予選44 南颯真視点3

 今度こそ全員が憲兵に捕まった。ピーター・パン達は前回と同じように逃げ出そうとしたのだが、広場の出入り口を憲兵達が先回りして封鎖していたのだ。

 今回は事情聴取もなく、最初から手を後ろに回され、手錠をかけられてしまった。


 石原とピーター・パン達のリーダーの死亡は、憲兵が脈をとって確認した。その後、驚いたことに憲兵はその2人の衣服を脱がせてしまった。こんな場所で死体見分を始めてしまったのだ。憲兵達は2人の遺体の外傷を確認した後、そのまま2人の足を持って引き摺り始めた。地面は石畳になっていて、当然、2人の遺体は石に削られてボロボロになり、血の痕を残した。


 死体をこんなふうに扱うなんて――。


 命に対する冒涜だという気がした。


 颯真達も石原の死体と同じ方向に連れていかれた。立ち止まったら石原の死体と同じように引き摺られるかもしれないと思い、颯真は必死に歩いた。それが憲兵達の狙いだったのかもしれないと思いながら。


 5階建ての立派な建物に連れていかれた。この近辺では1番大きな建物だろう。入り口にはアルカモナ語で『首都憲兵隊総本部』と刻まれた巨大な黒い石が置かれていた。


 建物に入ると、颯真は他のメンバーと引き離され、薄暗い個室に連れていかれた。


 そこに入った瞬間、足元から恐怖が這い上がってきた。


 天井からは鎖が垂れていて、その鎖の先端には手に嵌める輪っかがついていた。壁には鞭があり、部屋の隅には水の入った樽が置かれていた。他にも、用途が不明な金属製の機械が鎮座していた。


 説明されなくても分かる。ここは拷問部屋だ、と颯真は思った。


 その後、シャツを脱がされた颯真は鞭で打たれたり、顔を水の中に漬けられたり、両手の小指の爪を剥がされたりして、尋問という名の拷問を受けた。


 自分達はアルカモナ帝国の田舎から出てきた旅人であり、友人の石原が緑の服の集団を敵国のスパイだと勘違いしたことから乱闘になり、石原と緑の集団のリーダーが死んでしまったのだと、最初はもっともらしい嘘をついていた。だが、すぐに嘘をつく余裕すらなくなり、地球出身であることや異世界対抗デスゲームのことなどを洗いざらい話した。


 憲兵達がその説明で納得するはずがなく、拷問はさらに苛烈なものになっていった。しかし、それでも颯真が証言の内容を変えずにいると、牢屋に入れられた。その際、下着と靴以外の持ち物は全て没収されてしまった。

 牢屋の中には、血だらけでボロ雑巾のようになった根岸智史、岡村章太、高橋寛二、篠宮翼がいた。全員倒れていて、ピクリとも動かなかった。

 颯真も冷たい石畳の上に倒れると、気を失った。


 その間に憲兵達は、他のメンバーやピーター・パン達との証言のすり合わせや、各部署への問い合わせを行なっていたらしい。


 その結果、今回の騒動を起こした全員が首都の生まれではなく、入門した記録もないことが判明した。両チームとも密入国した敵国のスパイではないかと疑われてしまったのだ。


 敵チームも含めて、逮捕された全員が異世界デスゲームの話をしたが、気が狂っていると判断されたらしい。


 再び尋問が行われた。どうやって密入国したのか言えと迫る憲兵達に、颯真は転移のことを話し、入門税を払って入門許可証を受け取る必要があったことなど知らないと、本当のことを話したのだが、やはり信じてもらえなかった。


 さらに、別の敵チームも続々と首都の中で逮捕されたことを、颯真は憲兵を通じて知った。密入国したのは颯真達だけではないかもしれないと考えた憲兵達は、街中で15歳くらいの集団を探して職務質問し、炙り出したのだという。その結果、新たに入門した形跡のない4つの集団が逮捕されたらしい。


