予選40
問屋街で服飾店が並んでいるエリアに行った俺と有希は、店先に並べられたサンプルを見ていった。その中で、若い女の子向けのドレスを扱っているところに入店し、オーダーメイドの担当者に相談した。
生地から新しい衣装を作ってもらうと時間がかかりすぎるので、すでに完成したドレスをアレンジしてもらうことになった。具体的には、スカートを短くし、ピンクや黄色などの差し色の布を縫いつけてもらうことにした。『1の3』と『1の9』では、その差し色の布の色やデザインを変えてもらう。『1の3』を優先してアレンジして欲しいと要望し、『1の3』の衣装は明日の夕方までに、『1の9』は明後日の夕方までに作って『エンジェルズ』に届けてもらうことになった。
1着あたりの金額は約3万ゼンで、12人分の合計は36万ゼンだった。高いのか安いのか、俺にはさっぱり分からなかった。
同じ店でステージ用のシューズも購入した。シューズは衣装と違って自分達でサイズを調整するのが難しいので、『1の3』の3人分しか買わなかった。
衣装の前金を支払い、店を出た俺は、有希と別れて竹細工職人のところに行った。完成した分の団扇の骨組みを受け取り、残りは予定通り孤児院に届けてもらうことにする。
続けて文具店に行くと、店主に「またお前か」という顔をされた。うん、俺もそう思う。毎回大量に買っていくし、この3日間で物凄い額のお金をこの店で使っていると思う。
今回買ったのは、団扇の骨組みに貼る用の紙だった。できるだけ薄い紙がよかったのだが、やはり和紙のような分厚い紙しか売っていなかった。その紙とインクと糊を買い、余ったお金を銀行口座に入金し、孤児院に戻った。
ちょうどそのとき、薪業者が大量の薪を孤児院に搬入しているところに出くわした。これまで孤児院で使っていた薪は全て職員と子ども達が自作したものだったが、青山が大量に消費するせいでとうとう足りなくなってしまい、新たに発注したようだった。
俺は子ども達に、骨組みに紙を貼って団扇を作る仕事を依頼した。『1の3』のロゴマークの判子を押すところまで子ども達にやってもらう。団扇の形に合わせて紙を切り抜くのが結構面倒なのだが、1枚20ゼンという安いアルバイト代で作ってもらえることになった。それでも、様子を見守っていた職員からは「そんなにたくさんお駄賃を貰っていいんですか!?」と驚かれたのだが。
夕方になり、『エンジェルズ』に戻ると、女性スタッフ達はステージで発表できる程度には演歌が上手になっていた。ここまで上達すれば、『1の3』がいなくても、後は自主トレーニングだけで何とかなるだろう。ということで、明日からは女性スタッフに指導しなくてもよいことになった。
『エンジェルズ』の営業時間が近づくと、昨日よりも大勢の客達が行列を作っていた。
夜の客を減らすために昼間もワンマンライブをすることになったのに、逆に増えとるやないかーい! と突っ込みたくなった。
そろそろ近隣の店に迷惑がかかるレベルだったので、俺は店長と一緒に周囲の店に謝罪して回った。さらに、よその店の入り口の前は列を空けるように、並んでいる客達に言って回った。
通常プランに加え、立ち見の特別プランも導入したのに、それでも客が入りきらなかった。入りきらなかった客には謝りながら整理券を配り、夜の2回目のライブには優先的に入店できるように配慮した。
『1の3』が大人気になったのはいいが、このままだと、もともとの常連客の人達が店から離れていってしまうかもしれないと、俺は心配になった。飲食店などが突然ブームになって新規の客が激増した結果、常連客が離れていってしまい、ブームが沈静化して新規の客がいなくなった後も常連客が戻ってこなくて大赤字になる……というのは、日本でもよく聞く話だった。
そのことを店長に相談したのだが、ウォーターフォールにはうちの他にこういう店はないから大丈夫だ、という返事が返ってきた。
それでも俺は心配だったので、野外ライブを予定している週末には『エンジェルズ』での公演は行なわないと告知しておいた。週末になったら落ち着いた店内でゆっくりとお気に入りの女性スタッフに接客して貰えると思えば、常連客の不満もある程度は解消されるだろうと思ったのだ。
当然、週末の野外ライブの詳細について客達から詳しく聞かれたが、まだ未定で、決まり次第発表すると俺は説明しておいた。
『1の3』だけではなく、女性スタッフ達による演歌も人気を博し、俺はホッとした。
1回目と2回目のライブは順調だった。ライブとライブの合間には、『1の9』のオーディションも行ない、有望そうな女の子が何人も見つかった。
そして3回目のライブが始まる前に、俺は客達の中に意外な顔を発見した。
「あれ? エドワードさん?」
「いつもお世話になっております。やはり、この目で1度は『1の3』のライブを見ておかないといけないと思い、来ちゃいました」
エドワードはそう言って笑った。
エドワードの隣には、今朝孤児院に押しかけてきた髭の男――オリヴァーもいた。この2人は知り合いだったのか、と俺は意外に感じた。
「後で話があるんだが、いいか?」
オリヴァーは真剣な表情でそう訊いた。
「はい、いいですけど……」
その後、今夜の『1の3』のライブが全て終わった後、エドワードとオリヴァーはサイン会兼グッズ販売の最後尾に並んだ。サイン色紙をもらった後、エドワードは声を潜めてこう言った。
「できれば楽屋でお話したいのですが……」
「分かりました。移動しましょう」
俺とエドワードとオリヴァーと『1の3』の関係者と店長は、楽屋に移動した。女性スタッフ達は全員ステージに上がったり接客をしたりしているので、楽屋には1人もいなかった。
「領主様が『1の3』をお屋敷にお招きしたいそうです」
エドワードはこほんと咳払いをして、そう切り出した。
「えっ。ウォーターフォールの領主様が?」
意外な言葉に、俺は驚いた。
「はい。いま、世間を騒がせている『1の3』のライブを、どうしても見たいそうです。しかし、領主様がここに来店するにしては、この店はちょっと……」
「下品、か?」
店長が、割り込むようにそう言った。
「いえいえ、決してそのようなことは……」
エドワードは慌てた様子で首を左右に振った。
「いいんだ。この店が一般人や貴族様にはどう見えているのかなんて、充分に理解してる」
店長は達観したような表情でそう言った。
「申し訳ありません……。とにかく、お忍びとはいえ領主様がこの店に来るのは難しいので、『1の3』の方から、領主様のお屋敷に行ってライブを披露していただきたいのです。できれば、明日。もちろん、ちゃんと報酬は支払います。1時間あたり30万ゼンでどうでしょうか?」
「やります! やらせてください!」
ギャラを聞いた俺は、他の人達の意見は全く聞かずにそう叫んだ。
明日も午前中と昼過ぎにワンマンライブを行なう予定だが、その後、夜のライブまでに時間があるので、その空いている時間帯に領主の館に行くことで話がまとまった。執事が馬車でこの店に迎えに来てくれるのだという。
「それと、もう1つ大事な話がある。ナナミちゃん達がライブの中で話していた『白鳥の恩返し』や『かぐや姫』などの物語を、本にするつもりはないか?」
オリヴァーがそんなことを言い出した。
「えっ? あの、失礼ですけど、オリヴァーさんって何者なんですか?」
あまりにも唐突な話に、俺はそう訊いた。
「ああ、まだちゃんと自己紹介してなかったか。俺は、この街唯一の出版社、『オリヴァー出版』の社長なんだ。今朝俺の周りにいた奴らは全員、俺の部下達だ」
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