予選36

 旅の合間に俺が考えたゲームだということにして、それぞれの遊び方を説明書を見せながら簡単に説明した。これらのサンプルと説明書を2、3日貸すので、その間に遊んでおいて欲しいと頼んだ。


 エドワードが面白いと思ったら、本職のデザイナーがリデザインしたものを大量生産してアイス商会で独占販売し、俺はその特許料をもらう約束を交わした。特許料は普通、実際の利益の何パーセントという形にするそうだが、6日後にはこの世界を去る俺にはそんな時間はないので、生産量や利益とは無関係に、事前の買い取り契約という形にしてもらった。


 将棋の駒に関しては、出発前に俺が日本語を適当にアルカモナ語に訳したものを筆で書いておいた。例えば、王将はキング、飛車は英雄、角行は遊撃手、金将は上級士官という感じに変更しておいたのだが、それにエドワードが難色を示した。


「相手のキングを取ったら勝ちというルールは、皇帝の不興を買うかもしれないので、やめた方がいいかもしれませんね……」


 あー、そうか。

 この国の人にとって、キングと言えばアルカモナ帝国の皇帝が真っ先に思い浮かぶのか。


「分かりました。じゃあ、キングという呼称はやめて、将軍にしておきましょう。チェスとトランプの方も、キングではなく将軍、クイーンではなく魔術師という名称に換えましょう」


 俺はそう言い、エドワードから筆記用具を借りて、トランプのキングとクイーンと、将棋の王将の文字と、説明書を書き直した。


 続いて、活版印刷のサンプルも見せた。


 1文字ずつの判子を組み合わせて文章を作り、それを木の枠に嵌めて固定する。その際には陶芸家から購入した粘土を接着剤代わりに使用した。


 判子にインクを塗り、紙に押すと、無事に文章が印刷できた。


 ぶっつけ本番だったので冷や冷やしたが、成功してよかった。


 エドワードはこれに対し、先ほどのボードゲームよりも強い興味を示した。知り合いの出版社やアイス商会の会長と相談してから判断したいと言われ、活版印刷のサンプルも2、3日貸し出すことになった。


 これがもし何の取引実績もない商会を相手にした約束だったなら、アイデアだけパクられて特許料をもらえないといったことも考えないといけなかっただろう。


 しかし、アイス商会とはすでに制服やバターやスープの素などの取引実績があるし、俺は『1の3』の運営や、ゼリーやグミの販売によってウォーターフォールに対して影響力を持ちつつある。

 その俺に対し、アイデアだけパクったらどうなるか? アイス商会の名声は地に落ちる。だから、少しでも頭の回る商人なら俺を敵に回そうとはしないだろう。そして、エドワードが頭の回る人物だということはこの3日間でよく分かっているし、信用することができた。


 アイス商会を出た俺は、子ども達を連れて『エンジェルズ』にグッズを運んだ。営業時間外だというのに、店長自らが鍵を開けておいてくれたのだ。女性スタッフは出勤していなかったが、バーテンダーや掃除や会計などを担当する裏方の男性スタッフや、用心棒の怖いマッチョなお兄さんは出勤してくれていた。


 まだ午前中とはいえ、子ども達を繁華街で解散させるのは危険かもしれないと思い、完全に繁華街から外れるところまで見送ってから、俺は『エンジェルズ』に戻り、七海達と合流した。


 初めての昼間のワンマンライブだが、歌とダンスばかりだと疲れるし、客も飽きてしまうかもしれない。そこで、トークで場を繋ぎ、尺を稼ぐことにした。


「うーん。トークかあ。私、トークには自信がないなあ」


 七海は不安げにそう言った。


「難しく考えずに、『鶴の恩返し』とか『かぐや姫』とか『雪女』なんかを暗唱するだけでもいいんじゃないか?」


 俺はそう提案した。『桃太郎』には恋愛要素が含まれていないので例には出さなかった。やっぱりこういう店だと、美女が登場する恋愛がテーマの話の方がウケるだろうからね。


「えっ。そんなんでいいの?」


 信じられない、という表情で七海はそう訊き返した。


「うん。それで充分、アルカモナ人には新鮮に感じられるんじゃないかな?」


 俺はそう言った後、試しにヘンリーや店長や男性スタッフや用心棒に向かって『鶴の恩返し』のストーリーを説明してみた。ただし、早い段階でウォーターフォールの人達は鶴を知らないことが判明したので、白鳥に置き換えた。バージョンによっては主人公が老人だったり若者だったりするけど、若さが売りのアイドルが話す物語なので、若者ということにしておいた。結構うろ覚えの部分もあったが、そこは適当にアレンジして話を繋いだ。


「悲しい終わり方でしたが、面白かったです! こんなに面白い話を聞いたのは初めてです!」


 ヘンリーの反応は上々だった。いや、ヘンリーは俺達のやることを全肯定するタイプの人間だから、当てにならないけど、男性スタッフや用心棒も面白かったと言ってくれた。


「バカな男だ! 女が秘密を抱えてるのは当然のことなのに、それを暴こうとするなんて! 秘密に気付かないふりをしてやるのが、いい男ってもんだろうが! そんなことも分かんねえからお前はモテねえんだよ!」


 店長は主人公の若者に憤慨していた。


 それぞれ反応は違ったが、初めて聞いたストーリーに夢中になっていたのはよく伝わってきた。


 結局、七海が『白鳥の恩返し』の話を披露し、それが好評だったら有希が『かぐや姫』の話を披露してみることになった。配役を分けると朗読劇になってしまって大変なので、それぞれ代表して1人で暗唱することになった。

 演歌を歌って日本昔話を語るアイドルなんて日本だったら考えられない話だが、アルカモナ帝国ならこれでいいと思った。俺がプロデューサーをやってるせいで、どんどん変な方向に突き進んでいる気がしないでもないけど……。


 そして午前中のライブの時間が近づき、客を入場させた。その客達の姿を見た俺は驚いた。


 昨日の夜までとは違い、女性客が何人もいたのだ。


 お客さんの人数は150人前後だったが、そのうち40人くらいが女性に見えた。中には男女のカップルで来店した人達もいた。

 夜は女性が入りにくい雰囲気だけど、明るいうちなら、ということなのだろうか。


「うちにこんなにたくさんの女性客が来るなんて、前代未聞だぞ」


 店長もそう言って驚いていた。


「凄い凄い! 女性ファンがついたら本物って感じがするし、頑張らないとね!」


 七海はやる気を出していた。


 そして、『1の3』の初めてのワンマンライブは、大盛況だった。演歌とアイドルソングの合間に七海が『白鳥の恩返し』を披露したときには、最後の部分で泣き出す女性もいた。


 えっ。泣くの? 鶴の恩返しで? と思わなくもなかったが、娯楽が少ないこの世界の人達にとっては、正体を知られた鶴もとい白鳥が去って行くシーンは、悲しい長編映画のラストシーンにも匹敵するものだったのだろう。


 観客全員が拍手してくれた。


『かぐや姫』では、美しいかぐや姫に求婚しているのに相手にされない男達に感情移入したのか、男性客が涙ぐむ場面もあった。女性が少ないこの都市では色々と大変なんだろう、うん。

 かぐや姫が月に帰っていくシーンでは、女性客も涙ぐんでいた。


 演歌とアイドルソングは当然のように好評で、続いてサイン会とグッズ販売の時間となった。


 さて、新グッズの『光らない棒』はどれくらい売れるのか――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る