予選45

 いつの間にか、首都班の6人全員が死んでいた。


 ボス猿くんや取り巻きABと違って、残りの3人の男子達には、特に恨みも確執もなかった。顔も思い出せないけれど、その3人には生き残って欲しかったと思った。


「何で死んでるの?」


 心愛がそう訊いたが、誰も答えない。青ざめた表情で、それぞれにしか見えない画面を見つめている。


「ねえってば! 何で死んだの!?」


 心愛がそう叫んで立ち上がり――立ちくらみを起こしたように倒れそうになった。隣の席に座っていた有希と浅生律子が、慌てたように心愛を支えた。


 誰かが答えを出してあげないと、心愛はずっと悩み続けるだろう。


 俺はチーム別の所持金ランキングを確認した。


【14位 228番 レイレイレオ星代表チーム :-88000000ゼン

 15位 239番 地球代表チーム      :-88635907ゼン

 16位 225番 サイジェリアス星代表チーム:-664000000ゼン】


「サイジェリアス星チームの所持金が、マイナス6億6400万ゼンになっている。昨日見たときから借金が5億ゼン増えているから、岡村、篠宮、高橋、根岸、南の5人は、このサイジェリアス星チームに殺されたんだと思う」


 俺は感情を抑えてそう答えた。


「何で殺されたの?」


 心愛が椅子に座り直しながらそう訊いた。


「そこまでは分からない。ただ……石原とサイジェリアス星チームの誰かが初日に殺し合ってたみたいだったし、何か確執があったのかもしれない」

「うん……。烏丸P、ごめん」


 俺も心愛と同じ情報しか持っていないと彼女もようやく気付いたのか、心愛は小さな声で謝った。


 地球チームの所持金は、昨夜見た時点から800万ゼンくらいしか増えていなかった。昨日は首都班を除くと1日で1000万ゼンくらい稼いでいたはずだから、ペースが落ちている。きっと、現代知識チートが品切れになりつつあるのだろう。音楽や物語を売ると言ったって、同じ相手にたくさん売りつけるのは難しいだろうし、アルカモナ帝国で入手できる食材で再現できる料理も限られるだろう。


 年金や保険の株式会社を設立すると息巻いていた前髪眼鏡くんには期待していたのだが、残念ながらプレイヤー別の所持金ランキングを見ても、前髪眼鏡くんらしき人物が大金を稼いだ形跡はなかった。やはり会社の設立はそんなに簡単なものではなかったのかもしれないし、転移した街に敵チームがいて、目立つ行動を避けているのかもしれない。


 銀行が閉まっている時間帯だから、先ほど俺がリバーシとトランプの権利をエドワードに売ったお金はまだ所持金に含まれていなかった。しかしそのお金を入れても、今のペースだと上位4チームに入るのは難しそうだった。


 あれ? もしかして、物凄くピンチじゃね? このままだと、俺も青山も七海も有希も心愛も浅生さんも、全員死んじゃうんじゃないか?


 ずっと気持ちに蓋をして考えないようにしていたことが、どす黒い感情と汚い言葉になって溢れ出してきそうだった。

 駄目だ。何とかして気持ちを切り替えないと。


「――よし! とりあえず銭湯に行こう!」


 俺はそう言って立ち上がった。


「は?」


 青山が、狂人を見る目つきで俺を見上げた。


「早くしないと、銭湯が閉まってしまうぞ。明日は領主の館に行くんだから、絶対に風呂に入らないといけない。早く準備しろ」


 俺がそう言っても、誰も動かなかった。


「……そうね。お風呂に入ろっか。みんな、メイクも落とさないといけないし」


 たっぷり10秒くらい黙ってから、ようやく有希がそう呟いて立ち上がってくれた。有希は心愛と七海の手を引っ張って、無理矢理立たせた。浅生律子は青い顔のままだったが、両手をテーブルについて、腕の力で立ち上がった。