 入門税を納めていないということは、脱税であり、立派な犯罪である。逮捕されて犯罪奴隷に堕とされて当然である、というのがこの国の一般的な憲兵達の考え方らしい。


 颯真は、その新たな4つの集団との関係を尋問されたが、今までと同じ主張を繰り返すしかなかった。


 颯真と根岸智史、岡村章太、高橋寛二、篠宮翼は全員が生き残ったが、他の集団の中には、過酷な尋問の最中に命を落とした者も少なからずいたそうだった。


 最終的には、颯真達はどこかの敵国の異教徒であり、幼い頃から洗脳教育を受けて育ち、首都でテロを起こすために送り込まれてきた――というストーリーが作られた。


 その後、颯真達5人と敵チームの生存者は、全員が犯罪奴隷となってしまった。裁判や判決の言い渡しといった儀式はなく、男子は鉱山に、女子は娼館に送られることになったと牢屋の中で一方的に告げられた。


 颯真達は手枷と足枷をつけられてしまい、その2つが鎖で繋げられた。さらに、列を組まされ、前の人物の手枷と自分の手枷、その後ろの人物の手枷が、それぞれ鎖で繋げられた。そのまま歩かされる。


 ほとんど休憩もなく、ろくに水や食事も与えられずに歩くのは大変だったが、それでも拷問を受けるのに比べたらマシで、ようやくウィンドウ画面を確認する余裕が生まれた。


 石原の所持金を見ると、マイナス1億1万ゼンになっていた。ちょうど1億ゼンではないのは、調理器具を売っていた露店からナイフを取った際に、ナイフを盗んだとデスゲームの運営に判断され、5000ゼンで売られていたナイフの2倍の金額が減算されたのではないかと予想した。石原の所持金は全て憲兵に奪われ、失った扱いになっているようだ。


 颯真は、他のクラスメート達に対して申し訳ない思いでいっぱいだった。しかし、こうなってしまったら最早、颯真達がお金を稼ぐことはできない。他のクラスメート達が石原の作った借金を返済し、予選終了時までに上位4位以内に入ってくれることを期待するしかなかった。せめて、これ以上足を引っ張らないようにしたいと思った。


 一昼夜歩かされ続け、鉱山に着いた。鉱山を管理しているのは、その地方の領主だったため、皇帝が領主に対し、1人につき200万ゼンで奴隷を売った形になったらしい。そのため、鉱山に到着した時点で颯真達5人の所持金はそれぞれマイナス200万ゼンになってしまった。


 鉱山というと、薄暗く狭い穴の中で採掘するイメージがあるが、ここの鉱山は露天掘りだった。地表から渦を巻くように巨大な穴を掘っていき、ダイヤモンドのような宝石を探さないといけないらしい。


 颯真に与えられた仕事は、地下深くで掘り出した岩石を背負って地上に運ぶことだった。

 徹夜で首都から鉱山まで歩かされ、すでに颯真の足は限界を超えていたが、休むことは許されなかった。少しでも足が止まると、看守が飛んできて鞭で打たれた。ときどき死んだような目つきの高橋寛二や篠宮翼を見かけたが、会話は許されていないため、一瞬目を見合わせるだけしかできなかった。


 あと7日の辛抱だ。あと7日経ったら、予選が終わってこの世界から脱出できる。それまで生きていれば、何とかなる。颯真は自分自身に言い聞かせ、過酷な作業を続けた。


 夜になると、再び鎖で繋がれて家畜の飼料のような食事を与えられ、土の上で寝かせられた。そして日が昇ると同時に作業を再開させられた。


 予選開始3日目も、前日と同じように作業を続け、夜になった。


 しばらくして、寝静まったころ――叫び声が聞こえた。


 身体を起こしてそちらを窺うと、明るい月の下で、3人の人物が誰かに馬乗りになって、尖った石で頭を殴りつけているのが見えた。


 石で殴っている側の人間は、ピーター・パン――いや、服を奪われた今はもうピーター・パンではない。ウィンドウ画面で、石原を殺したのはサイジェリアス星代表チームの人間であると確認済みだった。殴っているのはそのサイジェリアス星人で、殴られているのは変わり果てた姿の高橋寛二だった。高橋寛二はすでに死んでいる様子だったが、サイジェリアス星人は殴るのをやめなかった。


