエドワードが『エンジェルズ』まで『1の3』を迎えに来た。エドワードは仲介として同席するらしい。申し訳ないが、作家には領主の館に行くのを遠慮してもらい、『エンジェルズ』で待っていてもらうことにした。
「私、馬車に乗るのって初めて!」
七海がはしゃいだ声を出した。
俺も初めてだったので、ちょっとワクワクしたのだが、数分後にはうんざりしていた。振動を軽減するスプリングがついていないため、クッションを敷いてあってもお尻が痛くなってしまったのだ。
エドワードは馬車の中で、平民が貴族と対面したときのマナーについて解説してくれた。
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