予選38

「はい。姉妹グループの運営には、店長にも一口噛んでもらおうと思っているんです。俺達は旅の楽団だから、いずれこの街を去ることになります。でも、あの子はこの街に残るでしょうから、誰かに引き継がないといけませんからね。それに、この街には劇場はここしかないから、どのみちこの店のお世話になることになります。だったら最初から店長に話を通しておいた方がいいでしょう?」

「なるほどな。任せろ。姉妹グループとやらの名前はもう考えたのか?」

「はい。『1の9』にしようと思います。メンバーの人数は9人で」


 あまり人数が多くなりすぎるとプロデュースするのも大変だし、七海達の負担も増えてしまう。最大で9人くらいが限界だろう。


 俺は続けて言う。


「ただし、最初のオーディションで9人の枠を全て埋める必要はありません。枠を空けておいて、後から新規メンバーを追加すればいいと思っています。最初のオーディションは、とりあえず今日と明日の2日間ということにしましょう」

「随分と急だな」


 店長は驚いたようにそう言った。デスゲームの予選期間を知らない店長には、確かに急だと思われてしまうだろう。


「こういうのはダラダラやっても仕方がありませんからね。週末には『1の3』の野外ライブを計画しているので、遅くともそれまでには『1の9』をデビューさせたいんです。『1の9』ワンマンライブの予定はないので、デビュー時には1曲だけまともに披露できるようになっていれば問題ありません」


 俺はそう言った。


 早速、店の奥で待たせていた新グループ加入希望の女の子のオーディションを行なった。まずは女の子に名前、年齢、住所を紙に書いてもらう。


 審査員は、俺と店長とヘンリーと浅生律子の4人である。


 七海、有希、心愛の3人がオーディションに参加してしまうと、その女の子が落とされた際、3人を恨むようになってしまうかもしれないので、3人は審査員から外しておいた。


 ただし、俺の感触ではその女の子は合格だった。ルックスは問題ないし、歌もダンスも上手かった。歌は俺には聞き馴染みのないアルカモナ帝国内で流行していた曲だったが、それでも上手いことは伝わってきた。


 他の3人の審査員も好感触のようだったが、女の子には、合格の場合は2日以内に手紙もしくは直接自宅に行って知らせると伝えた。不合格の場合は特に連絡はしないと伝え、女の子を帰した。


 いくら今はその女の子が将来有望に見えても、もしかしたらこれからもっと凄い女の子が何人もオーディションにやってきて枠が埋まってしまうかもしれないので、安易にすぐ合否を出すような真似はしなかった。


 昼食の時間になり、店内にいた全員で、店長の行きつけの定食屋へ移動した。店長が奢ってくれるというので、俺は即座にお礼を言って賛成した。ここは日本でないので、社交辞令で「そんなの悪いですよ」とか「自分の分は自分で払いますよ」とか言ってしまうと、真に受けられて、本当にそうされてしまう可能性があるのだ。


 平日の昼間だというのに、繁華街の大通りにある定食屋の中には泥酔して眠り込んでいる男性が何人もいた。寝ていない他の客も、全員酔っぱらっているようだった。店長は「定食屋」と言っていたが、昼間からお酒も提供しているらしい。しかも、定食屋なのは昼間だけで、夜には本格的な居酒屋になるらしい。さすがは店長の行きつけの店だな、と俺は苦笑してしまった。


 テーブル席に着くと、店長は俺達の希望を訊くことなく、人数分の日替わりランチを注文した。というか、この店には酒とツマミ以外には日替わりランチしかないようだった。


 ランチはすぐに運ばれてきた。今日の日替わりランチは、バターが塗られたパンと、肉団子入りの野菜スープと、ミルクだった。ミルクは量が少なく、コップに半分ほどしか入っていなかったが。