「青山はもうお風呂入ったのか?」


 俺はそう訊いた。


「ああ。俺は濡らしたタオルで身体を拭いたから大丈夫だ」

「マジかよお前! マジかよお前!」


 俺は思わず2回も同じ言葉を叫んでしまった。


「青山くん……それはないわ」


 浅生律子が汚物を見るような表情で青山を見てそう言った。浅生さんってこういう表情がよく似合うよな、と思った。


「え? でも、職員や子ども達はみんなそうしてるぞ? 一緒に身体を拭いたんだから」


 青山は戸惑ったようにそう言った。


「もしかして、昨日もそうしてたのか?」


 俺は呆れながらそう訊いた。昨夜青山を銭湯に誘ったときは、俺は大丈夫だと断られていたのだ。てっきり、俺と女子4人がいない時間帯に銭湯に行っていたと思っていたのだが。


「うん」

「マジかよお前! 1日中ずっと蒸し暑い厨房で火の番をしてて、バターまで作ってて、それで風呂に入ってないって、死ぬぞお前!」

「いや、別に死なないから」


 俺の言葉に、青山は心外だという表情でそう言った。


「とにかく、青山も一緒に銭湯に行くぞ。これはプロデューサー命令だ」

「俺は別にアイドルじゃないんだが……。それに火を見てないと」

「そんなのは、まだ起きてる職員に頼めばいい。いいから青山も来い。お前は特に働き過ぎだし、せめて風呂でリラックスしろ」


 俺はそう言って、青山に着替えの用意をさせた。職員さんに火の番をお願いして6人で外に出ると、俺は明日のライブで披露する物語や、オリヴァー出版所属の作家に教える作品のあらすじについて、みんなにアイデアを出してもらうことにした。


 七海はアイドルが主演のドラマや映画の話をやりたいと言った。浅生律子は音楽がテーマのアニメや映画について、いくつか候補を出してくれた。有希と心愛は、小学校低学年くらいの頃に好きだったという魔法少女モノのアニメの話で、2人で勝手に盛り上がっていた。青山は時代劇について熱く語ってくれた。


「烏丸Pは何が好きなの?」


 七海がそう訊いた。


「うーん……。俺は映像作品はちょっと苦手なんだよ。漫画全般とか、エンタメ系の小説が好きかな」

「じゃあ、あれは読んだ?」


 七海がそう言い、アイドルがテーマの漫画のタイトルを挙げた。


「20巻くらいまでは読んだぞ。あれ泣けるよな」

「それなら私と有希も貸し借りして読んだよ。すっごく面白くて、ページを捲る手が止まんなかったよ」


 心愛は笑顔を見せてそう言った。


 銭湯に着く頃には、みんないつもとさほど変わらない表情になっていた。ライブで披露するや物語や出版予定の小説のネタを出して欲しいという名目で、現実逃避できる話題を出したのは正解だったようだ。


 昨日は女子4人を待っていて湯冷めしてしまったので、今日はちゃんと事前に待ち合わせの時間も決めておいた。青山は湯船の中で寝てしまって溺れそうになるハプニングがあったが、一応リラックスはできたようだった。


 帰りも好きなフィクションの話題で盛り上がった。孤児院に戻ると、女子4人は先に寝かせ、俺は青山の料理を手伝った。


「そう言えば、昨日烏丸が言ってた、シーソーでバターを分離させるやつ完成してるぞ」


 青山がそう言い、完成品を見せてくれた。板状に切った木を2枚使い、穴を空けた部分で生クリームを入れた容器を挟み込むようにして、紐で固定していた。


「なるほど。板を2枚使うと安定するのか」


 俺は感心してそう言った。


 そのとき、雨が降り始めた。最初は小雨だったが、徐々に激しくなってきて、俺と青山は屋外の竈に載せていた大鍋を屋内に避難させた。


「スケジュール調整が大変だ……」


 青山は頭を抱えてそう言った。


「空が青山に休めって言ってるんだよ。どう考えてもお前は働き過ぎだから。ゼリーとグミの準備だけしたら、今日はもう寝よう」



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