予選39
ライブが始まると、午前中に『ペン』を購入した客達は、早速それを振り回し始めた。午前中のライブに来ていなくて、初めて『ペン』の存在を知った人達は、推しの『ペン』を持つ人達に羨ましそうな視線を向けていた。ライブの合間に、後で『ペン』を購入できることを俺が伝えてあげると、まだ買っていなかった人達も安心した様子になった。
昼過ぎのライブでは心愛が『人魚姫』を披露した。この国には「人魚」という概念がなかったので、人魚とは何かというところから説明を始めなければならなかったが、人魚が泡になって消えるラストシーンでは女性客も男性客も涙ぐんでいた。
あまりにもバッドエンドの話が続くと気分が盛り下がってしまうので、七海はハッピーエンドになる『美女と野獣』を披露した。また悲恋の話なのではないかと身構えていた客達は、感動した様子で拍手喝采をした。
演歌とアイドルソングはいつものように好評で、サイン会とグッズ販売も好調だった。
やはり『ペン』の売上は心愛が1番少なかったが、昼休憩中に有希が「『1の9』のメンバーにとって、あんたは憧れの先輩なんだから」とか何とか励ましておいてくれたおかげで、心愛はあまり気にしていない様子だった。
ライブが終わった後は、オーディションをやったが、今回の女性客の中には有望な人はいなかった。
やがて『エンジェルズ』の女性スタッフが、演歌の練習のために早めに出勤してきた。
彼女たちに『1の9』について教えると、全員が加入したがった。年齢制限があることを伝えると、20歳を超えたスタッフは崩れ落ち、10代のスタッフは歓声を上げた。
希望者を1人1人楽屋に呼んでオーディションをする。
やがて、ミリアという17歳の女性スタッフの番が来る前に、店長はこほんと咳払いをしてこう言った。
「先に言っておかないといけないが、ミリアは借金奴隷なんだ」
「奴隷……」
俺はそう呟いた。
この国に奴隷制度があることも、ウォーターフォールにも奴隷がいることは知っていたが、実際に見たことはない……と思っていたのだが、実際には見ていても気付かなかっただけだったらしい。
この国の奴隷には大きく分けて4種類あるということを、転移してから色んな人達に聞いて知っていた。
まずは、犯罪者が懲役として強制労働させられる犯罪奴隷だ。犯罪奴隷は、男性の場合は鉱山など、女性の場合は娼館などで過酷な労働を課せられることが多いそうだ。
次に、借金を返せなかったものが奴隷として売られる借金奴隷がある。売る側と売られる側の同意のもとで借金奴隷になる場合もある。奴隷として売られる、という文脈で使う場合、大抵はこの借金奴隷を指す。逃亡することが許されず、街中や農村などで犯罪奴隷よりは軽い強制労働を課せられる。奴隷の中では1番待遇が良く、借金を返済し終えれば自由の身となれる。
3つめは、戦争奴隷だ。敗戦国の人間が奴隷として扱われるようになるのだ。これは身分制度に組み込まれていて、戦争奴隷の子どもやその子どもも、ずっと戦争奴隷にされてしまうそうだ。戦争奴隷は国境の近くや首都に多いが、ウォーターフォールにはいないらしい。
最後は、上記3つに当て嵌まらず、本人に何の非もなかったのに犯罪者によって奴隷にされてしまう、違法奴隷がある。一般人を違法奴隷にする行為は、この国でも違法らしい。
「ミリアの父親は、数年前までこの街で劇場を経営していた。しかし、やがて劇場は経営不振に陥って、ミリアの父親は莫大な借金を抱えたまま亡くなってしまったんだ。劇場の建物を売っても返済しきれなくて、ミリアは借金奴隷となってしまった。俺はミリアの父親と知り合いだったから、その娘がどこぞで非人道的な扱いをされるのが忍びなくて、ミリアを購入してこの店で働かせてあげていたんだ。しかし、ミリアはこのままだと一生かかっても借金を返済し終えることはできないだろう。そこで、だ。お願いがある。ミリアを『1の9』に入れてやって欲しい。そうすれば、ミリアが生きているうちに奴隷から解放してやれるかもしれない」
店長はそう言って、他の審査員に頭を下げた。
「そんなことを言われたら、凄く断りづらいんですけど……でも、あまりにも音痴だったりダンスの才能がなかったりしたら、やっぱり1次募集では落としますからね」
俺は少し考えてそう言った。
わざわざ「1次募集では」と言ったのは、俺達がこの街からいなくなった後なら店長の自由にしてもいい、と伝えたつもりだった。
「ありがとう」
俺の思いは正確に伝わったらしく、店長はお礼を言って頭を下げた。
幸いなことに、ミリアは可愛らしい容姿をしていて、歌とダンスは普通レベルだった。容姿の比重を大きく見て、多少歌とダンスの採点を甘くしてあげれば、充分に合格にしてあげられる水準だった。
そして年齢制限に引っかからなかった女性スタッフ全員のオーディションが終わり、ステージに戻ると、女性スタッフ達がゼリーとグミを食べて感動しているところだった。やはり女性スタッフ達は大声で食レポしながら絶賛していたので、俺は少し笑ってしまった。
どうやら七海達は客に貢いでもらったゼリーとグミを、全部女性スタッフ達にあげたようだった。
まあ、七海達は孤児院で青山に頼めばいつでも入手できるけど、早朝の時間帯は寝ている女性スタッフは広場で並んで買うのが大変だからな。
七海達と女性スタッフ達の関係もますます良好になるし、特に問題はなかった。貢いだ男性客達が哀れに思えることを除けば……。
「ねえ、烏丸P。そろそろ制服にも飽きてきたし、新しい衣装が欲しいんだけど」
七海が俺に向かってそんなことを言い出した。
「衣装か……。まあ、この街を去るときにオークションで売れば儲かるだろうし、買ってもいいぞ」
俺は少し考えて許可を出した。
「やったぁ!」
七海は飛び上がって喜んだ。アイドル活動をするようになってから、リアクションがどんどんオーバーになってきていた。
「それなら、『1の9』の衣装も決めて、それと似たデザインにしたらどうかしら」
浅生律子がそう言い、俺も七海達も賛成した。
「そういうことなら、善は急げだ。今のうちに問屋街に行って、衣装を発注しに行こう。でも、全員で行くと演歌の指導ができなくなるから、代表として、俺と有希だけで行って決めてきてもいいか?」
俺はそう提案した。
「有希ちゃんのセンスなら信用できるし、それでいいよ」
七海がそう答えた。
俺のセンスは? と思ってしまう発言だが、俺は女性物の衣装のセンスになんて自信がないし、お金だけ払って有希に丸投げするつもりだったので、スルーしておいた。
俺は店長から昨日の分のギャラを受け取り、有希と店を出た。
考えてみると、女子と2人きりで出かけるなんて、予選が始まってから初めてのことだった。
「有希、いつもありがとう。『1の3』が空中分解せずに済んでいるのは、全部有希のおかげだ。凄く感謝してる」
リーダーとして苦労している有希にお礼を言うチャンスだと思い、俺が歩きながらそう言うと、有希は驚いたように目を見開いた。
「ちょ、ちょっと! 烏丸P、恥ずいから、あまりそういうこと言わないで!」
有希は、俺に背中を向けて怒ったようにそう言った。その耳が赤くなっているように見えたのは、俺の気のせいかもしれない。
――――――――――――――――――――――
応援&フォロー&レビューありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます