予選43 南颯真視点2

 日本の基準で言うと15歳くらいに見える男子ばかり30人前後の集団が無防備に広場の中を横切っていた。全員が茶髪で、お揃いの服を着ている。黄緑色のシャツの襟と袖と裾がギザギザになっていて、尖がった緑色の帽子を被っていて、まるでピーター・パンのような格好だった。それが30人前後もいるのだ。非常に目立っていて、颯真達の比ではないほど広場の人達の注目を集めていた。


 一方、颯真達は人数がたった6人しかいないため、その集団は颯真達には全く注目していない様子だった。


 今なら向こうに気付かれずに逃げられる、と颯真は思った。


 ところが――。


「あいつら、敵チームの連中だよな?」


 石原が根岸智史にそう訊いた。


「間違いないと思う」

「じゃあ、憲兵に密告してやろうぜ。あいつらは敵国のスパイだって」


 石原はそう言い、歯を見せて笑った。


 ――敵対チームが殺到するであろう首都に転移したら、すぐに敵対チームに密告されて、一巻の終わりだぞ。

 ――そんなの、やってみなけりゃ分かんねえじゃねえか!


 1時間ほど前の、見知らぬ男子と石原の言い争いが脳裏に蘇った。

 石原が密告なんてことを思いついたのは、その言い争いの内容が頭に残っていたせいだろう。敵にやられる前に、自分がやろうとしたのだろう。


 タイミングよく――いや、タイミング悪く、そのとき広場の反対側に憲兵らしき軍服を着た3人の男達が現れた。


 石原はその憲兵達に向かって、スタスタと歩いていく。


 えっ? まさか、直接密告するつもりなのか?


 颯真は愕然としながらそう思った。石原を止めようと我に返ったときにはもう遅かった。


 匿名の手紙を使ったり、間に現地の他人を挟んだりするという知恵もない石原は、顔を晒して、堂々と憲兵達に話しかけてしまった。


 憲兵が脳筋ならば、そのまま石原の話を鵜呑みにしただろう。しかし、その憲兵のリーダーは、多少は頭の回る男だった。なぜあの集団が敵国のスパイだと分かるのかと、逆に石原の方を怪しんだのだ。


「だってあいつら、あんな変な格好をしてるし……」


 思い通りに事が進まなかった石原は、それだけ言って口ごもった。

 さすがに、デスゲームがどうとか異世界がどうとか言っても信じてもらえないことは分かっているようだった。


彼奴きゃつらが変な格好をしているのは事実だが、別にそれは違法ではないし、敵国のスパイであるという証拠にもならん。アルカモナ帝国憲法にも『奇妙な格好をする行為は合法である』と定められておるし、変わった格好をしているのはお主らも同じであろう? 第一、本当に敵国のスパイなら、あのような目立つ格好はせんであろう」


 その憲兵のリーダーはそう言うと、笛を吹いて仲間を呼び、颯真達と敵チーム、双方の話を聞くことにした。


 颯真は反射的に逃げようとしたが、手を後ろに捻じ上げられてしまった。颯真は中学卒業時には身長が185センチを超えていたが、この憲兵達は颯真よりもっと背が高くてがっしりとした体つきをしていた。颯真ですら敵わないのに、他のメンバーが憲兵に敵うはずがなかった。


 颯真達6人は憲兵達によって、ピーター・パンのような格好をした集団の前に連行された。


此奴こやつらが、お主らは敵国のスパイであると密告してきたのだが、それは真であるか?」


 憲兵のリーダーが、32人のピーター・パン達に向かってそう訊いた。


 ピーター・パン達はほんの一瞬、それぞれの顔を見合わせると――。


「逃げろ!」


 誰かがそう叫び、ピーター・パン達はバラバラの方向に、一斉に逃げ出した。ピーター・パン達に注目していた地元の人達にぶつかって転倒させる者もいて、大騒ぎになった。


「あっ、こら、待て! 待てというのが分からんか!」


 憲兵が慌てたようにそう叫ぶ。


 颯真の手を捩じ上げていた力が緩んだ。

 その隙を逃さず、颯真は後ろ向きに体当たりをした。憲兵が颯真と地面の間に挟まり、手を離した。


 立ち上がると、すでに石原を先頭にして、根岸智史、岡村章太、高橋寛二、篠宮翼の5人が、同じ方向に向かって走っているのが見えた。


 慌てて、颯真も石原達を追いかけた。憲兵達は重そうな剣や籠手を身に着けていたせいか、走るのが遅かった。昔からマラソンには自信のなかった颯真でも、何とか逃げ切ることができた。