「ん? この、パンに塗ってある白っぽいものは何だ?」


『エンジェルズ』の店長が首を傾げ、定食屋の店主にそう訊いた。


「それはバターというものです」


 中年男性の定食屋の店主はそう答えた。


「何かヌルヌルしてて、気持ち悪い見た目だな……。スープも変わった匂いがするし、いつもはお茶しか出てこないのに今日はミルクがついてくるし、いったいどういう風の吹き回しだ? ミルクなんて高価な物を出したら、採算が合わないだろうに」


 俺は何とも思わなかったが、常連客らしき店長は気になった様子でそう言った。


「まあまあ。騙されたと思って食べてください」


 定食屋の店主は自信たっぷりにそう言った。


 おそるおそる、という様子で、店長とヘンリーと用心棒と男性スタッフが日替わりランチを口にした。


 その途端、全員が口々に褒めだした。やはりこの国には、美味しいものを食べたら大声で食レポする文化があるらしい。


 俺も食べてみたが、スープは鶏ガラ味で、ミルクは低脂肪乳だった。


「何だこりゃ! 全部美味いぞ! マズい代わりに昼間から酒が飲めるっていうのがこの店の取り柄だったのに、いったい何が起こったんだ!」


 店長は愕然とした様子でそう叫んだ。

 マズい代わりに酒が飲めるのが取り柄って。そんな店に連れてきたのかよ、と突っ込みたくなったが、奢りだから文句は言えない。


「ふふふふ、企業秘密です」


 定食屋の店主はもったいぶってそう言ったが、全部アイス商会から仕入れたものを使っただけだろう。事情を知っている俺は苦笑するばかりだった。

 とりあえず、バターもスープの素も低脂肪乳も、ウォーターフォールの料理人達や客達に受け入れてもらえたようで、俺は安心した。


 食事をしながら、『1の9』の運営方針について話し合った。

『1の9』の運営には店長も加わるが、『エンジェルズ』の女性スタッフとは異なる扱い、異なる給与体系になり、『エンジェルズ』以外の場所でもライブを開催することにした。この国では12歳で成人扱いとなることから、年齢制限は12歳から19歳までにした。すでに『エンジェルズ』で働いている女性スタッフも、その年齢内ならオーディションを受けられるが、『1の9』に加入したら『エンジェルズ』は卒業した扱いになると決めた。


『1の9』のグッズの売り上げは、今週末までは全て俺の収入とする。その代わり、来週以降は全て『1の9』のメンバーと店長と運営スタッフの収入とし、俺や『1の3』のメンバーには一切売上を渡さなくていい。


 俺の方からそんな提案をすると、今週末には俺達がこの世界を去ることを知らない店長は、信じられないバカを見るような目で俺を見た。


「短期的な収入は多いかもしれないが、長い目で見たら絶対に損をするぞ、その利益分配だと」

「いえ、それでいいんです。俺達は旅の楽団ですからね。いつまでもこの街に滞在するわけじゃありませんし、遠く離れた場所にいる俺に送金してもらうのは大変でしょうし」


 俺はそう言い張って、何とか了承してもらった。


 奢ってくれた店長に改めてお礼を言い、俺達はその定食屋を出た。


 昼過ぎのワンマンライブには、250人超の客が押し寄せた。そのうち女性客は80人くらいだった。収容人数を上回っていたので、急遽、椅子に座れる通常プランの他に、立ち見の特別プランも追加した。


 今日と明日の2日間、『1の3』の姉妹グループである『1の9』のオーディションが行なわれることを俺が発表すると、女性客達から悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった。


―――――――――――――――――――――――――――――

【お知らせ】

本日、作品タイトルを

『クラス全員が異世界に召喚されてデスゲームに巻き込まれたけど、俺は俺の道を行く』

から

『異世界デスゲーム? 優勝は俺で決まりだな……と思ったらクラス単位のチーム戦なのかよ! ぼっちの俺には辛すぎるんですけど!』

に変更しました。

引き続き、よろしくお願いします!

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