 なぜそれが高橋寛二だと分かったのかというと、出しっぱなしにしていたウィンドウ画面に【高橋寛二(死亡)】と表示されていたからだった。


 颯真達5人は、他のクラスメート達が頑張ってくれれば予選を通過できる可能性があるからと、奴隷の立場に甘んじていた。しかし、生存しているメンバー全員が奴隷にされてしまい、再起の可能性が消えたサイジェリアス星代表チームは自暴自棄になり、颯真達5人を道連れにして殺そうとしたのだろう。


 つまり、僕も殺されるということだ――。


 そう思ったときには、すでに周囲を囲まれていた。逃亡を防ぐために鎖で繋がれているとはいえ、用を足すために鎖には数メートルの余裕があり、半径数メートル以内にいる人間に危害を加えることは可能だったのだ。


 奴隷同士の喧嘩や殺し合いはご法度であり、発覚した場合は喧嘩両成敗で、被害者も加害者も関係なく、見せしめに公開処刑されて殺されるということは、この鉱山に着いたときに看守から説明されていた。だから、看守に助けを求めることもできない。


 すぐ近くから叫び声が聞こえてきた。そちらを見ると、根岸智史が、自分を襲ったサイジェリアス星人に逆襲し、相手の首を絞めているところだった。


 こいつは――どこまで愚かなのだろう、と颯真は思った。


 石原のせいでマイナス1億ゼンの借金をクラスメート達に背負わせ、僕達が奴隷にされたせいでさらに1000万ゼンの借金を上乗せしてしまったというのに、それでもまだ足りないと思っているのだろうか?


 鎖で繋がれているせいで逃げられず、相手の方が人数が多い。この状況下で1人や2人殺したところで、生き残れるはずがないのに。殺してしまった人数の分だけ、クラスメート達に負担をかけるだけだというのに。


 それでも、目の前の敵を排除しようとするこいつは、どこまで愚かなのだろう。


「根岸、やめろ! 抵抗するな! 大人しく殺されておけ! どうせ助からないんだから、せめて、これ以上クラスメート達に迷惑をかけるな!」


 颯真はそう叫んだが、根岸は首を絞める手を緩めようとしない。颯真を囲んでいたサイジェリアス星人達の一部が、根岸智史の方へ向かう。根岸智史は石で何度も何度も殴られ、絶命して敵の首から手を離した。


 気が付くと、首都班の中で生き残っているのは颯真だけになっていた。ウィンドウ画面で自分以外の死を確認したから、間違いないだろう。


 颯真が地面の上で胡坐あぐらをかくと、颯真を囲んでいたサイジェリアス星人達が一斉に颯真に襲いかかってきた。


 ――拓真、ごめんな。お前が俺の代わりに、お母さんを助けてくれ。


 薄れゆく意識の中で、颯真は弟にそう頼んだ。


 颯真は、母が父の帰りを待っていて、そのために父が建てた家を守っていることを知っていた。いつでも父が帰ってこられるように、風花市にあるあの家に住み続けているのを知っていた。


 でも、僕が石原の機嫌を損ねたら風花市に住み続けるのは難しくなる――そう思って、石原の言いなりになっていた。

 だけど、デスゲームに勝てば26億円分の金のインゴットがもらえるから、お母さんが退職しても何の問題もなかったのに。お金さえあれば、お父さんを探し出すことだってできたかもしれないのに。石原の顔色を窺う必要なんかなかったのに。

 僕は、人生の選択を間違えてしまった。もしも人生をやり直すことができるなら、次こそは間違えないのに。次こそは――。


 それが、颯真の最期の思考だった。

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