「……もう追ってきてない」


 根岸智史がそう言い、6人は立ち止まって荒い呼吸を整えた。


 いつの間にか、先ほどよりは小さい、別の広場に出ていた。首都の中は迷路のように入り組んでいて、広場もたくさんあるようだった。さっきの広場と同じように、露店を出している者もいた。


「危ないところだったな。憲兵にはもう関わらないようにしよう」


 石原が厳かな口調でそう言ったが、そもそもお前のせいであんなことになったんじゃないか、と颯真は思った。


「あいつらほどじゃないけど、俺達も変わった格好に見えるらしいし、着替えた方がいいかもな」


 根岸智史がそう言い、服屋を探した。しかし、この広場は調理器具や食材を売っている露店が多く、服屋は見当たらなかった。


 そして、気が付いたときには、白い服を着た男子達が颯真達6人を囲んでいた。その白い服の裏地は黄緑色になっているようだった。どうやらピーター・パン達の服はリバーシブルになっていて、それを裏返しにして着直し、緑色の帽子を捨てて変装し、颯真達を包囲したようだった。


「俺達に何の用だ?」


 石原が代表してそう訊いた。


「何の用だじゃねえだろ。お前、俺達のことを憲兵に密告しやがったな? お前らも異世界デスゲームの参加者なんだろ?」


 ピーター・パンのリーダーらしき男子が、石原の胸倉を掴んでそう訊いた。


 石原が黙って睨んでいると、突然、リーダーは反対側の手で石原の顔を殴った。石原の鼻の穴から血が垂れてきた。


「てめえ!」


 石原が相手のリーダーを殴り返す。それを止めようと、他のピーター・パンが石原を殴る。石原を殴った男子に、根岸智史と岡村章太が殴りかかる。

 あっという間に乱闘状態になってしまった。


 颯真は逃げようとしたが、相手の方が人数が5倍以上いて、しかも地球代表チームの中で1番体格の良い颯真に人数が多く割り振られていて、逃げることは難しかった。颯真も殴られたり蹴られたりしながらも、反撃して逃げる隙を探すしかなかった。


 中学時代に何度も何度も相撲部やレスリング部や柔道部から勧誘されていたが、暴力や格闘が嫌いな颯真は勧誘を断っていた。しかし、こんなことなら格闘技のひとつも習っておけばよかった、と後悔した。


 殴られた石原が地面に倒れたのが、颯真の目の端に映った。

 石原は、近くで調理器具を売っていた露店の近くに転がっていた。石原はその露店のゴザの上から大振りのナイフを手に取ると、立ち上がった。

 石原はナイフを鞘から抜き、ピーター・パンのリーダーの胸に突き刺した。さっきまで徒手空拳の殴り合いだったのに、突然刃物を出されたリーダーは、呆気に取られたような表情で自分の胸を見下ろしていた。


 他のピーター・パンの相手をしていた颯真は、それを見ていることしかできなかった――いや、見ている場合ではない。


「バカ! 石原、やめろ! 人を殺したらマイナス1億ゼンってルールを忘れたのか!」


 颯真はそう叫んだ。

 相手チームだってそのルールが分かっているから、間違って僕達を殺してしまわないように、刃物や鈍器を持ち出さずに素手で戦っていたんだろうに。石原は相手チームよりバカなのか、と颯真は思った。


「はぁ? バカだって? それは俺に向かって言ったのか!?」


 石原が激高し、ピーター・パンのリーダーを蹴り飛ばすようにして、胸からナイフを抜いた。その途端、まるで花火のように鮮血が噴き出した。


 石原は返り血を浴びながら、ナイフを構えて颯真の方に向かってこようとした。


 駄目だこいつ。頭に血が上って、敵と味方の区別すら付かなくなっている――。


 防御姿勢をとった颯真の前に、先ほどまで颯真を殴っていたピーター・パン達が立ち塞がった。彼らは一斉に石原に襲いかかった。

 石原の持つナイフが、誰かの腕に刺さった。その誰かは、ナイフを持つ石原の手首を掴み、固定した。その隙に、他の奴らが石原を殴り、首を絞めた。

 石原はナイフから手を離して再び地面に転がった。首を絞めているピーター・パンは、石原が倒れても手を離さなかった。石原の顔が鬱血し、見たこともないような色に染まった。


 騒ぎを聞きつけた憲兵達が駆けつけたときには、石原はすでに物言わぬ死体となっていた。

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